7Game   作:ナナシの新人

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game7 ~平均~

 恋恋高校を後にした東亜(トーア)は、都内のとある個人経営のカフェに入店。店内を左から右へ見渡し、窓際一番奥の席に座る白髪混じりでスーツ姿の男性の正面の席に腰を掛けた。

 

「悪いな。東京まで呼び出しちまって」

「いいや、いいんだ。私も、オーナー会議があったからね。これを、例の物だ」

「サンキュ」

 

 男性から、ディスクケースを複数枚受け取る。

 この男性――及川(おいかわ)は、かつてリカオンズの広報部長務めていた人物。

 東亜(トーア)がオーナーに就任する前のリカオンズは、前任の元オーナーのワンマン経営。職員は全て前オーナーの命令の絶対服従の犬だったが、チームの勝敗を度外視した球団の利益のみを追求する前オーナーの経営方針に疑問を抱いた彼は、前オーナーの妨害工作を東亜(トーア)にリークするなど、つねにリカオンズの勝利の為に働いていた野球好きの気の良い男性。児島(こじま)たちの嘆願を受け、定年間際だった彼が、東亜(とうあ)が姿を消して以降不在となっていたリカオンズの新オーナーに就任した。

 

「いやはや、今のところどうにか上手く回ってはいるが、はたしてこのまま私にオーナー職が務まるかどうか......」

「あんなもん今まで通りやれば猿でも黒字経営できるさ。さて」

「もう行くのか? リカオンズの近状でも――」

「あいにく終わった事には興味無いんでね」

 

 素っ気ない返事をして席を立った東亜(トーア)は伝票の支払いを済ませて、店を出る。

 

「終わったこと、か......。渡久地(とくち)、お前にとって、リカオンズはその程度のモノだったか......」

 

 一人残された及川(おいかわ)は淋しそうに呟き、しばらく東亜(トーア)が出ていったドアを見つめていた。

 その東亜(トーア)はタクシーを拾い、スポーツ用品最店大手のミゾットスポーツ本店が入るビルの前で下車し、店内へ入る。東亜(トーア)の来店に気がついたスーツ姿の大柄な男性が、急いで駆け寄って来た。

 

渡久地(とくち)様。お待ちしておりました」

「注文した品は?」

「はい。既にご用意出来ています。こちらへどうぞ」

 

 エレベーターで、ビルの地下へ降りる。ミゾットの職員は中型トラックの運転席に乗り、東亜(トーア)が助手席に座るとエンジンを回した。

 

「それでは、お届け先の恋恋高校へ向けて出発致します。搬入口で少々揺れますので、お気をつけください」

 

 機材を積んだトラックは、恋恋高校へ向けて動き出した。

 ビルを出て約15分、恋恋高校へと続く直線道路を進んでいると、窓を開けて車窓から風景を眺めていた東亜(トーア)の気を引くものが目に入った。

 

「ふ~ん......」

「どうかなさいましたか?」

「いや、何でもねぇよ」

 

 ミゾット職員は不思議に思いながらも、運転に集中しなおした。

 一方、目的地の恋恋高校のグラウンドでは。

 

「はぁはぁ......、どれくらい走ってるでやんすか......?」

「かれこれ二時間弱、かな?」

「てゆーか、お腹の横ちょー痛い......最初に飛ばしすぎたわ」

「オイラ、もう限界でやんすー!」

「......大声出す元気があるじゃねぇか」

 

 東亜(トーア)の指示を守り、グラウンドを走り続けていた。理香(りか)の指示で休憩を挟みつつではあるが、走った距離にして10kmを通過したあたり。彼らの体力は限界に近づきつつあった。そこへ、理香(りか)の声。

 

「みんな、集合ー!」

 

 ナインは助かったと思いつつ、ベンチ前に集合。

 出かけていた東亜(トーア)はいつの間にか戻り、ベンチに座っている。全員が息を切らせているのを見て鼻で笑った。

 

「おいおい、アップでそんなことじゃ先が思いやられるなあ」

「ア、アップ......?」

「フッ、次はそいつだ」

 

 困惑する部員をよそに親指で、部室前を指す。そこには、先ほどミゾットスポーツで購入した大量の筋トレ器具が準備されていた。

 今朝、理香(りか)が言っていように一通りは揃っていたが、部員が増えたことで足りない分を補充し、さらにはアスリート仕様の物もいくつか導入した。

 

「使い方は、あのおっさんに訊け」

「恋恋高校野球部のみなさん、どうぞこちらへ!」

 

 ナインは重い足取りで部室の前へ行き、ミゾット職員の説明を聞きながらサーキットトレーニングを始める。筋トレを開始して約一時間が経ち日が傾き始めた頃、理事長がグラウンドへ顔を出した。

 

「やってますな」

「理事長先生。みんな――」

「いや、構わずに。集中しているようですし、そのままで結構」

 

 ナインたちを集めようとした理香(りか)を制止し、東亜(トーア)の隣に腰を掛ける。

 

「どうですかな?」

「どうもこうもねぇよ」

 

 今のままでは甲子園はもちろんのこと、地区予選三回戦突破すら危ういと東亜(トーア)は確信していた。

 

「さて、マネージャー」

「はい、なんでしょうか?」

 

 はるかに声をかけて、立ち上がる。

 

「アガリの準備をする。暇ならあんたらも手伝え」

 

 理香(りか)と理事長も呼びつけて、特製ドリンクの準備に取りかかり準備が済んだところで、理香(りか)は部員を集める。

 

「みんな、お疲れさま。今日の部活はこれで終わりよ」

「気をつけ。礼」

 

「ありがとうございました!」と頭を下げる同時に座り込んだ部員の元へ、用意した特製ドリンクを持ったはるかがやって来た。

 

「みなさん、お疲れさまです。どうぞ~」

「ドリンク?」

「はい、渡久地(とくち)コーチ考案の特製ドリンクですよ」

「ってことは......プロ仕様!?」

「さっそくいただくでやんすー!」

 

 矢部(やべ)は、机に置かれたコップを見て手を止めた。それを不思議に思ったあおいが訊く。

 

「どうしたの? 矢部(やべ)くん」

「色が違うでやんす」

 

 ドリンクは、白濁色、赤、紫の三色類が用意されていた。

 

「中にアタリが含まれてるのさ」

「だそうです。早い者勝ちですよー」

「オイラ、これでやんす!」

 

 複数ある中で、ひとつだけしかない白濁色ドリンクをかっ攫った。

 

「ズルいぞ、矢部(やべ)!」

「早い者勝ちでやんす!」

 

 抗議する奥居(おくい)を後目に――ゴキュゴキュ、と音を立てて一気飲み。

 

「ゴブッ! ま、不味いでやんすー!?」

「はっはっはっ、そいつが当たりだ。おめでとさん」

矢部(やべ)くん、流石だね。一発で引き当てるなんて」

「うれしくないでやんす......」

 

 涙目で残りを飲む矢部(やべ)に対して、他の部員たちは。

 

「あっ、おいしい。これリンゴかな? 芽衣香(めいか)のは?」

「あたしのはベリー系の味だね。飲んでみる?」

「いいの? じゃあボクのも――」

 

 お互いのコップを交換して味の違いを楽しんでいた。飲み終えたコップを回収して解散。バックを肩にかけ帰り支度を始めた鳴海(なるみ)に、東亜(トーア)及川(おいかわ)に貰ったディスクケースを渡す。

 

「おい、これに目を通しておけ」

「は、はい。分かりました」

 

 受け取ったディスクケースをバックにしまい、家路を歩く。

 

「はぁ。結局筋トレだけで、ボールすら触らせてもらえなかったね」

「うん。ボク、練習でボールを触らなかったの初めてだよ」

「あたしも。よーしっ、帰ったら素振り! って、体力も流石に残ってないわ......」

 

 ジョギングと筋トレで全員疲労困憊。普段10分もかからない通学路だが、半分を過ぎたところで既に10分以上かかっている。

 

「ところで鳴海(なるみ)、さっき、コーチに何をもらっていたんだ?」

「ん? ああ......DVD。中身はわからないけど見とけって」

「ふーん」

 

 奥居(おくい)鳴海(なるみ)の会話を数歩後ろで聞いた矢部(やべ)は、駆け足で隣に来た。

 

「ムフフッ、なヤツでやんすかっ? オイラにも見せてほしいでやんす!」

「いや、知らないけど......」

「女の子が居るのにそんな話しするなんて、クズね」

「サイテー」

 

 やらしい期待をする矢部(やべ)にドン引きする芽衣香(めいか)とあおいだった。

 鳴海(なるみ)は、家に着くと夕食と風呂を済ませて東亜(トーア)に命じられた入浴後のストレッチをしながらDVDを再生させる。

 

「これは......」

 

 テレビ画面に写し出された映像は、昨年度のリカオンズの試合中継だった。

 

           *  *  *

 

「あいつらは、戦う体ができていない」

 

 先日と同じバーで東亜(トーア)理香(りか)は、今日の部活についての話をしていた。

 

「リカオンズは10年連続Bクラスの弱小球団だったが、曲がりなりにもプロだ。精神・意識(メンタル)において劣っていただけで、プロで戦うだけの体はあった」

「あの子たちは甲子園を目指せる体じゃないってこと?」

「簡単に言えばそうだ。鳴海(なるみ)は、星井(ほしい)からホームランを打ったが、球種がスライダーだから打てたのさ」

 

 パワフル高校との練習試合、星井(ほしい)がストライクを取れた球種がスライダーではなくストレートであったなら、良くてレフトフライだった。

 その理由は、単純な物だった。

 あの試合、鳴海(なるみ)を含め全員がストレートに振り遅れていた。星井(ほしい)はメンタル面に脆さはあるが、名門覇堂(はどう)高校でエースナンバーを争っていた程の投手。体の鍛え方が根本的に違う。それに加え、署名活動に時間を割いていたことで満足に練習を行えず、体力的なアドバンテージもあった。

 

「120キロ半ばのスライダーだから打てた。あの場面140キロのストレートなら球種を読めていても打ち返す能力がない」

「それが、今日の基礎体力作りに繋がるわけなのね」

「ま、そういう訳だな」

 

 とにもかくにも、先ずは体力強化。

 今のままでは、采配でどうにかなるレベルではない。それが、東亜(トーア)の見解だった。

 

「これを見ろ」

「これは?」

「今年の春の覇者アンドロメダ学園の選手データを、俺なりに八段階に査定した表だ。Gが最低でSが最高。A以上はプロでもやっていけるレベル」

「アンドロメダ学園。ほとんどの選手が平均C前後、エースの大西(おおにし)くんに至ってはAランクに迫るレベル」

「で、これが恋恋高校」

 

 もう一枚の表を理香(りか)に渡す。

 

「......平均F以下、か」

 

 名門との力の差があることは承知していた理香(りか)だが、あまりにも大きな差にさすがにタメ息を漏らした。

 

「都大会決勝までに平均Dくらいに持っていってやるさ。でだ、今週末また試合を組め」

「またベスト8以上?」

「いや、どこでもいい」

 

 東亜(トーア)は、グラスのアルコールを口に運んでから言った。

 ――どうせ、勝てねぇんだからな、と。


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