恋恋高校を後にした
「悪いな。東京まで呼び出しちまって」
「いいや、いいんだ。私も、オーナー会議があったからね。これを、例の物だ」
「サンキュ」
男性から、ディスクケースを複数枚受け取る。
この男性――
「いやはや、今のところどうにか上手く回ってはいるが、はたしてこのまま私にオーナー職が務まるかどうか......」
「あんなもん今まで通りやれば猿でも黒字経営できるさ。さて」
「もう行くのか? リカオンズの近状でも――」
「あいにく終わった事には興味無いんでね」
素っ気ない返事をして席を立った
「終わったこと、か......。
一人残された
その
「
「注文した品は?」
「はい。既にご用意出来ています。こちらへどうぞ」
エレベーターで、ビルの地下へ降りる。ミゾットの職員は中型トラックの運転席に乗り、
「それでは、お届け先の恋恋高校へ向けて出発致します。搬入口で少々揺れますので、お気をつけください」
機材を積んだトラックは、恋恋高校へ向けて動き出した。
ビルを出て約15分、恋恋高校へと続く直線道路を進んでいると、窓を開けて車窓から風景を眺めていた
「ふ~ん......」
「どうかなさいましたか?」
「いや、何でもねぇよ」
ミゾット職員は不思議に思いながらも、運転に集中しなおした。
一方、目的地の恋恋高校のグラウンドでは。
「はぁはぁ......、どれくらい走ってるでやんすか......?」
「かれこれ二時間弱、かな?」
「てゆーか、お腹の横ちょー痛い......最初に飛ばしすぎたわ」
「オイラ、もう限界でやんすー!」
「......大声出す元気があるじゃねぇか」
「みんな、集合ー!」
ナインは助かったと思いつつ、ベンチ前に集合。
出かけていた
「おいおい、アップでそんなことじゃ先が思いやられるなあ」
「ア、アップ......?」
「フッ、次はそいつだ」
困惑する部員をよそに親指で、部室前を指す。そこには、先ほどミゾットスポーツで購入した大量の筋トレ器具が準備されていた。
今朝、
「使い方は、あのおっさんに訊け」
「恋恋高校野球部のみなさん、どうぞこちらへ!」
ナインは重い足取りで部室の前へ行き、ミゾット職員の説明を聞きながらサーキットトレーニングを始める。筋トレを開始して約一時間が経ち日が傾き始めた頃、理事長がグラウンドへ顔を出した。
「やってますな」
「理事長先生。みんな――」
「いや、構わずに。集中しているようですし、そのままで結構」
ナインたちを集めようとした
「どうですかな?」
「どうもこうもねぇよ」
今のままでは甲子園はもちろんのこと、地区予選三回戦突破すら危ういと
「さて、マネージャー」
「はい、なんでしょうか?」
はるかに声をかけて、立ち上がる。
「アガリの準備をする。暇ならあんたらも手伝え」
「みんな、お疲れさま。今日の部活はこれで終わりよ」
「気をつけ。礼」
「ありがとうございました!」と頭を下げる同時に座り込んだ部員の元へ、用意した特製ドリンクを持ったはるかがやって来た。
「みなさん、お疲れさまです。どうぞ~」
「ドリンク?」
「はい、
「ってことは......プロ仕様!?」
「さっそくいただくでやんすー!」
「どうしたの?
「色が違うでやんす」
ドリンクは、白濁色、赤、紫の三色類が用意されていた。
「中にアタリが含まれてるのさ」
「だそうです。早い者勝ちですよー」
「オイラ、これでやんす!」
複数ある中で、ひとつだけしかない白濁色ドリンクをかっ攫った。
「ズルいぞ、
「早い者勝ちでやんす!」
抗議する
「ゴブッ! ま、不味いでやんすー!?」
「はっはっはっ、そいつが当たりだ。おめでとさん」
「
「うれしくないでやんす......」
涙目で残りを飲む
「あっ、おいしい。これリンゴかな?
「あたしのはベリー系の味だね。飲んでみる?」
「いいの? じゃあボクのも――」
お互いのコップを交換して味の違いを楽しんでいた。飲み終えたコップを回収して解散。バックを肩にかけ帰り支度を始めた
「おい、これに目を通しておけ」
「は、はい。分かりました」
受け取ったディスクケースをバックにしまい、家路を歩く。
「はぁ。結局筋トレだけで、ボールすら触らせてもらえなかったね」
「うん。ボク、練習でボールを触らなかったの初めてだよ」
「あたしも。よーしっ、帰ったら素振り! って、体力も流石に残ってないわ......」
ジョギングと筋トレで全員疲労困憊。普段10分もかからない通学路だが、半分を過ぎたところで既に10分以上かかっている。
「ところで
「ん? ああ......DVD。中身はわからないけど見とけって」
「ふーん」
「ムフフッ、なヤツでやんすかっ? オイラにも見せてほしいでやんす!」
「いや、知らないけど......」
「女の子が居るのにそんな話しするなんて、クズね」
「サイテー」
やらしい期待をする
「これは......」
テレビ画面に写し出された映像は、昨年度のリカオンズの試合中継だった。
* * *
「あいつらは、戦う体ができていない」
先日と同じバーで
「リカオンズは10年連続Bクラスの弱小球団だったが、曲がりなりにもプロだ。
「あの子たちは甲子園を目指せる体じゃないってこと?」
「簡単に言えばそうだ。
パワフル高校との練習試合、
その理由は、単純な物だった。
あの試合、
「120キロ半ばのスライダーだから打てた。あの場面140キロのストレートなら球種を読めていても打ち返す能力がない」
「それが、今日の基礎体力作りに繋がるわけなのね」
「ま、そういう訳だな」
とにもかくにも、先ずは体力強化。
今のままでは、采配でどうにかなるレベルではない。それが、
「これを見ろ」
「これは?」
「今年の春の覇者アンドロメダ学園の選手データを、俺なりに八段階に査定した表だ。Gが最低でSが最高。A以上はプロでもやっていけるレベル」
「アンドロメダ学園。ほとんどの選手が平均C前後、エースの
「で、これが恋恋高校」
もう一枚の表を
「......平均F以下、か」
名門との力の差があることは承知していた
「都大会決勝までに平均Dくらいに持っていってやるさ。でだ、今週末また試合を組め」
「またベスト8以上?」
「いや、どこでもいい」
――どうせ、勝てねぇんだからな、と。