7Game   作:ナナシの新人

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お待たせしました。
新章のプロローグ的な話しとなります。


甲子園大会編
New game1 ~意味~


 王者あかつき大附属との激闘から三日、恋恋高校ナインは苦境に立たされていた。

 

「オ、オイラ、もうダメでやんす......」

 

 バタリと倒れ込む矢部(やべ)。彼に続くように、他数人も同じように突っ伏す――机の上に。

 ノーシードから予選大会を勝ち抜き、念願の甲子園初出場を決めた恋恋高校ナイン一同は、学年別に同校舎内の空き教室で、予選大会出場期間中受け損ねた授業の補習を受けていた。三年の補習授業の講師を勤める理香(りか)は、矢部(やべ)を始めとした一部ナインに対して呆れ顔を覗かせる。

 

「まったく、大袈裟なんだから。じゃあ解き終わった人から提出して、お昼行ってらっしゃい」

 

 机に突っ伏す矢部(やべ)たち一部ナインを後目に、早々に解き終えたはるかと瑠菜(るな)は、教卓の椅子に座る理香(りか)に課題を提出。あおいと芽衣香(めいか)が解き終えるのを待って、四人で昼食へ出かけた。

 

「はぁ~、やっと半分終わったぁ......」

 

 学食に着くやいなや、芽衣香(めいか)は大きなタメ息をついた。

 

「本番へ向けて一番大事な時期に勉強なんて、ヤになっちゃうわよ。ホント......」

「そう言っても、恋恋高校は進学校ですからね」

「判ってるわよー」

 

 やや不満気に言って、芽衣香(めいか)はおかずを口に放り込む。

 

「だけど、本来ならそう言う時期なんだよね」

 

 不意に箸を止めたあおいは、去年の今頃想像していたのとはまったく違う現在の状況に、戸惑いに近い感情を抱いていた。本来であれば部活を引退して、受験へ向けてシフトしていたであろう時期。しかし、女子部員の公式戦出場が認められ、予選を勝ち抜き掴んだ甲子園への切符。夢にも思わなかったことが、現実になったことへの若干の戸惑い。

 

「甲子園は、各都道府県予選を勝ち上がってきた強豪・名門が一堂に会する場なんだよね......?」

「ええ、そうよ。だから、無様な試合は出来ないわ。倒してきた相手のためにも、何より私たち自身のためにも......!」

 

 瑠菜(るな)の目には、強い決意が籠もっていた。

 

補習授業(こんなこと)で悪戦苦闘している暇はないわ。他の出場校はもう、試合に向けて動いているんだから」

「うん、そうだねっ」

「はい。そうですね」

「よーし! あともうちょっと、気合いで乗り切るわよっ!」

 

 昼食後にデザートを食べて、午後の補習に向けて英気を養った彼女たちと入れ替わる形で学食にやって来たナインたちは、各々話しをしながら昼食を食べる。

 先に学食を出た四人のうちの瑠菜(るな)が不意に、視聴覚室の前で足を止めた。振り返ったあおいは、不思議そうに小首をかしげて訊ねる。

 

「どうしたの?」

「今、部屋の中で物音がしたような......」

「えっ!?」

「どなたか、使っていらっしゃるんですかね?」

 

 訝しげな表情(かお)で言った瑠菜(るな)の言葉に緊張が走る中、はるかは特に気にするそぶりも見せず平然と言う。

 

「い、今、夏休みだよ......?」

「では、オバ――」

「ちょ、ちょっとやめなさいよっ」

 

 その時、ドアが開いた。瑠菜(るな)は身構え、あおいと芽衣香(めいか)は抱き合って「きゃーっ」と悲鳴を上げる。

 

「あん? 何してるんだ、お前ら」

 

 視聴覚室から出てきたのはオバケではなく――東亜(トーア)だった。

 

「あっ、コーチだったんですね」

「こんにちはです」

「びっ、びっくりした~......」

「心臓止まるかと思ったわ......」

 

 正体が判明したことで瑠菜(るな)は肩の力を抜き、はるかは丁寧に会釈。その二人の横でへたり込む二人に目をやって、東亜(トーア)は軽く笑みを浮かべる。

 

「コーチは、何をしていらっしゃったんですか?」

「軽く資料に目を通していただけだ。お前たちまだ、補習を受けていたのか?」

「はい。もう少しで終わりの予定です。それで練習のこと何ですけど――」

「補習が終わるまで強制休部だそうだ。まあ、勉学にいそしめよ」

「そうですか......」

「くくく、不満そうだな。いや、不安か」

 

 予選前にされたのと同じ質問に、瑠菜(るな)も同じようにうなづいて返事をする。本大会前の大事な時期に思うように練習出来ないもどかしさに、確実に不安が積もっていた。

 

「あら。渡久地(とくち)くん、瑠菜(るな)さんたちも」

理香(りか)か。コイツら、不満らしいぞ?」

 

 親指で四人を差して言う。慌てる四人。理香(りか)は、わざと意地悪く言った東亜(トーア)に、やれやれとタメ息をついて見せた。

 

「ハァ、仕方ないじゃない。単位取れないと進級も、卒業も出来ないんだから。あっ、そうだわ!」

 

 ぽんっと手を叩いた理香(りか)は、名案と言わんばかりに笑顔を見せた。

 そして迎えた、午後の補習。午前とは違い学年を問わず全ナインが集められた空き教室内は、ただならぬ緊張感が漂っていた。その訳は、教室の一番後ろの席であからさまに面倒くさそうに座っている東亜(トーア)の存在。

 

「さあ、あともう一踏ん張りよ。一年生は、小テスト。三年生は、英語の教科書を開いて。ちゃんと終わらせて、気分良く甲子園へ行きましょう!」

 

 ナインたちは、理香(りか)の言葉とは正反対のことを思っていた。

 

「なあ......スゲーやり辛いの、オイラだけか?」

「たぶん、みんな同じだと思うよ......」

 

 東亜(トーア)に監視されているという、ある意味決勝のあかつき戦以上のプレッシャーを感じていた。それでも理香(りか)の狙い通り、午前と比べれば緊張感を持って受けている。

 

「――はい。ここまでで質問のある人?」

「はい、奥居(おくい)くん」

 

 スッと挙手をした奥居(おくい)は、ゆっくりと立ち上がる。

 

「何を言っていたのか、さっぱり判りませんでした!」

「そんな堂々と言わないでくれる?」

「いやー、文系は苦手でして......」

「てゆーかアンタ、得意な教科あんの?」

「強いて言えば、数学。三桁の割り算なら暗算で解けるぞ」

「三桁? じゃあ、463割る152は?」

「三割二分八厘!」

「打率じゃない!」

「三割? それ、計算が逆じゃないかしら。正しい答えは......3.04ね」

 

 スマホの電卓アプリではじき出した瑠菜(るな)の言葉に「あっ、間違えた!」と、奥居(おくい)は苦笑いを見せる。

 

「なーんだ。間違ってるんじゃん」

「でも、打率計算の方は合ってるわよ」

「えっ、うそ!?」

「へへーんっ。こういう決まった方程式の計算は得意なんだよ」

 

 先ほどとは打って変わって、得意気な表情(かお)を見せる奥居(おくい)に、教室の一番後ろの席で足を投げ出して座っていた東亜(トーア)が、質問をする。

 

「シーズン150イニングを投げ、自責点45の投手の防御率は?」

「防御率っすか? え~と......2.7っす」

 

 前の問題よりも多少時間はかかったが、これも暗算で正しい答えを導き出した。

 

「正解だ」

「どうよ? 浪風(なみかぜ)

「まあ、スゴいのは認めるけど。あんまり役にたたなくない?」

「そんなこと言ったら、学校の勉強なんて殆ど意味ないだろ?」

「まあ、それはそうだけど」

「それ、教師(わたし)の前で言わないでくれる......?」

 

「すみません」と、奥居(おくい)芽衣香(めいか)は若干気まずそうな顔で頭を下げる。理香(りか)は、ひとつタメ息をつき。東亜(トーア)はうっすらと笑みを浮かべながら、立ち上がった。

 

「お前たちは、大きな勘違いをしてる。意味のないことなど何一つ存在しない。ただ、意味のないままにしているだけに過ぎないのさ。他人からすれば無意味に思えるようなことを突き詰め、食い扶持にしている人間は様々な分野に存在している。プロスポーツなんてものは、その最たるもの。同じように、一見無意味に思えることを、意味のあるものに出来るかは、お前たち次第だろ?」

「無意味なことを、意味のあるものに......」

「ひとつ、簡単な例をくれてやろうか。この補習が予定よりも早く終われば、予定していた通常メニューに加え、甲子園優勝へ向けた特別メニューを追加してやる」

 

 特別メニューの追加と聞いて、ナインの目の色が変わった。

 

「ほら、練習時間を割くこの補習が意味のあることに変わった。まあ、こう言うことだ」

 

 それだけを言い残して、東亜(トーア)は教室を出ていく。東亜(トーア)が居なくなった教室内は、様々な憶測が飛び交った。

 

「今の話し、本当なのかな?」

「どうだろう?」

「私は、やるわ。もし仮に方便だったとしても、早く練習を開始できることに変わりはない。だから、()()はあるわ」

 

 あおいと鳴海(なるみ)の会話に割って入った瑠菜(るな)の発言に、全員が力強く頷いた。

 

加藤(かとう)先生、少し時間をください」

「判ったわ、好きになさい。テストは、二時間後に行うことにするわ」

 

「ありがとうございます」と、礼を言って鳴海(なるみ)は立ち上がる。

 

「じゃあみんな、それぞれ得意な教科を教え合って終わらせよう」

「よし、オイラは、数学だ! けど、文章問題は苦手だから教えてくれ」

「ボクとはるかは、英語だねっ」

「はいっ」

 

 役割分担を決め自主的に勉強を始めたナインたちを見て、理香(りか)は嬉しそうに微笑んで教室を後にした。

 

 

           * * *

 

 

「あの子たち、あのあと凄い集中力で一気に終わらせちゃったわ。あなたの狙い通りにね。これで本格的に、甲子園へ向けた練習を再開出来るわ」

「フッ、なら()()()は無駄にはならなかったな」

 

 東亜(トーア)はスケジュール表を、理香(りか)の前へ滑らせる。

 

「えっ? これって――」

「おいおい。まさか本当に、ただやる気にさせるための方便(ニンジン)だったとでも思っていたのかよ?」

 

 補習授業が割り当てられていた箇所が修正された、新しいタイムスケジュール表。削られた補修授業の分、予定にはなかった新しいメニューが通常メニューの合間に追加されていた。

 

「題して、ビジョントレーニングレベルスリー。このトレーニングにより、アイツらのプレーは劇的に変わる」

 

 そして、数日後――。

 

熱盛(あつもり)さん、さあ行きましょう!」

「そんなに急がなくても、約束の時間までまだ充分あるよ。響乃(ひびきの)ちゃん」

 

 恋恋高校の駐車場に止めたロケ車を降りた、パワフルTVの男女二人のアナウンサーを先頭に、機材を抱えた数人の取材班たちは、甲子園大会恒例の出場校紹介VTR撮影のため来賓用玄関へ向かった。

 

「あれ?」

「おや、これはいったい......」

 

 関係者から許可を貰った取材班はグラウンドへ足を運ぶも、そこはもぬけの殻。練習している部員は、誰ひとりとしていなかった。

 

「誰もいませんね。どうしましょうか?」

「うーん、そうだねェ。とりあえず一度戻って聞いてみようか」

 

 戻ろうとした校舎から、連絡を受けた理香(りか)が姿を現した。

 

「パワフルテレビの方ですね。お待たせいたしました」

「これは、加藤(かとう)先生。本日は、よろしくお願いいたします!」

「よろしくお願いしますっ」

 

 頭を下げた二人に「こちらこそ、よろしくお願いします」と会釈を返し。ナインたちが居る、昨日補習を受けていた教室へ案内。教室へ近づくと、廊下まで声が漏れ聞こえてきた。

 

「どう? あたしの方が速かったでしょっ!」

「くそ~。今のは、問題が難しすぎだってー......」

「ふっふーん、普段から勉強してないから悪いのよっ」

「うっせ! 七瀬(ななせ)、次だ次!」

「もう。二人とも、別に競ってる訳じゃないんだからね?」

 

 あおいが、やんわりと注意を促す。

 

「判ってるって」

「判ってるわよ」

「準備はいいですか? 次の問題は、数学ですよー」

「よっし、貰った!」

「うっ......」

 

「おや、勉強中でしたか」と言った熱盛(あつもり)に、理香(りか)は少し困った様子で「まあ、そんなところです」と作り笑いを返して、後方のドアから教室に入った。

 

「みんな、一旦中断して」

「あっ、加藤(かとう)先生。はるかちゃん」

「はい。止めますね」

 

 鳴海(なるみ)に頼まれたはるかは、手元のノートパソコンを操作。熱盛(あつもり)は入り口から顔を出し、声をかける。

 

「恋恋高校野球部の皆さん、勉強中申し訳ございません。パワフルテレビの者です!」

「パワフルテレビ? あっそっか、今日は撮影が入ってたんだ」

「そう言うこと。ユニフォームに着替えて、グラウンドに集合してね」

「はい、判りました! みんな、急いで着替えよう!」

 

 鳴海(なるみ)の号令で席を立ったナインたちは、熱盛(あつもり)たちパワフルTV取材班に向かって一礼し、彼らの邪魔にならないように前方のドアから教室を出ていく。

 

「では、加藤(かとう)先生。我々は先にグラウンドへ行って、撮影準備を進めさせていただきます。響乃(ひびきの)ちゃん?」

「う~ん......あっはい、すぐ行きますっ!」

 

 教壇に置かれた大型モニターと、ケーブルが繋がれたノートパソコン。そして何も置かれていない机に、若干後ろ髪を引かれる思いを感じつつ響乃(ひびきの)は、先を行く熱盛(あつもり)たちの後を追った。

 その後、学校紹介VTRの撮影は無事に終了。練習風景も撮影したいと言う要望を受け、ナインたちは教室へは戻らずに、そのまま個人練習を行う。その様子をベンチから見学していた熱盛(あつもり)響乃(ひびきの)は、素直に感想を述べた。

 

「いやー、実にいい動きをしていますねェ。とても初出場とは思えない」

「本当ですねっ。なんと言いますか、ひとりひとりがちゃんと目的を持って練習している感じがします!」

「これもひとえに、渡久地(とくち)監督の指導の賜物なんでしょうね。イヤー、突如現れ彗星の如く駆け抜けていった伝説の選手に教えを請えるとは、彼らが羨ましい!」

「ええ、わたしもそう思います。でも、大変ですよ」

「元プロ、それも並外れた勝負師の指導となれば、やはり厳しいでしょうね」

「ふふっ、思われているような厳しさとはベクトルが違うと思いますよ。渡久地(とくち)くん......彼はあまり、技術的なことは教えないので」

「あっ! 記者会見の場でも言っていましたけど、本当なのですかっ?」

 

「ええ、本当です」と理香(りか)は、響乃(ひびきの)アナウンサーの質問に答える。

 

「あえて考える余地を残す教え方をするんです。就任当初、聞いたことがあります。すると、こう返ってきました。『短絡的に全員に同じトレーニングを課せば良いというものではない。なぜならば、一卵性の双子であろうともまったく同じ人間など、この世に二人として存在しないからだ。性格はもちろん、体格も、骨格も、筋肉の質や付き方、関節可動域、許容量も、人それぞれ異なる。他人にとっては正解だった方法も、自身にとっては不正解であることも多い。だから、必要最低限の土台は作ってやれる。しかしその先は、トライアンドエラー、試行錯誤の繰り返し。自身に合う正解を模索し、まっさらな土台の上に積み重ねていく、己自身でな』と......」

 

 少し懐かしそうに当時のことを振り返りながら、練習に取り組むナインたちを穏やかな顔で見守る理香(りか)

 

「手を上げることはもちろん、叱ったり、怒鳴りつけたことは、一度たりともないんです。何せあの子たちは、まっさら。今この時も、作り上げた真っ白なキャンバスに画を描いている途中なんです。成功と失敗の経験を、まるで油絵の具を塗り重ねるように――」

「......なるほど、とても自主性を重んじる指導ですね。これはますます甲子園での活躍が楽しみになってきました!」

「うん、そうだね。この夏、彼らがどんな画を完成させるか。ボクたちも楽しみにさせていただきます」

 

 

           * * *

 

 

「いよいよだね!」

「そうだね」

 

 撮影と練習が終わり、いつもの分かれ道で矢部(やべ)たちと別れたあとの帰り道を二人で歩く、あおいと鳴海(なるみ)。恋恋高校は来週の頭、甲子園のある兵庫県へ移動予定。

 

「もう準備は出来た?」

「一通りはね。あとは着替えと道具だけだよ」

「ボクも。あっ!」

「どうしたの?」

 

 突然立ち止まったあおいにつられて、鳴海(なるみ)も足を止める。そして、彼女が見ている方を見た。そこには眼光鋭いユニフォーム姿の男子が、塀に寄りかかるようにしていた。

 

「お、お前は......!」

 

 その人物は、東條(とうじょう)小次郎(こじろう)

 

「......待っていた。早川(はやかわ)、オレと勝負して欲しい」

「えっ!?」

 

 突然の申し出に戸惑うあおい。鳴海(なるみ)が、割って入る。

 

「ちょっと待て! いったいどう言うこと?」

「今、言った通りだ。オレは、オレたちは甲子園へ行けない。あの日の約束を果たせなかった」

「約束? あっ......」

 

 ――借りは、甲子園で返す。あおいは、パワフル高校との練習試合後の出来事を思い出した。

 

「甲子園が終わってからじゃダメなのか?」

「今、どうしても確かめたいことがある」

「確かめたいこと......?」

 

 鳴海(なるみ)の問いかけに、東條(とうじょう)はゆっくりと頷いた。

 

「勝手なのは承知の上。頼む」

 

 頭を下げる東條(とうじょう)。あおいは、彼の真摯な想いを汲んだ。

 

「......わかった。いいよ。勝負しよう」

 

 三人は、河川敷のグラウンドへ移動。軽いキャッチボールで肩を作り、あおいはマウンドに立つ。

 

「勝負は、ワンナウト。四死球及びノーバウンドで外野へ飛ばせば、バッターの勝ち。逆に三振を奪うか、打球がインフィールドに転がった場合は、ピッチャーの勝ち。それでいい?」

「うん」

「わかった」

「オーケー。じゃあ始めよう」

 

 鳴海(なるみ)は、ストライク判定のためバックネット裏へ。

 ゆったりモーションを起こしたあおいの初球は、内角へのストレート。東條(とうじょう)は、振らずに見送る。

 

「ストライク」

「次、行くよ?」

「......来い」

 

 二球目も、ストレート。今度は、外角低めいっぱい。金属音を響かせ、レフト上空へ上がった打球は、大きく切れていく。ファールでカウント0-2。あおいは、ブレーキの効いた緩いカーブを一球外し、四球目。外角低めストライクからボールになる、マリンボールを投げた。手元で鋭く大きく変化したボールを、バットの先で掬い上げるように拾った。

 

「勝負あり」

 

 結果は――ライト定位置へのフライ。

 

「バッターの勝ち」

「はぁ......負けちゃった」

 

 悔しそうなあおいをよそに、東條(とうじょう)はバットをケースにしまって肩に担ぐ。その背中に、鳴海(なるみ)は問いかける。

 

「満足した?」

「ああ。あかつきの七井(なない)を封じた込めた理由も納得出来た。完敗だ」

 

 そう言うと、二人へ向き直す。

 

「オレを負かした、あんたたちに頼みがある。決して負けないで欲しいヤツがいる」

 

 全国トップレベルの実力を持つ東條(とうじょう)が、ライバル視する相手――猛田(たけだ)慶次(けいじ)。彼が所属するのは全国屈指の名門校、帝王実業。

 本来であれば、東條(とうじょう)本人が倒したい相手。しかし、星井(ほしい)松倉(まつくら)の二枚看板、正捕手の香本(こうもと)が抜ける秋以降の戦力を考えた時、それは叶わないと察した。戦力が揃う今年が、ラストチャンス。

 叶わないであろう願いを、自分を負かしたあおいに、恋恋高校に託した。

 

「帝王実業か......」

「勝ち上がっていけば、必ず当たる相手だよね?」

「間違いなく。優勝候補だもん」

「......だよね。絶対勝とうねっ!」

「もちろん」

 

 二人は、夕日に照らされながら遠くなって行く東條(とうじょう)の背中を見送り、家路についた。




次話以降まだストックがないため、不定期更新となると思います。

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