7Game   作:ナナシの新人

67 / 111
game67 ~休息~

 表彰式が終わる前にベンチ裏へと入っていった東亜(トーア)を、大勢の記者たちが待ち伏せしていた。その中の一人、パワフルTVの女子アナウンサーがマイクを向ける。

 

渡久地(とくち)監督、おめでとうございます! 是非お話をお伺いしたのですがっ!」

 

 目をキラキラさせている女子アナに対し、あからさまに面倒そうな表情(かお)をする東亜(トーア)。試合後のインタビューは今まですべて、理香(りか)に押し付けてきた。しかし今回は、逃げ道を完全に封鎖されている。

 

「最後くらいちゃんと受けてあげたら?」

 

 背中越しに理香(りか)に諭され、タメ息をついた東亜(トーア)は、渋々インタビューを受けることを了承。ただし、人数が多いため絞ることを記者たちに要求し納得させた。

 

「放送席放送席、インタビューの準備が整いました!」

 

『オーケー! それでは響乃(ひびきの)ちゃん、お願いしまーす!』

 

「はいっ! なんと! 今日は、渡久地(とくち)監督自らがインタビューを受けてくれるとのことで。急遽別室でのインタビューとなりました!」

 

 通路で行われる囲み取材ではなく、別室に用意された席に座っての質疑応答の記者会見という形で。

 

「混乱を避けるため司会進行は、私、パワフルテレビアナウンサーの響乃(ひびきの)こころが務めさせていただきますっ。まず最初に、渡久地(とくち)監督、優勝おめでとうございます!」

 

「ありがとうございます」と、当たり障りのない無難な返事を返した。

 

「それでは、質問のある方は挙手をお願いしますっ」

 

 待ちわびたと言わんばかりに、一斉に手が上がる。ざっと見渡した記者たちの中に、東亜(トーア)は、見知った顔を見つけた。リカオンズのオーナー就任後のある時期から毎試合前後に開いていた記者会見で、熱心に取材していた地元埼玉の新聞社の記者。

 

「あなた以前、リカオンズの会見にいた方ですね?」

「あ、はい! 渡久地(とくち)オーナー......いえ、渡久地(とくち)さんが高校野球の監督に就任したと知り、プロ野球担当からの移動を直談判しました!」

「それはまた、物好きな方で。では、その熱意に。あなたの質問から受けたいと思うのですが、構いませんか?」

「あ、はい。では、そちらの方、質問をどうぞ!」

 

 司会進行を務める響乃(ひびきの)アナウンサーに指名された記者は、勢いよく立ち上がった。

 

「ありがとうございます! 就任して四ヶ月足らずで、全国屈指の名門あかつき大附属が王者として君臨する、東東京予選大会を勝ち抜いたというのは、やはり、渡久地(とくち)監督の手腕があってのこと思いますが」

「いえ。以前申し上げた通り、私は、野球選手としては三流です。そんな私が、高度な技術など教えることは出来ません」

「では、いったいどのような指導を?」

 

 記者たちは、東亜(トーア)の言葉を聞き逃さないように注目する。

 

「強いて上げるとすれば、“勝負への向き合い方、勝負に対する心構え”と言ったモノでしょう」

「つまりそれは、先のリカオンズと同様に、野球選手としてではなく、勝負師として育てあげたと言うことでしょうか?」

「いえ。その表現には、少し語弊があります。私は、育てたと言えるほどのことはしていません。確かに、練習中や試合中に要所での助言をすることは少なからずありました。ですが、それもあくまで必要最小限の助言のみです。何故ならば、実際にグラウンドに立ち、考え、悩み、プレーするのは他でもない、彼ら自身だからです。私は、ほんの少しだけ手助けをしたに過ぎません」

「なるほど......ありがとうございました!」

 

 一礼して腰を降ろした記者は、真剣な顔付きでメモを取る。

 

「はい、ありがとうございます。実に興味深いお話でした! それでは、次の質問へ移りたいと思います。質問のある方、挙手をお願いします」

 

 再び多くの手が上がる。響乃(ひびきの)アナは、一番速く挙手した記者を指名。

 

「今日の試合について、幾つかお伺いします――」

 

 この試合内容を中心に、そして、今まで受けてこなかった分も合わせて、様々な質問が数多く寄せられた。

 

 

           * * *

 

 

「今日の敗戦は、すべて私の力不足によるものだ」

 

 閉会式後、惨敗を喫したあかつきの控え室では、千石(せんごく)が、予選敗退を受け止めきれずにいるナインたちへ謝罪の言葉をかけていた。試合開始早々に先制点を奪われ、常に先手を打つ東亜(トーア)の戦略に嵌まり、采配は後手後手。結局、最後まで打開策を見出すことが出来ずに終わってしまったことを悔やんだ。

 しかし、あかつきは先発全員が出塁。安打数においても恋恋高校を大きく上回っていた。ただ、得点に繋がる連打は二宮(にのみや)がタイムリーを打った五回の一打のみ。ヒットは出ても、打線として機能していなかった。

 そして、それをさせなかったのが恋恋投手陣。特にポイントゲッターの七井(なない)に対しては、瑠菜(るな)、あおい、藤村(ふじむら)近衛(このえ)と、まったく違うタイプの選手四人を充てがい、万全の対策を施していた。

 

「......いえ、打たれたボクの責任です。ライジングキャノンを完成させていれば、こんな結果には。地区予選は、ライジングショットで乗り切れると高をくくっていたんです......」

「それを言えば、ワシのせいだ。初回のゲッツー、チャンスでの見逃し三振で流れを引き戻せなかった」

 

 各々自分の至らなさに反省の言葉を口にして。一通り吐き出し終えたところで、黙って聞いていた千石(せんごく)は、ナインたちに声をかけた。

 

「皆、それぞれ想うところもあるだろう。しかし、いつまでも下を向いていても仕方がない。結果は、もう出てしまったのだからな。三年は今日で引退だが、野球を続けている限りリベンジの機会は必ず訪れる」

 

 ――リベンジ。その言葉で、室内の空気が変わった。

 

「監督の言う通りネ。少なくとも奥居(ショート)鳴海(キャッチャー)は、プロへ進むはずダ。それだけのポテンシャルはあル」

「うむ。ワシは、あかつき大学へ進学するが、ヤツらの中にも大学で野球を続けるヤツはいるだろう。同じリーグで対戦する機会はあるはずだ。その時は、負けんぞ......!」

「オレもだ。この借りはプロの世界で返す、必ずなッ! お前もだろ、なあ猪狩(いかり)!」

 

 頭からタオルを被り、うつむいていた猪狩(いかり)は、二宮(にのみや)のハッパを受け、顔を上げる。

 

「......ああ。完成させたライジングキャノンで......いや、ボクは更にその上を目指す」

 

 意気消沈の重苦しいムードは消え去り、あかつきナインたちの目には光りに満ちあふれ、既に次のステージへと向いていた。彼らの表情(かお)に、千石(せんごく)は想う。

 

「(......大丈夫だ、彼らは強い。この敗戦を糧にし、必ず這い上がる)」

 

 そう、確信した。

 あかつきナインたちは、まとめた荷物を持って控え室を出て、球場の出入り口へ向かった。球場の外へ出たところで、千石(せんごく)は喫煙スペースで一服していた東亜(トーア)の姿を見つける。ナインたちには先にバスに乗っているよう指示をして、東亜(トーア)の元へ挨拶に向かう。

 

渡久地(とくち)監督」

「ああ? ああ......あんたか」

 

 火のついたタバコを灰皿に押し付け、千石(せんごく)を横目で見る。

 

「今日は、勉強させていただきました。全国大会でのご健闘・ご活躍の程をお祈りしています」

「わざわざそんなことを言いに来たのか。そんなことより、自分とこの連中を心配してやったらどうだ?」

「ご忠告感謝します。ですが、ご心配なく。彼らは、既に未来を見ています。では、私はこれで――」

 

 踵を返した千石(せんごく)は、東亜(トーア)に背を向けて歩き出す。

 

「(――渡久地(とくち)東亜(トーア)。この雪辱、来年必ず果たす)」

「勘違いしてるよ、あんた」

 

 東亜(トーア)の呼びかけに、千石(せんごく)の足が止まった。

 

「......勘違い?」

「次はない」

「――ッ!?」

 

 サングラスの奥の目がキリッとつり上げる。

 

「あんたが想ってるような意味じゃねーよ。俺は、来年いないってだけの話しさ」

 

 理香(りか)との間で交わした新しい契約は、甲子園大会終了まで。その先は、すべて未定。加えて、あおいたち三年生が引退したあと、部員は一年生の六人だけとなるため、秋季大会出場は事実上不可能。再戦の見込みはない。

 

「(......そうか。恋恋高校には二年はおろか、試合を組めるだけの部員すらままならない。そんな相手に私は......なんと無力な......)」

「まあ、何度やっても負けることはないけどな」

「......なんだと?」

「フッ、あんたは、勝負の最中にしてはいけないことをした。取り返しのつかない過ち。それに気づかないうちは、()には勝てねーよ」

 

 東亜(トーア)が指摘した、千石(せんごく)が試合中に犯してしまった取り返しのつかない過ち、それは――。

 

「目を切った?」

 

 いつも報告会を行うバーで、理香(りか)は首をかしげた。

 今日は、現地で試合を観戦していた高見(たかみ)とトマスの二人も加わっている。

 

「ああ。奥居(おくい)を三振に取った直後、山場を越えたと思い、俺を見てしまった。決して目を離してはならない鉄火場(グラウンド)から目を切った。その結果、猪狩(いかり)が出していた異変(サイン)を見落としたのさ」

「あの笑いは、そういうことだったのね」

 

 奥居(おくい)を、空振り三振に取ったスライダー。これまで滑るように斜角に鋭く変化していたスライダーが、まるでフォークのように縦に近い変化をした。

 

「ピッチャーは、とても繊細な生き物。ほんの僅かでも異常を感じたら、確かめずにはいられない」

「そう。あかつきバッテリーの表情(かお)は、明らかに意図して投げたボールではないことを語っていた。だから、必ずスライダーを投げる。イメージとズレた感覚を確かめるために」

「それで、初球エンドランを仕掛けたのね。だけど、キャッチャーの(すすむ)くんは、猪狩(いかり)くんの異常に気づいていたみたいだったけど?」

「それこそ弟だからだろ。上級生、しかも実兄となれば簡単には逆らえない。もし、キャッチャーが二宮(にのみや)のままだったら、スライダーは投げさせなかっただろう」

「そうか。お前はハナっから、攻守の要の二宮(にのみや)を降ろすことを考えてたのか。ビハインドのあかつきは本来攻めなきゃいけない状況下なのに守りに入った」

 

 トマスの言葉に軽く笑みを見せて、グラスを口に運ぶ。

 

「予選前あかつきの試合を観た時、ライジングショットの上があることは十分予想できた」

 

 それが、甲斐(かい)に送ったサインの正体。

 ライジングショットに見立てたのが、あおいのストレート。ライジングキャノンに見立てたのが、瑠菜(るな)のストレート。バッターボックスからマウンドまで距離を縮めて行った、猪狩(いかり)対策。

 

「ライジングショットとライジングキャノンの最大の違い。それは――球離れ」

 

 ライジングショットは、強力なスピンを最大限活かすためにリリースを早めたストレート。バッターまでの距離が延びるため、より浮いたように感じる。

 ライジングキャノンは、逆にリリースを遅らせたストレート。バッターまでの距離が短くなるため前者と比較すると浮力こそ少ないが、バッターまでの到達は格段に速くなる。

 

「試合中にフォームを変えるなんてのは、ただでさえ神経を削る行為。それに加えて、気を遣う雨が降る中でのピッチング。八回開始時点で、とっくに限界を超えていた」

 

 それを証明したのが、八回の芽衣香(めいか)の打席。扱いの難しい木製バットを使う彼女が、差し込まれながらもライジングキャノンをライト前へ運んだ。球威が落ちていた証拠。六回の守備、三者凡退ながらも臆せず向かっていった七回の攻撃、常に気の抜けないプレッシャーを、猪狩(いかり)にかけ続けた結果。

 

猪狩(いかり)が出していた限界を知らせるサインを、あかつきの千石(せんごく)監督は見落としてしまった。過剰なまでに、渡久地(とくち)の存在を意識してしまったことで......」

「スタメンに投手を二人並べた奇策も、すべては相手に疑念を抱かせて、自身に意識を向けさせるための策略ってか。どこまでも狡猾なヤツだよ、お前は」

「当然だろ。試合の前から始まってるんだ、勝負ってのはな」

 

 決して奇跡などではなく。起きるべくして起きた、必然。

 

「本番は、ここからだ。面子は出揃ったんだろ?」

「ええ。日程的にウチが最後の出場決定校よ。覇堂、白轟、天空中央、帝王実業......それと去年の夏、今年の春の覇者、壬生とアンドロメダ。ほぼ前評判通りの結果ね」

「どこも全国に名を馳せる名門・強豪校揃い。取れるのか......?」

「取るさ。決まってるだろ」

 

 ――愚問だ、と澄まし顔で再びグラスを口に運ぶ。

 

「そうか。ああ、そうだ。これを――」

 

 高見(たかみ)はやや厚みのある封筒を、理香(りか)に差し出した。

 

「これは?」

「試合の招待チケット。ささやかですが、僕からのお祝いです」

「あっ、ありがとうございます。きっと......いえ、みんな絶対に喜びますっ」

 

 高見(たかみ)は笑顔を見せ。トマスは、ここ支払いを持つことで祝いの代わりとした。

 そして――。

 

「やっぱりスゴいね、プロはっ!」

「うん、そうだね」

 

 高見(たかみ)の特大ホームランに沸く、超満員のスタジアム。あおいの隣に座っている鳴海(なるみ)がうなづく。

 

「いつか投げたいな、この雰囲気の中で......」

「投げたいじゃなくて、投げるのよ」

瑠菜(るな)

 

 反対隣の瑠菜(るな)が言う。

 

「必ず投げるのよ。プロの世界で!」

「......うん!」

 

 ナインたちは、この観戦を心から楽しんだ。

 これから始まる、長い激闘が続く前の、つかの間の休息を――。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。