表彰式が終わる前にベンチ裏へと入っていった
「
目をキラキラさせている女子アナに対し、あからさまに面倒そうな
「最後くらいちゃんと受けてあげたら?」
背中越しに
「放送席放送席、インタビューの準備が整いました!」
『オーケー! それでは
「はいっ! なんと! 今日は、
通路で行われる囲み取材ではなく、別室に用意された席に座っての質疑応答の記者会見という形で。
「混乱を避けるため司会進行は、私、パワフルテレビアナウンサーの
「ありがとうございます」と、当たり障りのない無難な返事を返した。
「それでは、質問のある方は挙手をお願いしますっ」
待ちわびたと言わんばかりに、一斉に手が上がる。ざっと見渡した記者たちの中に、
「あなた以前、リカオンズの会見にいた方ですね?」
「あ、はい!
「それはまた、物好きな方で。では、その熱意に。あなたの質問から受けたいと思うのですが、構いませんか?」
「あ、はい。では、そちらの方、質問をどうぞ!」
司会進行を務める
「ありがとうございます! 就任して四ヶ月足らずで、全国屈指の名門あかつき大附属が王者として君臨する、東東京予選大会を勝ち抜いたというのは、やはり、
「いえ。以前申し上げた通り、私は、野球選手としては三流です。そんな私が、高度な技術など教えることは出来ません」
「では、いったいどのような指導を?」
記者たちは、
「強いて上げるとすれば、“勝負への向き合い方、勝負に対する心構え”と言ったモノでしょう」
「つまりそれは、先のリカオンズと同様に、野球選手としてではなく、勝負師として育てあげたと言うことでしょうか?」
「いえ。その表現には、少し語弊があります。私は、育てたと言えるほどのことはしていません。確かに、練習中や試合中に要所での助言をすることは少なからずありました。ですが、それもあくまで必要最小限の助言のみです。何故ならば、実際にグラウンドに立ち、考え、悩み、プレーするのは他でもない、彼ら自身だからです。私は、ほんの少しだけ手助けをしたに過ぎません」
「なるほど......ありがとうございました!」
一礼して腰を降ろした記者は、真剣な顔付きでメモを取る。
「はい、ありがとうございます。実に興味深いお話でした! それでは、次の質問へ移りたいと思います。質問のある方、挙手をお願いします」
再び多くの手が上がる。
「今日の試合について、幾つかお伺いします――」
この試合内容を中心に、そして、今まで受けてこなかった分も合わせて、様々な質問が数多く寄せられた。
* * *
「今日の敗戦は、すべて私の力不足によるものだ」
閉会式後、惨敗を喫したあかつきの控え室では、
しかし、あかつきは先発全員が出塁。安打数においても恋恋高校を大きく上回っていた。ただ、得点に繋がる連打は
そして、それをさせなかったのが恋恋投手陣。特にポイントゲッターの
「......いえ、打たれたボクの責任です。ライジングキャノンを完成させていれば、こんな結果には。地区予選は、ライジングショットで乗り切れると高をくくっていたんです......」
「それを言えば、ワシのせいだ。初回のゲッツー、チャンスでの見逃し三振で流れを引き戻せなかった」
各々自分の至らなさに反省の言葉を口にして。一通り吐き出し終えたところで、黙って聞いていた
「皆、それぞれ想うところもあるだろう。しかし、いつまでも下を向いていても仕方がない。結果は、もう出てしまったのだからな。三年は今日で引退だが、野球を続けている限りリベンジの機会は必ず訪れる」
――リベンジ。その言葉で、室内の空気が変わった。
「監督の言う通りネ。少なくとも
「うむ。ワシは、あかつき大学へ進学するが、ヤツらの中にも大学で野球を続けるヤツはいるだろう。同じリーグで対戦する機会はあるはずだ。その時は、負けんぞ......!」
「オレもだ。この借りはプロの世界で返す、必ずなッ! お前もだろ、なあ
頭からタオルを被り、うつむいていた
「......ああ。完成させたライジングキャノンで......いや、ボクは更にその上を目指す」
意気消沈の重苦しいムードは消え去り、あかつきナインたちの目には光りに満ちあふれ、既に次のステージへと向いていた。彼らの
「(......大丈夫だ、彼らは強い。この敗戦を糧にし、必ず這い上がる)」
そう、確信した。
あかつきナインたちは、まとめた荷物を持って控え室を出て、球場の出入り口へ向かった。球場の外へ出たところで、
「
「ああ? ああ......あんたか」
火のついたタバコを灰皿に押し付け、
「今日は、勉強させていただきました。全国大会でのご健闘・ご活躍の程をお祈りしています」
「わざわざそんなことを言いに来たのか。そんなことより、自分とこの連中を心配してやったらどうだ?」
「ご忠告感謝します。ですが、ご心配なく。彼らは、既に未来を見ています。では、私はこれで――」
踵を返した
「(――
「勘違いしてるよ、あんた」
「......勘違い?」
「次はない」
「――ッ!?」
サングラスの奥の目がキリッとつり上げる。
「あんたが想ってるような意味じゃねーよ。俺は、来年いないってだけの話しさ」
「(......そうか。恋恋高校には二年はおろか、試合を組めるだけの部員すらままならない。そんな相手に私は......なんと無力な......)」
「まあ、何度やっても負けることはないけどな」
「......なんだと?」
「フッ、あんたは、勝負の最中にしてはいけないことをした。取り返しのつかない過ち。それに気づかないうちは、
「目を切った?」
いつも報告会を行うバーで、
今日は、現地で試合を観戦していた
「ああ。
「あの笑いは、そういうことだったのね」
「ピッチャーは、とても繊細な生き物。ほんの僅かでも異常を感じたら、確かめずにはいられない」
「そう。あかつきバッテリーの
「それで、初球エンドランを仕掛けたのね。だけど、キャッチャーの
「それこそ弟だからだろ。上級生、しかも実兄となれば簡単には逆らえない。もし、キャッチャーが
「そうか。お前はハナっから、攻守の要の
トマスの言葉に軽く笑みを見せて、グラスを口に運ぶ。
「予選前あかつきの試合を観た時、ライジングショットの上があることは十分予想できた」
それが、
ライジングショットに見立てたのが、あおいのストレート。ライジングキャノンに見立てたのが、
「ライジングショットとライジングキャノンの最大の違い。それは――球離れ」
ライジングショットは、強力なスピンを最大限活かすためにリリースを早めたストレート。バッターまでの距離が延びるため、より浮いたように感じる。
ライジングキャノンは、逆にリリースを遅らせたストレート。バッターまでの距離が短くなるため前者と比較すると浮力こそ少ないが、バッターまでの到達は格段に速くなる。
「試合中にフォームを変えるなんてのは、ただでさえ神経を削る行為。それに加えて、気を遣う雨が降る中でのピッチング。八回開始時点で、とっくに限界を超えていた」
それを証明したのが、八回の
「
「スタメンに投手を二人並べた奇策も、すべては相手に疑念を抱かせて、自身に意識を向けさせるための策略ってか。どこまでも狡猾なヤツだよ、お前は」
「当然だろ。試合の前から始まってるんだ、勝負ってのはな」
決して奇跡などではなく。起きるべくして起きた、必然。
「本番は、ここからだ。面子は出揃ったんだろ?」
「ええ。日程的にウチが最後の出場決定校よ。覇堂、白轟、天空中央、帝王実業......それと去年の夏、今年の春の覇者、壬生とアンドロメダ。ほぼ前評判通りの結果ね」
「どこも全国に名を馳せる名門・強豪校揃い。取れるのか......?」
「取るさ。決まってるだろ」
――愚問だ、と澄まし顔で再びグラスを口に運ぶ。
「そうか。ああ、そうだ。これを――」
「これは?」
「試合の招待チケット。ささやかですが、僕からのお祝いです」
「あっ、ありがとうございます。きっと......いえ、みんな絶対に喜びますっ」
そして――。
「やっぱりスゴいね、プロはっ!」
「うん、そうだね」
「いつか投げたいな、この雰囲気の中で......」
「投げたいじゃなくて、投げるのよ」
「
反対隣の
「必ず投げるのよ。プロの世界で!」
「......うん!」
ナインたちは、この観戦を心から楽しんだ。
これから始まる、長い激闘が続く前の、つかの間の休息を――。