7Game   作:ナナシの新人

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game66 ~サイン~

『見逃し三振! インコースへズバッと決まったーッ! 恋恋高校、スコアリングポジションにランナーを進めましたが、この回無得点。猪狩(いかり)(まもる)、ここは力でねじ伏せました! さあ、そしてピンチを凌いだあとの攻撃は今日ヒットを打っている、七番の九十九(つくも)からです!』

 

 あかつきナインと入れ替わりで、恋恋ナインが守備に着く。

 

「最初はずいぶん荒れていたけど、急に決まりだしたわね」

「窮地に追い込まれれば追い込まれるほど底力を発揮する、典型的なクラッチピッチャー。一球投げる度にリリースが安定してきていた。次の回からは制球してくるぞ」

「......もう点はやれないわね」

「くくく、そう深刻そうな表情(かお)するな。むしろ逆、喜べよ。向こうは、こっちを同等以上と認めた。その証拠に、小細工を仕掛けてきた」

「小細工? あっ!」

 

 あかつきの三塁ベースコーチに、二宮(にのみや)が入った。(すすむ)と交代を告げられたと同時に託された新しい使命。あおいのマリンボール攻略法を見つけるという大役を託された二宮(にのみや)は、両膝に手を付き、どんな些細なことでも見逃さないという強い意志を感じさせる鋭い眼差しで、あおいの投球練習を注視している。

 

「(......監督は、オレを信じて重要な役目を与えてくれた。必ず見つけ出してやる)」

「(頼むで二宮(にのみや)。ウチの攻撃は、この回含めてあと四回。いくらランナー溜めても、要所であのけったいな変化球を使われたらそうは打てへん。見つけ出してや......!)」

 

 九十九(つくも)はバットを短く持ち、バッターボックスの一番後ろに立って、小さく構えた。

 

「(構えが小さい......あおいちゃんのピッチングを探るつもりなのか? それなら――)」

 

 初球は、ほぼ真ん中のストレート。

 

「(――あっ、しもた!)」

 

 追い込まれるまで見逃すつもりでいた九十九(つくも)だったが、甘い球に無意識にバットを出てしまった。打ち上げた打球は、三塁側の内野スタンドで弾む。

 

「ファール!」

「(ふぅ......思わず手ぇ出してもーたわ。そう睨むなや、わーとるって)」

 

 非難の目を向ける二宮(にのみや)に対し、悪気なく笑って見せた九十九(つくも)はひとつ息を吐き改めて構える。二球目は外角へのブレーキの利いたカーブ。流し打ちが得意な九十九(つくも)にとって是非とも手を出したいボールだったが、今度は作戦通り見送った。

 

「(打ち気がないから簡単に追い込めた。けど、ここからは意地でもカットしてくる。粘られると厄介だから、さっさと仕留めちゃおう)」

「(うんっ)」

 

 出されたサインに力強くうなづいた、あおいの三球目。

 

「(――アウトロー。ええコントロールや!)」

 

 きわどいコースのストレートを流し打ち。一塁線のファールゾーンへ切れ、カウント変わらず0-2。そして四球目は、一転して内角。やや低めからベース手前で急激にストンと落下した。

 

九十九(つくも)、空振り! ワンバウンドのボール球にバットが回った! キャッチャー鳴海(なるみ)、落ち着いてファーストへ送球、プレー成立。ワンナウト!』

 

「そう、それでいい。バットを短く持って当てにくるのなら、振っても当たらないコースで勝負すればいいだけのこと。わざわざ付き合ってやる必要はない」

「でもいいの? 探られているマリンボールを簡単に見せちゃって」

「問題ねぇーよ。例え原理が判ったところで見極められるようなボールじゃない。残り一打席で完璧に攻略するなど到底不可能。まぐれ当たりはあっても、致命的な痛打は浴びねーさ」

 

 東亜(トーア)の言葉通り、あかつきが見に徹していたこともあって、あおいは落ち着いたピッチングを披露し、六回を三者凡退の無失点に抑えた。

 

「さて、じゃあ仕上げと行くとするか」

 

 七回の攻撃を前に、ナイン全員の視線が東亜(トーア)に集まる。

 

「次の回、好きにやって来い」

 

 理香(りか)を除いた全員が戸惑う中、キャプテン鳴海(なるみ)が挙手。

 

「あの、それはいったい......」

「そのまま受け取ればいい。ただし、ひとつだけルールを設ける。中途半端なことはするな。セーフティならライン際を狙え、打ちに行くなら狙ったボールは迷わず振れ。見逃し三振、空振り三振、ファールアウトなどの失敗は一切気にする必要はない。今、お前たちが持てるすべてをぶつけてこい」

 

 ナインたちは「はい!」と全員で声を揃えて力強くうなづいた。だがしかし、前回よりも制球を安定させてきた猪狩(いかり)の前に、同じく三者凡退で片付けられてしまう。にも関わらず、東亜(トーア)は想定通りと言わんばかりに、どこか不敵に笑みを浮かべていた。

 そして――。

 

『フォアボール! ここは四条(よじょう)の粘り勝ち。あかつき大附属、七回裏ワンナウトから同点のランナーを四球で出しました。そして迎えるは三番、七井(なない)アレフト!』

 

 あかつきの応援スタンドから大歓声が沸き起こる。

 

『おっと。恋恋高校、どうやらここで選手の交代のようです。な、なんと! ピッチャー早川(はやかわ)に代えて、左の一年生投手藤村(ふじむら)を送ってきました!』

 

 右打者の二宮(にのみや)がベンチへ下がったことで左打者が続くということあるが、実は、これは予定通りの起用。七井(なない)の四打席目は、左打者に強い彼女で行くと最初から決めていた。あおいは一旦ライトへ回り、代わりにライトの瑠菜(るな)がベンチへ下がる。

 

「お疲れさま。着替えてらっしゃい」

「いえ。この回を見届けてから、二人と一緒に着替えます」

「そう」

 

『投球練習が終わりました、試合再開です! 七井(なない)を相手に臆せずに向かっていけるでしょーか?』

 

「(大丈夫だよ。コースさえ間違えなければ、抑えられるからね)」

「(はいっ!)」

 

 これまでの練習試合、公式戦を含めてワンポイントの起用で左の強打者を抑えてきた実績がある。ファーストランナー四条(よじょう)を警戒し、クイックで足を上げた。

 

『初球は、外角のストレート! ギリギリいっぱいに決まった!』

 

 プレートの一塁寄りギリギリからサイドスローで投げられたストレートをボールと判断して見逃したが、判定はストライク。二球目、同じコースから更に外へ大きく逃げるスライダーを見送り、ボール。平行カウントからの三球目、二球目よりも甘いコースのスライダー。クロスして逃げていくボールを捉えきれずに三塁線へファール。四球目は、インサイドへストレートを外して、これで再び平行カウント。

 そして、勝負の五球目――内角低めのチェンジアップ。

 

「くッ......!」

 

七井(なない)引っ張った! が、しかし――』

 

 利き手方向へやや曲がりながら沈む緩い変化球をミスショット、タイミングと芯を外された。予め深いポジションチェンジを取っていた、ファースト甲斐(かい)の正面へのゴロ。だが、アウトはセカンドのひとつだけで併殺は免れた。

 

『ここはバッテリーの勝ち、強打者七井(なない)に自分のバッティングをさせませんでした! しかし、主砲三本松(さんぼんまつ)が控えています!』

 

 間違えれば一発のある三本松(さんぼんまつ)に対し、バッテリーはストライクゾーンでの勝負はせず、カウントが悪くなったところで座ったまま歩かせ、五番(すすむ)との勝負を選択。

 

猪狩(いかり)(すすむ)、低めのスライダーを引っかけてセカンドゴロ! セカンドの浪風(なみかぜ)から奥居(おくい)へ渡ってフォースアウト。これで三つ目のアウトを奪って攻守交代! 試合はいよいよ大詰め八回九回の攻防へと入ります!』

 

 一打同点・逆転のピンチを辛うじて切り抜けた。

 そして八回表、ゲームはターニングポイントを迎える。

 先頭バッターの矢部(やべ)は、初回にホームランを叩き込んだのと同じコースを狙っていくも空振りの三振に倒れた。続く芽衣香(めいか)は差し込まれながらも、やや甘く入ったライジングキャノンをライン際へぽとりと落ちるテキサスヒットで出塁。

 

『ワンナウト一塁、追加点が欲しい場面で三番奥居(おくい)です! しかし、今日はまだヒットがありません。おそらく最後の勝負となるでしょう! 果たして軍配はどちらに上がるのか? 注目して参りましょーッ!』

 

 あかつきはタイムを取って、二宮(にのみや)を伝令として送る。

 

「監督は、このランナーだけは絶対に返しちゃいけねーって言ってる」

「だろうな。さすがに八回(ここ)での失点は致命傷になる」

「だね。それで、監督の指示は?」

 

 ――奥居(おくい)とは無理に勝負するな、最悪歩かせていい。これが千石(せんごく)の指示。制球が乱れていたとは言え、ライジングキャノンを平然と見逃していた奥居(おくい)を警戒しての考え。

 

(すすむ)

 

 ベンチへ戻りながら二宮(にのみや)は、(すすむ)に声をかける。

 

「いいか? お前が、猪狩(いかり)をリードしてやるんだ。グラウンドに立ったら、学年とか、兄弟だとか一切関係ねーんだからな」

「......はい!」

 

 しっかりとうなづいた(すすむ)の背中を軽く叩いて、二宮(にのみや)はベンチへ戻っていく。この時二宮(にのみや)は、漠然と何かを感じ取っていた。中学からバッテリーを組む猪狩(いかり)の、本人すら実感していない、ほんの些細なサインを――。

 

 

           * * *

 

 

 いつの間にか雨は止んで、灰色の薄暗い雲の隙間から太陽が顔を出した。徐々に上がっていく気温。グラウンドに明るい光りが差し込む。ひとつ大きく息を吐いた猪狩(いかり)は、ポケットに入れていたロジンバッグを弾ませ、マウンドに放り投げる。

 (すすむ)からのサインにうなづいて、奥居(おくい)への初球を投げる。アウトコースのライジングキャノン、先ずはストライクを奪う。その後は、緩急を駆使してツーエンドツーとカウントを整えた。

 追い込んでからの勝負球は――ライジングキャノン。

 

「ファールッ!」

 

 三塁塁審が、両手を広げた。

 

「ちっ!」

 

 奥居(おくい)は悔しそうに打席へ戻り、(すすむ)は胸をなで下ろした。

 

『とてもビッグな当たりでしたが、ポール際で僅かに切れてファール! 仕切り直しです!』

 

「(右バッターにはクロスして食い込んでくるライジングキャノンを完璧に捉えられてた......なんてバッターなんだ、この人は。どうする......?)」

 

 (すすむ)は、頭をフルに回転させて思考を巡らせる。

 

「(......歩かせるのは、フルカウントになってから。兄さんのボールなら、ダブルプレーだって十分に狙える!)」

 

 そう結論を出した(すすむ)はスライダーのサインを出して、一球前と同じ内角低めへミットを構えた。ストライクからボールになるスライダーを引っかけさせて、ダブルプレーを狙う配球。

 

「(――しまった!)」

「(あっ、甘い......!)」

「(貰ったぞ!)」

 

 構えたミットよりも真ん中寄りに来た。

 ――失投。投げた猪狩(いかり)ですらもそう思ったが、奥居(おくい)のバットは空を切った。結果は、空振りの三振。狙いに行った奥居(おくい)、打ち取ったバッテリーともに戸惑いの表情を見せる。

 

『空振り三振ッ! 低めの落ちるボールにバットが回りましたーッ! ここはバッテリーの勝ちです!』

 

 最大の山場を乗り切ったと千石(せんごく)はひとつ息を吐いて、恋恋高校のベンチへ目をやった。グラウンドを見ていた東亜(トーア)と一瞬目が合う。すると東亜(トーア)は顔を伏せ、不気味に笑い出した。

 

「クックック......いいのかねぇ?」

「なにが?」

 

 理香(りか)の問いかけをはぐらかし、はるかに伝える。

 

「さてね。はるか、サインを出すぞ。このゲーム、これが最後のサインだ」

「......はいっ」

 

 はるかから、ネクストバッターの甲斐(かい)芽衣香(めいか)にサインが伝達された。二人は、了解とヘルメットのツバに軽く触れる。その仕草など気にすることなく、(すすむ)はマウンドへ向かおうと立ち上がったが「来るな」と、猪狩(いかり)に左腕を伸ばされて制止された。

 

「(――兄さん......。監督!)」

 

 (すすむ)は、ベンチの千石(せんごく)に顔を向ける。ちょうどグラウンドへ顔を戻した千石(せんごく)は、腕を組んだままうなづいた。それを受け、(すすむ)は腰を降ろす。

 

「おい、(いつき)。これは......」

「ああ、決まった。この隙を、渡久地(とくち)が見逃すはずがない」

 

 スタンドで観戦している、高見(たかみ)とトマスは確信した。このゲームの結末を――。

 

『三度首を振り、ようやくサインが決まりました。猪狩(いかり)の足が上がった......おおっと! ファーストランナー浪風(なみかぜ)、初球でスタートを切った!』

 

「なッ、盗塁だと!?」

 

 まさかのスタートに千石(せんごく)は、血相を変えて身を乗り出す。投球は、外角から入ってくるバックドアのスライダー。甲斐(かい)は狙い澄まし、今までやられてきたスライダーをコースに逆らわず逆方向へ押っ付けた。

 

「ファ、ファースト!」

 

 マスクを投げ捨て、大声で指示を出す。

 

「――くッ!」

 

三本松(さんぼんまつ)、ダーイブッ! だが、届かなーいッ! 鋭い当たりが一塁線を破ったーッ!』

 

 打球は、横っ跳びをした三本松(さんぼんまつ)のグラブの先を抜け、ファールゾーンを転々と転がる。

 

「ライト、バックホーム!」

「くそッ、行かせへんでーッ!」

 

『ライト九十九(つくも)から矢のような返球! しかし、スタートを切っていた浪風(なみかぜ)芽衣香(めいか)、ライトからの返球が届く前に滑り込んで、ホームイン! 恋恋高校、喉から手が出るほど欲しかった追加点を、試合終盤八回に奪い取りましたーッ!』

 

 (すすむ)は呆然と立ち尽くし、猪狩(いかり)は片膝をついた。七回2/3五失点ノックアウト。ここで麻生(あそう)に交代するも、時既に遅し。

 試合は九回裏、あかつき大附属最後の攻撃。

 この回からマウンドに上がったのは、クローザーの近衛(このえ)。アンツーカでイレギュラーした不運な当たりで許したランナーを内野ゴロの間に生還させてしまったが、八回の追加点が功を奏し、一点リードしたままの状況で九回ツーアウト。

 迎えるラストバッターは、七井(なない)アレフト。

 左打席で構える七井(なない)に、あかつきの応援スタンドから祈りにも似た大声援が送られる。

 

「(最後の最後で、七井(なない)か......だけど!)」

 

 割れんばかりの大声援に臆することなく、鳴海(なるみ)は冷静にサインを送る。サインを受け取った近衛(このえ)は、ゆったりとモーションを起こした。

 

『アウトローのストレート! 七井(なない)、振りにいった!』

 

 ――キーンッ! と甲高い金属音を響かせ、打球は左中間へ飛んだ。センター矢部(やべ)とレフトの真田(さなだ)が、打球を追って下がる。

 

「オーライでやんすー!」

 

 矢部(やべ)が、落下地点に入った。

 そして――。

 

『センター矢部(やべ)、今、ウイニングボールを丁寧に掴み取りましたーッ! 最終スコアは5対4。一点差の大激戦を制したのは......恋恋高校!』

 

 鳴海(なるみ)近衛(このえ)が、マウンド上で抱き合い、奥居(おくい)たち内野手は、二人に覆い被さるようにして歓喜の輪に加わる。矢部(やべ)真田(さなだ)、八回裏からライトに入った藤堂(とうどう)も、全速力でマウンドへ駆ける。

 

「やった......やったよっ。はるか、瑠菜(るな)!」

「はいっ」

「ええ!」

 

 グラウンドとベンチで喜びを爆発させるナインたち。

 結局、先制点を奪ってから一度も追いつかれることもなく、一点差で逃げ切って勝利を収めた。

 

「やったわ、あの子たち......」

 

 下馬評を覆し成し遂げた優勝。

 感極まった理香(りか)は、両手で顔を覆う。

 

「おい、こんなところで満足するな。取るんだろ? 深紅の旗を」

「......ええ、わかってるわっ」

 

 東亜(トーア)に指摘されて顔を上げた理香(りか)は、目の前で喜ぶ姿をしっかりと見届ける。

 

 そして、更にその先の目標へ向け、真っ直ぐと前を向いた――。


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