7Game   作:ナナシの新人

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お待たせしました。


game65 ~弊害~

「みんな、今のうちに着替えとエネルギー補給を済ませちゃいなさい。手の空いてる人は、手伝ってあげてね」

 

「はい!」と理香(りか)の言葉に返事をしたナインたちは、それぞれ自分の作業に取りかかる。

 

「あの、コーチ。さっきの伝令って結局何だったんですか?」

 

 雨で濡れたアンダーシャツを着替えながら鳴海(なるみ)が訊ねると、東亜(トーア)は五回終了後のグラウンド整備を行っている整備員たちを見ながら答えた。

 

「ただの時間稼ぎだ。文字通りな」

「時間稼ぎ......」

 

 着替えの手を止めて、考え込む。

 

「(二死から連打で失点した悪い流れを切りたかった、もしくは、俺たちを落ち着かせるため。あるいは両方......。いや、そう言う理由なら、コーチはもっと考えさせるような助言を出す。今までもそうだった。となると別の理由があるはず――)」

鳴海(なるみ)くん、早く着替えちゃいなさい。いくら夏でも雨は身体を冷やすわよ」

「あ、はい」

 

 理香(りか)に指摘され、急いでアンダーシャツを着替える。着替え終え、水分補給をしながら再び考え込んでいたところへ瑠菜(るな)とあおい、芽衣香(めいか)の三人がベンチ裏の更衣室から戻ってきた。

 

「濡れたアンダーシャツを替えるだけでも全然違うね」

「ええ、気持ち動きやすくなった感じもするわ」

「スポーツドリンクですよー」

 

 はるかに礼を言って、ベンチに腰を降ろす。

 

「で。鳴海(なるみ)くんは、何を難しい表情(かお)してるの?」

「たぶん、さっきの伝令のことじゃないかしら」

「正解」

「祝勝会の話しって言っていたわね」

「うん。球審が注意に来るまで話しとけって」

「球審が注意に来るまで、ね」

 

 そこにヒントがある。瑠菜(るな)も、鳴海(なるみ)も同じことを思っていた。すぐ近くで考え込んでいる二人の姿に、理香(りか)東亜(トーア)に進言。

 

「悩んでるわよ」

「考えて悩めばいい。とことんな」

「もう、冷たいわね。ヒントくらいあげたら?」

「ヒントも何も、ほぼ答えを教えてやったじゃねぇーか」

 

 小さくタメ息をつく理香(りか)に軽く笑みを見せて言った東亜(トーア)の言葉を思い出して、鳴海(なるみ)は思考を巡らせる。

 

「ヒント、答え......時間稼ぎ......あっ、そうか、マリンボールだ!」

「ん? ボクのマリンボールがどうかしたの?」

「ほら。前に海で、あおいちゃんが言ったことだよ。湿度が高い海は、変化球がよく曲がる!」

「え、なに? あんたたち、海でデートしたの?」

 

 芽衣香(めいか)が、関係ないところに食いついた。

 

「ち、違う違うよっ。マリンボールの開発に行き詰まってた時に、気分転換で行っただけだよ!」

「ふーん、へぇー、まっ、そう言うことにしといてあげるわ」

「ハァ、話しが脱線したわね。それで?」

「あ、うん。対マリナーズ戦の反則合戦の試合にヒントがあるんじゃないかってなって」

「豪雨の反則合戦......なるほど、天候がプレーに与える影響。コーチは、雨で空気中の湿度が上がるのを待ったんですね」

 

 瑠菜(るな)の答えに、東亜(トーア)は――。

 

「まあ、70点ってところだな。雨の影響は、ピッチングやバッティングにだけではなく守備や走塁にも及ぶ」

 

 雨で足下が泥濘めば体重が乗り切らないし、当然体勢もブレが生じる。晴れの日と比べると強い打球を飛ばすことも、思うような投球も格段に難しくなる。

 

「だけど、あたしもタイムの時マウンドに行きましたけど、それほど泥濘んでなかったですよ? むしろ気持ち締まって感じたって言うかー」

「だから70点なのさ。雨は何もグラウンドだけに降ってる訳じゃない。グラウンドに立つ、お前たちの身体にも降り注いでいるんだ。ユニフォームが雨を吸えば重くなるし、ボールやバットが濡れていればインパクトで多少は滑る」

 

 湿度などの影響を受け、晴れよりも打球が飛ばない雨の中での試合。時間稼ぎで、雨に濡れたバット。一発逆転の場面で、前の打席にホームランを打ったコースとほぼ同じ内角低め投球。多少のボール球だろうと振りに行く。しかし、ファーストにランナーが居たことで盗塁やエンドランを警戒してのクイックモーション、変化球とストレートの真逆の軌道。雨の影響でスイングにも僅かな狂いが生じた。

 

「対戦経験の少ないアンダースローのストレートにバットが下から入った。一見派手に打ち上げた打球は、雨の影響をもろに受ける。だから届かない。単純な理屈だろ。だが向こうは困惑する、何せ確率の低い雨を想定した練習など通常はしない」

「でも、ボクたちは合宿の時に経験してるね!」

「ええ。波打ち際でノックも受けたし、水を撒いて泥濘んだブルペンで、水に浸したボールでピッチング練習もしたわ」

「あかつきは名門だから設備も充実しているから、雨の日は基本的に室内練習場でしょうしね」

「フッ。それが仇となり、今焦りとなって表面に現れた。見てみろよ」

 

 東亜(トーア)の視線は、あかつきベンチ横のブルペン。千石(せんごく)二宮(にのみや)が見守る中、猪狩(いかり)が弟の(すすむ)を相手にピッチング練習を始めようとしていた。

 

「いくぞ、(すすむ)

「はい!」

 

 大きく振りかぶって、(すすむ)が構えるミットを目がけ投げ込んだボールは雨音を切り裂いて、ズドン! と鈍い音を恋恋高校のベンチまで響かせた。

 

「なんだ、今のストレートは......!?」

「オレたちだけじゃなく、監督にまで隠してたってのかよ......!?」

 

 猪狩(いかり)の秘密兵器に千石(せんごく)は驚き、二宮(にのみや)の眉尻は上がる。

 

「別に、隠していた訳じゃない」

 

 猪狩(いかり)は、悔しそうに唇を噛みしめる。ライジングショットを完成させてなお満足せず、更なる高みを目指して取り組んできた。だが、しかし――。

 

「まだ、狙ったコースへコントロール出来ません。実戦で使えるレベルまで達していないんです」

「......なるほど。しかし、キャッチャーを(すすむ)に代える理由は?」

(すすむ)は、このストレートを受け続けて来ました。例え逆球であっても身体で止められます」

「オレじゃ逸らす心配があるってのかよ?」

二宮(キミ)が悪い訳じゃない。強肩に強打、リード、キャプテンシー、どれを取っても間違いなく一流だ。しかし、一ノ瀬(いちのせ)先輩、麻生(あそう)、ボクと。他にもベンチ入りメンバーの制球力の高い投手のボールを受けて来た。慣れすぎてしまっているんだ、コントロールの良い投手に――」

 

 あかつきの一軍投手は全員が高い制球力を誇っている。なぜならば、毎年中学時代にエースナンバーを背負っていた投手が何人も入部してくる名門あかつき大附属では、最悪でもストライクを狙って投げられなければ一軍へは上がれない。熾烈な競争に勝ち上がった者だけが一軍への切符を勝ち取り、三年間を二軍生活で終える選手もざらに居る。レベルの高い投手に加え、二宮(にのみや)のリードと強肩が相まって高校球界トップクラスの投手陣と評されているが、弊害として咄嗟の捕球力には若干の脆さがあるのも事実。その点(すすむ)は、正捕手の二宮(にのみや)が居たことで経験を積むため二軍に帯同して発展途上の投手たちのボールを実戦で受け、リードやキャッチングを磨いてきた。捕球力という面においては、二宮(にのみや)以上のモノを持っている。

 千石(せんごく)は、決断を迫られた。

 チームメイトたちからも絶大な信頼感を誇る二宮(にのみや)のままで行くか。エース猪狩(いかり)の更なる進化を信じ、弟の(すすむ)へチェンジするか。正に苦渋の選択。

 千石(せんごく)が出した答えは――。

 

 

           * * *

 

 

 時を同じくしてある人物が、雨を避けてるため席を離れて試合再開を待っている高見(たかみ)に声をかけた。彼のチームメイトのトマス。

 

「どうして、お前が居るんだ?」

「買い物のついでに寄っただけだ。どうせ明日は、オフだしな」

 

 雨に濡れたビニール傘を閉じて、高見(たかみ)の隣に立つ。

 

「一点差で中盤か、どう見る?」

「さっきの攻撃のように、強力な打線を誇るあかつきに一点などあってないようなもの......と見るだろう」

「つまり、お前はそうは見ていない訳だ」

「ああ、僕は恋恋が優勢と見ている」

「理由は?」

「あかつきバッテリーだ。彼らにとっては思わぬ形で先制点を与えてしまったことで、必要以上に組み立てに慎重になりすぎている。それに加え、彼のピッチングの生命線を封じられたのは痛い」

 

 高見(たかみ)の言う生命線とは、スライダーのこと。

 スライダーはカーブやフォークと違い、ストレートとあまり握りを変えずに投げられ比較的コントロールしやすい変化球。決め球にも、カウントを整えるのにも重宝する。サウスポーの猪狩(いかり)に取っては、特に対左打者に対して有効な変化球だったが、左打者の鳴海(なるみ)瑠菜(るな)に初見で打ち返されてしまったことで組み立てを狂わされてしまった。

 

「スライダーはコンビネーションの要だったと言っても過言じゃない。ボクシングで言うところのジャブのようなものだ」

「確かに、あれだけキレのあるスライダーを持っていながらカウントを稼げないのはキツいな。ストレートが強力なだけに」

 

「なんだ、観ていたんじゃないか」などと野暮なこと言わず、高見(たかみ)は整備員が散っていったグラウンドに目を戻した。そこへ場内アナウンスが流れる。試合再開を告げるアナウンスと、選手交代の知らせ――。

 

『あかつき大附属高校、選手の交代をお知らせします。キャッチャー二宮(にのみや)に代わりまして――』

 

 悩み抜いた末千石(せんごく)の下した決断は、(すすむ)への交代。

 

「ここで、キャッチャーを代えるのか。あのキャッチャー前の回にタイムリーも打ったし、悪くなかったよな?」

「ああ、文字通り攻守の要だった。それをここで代えると言うことは......」

 

 高見(たかみ)は、引き続きマウンドに立つ猪狩(いかり)を注視。猪狩(いかり)は、新しい砂が入ったマウンドの感触を確かめつつ、投球練習最後の一球を放る。小雨が降る中、六回表の攻撃は三番奥居(おくい)からの好打順。

 兄弟バッテリーのサイン交換は行わずに球審のコールのあと、すかさず投球モーションに入った。

 

「(行くぞ......これがライジングショットの進化形――ライジングキャノンだ!)」

 

 初球は、真ん中に構えたミットから大きく外れた、外角のボール球。

 

『おおっと! 高い制球力を持つ猪狩(いかり)には珍しく、キャッチャーの構えたミットから大きく逸れました! しかし、球速は145キロを計測! 今日一番の真っ直ぐですッ!』

 

「......変わった」

 

 抜群の動体視力を誇る高見(たかみ)は、猪狩(いかり)のある変化に気がついた。

 

「変わった? 何がだ?」

「彼のピッチングだよ。しかし、これは――」

 

 グラウンドを見る高見(たかみ)の顔が、険しい表情に変わる。

 

 ――見誤れば、一瞬で勝負が決まりかねないぞ。

 

 

           * * *

 

 

「(......これはちょっとハンパじゃないぞ。だけど――)」

 

 二球目、三球目も奥居(おくい)は見送る。球種はすべてストレート。しかし、一球もストライクゾーンを通過しない。そしてスリーボールからの四球目も......。

 

「ボール! ボールフォア」

 

 ストレートのフォアボールでノーアウトのランナーを出してしまった。奥居(おくい)は、バットを振ることなく一塁へ歩き。一旦プレートを外した猪狩(いかり)は、腕の振りを確かめてからマウンドに戻り、ネクストバッターがコールされて試合再開。

 

『さあ、ノーアウト一塁で四番バッター甲斐(かい)を迎えます!』

 

 ファーストランナー奥居(おくい)を警戒しつつ、第一球。

 引っかけた投球はベースの手前でバウンド。暴投を身体で止めた(すすむ)は弾いたボールを掴み、目で素早く奥居(おくい)を牽制。奥居(おくい)は、急いでベースへ戻る。

 

「兄さん、気にしないで、もっと気楽に!」

 

 新しいボールを受け取った猪狩(いかり)は無言でうなづき、二球目を投げる。今度もミットとは外れたコースだが、ボールはストライクゾーンに来た。甲斐(かい)は、スイングするも振り遅れ空振り。カウントワンエンドワン。

 

「(......速い。木場(きば)とは、また別種の強力なストレートだ)」

 

 打席を外した甲斐(かい)は、ベンチへ顔を向ける。はるかを通じてではなく、東亜(トーア)から直接サインが送られた。

 

「(早川(はやかわ)手前1メートルから、十六夜(いざよい)手前1・5メートルへ設定変更......了解)」

 

 ヘルメットのツバを触り、指二本分バットを短く握り直して挑んだ三球目のストレートは、ボールの下面をかすめてファールチップ。追い込んでからの四球目、猪狩(いかり)バッテリーは初めて変化球を使った。ほぼ真ん中付近からのスライダー。ストレートにタイミングを合わせていた甲斐(かい)は裏をかかれ、内角へ食い込んでくるボールを引っかけた。打球は、ショート六本木(ろっぽんぎ)のほぼ真正面へ。ダッシュで前へ出て捕球、セカンドへ送球。奥居(おくい)はセカンドでフォースアウトも、雨の影響で打球が弱まったことでゲッツーは免れた。ランナーが入れ替わった形で、二打数二安打と猪狩(いかり)を捉えている五番鳴海(なるみ)の打席。

 しかし、このアウトは(すすむ)は落ちつかせた。(すすむ)鳴海(なるみ)に目をやって、サインを出し、真ん中にミットを構える。初球――アウトコースへのライジングキャノン。

 

「(外、きわどい)」

「――っ!」

 

 アウトコース、きわどいところのライジングキャノンを見逃した。一瞬の間が開いたあと、球審は右手を上げた。

 

『ストライク! 指にかかったストレートがアウトコースへズバッと決まりましたーッ!』

 

「ふぅ、ナイスボール!」

 

 ひとつ息を吐いた(すすむ)は、立ち上がってボールを猪狩(いかり)へ返す。

 

「(......ストライクか、ギリギリいっぱいかな。偶然かもしれないけど、今のコースに決められたら厳しい。追い込まれる前に仕留めないと)」

 

 二球目もストレート。鳴海(なるみ)は自分の判断で、バットを寝かせた。セーフティ気味のバントの構えにファースト、サード、そしてピッチャーの猪狩(いかり)が突っこんでくる。どうにかバットには当てたが、その球威に押され、ファールグラウンドを転がる。

 

「(くそ、前に転がせなかった。だけど俺には......)」

 

 阿畑(あばた)の攻略に的を絞ってきた鳴海(なるみ)は、他のナインたちと違って本格的な攻略に時間を割けなかった。あおいのストレートをライジングショットに見立てることで対応したが、球速・球威ともに格段に上がったライジングキャノンはそうはいかない。

 

「(......あ、そうだ!)」

 

 打席を外して、球審にタイムを要求。速歩でベンチへ戻った。

 

「えーと......」

「どうしたの?」

「うん、ちょっと探し物......あった!」

 

 不思議そうに首をかしげるあおいに答えつつ、目当ての物を見つけた鳴海(なるみ)は、持ち主の六条(ろくじょう)に訊ねる。

 

「借りてもいい?」

「あ、はい、どうぞ」

「ありがとう」

 

 六条(ろくじょう)のバットを持って、グラウンドへ戻っていく。「なかなか頭を使ったな」と、東亜(トーア)は満足気な表情(かお)を見せた。

 

「お待たせしました。ありがとうございます」

「うむ。プレイ!」

 

 試合再開と同時に鳴海(なるみ)は送りバントのサインを甲斐(かい)に送って、バットを寝かせた。

 

『ウーン、今度は最初からバントの構えです。ここはランナーを確実にスコアリングポジションへ送って、プレッシャーをかけにいくようです。そしてあかつきは当然、これを阻止すべくバントシフトを敷きます!』

 

「(今度は、最初からバント。でも、どうしてツーストライクからなんだろう? 監督に指示を仰いだ感じじゃなかったけど......)」

(すすむ)!」

「――あっ!」

 

 猪狩(いかり)にやや強い口調で名前を呼ばれた(すすむ)は、慌ててサインを出す。追い込んでいることもあり、様子見を兼ねて一球大きくウエスト。バットを引き、ランナーにも動きはない。ピッチャー有利のカウント1-2からの四球目は、バントに失敗した二球目よりも難しいコースへのライジングキャノン。しかし今度は、最初から送るつもりのバント。通常のバットよりも芯の幅が広い六条(ろくじょう)が使っている中距離ヒッター用のバットの効果で、打球はフェアグラウンド内に飛んだ。だが――。

 

『おーと、これは浮いてしまった! 勢いを殺しきれなかったバントは、ファーストの三本松(さんぼんまつ)の前! これではランナーは動けません!』

 

「走って!」

「――ッ!」

 

 ダイレクトキャッチとワンバウンドの両方を想定し中間やや一塁よりの位置で足を止めていた甲斐(かい)は、鳴海(なるみ)の声で再度スタートを切る。

 

「よし、ワシに任せろ! ベースカバー!」

 

 猪狩(いかり)はファーストのベースカバーへ、突っこんできた三本松(さんぼんまつ)は一塁と本塁の中間地点でめいっぱい腕を伸ばして、ダイレクトキャッチを試みる。しかし打球は、伸ばしたグラブを避けるように手前で沈んで、ワンバウンド。

 

『あーっ、三本松(さんぼんまつ)トンネルー! グラブの下、股間を抜けたーッ! いや、打球は弾みませんでした、痛恨の後逸!』

 

「しまっ――」

「くっ......いかせるか!」

 

 ベースカバーへ走っていた猪狩(いかり)は急遽方向転換し、ボールをグラブで掬い上げて、鳴海(なるみ)の背中にタッチを試みる。だが、届かない。遠ざかっていく背中を全力で追いかける――そこへ。

 

猪狩(いかり)、投げろ!」

 

 がら空きになっていたファーストへ走りながら声を出した四条(よじょう)に、タイミングを計ってボールをトス。トスを受けた四条(よじょう)、打者走者の鳴海(なるみ)と共にベースへ足を伸ばす。二人は、ほぼ同時にベースを踏んだ。

 

『これは、きわどいタイミング! 塁審のジャッジは――』

 

「......アウトー!」

 

『アウト、アウトです! ここは、あかつきの連携が勝りましたー! しかし、恋恋も狙い通りランナーを進めた形! 正に互角の攻防! ンンーン、これはひとときも目が離せませんッ!』

 

 やや肩を落として戻ってきた鳴海(なるみ)に、東亜(トーア)は労いの言葉をかける。

 

「残念だったな。だが、発想は悪くなかった。雨の特性を利用した攻撃をした」

「あ、はい」

「えっ、今の狙ってやったのっ?」

 

 あおいは驚いて目を丸くし、芽衣香(めいか)は小首をかしげる。

 

「雨は、打球の勢いを殺す。バントも同様に目測より速く落ちる。天然芝ほどではないが、人工芝も雨でスリッピーな状態だ。もし仮に、今のプレーがサードで起こっていたのなら、猪狩(いかり)の送球は間に合わずオールセーフだっただろう」

「あんた、そんなことまで考えてたのっ?」

「いやいや、さすがにそこまでは......。ただ、芯の広いバットの方がバントもしやすいと思って。ツーストライクだったから、ピッチャーの正面にさえ行かなければって感じで」

「フッ、それでいいさ。()()な。それに――」

 

 グラウンドに目を戻した東亜(トーア)は、不気味な笑みを浮かべる。

 

 ――この攻撃は、のちに大きな意味を持つ。




次回、あかつき戦決着になる予定です。
今しばらくお待ちくださいませ。

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