7Game   作:ナナシの新人

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game62 ~誘発~

『三番七井(なない)のタイムリーツーベースで一点を返し、なお二死二塁。ホームランが出れば同点のこの場面、バッターボックスに立つのは、あかつきの主砲――三本松(さんぼんまつ)! 初回の併殺打のリベンジを果たし、チームを勢いづけるバッティングをしたいところでしょう!』

 

 一点を返し、チームいちのパワーヒッターで四番の三本松(さんぼんまつ)の打席と言うことで、あかつき大附属側の応援スタンドからは同点ホームランを期待する大きな声援が沸き起こり。逆に恋恋高校の応援スタンドは、このピンチを凌いでくれと願いを込める中、相反する両校の応援団の中間地点で試合を観戦している高見(たかみ)は、まったく別のことを考えていた。

 

「(あかつきの七井(なない)、前評判の通りの良いバッターだ。仮に今、プロの世界に入ったとしてもホームランを二桁を打てるだけの実力がある。けど、あの二人にとってはタイムリーは計算の内だったみたいだ。しかし――)」

 

 それは、この試合のターニングポイントとなりかねない、この打席のゆくえについて。

 

「(もしここで、失点を怖れて逃げるようなことがあれば、この試合はあかつきが圧倒的に優位に立つ。仮に結果としてゼロに抑えたとしても、勝敗を左右するイニングになる可能性もあり得る。だからこそ、この場面は決して逃げてはいけない。是が非でもストライクが欲しい)」

 

 高見(たかみ)が真剣なまなざしを向けている先の鳴海(なるみ)は、三本松(さんぼんまつ)をじっくりと観察して、瑠菜(るな)に球種とコースのサインを送る。

 

「(ここの初球は重要だから、絶対に怖がらないでね)」

「(ええ、わかっているわ......!)」

 

 サインに力強くうなづいた瑠菜(るな)は、セカンドランナーの七井(なない)に目をやり、すっと足を上げて投球モーションに入る。初球は、インコースのストレート。

 

「ストライクッ!」

「むぅ......!」

 

『ストレート、内角低めへズバッと決まった! 三本松(さんぼんまつ)、狙いが外れたのか? ここは手を出しませんでした。ワンストライク!』

 

 今の一球で、高見(たかみ)の懸念は払拭された。

 しっかり初球でストライクを奪ったことで、どこか満足そうに小さく笑みを見せる。

 

「(一発のあるホームランバッター相手にインコースのストライクを要求した鳴海(なるみ)くんも、迷わずそこへ投げきった瑠菜(るな)ちゃんもいい度胸だ。さすがは、あの渡久地(とくち)の教え子と言ったところだな。打者心理の本質を理解している)」

 

 バッティングは、カウントによって打ちやすさが極端に変わる。追い込まれるまでは、自分の狙い球を待てばいい。しかし、追い込まれてからはクサいところでも振りにいかなければならなくなると言う制限が掛かる。当然、ボール球にも手を出しやすくなるため、自分のバッティングはさせてもらえい。現に昨シーズン、シーズン打率四割に迫る飛び抜けた数字を残したリーディングヒッターの高見(たかみ)でさえ、追い込まれてからの打率は三割を切っている。

 もちろん、ただ単純にストライクを先行させれば良いと言うモノではないが、ストライク先行のピッチングはバッテリーに取って優位であることは間違いない。特に、スコアリングポジションにランナーを置いた状況ではより顕著に表れる。仮にボールが先行してしまった場合は、ストライクを欲しいがために自信のある球種を選択することが多く、同時に狙い打たれる確率も上がる。鳴海(なるみ)がパワ高との練習試合で、制球に苦しんでいた星井(ほしい)が唯一コントロール出来たスライダーを狙い打ったのが、正にそれ。

 

「この試合で重要なことは、戦力の分断」

「戦力の分断ですか?」

 

 スコアブックをつけていた手を止め、はるかは小さく首をかしげる。

 

「あかつきと言うチームは、実にオーソドックスなオーダーを組んでいる。チーム一の長距離砲を打線の軸に据え、両脇を高いアベレージを誇る強打者で固める。一番には俊足、二番にケースバッティングが出来るバッター、下位打線にも低打率ながら一発のある打者が居るし、上位へ回すチャンスメイクも出来る」

「上位から下位まで気の抜けない打線と言うことですね」

「自分の役割を理解して実行する。正に王道の野球ね」

「裏を返せば、王道と言う名の型にはめているに過ぎない。崩すには、どこか一カ所を断てばいい。そして、断つなら一番効果的な場所を断つ」

「それが、三本松(さんぼんまつ)さんですか?」

「危険と隣り合わせ。一歩間違えればホームランもあるけど、大きなダメージを与えられるわ」

「この試合、アイツを起こすと少々面倒なことになる。まあ、この打席は問題ない。すでに布石は打ってある」

「布石ですか?」

 

 話しをしている間にグラウンドでは、ワンボールツーストラクと、投手有利のカウントで恋恋バッテリーが三本松(さんぼんまつ)を追い込んでいた。

 

「(ここまでは初回と同じ攻め......インコースのストレート三つ。次は、どう来る......?)」

 

『マウンドの十六夜(いざよい)、キャッチャーのサインにうなづいて足を上げ、第四球を――投げました!』

 

「(――アウトローの真っ直ぐ、同じ配球だ! さっきはここのボール球を打たされた、釣られんぞ......!)」

「(堪えろ、三本松(さんぼんまつ)。そのボールは、そこから逃げるゾ......!)」

 

 七井(なない)の思いが通じたのか、初回とまったく同じ攻めに三本松(さんぼんまつ)はバットを出さなかった。だが、しかし――。

 

「ストライク! バッターアウト!」

「――なッ!?」

 

 無情にも球審の右腕が上がる。

 瑠菜(るな)の投げたストレートは、初回の内野ゴロを打たせるための沈むストレートとは違う、しっかりとスピンをかけたストレート。これが、初回に打った布石。予測よりも沈まず対角線上に構えたキャッチャーミットへ突き刺さった。

 

『見逃し三振ッ! 外角低めいっぱいにクロスファイアーが決まった! 三本松(さんぼんまつ)、手が出ません! スリーアウト、チェンジです! 恋恋高校、三番七井(なない)にタイムリーを浴びましたが、ここは一点で凌ぎましたー!』

 

 走って戻ってきた鳴海(なるみ)は、ひとつ大きく息を吐いて、ベンチスタートの近衛(このえ)たちの手を借り、急いで打席の準備に取りかかる。

 

「まずまずだな」

「あ、はい。七井(なない)に、あのコースを持って行いかれたのは想定外でしたけど」

 

 準備の手は止めずに答える。

 

「気にする必要はない。打球はフェンスを越えなかった、十分な収穫だっただろ?」

「はい、あのコースはホームランはありません。七井(なない)の前にランナーを出さなければ......」

「油断してセーフティー決めらてりゃ世話ねーな」

「うっ......すみません......」

 

 ミスを指摘されて肩を落とす、鳴海(なるみ)

 

「フッ、落ち込んでるヒマがあるなら取り返して来い。インからのスライダーはない、ストレートだけ狙って打ち抜いて来い」

「......はい!」

 

 ヘルメットを被った鳴海(なるみ)は、バッターボックスへ向かった。

 

           * * *

 

 

『三回の攻防が終わって、三対一と恋恋高校がリード。しかし、王者あかつき相手に二点はセーフティリードではないでしょう! ここから試合は中盤戦、どう展開していくのか? 俄然注目が高まりますッ!』

 

「(一点止まり......いや、一点は返せた。猪狩(いかり)も、立ち直った。普段通りやれば十分逆転は出来る点差だ。しかし、問題は――)」

 

 千石(せんごく)は、ファーストの守備に着いている三本松(さんぼんまつ)へ目を向ける。険しい顔をしてはいるが、イニング間に行う内野陣のキャッチボールを淡々とこなしていた。

 

「(キャッチャーのリードに翻弄されたダメージが残っていなければいいが......。頼むぞ猪狩(いかり)、もう一度流れを引き寄せてくれ――!)」

 

 二回表と同じく(すすむ)に代わって、準備が調った二宮(にのみや)が投球練習最後の一球を受けて、恋恋高校四回表の攻撃が始まる。

 

「(打順は、二回表と同じ五番からか。五番(コイツ)には、インのスライダーを完璧に打たれてるからな。これで、行くぞ)」

 

 出されたサインに猪狩(いかり)は一回うなづき、大きく振りかぶったワインドアップから投じた初球は、外のスライダー。

 

「ストライク!」

「オッケー、ナイスボール!」

 

 受けたボールを猪狩(いかり)に投げ返した二宮(にのみや)は腰を下ろして、バッターボックスの鳴海(なるみ)を見る。

 

「(甘めだったのに手を出さねーのかよ。しゃーねぇ、スライダーは見極められる前提で組み立てる)」

 

 スライダーへの対応を、もう一度確かめたかった二宮(にのみや)の思惑は外れた。ここからストレートを軸にしたリードへ切り替える。鳴海(なるみ)が、そのストレートを狙っているとも知らずに。

 

「(――来た、ストレート!)」

「ファール!」

 

 二球目、狙っていたストレートを振り遅れのファールにしてしまった。ボールの上っ面をかすめた打球は、三塁側ファールゾーンを転々と転がる。

 

「ん? 今のファール......」

 

 今のファールに違和感を覚えた千石(せんごく)は、ベンチ前に転がったボールをベンチからジッと見つめる。

 

「(よっしゃ、追い込んだ。タイミングは合ってない、ここはストレートで仕留めるぞ!)」

「(ああ、そのつもりさ)」

 

 あかつきバッテリーの選択は、遊び球なしの三球勝負。

 

「――そうか、しまった......! 猪狩(いかり)、外せーッ!」

「フッ、もうおせぇーよ」

 

 違和感の正体に気が付いた千石(せんごく)だったが、もう間に合わなかった。

 

「(ストレート! 今度は、予想よりもボール一個分......下を叩く!)」

 

鳴海(なるみ)、打ったーッ! 捉えた打球は、ワンバウンドで右中間ど真ん中を打ち抜く、ツーベースヒット! 前の回は三者凡退に打ち取られましたが、今回はノーアウトから、それも得点圏のランナーを出しましたー!』

 

(すすむ)、伝令だ!」

「は、はい! タイムお願いします!」

 

 このピンチにすかさずタイムを取った千石(せんごく)は、(すすむ)に指示を与え、内野陣が集まるマウンドへ伝令を送った。

 

「監督は、何て?」

「今のは、偶然じゃないそうです」

「タイミングは合ってなかったように見えたけど?」

「はい。でも、本当に合っていないのならファールは打ち上げるハズだと――」

 

 ライジングショットは、まるでホップするような球道を描くストレート。ボールのノビに合わせようとしても、予測以上のノビにボールの下を叩くことが多くなり、当然打ち上げることが多くなる。

 

「次のバッターも初見で、兄さんのライジングショットを叩きつけていました」

「つまり、はなっからストレートに照準を合わせてたってことか」

「キミたち、もういいかね?」

「はい、すぐに戻ります! とにかく単調な攻めにならないよう慎重に攻めろとのことです。では、失礼します!」

 

 球審に頭を下げて、駆け足でベンチへ下がって行った。

 内野陣も自身のポジションへ戻り、無死二塁で試合再開。

 

『さあノーアウト二塁で試合再開です。先ほど鮮やかなランエンドヒットを決めた真田(さなだ)が、バッターボックスに立ちます!』

 

「(コイツには、まともに叩かれたからな。簡単にストレートを使えないとなると、上位打線と同様にスライダーとフォークを組み立てに入れるしかねぇけど......)」

「(サインは......っと。おっ、七瀬(ななせ)から出てる。初球は、外のスライダーか。よし)」

 

 サインを受けて、チラッと内野を流し見た真田(さなだ)は、猪狩(いかり)がモーションを起こすとバットを横に寝かせた。

 

『おおーっと! 初球をセーフティバント! 打球は、サードへ転がった!』

 

「くそがッ! 五十嵐(いがらし)、ファーストだ!」

「おう!」

 

 猛ダッシュしてきた五十嵐(いがらし)は、自慢の肩でファーストへスロー。やや逸れたが送球は間に合い、ひとつアウトを取った。だがその間に、セカンドランナーの鳴海(なるみ)はサードへ進塁。ヒットはもちろん、犠牲フライ、内野ゴロ、エラーでも点が入る状況に変わった。

 

「ナイスバント!」

「全然ナイスじゃねーっての!」

「何よ~、せっかく褒めてあげてるのにっ」

「決まったと思ったんだよ。くそー、あのサード、肩強ぇーな~」

 

 賑やかな恋恋高校のベンチとは対照的に、あかつきベンチは重苦しい空気が漂っていた。

 

「(スクイズは当然ある。問題は、いつ仕掛けてくるかだ。とにかく、ここでの失点は防がなくては――二宮(にのみや))」

「(了解です)」

 

 二宮(にのみや)の指示で、あかつきの内野は前進守備を敷いた。

 

「前進守備、一点もやりたいくないってことね。スクイズは?」

「くくく、そう簡単にはしてやらねーよ。はるか、甘く来たら叩けとサインを出しておけ」

「はいっ」

 

 はるかからのサインにうなづいた葛城(かつらぎ)は、足場をしっかりと慣らしてから打席に立った。

 

「(......入念に足場を整えたな、スクイズはないのか? いや、ブラフの可能性も高い。コイツは、そう言うバッターだ。初球は、様子見だ)」

 

 葛城(かつらぎ)への初球は、スクイズを警戒して大きくウエスト。サードランナーは、動かない。二球目は、外角のストレート。これも外れ、ツーボール。

 

「(......二球とも動かなかった。ストライクが欲しい場面だ、仕掛けてくるならここか?)」

「タイム。二宮(にのみや)

「あん?」

 

 猪狩(いかり)が、二宮(にのみや)をマウンドへ呼びつけた。

 

「何だよ?」

「キミは、そんなにボクを信じられないのか?」

「......わかった。頼むぞ、エース」

「ああ......!」

 

 マウンドから戻った二宮(にのみや)が座り、試合再開。

 送られたサインにうなづいて、猪狩(いかり)は投球モーションに入った。

 

「ストライク!」

 

 外角のやや甘めのストライクゾーンからストンと落ちた。落差の大きなフォークボールに空振り。続く四球目も、フォークボール。二球続けて空振りを奪い、平行カウントまで持ってきた。

 

「この状況下で、フォークの連投......! スゴい心臓しているわね」

「フッ、伊達に全国を経験してきた訳じゃないってとこか。だが、いつまで持つかねぇ?」

 

 平行カウントからの五球目、またもやフォークボール。きわどいコースに葛城(かつらぎ)は、辛うじてバットの先っぽに当てて、ファールに逃れた。

 

「ふぅ......あぶねぇ」

「(チッ、当てやがった。けど、そろそろ低め目が行く頃だろ)」

 

 フォークから一転して、高めのライジングショット。しかし、これにも食らいついた。バッテリーがサイン交換を行っている間に、はるかからサインが飛ぶ。平行カウントのままの七球目――投球モーションに入ると同時に、葛城(かつらぎ)はバットを寝かせ、サードランナーの鳴海(なるみ)がスタートを切った。

 

『スリーバントスクイズだーッ!』

 

「(散々粘っておいて、ここでやってくんのかよ......!)」

 

 ――サインは、フォーク。狙っては外せない。しかも、今までで一番甘く入った。葛城(かつらぎ)は、サード方向のフェアゾーンへ打球を転がした。だが、追い込まれていたためコースは狙いきれず、突っこんで来たサード五十嵐(いがらし)の正面へ。

 

五十嵐(いがらし)、間に合うぞ!」

「おう、任せろ! うっ......!」

 

 ランナーの鳴海(なるみ)が視界に入り、一瞬送球を躊躇った。その結果――。

 

『あーっと、送球が内側へ逸れたッ! 二宮(にのみや)、飛びついてキャッチ、追いタッチになった! 判定は――』

 

「セーフ!」

 

『セーフ、セーフです! 二宮(にのみや)のタッチは、間に合いません! 恋恋高校追加点!』

 

「クソ! こっちは刺す!」

 

 タッチが遅れたと判断していた二宮(にのみや)は、判定を待たずにファーストへ送球していた。好判断で間一髪間に合い、二つ目のアウトを取った。

 しかし、サード五十嵐(いがらし)のフィルダースチョイスで、再び点差は三点差に広がった。

 

「な? 決まっただろ」

 

 狙い通りスリーバントスクイズを決め、してやったりの東亜(トーア)

 

「送球が逸れてなかったら、アウトだったじゃない」

「あれは逸れたんじゃない、逸れるように仕向けたのさ」

「えっ?」

「予兆はあった。真田(さなだ)の初球セーフティバント、余裕がある状況でファーストへの送球が逸れた。あれを見た時、送球に難があると確信した。と言うより、想定外のことが起こると慌てるタイプだな。あれだけ粘ってたのに、スリーバントスクイズなんてすると思うか?」

「......ないわね」

 

 葛城(かつらぎ)が粘ったことで、警戒が薄れた場面でのスリーバントスクイズ。送球がランナーと重なるサード方向に加え、送球にやや難のある五十嵐(いがらし)。さらにフォークボールだったため空振りやワンバウンドを想定して、キャッチャーは前へ出られず、サードが投げやすいようにフェアグランドに立ってミットを構えるのが一瞬遅れた。

 

「ミスは待つものではない、あらゆる手段を使って引き出すもの。そうして作り出したチャンスは確実にものにする。したたかに、貪欲にな。クックック......」

 

 不敵に笑う東亜(トーア)

 続く瑠菜(るな)は三振に倒れ、スリーアウトチェンジ。

 再び三点差となった試合は、四回裏のあかつきの攻撃へと移る。


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