『三番
一点を返し、チームいちのパワーヒッターで四番の
「(あかつきの
それは、この試合のターニングポイントとなりかねない、この打席のゆくえについて。
「(もしここで、失点を怖れて逃げるようなことがあれば、この試合はあかつきが圧倒的に優位に立つ。仮に結果としてゼロに抑えたとしても、勝敗を左右するイニングになる可能性もあり得る。だからこそ、この場面は決して逃げてはいけない。是が非でもストライクが欲しい)」
「(ここの初球は重要だから、絶対に怖がらないでね)」
「(ええ、わかっているわ......!)」
サインに力強くうなづいた
「ストライクッ!」
「むぅ......!」
『ストレート、内角低めへズバッと決まった!
今の一球で、
しっかり初球でストライクを奪ったことで、どこか満足そうに小さく笑みを見せる。
「(一発のあるホームランバッター相手にインコースのストライクを要求した
バッティングは、カウントによって打ちやすさが極端に変わる。追い込まれるまでは、自分の狙い球を待てばいい。しかし、追い込まれてからはクサいところでも振りにいかなければならなくなると言う制限が掛かる。当然、ボール球にも手を出しやすくなるため、自分のバッティングはさせてもらえい。現に昨シーズン、シーズン打率四割に迫る飛び抜けた数字を残したリーディングヒッターの
もちろん、ただ単純にストライクを先行させれば良いと言うモノではないが、ストライク先行のピッチングはバッテリーに取って優位であることは間違いない。特に、スコアリングポジションにランナーを置いた状況ではより顕著に表れる。仮にボールが先行してしまった場合は、ストライクを欲しいがために自信のある球種を選択することが多く、同時に狙い打たれる確率も上がる。
「この試合で重要なことは、戦力の分断」
「戦力の分断ですか?」
スコアブックをつけていた手を止め、はるかは小さく首をかしげる。
「あかつきと言うチームは、実にオーソドックスなオーダーを組んでいる。チーム一の長距離砲を打線の軸に据え、両脇を高いアベレージを誇る強打者で固める。一番には俊足、二番にケースバッティングが出来るバッター、下位打線にも低打率ながら一発のある打者が居るし、上位へ回すチャンスメイクも出来る」
「上位から下位まで気の抜けない打線と言うことですね」
「自分の役割を理解して実行する。正に王道の野球ね」
「裏を返せば、王道と言う名の型にはめているに過ぎない。崩すには、どこか一カ所を断てばいい。そして、断つなら一番効果的な場所を断つ」
「それが、
「危険と隣り合わせ。一歩間違えればホームランもあるけど、大きなダメージを与えられるわ」
「この試合、アイツを起こすと少々面倒なことになる。まあ、この打席は問題ない。すでに布石は打ってある」
「布石ですか?」
話しをしている間にグラウンドでは、ワンボールツーストラクと、投手有利のカウントで恋恋バッテリーが
「(ここまでは初回と同じ攻め......インコースのストレート三つ。次は、どう来る......?)」
『マウンドの
「(――アウトローの真っ直ぐ、同じ配球だ! さっきはここのボール球を打たされた、釣られんぞ......!)」
「(堪えろ、
「ストライク! バッターアウト!」
「――なッ!?」
無情にも球審の右腕が上がる。
『見逃し三振ッ! 外角低めいっぱいにクロスファイアーが決まった!
走って戻ってきた
「まずまずだな」
「あ、はい。
準備の手は止めずに答える。
「気にする必要はない。打球はフェンスを越えなかった、十分な収穫だっただろ?」
「はい、あのコースはホームランはありません。
「油断してセーフティー決めらてりゃ世話ねーな」
「うっ......すみません......」
ミスを指摘されて肩を落とす、
「フッ、落ち込んでるヒマがあるなら取り返して来い。インからのスライダーはない、ストレートだけ狙って打ち抜いて来い」
「......はい!」
ヘルメットを被った
* * *
『三回の攻防が終わって、三対一と恋恋高校がリード。しかし、王者あかつき相手に二点はセーフティリードではないでしょう! ここから試合は中盤戦、どう展開していくのか? 俄然注目が高まりますッ!』
「(一点止まり......いや、一点は返せた。
「(キャッチャーのリードに翻弄されたダメージが残っていなければいいが......。頼むぞ
二回表と同じく
「(打順は、二回表と同じ五番からか。
出されたサインに
「ストライク!」
「オッケー、ナイスボール!」
受けたボールを
「(甘めだったのに手を出さねーのかよ。しゃーねぇ、スライダーは見極められる前提で組み立てる)」
スライダーへの対応を、もう一度確かめたかった
「(――来た、ストレート!)」
「ファール!」
二球目、狙っていたストレートを振り遅れのファールにしてしまった。ボールの上っ面をかすめた打球は、三塁側ファールゾーンを転々と転がる。
「ん? 今のファール......」
今のファールに違和感を覚えた
「(よっしゃ、追い込んだ。タイミングは合ってない、ここはストレートで仕留めるぞ!)」
「(ああ、そのつもりさ)」
あかつきバッテリーの選択は、遊び球なしの三球勝負。
「――そうか、しまった......!
「フッ、もうおせぇーよ」
違和感の正体に気が付いた
「(ストレート! 今度は、予想よりもボール一個分......下を叩く!)」
『
「
「は、はい! タイムお願いします!」
このピンチにすかさずタイムを取った
「監督は、何て?」
「今のは、偶然じゃないそうです」
「タイミングは合ってなかったように見えたけど?」
「はい。でも、本当に合っていないのならファールは打ち上げるハズだと――」
ライジングショットは、まるでホップするような球道を描くストレート。ボールのノビに合わせようとしても、予測以上のノビにボールの下を叩くことが多くなり、当然打ち上げることが多くなる。
「次のバッターも初見で、兄さんのライジングショットを叩きつけていました」
「つまり、はなっからストレートに照準を合わせてたってことか」
「キミたち、もういいかね?」
「はい、すぐに戻ります! とにかく単調な攻めにならないよう慎重に攻めろとのことです。では、失礼します!」
球審に頭を下げて、駆け足でベンチへ下がって行った。
内野陣も自身のポジションへ戻り、無死二塁で試合再開。
『さあノーアウト二塁で試合再開です。先ほど鮮やかなランエンドヒットを決めた
「(コイツには、まともに叩かれたからな。簡単にストレートを使えないとなると、上位打線と同様にスライダーとフォークを組み立てに入れるしかねぇけど......)」
「(サインは......っと。おっ、
サインを受けて、チラッと内野を流し見た
『おおーっと! 初球をセーフティバント! 打球は、サードへ転がった!』
「くそがッ!
「おう!」
猛ダッシュしてきた
「ナイスバント!」
「全然ナイスじゃねーっての!」
「何よ~、せっかく褒めてあげてるのにっ」
「決まったと思ったんだよ。くそー、あのサード、肩強ぇーな~」
賑やかな恋恋高校のベンチとは対照的に、あかつきベンチは重苦しい空気が漂っていた。
「(スクイズは当然ある。問題は、いつ仕掛けてくるかだ。とにかく、ここでの失点は防がなくては――
「(了解です)」
「前進守備、一点もやりたいくないってことね。スクイズは?」
「くくく、そう簡単にはしてやらねーよ。はるか、甘く来たら叩けとサインを出しておけ」
「はいっ」
はるかからのサインにうなづいた
「(......入念に足場を整えたな、スクイズはないのか? いや、ブラフの可能性も高い。コイツは、そう言うバッターだ。初球は、様子見だ)」
「(......二球とも動かなかった。ストライクが欲しい場面だ、仕掛けてくるならここか?)」
「タイム。
「あん?」
「何だよ?」
「キミは、そんなにボクを信じられないのか?」
「......わかった。頼むぞ、エース」
「ああ......!」
マウンドから戻った
送られたサインにうなづいて、
「ストライク!」
外角のやや甘めのストライクゾーンからストンと落ちた。落差の大きなフォークボールに空振り。続く四球目も、フォークボール。二球続けて空振りを奪い、平行カウントまで持ってきた。
「この状況下で、フォークの連投......! スゴい心臓しているわね」
「フッ、伊達に全国を経験してきた訳じゃないってとこか。だが、いつまで持つかねぇ?」
平行カウントからの五球目、またもやフォークボール。きわどいコースに
「ふぅ......あぶねぇ」
「(チッ、当てやがった。けど、そろそろ低め目が行く頃だろ)」
フォークから一転して、高めのライジングショット。しかし、これにも食らいついた。バッテリーがサイン交換を行っている間に、はるかからサインが飛ぶ。平行カウントのままの七球目――投球モーションに入ると同時に、
『スリーバントスクイズだーッ!』
「(散々粘っておいて、ここでやってくんのかよ......!)」
――サインは、フォーク。狙っては外せない。しかも、今までで一番甘く入った。
「
「おう、任せろ! うっ......!」
ランナーの
『あーっと、送球が内側へ逸れたッ!
「セーフ!」
『セーフ、セーフです!
「クソ! こっちは刺す!」
タッチが遅れたと判断していた
しかし、サード
「な? 決まっただろ」
狙い通りスリーバントスクイズを決め、してやったりの
「送球が逸れてなかったら、アウトだったじゃない」
「あれは逸れたんじゃない、逸れるように仕向けたのさ」
「えっ?」
「予兆はあった。
「......ないわね」
「ミスは待つものではない、あらゆる手段を使って引き出すもの。そうして作り出したチャンスは確実にものにする。したたかに、貪欲にな。クックック......」
不敵に笑う
続く
再び三点差となった試合は、四回裏のあかつきの攻撃へと移る。