7Game   作:ナナシの新人

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game58 ~奇策~

『あかつき内野陣の要、ショートストップの六本木(ろっぽんぎ)。その華麗なグラブ捌きで、恋恋高校の四番をアウトに仕留めました! これでスリーアウトチェンジです! エース猪狩(いかり)、先頭バッターにオープニングホームランを打たれはしましたが二番、三番、四番をキッチリとアウトに取りましたー!』

 

 ベンチへ戻った猪狩(いかり)は険しい顔で、二宮(にのみや)に訊いた。

 

「ボクのボールは、走っていないのか......?」

「んなことねーよ、球は走ってる」

「なら、なぜ三振を獲れなかった?」

 

 それは、二宮(にのみや)も思っていた。準決勝を三者連続三振と、最高の形で終わらせて満を持して上がった決勝戦のマウンド。決して調子が悪いワケではない、むしろ良い方。それは猪狩(いかり)のボールを受けている彼自身が一番良くわかっていた。

 だが、芽衣香(めいか)はファーストゴロ、奥居(おくい)はセンターへのやや浅いフライ。そして甲斐(かい)もショートゴロと、三振をひとつも奪えなかった。しかも矢部(やべ)に打たれたホームランを払拭させ、自信をつけるためあえて三振を狙いにいった配球にも関わらず。

 

猪狩(いかり)、先頭バッターに打たれたのは出会い頭だ。気にするな」

 

 どう答えるべきか悩んでいたところへ、千石(せんごく)猪狩(いかり)に声をかけた。それに「はい」と答えた猪狩(いかり)だったが――。

 

「(先頭バッターに出会い頭で打たれるほど、今日のボクのストレートは良くないのか......? それとも――)」

 

 千石(せんごく)の言葉で、逆に疑念を深めてしまった猪狩(いかり)が見つめる先は――恋恋高校のベンチ。

 

「で、どうだ? アイツの印象は」

 

 猪狩(いかり)が見つめている恋恋高校のベンチでは、彼のピッチングを肌で感じてきた矢部(やべ)を除く三人に、東亜(トーア)は問いかけた。三人は守備の準備をしながら答える。

 

「データ通り、コントロールはかなり良いです。ストレートも、変化球も、しっかりコーナをついて来ますし。あのストレートは噂以上です。手元でのノビが半端なかったです。初見で攻略するのは難しいかと」

「でも球威は木場(きば)、角度はあおい、キレは瑠菜(るな)ほどじゃない感じがしたわね。あたし的には」

「オイラも浪風(なみかぜ)と同じように感じたぞ。けど、変化球はかなり切れてた。特にスライダーは、相当手元で曲がってくるっす」

「ふーん」

「さあ、もう守備の時間よ。話しの続きは守ってからになさい」

 

「はい!」と三人は揃って返事をして、グラウンドへ駆け出して行く。先発のマウンドを任された瑠菜(るな)は、新海(しんかい)を相手に投球練習を行いながら、ネクストバッターの五番であったため準備が遅れている鳴海(なるみ)を待つ。

 

「お待たせ、瑠菜(るな)ちゃん。ありがと」

新海(しんかい)くん、ありがとう」

「いえ、じゃあ戻ります!」

 

 鳴海(なるみ)がキャッチャースボックスに座って、バッテリーは本格的に投球練習を始める。入れ替わりでグラウンドから戻ってきた新海(しんかい)に、東亜(トーア)瑠菜(るな)の調子を訊ねた。

 

「どうだ? 実際に受けてきた印象は」

「今日の瑠菜(るな)先輩、コントロールが抜群です。ミットを構えたところから、ほとんど動きませんでした」

「フッ、ならこの試合(ゲーム)鳴海(アイツ)のゲームメイクが勝敗を左右しそうだな」

 

 そう言って東亜(トーア)は、どこか楽しんでいるように笑った。

 

           * * *

 

 あかつきのベンチ前では、八嶋(やしま)を始めとしたスタメンが瑠菜(るな)の投球練習を食い入るように観察している。

 

「先発は、軟投の左の女子か。てっきりアンダーの女子で来ると思ったんだけどなー」

「しかし、彼女も一癖ある投手であることは間違いない。準々決勝関願の四番は、まるでボールが突然浮き出てくるようだったと形容していた。油断するなよ、八嶋(やしま)

「わかってるって、じゃあ行ってくるぞー」

 

 場内にアナウンスが流れ、先頭バッターの八嶋(やしま)は左のバッターボックスに立ち、入念に足場を整えて構える。

 

「プレイ!」

 

 右手を上げた球審の合図、試合再開。鳴海(なるみ)はじっくりと、八嶋(やしま)のフォームを観察してサインを出す。そのサインに一回で頷いて瑠菜(るな)は、ゆったりと投球モーションに入った。

 

『さあ、十六夜(いざよい)瑠菜(るな)の初球は――ストレート!』

 

「――おっとっ!」

「ボール!」

 

 初球は内角胸元に近いストレート。やや仰け反る形で避けた。

 

『恋恋バッテリー、注目の初球は慎重にボール球から入って来ました』

 

 タイムを要求してバッターボックスを外した八嶋(やしま)は、バックスクリーンの数字を確認して驚く。

 

「(118キロ......マジで? 全然スピード出てないじゃん、なのになんであんなに速く感じたんだ?)」

 

 軽く首を捻りながら、バッターボックスで構え直す。

 

「(よし、もうちょい始動を早めてみるか......)」

「(目に色が変わった、上手く意識させられたみたいだ。これを振らせてストライクをひとつ貰おう)」

「(ええ......!)」

 

『バッテリー、第二球目を――投げました!』

 

「(げっ、今度は来ない――!)」

 

 外角低めのストレート。それも、初球よりも球速を落とした低速ストレート。

 

「こなくそっ!」

 

 始動を早めた八嶋(やしま)は完全に泳がされるも、腕をめいっぱい伸ばして辛うじてバットの先に当てた。引っ掛けた緩いゴロがサードの前へ転がる。

 

「ダメだ、投げるな!」

「ちっ、くっそ~」

 

 いい反応でダッシュして打球を処理したが、俊足の八嶋(やしま)の足がまさり内野安打。あかつきも先頭バッターが出塁。

 

「ふぅ、ベンチに伝えて。あの投手、チェンジアップみたいなのを投げてくるって」

「了解しました」

 

 プロテクターを受け取った下級生はベンチへ戻るとさっそく、八嶋(やしま)の伝言を、監督の千石(せんごく)に伝えた。

 

「あの球持ちの良い投球に加え、タイミングを外す緩いチェンジアップか。ふむ......ここセオリー通り、一番速いストレートにタイミングを合わせつつ緩いボールに対応していけ。いいな?」

 

 頷いたあかつきナインたちは、各自自分の打席に向け準備をすすめる。グラウンドでは二番セカンドの四条(よじょう)は、ややオープン気味に腰を落とし最初からバントの構えを見せた。

 

「(バントか、やっぱり初回からでも確実に送ってくるよな。この二番は、あかつきで一番チームバッティングに徹するタイプだ。でも、この八嶋(ランナー)には盗塁があるからね)」

「(ええ、分かってるわ。そう簡単に思い通りにはさせるつもりはないわ)」

 

 セットポジションで構えた瑠菜(るな)は、ファーストランナーに目を向けたまま足を上げ、一塁方向へ踏み出し素早く牽制球を投げた。大きなリードを取っていた八嶋(やしま)は、手から滑り込んでベースへ戻る。判定はセーフ。

 

「ふぅ、あっぶね~」

 

 と言いつつも、八嶋(やしま)のリードの幅は変わらない。盗塁する気満々と言った感じで再び大きなリードを取る。

 

「(強気だな。ここは、一球外して様子を見よう)」

 

十六夜(いざよい)、目でランナー牽制をして――足が上がった! 八嶋(やしま)、スタートッ!』

 

「(よし、かかった! ――って!)」

「(させるか......!)」

 

 外角へ大きく外したのにも関わらず、バッターの四条(よじょう)は飛び付くようにバットを伸ばした。ボールには当たらず、バントは空振り。だが、ホームプレートに覆い被さる形で盗塁を助けた。ワンテンポ送球が遅れて、二塁はセーフ。

 

八嶋(やしま)、盗塁成功! ノーアウト二塁一打同点の場面を作りましたー!』

 

「くっ......!」

「フッ」

 

 悔しがる鳴海(なるみ)四条(よじょう)はしてやったりとメガネを直しつつ軽く笑みを浮かべた。対象的な二人の表情に、はるかが疑問に思ったことを訊ねた。

 

「あの、渡久地(とくち)コーチ。今のは、守備妨害ではないのですか?」

「いや、一連の動作の範疇だ。事実、球審は守備妨害を宣告してねーだろ。あんな小細工やられる方が悪い。頭に当ててやればいいのさ。そうすりゃ二度とやらなくなる」

「それは、それで問題のような......」

「先に邪魔してきたのは相手だ、遠慮することはない。そもそも、送球のコース上に頭を出す方がどうかしてるんだからな。実際に当てた方が、実害が目に見える訳だから堂々と守備妨害を主張出来るだろ」

「確かに。少なくともなにかしらの注意はしなきゃならないから抑止力にはなるわね。やり方は乱暴だけど」

「なるほど、そう言うものなのですね」

 

 二人の話を聞いたはるかはうなづいて、スコアブックに目を戻した。鳴海(なるみ)も結果を引きずることなく、バッターの観察に神経を注ぐ。

 

「(......決まられたのは仕方ない、切り替えて抑えないと。ここは、もう繋がれさえしなけばいいから――)」

 

 無視二塁、ランナーを三塁へ行かせたくないこの場面でインコースのやや甘いコースのストレートが来た。四条(よじょう)はきっちりとサードへ転がし、送りバントを決める。

 

『バント成功! 四条(よじょう)、クリンナップの前にランナーをサードへ進ませる見事な送りバントを決めましたー! そして迎えるは、現本塁打王――七井(なない)アレフトーッ!』

 

 場内コールに、あかつきも応援スタンドからは大歓声が沸き起こる。

 

七井(なない)よ、次はワシが控えてる。楽に臨めよ」

「わかっているヨ」

 

 重いマスコットバットから通常のバットへ持ち代えて、七井(なない)はバッターボックスへ向かった。

 

「どうしたんダ? 四条(よじょう)

「......いや、なんでもない」

「そうカ、では行ってくル」

「ああ、頼んだぞ」

 

 ベンチへ戻った四条(よじょう)はヘルメットとバット片付けて自分の席に座り、どこか浮かない表情(かお)でグラウンドを見つめている。その様子を不思議に思った九十九(つくも)が声をかけた。

 

「どないしたんや?」

「......今の一球、サードへバントしやすいコースに来た」

「それが?」

「あり得ないだろ、クリンナップの前だぞ? 外野フライで同点だ。普通は簡単に送らせたくないから厳しいコースや変化球を使う場面だ」

「そら誰にでも投げミスくらいあるやろ。アウトコースを狙ったのが、ちょいと甘く入っただけと違うかー?」

「......オレの考え過ぎか」

 

 しかし、四条(よじょう)に予感は当たっていた。七井(なない)が左バッターボックスで構えても、鳴海(なるみ)は座らない。それどころか立ち上がったままキャッチャーミットを外へ大きく掲げた。

 

『――け、敬遠、敬遠です! なんと恋恋高校、初回から三番の七井(なない)を敬遠ですッ! 四番の三本松(さんぼんまつ)との勝負を選択するようですッ!』

 

「な、なんだと......!?」

 

 ネクストバッターの三本松(さんぼんまつ)は、四番である自分が控えている中でのあからさまな敬遠策に怒りをあらわしている。

 

「ちょっとやりすぎじゃない?」

「クックック、だからいいんじゃねぇーか。確かに三本松(アイツ)には大きな一発はあるが、七井(なない)と比べればアバウトで確実性に欠ける。より大きなダメージを与えて潰すには持ってこいの打者(カモ)だ」

 

 不敵に笑う東亜(トーア)が打った、三番敬遠四番勝負と言う奇策に球場全体がどよめく。異様な雰囲気の中でも瑠菜(るな)は、冷静にきっちりと敬遠球を投げきって、三番の七井(なない)を空いている一塁へ歩かせた。怒気に満ちた表情で四番の三本松(さんぼんまつ)が、バッターボックスで構える。

 

「さあ、来んかいッ!」

「(おっ、相当(リキ)んでるな。芽衣香(めいか)ちゃん)」

「(オッケー)」

 

 鳴海(なるみ)のブロックサインで芽衣香(めいか)は、一塁よりのやや深いポジションに然り気無く移動。彼女に合わせるて甲斐(かい)奥居(おくい)も、それぞれポジションを変える。

 

『さあワンナウト三塁一塁。一発が出ればもちろん逆転! 恋恋バッテリー、強打者三本松(さんぼんまつ)を抑えて、このピンチを乗り越えることが出来るでしょーカ? それとも四番の意地を見せ、そのバットで打ち砕くか? 注目の対決ですッ!』

 

 初球は、インコース低めのボール球のストレート。強引に引っ張った打球は、痛烈な当たりで一塁線を切れてファール。カウント0-1。二球目はインハイ。これまた完全なボール球で空振りを奪い、たったの二球で追い込んだ。

 

「(い、いかん、完全に相手の術中に嵌まっている......!)」

 

 千石(せんごく)は、ベンチのギリギリまで身を乗り出し、声を張り上げる。

 

三本松(さんぼんまつ)、冷静になれ! 見極められないボールではないぞッ!」

「(そ、そうだ......なにを熱くなっている。ただ守りやすいよう一塁を埋めただけだ。チャンスは広がった、外野に飛ばすだけでいい場面ではないか......)」

 

 打席を外した三本松(さんぼんまつ)は、深呼吸をして心を落ち着かせる。だが、鳴海(なるみ)瑠菜(るな)のバッテリーは、一球身体に近いところを攻めて大きく仰け反らせた。

 

「(こ、この......!)」

「(よし、良い感じに熱さが戻った。瑠菜(るな)ちゃん、ここで行くよ。コース間違えないでね)」

「(ええ......!)」

 

『バッテリーのサインが決まった! 十六夜(いざよい)、一球遊んだあとの四球目を......投げましたーッ!』

 

「(――外、甘い! もらった!)」

 

 アウトコースやや低めのストレート。

 しかし、ミートポイントで小さく沈んだ。バットの下で叩いた速い打球が、一二塁間へ転がる。

 

『痛烈な当たりーッ! だが、これは――』

 

 打球が飛んだコースは、あらかじめ深めに守っていた芽衣香(めいか)の真っ正面。強烈な当たりに若干ファンブルしそうになったが、きっちり捕球して素早くショートへ送球。

 

奥居(おくい)っ!」

「ほいよ、ファースト!」

 

『セカンドフォースアウト! そして、一塁もアウト! 4-6-3のダブルプレー! あかつき、絶好のチャンスをダブルプレーで逃してしましたー!』

 

 アウトコールのあとに一塁を駆け抜けた三本松(さんぼんまつ)は、両膝に手をついて歯を食い縛り。あかつきの応援スタンドはタメ息に包まれ、ベンチの千石(せんごく)は天を仰いだ。

 あかつきとは対象的に恋恋高校の方は、スタンドもベンチも盛り上がりを見せている。

 

「ふっふっふ......すべては、オイラの一撃から始まった流れでやんす!」

「まあ確かに、あのホームランは予想してなかったわねー」

「ああ、まぐれでも大きい先制点だったぞ」

「まぐれじゃないでやんす、オイラの実力でやんすー!」

 

 賑やかいベンチの中、この回先頭バッターの鳴海(なるみ)東亜(トーア)と話をしつつあおいたちの手を借りながら支度を進める。

 

「狙い通り仕止めたな」

「はい、瑠菜(るな)ちゃんの制球が完璧でした。芽衣香(めいか)ちゃんも上手く捌いてくれましたし」

「追い込んだあとインハイを狙ったのは、お前のサインだろ」

「あ、はい。バッターが冷静を取り戻しかけていたので」

「フッ、それでいい。冷静さを保たせなかったお前の勝ちだ、今回はな。さてと、追加点を奪いに行くぞ」

 

 東亜(トーア)はナインたちを集め、この回追加点を奪うための次の一手を伝えた。


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