7Game   作:ナナシの新人

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game57 ~波乱の幕開け~

 決勝戦前日の午後、あかつき大附属高校の監督千石(せんごく)は軽めの全体練習のあと、ベンチ入りメンバーを集めてミーティングを開いた。

 

「よし、全員集まったようだな。ではデータ班、始めてくれ」

「はい」

 

 対戦相手の分析を担当するデータ班を指揮する四条(よじょう)が前に出て、詳しい解説を行う。

 

「――不気味な相手。恋恋高校をひとことで表すとすれば、この表現が的確だとオレは思う」

 

 険しい表情でメガネに手を触れ、ノートパソコンを操作。パソコンの画面と同じ映像がプロジェクターを通して投影される。

 

「先ずは、これを見てくれ」

 

 映し出されたのは、恋恋高校対そよ風高校の試合を編集した映像。

 

「試合は前半、そよ風のペースで進んでいた。特に先発の阿畑(あばた)は立ち上がりから絶好調、五回終了時点で失点は当たり損ないのタイムリー内野安打の1点のみで11個の三振を奪った。しかし――」

 

 次の映像に切り替える。

 

「彼は、次のイニングに突如として崩れた。四番のホームランで逆転を許すと、さらに失点を重ね勝敗は完全に決した」

「打ち込まれた原因は、わかったのか?」

 

 二宮(にのみや)が訊ねる。

 

「ああ、ピッチングフォームの乱れだ」

「フォーム?」

「分かりにくいかもしれないが、この回から僅かながらピッチングフォームに変化が生じていた」

 

 快投を続けた五回までのピッチングフォームと、打ち込まれた六回以降のピッチングフォームを比較できる用に並べて映す。

 

「投手経験者に聞きたい。キミたちはストレートを投げる時、なにを意識して投げている?」

 

 四条(よじょう)に質問を投げかけられた投手たちは、体重移動や腕の振りなど自分が投げる時を思い出しながら答えた。

 

猪狩(いかり)、キミはどうだ?」

 

 四条(よじょう)は一番後ろで聞いている、猪狩(いかり)(まもる)に意見を求めた。

 

「上半身と下半身の完璧な連動運動。小手先に頼らず、指先まで全神経を研ぎ澄ませ、強力なスピンをかけることを常に意識している」

「そう、それだ。速く力強いストレートを投げるためには、手首を使ってスピンをかける必要がある。回転を極力殺して投げるナックルとは正反対の投げ方だ。これを見てくれ」

 

 手元のパソコンを操作し、別の画像に切り替える。六回裏の先頭バッター、片倉(かたくら)へ投げた初球の映像。

 

「きっかけは六回の裏、先頭バッターへのストレート。阿畑(あばた)は、このバッターまでストレートの球速は135km/h前後だった。しかし、このバッターに投げたストレートは144km/hを計測した。これをどう捉える?」

「どうと言われてもなぁ、野手のワシらに聞かれてもわからんぞ」

「つーか、140を投げれるなら最初から投げればいいじゃん。ストレートは速い方が打ちにくいし」

 

 三本松(さんぼんまつ)八嶋(やしま)の意見を聞き、六本木(ろっぽんぎ)は自分なりの考えを述べる。

 

「ペース配分じゃないかな? 中継ぎと違って長いイニングを投げないといけないし。彼は、ひとりで投げてきたんでしょ?」

「キミの言う通りだ、六本木(ろっぽんぎ)阿畑(あばた)は全試合ひとりで投げ抜いてきた、当然ペース配分を考えて投げている。オレたちも最初はそう考えていた。だが全試合を分析した結果最速でも140km/hだった。なにか別の理由があったとオレは推察している」

「確かに妙だね」

 

 猪狩(いかり)は、四条(よじょう)の意見に同意した。

 

「ボクもペース配分は考えて投げるけど。クリンナップからとはいえまだ六回、そこまで極端に力を入れて投げる場面じゃない」

「オレもキミと同じ意見だ。そもそも確実に打ち取るのなら高速ナックルでよかったハズだ。事実、高速ナックルで奪三振の山を築いていた訳だからなおのことな。真意は本人にしか分からないが、普段よりも力を入れて投げたこの一球が、フォームを乱す原因となったことは間違いない」

 

 逆転ホームランを打たれた近衛(このえ)の打席に映像を移す。近衛(このえ)へ投げた全投球を、様々な角度から撮影した映像をスローモーションで再生する。

 

「次が、カウント2-2からの五球目だ」

「あん? この高速ナックル、少し回転してねーか?」

「フッ、気づいたか」

 

 四条(よじょう)は動画を巻き戻し、五球目をもう一度再生する。二宮(にのみや)が指摘した通り、アバタボールはほんのわずかではあるが通常よりの回転していた。

 実は、あの五球目が内角へ外れたのは偶然ではなかった。わずかに回転がかかっていたことで横への変化はほぼなく、やや縦に落ちただけのナックルになっていた。

 

「そしてこれが、ホームランを打たれたボールだ。これは分かりやすいだろう?」

「肩の開きが早い、肘も下がってるし、テイクバックも小さい。フォームがメチャクチャじゃねーか......!」

「セカンドランナーの盗塁が目に入って、速く投げなければと言う意識が働いたのだろう。結果は見ての通りだ」

 

 東亜(トーア)の、片倉(かたくら)が140km/hを投げたことで大きな意味を持つと言った理由こそが、これ。高速ナックルを打ち崩すのは至難の業、なら打ちやすいボールを投げさせて打てばいい。

 そのきっかけを作ったのが片倉(かたくら)への対抗心で投げた、通常よりも速いストレート。球速を出すためにいつもより力を入れて投げたことで、繊細さを必要とするアバタボールを投げるために作り上げたフォームを自ら崩してしまった。通常の心理状態であれば修正することは可能だったが、東亜(トーア)はそれを許さなかった。

 近衛(このえ)のバントの構え、あおいをブルペンへ送り、さらにフルカウントからの三盗で心理的抑圧(プレッシャー)を与え、たった一球の失投を引き出した。

 それはまるで長い時間をかけた組み上げた積み木の根元を引き抜くかのような行為。土台を失った積み木は、音を立てて崩れ落ちた。

 

「しかし、本当に恐ろしいのはここからだ。恋恋高校は、逆転のホームランで気落ちしたところを見逃さず、一気に畳み掛けて勝負を決めた。他の試合でも同じだ。訪れたチャンスは必ずモノにし、ビッグイニングを作る。とにかく相手を流れに乗らせないことが重要なポイントとなるだろう。以上だ」

 

 解説を終えた四条(よじょう)は、ミーティングルームの電気をつけ。他のデータ班のメンバーと手分けして恋恋高校の詳しい資料を全員に配布したのち、口を真一文字に結んで黙ったまま解説を聞いていた監督の千石(せんごく)に委ねる。

 

「では監督、お願いします」

「うむ......」

 

 千石(せんごく)はパイプ椅子から立ち、あかつきナインたちの正面に立つ。

 

「明日の決勝戦は、おそらく今までで一番タフな試合になるだろう。だがしかし、過度に恐れることはない。なぜならお前たちは、間違いなくあかつき野球部史上最強のメンバーであるからだ!」

 

 普段厳しい監督の激励に、ナインたちの顔つきが変わる。

 

「お前たちほど自身に厳しく、ライバルと競い合い、己を高めてきた者たちはいない。明日の試合に勝利し、そして春の雪辱を果たそうではないか......!」

『――はい!』

「うむ。では各自、明日に備えてコンディションを調えるように。以上、解散」

 

 ミーティングルームを後にした千石(せんごく)は隣の監督室へ入り、データ班のまとめた資料を片手に恋恋高校の試合を見直す。

 

「(......まだ荒削りではあるが、恋恋高校の野球は、まるで昨年終盤のリカオンズを彷彿とさせる野球だ。相手の動揺につけ込み、一瞬の隙も見逃さずチャンスをものにする。たったの四ヶ月足らずで、ここまでのチームに仕上げてくるとは......。伝説の勝負師――渡久地(とくち)東亜(トーア)か。これは、ひとすじ縄ではいかんだろうな......)」

 

 長年名門あかつき大附属を率いてきた千石(せんごく)は感じていた、波乱の予感を――。

 

 

           * * *

 

 

 覇堂高校対パワフル高校の試合を観戦したあと、恋恋高校も学校でミーティングを行っていた。あかつきの試合内容を分析して、少し気になった部分があれば意見を出し合い。それを理香(りか)とはるかが、ホワイトボードに書きつづって行く。

 一通り出揃ったところで、意見をまとめる。

 

「どこからでも得点を奪える強力な打線、投手を中心にした堅い守備。今までの相手で一番強いと言った感じかしら? 渡久地(とくち)くんは、どう思う?」

 

 一番後ろでめんどくさそうに座っている東亜(トーア)にナイン全員の視線が集まり、なんとも言えない緊張感が漂う。顔を強ばらせるナインたちを後目に東亜(トーア)は、小さく笑った。

 

「常勝とか謳っているからどんなチームかと思えば、たいしたことねーな」

 

 予想外の言葉に戸惑うナインたち。東亜(トーア)は構わずに話を続けた。

 

「お前たちにひとつ朗報だ。明日の試合、一点でもリードした状態で五回を乗り切ることが出来れば――100パーセント勝てる」

 

 一瞬の沈黙のあと、最初に声をあげたのは奥居(おくい)

 

「......マジっすか!?」

「ああ、間違いなく勝てる。が、そのために必ずクリアしなければならないことがある」

 

 東亜(トーア)から出された課題、それは――必ず先制点を奪うこと。そして、それを可能とする戦略が伝えられた。

 

 

           * * *

 

 

「最新の情報によると、70パーセントまで上がったわ」

「またひとつ勝ちへの可能性が上がったな」

 

 いつものバーで二人が話していることは、明日の降水確率。昨夜の時点で降水確率50パーセントだったのが、現時点では70パーセントまで上昇していた。

 

「でも最悪、雨天コールドノーゲームで再試合ってこともあり得るわよ」

 

 高校野球では雨天コールドの場合、七回が終了していなければ例え10点差がついていても試合は不成立となり後日再試合になってしまう。因みにプロ野球は、五回終了時点で試合成立となります。

 

「雨天コールドになるほどは降らないだろう。夕方には千葉の方へ抜ける予報だからな、今のところは。そうなりそうになったら徹底的にダメージを与えて再試合に持ち込むだけだ」

「ウチとやった試合(とき)のようにか?」

 

 理香(りか)とは、違う男の声。

 二人の会話に割って入ったのは、千葉マリナーズの高見(たかみ)(いつき)だった。

 

「よう」

高見(たかみ)選手っ、どうして東京に?」

「今日はデーゲーム、明日の試合は朝から大雨の予報で順延が決まったんです。それで決勝戦を現地で観戦しようと思って、恋恋高校の応援をかねてね」

「あっ、それで......」

「暇なヤツだな」

「ちょっと、せっかく来てくれたのに......!」

「ははっ、構いませんよ」

 

 高見(たかみ)は断りを入れ、空いていた東亜(トーア)の隣の席に座る。

 

「勝算は?」

「勝つさ」

 

 ――当然だろ? とグラスを口に運ぶ。

 

「相変わらず強気だな。あかつきの猪狩(いかり)は、マリナーズのスカウト陣の評価でも最高ランクの選手。特に、“あのストレート”は魅力的だ」

「すでに手は打ってあるさ」

 

 明日の予定オーダーが記載された資料を、高見(たかみ)の手元へすべらせる。

 

「これは......またずいぶんと思いきったな」

 

 一番に定着していた真田(さなだ)を六番に下げ、代わりに矢部(やべ)を一番へ持っていき、さらに芽衣香(めいか)葛城(かつらぎ)の打順も入れ換えた。これにより、一番からスイッチヒッターの四番の甲斐(かい)まで右打者が続くオーダーとなっている。

 

「やはり奥居(おくい)くんたちが準決勝を欠場したのは、猪狩(いかり)(まもる)対策のためだったか。けど、鳴海(なるみ)くんが五番の理由は?」

 

 高見(たかみ)の疑問は自然だった。鳴海(なるみ)真田(さなだ)はタイプは違うが同じ左打者。そして一般的には左投手対左打者は、投手が圧倒的に言われている。準決勝を欠場させ、猪狩(いかり)対策に専念させていた真田(さなだ)を、鳴海(なるみ)の前へ置く方が自然な発想。

 

鳴海(なるみ)が、()だからさ」

「左投手が得意なのか?」

「いや、取り立てて得意ではない。データで言えば苦手な方だろう。いや、“苦手だった”だな」

 

 眉をひそめる高見(たかみ)東亜(トーア)は、「明日になれば分かるさ」と意味深に小さく笑って見せた。

 

 

           * * *

 

 

 決勝戦が行われる舞台は、大学野球やプロ野球チームも本拠地に構える新宿球場。名門あかつきの連覇、今年から女子部員の参加が認められ、彼女たちが原動力となって勝ち上がってきた恋恋高校。メディアにも大きく取り上げられ、話題となっているこの試合のチケットは既に完売。試合開始時刻までまだ一時間以上あるのに大勢の観客たちでごった返している。

 

『ついに、ついにこの日がやって参りました! 東東京大会決勝戦! 勝った試合はすべてコールドゲームの常勝あかつき大学附属高校対ノーシードから勝ち上がってきた恋恋高校! いやー、目が放せませんッ!』

 

「なに? 先攻を選んだだと」

「はい、相手のキャプテンは迷わずに先攻を選びました」

「......そうか、わかった」

 

 報告を終えた猪狩(いかり)は、肩を作るためブルペンへと向かい。ベンチに座った千石(せんごく)は、腕を組んで頭を悩ませていた。

 

「(一番を矢部(みぎ)に変えたのは分かる。だが、これはなんだ......? なぜ、八番と九番に投手を入れている?)」

 

 八番に先発で瑠菜(るな)、九番にライトであおいを入れると言う奇策を打った。これが頭を悩ませていた原因。さらに恋恋高校が先攻を選んだことも追い討ち。先ず猪狩(いかり)のピッチングで圧倒して、試合を有利に運ぶために後攻を取りたかったからだ。しかし、恋恋高校は自ら先攻を選んだ。想定外のことに千石(せんごく)は険しい表情(かお)で、恋恋高校のベンチに目を向けた。

 

「狙い通り先攻を取れたわね」

「まあ勝とうが負けようが、あかつきは後攻を選んだだろうけどな」

 

 東亜(トーア)は狙い通りの展開に、してやったりとあざ笑う。

 

『グラウンド整備が終わり、アンパイヤが出てきました。試合開始の時が刻一刻と迫ってきました。わたくし、この興奮を抑えられませんッ!』

 

 球審の号令で両校の選手たちが、グラウンドへ駆け出し、一列に整列。

 

「先攻恋恋高校、礼!」

 

「お願いします!」と、両校の選手たちは揃って礼。恋恋は全員ベンチへ戻り、あかつきはスタメンがグラウンドに残る。

 

「よっしゃ、こーい!」

「ああ、行くぞ......!」

 

 猪狩(いかり)が、二宮(にのみや)を相手に投球練習を始めた。場内に猪狩(いかり)目当ての女性ファンたちの黄色い声が飛び交う。だが、そんなことには目もくれず恋恋ナインたちは真剣な表情(かお)で、東亜(トーア)の前に集まっていた。

 

「さて、昨日のことは覚えているな?」

 

「はい!」と、声を揃えて返事。

 

矢部(やべ)、初球は必ず外角のストレートでストライクを投げてくる。そいつを狙い打て、決して当てに行くようなマネはするなよ」

「了解でやんす! 男矢部(やべ)、魂のフルスイングで期待に答えるでやんす!」

 

『先攻恋恋高校の攻撃は一番センター、矢部(やべ)くん』

 

 アナウンスを聞いた矢部(やべ)は、自信に溢れた表情でバッターボックスへ向かう。

 

『さあ、いよいよプレイボールの時間が迫ってまいりました。先頭バッターの矢部(やべ)がバッターボックスで構えます!』

 

 球審の右手が上がる。

 

「プレイボール!」

 

『今、アンパイヤの手が上がりました! 決勝戦が始まりましたーッ!』

 

 試合開始を告げるサイレンが鳴り響く中、あかつきバッテリーはサイン交換を行い。矢部(やべ)に対して、この試合の初球を投じた。

 

矢部(やべ)、初球打ち! やや振り遅れた打球はライトの上空へ、これは打ち上げてしまいました!』

 

 ライトの九十九(つくも)が、打球を追って下がる。

 

「オーライ、オーライ......って――」

 

 こちら向きで下がりながら打球を追っていた九十九(つくも)の足が止まり、そして後ろを振り向いた。平凡なライトフライと思われた打球は、風に乗り、ライトポール際に吸い込まれた。

 

『......は、入りましたーッ! まだ試合開始のサイレンも鳴り止まぬ中、矢部(やべ)明雄(あきお)、なんと初球先頭打者ホームラーンッ!』

 

 矢部(やべ)のオープニングホームランと言うまさかの一撃で、決勝戦は波乱の幕開けとなった。


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