決勝戦前日の午後、あかつき大附属高校の監督
「よし、全員集まったようだな。ではデータ班、始めてくれ」
「はい」
対戦相手の分析を担当するデータ班を指揮する
「――不気味な相手。恋恋高校をひとことで表すとすれば、この表現が的確だとオレは思う」
険しい表情でメガネに手を触れ、ノートパソコンを操作。パソコンの画面と同じ映像がプロジェクターを通して投影される。
「先ずは、これを見てくれ」
映し出されたのは、恋恋高校対そよ風高校の試合を編集した映像。
「試合は前半、そよ風のペースで進んでいた。特に先発の
次の映像に切り替える。
「彼は、次のイニングに突如として崩れた。四番のホームランで逆転を許すと、さらに失点を重ね勝敗は完全に決した」
「打ち込まれた原因は、わかったのか?」
「ああ、ピッチングフォームの乱れだ」
「フォーム?」
「分かりにくいかもしれないが、この回から僅かながらピッチングフォームに変化が生じていた」
快投を続けた五回までのピッチングフォームと、打ち込まれた六回以降のピッチングフォームを比較できる用に並べて映す。
「投手経験者に聞きたい。キミたちはストレートを投げる時、なにを意識して投げている?」
「
「上半身と下半身の完璧な連動運動。小手先に頼らず、指先まで全神経を研ぎ澄ませ、強力なスピンをかけることを常に意識している」
「そう、それだ。速く力強いストレートを投げるためには、手首を使ってスピンをかける必要がある。回転を極力殺して投げるナックルとは正反対の投げ方だ。これを見てくれ」
手元のパソコンを操作し、別の画像に切り替える。六回裏の先頭バッター、
「きっかけは六回の裏、先頭バッターへのストレート。
「どうと言われてもなぁ、野手のワシらに聞かれてもわからんぞ」
「つーか、140を投げれるなら最初から投げればいいじゃん。ストレートは速い方が打ちにくいし」
「ペース配分じゃないかな? 中継ぎと違って長いイニングを投げないといけないし。彼は、ひとりで投げてきたんでしょ?」
「キミの言う通りだ、
「確かに妙だね」
「ボクもペース配分は考えて投げるけど。クリンナップからとはいえまだ六回、そこまで極端に力を入れて投げる場面じゃない」
「オレもキミと同じ意見だ。そもそも確実に打ち取るのなら高速ナックルでよかったハズだ。事実、高速ナックルで奪三振の山を築いていた訳だからなおのことな。真意は本人にしか分からないが、普段よりも力を入れて投げたこの一球が、フォームを乱す原因となったことは間違いない」
逆転ホームランを打たれた
「次が、カウント2-2からの五球目だ」
「あん? この高速ナックル、少し回転してねーか?」
「フッ、気づいたか」
実は、あの五球目が内角へ外れたのは偶然ではなかった。わずかに回転がかかっていたことで横への変化はほぼなく、やや縦に落ちただけのナックルになっていた。
「そしてこれが、ホームランを打たれたボールだ。これは分かりやすいだろう?」
「肩の開きが早い、肘も下がってるし、テイクバックも小さい。フォームがメチャクチャじゃねーか......!」
「セカンドランナーの盗塁が目に入って、速く投げなければと言う意識が働いたのだろう。結果は見ての通りだ」
そのきっかけを作ったのが
それはまるで長い時間をかけた組み上げた積み木の根元を引き抜くかのような行為。土台を失った積み木は、音を立てて崩れ落ちた。
「しかし、本当に恐ろしいのはここからだ。恋恋高校は、逆転のホームランで気落ちしたところを見逃さず、一気に畳み掛けて勝負を決めた。他の試合でも同じだ。訪れたチャンスは必ずモノにし、ビッグイニングを作る。とにかく相手を流れに乗らせないことが重要なポイントとなるだろう。以上だ」
解説を終えた
「では監督、お願いします」
「うむ......」
「明日の決勝戦は、おそらく今までで一番タフな試合になるだろう。だがしかし、過度に恐れることはない。なぜならお前たちは、間違いなくあかつき野球部史上最強のメンバーであるからだ!」
普段厳しい監督の激励に、ナインたちの顔つきが変わる。
「お前たちほど自身に厳しく、ライバルと競い合い、己を高めてきた者たちはいない。明日の試合に勝利し、そして春の雪辱を果たそうではないか......!」
『――はい!』
「うむ。では各自、明日に備えてコンディションを調えるように。以上、解散」
ミーティングルームを後にした
「(......まだ荒削りではあるが、恋恋高校の野球は、まるで昨年終盤のリカオンズを彷彿とさせる野球だ。相手の動揺につけ込み、一瞬の隙も見逃さずチャンスをものにする。たったの四ヶ月足らずで、ここまでのチームに仕上げてくるとは......。伝説の勝負師――
長年名門あかつき大附属を率いてきた
* * *
覇堂高校対パワフル高校の試合を観戦したあと、恋恋高校も学校でミーティングを行っていた。あかつきの試合内容を分析して、少し気になった部分があれば意見を出し合い。それを
一通り出揃ったところで、意見をまとめる。
「どこからでも得点を奪える強力な打線、投手を中心にした堅い守備。今までの相手で一番強いと言った感じかしら?
一番後ろでめんどくさそうに座っている
「常勝とか謳っているからどんなチームかと思えば、たいしたことねーな」
予想外の言葉に戸惑うナインたち。
「お前たちにひとつ朗報だ。明日の試合、一点でもリードした状態で五回を乗り切ることが出来れば――100パーセント勝てる」
一瞬の沈黙のあと、最初に声をあげたのは
「......マジっすか!?」
「ああ、間違いなく勝てる。が、そのために必ずクリアしなければならないことがある」
* * *
「最新の情報によると、70パーセントまで上がったわ」
「またひとつ勝ちへの可能性が上がったな」
いつものバーで二人が話していることは、明日の降水確率。昨夜の時点で降水確率50パーセントだったのが、現時点では70パーセントまで上昇していた。
「でも最悪、雨天コールドノーゲームで再試合ってこともあり得るわよ」
高校野球では雨天コールドの場合、七回が終了していなければ例え10点差がついていても試合は不成立となり後日再試合になってしまう。因みにプロ野球は、五回終了時点で試合成立となります。
「雨天コールドになるほどは降らないだろう。夕方には千葉の方へ抜ける予報だからな、今のところは。そうなりそうになったら徹底的にダメージを与えて再試合に持ち込むだけだ」
「ウチとやった
二人の会話に割って入ったのは、千葉マリナーズの
「よう」
「
「今日はデーゲーム、明日の試合は朝から大雨の予報で順延が決まったんです。それで決勝戦を現地で観戦しようと思って、恋恋高校の応援をかねてね」
「あっ、それで......」
「暇なヤツだな」
「ちょっと、せっかく来てくれたのに......!」
「ははっ、構いませんよ」
「勝算は?」
「勝つさ」
――当然だろ? とグラスを口に運ぶ。
「相変わらず強気だな。あかつきの
「すでに手は打ってあるさ」
明日の予定オーダーが記載された資料を、
「これは......またずいぶんと思いきったな」
一番に定着していた
「やはり
「
「左投手が得意なのか?」
「いや、取り立てて得意ではない。データで言えば苦手な方だろう。いや、“苦手だった”だな」
眉をひそめる
* * *
決勝戦が行われる舞台は、大学野球やプロ野球チームも本拠地に構える新宿球場。名門あかつきの連覇、今年から女子部員の参加が認められ、彼女たちが原動力となって勝ち上がってきた恋恋高校。メディアにも大きく取り上げられ、話題となっているこの試合のチケットは既に完売。試合開始時刻までまだ一時間以上あるのに大勢の観客たちでごった返している。
『ついに、ついにこの日がやって参りました! 東東京大会決勝戦! 勝った試合はすべてコールドゲームの常勝あかつき大学附属高校対ノーシードから勝ち上がってきた恋恋高校! いやー、目が放せませんッ!』
「なに? 先攻を選んだだと」
「はい、相手のキャプテンは迷わずに先攻を選びました」
「......そうか、わかった」
報告を終えた
「(一番を
八番に先発で
「狙い通り先攻を取れたわね」
「まあ勝とうが負けようが、あかつきは後攻を選んだだろうけどな」
『グラウンド整備が終わり、アンパイヤが出てきました。試合開始の時が刻一刻と迫ってきました。わたくし、この興奮を抑えられませんッ!』
球審の号令で両校の選手たちが、グラウンドへ駆け出し、一列に整列。
「先攻恋恋高校、礼!」
「お願いします!」と、両校の選手たちは揃って礼。恋恋は全員ベンチへ戻り、あかつきはスタメンがグラウンドに残る。
「よっしゃ、こーい!」
「ああ、行くぞ......!」
「さて、昨日のことは覚えているな?」
「はい!」と、声を揃えて返事。
「
「了解でやんす! 男
『先攻恋恋高校の攻撃は一番センター、
アナウンスを聞いた
『さあ、いよいよプレイボールの時間が迫ってまいりました。先頭バッターの
球審の右手が上がる。
「プレイボール!」
『今、アンパイヤの手が上がりました! 決勝戦が始まりましたーッ!』
試合開始を告げるサイレンが鳴り響く中、あかつきバッテリーはサイン交換を行い。
『
ライトの
「オーライ、オーライ......って――」
こちら向きで下がりながら打球を追っていた
『......は、入りましたーッ! まだ試合開始のサイレンも鳴り止まぬ中、