五回裏、低めのアバタボールに見逃し三振で打ち取られてベンチへ戻ってきた先頭バッターの
「あのさ......。もう少し球数を抑えられないかな?」
「え? どうしたの?」
「たぶんだけどさ......」
「
「どうして?」
「決勝を万全で迎えたいから。軽く作れって念を押してた」
「なるほど、ね」
そして、もうひとつの狙いは、失点で気落ちしかけていた
「でも球数を減らすとなると、手を出しやすいストライク先行の要求が多くなるよ?」
「わかってる。だから――」
ベンチの隅で自ら考え話し合う二人を、
『レフト前ヒット! 恋恋高校、初めてのランナーを出しましたーッ!』
点を取られて直後の攻撃、
「おおー、あの高速ナックルを打ったぞ!」
「へぇ、やるじゃんっ」
「そう言う形状のバットを使っているからさ。お前たちが使っている、普通のバットよりも芯の広いバットをな」
「じゃあみんな、同じバット使えばいいんじゃないんですかー?」
「打ちやすいならなおさら」と、手をあげて
「どんな便利なモノにも欠点ってのは存在する。平手と拳、殴られたらどっちが痛い?」
「どっちもイターい」
「程度の話だ」
「う~ん、やっぱり
「そうね、音は平手の方が痛そうだけど。拳の方が痛いと思うわ」
「だよね」
「じゃあ実際に試してみよましょ。ねぇ~、
「おう、任せろ。パーからいくぞー。しっかり歯食いしばれよー?」
「ひっどっ! 女子に手あげようなんてサイテーな男ねっ」
「お前が今、オイラにしようとしたことじゃねーか!」
「二人とも真面目な話をしているのだから、痴話ゲンカは試合が終わってからにして」
『違う!』
呆れ顔をした
「で、答えだが。お前たちが言った通り拳の方が力が入る。それはバットも同じだ」
「通常のバットの真芯は硬式ボールひとつ分ほど、ちょうど『握り拳』くらい。真芯で捉えれば当然強い打球が飛ぶ。だが、
こう言った便利な
「いずれ壁にぶち当たるだろう。だが、アイツは素人なりに、今の自分に出来ることを必死に考えてやっている。だから今は、このバットを使っていい。自ら考え、導き出した
「この先もお前たちが、野球を続けて行くどうかは知らねーが。どんな道を進もうが、いずれ何かしらの壁にぶち当たる時が来るだろう。その時は、安易に答えを他人に請うな。とことんもがき、苦しめ。その先に答えがなかったのなら、自分自身で答えを作り出せ」
ナインたちは
* * *
『さあワンナウトから初のランナーを出した恋恋高校、ここはどう言った作戦をとるのでしょーカ?』
続く八番は、セカンドの
『そよ風バッテリー、大きくウエスト。ここは一球様子を見ました。八番バッター
「(なんや、送らんのかいな? まっ、そう簡単にはさせへんけどな!)」
キャッチャーからの返球を受け取り、セットポジションに入る。
「送らないの?」
「簡単にバントなんて出来ねーよ」
不規則に変化する高速ナックルを操る
「それに、もっと効果的な方法があるからな」
「試合前に言っていた
「フッ......そう焦るな。楽しみにしていろよ」
「(おっ、
「(はい......!)」
『ランナーを目で牽制し、セットポジションからピッチャーの足が上がって、五球目を――』
「ゴー!」
一塁コーチャーの
「
「ほいな!」
セカンドの声を聞いて、外角へストレートを外した。そよ風バッテリーも、動いてくるならこの場面と予め予測していた。完全なボール球だが、
「はぁ、よかった......」
「(ボール球やったのに、よう当てよったな。空振りなら三振ゲッツーやったで)」
「甘いな、アイツ。十中八九仕掛けるのが分かってる場面で、ひとつも殺せねーなんて」
「よう。どうして、ストレートだったか分かるか?」
「カウント以外の理由ですか?」
2-2の平行カウントは、フルカウントにしたくないためストライクゾーンへ投げることが多い。必然的に一番制球しやすい球種でストライクゾーンで勝負してくる確率が高い。だが当然、バッテリーもそれは分かっているため場合によっては、甘いストライクからボールになる変化球を投げることも当然ある。それなのに、
「キャッチャーだ」
「キャッチャーですか?」
そよ風高校のキャッチャーにナインたちは、一斉に目を向けた。そして、元正捕手の
「あれ? あのキャッチャーのミット、なんかデカくね?」
「え? 確かに言われてみれば、一回りくらい大きいような......」
「あれは野球のキャッチャーミットじゃない。ソフトボール用のキャッチャーミットだ」
不規則に変化するナックルを捕球するための工夫。
※アメリカでは正捕手の他に、ナックルボーラー専用の捕手が居て、通常のミットよりも大きいソフトボール用のキャッチャーミットや専用の特注品を使用している捕手が実際にいたりします。
「あのキャッチャー、一球前のストライクゾーンに決まった高速ナックルを捕球し損ねた。あれを見たあとは、さすがに続けられない」
「プロだって通常の緩いナックルを捕球し損ねるんだ。それなのにたかが高校生が、あんなけったいな高速ナックルなんてモンを何十球もミスなく捕球し続けられるワケがない。相当な特訓をしたんだろうな、かなり優秀な壁だ」
「壁って......。もうちょっと言い方ないの?」
歯に衣着せない言い方に
「分かってねーな、最高の褒め言葉だぞ。だいたいリードなんてもんピッチャーに首を振られりゃ組み立てを変えなきゃならねーこともあるし、要求したコースに投げてくれなければ、良いか悪いか正確には測れねーんだ。けどな、どんなボールでも“絶対に後ろに逸らさない”ってのは素人目に見ても分かりやすい、究極の武器だ。そして投手にとって、これほど心強いものはない」
「そうですね。捕ってくれるって信じられれば思い切って投げれられます」
「うん、そうだね」
「名捕手と言われる捕手には、“リードが上手い”、“肩が強い”、“バッティングが良い”と様々なタイプに分類されるが、それらとは別に必ず備えている要素がある。高いキャッチング技術、ブロッキング能力、要するに
空振りの三振を奪っても、捕手が後ろへ逸らしてしまえば振り逃げでランナーを出してしまう。ランナーが塁上に居る場合は、先の塁へ進めてしまう。ボールを後ろに逸らすキャッチャーには、投手も思い切って投げれない。特にフォーク等の縦に落ちるボールを投げる時は躊躇してしまう。
それが正に、一球前のストライクゾーンでの捕球ミス。あれでアバタボールを投げ難くなった結果のストレートだった。
「それが
「まあな。最初の頃の
どこかなつかしいそうに
『一塁牽制! しかしランナー、足から戻りました』
話している間に、グラウンドでは試合が進んでいた。
「さてと、マネージャー」
「はい、なんでしょうか?」
「次、“一球待て”ってサインを出せ」
「はい、わかりました」
はるかからサインが伝わり、六球目。今度はバットが届かないほど大きく外角高めへ外した。サイン通り見送り、これでフルカウント。
「次、単独スチール」
「ちょっと本気?
「心配するな、100パーセント決まるさ。はるか」
「はい、もう出しました」
一塁コーチャーの
「(――了解。行くぞ、本気で走れよ?)」
「(はい......!)」
『さあ、フルカウントからの七球目。おっとファーストランナー、スタートを切った!』
「(低め......のナックル。これは振らない......!)」
『バッター、見逃しの三振! これで二桁10個目の三振! しかし、大きく変化したユニークな変化球を捕球するのことでキャッチャーは精一杯、送球は出来ません。盗塁成功で、ツーアウトながら二塁とチャンスが広がりましたーッ!』
「悪い、
「ええって、ええって、これでツーアウトやん。パパっと終わらせて、この回も終いや」
「ああ、頼んだぞ」
「任しときーや」
マウンドで笑顔を見せる
「初球、外角低めのストレートを狙え」
「はい、わかりましたっ」
名前がコールされ、九番バッターの
『マウンド上の
「(――来た! 外角低めのストレート......!)」
「あ、あかん――!」
指示通り外角のやや低めに来たストレートを逆らわずに打ち返した。打球はゴロで三遊間を抜けて行く。予め前にレフトは前進していたため、
『ヒット、ヒット! 九番
「おおっ、繋いだぞ!」
「ナイスバッチ!」
「
「――はい!」
今日一番のチャンスに盛り上がる恋恋ベンチ。だが