7Game   作:ナナシの新人

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game53 ~壁~

 五回裏、低めのアバタボールに見逃し三振で打ち取られてベンチへ戻ってきた先頭バッターの新海(しんかい)が、守備の準備のためプロテクターを装備しているところへ、先発投手の片倉(かたくら)が話かけにいった。

 

「あのさ......。もう少し球数を抑えられないかな?」

「え? どうしたの?」

「たぶんだけどさ......」

 

 片倉(かたくら)は、東亜(トーア)に目を向ける。

 

渡久地(とくち)コーチは、藤村(ふじむら)さんに投げさせたくないんだと思うんだ」

「どうして?」

 

 新海(しんかい)の疑問に、鳴海(なるみ)藤村(ふじむら)がキャッチボールをしているブルペンへ目を移して答える。

 

「決勝を万全で迎えたいから。軽く作れって念を押してた」

「なるほど、ね」

 

 片倉(かたくら)の推察は、半分正解。

 東亜(トーア)の狙いはふたつ。ひとつは片倉(かたくら)の言った通り、決勝へ向け戦力の温存しておくため。だがそれは、今、ブルペンでキャッチボールをしている藤村(ふじむら)ではなく、四番ライトで先発出場している近衛(このえ)のこと。決勝戦は、あおいと瑠菜(るな)の変則投手二枚と、速いクセ球を投げる近衛(このえ)の三人を軸に試合を組み立てる算段を立てている。

 そして、もうひとつの狙いは、失点で気落ちしかけていた片倉(かたくら)に考えを促すため、()()と言う言葉をあえて強調して伝えた。

 

「でも球数を減らすとなると、手を出しやすいストライク先行の要求が多くなるよ?」

 

 新海(しんかい)が気にしているのは、球数を意識し過ぎたあげく打ち込まれ失点を重ねてしまうこと。それこそ本末転倒。ここまで好投が無駄(マイナス)になってしまう恐れがあるからだ。

 

「わかってる。だから――」

 

 ベンチの隅で自ら考え話し合う二人を、東亜(トーア)は横目で満足そうに見て、グラウンドへ目を戻した。

 

『レフト前ヒット! 恋恋高校、初めてのランナーを出しましたーッ!』

 

 点を取られて直後の攻撃、阿畑(あばた)からチーム初安打を打ったのは、七番ファーストでスタメン出場の六条(ろくじょう)。外角高めに来たアバタボールを逆らわずに流し打って、チーム初安打を放ち、ファーストベース上で小さくガッツポーズ。一死一塁。

 

「おおー、あの高速ナックルを打ったぞ!」

「へぇ、やるじゃんっ」

「そう言う形状のバットを使っているからさ。お前たちが使っている、普通のバットよりも芯の広いバットをな」

 

 太刀川(たちかわ)の動くストレートと阿畑(あばた)の高速ナックル、変化に根本的な違いは有るがどちらも手元で動くボール。芯の広い中距離ヒッター用のバットを扱う六条(ろくじょう)には、あまり苦にはならない。特に、低めよりも変化が小さくなる高めのアバタボールには特に有効に働く。

 

「じゃあみんな、同じバット使えばいいんじゃないんですかー?」

 

「打ちやすいならなおさら」と、手をあげて芽衣香(めいか)が訊ねる。

 

「どんな便利なモノにも欠点ってのは存在する。平手と拳、殴られたらどっちが痛い?」

「どっちもイターい」

「程度の話だ」

 

 東亜(トーア)の質問に、あおいと瑠菜(るな)は真面目に考えて話し合う。

 

「う~ん、やっぱり(グー)じゃないかな? 瑠菜(るな)は、どう思う?」

「そうね、音は平手の方が痛そうだけど。拳の方が痛いと思うわ」

「だよね」

「じゃあ実際に試してみよましょ。ねぇ~、奥居(おくい)~」

「おう、任せろ。パーからいくぞー。しっかり歯食いしばれよー?」

「ひっどっ! 女子に手あげようなんてサイテーな男ねっ」

「お前が今、オイラにしようとしたことじゃねーか!」

「二人とも真面目な話をしているのだから、痴話ゲンカは試合が終わってからにして」

『違う!』

 

 呆れ顔をした瑠菜(るな)の発言に、二人揃って否定。東亜(トーア)は、どうでもいいと言った感じで本題に話を戻した。

 

「で、答えだが。お前たちが言った通り拳の方が力が入る。それはバットも同じだ」

 

 六条(ろくじょう)が使っているバットを拾って、一塁コーチャーの真田(さなだ)から受け取ったプロテクターを持ってベンチへ戻ってきた甲斐(かい)から六条(ろくじょう)のバットを受け取り、簡単に説明をする。

 

「通常のバットの真芯は硬式ボールひとつ分ほど、ちょうど『握り拳』くらい。真芯で捉えれば当然強い打球が飛ぶ。だが、六条(ろくじょう)のバットは、通常よりも芯が広くミート力を重視している反面、外野の頭を越すような長打はあまり見込めない構造になっている。逆に言えば、ある程度芯を外れても飛んでしまうのさ。極端に言えば『平手打ち』みたいなものだな」

 

 こう言った便利な道具(バット)に頼っていると雑になりやすく、確実性を失う恐れがある。実際に名門や強豪と言われる一部の学校では、高校野球の先を見据えて、金属バットよりも格段に芯の狭い木製バットや、更に芯の狭い竹製のバットを使用したバッティング練習を取り入れている学校もある。

 

「いずれ壁にぶち当たるだろう。だが、アイツは素人なりに、今の自分に出来ることを必死に考えてやっている。だから今は、このバットを使っていい。自ら考え、導き出した結果(答え)だからだ」

 

 東亜(トーア)は、グラウンドへ顔を向ける。

 

「この先もお前たちが、野球を続けて行くどうかは知らねーが。どんな道を進もうが、いずれ何かしらの壁にぶち当たる時が来るだろう。その時は、安易に答えを他人に請うな。とことんもがき、苦しめ。その先に答えがなかったのなら、自分自身で答えを作り出せ」

 

 ナインたちは東亜(トーア)の言葉の意味を噛み締め、示し合わせた訳でもなく「はい!」と声を揃えて力強く返事をした。

 

 

           * * *

 

 

『さあワンナウトから初のランナーを出した恋恋高校、ここはどう言った作戦をとるのでしょーカ?』

 

 続く八番は、セカンドの香月(こうづき)

 東亜(トーア)はいつも通りテキトーな空サインを出した、が、本命のはるかからのサインは無し。つまりはノーサイン。だが、それを知らない相手バッテリーは、ベンチから何かしらのサインが出ていると思い込み、一球大きく外角高めへ外した。

 

『そよ風バッテリー、大きくウエスト。ここは一球様子を見ました。八番バッター香月(こうづき)、送りバントの動きはみせず見送った。ワンボールです』

 

「(なんや、送らんのかいな? まっ、そう簡単にはさせへんけどな!)」

 

 キャッチャーからの返球を受け取り、セットポジションに入る。

 

「送らないの?」

「簡単にバントなんて出来ねーよ」

 

 不規則に変化する高速ナックルを操る阿畑(あばた)にとっては、送りバントはあまり怖くない。

 

「それに、もっと効果的な方法があるからな」

「試合前に言っていた戦略(こと)ね。いつ仕掛けるの?」

「フッ......そう焦るな。楽しみにしていろよ」

 

 香月(こうづき)への第二球目は、やや低めストレート。これに手を出してファール。三球目は低めにアバタボールが外れ、続く四球目は捕球し損ねるも低めのストライクゾーンにアバタボールが決まり、平行カウント。ここで東亜(トーア)が動く。近くでスコアブックをつけるはるかに本命のサインを伝え、自身は空サインを出す。

 

「(おっ、七瀬(ななせ)からサインが出た。六条(ろくじょう)、次行くぞ。オレの合図で走れ)」

「(はい......!)」

 

『ランナーを目で牽制し、セットポジションからピッチャーの足が上がって、五球目を――』

 

「ゴー!」

 

 一塁コーチャーの真田(さなだ)の合図で、ファーストランナーの六条(ろくじょう)がスタートを切った。

 

阿畑(あばた)、走ったぞ!」

「ほいな!」

 

 セカンドの声を聞いて、外角へストレートを外した。そよ風バッテリーも、動いてくるならこの場面と予め予測していた。完全なボール球だが、香月(こうづき)はこれを打ちにいく。バットの先っぽに当て、一塁線へのボテボテのファール。

 

「はぁ、よかった......」

「(ボール球やったのに、よう当てよったな。空振りなら三振ゲッツーやったで)」

「甘いな、アイツ。十中八九仕掛けるのが分かってる場面で、ひとつも殺せねーなんて」

 

 東亜(トーア)が出したサインは、見ての通りランエンドヒット。セオリー通り仕掛けやすい平行カウントであるため、外されることは当然想定済み。この作戦の本命は、相手バッテリーの力量を測るためのもの。確実に“ストレート”で来ると確信して出したサインだった。

 

「よう。どうして、ストレートだったか分かるか?」

「カウント以外の理由ですか?」

 

 瑠菜(るな)の質問に東亜(トーア)は、「当然だろう」と軽く笑ってみせる。

 2-2の平行カウントは、フルカウントにしたくないためストライクゾーンへ投げることが多い。必然的に一番制球しやすい球種でストライクゾーンで勝負してくる確率が高い。だが当然、バッテリーもそれは分かっているため場合によっては、甘いストライクからボールになる変化球を投げることも当然ある。それなのに、東亜(トーア)がなぜ、ストレートを投げてくると確信出来た理由は――。

 

「キャッチャーだ」

「キャッチャーですか?」

 

 そよ風高校のキャッチャーにナインたちは、一斉に目を向けた。そして、元正捕手の近衛(このえ)が一番最初に、ある違和感に気がついた。

 

「あれ? あのキャッチャーのミット、なんかデカくね?」

「え? 確かに言われてみれば、一回りくらい大きいような......」

「あれは野球のキャッチャーミットじゃない。ソフトボール用のキャッチャーミットだ」

 

 不規則に変化するナックルを捕球するための工夫。

 ※アメリカでは正捕手の他に、ナックルボーラー専用の捕手が居て、通常のミットよりも大きいソフトボール用のキャッチャーミットや専用の特注品を使用している捕手が実際にいたりします。

 

「あのキャッチャー、一球前のストライクゾーンに決まった高速ナックルを捕球し損ねた。あれを見たあとは、さすがに続けられない」

 

 阿畑(あばた)は、他にもシュートを投げることも出来るが、太刀川(たちかわ)伊達(だて)と比べると武器になるほどのボールではない。加えてバッターが、八番の香月(こうづき)だったこともストレートを選択した要因のひとつ。ストレートより球威の劣る変化球を下手に投げてタイミングが合ってしまいかねないのを嫌ったためだ。

 

「プロだって通常の緩いナックルを捕球し損ねるんだ。それなのにたかが高校生が、あんなけったいな高速ナックルなんてモンを何十球もミスなく捕球し続けられるワケがない。相当な特訓をしたんだろうな、かなり優秀な壁だ」

「壁って......。もうちょっと言い方ないの?」

 

 歯に衣着せない言い方に理香(りか)が苦言を呈し、ナインたちも若干苦笑いしている。ところが東亜(トーア)は、呆れた様子でタメ息をついた。

 

「分かってねーな、最高の褒め言葉だぞ。だいたいリードなんてもんピッチャーに首を振られりゃ組み立てを変えなきゃならねーこともあるし、要求したコースに投げてくれなければ、良いか悪いか正確には測れねーんだ。けどな、どんなボールでも“絶対に後ろに逸らさない”ってのは素人目に見ても分かりやすい、究極の武器だ。そして投手にとって、これほど心強いものはない」

 

 東亜(トーア)の意見に、瑠菜(るな)とあおいがうなづく。

 

「そうですね。捕ってくれるって信じられれば思い切って投げれられます」

「うん、そうだね」

「名捕手と言われる捕手には、“リードが上手い”、“肩が強い”、“バッティングが良い”と様々なタイプに分類されるが、それらとは別に必ず備えている要素がある。高いキャッチング技術、ブロッキング能力、要するに捕逸(ミス)をしない能力だ」

 

 空振りの三振を奪っても、捕手が後ろへ逸らしてしまえば振り逃げでランナーを出してしまう。ランナーが塁上に居る場合は、先の塁へ進めてしまう。ボールを後ろに逸らすキャッチャーには、投手も思い切って投げれない。特にフォーク等の縦に落ちるボールを投げる時は躊躇してしまう。

 それが正に、一球前のストライクゾーンでの捕球ミス。あれでアバタボールを投げ難くなった結果のストレートだった。

 

「それが鳴海(なるみ)くんにいつも、ショートバウンドやハーフバウンドを捕球する課題を課していた理由に繋がるのね」

「まあな。最初の頃の出口(いでぐち)は、酷かったなー」

 

 どこかなつかしいそうに東亜(トーア)は笑う。

 出口(いでぐち)は、シーズン中盤まで5球に1球の割合で東亜(トーア)のボールを捕り損ねていた。とは言っても、ノーサインにも関わらず回転数と球速を自在に操って投げる東亜(トーア)のピッチングのせいもあったのだけれど。それでも東亜(トーア)のボールを受け続けて来た出口(いでぐち)は、シーズン終盤になると殆ど逸らすことはないほど捕球能力が向上していた。それに加え、東亜(トーア)のピッチングから学んだ“打者心理の読み”と身に付けた“捕球能力”は今も、確実に活きている。

 

『一塁牽制! しかしランナー、足から戻りました』

 

 話している間に、グラウンドでは試合が進んでいた。阿畑(あばた)は一球牽制球を投げ、ファーストから受け取ったボールを両手でこねる。

 

「さてと、マネージャー」

「はい、なんでしょうか?」

「次、“一球待て”ってサインを出せ」

「はい、わかりました」

 

 はるかからサインが伝わり、六球目。今度はバットが届かないほど大きく外角高めへ外した。サイン通り見送り、これでフルカウント。

 

「次、単独スチール」

「ちょっと本気? 六条(ろくじょう)くん、お世辞にも足が速いとは言えないわよ......?」

「心配するな、100パーセント決まるさ。はるか」

「はい、もう出しました」

 

 一塁コーチャーの真田(さなだ)は、ヘルメットのツバに軽く触れていた。それはサインが伝達されたことを物語っている。

 

「(――了解。行くぞ、本気で走れよ?)」

「(はい......!)」

 

『さあ、フルカウントからの七球目。おっとファーストランナー、スタートを切った!』

 

「(低め......のナックル。これは振らない......!)」

 

 香月(こうづき)は見逃し、大きく変化しながらストライクゾーンを通過した。球審の右手が上がる。

 

『バッター、見逃しの三振! これで二桁10個目の三振! しかし、大きく変化したユニークな変化球を捕球するのことでキャッチャーは精一杯、送球は出来ません。盗塁成功で、ツーアウトながら二塁とチャンスが広がりましたーッ!』

 

「悪い、阿畑(あばた)

「ええって、ええって、これでツーアウトやん。パパっと終わらせて、この回も終いや」

「ああ、頼んだぞ」

「任しときーや」

 

 マウンドで笑顔を見せる阿畑(あばた)に一瞬目をやり、東亜(トーア)藤村(ふじむら)を呼びつけて直接指示を出す。

 

「初球、外角低めのストレートを狙え」

「はい、わかりましたっ」

 

 名前がコールされ、九番バッターの藤村(ふじむら)は、左のバッターボックスに立ち、マウンド上の阿畑(あばた)をしっかりと見据えて構える。

 

『マウンド上の阿畑(あばた)、セットポジションから足が上がって、第一球を投げましたー!』

 

「(――来た! 外角低めのストレート......!)」

「あ、あかん――!」

 

 指示通り外角のやや低めに来たストレートを逆らわずに打ち返した。打球はゴロで三遊間を抜けて行く。予め前にレフトは前進していたため、六条(ろくじょう)は三塁でストップ。

 

『ヒット、ヒット! 九番藤村(ふじむら)が繋ぎました! ツーアウト三塁一塁!』

 

「おおっ、繋いだぞ!」

「ナイスバッチ!」

藤堂(とうどう)、お前にストレートは来ない。全球高速ナックルで勝負してくる。今まで通り低めの見逃し三振でも構わない。そのかわり高めに来たらしっかりと振りきれ」

「――はい!」

 

 今日一番のチャンスに盛り上がる恋恋ベンチ。だが東亜(トーア)は既に、試合を決めるための次の策を打っていた。


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