7Game   作:ナナシの新人

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大変お待たせしました。



game50 ~想い~

『打った、ライト前ヒット! 六回裏恋恋高校の攻撃、九番バッター十六夜(いざよい)、一番バッター真田(さなだ)の連打でノーアウト一塁三塁とチャンスを広げましたーッ!』

 

「また、ボール球だったな」と、ネット中継で高見(たかみ)と共にこの観戦中しているトマスが言った通り、真田(さなだ)が打ったのはワンボールからの二球目インコースのボール球のスライダーだった。

 

「上手く拾ったな、気づいたと思うか?」

「おそらくね。でなければ、あんなボール球を強引に打つようなタイプじゃないよ。真田(かれ)も――」

 

 三塁上の瑠菜(るな)を写し出すディスプレイに目を向ける、高見(たかみ)

 

「――瑠菜(るな)ちゃんもね」

「ふーん。六回か、思ったより時間かかったな」

「そうでもないさ。伊達(かれ)も、あれだけ慎重に慎重を重ねて組み立ててきたんだ。むしろ早い方だろう。僕でも、たどり着けたかどうか」

「謙遜するなよ。四回くらいから、うっすらと気づいてたんだろ?」

「まあね。でも画面越しと実戦はさすがに違うからね。あれだけインコースを厳しく攻められれば、数字を見てる余裕もないだろうし。結局のところ自分の打席で見極めるしかない」

「そりゃそうだな。さてと――」

 

 トマスはタブレット端末を操作し、電源をオフにすると、ソファーから立ち上がる。

 

「結果も見えたことだし、練習の前に軽くアップしておくか」

「ああ、行こうか」

 

 トマスのあとに続いて高見(たかみ)も席を立ち、部屋を出た二人は、試合(ナイター)前の全体練習を行うためスタジアムへと向かった。

 

 

           * * *

 

 

『さあ。バッターボックスには前の打席いい当たりながらもレフトライナーだった二番、葛城(かつらぎ)! この打席はどうでしょうか? チャンスをモノにすることが出来るか? それともバッテリーが抑え込むか、まさに試合を左右するターニングポイントですッ!』

 

「(ここに来ての連打か......一点は仕方ないにしても、セカンドにランナーを残して奥居(さんばん)に回されるのはマズイぞ......。しかも――)」

 

 打席の葛城(かつらぎ)を観察していたキャッチャーは、ファーストランナーの真田(さなだ)に視線を移した。

 

「(あのランナーは今大会5-5で盗塁を決めてる。ゲッツー阻止の狙いも入れて絶対に走ってくるだろうな。俺の肩と伊達(だて)のクイックで刺せるか......? いや、ムリだ! 刺すには完璧なクイックで全力で外したストレートをストライク送球でセカンドへ投げるしかない。それでも刺せるかどうか......)」

 

 今度は、伊達(だて)に目を移す。

 

「(平気な顔して逆球を投げるからな、伊達(コイツ)も。そもそも外すにしてもいつ走ってくるかもわかんねーし)」

 

 最悪の状況は、盗塁を警戒し過ぎてカウントを悪くし、ストライクを取りにいったところを狙われ、ワンアウトも取れずにポイントゲッターの奥居(おくい)へ回してしまうこと。

 

「(走られたらしゃーない。牽制入れつつ、とにかく一個アウト取るぞ。当然スクイズにも警戒な)」

 

 伊達(だて)もキャッチャーの考えに素直に頷き、サード、ファーストもスクイズに備える。しかし、その思考は虚しくも叶わなかった。

 

葛城(かつらぎ)、肘をたたみインコース高めのストレートを上手く逆方向へおっつけた! ふらふらっと上がった打球はセカンドの後方ライトの......前へポトリと落ちた! 三塁本塁間(さんぽんかん)で打球の行方を確認していた十六夜(いざよい)、今生還二点目! そして――』

 

 ライトからの返球、ホームはクロスプレー。球審は両手を水平に伸ばした。

 

「セーフ、セーフッ!」

 

『セーフです! 投球と同時にスタートを切っていたファーストランナー真田(さなだ)、迷うことなくサードベースを蹴り、ワンヒットで一塁からホームへと還ってきました。そして打った葛城(かつらぎ)も、ホームへの送球の間に二塁を落とし入れていている、まさに隙のない攻撃ッ! リードを三点とし、依然としてノーアウト二塁。ここまで好投していた伊達(だて)に、強力恋恋打線が襲いかかりますーッ!』

 

 ユニフォームに付いた砂を払い落としながらベンチへ戻ってくる真田(さなだ)を全員で出迎える。

 

「ナイスラーン」

「おう、サンキュー!」

「けど、あんな無理しなくても。オイラが、ゆっくり歩いて帰らせてやったのに」

「今のも結構ダメージデカいだろ?」

「そうみたいだな。さてと、行ってくるぞー!」

 

 ネクストバッターの奥居(おくい)とハイタッチをしてベンチに戻った真田(さなだ)は、ナインたちとタッチを交わし、自分のスペースに腰を落ち着ける。そこへ鳴海(なるみ)が声をかけにきた。

 

「今のよく走ったね。ハーフで様子をみると思ったよ」

「ああいう詰まった当たりって結構外野の前に落ちるんだ。それも意外に伸びたり、思ったより伸びなかったりして打球判断も難しくってさ。まあ外野手になって初めて分かったことなんだけど」

 

 真田(さなだ)の無謀とも思えた走塁は、元々内野手の経験からセカンドもライトも追い付けないと判断してのスタートだった。それに関願のライトは、秋にエースナンバーを背負っていた急造のライト。自身の経験から打球判断が遅れるのも確信していたことも決めてのひとつだった。

 

「けど、よく気づいたな。伊達(あいつ)の弱点――」

「うん、まあ、確信したのはついさっきだったけどね」

 

 マウンドに集まっていた関願内野陣が各々のポジションに戻っての初球は、右のバッターボックスに立つ奥居(おくい)の顔の近くを通過するストレート。奥居(おくい)は、大きく仰け反ることもなく平然と見送った。

 そして二球目、インコースのボールゾーンからストライクゾーンギリギリに入ってくるスライダーを意図も簡単に弾き返した。

 

『――ホームラーンッ! 奥居(おくい)、難しいコースの変化球をレフトスタンド中段まで持っていきましたー! そして、あかつき大附属の七井(なない)と並ぶ今大会5本目のホームランは、勝利をグッと手繰り寄せる特大のツーランホームラン! その差を五点と広げましたーッ! 応援スタンドから大歓声が沸き起こっていますッ! これぞ、まさに野球の醍醐味!』

 

 予告通りホームランを打った奥居(おくい)は、大歓声のなか悠然とダイヤモンドを一周。

 

「マジでホームラン打ちやがったぞ」

「さすがだね、奥居(おくい)くん。頭付近に来た直後に、あんな簡単に打つなんて」

「それにしても、ずいぶん飛んだな。鳴海(おまえ)の言った通り」

 

 そう。これこそがどんなバッターにもインコースを執拗に攻め立て、制球難を演じてまで隠し通してきた、伊達(だて)最大の弱点――球威がない。

 

「で、なんで分かったんだ? あんまり速くないって」

「前の打席さ。俺、打ち上げないようにただ合わせただけだったんだ。でも思った以上に速い打球が抜けていった。奥居(おくい)くんと矢部(やべ)くんの打席でもアウトローを簡単に引っ張っていたから、もしかしたらって思って」

 

 実は、伊達(だて)のストレートは最速でも130km/hに満たない。入学したてで、まだ体の出来上がっていない一年生としては上出来な数値とも言えなくはないが、平均球速140km/h近い数値を出せる上級生を抑えてまでエースナンバーを背負える数値ではない。

 それを補う能力(チカラ)こそが、伊達(だて)のピッチングスタイルの生命線である制球力だった。

 わざと頭付近や体に当たりそうなインコースを攻め、バッターの腰を引かせて、自分のバッティングをさせない。同時にインコースを続けてのアウトコース。その逆もしかり、視線を一方へ集めることで逆方向への視野を狭める効果も狙って、ストライクゾーンをめいっぱい使ったピッチング。これこそが球威のなさを補うために辿り着いたピッチングスタイルだった。

 しかし、制球力を重視するあまり元々低い球威を更に落とす皮肉な結果にもなっていた。

 

『おーっと、これもいったーッ! チームの主砲四番甲斐(かい)奥居(おくい)に続いた! 二者連続のホームラン! その差を6点と広げます!』

 

「(これで折れたかな? それにしても――)」

 

 思惑通り確実にリードを広げていく最中、鳴海(なるみ)はあること思っていた。

 

 ――もし伊達(だて)が、あと二年、生まれてくるのが早かったら危なかったかも知れない、と。

 

 

           * * *

 

 

「......すみません、もう無理です。降ります」

 

 甲斐(かい)にはボール球をホームランにされ、抑えていた矢部(やべ)にはストレートのフォアボールを与えてしまった。

 ストライクゾーンで勝負できる球威はない、ボール球も簡単に見切られてる。もう自分のピッチングが通用しないと悟った伊達(だて)は、マウンド上で両膝に手をついて、自らマウンドを降りる意思を告げた。そんな伊達(だて)に、キャッチャーは小さくタメ息をついた。

 

「まあ、いずれこうなるんじゃないかとは思ってたさ。お前、ボール球投げすぎ」

「............」

 

 黙りこんで反応を示さない。だが、キャッチャーはそのまま話を続けた。

 

「本当は、コントロールがいいことも知ってる」

「――えっ?」

 

 不甲斐ないピッチングに叱責されると思い込んでいた伊達(だて)が顔をあげる。そこへ内野陣も集まってきた。

 

「ど、どうして、それを――?」

「あんまり俺たちを見くびんなよ。お前がどんだけ努力してるかなんて知ってるっての」

「そうだぜ。グラウンド整備が終わったあとの校舎裏とか。休みの日でも河川敷で壁を相手に、いつもひとりで投げ込んでただろ?」

 

「ドンマイ! まずひとつ取れー!」と、ライトから励ましの声をかける元エースに内野陣は顔を向ける。

 

「アイツもさ。納得した上で、自分から外野手(ライト)に回るって監督に進言したんだ。お前に、エースナンバーを託したんだよ。だから、もうダメだなんて簡単に口にするな! 打たれたって誰も文句なんて言わねぇよ。まあアイツらは知らねぇーけど」

 

 キャッチャーの視線の先には、ベンチで既に諦めムードを漂わせている事情を知らない二年生たちの姿。監督は、この状況に動じる様子もなく、腕を組んで、ただただ戦況を見守っている。

 

「俺たちは、お前が三年になる二年後に賭けたんだ。本気で甲子園を狙えるって信じてな」

「君たち、もういいかね?」

 

 球審が促しに来た。

 

「あ、はい、すみません。すぐに戻ります」

「うむ」

 

 球審が戻り、内野陣も戻っていく。

 キャッチャーも、伊達(だて)の胸にミットを押し付け、「最後まで自分を貫け」と激励の言葉を伝えて戻っていった。

 

「(なに言ってるんだ? この人たち......)」

 

 伊達(だて)は足場を慣らし、セットポジションに入る。

 

「プレイ」

 

 球審のコール、サイン交換。目で矢部(やべ)を牽制し、モーションを起こした。鳴海(なるみ)への初球は、ボール。続く二球目、三球目もボール。そして――。

 

『フォアボール! 二者連続のフォアボール。うーん、ピリッとしません!』

 

 最後は敬遠ぎみに鳴海(なるみ)を歩かせ、七番芽衣香(めいか)との勝負を選択。

 

「(......ったく、どいつもこいつも好き勝手言いやがって。託される身にもなれよ。もっと早く言えってんだ。そうすれば、この試合――)」

 

 サインに頷き、セットポジションから投球モーションに入る。

 

「(もっとやりようがあったってのに......よッ!)」

「ストライークッ!」

 

『指にかかったストレート! インコース高めギリギリに決まったー!』

 

 二球目も同じくインコース、今度は食い込んでいくシュート。窮屈なスイングしいられ、サード方向へのぼてぼてのファール。

 

「(......二球目続けていいところに来たわね。悔しいけど、葛城(かつらぎ)みたいにインコースを捌けないあたしにはアウトコースはないわ......)」

 

 バッターボックスを外した芽衣香(めいか)は、右の胸に一瞬手を当ててバントのサインを出しバッターボックスに戻る。ランナーの矢部(やべ)鳴海(なるみ)は、なにもアクションを見せない。当然サインは伝わっているが、それを見破られないためのポーカーフェイス。

 

『さあ。二球で追い込んでからの三球目、バッテリーはなにを選択するのでしょーカ?』

 

 三球目はインコースを待っていた芽衣香(めいか)の裏をかいた、アウトコースのスライダー。

 

「――ちょっ......あっ!」

 

 なんとかバットに当てるもファースト方向へのファール、スリーバント失敗。

 

「ファール! バッターアウト!」

「ああ~んっ、やられたーっ」

「オッケー! ワンナウトー!」

 

『今日の試合は三打数一安打、前の打席は痛烈なピッチャーライナー。そしてこの二人、シニアでは同じチームメイト同士だったそうです。この対決も注目してまいりましょーっ!』

 

 片倉(かたくら)は、初球アウトコースのストレートを上手く合わせた。打球はレフトライン際へのファール。

 

「ふぅ......よし!」

「(片倉(かたくら)......中学(シニア)じゃ考え過ぎて伸び悩んでいたけど、正直、ここまで急激に伸びるとは思わなかった。さっきはインサイドのスライダーを上手く拾われた、だけど苦手なボールはそう簡単には変わらないだろ......!)」

 

 二球目、ピッチャーライナーに打ち取られたインコース低め膝元へスライダーを空振った。

 

「(......くそ、前の打席よりも鋭く曲がった。外、内......次はなんだ?)」

「(よっしゃ、追い込んだ。この点差だ、盗塁とバントはないと思うけど一球外すか?)」

「(いや、ここは球数的にも早めにツーアウトを取っておきたい)」

 

 ウエストのサインに首を振った伊達(だて)は、二度目のサインに頷いて投球モーションに入る。選択したのは、一球前よりも低いインコースのスライダー。

 

「(――スライダー!?)」

 

『バッテリー、スライダーを続けた! 空振り三振ー! ツーアウト!』

 

「すみません......」

「今のは仕方ないわ」

 

 悔しそうにベンチへ戻る片倉(かたくら)と入れ替わりで、瑠菜(るな)がバッターボックスへ。

 

『この回二度目のバッターボックスに十六夜(いざよい)瑠菜(るな)が入ります! 彼女のバットからビックイニングを作りました! この打席はどうでしょーか?』

 

「――くっ!」

「ボール、フォアボール!」

 

『フォアボールです! 十六夜(いざよい)瑠菜(るな)、七球粘ってフォアボールをもぎ取りました!』

 

「ドンマイ! 次で取ればいい!」

 

 キャッチャーの鼓舞に頷いた伊達(だて)だったが、慎重に慎重を重ね初回から多くの球数を投げてきた彼の体力はもう限界に近づいていた。

 そして、二死満塁で一番バッターの真田(さなだ)。追い込まれてから初回にサードライナーに打ち取られたのと同じアウトコースへ逃げるシュート。しかし疲れの影響から曲がりきらず甘めのコースへ、それを完璧に左中間へと弾き返した。

 

「――やられた! 急げーッ!」

 

『ツーアウトのため、バットに当たった瞬間自動的にスタートを切った矢部(やべ)鳴海(なるみ)が続けてホームに帰ってきた! 八点目!』

 

「ストップです!」

「――いえ、行くわ!」

「えっ! 先輩っ!?」

 

『おっと! ファーストランナーの十六夜(いざよい)、サードコーチャー藤堂(とうどう)の制止を振りきってサードベースを蹴ったー! しかし、これは――』

 

 レフトからショートを中継してバックホーム。瑠菜(るな)がホームベースに到達する前にキャッチャーに届いた。滑り込んで来たところを確実にタッチ。

 

『クロスプレー、判定はアウトです! 十六夜(いざよい)果敢に攻めましたが、ここは連携が勝りました、ホームタッチアウト! これでスリーアウトチェンジ。しかし、この回一挙七点を奪いました!』

 

 アウトになったとは言え、8対0。七回コールドの七点以上を差つけた。次の回を1失点以内に抑えればコールド勝ち。なのだが――。

 

瑠菜(るな)ちゃん、大丈夫?」

「ええ、平気よ」

 

 休憩もほとんどなしにマウンドへ向かう準備をする瑠菜(るな)に、鳴海(なるみ)は心配そうに声をかけたが、瑠菜(るな)は気丈に振るまう。

 

「それより準備しなくていいの?」

「あ、うん。すぐに済ますよ」

「そう。じゃあ先に行くから。新海(しんかい)くん、お願い」

「はい!」

 

 新海(しんかい)を連れて、グラウンドへ走っていった。

 

鳴海(なるみ)くん」

「わかってます」

 

 理香(りか)が今、言わんとしていることは鳴海(なるみ)も分かっていた。それを確かめるため急いでプロテクターを着けグラウンドへ走る。新海(しんかい)と代わって、瑠菜(るな)のボールを受ける。短いイニング間の投球練習が終わり七回表の守備。

 

『七回表関願高校の攻撃は、三番伊達(だて)からの打順です! この回二点以上奪うことができなければコールドゲームが成立します! 大事な先頭バッター、塁にでられるでしょーか?』

 

瑠菜(るな)、本当に大丈夫かな?」

「さあ、どうでしょう? 本人は平気と言っていましたけど......」

 

 制止を振りきっての暴走を目の当たりにした、あおいとはるかが心配する。そして、その予感は的中してしまった。初球、低めに構えたミットとは正反対の高めにストレートが抜けた。伊達(だて)は失投を見逃さず、センターオーバーフェンスダイレクトのツーベースヒットを打ち、いきなり得点圏への出塁を許してしまった。

 

「(くそ、今の手応えでフェンスを越えないのか。まだ、ボールに力があるのか? いや、原因は俺の疲れか)」

 

 セカンドベース上で肘あてをチームメイトに託し、上がった息を整える。その間にタイムを要求した鳴海(なるみ)は、瑠菜(るな)に声をかけにいった。

 

瑠菜(るな)ちゃん」

「ちょっと(りき)んだけよ」

「......そう、わかったよ。点差あるからね」

「ええ、わかってるわ」

 

 鳴海(なるみ)は戻り、瑠菜(るな)はプレーを外したまま指先でロジンを触る。

 

『ノーアウトのランナーをスコアリングポジションに置いて四番を迎えます。ここで一発が出れば、ひとまずコールドゲームを回避できます。しかし、ここまで全打席三振とまったくタイミングがあっていません』

 

「(この回のコールドなんてどうだっていい。監督......!)」

 

 ――わかってるわ、と理香(りか)は頷いた。鳴海(なるみ)も頷き返し、サインを出してボールゾーンへミットを構える。

 

「(......マズイ!? 真ん中――)」

 

『空振り、ど真ん中のストレートで空振りを奪いました! やはりタイミングが合わないのか?』

 

「クソッ!」

 

 今日一番甘いボールも仕留め損ね、悔しそうに歯を食いしばる。

 

「(......危なかった、さすがに持っていかれたかと思った。いくら点差があるって言っても、やっぱり四番の一発はチームも球場の雰囲気を一変させる。タイムアップのない野球じゃ何点リードしていても、最後のスリーアウト目を取るまでひっくり返される可能性があるんだから)」

 

 立ち上がりボールを瑠菜(るな)へ投げ返し、ブルペンを見る。ブルペンでは近衛(このえ)新海(しんかい)を相手に肩を作っている。

 

「(......ブルペンの準備は進んでる。とにかく、今出来ることを考えないと)」

 

 鳴海(なるみ)は、またアウトコースへ構えた。瑠菜(るな)はサインに頷いて、セットポジションに入る。今度も空振りを奪う。四番を初回と同じく二球で追い込んだ。理想的な形で追い込んだバッテリーは勝負に行った。

 

『三球勝負! そして、またもやストレート!』

 

「――伊達(だて)、走れーッ!」

「――ッ!?」

 

 伊達(だて)がスタートを切る。そして叫んだ四番は、バットを横に寝かせた。七回表八点差、あと三つアウトを取られたらコールドゲームが成立する場面で、チームの主砲がプライドを捨ててバントの構えを見せる。

 

「(ダセェ......情けねぇ。だけど、バントならタイミングはいらねぇ......来たボールに当てりゃあいい......!)」

 

 きっちりバントした打球は、やや強い当たりでピッチャー前へと転がった。

 

「任せて!」

瑠菜(るな)ちゃん、ファーストでいいからね」

「ええっ、あっ......!」

 

 すばやい反応でマウンドを降りて拾ったボールを、瑠菜(るな)は落としてしまった。慌てて拾い直すも間に合わずオールセーフ。

 

『四番のまさかのバントに動揺したのか、ピッチャー十六夜(いざよい)のエラー! ノーアウト三塁一塁とチャンスが広がりました!』

 

「ふぅ、タイムお願いします!」

「うむ、タイム!」

 

 タイムを要求した鳴海(なるみ)は、マウンドへ走る。

 

瑠菜(るな)ちゃん」

「ごめんなさい、ちょっと握り損ねたわ」

 

 背中を向けようとする瑠菜(るな)に、鳴海(なるみ)はミットを外した左手を差し出した。

 

「なに?」

「握手」

「......そんなことしている場合かしら?」

 

 手を出そうとしない瑠菜(るな)の左手を半ば強引に取った。

 

「離して欲しかったら、思いきり握って」

「......んっ」

 

 力を入れて握り返す。

 

「やっぱりね、だと思ったよ。だから走ったんだね。あの回で決めたかったんだ」

「......ええ、そうよ」

 

 ばつが悪そうに顔を背ける。そこへナインが集まってきた。

 

「ちょっとちょっと、どうしたのよ?」

「握力の限界、もう投げるのは難しい」

 

 芽衣香(めいか)の疑問に鳴海(なるみ)が答えると、みんな納得した顔をした。

 

「そっか、まあそりゃそうだな。今日の瑠菜(るな)ちゃん、なんか妙に飛ばしてたしな」

「むしろよくここまで抑えてくれた」

「だな、おつかれさん」

「てゆーか、あんた、いつまで瑠菜(るな)の手握ってんのよ」

「え? あっ、ごめん!」

「別に構わないわ」

 

 慌てて瑠菜(るな)の手を離す。

 

「まったく、帰りに刺されても知んないんだから」

「怖いこと言わないでよ、芽衣香(めいか)ちゃん。洒落にならないんだから、いや、マジで......」

 

 本気で怯える鳴海(なるみ)に、ピンチにも関わらずみんな笑い合った。

 

『恋恋高校、選手の交代をお知らせします。十六夜(いざよい)さんに代わりまして――』

 

 交代を告げられ、マウンドを降りてベンチへ戻っていく瑠菜(るな)に、スタンドからは好投を称える大きな拍手と声援が送られた。

 そして、彼女のマウンドを受け継いだ近衛(このえ)は、独特のツーシームでインコースを打たせ、ダブルプレーの間に一点を返されたもののラストバッターをきっちりと抑えて8対1。七回コールドでこの試合(ゲーム)を締めくくった。

 

 


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