『打った、ライト前ヒット! 六回裏恋恋高校の攻撃、九番バッター
「また、ボール球だったな」と、ネット中継で
「上手く拾ったな、気づいたと思うか?」
「おそらくね。でなければ、あんなボール球を強引に打つようなタイプじゃないよ。
三塁上の
「――
「ふーん。六回か、思ったより時間かかったな」
「そうでもないさ。
「謙遜するなよ。四回くらいから、うっすらと気づいてたんだろ?」
「まあね。でも画面越しと実戦はさすがに違うからね。あれだけインコースを厳しく攻められれば、数字を見てる余裕もないだろうし。結局のところ自分の打席で見極めるしかない」
「そりゃそうだな。さてと――」
トマスはタブレット端末を操作し、電源をオフにすると、ソファーから立ち上がる。
「結果も見えたことだし、練習の前に軽くアップしておくか」
「ああ、行こうか」
トマスのあとに続いて
* * *
『さあ。バッターボックスには前の打席いい当たりながらもレフトライナーだった二番、
「(ここに来ての連打か......一点は仕方ないにしても、セカンドにランナーを残して
打席の
「(あのランナーは今大会5-5で盗塁を決めてる。ゲッツー阻止の狙いも入れて絶対に走ってくるだろうな。俺の肩と
今度は、
「(平気な顔して逆球を投げるからな、
最悪の状況は、盗塁を警戒し過ぎてカウントを悪くし、ストライクを取りにいったところを狙われ、ワンアウトも取れずにポイントゲッターの
「(走られたらしゃーない。牽制入れつつ、とにかく一個アウト取るぞ。当然スクイズにも警戒な)」
『
ライトからの返球、ホームはクロスプレー。球審は両手を水平に伸ばした。
「セーフ、セーフッ!」
『セーフです! 投球と同時にスタートを切っていたファーストランナー
ユニフォームに付いた砂を払い落としながらベンチへ戻ってくる
「ナイスラーン」
「おう、サンキュー!」
「けど、あんな無理しなくても。オイラが、ゆっくり歩いて帰らせてやったのに」
「今のも結構ダメージデカいだろ?」
「そうみたいだな。さてと、行ってくるぞー!」
ネクストバッターの
「今のよく走ったね。ハーフで様子をみると思ったよ」
「ああいう詰まった当たりって結構外野の前に落ちるんだ。それも意外に伸びたり、思ったより伸びなかったりして打球判断も難しくってさ。まあ外野手になって初めて分かったことなんだけど」
「けど、よく気づいたな。
「うん、まあ、確信したのはついさっきだったけどね」
マウンドに集まっていた関願内野陣が各々のポジションに戻っての初球は、右のバッターボックスに立つ
そして二球目、インコースのボールゾーンからストライクゾーンギリギリに入ってくるスライダーを意図も簡単に弾き返した。
『――ホームラーンッ!
予告通りホームランを打った
「マジでホームラン打ちやがったぞ」
「さすがだね、
「それにしても、ずいぶん飛んだな。
そう。これこそがどんなバッターにもインコースを執拗に攻め立て、制球難を演じてまで隠し通してきた、
「で、なんで分かったんだ? あんまり速くないって」
「前の打席さ。俺、打ち上げないようにただ合わせただけだったんだ。でも思った以上に速い打球が抜けていった。
実は、
それを補う
わざと頭付近や体に当たりそうなインコースを攻め、バッターの腰を引かせて、自分のバッティングをさせない。同時にインコースを続けてのアウトコース。その逆もしかり、視線を一方へ集めることで逆方向への視野を狭める効果も狙って、ストライクゾーンをめいっぱい使ったピッチング。これこそが球威のなさを補うために辿り着いたピッチングスタイルだった。
しかし、制球力を重視するあまり元々低い球威を更に落とす皮肉な結果にもなっていた。
『おーっと、これもいったーッ! チームの主砲四番
「(これで折れたかな? それにしても――)」
思惑通り確実にリードを広げていく最中、
――もし
* * *
「......すみません、もう無理です。降ります」
ストライクゾーンで勝負できる球威はない、ボール球も簡単に見切られてる。もう自分のピッチングが通用しないと悟った
「まあ、いずれこうなるんじゃないかとは思ってたさ。お前、ボール球投げすぎ」
「............」
黙りこんで反応を示さない。だが、キャッチャーはそのまま話を続けた。
「本当は、コントロールがいいことも知ってる」
「――えっ?」
不甲斐ないピッチングに叱責されると思い込んでいた
「ど、どうして、それを――?」
「あんまり俺たちを見くびんなよ。お前がどんだけ努力してるかなんて知ってるっての」
「そうだぜ。グラウンド整備が終わったあとの校舎裏とか。休みの日でも河川敷で壁を相手に、いつもひとりで投げ込んでただろ?」
「ドンマイ! まずひとつ取れー!」と、ライトから励ましの声をかける元エースに内野陣は顔を向ける。
「アイツもさ。納得した上で、自分から
キャッチャーの視線の先には、ベンチで既に諦めムードを漂わせている事情を知らない二年生たちの姿。監督は、この状況に動じる様子もなく、腕を組んで、ただただ戦況を見守っている。
「俺たちは、お前が三年になる二年後に賭けたんだ。本気で甲子園を狙えるって信じてな」
「君たち、もういいかね?」
球審が促しに来た。
「あ、はい、すみません。すぐに戻ります」
「うむ」
球審が戻り、内野陣も戻っていく。
キャッチャーも、
「(なに言ってるんだ? この人たち......)」
「プレイ」
球審のコール、サイン交換。目で
『フォアボール! 二者連続のフォアボール。うーん、ピリッとしません!』
最後は敬遠ぎみに
「(......ったく、どいつもこいつも好き勝手言いやがって。託される身にもなれよ。もっと早く言えってんだ。そうすれば、この試合――)」
サインに頷き、セットポジションから投球モーションに入る。
「(もっとやりようがあったってのに......よッ!)」
「ストライークッ!」
『指にかかったストレート! インコース高めギリギリに決まったー!』
二球目も同じくインコース、今度は食い込んでいくシュート。窮屈なスイングしいられ、サード方向へのぼてぼてのファール。
「(......二球目続けていいところに来たわね。悔しいけど、
バッターボックスを外した
『さあ。二球で追い込んでからの三球目、バッテリーはなにを選択するのでしょーカ?』
三球目はインコースを待っていた
「――ちょっ......あっ!」
なんとかバットに当てるもファースト方向へのファール、スリーバント失敗。
「ファール! バッターアウト!」
「ああ~んっ、やられたーっ」
「オッケー! ワンナウトー!」
『今日の試合は三打数一安打、前の打席は痛烈なピッチャーライナー。そしてこの二人、シニアでは同じチームメイト同士だったそうです。この対決も注目してまいりましょーっ!』
「ふぅ......よし!」
「(
二球目、ピッチャーライナーに打ち取られたインコース低め膝元へスライダーを空振った。
「(......くそ、前の打席よりも鋭く曲がった。外、内......次はなんだ?)」
「(よっしゃ、追い込んだ。この点差だ、盗塁とバントはないと思うけど一球外すか?)」
「(いや、ここは球数的にも早めにツーアウトを取っておきたい)」
ウエストのサインに首を振った
「(――スライダー!?)」
『バッテリー、スライダーを続けた! 空振り三振ー! ツーアウト!』
「すみません......」
「今のは仕方ないわ」
悔しそうにベンチへ戻る
『この回二度目のバッターボックスに
「――くっ!」
「ボール、フォアボール!」
『フォアボールです!
「ドンマイ! 次で取ればいい!」
キャッチャーの鼓舞に頷いた
そして、二死満塁で一番バッターの
「――やられた! 急げーッ!」
『ツーアウトのため、バットに当たった瞬間自動的にスタートを切った
「ストップです!」
「――いえ、行くわ!」
「えっ! 先輩っ!?」
『おっと! ファーストランナーの
レフトからショートを中継してバックホーム。
『クロスプレー、判定はアウトです!
アウトになったとは言え、8対0。七回コールドの七点以上を差つけた。次の回を1失点以内に抑えればコールド勝ち。なのだが――。
「
「ええ、平気よ」
休憩もほとんどなしにマウンドへ向かう準備をする
「それより準備しなくていいの?」
「あ、うん。すぐに済ますよ」
「そう。じゃあ先に行くから。
「はい!」
「
「わかってます」
『七回表関願高校の攻撃は、三番
「
「さあ、どうでしょう? 本人は平気と言っていましたけど......」
制止を振りきっての暴走を目の当たりにした、あおいとはるかが心配する。そして、その予感は的中してしまった。初球、低めに構えたミットとは正反対の高めにストレートが抜けた。
「(くそ、今の手応えでフェンスを越えないのか。まだ、ボールに力があるのか? いや、原因は俺の疲れか)」
セカンドベース上で肘あてをチームメイトに託し、上がった息を整える。その間にタイムを要求した
「
「ちょっと
「......そう、わかったよ。点差あるからね」
「ええ、わかってるわ」
『ノーアウトのランナーをスコアリングポジションに置いて四番を迎えます。ここで一発が出れば、ひとまずコールドゲームを回避できます。しかし、ここまで全打席三振とまったくタイミングがあっていません』
「(この回のコールドなんてどうだっていい。監督......!)」
――わかってるわ、と
「(......マズイ!? 真ん中――)」
『空振り、ど真ん中のストレートで空振りを奪いました! やはりタイミングが合わないのか?』
「クソッ!」
今日一番甘いボールも仕留め損ね、悔しそうに歯を食いしばる。
「(......危なかった、さすがに持っていかれたかと思った。いくら点差があるって言っても、やっぱり四番の一発はチームも球場の雰囲気を一変させる。タイムアップのない野球じゃ何点リードしていても、最後のスリーアウト目を取るまでひっくり返される可能性があるんだから)」
立ち上がりボールを
「(......ブルペンの準備は進んでる。とにかく、今出来ることを考えないと)」
『三球勝負! そして、またもやストレート!』
「――
「――ッ!?」
「(ダセェ......情けねぇ。だけど、バントならタイミングはいらねぇ......来たボールに当てりゃあいい......!)」
きっちりバントした打球は、やや強い当たりでピッチャー前へと転がった。
「任せて!」
「
「ええっ、あっ......!」
すばやい反応でマウンドを降りて拾ったボールを、
『四番のまさかのバントに動揺したのか、ピッチャー
「ふぅ、タイムお願いします!」
「うむ、タイム!」
タイムを要求した
「
「ごめんなさい、ちょっと握り損ねたわ」
背中を向けようとする
「なに?」
「握手」
「......そんなことしている場合かしら?」
手を出そうとしない
「離して欲しかったら、思いきり握って」
「......んっ」
力を入れて握り返す。
「やっぱりね、だと思ったよ。だから走ったんだね。あの回で決めたかったんだ」
「......ええ、そうよ」
ばつが悪そうに顔を背ける。そこへナインが集まってきた。
「ちょっとちょっと、どうしたのよ?」
「握力の限界、もう投げるのは難しい」
「そっか、まあそりゃそうだな。今日の
「むしろよくここまで抑えてくれた」
「だな、おつかれさん」
「てゆーか、あんた、いつまで
「え? あっ、ごめん!」
「別に構わないわ」
慌てて
「まったく、帰りに刺されても知んないんだから」
「怖いこと言わないでよ、
本気で怯える
『恋恋高校、選手の交代をお知らせします。
交代を告げられ、マウンドを降りてベンチへ戻っていく
そして、彼女のマウンドを受け継いだ