7Game   作:ナナシの新人

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game5 ~結末~

 七回の表、四番鳴海(なるみ)の反撃の一打で10点差まで追い上げた。

 しかしまだ、七回コールドゲーム圏内。あと四点奪うことが出来れば、次の守備に望みを繋げることが出来る。東亜(トーア)は続く五番、葛城(かつらぎ)を呼びつけ直接指示を与えた。

 

「一球ストライク取られるまで待って、セーフティバントの構えを見せてやれ。あとは突っ立ってりゃいい」

 

 やや戸惑いながら頷いた葛城(かつらぎ)は、バッターボックスへ向かう。指示が終わるのを待っていた理香(りか)はさっそく、鳴海(なるみ)の打席について尋ねる。

 

「どうして、球種とコースがわかったの?」

 

 会話が届かない遠い者たちが大声でバッターへ声援を送る中、実際に指示を受け、見事ホームランを打った鳴海(なるみ)本人を含めた近くに座る選手たちも顔と耳を傾けている。

 

「おい、三番打ってるヤツ」

「おいらっすけど」

 

 三番バッターの奥居(おくい)が、挙手。

 

「お前の打席の球種は、シンカー、ストレート、スライダー、ストレート、フォーク。ボール、ファウル、ストライク、ボール。そして、高めに抜けたフォークをショートライナー。二球目のストレート、ボール球だっただろ」

「は、はい」

 

 スコアブックも見ずに言い当てられた奥居(おくい)は、目を丸くして頷く。

 

「それが、どうしたの?」

「簡単なことさ。アイツ――」

 

 マウンドの星井(ほしい)をアゴで指す。ちょうど打席結果が出たところだった。結果は、打者有利の3-1から高めのストレートを見送りフォアボールを選んだ。バットを置いて一塁へ向かう葛城(かつらぎ)も、鳴海(なるみ)と同じく指示を守り、一度セーフティバントの構えを見せただけで、後は一度もバットを振ることなく出塁していた。

 

「メンタルが弱いんだ」

「え......ええーっ!?」

 

 話しを聞いていた全員が、揃って声を上げた。

 今まで散々苦しめられてきた投手が精神的に脆いと聞いて、選手たちは戸惑いと驚きを隠せない。

 

「だ、だけど俺たち、スバルに6回まで完全試合を......」

「崩れるのには一定の条件があるのさ。この回先頭のメガネがエラーで出塁した際、取り立てて大きなリードをとってないにも関わらず、落ち着きなく二度も連続で牽制球を投げた。そして、キャッチャーの指示を無視して、二塁へ送球。結果は、フィルダースチョイス。そこで確信した。アイツは、ランナーがスコアリングポジションに行くことを極端に嫌っている、とな」

 

 星井(ほしい)は、ピンチの場面を苦手としていた。それを裏付けるように、三振こそ二桁の11個取っていたが。たとえ二球で追い込んでも度々サインに首を振り、安易に三球勝負へは行かず、必ず一球外し(釣り球も含む)丁寧に勝負球を低めへと投げ込んでいた。しかし、スコアリングポジションにランナーを背負うと一転突如制球を乱し、ストライクとボールが極端になってしまっていた。

 

「思うようにボールが行かない中、三番相手に唯一構えたところへ投げられたのがスライダーだったのさ」

 

 奥居(おくい)を打ち取り、ダブルプレーで切り抜けられる状況になったバッテリーは、低めへの投球で内野ゴロを狙う。しかし、思うようにストライクは入らず、スリーボールにはしたくない。そこで、唯一狙い通りストライクを取れたスライダーを選択した。

 

「お前、もし俺が指示しなかったらこう思ったんじゃないか? 最悪でもランナー進める」

 

 東亜(トーア)のこの言葉で、鳴海(なるみ)は気がついた。

 

「......そうか、だから外だったんだ!」

「どういうこと? 鳴海(なるみ)くん」

「俺が左打ちだからだよ。たぶん、あおいちゃんや芽衣香(めいか)ちゃんが相手なら、バッテリーは内角のスライダーを選択していた」

 

 自身の意図を理解した鳴海(なるみ)に、東亜(トーア)は小さく笑みを浮かべる。

 

「そう。左打ちにとって内角は引っ張るのに最適。だからあの場面は、外から入ってくるスライダーしかなかったんだ」

「(そんな些細なことから......これが伝説の勝負師、渡久地(とくち)東亜(トーア)の読みなの......?)」

「さてと、次だ」

 

 東亜(トーア)は、六番バッター近衛(このえ)を呼び寄せ指示を与える。右打席で構えた近衛(このえ)は、タイミングを逃さないようにしっかりとピッチャーを見据える。フォアボールのランナーを背負った星井(ほしい)はランナーを警戒して、近衛(このえ)への初球――。

 

「タイム!」

「えっ!?」

 

 足を上げた直後の近衛(このえ)のタイム要求に、星井(ほしい)はモーションを途中で止めてしまった。球審は手を広げ、セカンドベースを指す。

 

「ボーク! テイクワンベース」

 

 投手は、投球モーションに入ったあと止めていけない。違反した場合投球はボークとなる。因みに投球モーションに入ったあとタイムを要求しても、球審が認めない限りタイムは認められない。

 

「はっはっは、相当動揺してるな、アイツ。こんな初歩的な手に引っ掛かるなんて」

「スバル......」

 

 パワフル高校の内野陣がマウンドに集まり、ベンチから伝令が走る。袖で額の汗をぬぐって呼吸を整える、星井(ほしい)

 

星井(ほしい)、大丈夫か?」

「あ、ああ......ごめん。今ので、頭は冷えたよ」

「ベンチの指示は?」

 

 東條(とうじょう)は、伝令に指示の内容を話すように促す。

 

「あ、悪い。点差はあるから、ランナーは無視でいいって。先ずは、ストライクをひとつ取ること」

「わかった」

 

 伝令はベンチへ戻り、内野も元のポジションへ散る。仕切り直しの一球目、キャッチャーはベンチの指示通り、真ん中付近にミットを構えた。そして星井(ほしい)も、そこへ投げ込んだ。

 しかし、この一球を近衛(このえ)は待っていた。

 

「クックック......アホな監督(ベンチ)だな。そいつだ」

 

 制球重視で球速を落とした、ほぼ真ん中のストレート。

 近衛(このえ)への指示は、タイムのタイミングと伝令が出たあとの初球を狙え。近衛(このえ)は、力むことなく綺麗にセンター返し、一死一・三塁とチャンスを拡げる。

 続く七番真田(さなだ)は、初球セーフティスクイズ。点差があるため守備陣形は当然定位置、完全に意表をつかれオールセーフ。1点を返され、なおも一死一二塁のピンチ。

 

「おい、金属使え」

「ヤダ!」

「あん?」

「このバットは、おじいちゃんの魂が籠ったバットなんだからっ!」

 

 芽衣香(めいか)の祖父は元バット職人。既に引退しているが、芽衣香(めいか)は祖父の作ったバットに誇りを持ち、祖父の作った木製バットで甲子園で活躍すると誓っているため。

 

「あっ......!」

 

 根本に当たり、バキッとバットが折れた。だが、いい感じに打球が死にサードへの内野安打。一死満塁。

 

芽衣香(めいか)ちゃんがバット折ったの、これで何本目だっけ?」

「さあ? ボクも、もう数えてないや」

「通算31本目ですよ」

「本当に大事にしてるのか? アイツ」

「あ、あはは......」

 

 東亜(トーア)の疑問に、あおいたちは苦笑いをするしかなかった。そして次は、そのあおいの打順。

 

「二球目をスクイズだ。高めをサードへ転がせ」

「はーい」

 

 自分のバットでランナーを返したかったあおいは、しぶしぶバッターボックスへ向かう。

 

「転がすなら一度ミスをしてるファーストじゃないの? 東條(とうじょう)くんは、守備も上手いわよ」

「スクイズってのは、送球とランナーが交錯するサードの方が決まりやすいのさ。特に満塁だとな」

 

 あおいへの初球――外のスライダー、ストライク。

 理香(りか)からスクイズのサインが送られたランナーは、それぞれ頷く。そして二球目、あおいはバットを寝かせた。

 

「(またスクイズか!? くっそ、もうこれ以上はっ!)」

 

 不甲斐ないピッチングを続けている星井(ほしい)は、投球モーション中にストレートの握りを強引に変えた。投球は高めに浮いた。

 

「(来た、高め!)」

 

 しっかりと見て、バットを軌道に乗せたが。

 

「えっ......?」

 

 バットにボールは当たらなかった。空振り、スクイズ失敗。球審がストライクを宣告。しかし、ホームベースに当たって大きく逸れたボールは一塁側ベンチ方向へ転々と転がっている。

 

「みんな走って!」

 

 逸らしたボールをキャッチャーとファーストが追う間に三塁ランナー、続けて二塁ランナーも生還。一塁ランナーも、サードへ進塁。5-13、点差は8点。

 

「ナイスラン!」

「あと二点だ! 行ける行ける!」

 

 戻ってきたランナーをハイタッチで出迎える。ベンチで大騒ぎしている中、東亜(トーア)と暴投した張本人の星井(ほしい)は、まったく別のことを考えていた。

 

「ふーん」

「(今のは、あの時と同じ......)」

 

 球審から新しいボールを貰った星井(ほしい)は、手の中でボールの感触を確かめながら握りを模索している。

 

「ピッチャーいいかね?」

「あっ、はい。すみません」

 

 マウンドで構えるとサインを見ず、サードランナーの存在も無視して投げた。先ほどの暴投と同じような高めに抜けたボール。

 

「ボール」

 

 二球目、三球目、四球目もボールでカウント3-1。

 

「次は、もうちょっと広げてみるか」

 

 ボソッと呟いて、五球目を投げる。インコース高めからやや曲がり、真ん中高めに来た。

 

「ボール! ボールフォア」

 

 あおいは一塁へ歩く。フォアボールを出した星井(ほしい)表情(かお)は先ほどまでとは打って変わって、どこか楽しんでいるようにも見えた。

 

「よし、今の感じだ。次は、もっと......」

「タイム!」

「えっ?」

 

 パワフル高校のベンチがタイムを要求し、この回二度目の伝令がマウンドへ送られた。

 

星井(ほしい)、交代だ」

「ちょっと待って、もうちょっとで!」

「監督の命令だよ」

「そんな......」

 

「あと、もう少しで掴めそうなのに!」と、懇願するように星井(ほしい)はベンチを見つめる。監督は立ち上がり、ライトの松倉(まつくら)を呼びつけていた。指名された松倉(まつくら)は、待っていたとばかりに走ってマウンドへ。

 

「お疲れ。ほら、ボールくれよ」

「......嫌だ」

「はあ? なにふざけてんだよ!」

「ふざけてない。代わらないって言ったんだよ」

 

 二人は、マウンドで言い争いを始めた。チームメイトは止めに入るも、どちらも引かない。球審や、二塁塁審も止めに入る。

 

「代わるのかね、代わらないのかね?」

「すいません。すぐに代わります」

「代わりません。すぐに戻ります」

「おい! 星井(ほしい)、テメェ! いいかげんにしやがれ!」

 

 松倉(まつくら)が、胸ぐらを掴み上げた。

 それでも星井(ほしい)は引かず、腕を払いのける。

 

「キミたちいいかげんにしなさい! 退場にするぞ!」

星井(ほしい)! 松倉(まつくら)と交代だ!」

 

 パワフル高校の監督がベンチから直接交代するように告げる。

 やり取りを見て東亜(トーア)は、グラウンドにまで聞こえる声で笑った。

 

「あっはっは!」

「ちょっ、なに笑ってるのっ?」

 

 東亜(トーア)に注目が集まる。理香(りか)は慌てて黙ように言うが、東亜(トーア)は完全に無視を決め込み笑い続けた。

 

「何が可笑しい!?」

 

 痺れを切らせたパワフル高校の監督が怒鳴る。

 

「ククク、何ってそりゃ可笑しいのはお前だろ? 秋期大会ベスト8ね、聞こえはいいが、指導者がヘボいからベスト8止まりだったんじゃねぇか?」

「なんだと......」

「ちょ、ちょっと渡久地(とくち)くん! すみませんっ、ほら謝ってっ!」

 

 もちろん、東亜(トーア)は無視して話を続ける。

 

「本気でわからねぇのか? せっかくピッチャーが、きっかけを掴みかけているのに気づかねぇのかねぇ。どうせ練習試合だ、俺なら結果度外視で一皮剥けるのを期待して投げさせ続けるけどなー。フッ、ここまで言っても気づかねぇのなら。マジでポンコツだな、あんた」

 

 パワフル高校の監督は、拳が手のひらに食い込むほど強く握り締めたまま黙り込む。東亜(トーア)の言葉は彼自身感じていた。

 ベスト8とはいっても、采配で勝ったわけではなく。やはり、東條(とうじょう)の力が大きかった。ベスト4をかけて戦った準々決勝で、徹底マークされた東條(とうじょう)はまともに勝負してもらえず、疲れが見えはじめた松倉(まつくら)を続投させたあげく決勝点を献上してしまうなど、采配もことごとく裏目。

 その時の事が、東亜(トーア)の言葉でよみがえり、反論することもできなかった。

 球審が、恋恋高校のベンチまでやってくる。

 

「キミ、これ以上罵倒を続けるなら没収試合にするよ」

「ああ~、はいはい。すみませんね」

 

 球審は反省の様子を見せない東亜(トーア)の態度に釈然としない表情(かお)見せつつも、パワフル高校のベンチへ行く。

 

「どうしますか?」

「......続投でお願いします」

「よろしいんですか?」

「......はい、ご迷惑おかけしました」

「わかりました。では」

 

 監督は、松倉(まつくら)にライトへ戻るように告げ試合は再開された。

 

           *  *  *

 

「13対10、パワフル高校」

「ありがとうございました!」

 

 礼をして、互いのベンチへ挨拶に向かう。

 

「あの、ありがとうございました!」

 

 星井(ほしい)は、東亜(トーア)に頭を下げた。

 

「礼を言われる覚えはねぇよ」

「ごめんなさいね。この人素直じゃないから」

「いえ、失礼します」

 

 試合の結果は、パワフル高校の勝ち。

 しかし、試合は九回まで行わず七回表の攻撃を終えた時点でコールドゲームとなった。理由は意外にも東亜(トーア)の進言によるもの。理香(りか)、マネージャー、そしてナインは一人を除いて納得。その納得しなかった一名は......。

 

「あおい、そろそろ機嫌を直してください」

「ふんっ!」

 

 ピッチャーのあおいだった。

 投げられると散々駄々をこねたが、10-1と賛成多数で決定。これ以上の投球は、互いの投手の故障に繋がるとパワフル高校側もすんなりとも納得してくれた。

 

「あっ。あおい」

「......なに。あっ!」

 

 東條(とうじょう)が、あおいを近くで見つめていた。

 

「あんた、名前は?」

「ボク? 早川(はやかわ)あおいだけど」

「......早川(はやかわ)。借りは、甲子園で返す」

「へっ?」

 

 踵を反し、ナインが待つ駐車場へと歩いていく東條(とうじょう)。突然のことに呆然と立ち尽くすあおい。

 

「なに? 今の......」

「ふふっ、ライバル誕生ですね」

 

 一方、パワフル高校のマイクロバスの前では鳴海(なるみ)星井(ほしい)が話をしていた。

 

「次は負けないぞ。スバル」

「今度もボクたちが勝つさ。鳴海(なるみ)、甲子園で会おう」

「ああ!」

 

 二人はガッチリと握手を交わし、再戦の誓いを交わした。

 

           *  *  *

 

 試合後、東亜(トーア)理香(りか)はバーに来ていた。ジャズの弾き語りが流れる店内のカウンターでアルコールをたしなむ。

 

「最後の攻撃わざと追い付かないようにしたでしょ?」

「フッ、気づいていたのか」

 

 理事長室で東亜(トーア)が描いていた結末は、コールドゲーム。

 

「まあね。星井(ほしい)くんのボールはコースに決まり始めていたけど、甘いボールも多かったし。勝負師のあなたらしくないんじゃない?」

「言っただろ、ただの練習試合だからさ。ペナントとトーナメントは違う」

 

 143試合という長い戦いの末、勝率で優勝を決めるペナントレースと一発勝負のトーナメントとは大きな違い。

 それは、捨てゲームの存在。

 大差がつき勝敗が決した場面で主力を休ませたり、控え選手を試せることが出来るペナントレースと違い、常に勝ち続けなくてはならないのがトーナメント。

 

「練習試合の勝敗なんてどうでもいい。本番の七試合を拾えばいいのさ」

「......そう。ねぇ、勝てるかしら?」

「さあな」

「わたしは、あの子たちに夢を見せてあげたいのよ......」

 

 カランッ、とグラスの氷が音を奏でる。

 

「まあ、俺は負けるつもりはねえよ」

「頼もしいわね。乾杯しましょ。マスターおかわりちょうだい」

「はい、かしこまりました」

 

 二人は新しいグラスを受け取り、軽く合わせる。

 

「頼んだわよ。勝負師さん」

「フッ......」

「乾杯」

 

 甲子園への長い道のりが始まった。


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