七回の表、四番
しかしまだ、七回コールドゲーム圏内。あと四点奪うことが出来れば、次の守備に望みを繋げることが出来る。
「一球ストライク取られるまで待って、セーフティバントの構えを見せてやれ。あとは突っ立ってりゃいい」
やや戸惑いながら頷いた
「どうして、球種とコースがわかったの?」
会話が届かない遠い者たちが大声でバッターへ声援を送る中、実際に指示を受け、見事ホームランを打った
「おい、三番打ってるヤツ」
「おいらっすけど」
三番バッターの
「お前の打席の球種は、シンカー、ストレート、スライダー、ストレート、フォーク。ボール、ファウル、ストライク、ボール。そして、高めに抜けたフォークをショートライナー。二球目のストレート、ボール球だっただろ」
「は、はい」
スコアブックも見ずに言い当てられた
「それが、どうしたの?」
「簡単なことさ。アイツ――」
マウンドの
「メンタルが弱いんだ」
「え......ええーっ!?」
話しを聞いていた全員が、揃って声を上げた。
今まで散々苦しめられてきた投手が精神的に脆いと聞いて、選手たちは戸惑いと驚きを隠せない。
「だ、だけど俺たち、スバルに6回まで完全試合を......」
「崩れるのには一定の条件があるのさ。この回先頭のメガネがエラーで出塁した際、取り立てて大きなリードをとってないにも関わらず、落ち着きなく二度も連続で牽制球を投げた。そして、キャッチャーの指示を無視して、二塁へ送球。結果は、フィルダースチョイス。そこで確信した。アイツは、ランナーがスコアリングポジションに行くことを極端に嫌っている、とな」
「思うようにボールが行かない中、三番相手に唯一構えたところへ投げられたのがスライダーだったのさ」
「お前、もし俺が指示しなかったらこう思ったんじゃないか? 最悪でもランナー進める」
「......そうか、だから外だったんだ!」
「どういうこと?
「俺が左打ちだからだよ。たぶん、あおいちゃんや
自身の意図を理解した
「そう。左打ちにとって内角は引っ張るのに最適。だからあの場面は、外から入ってくるスライダーしかなかったんだ」
「(そんな些細なことから......これが伝説の勝負師、
「さてと、次だ」
「タイム!」
「えっ!?」
足を上げた直後の
「ボーク! テイクワンベース」
投手は、投球モーションに入ったあと止めていけない。違反した場合投球はボークとなる。因みに投球モーションに入ったあとタイムを要求しても、球審が認めない限りタイムは認められない。
「はっはっは、相当動揺してるな、アイツ。こんな初歩的な手に引っ掛かるなんて」
「スバル......」
パワフル高校の内野陣がマウンドに集まり、ベンチから伝令が走る。袖で額の汗をぬぐって呼吸を整える、
「
「あ、ああ......ごめん。今ので、頭は冷えたよ」
「ベンチの指示は?」
「あ、悪い。点差はあるから、ランナーは無視でいいって。先ずは、ストライクをひとつ取ること」
「わかった」
伝令はベンチへ戻り、内野も元のポジションへ散る。仕切り直しの一球目、キャッチャーはベンチの指示通り、真ん中付近にミットを構えた。そして
しかし、この一球を
「クックック......アホな
制球重視で球速を落とした、ほぼ真ん中のストレート。
続く七番
「おい、金属使え」
「ヤダ!」
「あん?」
「このバットは、おじいちゃんの魂が籠ったバットなんだからっ!」
「あっ......!」
根本に当たり、バキッとバットが折れた。だが、いい感じに打球が死にサードへの内野安打。一死満塁。
「
「さあ? ボクも、もう数えてないや」
「通算31本目ですよ」
「本当に大事にしてるのか? アイツ」
「あ、あはは......」
「二球目をスクイズだ。高めをサードへ転がせ」
「はーい」
自分のバットでランナーを返したかったあおいは、しぶしぶバッターボックスへ向かう。
「転がすなら一度ミスをしてるファーストじゃないの?
「スクイズってのは、送球とランナーが交錯するサードの方が決まりやすいのさ。特に満塁だとな」
あおいへの初球――外のスライダー、ストライク。
「(またスクイズか!? くっそ、もうこれ以上はっ!)」
不甲斐ないピッチングを続けている
「(来た、高め!)」
しっかりと見て、バットを軌道に乗せたが。
「えっ......?」
バットにボールは当たらなかった。空振り、スクイズ失敗。球審がストライクを宣告。しかし、ホームベースに当たって大きく逸れたボールは一塁側ベンチ方向へ転々と転がっている。
「みんな走って!」
逸らしたボールをキャッチャーとファーストが追う間に三塁ランナー、続けて二塁ランナーも生還。一塁ランナーも、サードへ進塁。5-13、点差は8点。
「ナイスラン!」
「あと二点だ! 行ける行ける!」
戻ってきたランナーをハイタッチで出迎える。ベンチで大騒ぎしている中、
「ふーん」
「(今のは、あの時と同じ......)」
球審から新しいボールを貰った
「ピッチャーいいかね?」
「あっ、はい。すみません」
マウンドで構えるとサインを見ず、サードランナーの存在も無視して投げた。先ほどの暴投と同じような高めに抜けたボール。
「ボール」
二球目、三球目、四球目もボールでカウント3-1。
「次は、もうちょっと広げてみるか」
ボソッと呟いて、五球目を投げる。インコース高めからやや曲がり、真ん中高めに来た。
「ボール! ボールフォア」
あおいは一塁へ歩く。フォアボールを出した
「よし、今の感じだ。次は、もっと......」
「タイム!」
「えっ?」
パワフル高校のベンチがタイムを要求し、この回二度目の伝令がマウンドへ送られた。
「
「ちょっと待って、もうちょっとで!」
「監督の命令だよ」
「そんな......」
「あと、もう少しで掴めそうなのに!」と、懇願するように
「お疲れ。ほら、ボールくれよ」
「......嫌だ」
「はあ? なにふざけてんだよ!」
「ふざけてない。代わらないって言ったんだよ」
二人は、マウンドで言い争いを始めた。チームメイトは止めに入るも、どちらも引かない。球審や、二塁塁審も止めに入る。
「代わるのかね、代わらないのかね?」
「すいません。すぐに代わります」
「代わりません。すぐに戻ります」
「おい!
それでも
「キミたちいいかげんにしなさい! 退場にするぞ!」
「
パワフル高校の監督がベンチから直接交代するように告げる。
やり取りを見て
「あっはっは!」
「ちょっ、なに笑ってるのっ?」
「何が可笑しい!?」
痺れを切らせたパワフル高校の監督が怒鳴る。
「ククク、何ってそりゃ可笑しいのはお前だろ? 秋期大会ベスト8ね、聞こえはいいが、指導者がヘボいからベスト8止まりだったんじゃねぇか?」
「なんだと......」
「ちょ、ちょっと
もちろん、
「本気でわからねぇのか? せっかくピッチャーが、きっかけを掴みかけているのに気づかねぇのかねぇ。どうせ練習試合だ、俺なら結果度外視で一皮剥けるのを期待して投げさせ続けるけどなー。フッ、ここまで言っても気づかねぇのなら。マジでポンコツだな、あんた」
パワフル高校の監督は、拳が手のひらに食い込むほど強く握り締めたまま黙り込む。
ベスト8とはいっても、采配で勝ったわけではなく。やはり、
その時の事が、
球審が、恋恋高校のベンチまでやってくる。
「キミ、これ以上罵倒を続けるなら没収試合にするよ」
「ああ~、はいはい。すみませんね」
球審は反省の様子を見せない
「どうしますか?」
「......続投でお願いします」
「よろしいんですか?」
「......はい、ご迷惑おかけしました」
「わかりました。では」
監督は、
* * *
「13対10、パワフル高校」
「ありがとうございました!」
礼をして、互いのベンチへ挨拶に向かう。
「あの、ありがとうございました!」
「礼を言われる覚えはねぇよ」
「ごめんなさいね。この人素直じゃないから」
「いえ、失礼します」
試合の結果は、パワフル高校の勝ち。
しかし、試合は九回まで行わず七回表の攻撃を終えた時点でコールドゲームとなった。理由は意外にも
「あおい、そろそろ機嫌を直してください」
「ふんっ!」
ピッチャーのあおいだった。
投げられると散々駄々をこねたが、10-1と賛成多数で決定。これ以上の投球は、互いの投手の故障に繋がるとパワフル高校側もすんなりとも納得してくれた。
「あっ。あおい」
「......なに。あっ!」
「あんた、名前は?」
「ボク?
「......
「へっ?」
踵を反し、ナインが待つ駐車場へと歩いていく
「なに? 今の......」
「ふふっ、ライバル誕生ですね」
一方、パワフル高校のマイクロバスの前では
「次は負けないぞ。スバル」
「今度もボクたちが勝つさ。
「ああ!」
二人はガッチリと握手を交わし、再戦の誓いを交わした。
* * *
試合後、
「最後の攻撃わざと追い付かないようにしたでしょ?」
「フッ、気づいていたのか」
理事長室で
「まあね。
「言っただろ、ただの練習試合だからさ。ペナントとトーナメントは違う」
143試合という長い戦いの末、勝率で優勝を決めるペナントレースと一発勝負のトーナメントとは大きな違い。
それは、捨てゲームの存在。
大差がつき勝敗が決した場面で主力を休ませたり、控え選手を試せることが出来るペナントレースと違い、常に勝ち続けなくてはならないのがトーナメント。
「練習試合の勝敗なんてどうでもいい。本番の七試合を拾えばいいのさ」
「......そう。ねぇ、勝てるかしら?」
「さあな」
「わたしは、あの子たちに夢を見せてあげたいのよ......」
カランッ、とグラスの氷が音を奏でる。
「まあ、俺は負けるつもりはねえよ」
「頼もしいわね。乾杯しましょ。マスターおかわりちょうだい」
「はい、かしこまりました」
二人は新しいグラスを受け取り、軽く合わせる。
「頼んだわよ。勝負師さん」
「フッ......」
「乾杯」
甲子園への長い道のりが始まった。