7Game   作:ナナシの新人

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game49 ~流れ~

 

『五回裏恋恋高校の攻撃、一死三塁一塁。両校通じて、この試合初めて三塁にランナーが進んでの攻防となります!』

 

 バッターボックスに立った鳴海(なるみ)は、ここまで二打席を振り返りながら丁寧に足場をならす。

 

「(一打席目は、内、外、外、内、最後は外からのスライダーをライナーでレフト前へ運んだ。二打席目はストレートのフォアボール。二打席ともにストライクとボールははっきりしていたけど、でも一打席目の最後のボールだけは、ボールゾーンからきわどくストライクゾーンに入って来た)」

 

 バットを構える最中、さりげなく伊達(だて)に視線を向ける。

 

「(矢部(やべ)くんの打席もそうだった。初回は外から入ってくるシュート、二打席目はインサイドから入ってくるスライダー。さっきの打席もきわどいコースのボールだった。俺や矢部(やべ)くんの時だけじゃない。ここぞ、という場面でいつもベストボールが来る)」

 

 左打席で構えて力強い眼差しを伊達(だて)に向けて対峙。球審のコール。サイン交換を終えて、伊達(だて)は投球モーションに入る。

 初球、外のストレートが外れてワンボール。続く二球目、やや甘いアウトコースのシュートを見逃して平行カウント。

 

「(チッ、構えたコースより甘く入ったけどうまく行けばショートゴロゲッツー狙えたコースだったのに振らなかったか......。まあしゃーない)」

 

 気持ちを切り替えて立ち上がったキャッチャーは、「オッケー、ナイスボールだ! バッター手が出なかったぞ!」と鳴海(なるみ)への揺さぶりと同時に伊達(だて)を鼓舞し、ボール投げ返す。

 しかし、その揺さぶりは虚しくも鳴海(なるみ)の耳には届いていない。なぜなら今、鳴海(なるみ)の頭の中は伊達(だて)の解析に全神経を集中しているからだ。

 

「(もし、それを意図して投げているのなら。その手のタイプのピッチャーを、俺は知っている......)」

 

 伊達(だて)の投球スタイルに脳裏に浮かんだある投手の存在。

 

「(何度も、何度も見返した動画に写っていた投手――)」

 

 それは東亜(トーア)が、彼に渡したDVDの中に登場していた選手。その選手は東亜(トーア)本人ではなく、リカオンズと同じリーグのチームに所属する対戦相手。

 

 ――神戸ブルーマーズ、南芝(みなみしば)

 

 南芝(みなみしば)は、常時150km/hを越えるストレートが武器の速球派投手であると同時に、シーズン最多与死球を更新するほどのノーコン投手。だがブルーマーズに移籍後、コーチの指導の元抜群の制球力を身につけ、元ノーコンのイメージを武器にしたピッチングスタイルにモデルチェンジし見事再起を果たした。

 その南芝(みなみしば)のピッチングスタイルと、伊達(だて)のピッチングスタイルがどこかダブって感じていた。

 

『ストライク! アウトコースストレート、これはいいところへ決まりましたー!』

 

 構えとは逆球だったがキッチリストライクを取り、投手有利のカウントに整えた。矢部(やべ)の時とは違い一外辺倒の攻め。次も外、ボールゾーンから更に逃げるシュートで2-2再び平行カウント。

 

「(......嫌な見送り方だ、まるで最初から打つ気がなかったみないな)」

「(誘い球には手を出してくれねぇか。次で勝負するぞ)」

 

 キャッチャーが出した次のサインを見た伊達(だて)は、チラッと一瞬だけネクストバッターの芽衣香(めいか)に一瞬だけ目をやって戻す。

 

「(外に意識がいったところでインローのまっすぐで差し込ませるか、悪くないけど。ここは無理して勝負する相手じゃない。7.8.9で二つアウトを取ればいい)」

 

 ファーストランナーの矢部(やべ)を目で牽制し、素早くモーションを起こした。

 

「(俺の考えが当たっていればこの手のタイプは、ランナーを出してもホームさえ踏ませなければいいって割り切ってる勝負を焦らないタイプだ。だからこそ、あえて外すボールを狙う――!)」

 

 伊達(だて)が投げたボールは低めに構えたミットよりも高く、胸元を抉るようなインコースのストレート。鳴海(なるみ)は構わずインハイのボール球を打ちにいく。打ち上げないように肘をたたみ、上からバットを出して窮屈なバッティングになりながらも強引に打った。

 

「(見せ球を打ちやがった......!)」

「ファースト、セカンッ!」

 

 ファースト、セカンド共に飛びつくこともできず痛烈な打球が二人の間を抜けていった。

 

『抜けたー! 打球は一二塁間を破ってライト前ー! サードランナー奥居(おくい)、ホームイン!。ファーストランナーの矢部(やべ)は、セカンドを回ったところでストップ。先制点は、恋恋高校! 五回裏ここで均衡が破れましたー!』

 

 待望の先制点に沸き上がるベンチと応援スタンド。しかし、ファーストベース上の鳴海(なるみ)は少し戸惑っていた。

 

「(あれ、今の? そう言えば最初の打席も......もしかして――)」

「ナイスバーッチ、防具」

「あ......ありがと」

 

 すねあてと肘あてを一塁コーチャーの真田(さなだ)は、ファーストも含め内野陣がピッチャーに声をかけるためベースを離れた隙に、鳴海(なるみ)に訊く。

 

「で、どうしたんだ?」

「え?」

「タイムリー打ったのに、なんか納得いかないって感じに見えるからよ」

「......うん。まだはっきりはわからないけど。あのピッチャーの球――」

 

 ――思ったより来なかった。

 

 鳴海(なるみ)の答えは、伊達(だて)の本質に近づきつつある答えだった。

 

 

           * * *

 

 

「(まさか見せ球を狙われるだなんて......。甘かった、確実に()()ておくべきだった)」

「おい、大丈夫なのかよ?」

 

 守備位置について話し合っているのにうつむきかげんでいる伊達(だて)に、キャッチャーは声をかけた。

 

「――問題ないです」

「......そうかよ。よし、とにかくこの回を1失点でしのぐぞ、必ずチャンスは来る。気合い入れろよ!」

 

「おうよ!」「任せろ!」と、気を入れ直した内野陣が各々のポジションに戻っていく。

 

『さあ先制点を奪ってなおもワンナウト二塁一塁。バッターは今日、ヒットを放っている浪風(なみかぜ)! この打席では、どんなバッティングを見せてくれるのでしょーカッ?』

 

 先制点を奪い押せ押せムードのスタンドの声援を受け、意気揚々とバッターボックスに向かう芽衣香(めいか)

 

「(恋恋高校(コイツら)は、勢いに乗ると一気に畳み掛けてくる厄介な連中だ。伊達(だて)、ここで切るぞ......!)」

 

 キャッチャーはゲッツーシフトを指示し、インコースを勝負球にするリード。伊達(だて)も同じ考えでほぼミット通りに投げ、芽衣香(めいか)を内野フライに打ち取りツーアウト。そして続く八番バッター片倉(かたくら)は、膝元へのスライダーでピッチャーライナーに打ち取り最小失点で切り抜ける。

 

「ナイスバッチ!」

「ありがと」

 

 鳴海(なるみ)は、ナインたちから出迎えにハイタッチで答えたあと、はるかに調べものを頼んだ。

 

伊達(だて)投手の四死球の内容ですか?」

「うん、それと四死球前後のバッターの結果も含めて、出来るだけ詳しくお願い」

「はい、分かりました。次回の攻撃までにお伝えできるよう精査しておきますね」

「ボクも手伝うよ。ねぇ二人とも練習試合のこと教えてー」

「あ、はい、わかりました」

「えっと~」

 

 はるかとあおいに任せ、タオルで汗をぬぐい次のイニングに備える。

 

鳴海(なるみ)くん、そのままでいいから聞いて」

「あ、はい」

 

 守備の準備を進めながら、しっかりと理香(りか)の声に耳を傾ける。

 

「初戦のあと、渡久地(とくち)くんに言われた言葉(こと)は覚えてる?」

「――はい、もちろん覚えています......!」

「そう。じゃあその言葉を頭に置いてしっかりリードしてあげてね。あの子、ちょっと気負い気味だから」

 

 理香(りか)が少し心配そうに見る視線の先にいるのは、五回終了時のグラウンド整備が終わりいち早くマウンドへ駆け足で向かった、瑠菜(るな)

 

「一応もしもの時の準備はしてあるけど。ダメだと思ったらすぐ言ってね」

「はい!」

 

 鳴海(なるみ)は力強く返事をし、ミットを持ってグラウンドへ駆け出して行った。

 六回表関願高校の攻撃は、九番ラストバッターからの打順。失点したとはいえ、さらなる追加点を与えなかったことで誰も気落ちしている様子は見受けられない。それどころか、失点をきっかけに本気になった。同じ球種で同じコースでも緩急を使い分けてタイミングを外す瑠菜(るな)の投球に対し、通常時よりもバットを短く持ち、手元まで引き付けてどうにか食らいつく。

 カウント1-2からの五球目をファール。逆方へのとてもヒットゾーンへは飛ばなそうな打球だったが、タイミング自体は徐々に合ってきてる。そしてそれを、鳴海(なるみ)瑠菜(るな)のバッテリーは見逃さない。

 

「(......粘り強くなってきた。対処を間違えれば一気に流れを持っていかれる。瑠菜(るな)ちゃん、この回大事だよ)」

「(わかってるわ。だからこそ三人で切るのよ......!)」

 

 とにかく当てるためにゾーンを広く構えているのを見透かし、今日一番速い高めの誘い球で狙い通り空振りを奪い、ワンナウト。

 これで打順は先頭に戻り、今日、三打席目の一番バッター。ここからバッテリーは攻め方を変えた。二巡目までの早いカウントでの勝負からボール球と縦のカーブを織り混ぜるスタイルにモデルチェンジ。前後の緩急に加え、高低差を駆使し的を絞らせないピッチングで三者凡退に退けた。

 

鳴海(なるみ)さん、頼まれていた伊達(だて)さんの全四死球と要した球数、球種のデータです」

「ボクの方は前後のバッターの打席結果と、アウトカウントを上げておいたよ」

「ありがとう。はるかちゃん、あおいちゃん」

 

 鳴海(なるみ)はプロテクターを着けたまま、二人が上げてくれたデータに目を通す。そして鳴海(なるみ)は、すべての試合データに共通する部分があることを見つけた。

 

「そうか、そう言うことか......!」

「ちょっといきなり大きい声だすんじゃないわよっ。びっくりするじゃないっ」

「あっ、ごめんごめん」

「それでなにがわかったの?」

 

 頬を膨らませる芽衣香(めいか)の隣であおいは、首をかしげる。

 

「二人のお陰で分かったんだ、あのピッチャーの本当の姿が。俺たち、騙されてたんだよ」

「えっ?」

「騙されてたって......どういうことなのよ?」

「それは――」

 

 言いかけたところで応援席からどよめきが起こった。先頭バッターの瑠菜(るな)の体に近いところを、伊達(だて)が投げたボールが通過したために起こったどよめき。あおいは心配して、芽衣香(めいか)は憤る。

 

「アイツ、ピッチャーの瑠菜(るな)にまで!」

「大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。当たらないから」

「そりゃ瑠菜(るな)は、反射神経良いけどさ。てゆーかアンタ、ちょっと冷たいんじゃない?」

「いや、そう言う意味じゃないよ」

「じゃあどう言う意味よっ?」

 

「いちいちもったいぶるんじゃないわよっ」と、やや理不尽気味に芽衣香(めいか)に詰め寄られた鳴海(なるみ)は、少し気圧されて苦笑いになる。けど今は、説明よりも現状を打開する方が先決とすぐに頭を切り換えた。

 

「監督、瑠菜(るな)ちゃんにサインをお願いします」

「なんのサインを出せばいいの?」

「――“バスター”のサインをお願いします!」

「......わかったわ。はるかさん、お願いね」

「はい」

 

 奥居(おくい)に出した時と同様に理香(りか)はテキトーな空サインを出し、はるかは悟られないよう少し離れたところで雑用を装いながら本物(バスター)のサインを出す。

 

「(はるかからサイン、ランナー無しでバスター? あおいも、芽衣香(めいか)も不思議そうな表情(かお)をしてる。でも、鳴海(なるみ)くんのあの顔......なにか意図があるみたいね。いいわ、きっちりやってあげる......!)」

「(......大丈夫だ。洞察力の高い瑠菜(るな)ちゃんなら、きっと――)」

 

 カウント1-1からの三球目。伊達(だて)が投球モーションに入ると同時に、瑠菜(るな)はバットを横に寝かせた。それを見たサードとファーストが慌てて一歩前に足を踏み出し内野の守備が若干乱れたところで今度は、サイン通りバットを引いてバスターの構えをとる。

 投球は、内角をギリギリをかすめるストレート。

 

「(――インコースのまっすぐ、差し込まれ......えっ?)」

 

 打ちに行こうとバットを寸でのところで止めて見送った。

 

『ストライク、球審の右手が上がるー! 内角いっぱいのストレート! 十六夜(いざよい)、手が出ません!』

 

「オッケー、ナイスボール! バッター、手が出なかったぞ!」

「どもっす」

 

 返球を受け取った伊達(だて)は、ポンポンっとマウンド後方のロジンバッグを右手で弾ませて間を取った。

 

「(計算通り三球で追い込めた。まあセーフティからのバスターのゆさぶり意外だったけど、追い込めばこっちのもんだ。もうストライクは入らない。あれだけ意識されれば、こいつを必ず追いかける)」

 

 サイン交換をし、モーションに入る。

 

「あれ? バスターしないの」

「うん、もう必要ないから。気づいたみたいだしね」

 

 勝負の四球目は、やや外よりのストライクゾーンからボールゾーンへ逃げるシュート。

 

「(大丈夫、ここなら届くわ......!)」

 

 その逃げるボールを、瑠菜(るな)は追いかけた。

 

「(ウソだろ、完全なボール球を――)」

「(打ちやがった!)」

 

 体勢を崩しながらも泳がされずきっちりバットの芯に乗せた打球は、ショートの頭を越えて左中間の真ん中を転々と転がる。レフトが回り込み中継のショートへ返す。しかし、瑠菜(るな)はすでに二塁へと到達していた。

 

『ツーベースヒット! 十六夜(いざよい)瑠菜(るな)、自らのバットと好走塁でチャンスを作りましたー!』

 

「さてと......」

 

 リカオンズの球団事務所のミーティングルームでかつてのチームメイト、児島(こじま)出口(いでぐち)と共に、自身が監督を務めるチームの試合中継を観戦していた東亜(トーア)は席を立った。

 

「どこへ行くんだ?」

「どこって、帰るに決まってるだろ」

「おいおい、今いいところじゃねーかよ」

「最後まで見ていかないのか? せめてこの回だけでも――」

「勝敗が決まった試合を見ても時間のムダだ」

 

 テーブルに放り出された封筒を持ち、二人に背を向ける。

 

「決まったって......そりゃ致命的な欠点があるのは俺たちもわかったけどよぉ。でもまだ一点差だぜ?」

「決まったのさ。瑠菜(るな)が、あのボール球を打ち返した時点でな」

 

 ドアへ歩きだした東亜(トーア)の背中へ向け、児島(こじま)は問いかける。

 

「波乱は?」

 

 ドアノブに伸ばした手を止めて顔だけを後ろへ向ける。セカンドベース上で膝に手をつき乱れた呼吸を整えている瑠菜(るな)が映し出されている中継を見て、東亜(トーア)は一言だけ答えて部屋を後にした。

 

 ――ねぇよ、と。


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