『五回裏恋恋高校の攻撃、一死三塁一塁。両校通じて、この試合初めて三塁にランナーが進んでの攻防となります!』
バッターボックスに立った
「(一打席目は、内、外、外、内、最後は外からのスライダーをライナーでレフト前へ運んだ。二打席目はストレートのフォアボール。二打席ともにストライクとボールははっきりしていたけど、でも一打席目の最後のボールだけは、ボールゾーンからきわどくストライクゾーンに入って来た)」
バットを構える最中、さりげなく
「(
左打席で構えて力強い眼差しを
初球、外のストレートが外れてワンボール。続く二球目、やや甘いアウトコースのシュートを見逃して平行カウント。
「(チッ、構えたコースより甘く入ったけどうまく行けばショートゴロゲッツー狙えたコースだったのに振らなかったか......。まあしゃーない)」
気持ちを切り替えて立ち上がったキャッチャーは、「オッケー、ナイスボールだ! バッター手が出なかったぞ!」と
しかし、その揺さぶりは虚しくも
「(もし、それを意図して投げているのなら。その手のタイプのピッチャーを、俺は知っている......)」
「(何度も、何度も見返した動画に写っていた投手――)」
それは
――神戸ブルーマーズ、
その
『ストライク! アウトコースストレート、これはいいところへ決まりましたー!』
構えとは逆球だったがキッチリストライクを取り、投手有利のカウントに整えた。
「(......嫌な見送り方だ、まるで最初から打つ気がなかったみないな)」
「(誘い球には手を出してくれねぇか。次で勝負するぞ)」
キャッチャーが出した次のサインを見た
「(外に意識がいったところでインローのまっすぐで差し込ませるか、悪くないけど。ここは無理して勝負する相手じゃない。7.8.9で二つアウトを取ればいい)」
ファーストランナーの
「(俺の考えが当たっていればこの手のタイプは、ランナーを出してもホームさえ踏ませなければいいって割り切ってる勝負を焦らないタイプだ。だからこそ、あえて外すボールを狙う――!)」
「(見せ球を打ちやがった......!)」
「ファースト、セカンッ!」
ファースト、セカンド共に飛びつくこともできず痛烈な打球が二人の間を抜けていった。
『抜けたー! 打球は一二塁間を破ってライト前ー! サードランナー
待望の先制点に沸き上がるベンチと応援スタンド。しかし、ファーストベース上の
「(あれ、今の? そう言えば最初の打席も......もしかして――)」
「ナイスバーッチ、防具」
「あ......ありがと」
すねあてと肘あてを一塁コーチャーの
「で、どうしたんだ?」
「え?」
「タイムリー打ったのに、なんか納得いかないって感じに見えるからよ」
「......うん。まだはっきりはわからないけど。あのピッチャーの球――」
――思ったより来なかった。
* * *
「(まさか見せ球を狙われるだなんて......。甘かった、確実に
「おい、大丈夫なのかよ?」
守備位置について話し合っているのにうつむきかげんでいる
「――問題ないです」
「......そうかよ。よし、とにかくこの回を1失点でしのぐぞ、必ずチャンスは来る。気合い入れろよ!」
「おうよ!」「任せろ!」と、気を入れ直した内野陣が各々のポジションに戻っていく。
『さあ先制点を奪ってなおもワンナウト二塁一塁。バッターは今日、ヒットを放っている
先制点を奪い押せ押せムードのスタンドの声援を受け、意気揚々とバッターボックスに向かう
「(
キャッチャーはゲッツーシフトを指示し、インコースを勝負球にするリード。
「ナイスバッチ!」
「ありがと」
「
「うん、それと四死球前後のバッターの結果も含めて、出来るだけ詳しくお願い」
「はい、分かりました。次回の攻撃までにお伝えできるよう精査しておきますね」
「ボクも手伝うよ。ねぇ二人とも練習試合のこと教えてー」
「あ、はい、わかりました」
「えっと~」
はるかとあおいに任せ、タオルで汗をぬぐい次のイニングに備える。
「
「あ、はい」
守備の準備を進めながら、しっかりと
「初戦のあと、
「――はい、もちろん覚えています......!」
「そう。じゃあその言葉を頭に置いてしっかりリードしてあげてね。あの子、ちょっと気負い気味だから」
「一応もしもの時の準備はしてあるけど。ダメだと思ったらすぐ言ってね」
「はい!」
六回表関願高校の攻撃は、九番ラストバッターからの打順。失点したとはいえ、さらなる追加点を与えなかったことで誰も気落ちしている様子は見受けられない。それどころか、失点をきっかけに本気になった。同じ球種で同じコースでも緩急を使い分けてタイミングを外す
カウント1-2からの五球目をファール。逆方へのとてもヒットゾーンへは飛ばなそうな打球だったが、タイミング自体は徐々に合ってきてる。そしてそれを、
「(......粘り強くなってきた。対処を間違えれば一気に流れを持っていかれる。
「(わかってるわ。だからこそ三人で切るのよ......!)」
とにかく当てるためにゾーンを広く構えているのを見透かし、今日一番速い高めの誘い球で狙い通り空振りを奪い、ワンナウト。
これで打順は先頭に戻り、今日、三打席目の一番バッター。ここからバッテリーは攻め方を変えた。二巡目までの早いカウントでの勝負からボール球と縦のカーブを織り混ぜるスタイルにモデルチェンジ。前後の緩急に加え、高低差を駆使し的を絞らせないピッチングで三者凡退に退けた。
「
「ボクの方は前後のバッターの打席結果と、アウトカウントを上げておいたよ」
「ありがとう。はるかちゃん、あおいちゃん」
「そうか、そう言うことか......!」
「ちょっといきなり大きい声だすんじゃないわよっ。びっくりするじゃないっ」
「あっ、ごめんごめん」
「それでなにがわかったの?」
頬を膨らませる
「二人のお陰で分かったんだ、あのピッチャーの本当の姿が。俺たち、騙されてたんだよ」
「えっ?」
「騙されてたって......どういうことなのよ?」
「それは――」
言いかけたところで応援席からどよめきが起こった。先頭バッターの
「アイツ、ピッチャーの
「大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。当たらないから」
「そりゃ
「いや、そう言う意味じゃないよ」
「じゃあどう言う意味よっ?」
「いちいちもったいぶるんじゃないわよっ」と、やや理不尽気味に
「監督、
「なんのサインを出せばいいの?」
「――“バスター”のサインをお願いします!」
「......わかったわ。はるかさん、お願いね」
「はい」
「(はるかからサイン、ランナー無しでバスター? あおいも、
「(......大丈夫だ。洞察力の高い
カウント1-1からの三球目。
投球は、内角をギリギリをかすめるストレート。
「(――インコースのまっすぐ、差し込まれ......えっ?)」
打ちに行こうとバットを寸でのところで止めて見送った。
『ストライク、球審の右手が上がるー! 内角いっぱいのストレート!
「オッケー、ナイスボール! バッター、手が出なかったぞ!」
「どもっす」
返球を受け取った
「(計算通り三球で追い込めた。まあセーフティからのバスターのゆさぶり意外だったけど、追い込めばこっちのもんだ。もうストライクは入らない。あれだけ意識されれば、こいつを必ず追いかける)」
サイン交換をし、モーションに入る。
「あれ? バスターしないの」
「うん、もう必要ないから。気づいたみたいだしね」
勝負の四球目は、やや外よりのストライクゾーンからボールゾーンへ逃げるシュート。
「(大丈夫、ここなら届くわ......!)」
その逃げるボールを、
「(ウソだろ、完全なボール球を――)」
「(打ちやがった!)」
体勢を崩しながらも泳がされずきっちりバットの芯に乗せた打球は、ショートの頭を越えて左中間の真ん中を転々と転がる。レフトが回り込み中継のショートへ返す。しかし、
『ツーベースヒット!
「さてと......」
リカオンズの球団事務所のミーティングルームでかつてのチームメイト、
「どこへ行くんだ?」
「どこって、帰るに決まってるだろ」
「おいおい、今いいところじゃねーかよ」
「最後まで見ていかないのか? せめてこの回だけでも――」
「勝敗が決まった試合を見ても時間のムダだ」
テーブルに放り出された封筒を持ち、二人に背を向ける。
「決まったって......そりゃ致命的な欠点があるのは俺たちもわかったけどよぉ。でもまだ一点差だぜ?」
「決まったのさ。
ドアへ歩きだした
「波乱は?」
ドアノブに伸ばした手を止めて顔だけを後ろへ向ける。セカンドベース上で膝に手をつき乱れた呼吸を整えている
――ねぇよ、と。