『
セカンドに
「また守備範囲内か、良い当たりなんだけどな」
「ここぞ! って時に良いところに来やがるぜ。ヒットは打てるけどなかなか長打にならねぇところだ」
「得点圏にランナーを背負うと普段以上の力を発揮する典型的なクラッチピッチャーか。中学時代も同じだったのか?」
「はい、そうです。ピンチになるとギアが変わるみたいに。一度聞いたことがあるんですけど......」
『あん? 気持ちの切り替え方?』
『そう。
『ハッ! んな余計なことばっか考えてっから打たれんだよ。いつも通り投げりゃあそうそう打たれねぇよ』
「――って感じでした」
「ピッチング同様に
「つーことは流れを掴むにはやっぱ一発だな! 次のオイラの打席で放り込んでやるぜ!」
「その前に守備よ」
支度を整え終えた
「
「オッケー。みんなも急いで!」
「おうよ! 行くぜ
「はい!」
「了解でやんすー」
ナインたちがイニング間の守備練習を行う中、
「どんな些細なことでもいいわ。なにか気がついたことはないかしら?」
「う~ん......あっ!」
練習試合を観に行った中の一人、
「フォアボールは少なかったような気がします」
「そうなの?」
「はい。今日と同じで荒れてはいましたけど、三回までにデッドボールがひとつだけで、フォアボールは五回以降にふたつ。打ち込まれた七回に、みっつめを出したところで降板しました」
「試合はコールド負けだったとは言え、打ち込まれる七回まで四死球合わせて計三つ......。確かに、際立って多くはない数字ね」
「でも打つ気がなかったからなのかもしれません。ね?」
「うん。壬生の
「そう、わかったわ、ありがとう。またなにか気になったことがあったら教えてね」
二人にお礼を言った
「
「ええ......!」
「オッケー、ナイスボール! ありがとうございます」
「うむ。バッターラップ!」
球審の呼び掛けにタイミングを計っていた先頭バッターは、右バッターボックスに入って足場を馴らす。
『五回表関願高校の攻撃は五番からの打順。前の打席は、初球外のストレートをひっかけてサードゴロに倒れてましたが、この打席はどうでしょーカ?』
「(高い、ボールだ......!)」
バッターは高めへ抜けたボールを見逃した。しかしそこから急降下、アウトコースのストライクゾーンをかすめてキャッチャーミットの中へ。
『ストライク! 今日初めて見せた、縦に大きく割れるカーブ! バッター手が出ませんッ! バッテリー、追い込みました!』
「なんだ今の、カーブか!?」
「前回の登板でも投げていました。ビデオ見てないんですか?」
「いや、一応見たけどさ。てっきりアンダーの女子が来ると思って、そっちを重点的に」
「だよな、前回登板からそこそも時間もあったし。
研究を怠っていたベンチ入りの上級生たちに対し、
「(ったく何考えてンだか、勝手に決めつけやがって。誰が来てもいいように万全を期しておくのが勝負の基本だろうが。こちとらひとり打ち取るのに神経すり減らしてるってのに......)」
愚痴を言っていても仕方がない。ふぅ......と不快感を息と一緒に吐き出した
「まっかせなさいっ。はい、ファースト!」
「アウト!」
五番をファーストゴロ、六番はセカンドゴロに切って取りこれでツーアウト。続く七番のキャッチャーにはライト前へ運ばれたものの、八番を平凡なサードフライに打ち取った。
『アウトです、これでチェンジ。マウンドの
アウトコールを聞いた
「(完全に
球審からボールを受け取り、ベンチでプロテクターを装備しているキャッチャーの代わりの選手とキャッチボールで肩を温める。
「(こういう重苦しい展開は先制点を取った方が流れを掴むことが多い)」
準備を済ませ、グラウンドに現れた正捕手相手に投球練習。相変わらず構えたミットのところへはほとんどいかない。最後の一球もワンバウンドの暴投。だが
「バッターラップ」
「うっす、お願いしますッ!」
一礼してバッターボックスに立つ。
『さあ五回裏恋恋高校の攻撃は、三番
「(
キャッチャーが出したサインは、アウトコースのスライダー。
「(ごくわずかだけど、二打席目よりも外側に立ってる。インコースを意識しているのか、あるいは外へ投げさせるための誘いか......。どっちにしてもひとすじ縄でいく相手じゃない)」
マウンド上の
「(おっ! 構えたミット通りに来た!)」
要求通りのアウトコースのストライクからボールになるスライダー。
「もらったぜー!」
だが
『
「(――マジかよ!? アウトコースのボール球を引っ張りやがった......!)」
マスクを放り投げて叫ぶ。
「レフトバックー!」
「くそがッ!」
必死に打球を追うが頭上を遥か越え、ポール上空を通過してスタンドに着弾。ホームランとも、ファールとも取れる微妙なところで弾んだ。三塁塁審の判定に注目が集まる。
『こ、これは際どい! ホームランかっ? それともファールなのか!?』
「ファ、ファール!」
『ファール! 判定はファールです! 際どい打球でしたが僅かに切れてファール!』
「あーあ、切れたか~」
「助かった......」
バッテリーに取っては命拾いの判定。キャッチャーは胸をなでおろし、
「(......今の打球、やはり今のオレじゃあまともにいって勝負できる相手じゃない。くそ......)」
球審に新しいボールを貰い仕切り直し。外へのスライダーが外れてボール。続く三球目もアウトコースへ外れてカウント2-1、バッディングカウント。
「(今のは結構いいところだったのに手を出してくれなかった。ここらで
キャッチャーは最悪歩かせることも念頭に入れつつ四球連続でアウトコースへ構えた。サインにうなづいた
「(......しまった!)」
構えたミットよりもやや内側へシュート回転して入ってきた。逆球ではないがむしろ甘いボール。その失投を
「甘いぜ!」
快音を響かせ、痛烈な当たりが三塁線を襲う。ライナー性の当たりにサードは驚異的な反応を見せグラブを出した。
『と、とったぁーッ! あっ、いや、落ちた! 落ちたーッ!』
が、その打球の勢いに無情にもグラブからボールが溢れる。手元に転がったボールを素手で拾いあげ素早く送球するも体制が悪く、アンツーカーハーフバウンド。ファーストは難しいバウンドをさばこうと必死にグラブを合わせにいくが......。
『ファースト、捕れません! 記録は内野安打、すでにベースを駆け抜けていました! イヤー、サードもスバラシイ反応を見せてくれました!」
「ふぅ、あぶねぇあぶねぇー」
「ナイスラーン」
「ぜんぜんナイスじゃないっての!」
ファーストベースコーチをつとめている
「悪い、焦っちまった......」
「いえ、止めてくれただけで十分です」
結果的に送球をミスしてしまったサードを気づかいつつ、打席に向かっているネクストバッターの
「(あの四番は、得点圏にランナーがいると数字が跳ね上がるクラッチヒッター。もし三塁線を抜かれていたら......)」
最低でも二塁。レフトの守備がもたつけば三塁もあり得たあの場面、失投でありながらシングルに抑えられたのは悪運がいいといえるのかもしれない。
『そして無死一塁で四番
* * *
「やはり打ちあぐねてるな」
「無理もないですよ。これだけ荒れていたら絞るに絞れないっすよ」
「確かに、な」
『引っ張ったーッ! 打球はライトへの大きな当たりーッ!』
「おっ! いったかっ」
「いや、届かないだろう。おそらくフェンス手前だ」
「今のは、よく走った。躊躇していれば刺されていただろう」
「こいつバッティングもだけど判断力もありますね。てか、プレーに迷いがない」
「うむ、ミスをまったく恐れていないな。こういう選手がいるとチームは助かる」
「なんだ、まるで監督みたいなことをいうな」
「ん? まあ、そうだな」
はっきりとしない
「なんだ
「ふーん」
まったく興味ないといった感じの返事に
「......ったくお前なぁ~。お前の復帰がきっかけだったんだぞ?」
「知らねぇよ」
「はは、
『オオーット! よろしくない投球! 身体の近くを通過しましたーッ!』
話をしている間に試合は進み、五番
「また逆球かよ。つーかこのピッチャー、デッドボールになりそうだったってのに、相変わらず涼しい顔してやがる」
「まるで、
試合展開に違和感を覚えた
「妙って――」
「クックック......」
突然笑い出した
彼の手には、いつのまにかスマホが握られていた。
「なんだよ、急に笑い出して。ビックリしたじゃねぇか」
「なにを見ているんだ?」
「ちょっと面白いモノさ」
「コイツ、なかなかのペテン師だ」
「ペテン師?」
「それはどういうことだ?」と
「
「武器? ぶつけることをなんとも思わない物怖じしないメンタル......って言いたいところだけど、違うんだろ? その言い方だとよ」
「フッ......そうだ。コイツの本当の武器はメンタルじゃない。本当の武器は――制球力だ」
まさかの答えに、
「制球力だぁ!? おいおい、そりゃねぇーだろ! キャッチャーが構えたミットと真逆の逆球が結構あるんだぞ? それなのにコントロールが良いだなんて――」
「ほらよ」
「......そうか、そう言うことだったのか! これが違和感の正体か――!」
マウスを操作し試合中継の画面を縮小させ、空いたスペースにスマホに映し出されていたページと同じモノを表示させる。
「見ろ
「んん? あ......ああー!? なんだこりゃあーッ!」
身を乗り出し、食い入るようにテレビ画面を見る。
そこに映し出されていたのは、スポンサーのパワフルテレビが提供している試合データ。野手は打率や打点はもちろんコース別の打率や打点、本塁打、盗塁、得点圏打率、一塁への平均到達時間や守備指標。投手の方も球種ごとの平均球速などこと細かに割り出されているページ。
「あんなノーコンのクセに最終的に打ち取ってるボールは、ほとんど四隅じゃねーか!」
「フッ、そうだ。コイツは、制球に難があるように見せかけていたのさ」
投球練習での暴投も、キャッチャーの構えとは逆球の投球も、すべて意図して投げられていたモノだった。
「『逆球が多いのにも関わらず、なぜか痛打を浴びない』あんたが引っ掛かっていたのはこれだろ?」
「そうだ。逆球は言ってしまえば失投だ」
失投は言わば感覚の乱れ。体重移動、リリースをイメージ通り行えなかった
だが、
「さすがに9分割とまではいかないが、おそらくストライクゾーンを縦3横2分割した程度コースを狙って投げ分けれるだけ制球力はある」
「......マジかよ。プロだって3球に1球構えたところへ来ればコントロールがいいっていえるのに。まだ一年なんだろ、
「しかしなぜ、こうも散らす必要がある? それだけの制球力があれば両サイドの出し入れだけでも十分に勝負できるだろう」
「ですね。つーかトーナメントなんだし、無駄に球数を増やすのは得策じゃない。むしろ自分で自分の首を絞めているようなもの」
テレビに目を戻した
「答えはさっき見ただろ。そして今も、な」