7Game   作:ナナシの新人

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大変お待たせしました。


game47 ~ペテン師~

葛城(かつらぎ)、打ったー! しかし、またもや野手の守備範囲内! 勢いのある痛烈な当たりもきっちり捌いてスリーアウト。恋恋高校ランナーを得点圏まで進めましたが返せず。四回の攻防を終えて両校共に無得点。試合は投手戦の様相を見せはじめました! いったいどこで、どちらが試合を動かすのでしょーカ? ンンーン、目が離せません!』

 

 セカンドに瑠菜(るな)、ファーストに真田(さなだ)とツーアウトながら得点圏へランナーを出したが、レフトへのライナーでチェンジ。葛城(かつらぎ)は、ひとつ息を吐き。セカンドランナーの瑠菜(るな)は急いでベンチへ戻り支度を始める。

 

「また守備範囲内か、良い当たりなんだけどな」

「ここぞ! って時に良いところに来やがるぜ。ヒットは打てるけどなかなか長打にならねぇところだ」

「得点圏にランナーを背負うと普段以上の力を発揮する典型的なクラッチピッチャーか。中学時代も同じだったのか?」

 

 鳴海(なるみ)、奥居と守備の準備をしながら話していた甲斐(かい)が、シニアで伊達(だて)とチームメイトだった片倉(かたくら)に訊ねる。

 

「はい、そうです。ピンチになるとギアが変わるみたいに。一度聞いたことがあるんですけど......」

 

『あん? 気持ちの切り替え方?』

『そう。伊達(だて)さ、ピンチに強いでしょ。どうやって切り替えてるのかなって』

『ハッ! んな余計なことばっか考えてっから打たれんだよ。いつも通り投げりゃあそうそう打たれねぇよ』

 

「――って感じでした」

「ピッチング同様に神経(メンタル)も図太いんだな。まあそうでなければ、ああもインコースを厳しくは攻められないか」

「つーことは流れを掴むにはやっぱ一発だな! 次のオイラの打席で放り込んでやるぜ!」

「その前に守備よ」

 

 支度を整え終えた瑠菜(るな)が、四人の間に割って入る。

 

鳴海(なるみ)くん、行くわよ」

「オッケー。みんなも急いで!」

「おうよ! 行くぜ片倉(かたくら)矢部(やべ)!」

「はい!」

「了解でやんすー」

 

 ナインたちがイニング間の守備練習を行う中、理香(りか)は戦況の打開をはかるべく、関願高校と壬生高校との練習試合の観戦に行ったメンバーに、その試合展開について訊ねる。

 

「どんな些細なことでもいいわ。なにか気がついたことはないかしら?」

「う~ん......あっ!」

 

 練習試合を観に行った中の一人、藤村(ふじむら)があること思い出した。それは、伊達(だて)のピッチングが今日のピッチングとは少し違う内容だったということ。

 

「フォアボールは少なかったような気がします」

「そうなの?」

「はい。今日と同じで荒れてはいましたけど、三回までにデッドボールがひとつだけで、フォアボールは五回以降にふたつ。打ち込まれた七回に、みっつめを出したところで降板しました」

「試合はコールド負けだったとは言え、打ち込まれる七回まで四死球合わせて計三つ......。確かに、際立って多くはない数字ね」

 

 伊達(だて)は今日、四回終了までに既に四つのフォアボールを出している。練習試合の時と比べるとずいぶんと多い。

 

「でも打つ気がなかったからなのかもしれません。ね?」

 

 藤村(ふじむら)は一緒に試合を見ていた香月(こうづき)に振り、彼女もうなづく。

 

「うん。壬生の選手(ひと)たち七回までほとんど手を出してなかったですし」

「そう、わかったわ、ありがとう。またなにか気になったことがあったら教えてね」

 

 二人にお礼を言った理香(りか)は、グラウンドに顔を向ける。

 

瑠菜(るな)ちゃん、ラストボール!」

「ええ......!」

「オッケー、ナイスボール! ありがとうございます」

「うむ。バッターラップ!」

 

 球審の呼び掛けにタイミングを計っていた先頭バッターは、右バッターボックスに入って足場を馴らす。

 

『五回表関願高校の攻撃は五番からの打順。前の打席は、初球外のストレートをひっかけてサードゴロに倒れてましたが、この打席はどうでしょーカ?』

 

 鳴海(なるみ)は、いつものようにバッターの様子をじっくりと観察してサインを出す。瑠菜(るな)はうなずくとスッとモーションを起こした。初球、二球と球速の違う二種類のストレートを使い分け、平行からの三球目。

 

「(高い、ボールだ......!)」

 

 バッターは高めへ抜けたボールを見逃した。しかしそこから急降下、アウトコースのストライクゾーンをかすめてキャッチャーミットの中へ。

 

『ストライク! 今日初めて見せた、縦に大きく割れるカーブ! バッター手が出ませんッ! バッテリー、追い込みました!』

 

「なんだ今の、カーブか!?」

「前回の登板でも投げていました。ビデオ見てないんですか?」

「いや、一応見たけどさ。てっきりアンダーの女子が来ると思って、そっちを重点的に」

「だよな、前回登板からそこそも時間もあったし。準々決勝(ここ)まで来たら普通はエースが連投するもんだしな」

 

 研究を怠っていたベンチ入りの上級生たちに対し、伊達(だて)は首にかけたタオルで汗をぬぐいつつ不快感に気づかれないように顔を隠す。

 

「(ったく何考えてンだか、勝手に決めつけやがって。誰が来てもいいように万全を期しておくのが勝負の基本だろうが。こちとらひとり打ち取るのに神経すり減らしてるってのに......)」

 

 愚痴を言っていても仕方がない。ふぅ......と不快感を息と一緒に吐き出した伊達(だて)は、気持ちを切り替えて次の回に備える。汗で湿ったアンダーシャツを着替え、スパイクの紐を結び直し、グラウンドに目を戻した。

 

「まっかせなさいっ。はい、ファースト!」

「アウト!」

 

 五番をファーストゴロ、六番はセカンドゴロに切って取りこれでツーアウト。続く七番のキャッチャーにはライト前へ運ばれたものの、八番を平凡なサードフライに打ち取った。

 

『アウトです、これでチェンジ。マウンドの十六夜(いざよい)瑠菜(るな)、ここまでシングルヒット二本と快調なピッチングを見せつけてくれますッ!』

 

 アウトコールを聞いた伊達(だて)は、グラブを持ちマウンドへ。

 

「(完全に翻弄(ほんろう)されてる)」

 

 球審からボールを受け取り、ベンチでプロテクターを装備しているキャッチャーの代わりの選手とキャッチボールで肩を温める。

 

「(こういう重苦しい展開は先制点を取った方が流れを掴むことが多い)」

 

 準備を済ませ、グラウンドに現れた正捕手相手に投球練習。相変わらず構えたミットのところへはほとんどいかない。最後の一球もワンバウンドの暴投。だが伊達(だて)はまったく気にする様子もなく、気持ちはすでにこの回の先頭バッター奥居(おくい)へと向いていた。

 

「バッターラップ」

「うっす、お願いしますッ!」

 

 一礼してバッターボックスに立つ。

『さあ五回裏恋恋高校の攻撃は、三番奥居(おくい)からの好打順。一打席目はフォアボール、二打席目はヒットと二打席連続で出塁しています!』

 

「(奥居(コイツ)が一番ヤバイ。コースを間違えれば簡単にスタンドへ運ばれる。慎重に行くぞ)」

 

 キャッチャーが出したサインは、アウトコースのスライダー。

 

「(ごくわずかだけど、二打席目よりも外側に立ってる。インコースを意識しているのか、あるいは外へ投げさせるための誘いか......。どっちにしてもひとすじ縄でいく相手じゃない)」

 

 マウンド上の伊達(だて)は、奥居(おくい)を注意深く観察しながらキャッチャーのサインに首を振ることなくうなづいた。

 

「(おっ! 構えたミット通りに来た!)」

 

 要求通りのアウトコースのストライクからボールになるスライダー。

 

「もらったぜー!」

 

 だが奥居(おくい)は、これ狙っていたと言わんばかりに躊躇なく踏み込みスイング。直後球場中に甲高い金属音が響き、打球はレフト上空へ高々と舞い上がった。

 

奥居(おくい)、打ったァーッ! 打球はグングン伸びるぅー!』

 

「(――マジかよ!? アウトコースのボール球を引っ張りやがった......!)」

 

 マスクを放り投げて叫ぶ。

 

「レフトバックー!」

「くそがッ!」

 

 必死に打球を追うが頭上を遥か越え、ポール上空を通過してスタンドに着弾。ホームランとも、ファールとも取れる微妙なところで弾んだ。三塁塁審の判定に注目が集まる。

 

『こ、これは際どい! ホームランかっ? それともファールなのか!?』

 

「ファ、ファール!」

 

『ファール! 判定はファールです! 際どい打球でしたが僅かに切れてファール!』

 

「あーあ、切れたか~」

「助かった......」

 

 バッテリーに取っては命拾いの判定。キャッチャーは胸をなでおろし、伊達(だて)は空を見上げ軽く唇を噛み締める。

 

「(......今の打球、やはり今のオレじゃあまともにいって勝負できる相手じゃない。くそ......)」

 

 球審に新しいボールを貰い仕切り直し。外へのスライダーが外れてボール。続く三球目もアウトコースへ外れてカウント2-1、バッディングカウント。

 

「(今のは結構いいところだったのに手を出してくれなかった。ここらで内角(イン)を一球挟みたいところだけど、前の打席にレフト前へ運ばれてるからな。もうひとつ外で――)」

 

 キャッチャーは最悪歩かせることも念頭に入れつつ四球連続でアウトコースへ構えた。サインにうなづいた伊達(だて)は、ミットをめがけて四球目を投げた、しかし――。

 

「(......しまった!)」

 

 構えたミットよりもやや内側へシュート回転して入ってきた。逆球ではないがむしろ甘いボール。その失投を奥居(おくい)が見逃すハズもない。

 

「甘いぜ!」

 

 快音を響かせ、痛烈な当たりが三塁線を襲う。ライナー性の当たりにサードは驚異的な反応を見せグラブを出した。

 

『と、とったぁーッ! あっ、いや、落ちた! 落ちたーッ!』

 

 が、その打球の勢いに無情にもグラブからボールが溢れる。手元に転がったボールを素手で拾いあげ素早く送球するも体制が悪く、アンツーカーハーフバウンド。ファーストは難しいバウンドをさばこうと必死にグラブを合わせにいくが......。

 

『ファースト、捕れません! 記録は内野安打、すでにベースを駆け抜けていました! イヤー、サードもスバラシイ反応を見せてくれました!」

 

「ふぅ、あぶねぇあぶねぇー」

「ナイスラーン」

「ぜんぜんナイスじゃないっての!」

 

 ファーストベースコーチをつとめている葛城(かつらぎ)に労われたが、奥居(おくい)は納得いかないご様子。たしかにコースは甘かったが、高さが低かった分打球を上げきれなかった。

 

「悪い、焦っちまった......」

「いえ、止めてくれただけで十分です」

 

 結果的に送球をミスしてしまったサードを気づかいつつ、打席に向かっているネクストバッターの甲斐(かい)に警戒の眼差しを向けた。

 

「(あの四番は、得点圏にランナーがいると数字が跳ね上がるクラッチヒッター。もし三塁線を抜かれていたら......)」

 

 最低でも二塁。レフトの守備がもたつけば三塁もあり得たあの場面、失投でありながらシングルに抑えられたのは悪運がいいといえるのかもしれない。

 

『そして無死一塁で四番甲斐(かい)の登場です! 今日を含めて計五試合、打率4割強を誇る強打者でホームランも二本放っています! 期待して参りましょう!』

 

 

           * * *

 

 

「やはり打ちあぐねてるな」

「無理もないですよ。これだけ荒れていたら絞るに絞れないっすよ」

「確かに、な」

 

『引っ張ったーッ! 打球はライトへの大きな当たりーッ!』

 

「おっ! いったかっ」

「いや、届かないだろう。おそらくフェンス手前だ」

 

 児島(こじま)の予想通り、甲斐(かい)の打球は上空で失速して、フェンスの手前約三メートルの位置でライトの足は止まり、グラブの中に収まった。だが奥居(おくい)は、両足を止めた状態で捕球体制に入ったライトの隙をついて、セカンドへタッチアップを決める。結果として送った形になり、一死二塁と先制点のチャンスを作り出した。

 

「今のは、よく走った。躊躇していれば刺されていただろう」

「こいつバッティングもだけど判断力もありますね。てか、プレーに迷いがない」

「うむ、ミスをまったく恐れていないな。こういう選手がいるとチームは助かる」

「なんだ、まるで監督みたいなことをいうな」

「ん? まあ、そうだな」

 

 はっきりとしない児島(こじま)の態度を、東亜(トーア)は疑問に思った。

 

「なんだ渡久地(とくち)、お前知らないのか? 児島(こじま)さん本当は、今シーズンからリカオンズの監督に就任するって話があったんだぜ」

「ふーん」

 

 まったく興味ないといった感じの返事に出口(いでぐち)は、呆れ顔でタメ息つく。

 

「......ったくお前なぁ~。お前の復帰がきっかけだったんだぞ?」

「知らねぇよ」

「はは、渡久地(とくち)らしくていいじゃないか。まあ俺個人は昨シーズン不本意な成績だったから、最後に完全燃焼して終えたかったのさ」

 

『オオーット! よろしくない投球! 身体の近くを通過しましたーッ!』

 

 話をしている間に試合は進み、五番矢部(やべ)の打順。その初球、キャッチャーの構えとは真逆の胸元への投球でワンボール。

 

「また逆球かよ。つーかこのピッチャー、デッドボールになりそうだったってのに、相変わらず涼しい顔してやがる」

「まるで、渡久地(とくち)みたいなポーカーフェイスだな。しかし、ここまで荒れ球な投手も珍しい。普通は投げている内にある程度定まって来るものなんだがな。それに、何か妙だ」

 

 試合展開に違和感を覚えた児島(こじま)は、難しい顔で腕を組んだ。

 

「妙って――」

「クックック......」

 

 突然笑い出した東亜(トーア)

 彼の手には、いつのまにかスマホが握られていた。

 

「なんだよ、急に笑い出して。ビックリしたじゃねぇか」

「なにを見ているんだ?」

「ちょっと面白いモノさ」

 

 東亜(トーア)はテレビに映る伊達(だて)を見て、どこか嬉しそうに笑みを浮かべて言った。

 

「コイツ、なかなかのペテン師だ」

「ペテン師?」

 

「それはどういうことだ?」と児島(こじま)に訊かれた東亜(トーア)だったが、問いかけには答えず出口(いでぐち)に話を振った。

 

伊達(コイツ)の武器はなんだと思う」

「武器? ぶつけることをなんとも思わない物怖じしないメンタル......って言いたいところだけど、違うんだろ? その言い方だとよ」

「フッ......そうだ。コイツの本当の武器はメンタルじゃない。本当の武器は――制球力だ」

 

 まさかの答えに、出口(いでぐち)は声をあらげた。

 

「制球力だぁ!? おいおい、そりゃねぇーだろ! キャッチャーが構えたミットと真逆の逆球が結構あるんだぞ? それなのにコントロールが良いだなんて――」

「ほらよ」

 

 東亜(トーア)は、持っていたスマホを児島(こじま)へ放り投げる。受け取ったスマホを見て、児島(こじま)東亜(トーア)の言った意味を理解した。

 

「......そうか、そう言うことだったのか! これが違和感の正体か――!」

 

 マウスを操作し試合中継の画面を縮小させ、空いたスペースにスマホに映し出されていたページと同じモノを表示させる。

 

「見ろ出口(いでぐち)、これが秘密だ......!」

「んん? あ......ああー!? なんだこりゃあーッ!」

 

 身を乗り出し、食い入るようにテレビ画面を見る。

 そこに映し出されていたのは、スポンサーのパワフルテレビが提供している試合データ。野手は打率や打点はもちろんコース別の打率や打点、本塁打、盗塁、得点圏打率、一塁への平均到達時間や守備指標。投手の方も球種ごとの平均球速などこと細かに割り出されているページ。

 東亜(トーア)が見ていたのは、伊達(だて)の各打者に対する一球ごとのデータ。そこに記された異様なデータに彼のピッチングの秘密が隠されていた。

 

「あんなノーコンのクセに最終的に打ち取ってるボールは、ほとんど四隅じゃねーか!」

「フッ、そうだ。コイツは、制球に難があるように見せかけていたのさ」

 

 投球練習での暴投も、キャッチャーの構えとは逆球の投球も、すべて意図して投げられていたモノだった。

 

「『逆球が多いのにも関わらず、なぜか痛打を浴びない』あんたが引っ掛かっていたのはこれだろ?」

「そうだ。逆球は言ってしまえば失投だ」

 

 失投は言わば感覚の乱れ。体重移動、リリースをイメージ通り行えなかった失投(ボール)は、ベストピッチと比べ球威は段違い。

 だが、伊達(だて)が投げる勝負どころの逆球は、ことごとくきわどいコースへ決まり、打たれてもなかなか長打を許さない。つまりそれは、“狙い通り投げきれたベストピッチ”という証拠。

 

「さすがに9分割とまではいかないが、おそらくストライクゾーンを縦3横2分割した程度コースを狙って投げ分けれるだけ制球力はある」

「......マジかよ。プロだって3球に1球構えたところへ来ればコントロールがいいっていえるのに。まだ一年なんだろ、伊達(コイツ)......」

「しかしなぜ、こうも散らす必要がある? それだけの制球力があれば両サイドの出し入れだけでも十分に勝負できるだろう」

「ですね。つーかトーナメントなんだし、無駄に球数を増やすのは得策じゃない。むしろ自分で自分の首を絞めているようなもの」

 

 テレビに目を戻した東亜(トーア)は小さく笑い、二人の疑問に答える。

 

「答えはさっき見ただろ。そして今も、な」

 

 東亜(トーア)が見ているテレビには矢部(やべ)が、先ほどの奥居(おくい)と同じような大きなファールを打ったシーンが映し出されていた。

 

 

 


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