『ストライクバッターアウトッ! 恋恋高校の先発
一回表の関願高校の攻撃を三人で退けた
ベンチに戻った
「おいおい、しょっぱな三凡かよ。三振するような球じゃねーだろ?」
「うっせーな、遅すぎんだよ。来た! って思ってもタイミングが上手く合わねぇんだ。お前も実際にやってみりゃわかるっての」
「ふーん、タイミングねぇ。あんな遅ぇの一球ありゃ十分だろ」
「先輩、さっさと準備してください」
ベスト8まで勝ち上がって来た相手に対し、いまだ緊張感も持たず楽観ししている上級生たちに苦言をていして、
「ナイスピッチだね、
「ドリンクとタオルをどうぞ~」
「ありがと」
ベンチに座り額の汗をぬぐって息を整えながら、ナインたちと共に相手投手の投球練習に目を向ける。
「試合前も思ったけど荒れすぎじゃないか? 投球練習だってのにキャッチャーの構えたところへほとんど行ってないぞ?」
「壬生との練習試合の時もあんな感じだったぞ。フォアボールもデッドボールも気にしてない感じだったな」
実際に試合を見ていた
「ああ~、典型的なケンカ投法だもんな。
「えっと、四球六つ死球三つで合わせて九つですね。二試合ともコールドで勝ち上がってますので1イニングに一個は出す計算です」
「出しすぎだろ......」
「でも失点は二試合で三点ですよ。エラーが絡んでますので自責点は一点ですね」
「ランナーは出しても要所は締めるってことか」
「シニアの頃もそんな感じでした。コントロールは今と変わらず結構アバウトで。ただ、あの荒れ球に加えてインコースを多投するんで相手が萎縮するといいますか......」
「ビビって自滅しちまうワケか。つーことはインコースを意識し過ぎないように甘いコースを狙う、と。よし、じゃあ行ってくる!」
先頭バッターの
「お願いします」
「うむ。プレイボール!」
球審のコールを聞いて、キャッチャーはサインを出しアウトコースにミットを構えた。一回でサインにうなづいた
「うぉっ!?」
「ボ、ボール!」
『おっと、これはよろしくない投球! 顔の近くを通過しましたー!
「(マジで頭めがけて投げてきやがったぞ、コイツ......。けど、これでビビったり、イラだったりしたらそれこそ相手の思うツボだ。冷静に甘いコースを狙う......!)」
構え直し、ツーボールからの三球目。
「(やばい、真ん中!?)」
「(よし、来た!)」
インコースの構えたキャッチャーミットとは裏腹に、投球は真ん中やや外よりへ。キャッチャーは慌ててミットを戻し、
「(まだだ、まだ届く......!)」
咄嗟に左手を離し、崩されながらも片手で合わせた。
『サードライナー! 恋恋高校先頭バッターの
投げ出したバットを拾い、ネクストの
「惜しかったね、上手く打ったのに」
「失投かと思ったらいいところに落ちた、狙ったのか?」
「いや、たぶん失投だったぞ。キャッチャーはインコースに構えてからな」
「マジか、あれ狙って投げたんじゃねぇのか......」
いいコースの変化球が失投と聞かされて、
「ボール、ボールフォア」
『ンンーンッ、ツーアウトを取ったまではよかったんですが、二者連続のフォアボールで自らピンチを作ってしまいました、マウンドの
「(先制のチャンスでやんす!)」
前の試合、代打を出された
「ファール!」
さして難しくないボールを打ち損じ、三塁側のスタンドへ。
「ちょっと力み過ぎじゃない?」
「うん、
「きっと前の試合を引きずっているのよ」
「ああ~、代打を出されたやつね。でも仕方ないじゃん。右バッターは結局、ヒロぴーからヒット打てなかったんだし。あたし以外はっ!」
一緒に話しているあおいと
「公式記録では、フィルダースチョイスになってますよ」
「なんでよっ!? 絶妙なセーフティーバントだったじゃないっ」
「私に言われましても」
「なっとくいかなーいっ!」
「まあまあ
あおいが
「(よっしゃ、珍しく二球で追い込めた。ここはボールになるスライダーを振らせるぞ)」
キャッチャーのサインに首を振った。
「(あん? 慎重にいかねぇと......って言っても聞くようなヤツじゃねーし。じゃあこれで)」
二度目のサインにうなづいてモーションを起こす。
「(――って、また逆球かよ!)」
「(これは遠いでやんす、ボールでやんす!)」
インコースのボールゾーンへ構えたミットとは真逆のアウトコースのボール球。そこから
「ス、ストライク! バッターアウトッ!」
無情にも球審の手が上がる、見逃しの三振。
構えとは正反対の逆球だったが、バッテリーとしては幸運な結果になり、
「ったく、相変わらず荒れてるな。首振ったんだからちゃんと投げろよな?」
「オレの制球力は知ってるでしょ? それに結果オーライだったじゃないっすか」
「まあな」
ピンチをしのいで軽い足取りの関願バッテリーとは対称的に、チャンスを潰してしまった
「申しわけ......でやんす」
「ない、まで言いなさいよ。てゆーかいちいち落ち込まないっ、さっさと切り替えて守備に行くわよっ」
「待って欲しいでやんす、まだレガースも外してないでやんすー!?」
少し落ち込んでいた
「ムードメーカーだよね、
「ムード
「また怒られるよ?」
「ナイショでお願いっ」
「はいはい」
「二人とも仲が良いのはとってもステキなことだけど、急いで準備なさい」
「あ、はい!」
「お待たせ」
「あと三球よ」
「了解。どうぞ!」
三球目を受け、セカンドへ送球。内野でボールを回し、球審の合図で各々自分のポジションに戻る。
『二回表関願高校の四番バッターが打席へ向かいます。前の試合では、試合を決める特大のホームランを放っています! この対決も注目してまいりましょー!』
「(ピッチング練習見てもやっぱ大したことねーな。さてと、かるーく放り込んでやるとすっか)」
何の緊張感もなく打席に立つ四番。観察力に長けた恋恋バッテリーは、その油断を見逃さない。
「(ずいぶんリラックスしてる、と言うより舐めてるって感じだ。こういう相手は楽できる。三球で仕留めるよ)」
「(ええ、そのつもりよ)」
サイン交換を交わし、初球。
「ストライクッ!」
ど真ん中にストレートが決まった。
「(――ちょっと待て、なんだ今のは......!?)」
甘いボールを見逃してしまった四番は、慌てた様子で打席を外し、バックスクリーンに目をやった。
「(114km/h!? 冗談だろ、130km/h以上出てるように感じたぞ......!?)」
「キミ、もういいかね?」
「あっ、はい、すみません......」
実際数字と体感のギャップに困惑している頭を冷やす間もなく、二球目。またしてもど真ん中のストレート。今度は、バットを出すも完全に振り遅れた。
『空振り、ツーストライク! バッテリー、たった二球で追い込んだ。さあ次は、どうする? 一球遊ぶのでしょーか?』
「(なんなんだ、これは......? 速いとか遅いとか、そんな問題じゃねぇ。合わせようにもボールの出どころが......)」
「(よし、いい感じに追い込めた。三球勝負で行くよ)」
「(遊ばないの?)」
「(当然。全然タイミング取れてないのに、わざわざ多く見せてあげるなんてお人好しなことしない。それに、ここで四番を潰せば試合の主導権を握れる......!)」
「(私も同じ意見よ。次で仕留めるわ)」
この時バッターは、軽い錯乱状態に陥っていた。前のイニング、チームメイトに大見得をきった手前無様なバッティングはみせられない。しかも、ど真ん中のストレートでさえも上手く合わせられないその焦りが構えに現れしまっていた。
当然
「(相当力んでるわね。それなら
球持ちの良い
「(またど真ん中のストレートだとッ!? ふざけやがって......!)」
初球・二球と振り遅れたため始動を早めてバットを振った。だが、そのバットは快音を響かせるどころかずいぶん手前で空振り、虚しく風を切る音をだけ残し。そして、風切り音からワンテンポ遅れて、キャッチャーミットに渇いた小気味良い音を鳴らした。
『ストライクバッターアウトッ!
四番が三球三振に打ち取られ、
* * *
「スゲー度胸だな、最後の球速を殺してたぞ!」
テレビの画面越しに観戦中の
「この娘だろ?
「正確にはピッチングの基本さ」
「同じ軌道の緩急が利いたストレートか」
「相当タチ悪いですね」
「ああ。バッターは、ピッチングフォームや腕の振りだけじゃなく、リリースされた直後の球道からも球種とコースを予測して打つ。見極めどころの重要なポイントを消されるのは厳しい」
「しかも、低回転ストレートも投げるんだろ? よくこんな短期間で教え込んだな」
「俺は、それほど教えちゃいない。
「そうか」
どこか嬉しそうに
「この試合は前の試合よりは苦労せずに勝てそうだな」
「ですね、相手の投手は制球に苦しんでいるみたいですし。この調子なら自滅するでしょ」
2イニング連続で三者凡退に打ち取られた直後マウンドへ向かう画面の