7Game   作:ナナシの新人

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大変お待たせしました。


game46 ~投球術~

『ストライクバッターアウトッ! 恋恋高校の先発十六夜(いざよい)瑠菜(るな)、三番バッター伊達(だて)を空振りの三振に切って取り、初回を危なげなく三者凡退で退けぞけましたー!』

 

 一回表の関願高校の攻撃を三人で退けた瑠菜(るな)、三つのアウトのうち二つを空振り三振とほぼ完璧な立ち上がりをみせる。

 ベンチに戻った伊達(だて)は、すぐにバッティンググローブを外して守備の準備を始める。ネクストで待機していた四番は、彼よりも遅くベンチに戻り、チームメイトと話ながらだらだら準備をしている。

 

「おいおい、しょっぱな三凡かよ。三振するような球じゃねーだろ?」

「うっせーな、遅すぎんだよ。来た! って思ってもタイミングが上手く合わねぇんだ。お前も実際にやってみりゃわかるっての」

「ふーん、タイミングねぇ。あんな遅ぇの一球ありゃ十分だろ」

「先輩、さっさと準備してください」

 

 ベスト8まで勝ち上がって来た相手に対し、いまだ緊張感も持たず楽観ししている上級生たちに苦言をていして、伊達(だて)は小走りでマウンドへ向かった。その彼の態度に四番は、面白くなさ気に軽く舌打ちをして不快感をあらわにしていた。

 

「ナイスピッチだね、瑠菜(るな)

「ドリンクとタオルをどうぞ~」

「ありがと」

 

 ベンチに座り額の汗をぬぐって息を整えながら、ナインたちと共に相手投手の投球練習に目を向ける。

 

「試合前も思ったけど荒れすぎじゃないか? 投球練習だってのにキャッチャーの構えたところへほとんど行ってないぞ?」

「壬生との練習試合の時もあんな感じだったぞ。フォアボールもデッドボールも気にしてない感じだったな」

 

 実際に試合を見ていた奥居(おくい)が、真田(さなだ)の疑問に答える。

 

「ああ~、典型的なケンカ投法だもんな。七瀬(ななせ)、二試合でいくつ出してる?」

「えっと、四球六つ死球三つで合わせて九つですね。二試合ともコールドで勝ち上がってますので1イニングに一個は出す計算です」

「出しすぎだろ......」

「でも失点は二試合で三点ですよ。エラーが絡んでますので自責点は一点ですね」

「ランナーは出しても要所は締めるってことか」

「シニアの頃もそんな感じでした。コントロールは今と変わらず結構アバウトで。ただ、あの荒れ球に加えてインコースを多投するんで相手が萎縮するといいますか......」

「ビビって自滅しちまうワケか。つーことはインコースを意識し過ぎないように甘いコースを狙う、と。よし、じゃあ行ってくる!」

 

 先頭バッターの真田(さなだ)は、伊達(だて)とチームメイトだった片倉(かたくら)の話を頭に入れて、バッターボックスに入った。

 

「お願いします」

「うむ。プレイボール!」

 

 球審のコールを聞いて、キャッチャーはサインを出しアウトコースにミットを構えた。一回でサインにうなづいた伊達(だて)が投じた初球は――アウトコース高めのボール球。「悪い」と利き手の右を軽く上げて、二球目。

 

「うぉっ!?」

「ボ、ボール!」

 

『おっと、これはよろしくない投球! 顔の近くを通過しましたー! 真田(さなだ)、なんとか避けました』

 

「(マジで頭めがけて投げてきやがったぞ、コイツ......。けど、これでビビったり、イラだったりしたらそれこそ相手の思うツボだ。冷静に甘いコースを狙う......!)」

 

 構え直し、ツーボールからの三球目。

 

「(やばい、真ん中!?)」

「(よし、来た!)」

 

 インコースの構えたキャッチャーミットとは裏腹に、投球は真ん中やや外よりへ。キャッチャーは慌ててミットを戻し、真田(さなだ)は振りにいった。しかしそこから、逃げるようのややシュートした。

 

「(まだだ、まだ届く......!)」

 

 咄嗟に左手を離し、崩されながらも片手で合わせた。

 

『サードライナー! 恋恋高校先頭バッターの真田(さなだ)、難しいボールに上手く合わせましたが不運にも野手の正面、ワンナウトです!』

 

 投げ出したバットを拾い、ネクストの葛城(かつらぎ)と少し会話をしてベンチへ戻った。

 

「惜しかったね、上手く打ったのに」

「失投かと思ったらいいところに落ちた、狙ったのか?」

「いや、たぶん失投だったぞ。キャッチャーはインコースに構えてからな」

「マジか、あれ狙って投げたんじゃねぇのか......」

 

 いいコースの変化球が失投と聞かされて、真田(さなだ)は驚く。打席では、続く二番の葛城(かつらぎ)がインコースを執拗に攻められ内野ゴロに打ち取らていた。続く三番奥居(おくい)には、ストライクが入らずフォアボール。そして、四番の甲斐(かい)にも......。

 

「ボール、ボールフォア」

 

『ンンーンッ、ツーアウトを取ったまではよかったんですが、二者連続のフォアボールで自らピンチを作ってしまいました、マウンドの伊達(だて)。次のバッターは魅惑の眼鏡ボーイ、矢部(やべ)! 今日は、ベンチで備える近衛(このえ)に代わって五番を任されました。どんなバッティングを見せてくれるのでしょーカ!?』

 

「(先制のチャンスでやんす!)」

 

 前の試合、代打を出された矢部(やべ)は燃えていた。入念に足場を慣らしてから構える。

 

「ファール!」

 

 さして難しくないボールを打ち損じ、三塁側のスタンドへ。

 

「ちょっと力み過ぎじゃない?」

「うん、矢部(やべ)くんなら外野を越える力は十分あるのにね」

「きっと前の試合を引きずっているのよ」

「ああ~、代打を出されたやつね。でも仕方ないじゃん。右バッターは結局、ヒロぴーからヒット打てなかったんだし。あたし以外はっ!」

 

 一緒に話しているあおいと瑠菜(るな)に、胸を張って得意気な表情(かお)をした芽衣香(めいか)

 

「公式記録では、フィルダースチョイスになってますよ」

「なんでよっ!? 絶妙なセーフティーバントだったじゃないっ」

「私に言われましても」

「なっとくいかなーいっ!」

「まあまあ芽衣香(めいか)、落ち着いて。芽衣香(めいか)のバントがあったから勝てたんだし」

 

 あおいが芽衣香(めいか)をなだめている間に、矢部(やべ)は二球で追い込まれていた。

 

「(よっしゃ、珍しく二球で追い込めた。ここはボールになるスライダーを振らせるぞ)」

 

 キャッチャーのサインに首を振った。

 

「(あん? 慎重にいかねぇと......って言っても聞くようなヤツじゃねーし。じゃあこれで)」

 

 二度目のサインにうなづいてモーションを起こす。

 

「(――って、また逆球かよ!)」

「(これは遠いでやんす、ボールでやんす!)」

 

 インコースのボールゾーンへ構えたミットとは真逆のアウトコースのボール球。そこから真田(さなだ)の時と同様にシュートして入ってきた。ボールゾーンからストライクゾーンに向かって来るバックドアのシュートに、早々ボールと判断していた矢部(やべ)は手が出ず見送った。

 

「ス、ストライク! バッターアウトッ!」

 

 無情にも球審の手が上がる、見逃しの三振。

 構えとは正反対の逆球だったが、バッテリーとしては幸運な結果になり、矢部(やべ)としては不運な結果になった。

 

「ったく、相変わらず荒れてるな。首振ったんだからちゃんと投げろよな?」

「オレの制球力は知ってるでしょ? それに結果オーライだったじゃないっすか」

「まあな」

 

 ピンチをしのいで軽い足取りの関願バッテリーとは対称的に、チャンスを潰してしまった矢部(やべ)はとぼとぼと重い足取りでベンチへ戻っていく。

 

「申しわけ......でやんす」

「ない、まで言いなさいよ。てゆーかいちいち落ち込まないっ、さっさと切り替えて守備に行くわよっ」

「待って欲しいでやんす、まだレガースも外してないでやんすー!?」

 

 少し落ち込んでいた矢部(やべ)だったが、ジャスミンとの練習試合の時と同じように、芽衣香(めいか)のはっぱを受けて急いで支度を済ませ、グラウンドへ駆け出して行く。

 

「ムードメーカーだよね、芽衣香(めいか)ちゃん」

「ムード芽衣香(めいか)?」

「また怒られるよ?」

「ナイショでお願いっ」

「はいはい」

「二人とも仲が良いのはとってもステキなことだけど、急いで準備なさい」

「あ、はい!」

 

 理香(りか)に諭され、あおいの手伝いも借りて鳴海(なるみ)は急ぎプロテクターを着ける。そして、瑠菜(るな)のイニング間投球練習を受けてくれていた新海(しんかい)と入れ替わって、キャッチャースボックスで腰を落とした。

 

「お待たせ」

「あと三球よ」

「了解。どうぞ!」

 

 三球目を受け、セカンドへ送球。内野でボールを回し、球審の合図で各々自分のポジションに戻る。

 

『二回表関願高校の四番バッターが打席へ向かいます。前の試合では、試合を決める特大のホームランを放っています! この対決も注目してまいりましょー!』

 

「(ピッチング練習見てもやっぱ大したことねーな。さてと、かるーく放り込んでやるとすっか)」

 

 何の緊張感もなく打席に立つ四番。観察力に長けた恋恋バッテリーは、その油断を見逃さない。

 

「(ずいぶんリラックスしてる、と言うより舐めてるって感じだ。こういう相手は楽できる。三球で仕留めるよ)」

「(ええ、そのつもりよ)」

 

 サイン交換を交わし、初球。

 

「ストライクッ!」

 

 ど真ん中にストレートが決まった。

 

「(――ちょっと待て、なんだ今のは......!?)」

 

 甘いボールを見逃してしまった四番は、慌てた様子で打席を外し、バックスクリーンに目をやった。

 

「(114km/h!? 冗談だろ、130km/h以上出てるように感じたぞ......!?)」

「キミ、もういいかね?」

「あっ、はい、すみません......」

 

 実際数字と体感のギャップに困惑している頭を冷やす間もなく、二球目。またしてもど真ん中のストレート。今度は、バットを出すも完全に振り遅れた。

 

『空振り、ツーストライク! バッテリー、たった二球で追い込んだ。さあ次は、どうする? 一球遊ぶのでしょーか?』

 

「(なんなんだ、これは......? 速いとか遅いとか、そんな問題じゃねぇ。合わせようにもボールの出どころが......)」

 

 鳴海(なるみ)は、相手に思考を巡らせる暇を与えずすぐさま次のサインを出す。

 

「(よし、いい感じに追い込めた。三球勝負で行くよ)」

「(遊ばないの?)」

「(当然。全然タイミング取れてないのに、わざわざ多く見せてあげるなんてお人好しなことしない。それに、ここで四番を潰せば試合の主導権を握れる......!)」

「(私も同じ意見よ。次で仕留めるわ)」

 

 瑠菜(るな)は、ゆったりとモーションを起こす。

 この時バッターは、軽い錯乱状態に陥っていた。前のイニング、チームメイトに大見得をきった手前無様なバッティングはみせられない。しかも、ど真ん中のストレートでさえも上手く合わせられないその焦りが構えに現れしまっていた。

 当然瑠菜(るな)は、その心の乱れを見逃さない。

 

「(相当力んでるわね。それなら()()で――!)」

 

 球持ちの良い瑠菜(るな)の腕から放たれたのはまたもや、ど真ん中のストレート。

 

「(またど真ん中のストレートだとッ!? ふざけやがって......!)」

 

 初球・二球と振り遅れたため始動を早めてバットを振った。だが、そのバットは快音を響かせるどころかずいぶん手前で空振り、虚しく風を切る音をだけ残し。そして、風切り音からワンテンポ遅れて、キャッチャーミットに渇いた小気味良い音を鳴らした。

 

『ストライクバッターアウトッ! 十六夜(いざよい)瑠菜(るな)、なんと四番打者をど真ん中のストレート三つで簡単に料理しましたー! イヤー、見事なピッチングです!』

 

 四番が三球三振に打ち取られ、伊達(だて)は次の回のピッチングに備えて支度を進めつつ思う「この女子(ピッチャー)、オレと同じなのか?」と。

 

 

           * * *

 

 

「スゲー度胸だな、最後の球速を殺してたぞ!」

 

 テレビの画面越しに観戦中の出口(いでぐち)が、瑠菜(るな)のピッチングに声をあげた。

 

「この娘だろ? 渡久地(とくち)が低回転ストレートを教えたと言う娘は」

「正確にはピッチングの基本さ」

 

 瑠菜(るな)が投じた勝負球は、低回転ストレートと一緒に教わった東亜(トーア)の投球術の真髄である、同じ腕の振りから回転数と球速を操ると言うピッチングの基本であり、誰もが目指す理想でもあり、究極。今のは、前の投球とほぼ同じ軌道で球速だけを落としたストレート。

 

「同じ軌道の緩急が利いたストレートか」

「相当タチ悪いですね」

「ああ。バッターは、ピッチングフォームや腕の振りだけじゃなく、リリースされた直後の球道からも球種とコースを予測して打つ。見極めどころの重要なポイントを消されるのは厳しい」

「しかも、低回転ストレートも投げるんだろ? よくこんな短期間で教え込んだな」

「俺は、それほど教えちゃいない。瑠菜(るな)は、納得が行くまで絶対に妥協しない向上心の塊なのさ。まあそれが仇になって暴走(オーバーワーク)しがちなところがあるが、話は素直に聞くからその点だけはコントロールしてやっている」

「そうか」

 

 どこか嬉しそうに東亜(トーア)の話を聞いてい児島(こじま)は、両投手の立ち上がりの違いに率直な感想を述べる。

 

「この試合は前の試合よりは苦労せずに勝てそうだな」

「ですね、相手の投手は制球に苦しんでいるみたいですし。この調子なら自滅するでしょ」

 

 2イニング連続で三者凡退に打ち取られた直後マウンドへ向かう画面の伊達(だて)を見ながら、「さて、どうだかな」と東亜(トーア)は意味深に答えた――。


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