7Game   作:ナナシの新人

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大変お待たせしました。


game42 ~革命~

太刀川(たちかわ)、打ったー! 打球は内野を越え左中間へ飛んでいくーッ!』

 

 カウントツーツーから勝負の五球目。太刀川(たちかわ)は、あおいの投げた勝負球マリンボールを捉えた。ラインドライブの掛かった打球は、やや低い弾道で左中間のド真ン中へ飛んでいく。

 

「レフト、センター、バックーッ!」

 

 立ち上がりマスクを脱ぎ捨てて大声で叫んだ鳴海(なるみ)の指示を受けた矢部(やべ)真田(さなだ)は全速力で、自分たちの方へ飛んでくる打球を追いかけた。

 

「オレは飛び込む! 矢部(やべ)、フォロー任せるぞ!」

「了解でやんすー!」

 

 ランニングキャッチでは追い付けないと判断した真田(さなだ)矢部(やべ)にフォロー頼み、自らはダイビングキャッチを試みる。

 

「とどけぇーっ!!」

 

 しかし、ボールは無情にも飛び込んだ真田(さなだ)のグラブの先をかすめて地面に弾んだ。

 

『落ちたー! ヒット、ヒットです! 太刀川(たちかわ)早川(はやかわ)のパーフェクトピッチを自らのバットで止めましたー! そしてファーストベースを蹴ってセカンドへー!』

 

「(よしっ、二塁(ふたつ)は行ける!)」

「行かせないでやんすー!」

「――えっ!?」

 

 あらかじめ回り込んでいた矢部(やべ)は、打球をフェンス手前で助走をつけながら捕球するとその勢いを利用して素早くセカンドへ返球、ワンバウンドでセカンドベース上の芽衣香(めいか)のグラブに収まった。

 

「おっけー、ナイスよ、矢部(やべ)! やるじゃないっ」

「さすがオイラでやんす......!」

 

『センター矢部(やべ)、見事な返球でバッターランナー太刀川(たちかわ)のセカンド進塁を阻みましたー!』

 

「(うーん、今の行けたかなー? まあ、仕方ないよね)」

 

 躊躇なく走っていればタイミング的にはセーフだったが、あまりに無駄のない守備に一瞬躊躇してしまった太刀川(たちかわ)は、ファーストベースに戻り肘あてを外しながらマウンドに集まる恋恋高校内野陣に目をやった。

 

「......ごめん、打たれちゃった」

「いや、あれはまぐれだろ。オイラだって、あんな悪球打ち狙ってなんて出来ねーぞ?」

 

 まるでゴルフのようなスイングで太刀川(たちかわ)が打ったのは、ストライクからボールになる完璧なマリンボール。普通なら十二分に空振りを奪えるほどの切れと変化だった。奥居(おくい)がフォローしてくれてたとは言え、自信を持ってなげた決め球を打たれた精神的ダメージは大きい。

 

「ちょっとあおい、あんたまさか一本ヒット打たれたからって落ち込んでんじゃないでしょーねっ? もしそうなら自信過剰にも程があるわよっ」

「えっ? 別に、そんなつもりないけど......」

「だったらいちいち謝んないっ。打たれる度に謝ってたらこっちが滅入るわ」

芽衣香(めいか)だけに?」

「ひっぱたくわよ?」

「じょ、じょうだんっ、冗談だよっ」

 

「冗談を言えるくらいだから大丈夫か?」と安心した鳴海(なるみ)は目を外す。するとファーストからマウンドを見ていた太刀川(たちかわ)と目が合い彼女は、してやったりとニコッと白い歯を見せて爽やかに笑った。

 

「......それにしても、とても病み上がりとは思えないね」

「そうだな。ピッチングもさることながらバッティングに関しても練習試合の時と比べ格段にレベルアップしている。おそらく“足”も同様と考えるのが自然だろう」

 

 甲斐(かい)の冷静な分析に誰も異議を唱えることなく同意。鳴海(なるみ)は、ネクストバッターズサークルで準備しているバッターを確認。

 

「ネクストは練習試合に居なかった、夏野(なつの)さんか。十中八九送ってくるとは思うけど......」

 

 想定外の太刀川(たちかわ)成長(レベルアップ)から、エンドランや盗塁の足を使った攻撃の可能性を視野に入れざるを追えないでいた。

 

「いつも通り、決めつけずにあらゆる攻撃を想定して守ろう」

「おうよ。浪風(なみかぜ)太刀川(たちかわ)が走ったらベースにはオイラが入るぜ」

「おっけー、右打ちは任せなさい、全部止めたげるわっ」

「俺たちは、バントとバスター両方に備えるぞ」

「オーライ、セカンドで封殺してやるぜ」

 

 それぞれの役割を確認しながら守備に戻るナインたちを横目に東亜(トーア)は、理香(りか)にこの場面でどう采配するかを訊いた。

 

「もちろん送るわ」

「練習試合で、あおいから盗塁を決めているのにか?」

「当然よ、確実に決めれる保証がないんだもの。リスクが高すぎるわ」

 

 理香(りか)の迷いのない明確な答えに東亜(トーア)は、どこか愉快そうに小さく笑った。

 

「なーに? 間違いなの?」

「そう言う意味じゃねーよ、そもそもことの本質が違うのさ。この場面は、送りバントだろうが、強攻策でいこうが、それは然して重要なことじゃない」

 

 東亜(トーア)の視線の先、聖ジャスミン学園ベンチで指揮を取る監督――勝森(かつもり)が腕を組み険しい顔で悩んでいた。

 ようやく出たランナー、当然ここは大事に行きたい。通常なら迷うことなく手堅く送りバント一択の場面なのだが。あおいのアンダースローはクイックが難しい投球モーションに加え、練習試合でまさに太刀川(たちかわ)盗塁を決めていることが頭を過り采配に迷いを生じさせていた。

 当然ながら東亜(トーア)には、そんな勝森(かつもり)が悩ましい心理状態であることを手に取るように分かっていた。

 

「フッ......この場合で監督が絶対にしてはいけないことがある。どっちつかずの中途半端な采配だ。バント、バスター、エンドラン、別にどんな采配をしても構わない。重要なことは“迷わず明確な指示”を出すと言うことだ。さっきの理香(おまえ)のようにな」

「さっきの私みたいな、迷わず明確な指示......?」

「監督ってのは、どんな状況下においても選手に迷いや不安を絶対に悟らせてはならない。指揮官がほんの僅かでも弱さを見せれば、その不安は連鎖し、おのずと士気も落ち、敗北への一歩となり得る。来年からは理香(おまえ)が指揮を取るんだ、覚えておけ」

 

 ――ええ、と理香(りか)は真剣な表情(かお)でうなづいた。

 そして、悩みに悩んだ挙げ句勝森(かつもり)が出したサインは、ランナー優先のランエンドヒットだった。「了解」とヘルメットのツバに指を触れた夏野(なつの)は、バッターボックスに入って足場を慣らす。

 

「(ランエンドヒット......ヒロぴーの出方次第で合わせなきゃならないってワケね。バントより神経使いそうだわ)」

「(うーん、走れるかな? さっきの高速シンカーは上手く打てたけど練習試合の時より数段キレてた。ストレートの球速も上がってるし、単独は厳しいかも。それなら――)」

 

 盗塁は厳しいと判断した太刀川(たちかわ)は、夏野(なつの)にサインを送った。

 

「(ナッチ、エンドランで行こうっ)」

「(エンドランで? ふーん、無理な盗塁はしないってワケね。おっけー、あたしとしても決まってる方が割り切り易いし)」

 

 夏野(なつの)は、うなづいて球審に軽く会釈をしてバットを構える。球審の合図で試合再開。

 初球は盗塁を警戒し、アウトコースへストレートを外した。太刀川(たちかわ)は走らず、夏野(なつの)は見送り。ボールワン。

 

「(走る気配もバントの構えもなかった。普通に打たせるのか、それともカウントか球数で仕掛けるつもりかな? どちらにしても警戒しすぎてカウントを悪くすれば仕掛けやすくなる、それこそ相手の思う壺だ。次は、マリンボールでストライクをもらっておこう)」

 

 サインにうなづいたあおいは、一球牽制を挟んで二球目を投じた。真ん中やや内寄りの甘いコースからひざ元へ鋭く変化するマリンボールで空振りを奪った。カウント1-1。

 

「(甘く来たから思わず振っちゃった、空振りになってよかったわ。まあ空振りでよかったってのも何だか情けないけど......。よし、ちょっと工夫して、と)」

 

 胸を撫で下ろした夏野(なつの)は、一旦バッターボックスを外してバットを握り直しながら太刀川(たちかわ)と仕掛けるタイミングを見計らい、今度はバントの構えを取った。

 

「(ここでバント?)」

「(いや、構えだけの見せ掛けだよ。本気でバントするならもっと腰を落としてオープンに構えるはず。惑わされずに攻めるよ)」

「(うんっ)」

 

 ブラフを見破ったバッテリーは、アウトコースのストレートを選択。通常なら右打ちをさせたくないところだが。ベースカバーには奥居(おくい)が入ると宣言しているため、敢えて芽衣香(めいか)が守るセカンドへ打たせる配球を選択した。

 

「(鳴海(なるみ)のサインは外のストレート、仕掛けてくるならこのカウントと見てるワケね。よーし、ここがあたしの見せ場ねっ、やってやろーじゃないっ)」

 

 確実に自分のところへ打たせるため芽衣香(めいか)は、一歩セカンドベース寄りに守備位置を変える。

 そして、三球目。

 

太刀川(たちかわ)、走ったー!』

 

 モーションに入ると同時に太刀川(たちかわ)がスタートを切る。

「走ったわよ!」と芽衣香(めいか)が大声でバッテリーに伝え、奥居(おくい)は予定通りセカンドのベースカバーに向かう。そして、芽衣香(めいか)も動いた。

 

「(――外のストレート! 右打ちにはおあつらえ向きじゃんっ! よーし、芽衣香(セカンド)もカバーに向かってるし、もらったわっ!)」

 

 セカンドの芽衣香(めいか)がベースカバーに入ると確信した夏野(なつの)は、素早くバントからバスターに切り替え、下から上への軌道を描くストレートを打ち上げない様にボールの上を叩いて狙い通り右へ転がした。

 

「いらっしゃーいっ、落とし穴へようこそー!」

「えっ? な、なんでそこに居るのよっ!?」

 

『な、なんとぉ! セカンドベースへ向かったハズの浪風(なみかぜ)が正面で打球を捕球!』

 

奥居(おくい)っ!」

「おおよ!」

「ア、アウトーッ!」

「ナイス、浪風(なみかぜ)! ほい、ファースト!」

 

『なんと、スタートを切っていた太刀川(たちかわ)をセカンドで封殺ーッ! 素早くファーストへ転送......際どいタイミング! 塁審の判定は――』

 

 併殺だけは逃れようと必死に走った夏野(なつの)と腕を伸ばし捕球した甲斐(かい)、セーフともアウトとも取れる際どいタイミング。一塁塁審は、少し間を開けて両手を横に広げた。

 

「セ、セーフッ!」

 

『セーフ、セーフです! ジャスミン学園、最悪の結果だけは避けられましたーッ! イヤーまさに、手に汗握る攻防! 息詰まる投手戦!』

 

「お前たち、また中継を見ているのか?」

「あ、監督」

監督(ボス)、お疲れさまです」

 

 千葉マリナーズ本拠地の控え室で恋恋高校対聖ジャスミン学園の試合観戦をしている高見(たかみ)とトマスのもとへ千葉マリナーズ監督――忌野(いまわの)がやって来た。

 

「ブルックリンが呆れていたぞ『高校野球(ハイスクール)試合(ゲーム)なんぞ観ても時間のムダだ』とな」

「ははっ、無駄どころか見習うべきプレーも数多くありますよ。彼らからは」

高見(お前)が高校生から? 冗談だろう」

「そうでもないですよ、ボス。今もちょうどハイレベルなプレーが出たところです」

「......フム」

 

 忌野(いまわの)はタブレット端末の画面をしぶしぶ覗き込んだ。ちょうど夏野(なつの)の打席のリプレイ映像が流れている。

 

「普通のゲッツー崩れのようだが、このプレーが高等技術なのか?」

「別アングルを変えます。セカンドの動きに注目してください」

 

 別アングルの映像には夏野(なつの)の席中、芽衣香(めいか)が行った一連の動きがはっきりと写し出されていた。

 

「セカンドは、確実に自分のところへ打たせるため予めセカンド寄りにポジションを取り、ランナーが走った瞬間体をセカンドへ向けたんです。足の向きは、そのままで。このデコイによりバッターは、ベースカバーに向かったと思い込み、コースは二の次に右打ちをした。そして彼女の狙い通り、定位置より少しセカンド寄りに守っていたところへ打たされてしまったと言うワケです」

 

 高見(たかみ)の解説を聞いて息を飲んだ。たかが高校生それも女子選手が、あの一瞬でこれほど頭脳的なプレーを行っていたことに。

 

「監督をしているとは聞いていたが、やはり“あの男”の教えか......!」

「今投げているピッチャーもいいですよ、ボス」

「ほう、確かにコントロールは良いようだ。だが、やはり球威は無いようだな」

 

 真ん中への失投と思われたがベース付近で急降下しワンバウンド、バントを試みた九番バッターほむらのバットにかすらせず空振りの三振を奪った。

 

「なんだ、今の変化球は!?」

「マリンボール――球威・変化・キレの全てを兼ね備えた、彼女の決め球です」

「球速はそれほどないとはいえ、あれだけバッターの手前で急変化されたらプロでもついていけるかどうか。初見で見極められるのは、(いつき)くらいですよ。それにあのボールを一度も後逸しないキャッチャーの存在が大きい。よくもまあ止め続けられるもんだ」

「当然だよ。彼は、球速130~150km/hの間のストレートと変化球をランダムに設定されたピッチングマシンで、ショートバウンドを捕球する練習を毎日こなしているからね」

「なるほどな、あの並外れた捕球力の高さにはそれ相応の裏付けがあるわけか。しかし渡久地(とくち)のヤツ、マジで鬼だな」

 

 トマスは、画面の中でリードする鳴海(なるみ)に同情した。

 あおいは後続を抑え、スリーアウトチェンジ。恋恋高校は攻撃の、ジャスミン学園は守備の準備に取りかかる。

 

「今年の高校野球は本当にレベルが高い。特にサウスポーは豊富です。春の覇者アンドロメダの大西(おおにし)、あかつきの猪狩(いかり)、覇堂の木場(きば)、神楽坂大附属の神楽坂(かぐらざか)、白轟の北斗(ほくと)。そして今、ピッチング練習をしている太刀川(たちかわ)、ベンチの瑠菜(るな)ちゃんも素晴らしい素質と才能を持っています」

「投手に不安のある千葉マリナーズ(うち)に取っては嬉しい悩みじゃないですか? ボス」

「おいおい、オレの一存で決める訳じゃないんだぞ。しかし一度、リストを見直す必要はあるかも知れんな」

 

 そう言った忌野(いまわの)だったが、高見(たかみ)から右投手や野手・捕手にも良い選手が数多く居ると聞かされると腕を組んで天井を仰いだ。

 

「むぅ......」

「悩み過ぎですって」

「はははっ、だけど......。もしかしたら彼らは......イヤ、あおいちゃんや芽衣香(めいか)ちゃん、彼女たちも含めて革命を起こすかも知れません。プロ野球の世界に――」

 

 そう言って嬉しそうに笑った高見(たかみ)

 その笑顔にはプロで戦える楽しみと、どこか安心したような笑顔だった――。


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