7Game   作:ナナシの新人

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大変お待たせいたしました。


game40 ~カラクリ~

『おっと打ち上げたー! 内野フライです! ショートストップ小山(おやま)(みやび)、落下点に入ってガッチリ捕球、スリーアウトチェンジ!』

 

 スリーアウト目を見届けたマウンドの太刀川(たちかわ)はその場で小さくガッツポーズをして、意気揚々とベンチに戻り、チームメイトをハイタッチを交わて腰を落ち着けた。

 

「ナイスピッチですぞ、タオルをどうぞにょろ」

「ありがと、ねこりん」

 

 新しく入ったマネージャーの“猫塚(ねこづか)かりん”から受け取ったタオルで額から流れる汗を拭い、スポーツドリンクで喉を潤しながら五回裏の攻撃を見守る。

 

「セカンッ!」

「オッケー! ファースト!」

「アウト!」

 

『五回裏の聖ジャスミンの攻撃は、前の試合ホームランを打った四番、大空(おおぞら)からの好打順でしたが三者凡退に打ち取られて、この回も無得点。恋恋高校先発早川(はやかわ)の変幻自在のピッチングの前に、未だパーフェクトに抑えられています!』

 

 外のカーブを打たされてセカンドゴロに打ち取られた小鷹(こだか)は、ベンチに戻ると急いでプロテクターを付ける。太刀川(たちかわ)はその手伝いをしてながら、あおいの投球について訊ねた。

 

「練習試合の時とは別人よ。特に低めの制球力は格段に向上してるわ」

「流石だねっ」

「嬉しそうに言わないっ。あの子を打ち崩さないと私たちは、甲子園に行けないのよ?」

「えへへっ、もちろん分かってるよ。大丈夫、あたしだって負けないからさ!」

「はぁ......相変わらずノーテンキね。オッケー、勝ちに行きましょ!」

「うん!」

 

 二人揃ってベンチを飛び出し、イニング間のピッチング練習を開始。

 六回表恋恋高校の攻撃は、七番センター矢部(やべ)からの打順。こちらもジャスミンと同様、絶望的な大ケガから復活した太刀川(たちかわ)の前に五回までパーフェクトに抑えられていた。

 

「さて、ここまでパーフェクトに抑えられているワケだが印象はどうだ?」

 

 東亜(トーア)はグラウンドを気に止めることも無く、先頭バッターの矢部(やべ)を含めて全員に太刀川(たちかわ)のピッチングについて訊いた。

 まず最初に答えたのは、不動の二番打者でチームいちの選球眼を持つ葛城(かつらぎ)

 

「ストレートも変化球も練習試合より来てます。特に真っ直ぐの手元での切れはダンチです」

「確かに、オイラも二打席ともストレートに差し込まれたぜ。二打席目に関しちゃあ完璧に捉えたと思ったのになぁー」

 

 対戦した他のナインたちも奥居(おくい)たちとほぼ同じ感想を抱いていた。捉えているのに何故か、守る野手の守備範囲に打球は飛ぶ。ジャスミンに破れ去った激闘第一と同じ状況になっていた。

 しかし、彼らと違ってナインたちに油断や慢心は一切無い。つまり何らかの別の要因があると言うこと。東亜(トーア)はそれを探るべく、先頭バッターの矢部(やべ)に指示を出す。

 

「ふーん、なるほどな。矢部(やべ)

「はい、でやんす」

「三球目、内角のストレートを一発狙って振ってこい」

「了解でやんす! 期待に答える男・矢部(やべ)、先制してくるでやんす!」

 

 ビシッ! と敬礼してバッターボックスへ向かった。

 

『さあ六回の表恋恋高校の攻撃は七番、魅惑のメガネボーイ矢部(やべ)! キラリと光る瓶底メガネの上からでも分かるみなぎる闘志、気合い十分に構えます!』

 

「来いでやんす!」

「(気合い入ってるわね。まあ当然か、何せ太刀川(ヒロ)の前にパーフェクトなんだから。でも油断は出来ないわ。打順は下位打線(ななばん)だけど、この眼鏡(バッター)も長打力があるんだから)」

「(うん、分かってるよ)」

 

 バッテリーは矢部(やべ)の長打を警戒して、一打席目に空振り三振に取った外へ逃げるシンカーから入った。しかし、矢部(やべ)は釣られず簡単に見逃した。

 小鷹(こだか)はチラリと矢部(やべ)に目をやってから、ボールを太刀川(たちかわ)に投げ返し、二球目。

 

『ボール、ボールです! 外から大きく曲がって来る変化球(カーブ)でしたが、これも僅かに外れてツーボール・ノーストライク! 次はストライクを取りたい場面、バッテリーは何を選択するのでしょーカ? 目が離せませンッ!』

 

「(......二球目もあっさり見送られた、て言うか反応すらしなかった?)」

「(――次でやんす!)」

 

 東亜(トーア)の指示のお陰で迷いを断ち切った矢部(やべ)は、きわどいコースの投球を平然と見送りグッと力を込める。

 バッテリーはサイン交換をして、運命の三球目を投げた――。

 

「(来たでやんす!)」

「(オープンステップ、まさか狙われた!? マズイわ!)」

 

 インコースのストレートに対し、オープンステップで完璧に合わせた。

 

矢部(やべ)、打ったー! 快音を残して打球はレフト上空へ高々と舞い上がったー! レフトバック!』

 

「行ったでやんす......!」

「レフトッ! 後ろよーッ!!」

 

 矢部(やべ)は手応えから柵越えを確信、小鷹(こだか)も運ばれた確率が高いと感じながらもマスクを外して、大声でレフトに指示を出す。

 

『レフト、柳生(やぎゅう)鞘花(さやか)、フェンスにぴったりついて上空を見上げるぅー! 打球は中々落ちて来ませンッ! これは行ったか? 行ってしまうのカーッ!? みなさん、準備はよろしいでしょーか!?』

 

 ――やられた、持っていかれた。

 小鷹(こだか)は、自分の配球ミスを悔やんで顔を下げてしまう。そんな彼女に太刀川(たちかわ)は、白い歯を見せながら笑顔で声をかけた。

 

「大丈夫だよ、小鷹(タカ)

「えっ?」

鞘花(さやか)、1メートル前!」

「わかった」

 

 太刀川(たちかわ)の言葉を聞いて柳生(やぎゅう)は、フェンスを離れ1メートル前に歩みを進め上空を見上げると、グラブを掲げた。そして、その彼女のグラブを目掛けて打球が落ちて来る。

 

『おや、これは......ああーっと失速、失速です! 打球が落ちてきます! そして――』

 

 矢部(やべ)の打球は太刀川(たちかわ)の言葉通り、フェンス手前1メートルの地点で柳生(やぎゅう)が構えたグラブにドンピシャで収まった。

 

『レフトフライ、ワンナウトー! いやー、わたくしの勇み足でございました。お詫び申し上げます、申し訳ございませんでしたー! 太刀川(たちかわ)のパーフェクトピッチングは続きます!』

 

 セカンドベース付近で茫然と立ち尽くす矢部(やべ)は、塁審に促されとぼとぼと重い足取りでベンチへ戻って行く。

 

「今の打ち損じたのかしら?」

「いや、矢部(やべ)表情(かお)からして違うな。打ち損じたんじゃない、打ち損じさせられたんだ」

「どう言うこと?」

 

 東亜(トーア)は、理香(りか)の疑問に答えずネクストバッターズサークルで準備をしていた芽衣香(めいか)を呼びつける。

 

「はーい、なんですかー?」

「バントしてこい」

「......はあ?」

 

 芽衣香(めいか)が、すっとんきょうな声を上げるのは当然。ワンアウトランナー無しの場面では絶対あり得ないバントの指示。

 

「ちょっとどう言うつもり?」

「“ボールをしっかり見て”バントするだけだ」

「だから、どうしてこの場面でバントなの?」

「今だからこそだ。この回を含めあと4イニング、このイニングをくれてやる代わりにこの試合(ゲーム)を貰う。そのために重要な投資(バント)だ」

 

 普段と変わらず慌てるそぶりは微塵も見せない東亜(トーア)の前に、芽衣香(めいか)の気持ちを代弁していた理香(りか)は何も言い返せない。はぁ......と、ひとつ息を吐いた。

 

「変化球はすべて捨てて、ストレートをだけを狙い、芯に当てろ」

「コースは?」

「どこでもいい。ファールアウト、変化球の見逃し三振も気にするな。とにかくしっかり見て、ストレートを芯に当てろ」

「......わかりました。ストレートをバントしてアウトになってきますっ」

 

 バッターボックスへ向かった芽衣香(めいか)は、バットを横に寝かしてバントの構え。

 

『おや、これはいったい......。八番バッター、浪風(なみかぜ)芽衣香(めいか)、最初からバントの構えを取りました。この意図はなんなのでしょーか?』

 

 キャッチャーの小鷹(こだか)も、マウンドの太刀川(たちかわ)も、そして球審さえも芽衣香(めいか)の取った行動を不思議に想い、スタンドからもどよめきが起こった。

 

「いったいどう言うつもりなのよ? 揺さぶりのつもりかしら?」

「違うわよ。見ての通りバントよ、バント」

「......本気? バスター狙ってんじゃないの?」

「狙ってないって、ただのバント。バントしてアウトになって来いって言われたの」

「二人とも、私語は慎みなさい」

 

「すみません......」と二人一緒に謝って、試合再開。改めてバントの構えを取った芽衣香(めいか)、当然バッテリーはバスターを警戒してボールから入った。ストライクゾーンを大きく外れた変化球に対し、バットを引いて見送る。ボール、カウント1-0。

 

「(......バットを引いたわね。やっぱりバスター狙いなのかしら? 次は、ストレートで様子を見てみましょ)」

「(おっけー)」

 

 第二球、外のストレート。これもボール球。

 

「(ストレート! ちょっと外れてるけど、このくらいなら届くわっ)」

「ええっ?」

「うそでしょっ!?」

 

 芽衣香(めいか)は、腕を伸ばしてボールゾーンのストレートをバントした。しかし、芯には当たらず一塁側ファールゾーンへ転がった。球審は両手を上げてファールを宣告。

 

「すみません、タイムお願いしますっ」

「うむ、タイム」

 

 タイムを要求して、内野手全員でマウンドに集まり作戦会議。

 

芽衣香(めいか)のやつ、本当にバントしてきたわよっ」

「そう思わせることが狙いかも知れないッス。駆引きは、渡久地(とくち)監督の専売特許ッス!」

「......油断させてのバスター、十分考えられるわね。仮にバントを警戒して前に突っ込んで――」

 

 守備位置や打球処理に対する確認している間、理香(りか)東亜(トーア)に改めてこのバントの意図を訊ねた。

 

「これが狙いだったの?」

「こうなり得ることは想定していた。だが言った通り本命は、ストレートをバントすることだ。矢部(やべ)の打席、ボール球の変化球だったとは言え初球・二球は狙えば十分ヒットは打てた、長打もあり得ただろう。だが、あえてストレートを狙わせた」

 

 目先の一本(ヒット)より、勝利が絶対優先。

 仮に変化球を狙いチャンスを作っても結局、要所で投げられるストレートを打ち崩さなければ得点には繋がらない。東亜(トーア)は、チーム一のバッティング技術と動体視力を持つ奥居(おくい)が二度打ち損じ、狙い打った矢部(やべ)も打ち取られたストレートの秘密を探るべく、芽衣香(めいか)にバントの指示を出した。

 ジャスミンが守備に戻り試合再開、同時に芽衣香(めいか)は再びバントの構えを取った。

 

「(さっきはファールになってくれて助かったわ。芯にも当てられなかったし、やっぱりボール球は打つのもバントするのも難しいわね。次は、ストライクのストレートをしっかりバント......!)」

「(またバントの構え、作戦通りに行くわよっ)」

 

 小鷹(こだか)の指示で守備陣形が大きく変わった。外野三人は前進、大空(サード)ほむら(ファースト)はライン際にポジションを取りバスターを警戒、小山(ショート)夏野向日葵(セカンド)は両サイドの広く空いたポジションをケア、センター前はヒットは仕方ないと言う、木製バットで長打の確率が低い芽衣香(めいか)に対するシフトを敷いた。

 

「(これならバスターでもバントにも対応出来るわよ?)」

「(ふーん、まっ関係無いけど。あたしはあたしの仕事をするだけだもん)」

 

 バッテリーは変化球で見逃しのストライクを取り、1-2と芽衣香(めいか)を追い込んだ。

 

「(あーあ、追い込まれちゃった。でも見逃し三振してもいいって言われてるし、気楽なものなのよね~)」

「(今度は、たいして難しくないストライクゾーンの変化球をあっさり見逃した......。いったい何を狙ってんのよ? って何で追い込んだのに、こっちが追い込まれたみたいになってんのよっ? 警戒し過ぎて自滅でもしたらそれこそ相手の思う壺だわ。ここは強気で勝負するわよ!)」

 

 サインに頷いた太刀川(たちかわ)は、ノーワインドアップから四球目を投げた――低めのストレート。

 

「(ナイスボール! 見逃ば三振、バスターするのにも難しいコースよっ)」

「(はい来た、ストレート。しっかり狙って――えっ?)」

 

『あーっと! 浪風(なみかぜ)、スリーバントを試みたが打ち上げてしまったー! キャッチャーフライ! 小鷹(こだか)が掴んでツーアウト!』

 

芽衣香(めいか)、ドンマイだよ」

「ごめん、あおい!」

「へっ?」

 

 バント失敗した芽衣香(めいか)は、あおいの励ましにも答えず駆け足でベンチに戻って今の打席で得た情報を報告。

 

「動いた!」

「動いたって、何が?」

 

 芽衣香(めいか)の主語が抜けて要領を得ない発言に、瑠菜(るな)は聞き返す。しかし、東亜(トーア)とっては十分な言葉だった。

 

「フッ......やはりな。見えたぜ、太刀川(あいつ)のピッチングのカラクリがな」

「ホントっ?」

「この試合、勝負のカギを握るのは――アイツだ」

 

 東亜(トーア)の視線の先に居たのは高校から野球を始めた――六条(ろうじょう)だった。

 

 


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