「おそらく
プロ野球移動日の月曜日。所属球団が本拠地を構える千葉県内のレストランでチームメイトのトマスと昼食を摂っていた
液晶画面に表示された電話の相手は、以前
『ローテイショナルですか?』
「そう。
日本ではプロでも、アマでも、主流は
一方、
「まさかローテイショナル打法を使いこなす高校生が居るとはね、驚いたよ」
『あの
「その声は、
『うっす』
はるかに電話を替わってもらった
『そのローテイショナル打法って、バットが加速したりするんっすか?』
「加速? どういうことだい?」
『えっと、打ったヤツは左で。端から見たら完全に振り遅れて差し込まれていたんです。でも打球は、ライトへ飛んで行ったんで......』
「(......妙だな。ローテイショナル打法は、手元で高速変化するムービングボールを見極めてから最短で打つために編み出された打法だ。予備動作が小さい分振り出しは速くなるが......だけど、スイング中にバットヘッドが加速するなんて。ローテイショナル打法はもちろんのこと、従来のリニアウェイトシフト打法でもあり得ない現象だ)」
「どうだ?
「やはりローテイショナル打法で間違いないね。軸がまったくブレていないし、完成度はかなりのモノだ。しかし――」
動画をスイング開始まで巻き戻し、スロー再生させる。
「......やはり加速しているように見えるな」
「だな、スローで見るとよく分かる。スイング開始時から考えると、インパクト時のヘッドスピードは異常だ」
「出せますか?」
「やってみます」
頼まれたスタッフは、おおよその数値を割り出すため解析ツールを飛ばす。解析結果を待つ間、動画を見ていた
「............」
「どうした?」
「この絵、何かおかしくないか......?」
「ん? うーん......」
トマスは静止中の画像を隈無くチェックしたが、特にこれといった発見は見つけられなかった。
「わからん。オレには、ただバッターの背中が写っているだけにしか見えない。考えすぎじゃないのか?」
「(やはりトマスの言う通りなのか......。イヤ、何かが変だ。いったい何なんだ、この違和感は......画像がブレているからか?)」
画面に写る静止画は、オリジナルの画質と比べるとずいぶん解像度は上がっている、がやはり細部に荒さは残っている。ハッキリとわからない分、正直
「初速の方は割り出せましたが......」
「そうですか、どうもありがとうございました」
礼儀正しくお礼を言って、二人は部屋を出る。
「交流戦明けの初戦は、大阪バガブーズだったよな」
「ああ......ってお前、まさか!」
「ああ、直接見に行ってくる。京都へ......!」
「おいおい、いくらスランプ脱却の借りがあるからって。何もそこまでする必要はないだろ?」
若干呆れた様子のトマスに、
「別に、そんなつもりじゃないさ。ただ――」
「ただ?」
「本気で海外を視野入れた僕が新たに会得しようと躍起になっている
解き明かせない未知の技術に、まるで新しいおもちゃを手に入れた子どものように、
* * *
「はぁ~......」
「また大きなタメ息ですね、あおい」
「またみんなに迷惑かけちゃった......」
週末の練習試合、ダブルヘッダーの二試合目。
先週の試合に続きまたもあおいは、早い回でノックアウトされてしまった。投球内容も前回の試合と同様に四球でランナーを貯めては、真ん中から外寄りの甘いボールを打たれての失点。二戦続けて同じ失敗を繰り返し。
それでも誰も責めたりはしない。むしろ不調のあおいをみんな心配していた、どこか愉快そうに笑う
「コーチは、どうして何も言わないんだろう......?」
「あおいのことを信じているのではないでしょうか。あおいなら自分で立ち直るって」
「......そう、なのかな?」
不甲斐ないピッチングに叱咤も、激励も、アドバイスも何も言わない
グラウンド整備を行うナインとベンチで話すあおいとはるかを、空き教室から見守る
「やっぱりインコースへ投げるのを無意識に怖がっているのね。今日の試合もインコースの要求に対しては、ことごとく逆球だったわ」
「バッターボックスとマウンド、状況は違うとは言え。硬球は凶器になりうる代物だ。一度認識してしまった恐怖と云うものは、そう簡単にはぬぐえないモノさ」
事実、プロの世界でも、デッドボールをきっかけに成績を極端に落とす選手も少なからずいる。特に、頭へのデッドボールを受けた場合の影響は顕著。慢性的な目眩などの後遺症による身体的なもの。恐怖で踏み込めず、腰が引けまともなスイングが出来なくなるなど、心的な理由で引退を余儀なくされる選手も過去にいる。
同時に、当てた投手の方もあおいと同じようにインコースを攻められなくなることもある。
「で、首尾はどうだ」
「今日、本格的に始めたそうよ。さっき連絡を受けたけど、むしろ今までにない違和感を覚えたみたい。文字通り付き物が取れたってところかしら、あなたの方は?」
「さてね」
「ふふっ、順調みたいね」
スコアブックを閉じて、
「みんな、お疲れさま」
「あっ、監督。お疲れさまです!」
「そのままでいいから、ちゃんと聞いてね」と、
「来週末にはもう六月......つまり夏の予選まであと一月よ」
三年にとっては高校生活の集大成、最後の大会。昨年度出場停止処分を受けた恋恋高校にとっては、今回が本格的な参戦となる。
「今日の練習試合を最後に以降の練習試合は組まないことにしたわ」
「......えっ!?」
今までの練習試合を組んで来たのは、野球部と夏の予選で采配を振るう
「事情が変わったの。それと来週から特別メニューに切り替わるから、みんな水着の準備を忘れないように」
「水着......ですか?」
突然のことに戸惑う中、
「そ、水着。私物でも、学校指定の水着でもいいわよ。女子はビキニでもいいけど、あまりはオススメはしないわ」
「は、はぁ? わかりました......」
「はい、連絡は以上よ。それじゃあみんな気を付けて帰ってね」
背を向けて校舎へ戻っていく
ベンチに残されたナインたちは訳もわからず、しばらくのあいだ途方に暮れていた。
「何で水着なんだろうね? まだ授業でも使わないのに」
「さあ、どうしてだろう?」
「水着でノックでもするんでやんすかね?」
「そんなワケないでしょ」
「通報されるな」
「はるかは、何か聞かされていないの?」
「いえ、なにも。でも練習メニューは全て
「きっと特別な意味があるわね」
「はい、私もそう思います」
「明日、水着を買いに行こうかしら」
「あっ、あたしも行くっ。あおいも行くっしょ?」
「え? あ、うん、いいけど」
水着を買いに行くと聞いて
「じゃあオイラが選ぶの手伝ってやるぜ!」
「オイラも行くでやん――」
「却下」
「即答かよ。
「無慈悲でやんす......」
二人の不埒な欲望は、
* * *
「みんな面を食らってたわよ」
「だろうな」
いつものように二人の前にはアルコールが注がれたグラスが置かれ、薄暗い店内には落ち着いた曲調のジャズが流れている。
「ふふっ、来週からの練習はもっと驚くでしょうね。何せ、もう本番まで一切野球をしないんだから」
「......ケアはお前に任せる。確実に焦りが生まれるだろう」
「分かってるわ、任せてちょうだい。私も、あなたが考えるプランに異論はないもの。ただ......大丈夫なの?」
「そう心配するな、四回戦までは余裕だ」
「四回戦って、シード校が出てくるわよ?」
「問題ない、まあ楽しみにしてな。なんなら決勝まで全試合コールドゲームで終わらせやろうか?」
「相変わらず強気ね、普通でいいわよ普通で」
それは彼女にも十分わかっていた。