7Game   作:ナナシの新人

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game34 ~違和感~

「おそらく軸固定回転(ローテイショナル)と言われる打ち方だよ」

 

 プロ野球移動日の月曜日。所属球団が本拠地を構える千葉県内のレストランでチームメイトのトマスと昼食を摂っていた高見(たかみ)の元へ、一本の電話がかかってきた。

 液晶画面に表示された電話の相手は、以前高見(たかみ)が恋恋高校のグラウンドで練習していた際に電話番号を交換していた、恋恋高校マネージャーのはるか。

 

『ローテイショナルですか?』

「そう。体重移動(リニアウェイトシフト)打法が主流の日本ではプロでも扱える選手は殆どいない。近年パワーピッチャーが増えて来た米国リーグで主流になりつつあるの打法さ」

 

 日本ではプロでも、アマでも、主流は体重移動(リニアウェイトシフト)打法と言われる打ち方。足を上げてタイミングを計り、前へ踏み込む体重移動の力を利用し飛距離を伸ばす打法。

 一方、軸固定回転(ローテイショナル)打法はステップを極力なくし、その場でクルッとコマのように身体を回転させることで生み出される回転運動を利用する打法。身体の軸がブレ難いため確実性が上がるが、体重移動で生み出される力を利用出来ないため、強靭な筋力と体幹バランスを求められる。

 

「まさかローテイショナル打法を使いこなす高校生が居るとはね、驚いたよ」

『あの高見(たかみ)選手』

「その声は、奥居(おくい)くんか」

『うっす』

 

 はるかに電話を替わってもらった奥居(おくい)は、壬生の沖田(おきた)が先制点を叩き出したホームランで疑問に想ったことを訊ねる。

 

『そのローテイショナル打法って、バットが加速したりするんっすか?』

「加速? どういうことだい?」

『えっと、打ったヤツは左で。端から見たら完全に振り遅れて差し込まれていたんです。でも打球は、ライトへ飛んで行ったんで......』

「(......妙だな。ローテイショナル打法は、手元で高速変化するムービングボールを見極めてから最短で打つために編み出された打法だ。予備動作が小さい分振り出しは速くなるが......だけど、スイング中にバットヘッドが加速するなんて。ローテイショナル打法はもちろんのこと、従来のリニアウェイトシフト打法でもあり得ない現象だ)」

 

 奥居(おくい)の話が気になった高見(たかみ)は「何か分かったら連絡する」と伝え、トマス愛用のタブレット端末へ動画を送ってもらい、球団事務所へ場所を移動。出勤していたデータ解析担当のスタッフの協力の元より鮮明な画質で、二人は動画をチェックする。

 

「どうだ? (いつき)

「やはりローテイショナル打法で間違いないね。軸がまったくブレていないし、完成度はかなりのモノだ。しかし――」

 

 動画をスイング開始まで巻き戻し、スロー再生させる。

 

「......やはり加速しているように見えるな」

「だな、スローで見るとよく分かる。スイング開始時から考えると、インパクト時のヘッドスピードは異常だ」

「出せますか?」

「やってみます」

 

 頼まれたスタッフは、おおよその数値を割り出すため解析ツールを飛ばす。解析結果を待つ間、動画を見ていた高見(たかみ)は、画面の映像に妙な違和感を覚えて動画を止めた。静止中の画像は、ちょうどインパクト時の映像。

 

「............」

「どうした?」

「この絵、何かおかしくないか......?」

「ん? うーん......」

 

 トマスは静止中の画像を隈無くチェックしたが、特にこれといった発見は見つけられなかった。

 

「わからん。オレには、ただバッターの背中が写っているだけにしか見えない。考えすぎじゃないのか?」

 

 高見(たかみ)は、もう一度画面を注視する。

 

「(やはりトマスの言う通りなのか......。イヤ、何かが変だ。いったい何なんだ、この違和感は......画像がブレているからか?)」

 

 画面に写る静止画は、オリジナルの画質と比べるとずいぶん解像度は上がっている、がやはり細部に荒さは残っている。ハッキリとわからない分、正直高見(たかみ)自身も絶対と言える根拠は無い。ただ漠然とどこか違和感を覚えてた、ただそれだけだった。

 

「初速の方は割り出せましたが......」

「そうですか、どうもありがとうございました」

 

 礼儀正しくお礼を言って、二人は部屋を出る。

 

「交流戦明けの初戦は、大阪バガブーズだったよな」

「ああ......ってお前、まさか!」

「ああ、直接見に行ってくる。京都へ......!」

「おいおい、いくらスランプ脱却の借りがあるからって。何もそこまでする必要はないだろ?」

 

 若干呆れた様子のトマスに、高見(たかみ)は笑った。

 

「別に、そんなつもりじゃないさ。ただ――」

「ただ?」

「本気で海外を視野入れた僕が新たに会得しようと躍起になっている打法(モノ)を、中学出たての高校生が自分のモノにしているなんて、ちょっと悔しいからね。それにやっぱり、あのスイングは気になる、実際に見て秘密を解き明かしてみせるさ」

 

 解き明かせない未知の技術に、まるで新しいおもちゃを手に入れた子どものように、高見(たかみ)の心は高揚していた。

 

 

           * * *

 

 

「はぁ~......」

「また大きなタメ息ですね、あおい」

「またみんなに迷惑かけちゃった......」

 

 週末の練習試合、ダブルヘッダーの二試合目。

 先週の試合に続きまたもあおいは、早い回でノックアウトされてしまった。投球内容も前回の試合と同様に四球でランナーを貯めては、真ん中から外寄りの甘いボールを打たれての失点。二戦続けて同じ失敗を繰り返し。

 それでも誰も責めたりはしない。むしろ不調のあおいをみんな心配していた、どこか愉快そうに笑う東亜(トーア)以外。

 

「コーチは、どうして何も言わないんだろう......?」

「あおいのことを信じているのではないでしょうか。あおいなら自分で立ち直るって」

「......そう、なのかな?」

 

 不甲斐ないピッチングに叱咤も、激励も、アドバイスも何も言わない東亜(トーア)。それはあおいの不調の原因が、言葉で言ってどうにかなるモノではないからだった――。

 グラウンド整備を行うナインとベンチで話すあおいとはるかを、空き教室から見守る理香(りか)はスコアブックを手に、東亜(トーア)と試合の総括を話す。

 

「やっぱりインコースへ投げるのを無意識に怖がっているのね。今日の試合もインコースの要求に対しては、ことごとく逆球だったわ」

「バッターボックスとマウンド、状況は違うとは言え。硬球は凶器になりうる代物だ。一度認識してしまった恐怖と云うものは、そう簡単にはぬぐえないモノさ」

 

 太刀川(たちかわ)の一件以来、あおいの心に硬球(ボール)が当たれば大ケガに繋がると云う意識が植え付けられてしまっていた。この恐怖を取り除くのは容易ではない。

 事実、プロの世界でも、デッドボールをきっかけに成績を極端に落とす選手も少なからずいる。特に、頭へのデッドボールを受けた場合の影響は顕著。慢性的な目眩などの後遺症による身体的なもの。恐怖で踏み込めず、腰が引けまともなスイングが出来なくなるなど、心的な理由で引退を余儀なくされる選手も過去にいる。

 同時に、当てた投手の方もあおいと同じようにインコースを攻められなくなることもある。

 

「で、首尾はどうだ」

「今日、本格的に始めたそうよ。さっき連絡を受けたけど、むしろ今までにない違和感を覚えたみたい。文字通り付き物が取れたってところかしら、あなたの方は?」

「さてね」

 

 東亜(トーア)は返答を濁して席を立ち、教室を出ていった。

 

「ふふっ、順調みたいね」

 

 スコアブックを閉じて、理香(りか)も教室を出てグラウンドへ戻る。グラウンドでは整備を終えたナインたちが、ベンチで話をしながら一休みしていた。

 

「みんな、お疲れさま」

「あっ、監督。お疲れさまです!」

 

「そのままでいいから、ちゃんと聞いてね」と、理香(りか)は立とうとしたナインを制止し、連絡事項を伝える。

 

「来週末にはもう六月......つまり夏の予選まであと一月よ」

 

 三年にとっては高校生活の集大成、最後の大会。昨年度出場停止処分を受けた恋恋高校にとっては、今回が本格的な参戦となる。

 

「今日の練習試合を最後に以降の練習試合は組まないことにしたわ」

「......えっ!?」

 

 今までの練習試合を組んで来たのは、野球部と夏の予選で采配を振るう理香(りか)の実戦経験を積むためのもの。しかしもう、その必要はなくなった。

 

「事情が変わったの。それと来週から特別メニューに切り替わるから、みんな水着の準備を忘れないように」

「水着......ですか?」

 

 突然のことに戸惑う中、鳴海(なるみ)が代表して訊ねる。

 

「そ、水着。私物でも、学校指定の水着でもいいわよ。女子はビキニでもいいけど、あまりはオススメはしないわ」

「は、はぁ? わかりました......」

「はい、連絡は以上よ。それじゃあみんな気を付けて帰ってね」

 

 背を向けて校舎へ戻っていく理香(りか)

 ベンチに残されたナインたちは訳もわからず、しばらくのあいだ途方に暮れていた。

 

「何で水着なんだろうね? まだ授業でも使わないのに」

「さあ、どうしてだろう?」

 

 鳴海(なるみ)たちは、午後六時を回ってもまだ明るい帰り道を話ながら歩いている。話題はもちろん、持ってこいと言われた水着の件。

 

「水着でノックでもするんでやんすかね?」

「そんなワケないでしょ」

「通報されるな」

「はるかは、何か聞かされていないの?」

 

 瑠菜(るな)は、練習中東亜(トーア)たちとよく一緒にいるはるかに訊いた。

 

「いえ、なにも。でも練習メニューは全て渡久地(とくち)コーチが考えていますので......」

「きっと特別な意味があるわね」

「はい、私もそう思います」

「明日、水着を買いに行こうかしら」

「あっ、あたしも行くっ。あおいも行くっしょ?」

「え? あ、うん、いいけど」

 

 水着を買いに行くと聞いて奥居(おくい)矢部(やべ)の目の色が変わる。

 

「じゃあオイラが選ぶの手伝ってやるぜ!」

「オイラも行くでやん――」

「却下」

「即答かよ。木場(きば)の爆速ストレートより速いぜ......」

「無慈悲でやんす......」

 

 二人の不埒な欲望は、芽衣香(めいか)によって一瞬で潰えたのだった。

 

 

           * * *

 

 

「みんな面を食らってたわよ」

「だろうな」

 

 いつものように二人の前にはアルコールが注がれたグラスが置かれ、薄暗い店内には落ち着いた曲調のジャズが流れている。

 

「ふふっ、来週からの練習はもっと驚くでしょうね。何せ、もう本番まで一切野球をしないんだから」

「......ケアはお前に任せる。確実に焦りが生まれるだろう」

「分かってるわ、任せてちょうだい。私も、あなたが考えるプランに異論はないもの。ただ......大丈夫なの?」

「そう心配するな、四回戦までは余裕だ」

「四回戦って、シード校が出てくるわよ?」

「問題ない、まあ楽しみにしてな。なんなら決勝まで全試合コールドゲームで終わらせやろうか?」

「相変わらず強気ね、普通でいいわよ普通で」

 

 理香(りか)はやや呆れていたが、泣いても笑っても一発勝負のトーナメント戦を勝ち上がるためには、投手を温存するためにコールドゲームは必須。

 それは彼女にも十分わかっていた。


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