7Game   作:ナナシの新人

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game33 ~明暗~

 風邪を引いて学校を欠席していたあおいが、練習に復帰して初めての週末。練習試合後、一年生の片倉(かたくら)はマネージャーのはるかにベンチに行くように言われ。いつもの眼球運動強化(ビジョントレーニング)精神強化(メンタルトレーニング)を行う空き教室へは向かわずグラウンドに残り、言われた通りベンチへ向かう。

 ベンチには、人影が三つ。ベンチ座る東亜(トーア)瑠菜(るな)理香(りか)はベンチ前で話をしていた。

 

「呼び出してごめんなさいね」

「いえ、それで......」

 

 理香(りか)は、二人を呼び出した張本人である東亜(トーア)に話を委ねる。ベンチに深く腰をかけて足を投げ出していた東亜(トーア)は、やや面倒そうに足を組み直す。

 

「予選まであと一月弱。今後の練習試合は本番を見据え、あおいを含めたお前たち三人で、一試合百球を目処にローテを組んで回す」

「毎週じゃないけど。来月からの練習試合は、なるたけダブルヘッダーを組めるように調整しているから、二人とも準備を怠らないようにね」

「はい、わかりました」

 

 すぐに返事を返した瑠菜(るな)とは違い。シニア時代の三年間常に二番手で、主にロングリリーフを担っていた片倉(かたくら)は、先発で使うと告げられた驚きと戸惑いで、一瞬遅れてから返事をする。

 

「うん、いい返事。それじゃ空き教室で、いつも通りメンタルトレーニングへいってらっしゃい」

 

 瑠菜(るな)片倉(かたくら)は、頭を下げてグラウンドを出ずに昇降口を介さず運動部や体育の授業で使う通用口から校舎に入って、空き教室へと向かう。

 

「あの瑠菜(るな)先輩、監督と何を話していたんですか?」

「あおいのことで、少し話していたの」

「あおい先輩の......」

 

 気まずい空気が、二人の間に流れた――。

 

 あおいが復帰した日、東亜(トーア)はウォーミングアップ前にキャッチボールをしていたあおいと鳴海(なるみ)を呼び、一打席勝負を行うこと告げた。

 投手はあおい、捕手は鳴海(なるみ)。そして打者は、初心者の六条(ろくじょう)。緊張した様子でバット持ち打席に向かおうとしたところで、東亜(トーア)は呼び止め「初球、ベルト付近の外角のストレートを狙え」と、六条(ろくじょう)に指示を出した。

 

「本気で行くよ!」

「は、はい!」

 

 マウンドとバッターボックスで対峙する二人。グラウンドの外から勝負を見守るナインたちは、誰もがあおいが勝つと思っていた。もちろん捕手を務める鳴海(なるみ)も。

 

「(あおいちゃん、気合い入ってるな。よし、じゃあコーチの指示通りに、まずは――)」

 

 鳴海(なるみ)の出したサインに、あおいは首を横に振ることなくうなづいて、モーションを起こす。ノーワインドアップからグッと腰を沈ませ、しなやかな肘使いで指先が地面に着きそうなほどの低い位置からボールをリリース。

 

「......あっ!?」

「(逆球ッ!?)」

 

 投球は、インコースに構えた鳴海(なるみ)のミットとは正反対の外角のストレート。

 

「(来た! 力まずに......!)」

 

 いくら初心者の六条(ろくじょう)とはいえ、東亜(トーア)の言葉を信じて狙い撃ち。ミスショットすることなく捉えた打球は、キンッ! と快音を響かせ、左中間のど真ん中を切り裂くラインドライブで外野フェンスまで抜けて行った。

 

「やっぱりあなたの予想通りだったわね。正直、今回ばかりは外れて欲しかったけど......」

 

 ベンチで肩を落とす理香(りか)とは対称的に、東亜(トーア)は当然と言わんばかりに笑みを浮かべている。

 

「そうでなければ取引した意味がないだろ」

「それはそうだけど......。もう少し気づかってあげたらどうなの?」

「フッ、それこそ俺が出る幕ではない。あいつらが放っては置かないさ」

 

 東亜(トーア)がアゴで指したグラウンドには、既に人だかりが出来ていた。

 

鳴海(なるみ)、あんたのリードが悪いのよ!」

「違うよ! 今のは、ボクの失投だから......」

「そうね。でも六条(ろくじょう)くんのバッティングも良かったわ。初球の失投を逃さず捉えたんだもの」

「おう、力みのないシャープな振りだったぜ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 グラウンドを見て少しほっとした理香(りか)は、小さく息を吐いて手を叩いた。

 

「はいはいっ、みんなそろそろ練習を始めましょうっ!」

 

「はい!」と、ナインは声を揃えて返事をして。きびきびと準備を済ませると、ウォーミングアップを開始した。

 

 

           * * *

 

 

「大丈夫よ」

「え?」

「あおいは、大丈夫。それよりあなたも先発を任されるんだから、人の心配よりちゃんと備えておきなさい」

 

 瑠菜(るな)がやや強い口調で言った言葉は、彼女自身にも言い聞かせる言葉でもあった。

 

 練習試合後のメンタルトレーニングも終わりグラウンド整備の最中、大きなタメ息をついたあおいに、ベンチで備品のチェックをしていたはるかが声をかけた。

 

「はぁ~......」

「大きいタメ息ですね、あおい」

「ん......。今日の試合、全然ダメだった......」

 

 もうひとつタメ息をついて、ガックリと肩を落とした。それもそのはず、今日の練習試合先発登板をしたあおいは、二回もたずノックアウト。

 瑠菜(るな)と同じく制球力が生命線のあおいだったが、初回を三者凡退に抑えて迎えた二回のマウンド。四番に四球を与えると続く五番にも四球を与え、六番には逆球を弾き返されて失点。結局四球6、5失点と大乱調。二回を投げきれず得点圏にランナーを残したままマウンドを降りた。

 

「みんなに迷惑かけちゃった」

 

 落ち込むあおいに、はるかは微笑みかける。

 

「ふふっ、みなさん迷惑だなんてに思っていませんよ。渡久地(とくち)コーチも『今日の内容は、本番を拾うための必要経費のようなものだ』って笑っていましたから」

「コーチがっ? なんか逆に怖いんだけど......」

「だから、いつまでも気にしちゃダメですよー? それに明日は早いんですからね」

「あ、うん、そだね。ありがと、はるか」

 

 トンボを手に他のナインが整備を行っているグラウンドへ戻って行った。

 

 

           * * *

 

 

「経過は良好みたいよ。このまま順調に行けば、来月初めには復帰を見込めるわ」

「ふーん」

 

 理香(りか)の報告を聞き流しながら、東亜(トーア)はいつものバーで、いつものアルコールが注がれたグラスを持ち上げる。ロックアイスとグラスがふれ合い、カランッと小気味良い高い音を響かせる。

 

「はぁ......まったく相変わらずね。気になると思って、せっかく調べて来てあげたのに」

「ただ電話しただけだろう」

「あなたに取っても他人事じゃないでしょ?」

「さてね」

 

 追及をテキトーにはぐらかし、グラスを口に運ぶ。

 

「素直じゃないわね。あっそうだ、明日の観戦予定だけど。先方の都合でダブルヘッダーを取り止めて、二手に分かれて行うことになったそうよ」

「戦力は?」

「対覇堂戦がレギュラー、対関願戦は秋以降を想定した編成になるみたい。それからエースは関願戦に登板予定らしいわ」

「覇堂を避けたのは木場(きば)が登板回避するから、と言ったところか」

「ご明察。はるかさんが調べてくれた情報によると、木場(きば)くんは恋恋(ウチ)との試合で150球以上投げたから、登板をひとつ飛ばすそうよ」

「ま、好きに分かれて観させればいいさ」

 

「そう。伝えておくわ」と、スマホを持って一旦店を出ていった理香(りか)の席に置かれたバッグから、渡久地(とくち)東亜(トーア)と記された資料が閉じられたクリアファイルが顔を覗かせていた。

 

 

           * * *

 

 

 ――翌日。

 今日は練習休養日を兼ねた、他校の試合観戦。

 キャプテンの鳴海(なるみ)たちが観戦する試合は、先日練習試合を行った覇堂高校と今年の春準優勝、そして去年の夏の覇者――京都府会津附属壬生高校のレギュラーメンバー。

 予め許可を貰って、覇道高校野球部専用グラウンドのバックネット裏で観戦させてもらえることになっている。

 

「お、ちょうど今から試合開始みたいだ」

「ホントだ、間に合ってよかったね」

「あれ?」

「どうしたの? はるか」

 

 マネージャーのはるかは、グラウンドで整列している鮮やかなあさぎ色のユニフォームに身を包む選手たちを見て、あることに気がついた。バッグから資料を出して確認する。

 

「壬生高校の列の中に、エースピッチャーの近藤(こんどう)さんが居ます」

「えっ? でもエースは、関願高校との練習試合に行ってるって......」

「はい、そのハズですけど。ほら、あの方ですっ」

 

 はるかが指を差した先には、常時150km/h越すストレートを武器に勝ち上がり。決勝戦では、同じ速球派のアンドロメダ学園大西(おおにし)と共に春の甲子園を沸かせた壬生高校のエース、近藤(こんどう)の姿があった。

 

「うーん、予定を変更したのかな?」

「そうかも知れませんね」

「俺たちと同じ地区の関願高校も強豪だけど、さすがに春ベスト4の覇堂には劣るからね」

「その覇堂にコールド勝ちしたオイラたちは、実質、甲子園ベスト3ってことでやんすね!」

「言ってくれるじゃねーか」

 

 後ろから声をかけられて、話をしていた四人が振り返ると木場兄妹が通路の階段を下って来た。

 

木場(きば)?」

「よう」

「ごぶさたでーすっ」

「なんでここに? ベンチに居なくていいのか?」

「ベンチに居ても暇だからな、どうせ出れねえし。ところで......」

 

 木場(きば)は、矢部(やべ)の隣に腰を下ろしてガッツリ肩をホールド。

 

「誰がザコだって!?」

「そ、そんなこと言ってないでやんすーッ!?」

「コラー! いきなり絡むなー!」

「イテッ!?」

「ボコられたのはホントじゃんっ。みっともないことしないでよっ」

 

 妹でマネージャーの静火(しずか)が、やや眉をつり上げて兄の頭をはたき叱りつけた。痛いところ突かれた木場(きば)は、しぶしぶ矢部(やべ)を解放。

 

「うぐっ......ちっ!」

「た、助かったでやんす......」

 

 二人が座り直したところで、鳴海(なるみ)は改めて訊ねた。

 

「それで、こんなところに居ていいのか?」

「ああ、ベンチよりも客席(こっち)の方が見やすいからよ。静火(しずか)

「はいはい、わかってますよー」

 

 静火(しずか)は、三脚にビデオカメラをセットして撮影の準備を始める。はるかも同じようにビデオカメラを回し始めた。

 グラウンドでは、覇堂ナインが守備に着き、壬生校の一番打者がバッターボックスに入って、試合が始まった。

 

 一方、関願高校の試合を観戦に行った奥居(おくい)たちの方も、予定通り覇堂高校と同じ時間に試合が始まっていた。

 レギュラー勢が出場している関願高校と一・二年生中心の壬生高校の試合は、三回までどちらも得点は無く、速いテンポで進んでいる。

 壬生校の先発投手は、毎回ランナーを出しながらも要所を抑えホームを践ませない。対する関願校の先発投手は、スライダーとシュートで打者の内角を突く強気のピッチングで三回まで死球1個のノーヒットピッチングを披露。

 

「壬生は、じっくり観察って感じだな」

「ええ。逆に関願の方は、観察しつつも甘いボールは積極的に狙っているわ。だけど――」

「ランナーは出しても、結局得点まではいかない。こりゃ空気が重いな~」

「スクイズでも何でもいいから、取れる時に取っておかないと後々辛くなるわ」

 

 瑠菜(るな)奥居(おくい)の予想は的中した。

ゲームはそのまま進み六回まで両校無得点。壬生校に至っては、ヒットは一本も無くノーヒットノーランを継続中。しかし、ベンチに焦りの色はまったく見えない。それどころか不気味にも余裕を感じるような空気を醸し出している。

 

「さて、もう十分だろう。この回で仕留めるぞ」

「はい!」

 

 覇堂高校で指揮を振るう監督の代理を務めるコーチの言葉に、壬生ベンチの空気がいっぺんする。

 先頭バッターが、初球のスライダーを叩いて出塁するとエンドランでチャンスを広げ無死一三塁とチャンスを作った。

 そして次のバッターは、一年生で四番でピッチャーを務める――沖田(おきた)

 二打席凡退した今までの打席とまったく違う雰囲気を感じ取った藤堂(とうどう)は、奥居(おくい)たちに注目するよう促す。

 

「先輩、アイツのこの打席をよく見ておいてください」

「ついにくるのか? お前が言ってた本気ってヤツが」

「はい......!」

 

 恋恋高校を出発する前、覇堂高校へ行こうとした奥居(おくい)藤堂(とうどう)は止めてこちらの試合へ誘い。絶対に見ておいた方がいい、と断言した藤堂(とうどう)の言葉が気になった瑠菜(るな)も、着いていくことした。

 

「どんなバッティングをするのかしら?」

「さあ? でも、なんかあるんだろう」

「............」

 左バッターボックスでバッターを構える沖田(おきた)の動きを見逃さないように集中している。

 

「(この場面一点は仕方ない、内野ゴロを打たせるぞ)」

「(あん!? ここは一点もやっちゃいけない場面だってーの!)」

 

 こちらも一年生投手の伊達(だて)は、内野ゴロを打たせてセカンド経由のダブルプレーを狙う為、内へ沈むスライダーのサインに首を振った。

 もう一度首を振り、三度目のサイン交換で漸く頷く。

 

「なんか、ずいぶんかかったな」

伊達(だて)は、自分の意見を曲げないですから」

「そう言えば片倉(かたくら)くんの知り合いって言ってたわね?」

「はい、シニア時代のチームメイトでエースナンバーを背負ってました。その時から、上級生と意見が対立しても結果を出して黙らせてました」

 

 奇しくもこの勝負、藤堂(とうどう)の元チームメイトと片倉(かたくら)の元チームメイトが対決する構図と相成った。

 伊達(だて)は、持ち味のケンカ投法でインコースを強気に攻め2-1と、沖田(おきた)にバットを一度も振らせずに追い込んだ。

 そのままの勢いで勝負に行く。

 

「(見逃しゃ三振だ!)」

 

 勝負球は、頭からストライクゾーンへ滑るシュート。

 

「(動じねぇッ!?)」

 

 沖田(おきた)は頭に向かってくるボールにまったく臆せず、しっかり見極めてからスイングを開始。

 

「無理だ、始動が遅い! あんなんじゃ空振り、よくてもレフトフラ......」

「ここからです! よく見てください!」

 

 藤堂(とうどう)が叫んだ、次の瞬間――。

 ボールはミットに収まること無く。快音を響かせ、()()()()()()()をゆうに越えて、その先の校舎三階のガラスを打ち抜いた。

 

「な、なに、今の? 完全に降り遅れていたのに、引っ張ったのっ?」

「ミートポイントでヘッドスピードが上がりやがった。見たことないぞ、あんなの......」

 

 このホームランを皮切りに壬生高校は一気に勝負を決めた。

 そして元チームメイト同士の対決は、はっきりと明暗の別れる結果で幕を閉じた。


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