7Game   作:ナナシの新人

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game32 ~取引~

「結局、ジャスミン学園戦は無効試合に終わったわ」

「ふーん」

 

 理香(りか)の話には、まったく興味を示さず空になったグラスを持ち上げて、カウンター越しでグラスを磨くマスターに同じアルコールを注文。理香(りか)は、試合で起きた予想外の出来事を聞いても平然としている東亜(トーア)に訊ねた。

 

「それだけ? なにもないの?」

「ああ、無いね。強いてあげるとすれば、気にするヤツが甘いだけだ」

「......それでも!」

 

 バンッ! と両手でカウンターを叩き勢い立ち上がった理香(りか)に周囲の目が向けられたが、彼女は気にするそぶりはみじんも見せない。

 

「あの子は、自分の責任だと思い込んでいるのよ......!」

 

 ジャスミン戦翌日、あおいは練習に姿を見せなかった。

 自らのやるせなさを感じながら呟く理香(りか)の悲痛な訴えも、東亜(トーア)には届かない。それどころか、新しいグラスを持ったまま笑い出した。

 

「くっくっく......自信過剰も良いところだな。あおい程度の打球で壊れるほど人間の体は脆くはない。どうせ、はなっから故障していたのさ。違うか?」

 

 理香(りか)は、質問に答えることなく黙ったまま椅子に腰を下ろす。

 

「......その通り、あなたの言う通りよ。彼女の打球は肩を直撃したのでは無く。左肩の外側に当たって、セカンド方向へコースを変えて弾んだわ」

 

 打球や投球が体に当たった場合、大きく弾んだ方がダメージは小さく。逆にあまり弾まず近くに落ちた場合は衝撃を体が吸収してしまいダメージを大きく受ける。頭へのデッドボール等が弾んだ方が良いといわれる理由はここにある。

 

「あの打球の弾み方なら直接肩へのダメージは少ないハズ。でも太刀川(たちかわ)さんは、悲鳴を上げてマウンドに崩れ落ちた。救急車が到着する迄の間、応急処置をしながら問診してみたけど。彼女の左肩は、リトルの頃からの無茶な投げ込みが原因で、元々深刻なダメージを抱えていたそうよ......」

「自業自得壊れるべくして壊れた、それだけの事。知っていて投げた本人と故障を見抜けなかった指導者が無能だっただけで。同情する価値など微塵もない、取るに足らないことだ」

「......みんながみんな、あなたのように強い訳じゃないわ」

「フッ......辞めるなら好きにさせればいいさ。そんな甘い考えならどうせ勝ち上がれない」

 

 鼻で笑った東亜(トーア)の中では、甲子園優勝にあおいは不可欠だが、契約上の甲子園出場については現時点で瑠菜(るな)を育て上げれば行けると算段が立っている。

 しかし理香(りか)は、東亜(トーア)の思惑とは違い。あおいが居なければトーナメントを勝ち上がれないことを確信していた。

 

「......無理よ。あの子が居ないと、絶対に甲子園には行けないわ。例えあなたが、監督として采配を振るってもね」

「あん?」

 

 アルコールの代金をカウンターに置いて立ち上がった理香(りか)は、ガラス扉の柄に手をかけ「明日になれば分かるわ」と言い残し店を出ていった。『どうせ、動揺して練習に身が入らない』そんなところだろう思っていた東亜(トーア)

 しかし明日、理香(りか)の言葉の本当の意味を知ることとなる。

 放課後の練習。体調を崩し、学校を欠席したあおいを除く全員が練習に参加したが、ナインは気を緩むことなく、いつも通り......いつも以上に真剣な表情(かお)で練習に打ち込んでいた。

 

「よし、筋トレ行くぞ! 気を抜くと怪我するからね!」

「オォーッ!」

 

 鳴海(なるみ)の言葉に、ランニングを終えたナインは大きな返事を返し、サーキットトレーニングを始めた。こちらも滞りなくこなしていたが、東亜(トーア)は彼らの異変にすぐに気がついた。

 

「なるほどな」

「わかったかしら?」

「精神的支柱と言ったところか」

「そう、この恋恋高校野球は......。早川(はやかわ)あおいから、すべてが始まったの」

 

 二年前の春、近年の少子化の煽りを受け女子校から共学になった恋恋高校。そこへ入学してきた早川(はやかわ)あおいが、鳴海(なるみ)と二人で同好会を立ち上げ、毎日ビラ配りや勧誘を行い人数をかき集め、やっとの想いで作り上げた野球部。

 早川(はやかわ)あおいが居なければ、恋恋高校野球部は成り立たない。それが理香(りか)の言い分だった。

 

「ラストワンセット、気合い入れて行こうーッ!」

 

 鳴海(なるみ)の掛け声にナインたちは、よりいっそう気合い入れてトレーニングに励む。東亜(トーア)がコーチに就任して始めた、基礎体力強化のトレーニング。メニューをこなす時間も最初の頃と比べればずいぶんと速くなった。

 

「監督」

「なーに?」

 

 筋トレを終え、ポジション別練習の準備が進む中、鳴海(なるみ)がベンチへやって来た。

 

照明(ナイター)の使用許可をもらいたいんですが......」

「ナイターを?」

「はい。平日は、主に基礎練習が中心ですので。延長した時間で連携プレーや実戦練習を行いたいんですが......」

「ですって」

 

 意見を聞いた理香(りか)は、練習メニューだけではなく野球部関連においてすべての決定権を持つ東亜(トーア)に振った。ベンチの背もたれに身体を預けながらタバコを吹かす東亜(トーア)は、鳴海(なるみ)に目をやる。

 

「好きにすればいい」

「ありがとうございます!」

 

 深く頭を下げ、背を向ける。ナインの元へ戻ろうと足を踏み出す直前――。

 

「甲子園へ行く気がないのならな」

 

 

           * * *

 

 

「それで、ダメだった理由はなんだったの?」

 

 定刻通り練習を終えて、帰り道を歩きながら芽衣香(めいか)が、練習の延長を取り下げた理由を鳴海(なるみ)に訊ねる。

 

「『無意味な練習は、ただ故障のリスクを上げるだけだ。通しで計算出来ない奴は、俺は使わない』だって......」

「......無意味って。勝つために練習するのが、ムダだって言うのっ!?」

加藤(かとう)先生が、コーチの真意を教えてくれたよ。『キミたちは、まだ身体を作りの最中なの。身体が出来ていない今、無茶をしたら取り返しのつかない事になるわ。実際に見たんだから、分かるでしょ......?』」

 

 激昂していた芽衣香(めいか)だったが、ジャスミン戦の出来事が頭を過り、うつ向いて立ち止まってしまった。

 

「......でも、あたしたちは敗けられないのよ。あおいが戻って来るまで――」

「そうは言っても、どうするでやんすか?」

「そうだぜ。昨日も一昨日も練習を休んじまったし。早川(はやかわ)は、塞ぎ込んじまって話にならないんだろ?」

「いや、本当に風邪を引いたみたい。メールで担任に伝えてって来たから」

「......そう。きっと、今までの疲れが一気に出たのよ。今は、ゆっくり休ませてあげましょう」

「そうね。ってことで鳴海(なるみ)、あんたはあおいのお見舞いに行きなさい!」

 

 ビシッと、人差し指で芽衣香(めいか)に指名された鳴海(なるみ)は、虚をつかれすっとんきょうな声をあげる。

 

「はい?」

「あんた、リトルの頃からあおいとチームメイトで家も近所なんでしょ?」

「いやいや、近所って言っても。学区が違うから、学校も別だし――」

「うっさいわね! そんな細かいことはどうでもいいのよ、いいから行く! あんた、キャッチャーでしょ!?」

「いやいやいや、意味わからないから......」

 

 結局芽衣香(めいか)に押しきられた鳴海(なるみ)は、商店街で見舞いの品を購入したのち、あおいの自宅へと向かった。

 

 

           * * *

 

 

「体調は、どう?」

 

 見舞いに来てくれた鳴海(なるみ)に、ベッドで体を起こして座るパジャマ姿のあおいは、申し訳なさそうに笑った。

 

「熱も下がったから平気だよ、ごめんね」

「そっか、よかった。これお見舞い、パワ堂のシュークリームなんだけど」

「わぁ~っ、ありがと! ここのシュークリーム美味しいんだよねっ」

 

 鳴海(なるみ)はシュークリームが箱を手渡してから、部屋をざっと見た。予想通り野球関連の物が多い、他にもぬいぐるみや小物などがキレイに整頓されいて、年頃の女の子らしい部屋。

 

「どうしたの?」

「あ、いや、意外と女の子らしいなって――」

「どういう意味かな......?」

 

 額に青筋を浮かべながら素敵な笑顔で首をかしげる。超高校級投手の木場(きば)との対戦でも感じたことのない、彼女の圧倒的な威圧感に鳴海(なるみ)は、額が床につく寸前まで深々と頭を下げて許しを請う以外の選択肢は残されていなかった。

 

「もうっ、失礼にもほどがあるよ!」

「すみません......」

「......はぁ~」

 

 深くタメ息をついたあおいは、お見舞いの洋菓子箱を薬とコップ、水のボトルがあるテーブルに置いた。そして沈黙が訪れる。鳴海(なるみ)は、どう話を切り出そうか思考を巡らせていると、あおいは微笑んだ。

 

「ボクは、もう大丈夫だよ」

 

 だが、明らかに強がりだということは鳴海(なるみ)にも分かっている。だからこそ、その思いを汲んだ。

 

「そっか。ま、わかってたけどね、あおいちゃんなら大丈夫だってさ!」

「ふーん、じゃあ何しに来たの?」

「えっと......。あ、ほら、俺キャッチャーだから」

「へ? あ、あははっ、なにそれ意味わからないよー」

 

 苦し紛れに言ったのは芽衣香(めいか)に借りた言葉だったが、本当におかしそうにお腹を抱えて笑ってくれたあおいを見て、鳴海(なるみ)はホッと肩を撫で下ろす。

 

「はぁー、笑ったらお腹空いちゃった。ね、一緒食べよ」

「俺は、いいよ。あおいちゃんに買って来たんだし」

「いーのっ。ボク、ピッチャーで――」

 

 大きなシュークリームを半分にして鳴海(なるみ)に差し出すと、あおいは笑顔を見せた。

 

「ボクたちは、バッテリーだもんっ」

「――ああ、そうだね」

 

 あおいは励ましに来てくれた鳴海(なるみ)に、心の中で――ありがと......と、お礼を言った。

 

 

           * * *

 

 

「それで本当に、あおいさん抜きで勝ち上がるつもりなの?」

「実際に采配を振るうのは、お前だろ」

「......正直、自信無いわ」

 

 グラスの縁に指を触れて弱音を溢す理香(りか)

 

「フッ。なら、あおいを引き戻せばいいだろう」

「それが出来れば苦労しないわ」

「クックック」

「なによ......?」

 

 バカにしたように笑う東亜(トーア)に、理香(りか)は目を細める。

 

「演技が下手だな。お前なら出来るだろう」

 

 図星を突かれ、頬杖をつきながらアルコールを一気に飲み干すと、バッグからビデオカメラを取り出して強引に話題を変えた。

 

「はるかさんから預かったビデオよ。」

 

 音を消して録画された動画を再生する。映し出されたのは、今年の春の甲子園ベスト4で恋恋高校と同地区最強『あかつき大学附属高校』の試合。

 

「去年の秋からエースナンバーを背負う猪狩(いかり)くんを中心に一番から九番、ベンチメンバーも高レベルの選手が揃っているわ」

「そのわりには劣勢みたいだが」

 

 早送りで見ていた試合は、八回終わって5-2とあかつきがリードされた展開。

 

「それ、春の準決勝だから。直近の試合は次よ」

 

 メニューを操作して、二日前に行われた試合の映像に切り替えた。撮影しているのが、マネージャーのはるかということで時々ブレるが、二人とも特に気にする様子はない。

 

「あん?」

「どうしたの?」

 

 東亜(トーア)は、カメラを手に持ち巻き戻して映像を注視。しばらくして、カメラを置いた

 そして――。

 

「おい、取引だ」

「え?」

 

 今のままでは、あかつき高校には勝てない。

 そう確信した東亜(トーア)は、理香(りか)に取引を持ち掛けた――。


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