「結局、ジャスミン学園戦は無効試合に終わったわ」
「ふーん」
「それだけ? なにもないの?」
「ああ、無いね。強いてあげるとすれば、気にするヤツが甘いだけだ」
「......それでも!」
バンッ! と両手でカウンターを叩き勢い立ち上がった
「あの子は、自分の責任だと思い込んでいるのよ......!」
ジャスミン戦翌日、あおいは練習に姿を見せなかった。
自らのやるせなさを感じながら呟く
「くっくっく......自信過剰も良いところだな。あおい程度の打球で壊れるほど人間の体は脆くはない。どうせ、はなっから故障していたのさ。違うか?」
「......その通り、あなたの言う通りよ。彼女の打球は肩を直撃したのでは無く。左肩の外側に当たって、セカンド方向へコースを変えて弾んだわ」
打球や投球が体に当たった場合、大きく弾んだ方がダメージは小さく。逆にあまり弾まず近くに落ちた場合は衝撃を体が吸収してしまいダメージを大きく受ける。頭へのデッドボール等が弾んだ方が良いといわれる理由はここにある。
「あの打球の弾み方なら直接肩へのダメージは少ないハズ。でも
「自業自得壊れるべくして壊れた、それだけの事。知っていて投げた本人と故障を見抜けなかった指導者が無能だっただけで。同情する価値など微塵もない、取るに足らないことだ」
「......みんながみんな、あなたのように強い訳じゃないわ」
「フッ......辞めるなら好きにさせればいいさ。そんな甘い考えならどうせ勝ち上がれない」
鼻で笑った
しかし
「......無理よ。あの子が居ないと、絶対に甲子園には行けないわ。例えあなたが、監督として采配を振るってもね」
「あん?」
アルコールの代金をカウンターに置いて立ち上がった
しかし明日、
放課後の練習。体調を崩し、学校を欠席したあおいを除く全員が練習に参加したが、ナインは気を緩むことなく、いつも通り......いつも以上に真剣な
「よし、筋トレ行くぞ! 気を抜くと怪我するからね!」
「オォーッ!」
「なるほどな」
「わかったかしら?」
「精神的支柱と言ったところか」
「そう、この恋恋高校野球は......。
二年前の春、近年の少子化の煽りを受け女子校から共学になった恋恋高校。そこへ入学してきた
「ラストワンセット、気合い入れて行こうーッ!」
「監督」
「なーに?」
筋トレを終え、ポジション別練習の準備が進む中、
「
「ナイターを?」
「はい。平日は、主に基礎練習が中心ですので。延長した時間で連携プレーや実戦練習を行いたいんですが......」
「ですって」
意見を聞いた
「好きにすればいい」
「ありがとうございます!」
深く頭を下げ、背を向ける。ナインの元へ戻ろうと足を踏み出す直前――。
「甲子園へ行く気がないのならな」
* * *
「それで、ダメだった理由はなんだったの?」
定刻通り練習を終えて、帰り道を歩きながら
「『無意味な練習は、ただ故障のリスクを上げるだけだ。通しで計算出来ない奴は、俺は使わない』だって......」
「......無意味って。勝つために練習するのが、ムダだって言うのっ!?」
「
激昂していた
「......でも、あたしたちは敗けられないのよ。あおいが戻って来るまで――」
「そうは言っても、どうするでやんすか?」
「そうだぜ。昨日も一昨日も練習を休んじまったし。
「いや、本当に風邪を引いたみたい。メールで担任に伝えてって来たから」
「......そう。きっと、今までの疲れが一気に出たのよ。今は、ゆっくり休ませてあげましょう」
「そうね。ってことで
ビシッと、人差し指で
「はい?」
「あんた、リトルの頃からあおいとチームメイトで家も近所なんでしょ?」
「いやいや、近所って言っても。学区が違うから、学校も別だし――」
「うっさいわね! そんな細かいことはどうでもいいのよ、いいから行く! あんた、キャッチャーでしょ!?」
「いやいやいや、意味わからないから......」
結局
* * *
「体調は、どう?」
見舞いに来てくれた
「熱も下がったから平気だよ、ごめんね」
「そっか、よかった。これお見舞い、パワ堂のシュークリームなんだけど」
「わぁ~っ、ありがと! ここのシュークリーム美味しいんだよねっ」
「どうしたの?」
「あ、いや、意外と女の子らしいなって――」
「どういう意味かな......?」
額に青筋を浮かべながら素敵な笑顔で首をかしげる。超高校級投手の
「もうっ、失礼にもほどがあるよ!」
「すみません......」
「......はぁ~」
深くタメ息をついたあおいは、お見舞いの洋菓子箱を薬とコップ、水のボトルがあるテーブルに置いた。そして沈黙が訪れる。
「ボクは、もう大丈夫だよ」
だが、明らかに強がりだということは
「そっか。ま、わかってたけどね、あおいちゃんなら大丈夫だってさ!」
「ふーん、じゃあ何しに来たの?」
「えっと......。あ、ほら、俺キャッチャーだから」
「へ? あ、あははっ、なにそれ意味わからないよー」
苦し紛れに言ったのは
「はぁー、笑ったらお腹空いちゃった。ね、一緒食べよ」
「俺は、いいよ。あおいちゃんに買って来たんだし」
「いーのっ。ボク、ピッチャーで――」
大きなシュークリームを半分にして
「ボクたちは、バッテリーだもんっ」
「――ああ、そうだね」
あおいは励ましに来てくれた
* * *
「それで本当に、あおいさん抜きで勝ち上がるつもりなの?」
「実際に采配を振るうのは、お前だろ」
「......正直、自信無いわ」
グラスの縁に指を触れて弱音を溢す
「フッ。なら、あおいを引き戻せばいいだろう」
「それが出来れば苦労しないわ」
「クックック」
「なによ......?」
バカにしたように笑う
「演技が下手だな。お前なら出来るだろう」
図星を突かれ、頬杖をつきながらアルコールを一気に飲み干すと、バッグからビデオカメラを取り出して強引に話題を変えた。
「はるかさんから預かったビデオよ。」
音を消して録画された動画を再生する。映し出されたのは、今年の春の甲子園ベスト4で恋恋高校と同地区最強『あかつき大学附属高校』の試合。
「去年の秋からエースナンバーを背負う
「そのわりには劣勢みたいだが」
早送りで見ていた試合は、八回終わって5-2とあかつきがリードされた展開。
「それ、春の準決勝だから。直近の試合は次よ」
メニューを操作して、二日前に行われた試合の映像に切り替えた。撮影しているのが、マネージャーのはるかということで時々ブレるが、二人とも特に気にする様子はない。
「あん?」
「どうしたの?」
そして――。
「おい、取引だ」
「え?」
今のままでは、あかつき高校には勝てない。
そう確信した