「ストライクッ!」
「やんすッ!?」
三球目外のストレートで、見逃しのストライクを取られた三番の
ジャスミンバッテリーの四球目勝負球は、またしても外角のボール。
「(また外でやんすかっ。しかも、ここはさっき取られたコースでやんす!)」
一球前の見逃しを取られた時とコース。追い込まれている
「ストライックバッターアウッ! チェンジ」
「ヒロ、ナイスピッチ!」
「えへへ、ありがと!」
初回球数30球と粘られながらも、結果的に一番から三番まで三者連続三振に切って取り、意気揚々と笑顔でマウンドを降りる
「申し訳ないでやんす......」
「おいおい、落ち込んでる暇はねぇーぜ。ほら」
「そうよ、ちゃんと守りなさいよ。落ち込んでエラーなんてしたら、ひっぱたくからね!」
「りょ、了解でやんす!」
恋恋高校先発のあおいは、既にマウンドで投球練習を行い、最後の一球を
「オッケー、ナイスボール!」
捕球したボールをあおいに投げ返し。ジャスミン学園一番バッターのほむらが、右のバッターボックスに入り球審の合図で試合再開。
あおいの初球、ほぼ真ん中付近のストレートで空振りを奪いワンストライク。
「すんごいノビッス......!」
「関心してる余裕は無いんじゃない? 次行くよ」
「来いッスー!」
二球目はインコース低め、ストライクからボールへ落ちるシンカー。ほむらは、これも空振りあっという間に追い込まれた。
そして、恋恋バッテリーは遊び球は使わず三球勝負を挑んだ。選んだ球種はアウトコースのストレート。
「(完璧)」
「(マズイッス!)」
ミットを目掛けて投げたあおいの投球は、
ほむらは、完璧なコースへのピッチングにバットを振ることすら出来ずに見逃し三振、と思われたその時だった。
「ボール!」
これ以上ないというコースへの一球、完璧にストライクゾーンを通ったにも関わらず、球審の判定はボール。
その判定に、ほむらは安堵し。
「キミ、早くしなさい」
「......はい」
球審に催促され、渋々あおいにボールを投げ返し。ひとつ息を吐いて、仕切り直す。
「あおいちゃん、ナイスボール! バッター手が出なかったよ、次で決めよう!」
「うんっ」
力強く頷いたあおい。
「(コースは完璧だった、となれば高さが低すぎたのかも。次は、もうちょい高く......)」
カーブを外に外したあと、一球前よりボール半個分高い位置でミットを構える。頷いたあおいも、また一寸の狂いも無く完璧にそこへ投げ込んだ。
しかし――。
「ボール!」
「(またッ!? コースも高さも完璧なのに......!)」
またしても球審の判定はボール。
「やっぱりな。こうなるんじゃないかって思ってたけど」
「ですね。でも、ここまであからさまにやられるのは珍しいです」
「どういうこと?」
今の状況を予見していたと言わんばかりの二人に、
「あの審判、外のストライクゾーンが狭いんです。ウチが投げるときだけ」
「はあーっ! なによそれっ!? そんなの贔屓じゃん!」
「監督、伝令をお願いします。
「お願いね」
「はい、行ってきます」
ベンチから出た
「
「なに?」
「あの球審。この試合は、あのコースは取ってくれません」
「どうして......?」
「オレの時は、かなり広かったぞ?」
「理由は、この回が終わったら説明します。とにかく外の見逃しは狙わずにバックを信頼して打ち取ることを考えてください」
「わかった」
「あおい先輩、頑張ってください」
「うん、ありがと」
球審と線審の両方に丁寧に頭を下げ
「(バントか。高めのストレートで打ち上げさせよう)」
インコース高めに構える。アンダースロー特有の浮き上がる軌道のストレートに、バッテリーの狙い通りバッターのバントはピッチャーへの小フライとなった。
「あおいちゃん、二つ行けるよ!」
「うんっ! セカンっ!」
ダイレクトでは無く、わざと一度バウンドさせてショートバウンドで打球を捕球。打球の行方を見るためハーフで止まっていたほむらをセカンドでフォースアウト。さらにセカンドベースで捕球したショートの
しかし、続く三番バッター
「(くそっ......、外を使えないのがこんなにもキツいなんて)」
アウトコースのストライクを取ってもらえない予想外の事態は、キャッチャーの
「ずいぶんと苦難してるみたいね」
五番の
「覇堂を倒したリードは、もっと人を食ったみたいな大胆なリードだったけど、期待はずれかしら?」
「(......自分は、外を広く取ってもらえて楽してるクセに)」
「
「ん?」
「どうしたの?」
「それは、ボクのセリフだよ。なにをそんなに悩んでるの?」
「なにって、外を取ってもらえないから......」
「あっ、そんなことで悩んでたんだー」
「そんなことって......」
「ピッチャーやってればこんなのよくあることだから、もう慣れっこだよ。それよりいつになったら
あっけらかんに言ってのけるあおいに、
「そうだったね。よし、どんどん使っていこう!」
「うんっ!」
キャッチャースボックスに戻った
「(ここで行くよ)」
「(......うんっ!)」
砂浜で取得した新変化球のサインを初めて出す。あおいは、今まで以上に大きく強く頷いてセットポジションからモーションを起こした。
「(またストレート、しかも同じコース! もらったわっ)」
「き、消えた......?」
バットは何の手応えもなく虚しく空を切り、ワンバウンドしたボールは
「ナイスピッチ!」
ピンチを三振で切り抜けたあおいに、賛辞の声が次々とかけられる。その間に
「簡単に言うと球審に嫌われたんだ」
「はあ? なんだよ、それ......?」
「きっかけは
「オ、オレのせい......?」
二人は頷き、事の次第を話す。
恋恋高校が球審に嫌われた理由は、
「お前、フォアだと思って球審が判定する前にセルフジャッジで歩いただろ。あれが気に入らなかったんだろうよ」
「そんなことで?」
「正式に登録された審判と言ってもアマチュアですから。些細なことで機嫌を損ねることもあります」
四番の
「マジか、オレのせいじゃん......」
「いいえ、違うわ」
「監督......」
「みんなも聞いて」と、
「こういう審判も居ると言うことが、今日の試合でわかって良かったわ。恋恋高校は、まだまだ実戦経験が浅いチームよ。この試練を成長するための良い糧と思って乗り越えましょう。そうすれば一歩甲子園へ近づけるわ!」
「はい!」
全員で声を揃えて返事をした直後四番の
「
「おう!」
チームメートの声援を背に受け
「ねぇ、あおい。最後のボールは?」
「あれ? あれはね、ボクの新しい決め球。名付けて『マリンボール』だよ!」
「マリンボール?」
「スピードと変化の両立。どうやって投げてるの?」
「それは秘密だよ」
「なによ、それ」
「えへへ~、ナイショだよっ」
「そういわれるとますます気になるわ。いいわ、この試合中に突き止めてあげるからっ。はるか、カメラの映像貸してもらえるかしら」
「はい、どうぞー」
はるかから、試合を記録している二台のビデオカメラのうち一つを借りて。あおいの投球の映像を再生して観察を始める。
そして試合の方は、ランナーを三塁にまで進めたが一本が出ず無得点で二回以降の攻防へと移った。
恋恋バッテリーは取ってもらえない外のストライクを捨て、新変化球マリンボールとシンカー、そしてストレートを巧みに使い。三振と凡打の山を築いて行く。負けじと
既にツーアウトを取られ、バッターもツーストライクとテンポよく追い込まれて、三球目。
「ストライク、バッターアウト! チェンジ」
「また三振ッス!」
「今度はストレートだな」
「同じ軌道からのストレートと鋭く変化する速いシンカー、厄介にも程があるわ。ヒロ」
「えっ、なに?」
「結構投げさせられたけど、まだ行ける?」
「うん、ぜんぜん行けるよー」
「そう。じゃあみんな、この回もしっかり守りましょう!」
「おおー!」
守りに着くジャスミンナインはベンチへを飛び出し、整備が終わったグラウンドへかけて行く。
六回表恋恋高校の攻撃は、六番の
「(先ずは、外のストレートでストライクを取るわよ)」
「(オッケー)」
これまでも広く取ってもらえる外ストライクを有効に使っているジャスミンバッテリー。この回も今までと同様の攻め方を選択したが......。
「ボール、ボールフォア。テイクワンベース」
ツーストライクを取ったまでは良かったが、その後はストライクが入らず。結局、四球でノーアウトのランナーを出してしまった。
続くバッター
「ヒロ、大丈夫?」
あおいが打席に入る前にマウンドへ行った
「うん、大丈夫だって......」
笑顔を作ったが疲労の顔は隠せない。それもその筈、
ジャスミン学園が恋恋高校以上に選手層が薄いことを事前の偵察で知っていたため、徹底的に粘り
「プレイ!」
「(とにかく球数を減らさないと、多少甘くてもいいわ。ストライクで勝負しましょう)」
頷いて二塁ランナーを目で牽制してから投げた。二球ストライクを見逃してからの三球目をファールで逃げる。
「(またファール!)」
もう一球ファールを打った次の投球。
そこで事件が起こった。
「あっ......」
「(――真ん中、失投!?)」
「(もらったよ!)」
ど真ん中のストレート。それも今までとは比べ物にならないほど力の入っていない棒球。あおいは、そのボールを逃がさずキッチリと芯で捉えた。
打球は、
「ヒロ!」
「......っ!?」
反応が一瞬遅れた。打球は伸ばしたミットよりも一瞬速く通り抜け、
直後、グラウンドに大きな悲鳴が響き渡った――。