7Game   作:ナナシの新人

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game31 ~悲鳴~

「ストライクッ!」

「やんすッ!?」

 

 三球目外のストレートで、見逃しのストライクを取られた三番の矢部(やべ)は、カウント1-2と追い込まれてしまった。

 ジャスミンバッテリーの四球目勝負球は、またしても外角のボール。

 

「(また外でやんすかっ。しかも、ここはさっき取られたコースでやんす!)」

 

 一球前の見逃しを取られた時とコース。追い込まれている矢部(やべ)は、振りにいかざるを得ないボール。踏み込んで外のボールに合わせに行った。だが――。

 太刀川(たちかわ)が投げたのは、ストレートと球速があまり変わらないシュート。外角から更に外へ逃げるボールになすすべもなく、空振りを奪われてしまった。

 

「ストライックバッターアウッ! チェンジ」

「ヒロ、ナイスピッチ!」

「えへへ、ありがと!」

 

 初回球数30球と粘られながらも、結果的に一番から三番まで三者連続三振に切って取り、意気揚々と笑顔でマウンドを降りる太刀川(たちかわ)とは対照的に、矢部(やべ)はとぼとぼと重い足取りでベンチへ戻る。

 

「申し訳ないでやんす......」

「おいおい、落ち込んでる暇はねぇーぜ。ほら」

「そうよ、ちゃんと守りなさいよ。落ち込んでエラーなんてしたら、ひっぱたくからね!」

「りょ、了解でやんす!」

 

 奥居(おくい)からグラブを受け取り、芽衣香(めいか)には叱咤を受け、大急ぎでセンターへ駆けて行く。

 恋恋高校先発のあおいは、既にマウンドで投球練習を行い、最後の一球を鳴海(なるみ)のミットへ投げ込んだ。

 

「オッケー、ナイスボール!」

 

 捕球したボールをあおいに投げ返し。ジャスミン学園一番バッターのほむらが、右のバッターボックスに入り球審の合図で試合再開。

 あおいの初球、ほぼ真ん中付近のストレートで空振りを奪いワンストライク。

 

「すんごいノビッス......!」

「関心してる余裕は無いんじゃない? 次行くよ」

「来いッスー!」

 

 二球目はインコース低め、ストライクからボールへ落ちるシンカー。ほむらは、これも空振りあっという間に追い込まれた。

 そして、恋恋バッテリーは遊び球は使わず三球勝負を挑んだ。選んだ球種はアウトコースのストレート。

 

「(完璧)」

「(マズイッス!)」

 

 ミットを目掛けて投げたあおいの投球は、鳴海(なるみ)が構えたアウトコース低めいっぱいのホームプレートを舐めてミットに収まった。

 ほむらは、完璧なコースへのピッチングにバットを振ることすら出来ずに見逃し三振、と思われたその時だった。

 

「ボール!」

 

 これ以上ないというコースへの一球、完璧にストライクゾーンを通ったにも関わらず、球審の判定はボール。

 その判定に、ほむらは安堵し。鳴海(なるみ)は、納得いかない様子でしばらくミットを動かせないでいた。

 

「キミ、早くしなさい」

「......はい」

 

 球審に催促され、渋々あおいにボールを投げ返し。ひとつ息を吐いて、仕切り直す。

 

「あおいちゃん、ナイスボール! バッター手が出なかったよ、次で決めよう!」

「うんっ」

 

 力強く頷いたあおい。鳴海(なるみ)は、サインを出してミットを構える。

 

「(コースは完璧だった、となれば高さが低すぎたのかも。次は、もうちょい高く......)」

 

 カーブを外に外したあと、一球前よりボール半個分高い位置でミットを構える。頷いたあおいも、また一寸の狂いも無く完璧にそこへ投げ込んだ。

 しかし――。

 

「ボール!」

「(またッ!? コースも高さも完璧なのに......!)」

 

 またしても球審の判定はボール。

 鳴海(なるみ)の様子をベンチから見ていた、近衛(このえ)新海(しんかい)は自分達が思っていたことが起きていると確信した。

 

「やっぱりな。こうなるんじゃないかって思ってたけど」

「ですね。でも、ここまであからさまにやられるのは珍しいです」

「どういうこと?」

 

 今の状況を予見していたと言わんばかりの二人に、理香(りか)が訊ねる。

 

「あの審判、外のストライクゾーンが狭いんです。ウチが投げるときだけ」

「はあーっ! なによそれっ!? そんなの贔屓じゃん!」

 

 近衛(このえ)の話を聞いた芽衣香(めいか)が、声を荒げるとほぼ同時にグラウンドでは、ほむらが一、二塁間を破るヒットで出塁していた。

 

「監督、伝令をお願いします。新海(しんかい)

「お願いね」

「はい、行ってきます」

 

 ベンチから出た新海(しんかい)は、頭を下げてマウンドへ向かった。彼は内野陣をマウンドへ集める。

 

鳴海(なるみ)先輩」

「なに?」

「あの球審。この試合は、あのコースは取ってくれません」

「どうして......?」

「オレの時は、かなり広かったぞ?」

 

 鳴海(なるみ)の他に、外で見逃しの三振を奪われた葛城(かつらぎ)も疑問を口にした。

 

「理由は、この回が終わったら説明します。とにかく外の見逃しは狙わずにバックを信頼して打ち取ることを考えてください」

「わかった」

「あおい先輩、頑張ってください」

「うん、ありがと」

 

 球審と線審の両方に丁寧に頭を下げ新海(しんかい)は、ベンチへ戻って行く。内野もそれぞれポジションに戻り試合再開。ジャスミン学園の二番はプレイのコールがかかると同時にバントの構えをした。

 

「(バントか。高めのストレートで打ち上げさせよう)」

 

 インコース高めに構える。アンダースロー特有の浮き上がる軌道のストレートに、バッテリーの狙い通りバッターのバントはピッチャーへの小フライとなった。

 

「あおいちゃん、二つ行けるよ!」

「うんっ! セカンっ!」

 

 ダイレクトでは無く、わざと一度バウンドさせてショートバウンドで打球を捕球。打球の行方を見るためハーフで止まっていたほむらをセカンドでフォースアウト。さらにセカンドベースで捕球したショートの片倉(かたくら)は素早く一塁へ送球、バッターランナーもアウトに取り、併殺成功。無死一塁がワンプレーで、ツーアウトランナー無しの局面へと変わった。

 しかし、続く三番バッター美藤(びとう)にはライト前へ運ばれ、四番の太刀川(たちかわ)にも逆方向へ運ばれ連続ヒット、ツーアウトながら一二塁とピンチを迎えてしまった。

 

「(くそっ......、外を使えないのがこんなにもキツいなんて)」

 

 アウトコースのストライクを取ってもらえない予想外の事態は、キャッチャーの鳴海(なるみ)の頭を悩ませていた。

 

「ずいぶんと苦難してるみたいね」

 

 五番の小鷹(こだか)は足場を馴らしながら、鳴海(なるみ)に話しかけた。

 

「覇堂を倒したリードは、もっと人を食ったみたいな大胆なリードだったけど、期待はずれかしら?」

「(......自分は、外を広く取ってもらえて楽してるクセに)」

鳴海(なるみ)くん!」

「ん?」

 

 鳴海(なるみ)が顔を上げると、マウンドであおいが手招きをしていた。タイムを要求してマウンドへ向かう。

 

「どうしたの?」

「それは、ボクのセリフだよ。なにをそんなに悩んでるの?」

「なにって、外を取ってもらえないから......」

「あっ、そんなことで悩んでたんだー」

「そんなことって......」

「ピッチャーやってればこんなのよくあることだから、もう慣れっこだよ。それよりいつになったら()()投げさせてくれるの? ボク、ずっと待ってるんだよ?」

 

 あっけらかんに言ってのけるあおいに、鳴海(なるみ)は少し戸惑いながらも勇気付けられていることに気がついた。

 

「そうだったね。よし、どんどん使っていこう!」

「うんっ!」

 

 キャッチャースボックスに戻った鳴海(なるみ)は腰を落とす。球審のコールの後、サインを出す。初球はインコースのシンカーでファールを打たせ、二球はやや甘めのストレートを空振りさせて、二球で小鷹(こだか)を追い込んだ。

 

「(ここで行くよ)」

「(......うんっ!)」

 

 砂浜で取得した新変化球のサインを初めて出す。あおいは、今まで以上に大きく強く頷いてセットポジションからモーションを起こした。

 

「(またストレート、しかも同じコース! もらったわっ)」

 

 小鷹(こだか)は、その球速にストレートと確信して振りにいった。しかし。

 

「き、消えた......?」

 

 バットは何の手応えもなく虚しく空を切り、ワンバウンドしたボールは鳴海(なるみ)のミットに収まっていた。鳴海(なるみ)は、ボールを持ったミットで小鷹(こだか)の背中にタッチ。球審の「アウト」と言うコールを聞いてから、ベンチへ戻る。

 

「ナイスピッチ!」

 

 ピンチを三振で切り抜けたあおいに、賛辞の声が次々とかけられる。その間に鳴海(なるみ)は、防具を外しながら近衛(このえ)新海(しんかい)に伝令で言っていたことの真意を訊ねた。

 

「簡単に言うと球審に嫌われたんだ」

「はあ? なんだよ、それ......?」

「きっかけは葛城(かつらぎ)先輩の打席です」

「オ、オレのせい......?」

 

 二人は頷き、事の次第を話す。

 恋恋高校が球審に嫌われた理由は、葛城(かつらぎ)が打席で行った行為に原因があった。

 

「お前、フォアだと思って球審が判定する前にセルフジャッジで歩いただろ。あれが気に入らなかったんだろうよ」

「そんなことで?」

「正式に登録された審判と言ってもアマチュアですから。些細なことで機嫌を損ねることもあります」

 

 四番の甲斐(かい)の打席に目をやると、やはり外のストライクゾーンがやや広く取られている。

 

「マジか、オレのせいじゃん......」

「いいえ、違うわ」

「監督......」

 

「みんなも聞いて」と、理香(りか)はベンチに居る全員に向けて話す。

 

「こういう審判も居ると言うことが、今日の試合でわかって良かったわ。恋恋高校は、まだまだ実戦経験が浅いチームよ。この試練を成長するための良い糧と思って乗り越えましょう。そうすれば一歩甲子園へ近づけるわ!」

「はい!」

 

 全員で声を揃えて返事をした直後四番の甲斐(かい)は、矢部(やべ)が三振に打ち取られた外のシュートを捉え、レフトオーバーのツーベースで出塁していた。

 

鳴海(なるみ)、頼んだぜー!」

「おう!」

 

 チームメートの声援を背に受け鳴海(なるみ)がバッターボックスへ。

 

「ねぇ、あおい。最後のボールは?」

「あれ? あれはね、ボクの新しい決め球。名付けて『マリンボール』だよ!」

「マリンボール?」

 

 瑠菜(るな)は、ずっときっかけを掴めずに悩んでいたあおいを知っている。それをたった一日で決め球として使えるようになった理由に興味を持った。

 

「スピードと変化の両立。どうやって投げてるの?」

「それは秘密だよ」

「なによ、それ」

「えへへ~、ナイショだよっ」

「そういわれるとますます気になるわ。いいわ、この試合中に突き止めてあげるからっ。はるか、カメラの映像貸してもらえるかしら」

「はい、どうぞー」

 

 はるかから、試合を記録している二台のビデオカメラのうち一つを借りて。あおいの投球の映像を再生して観察を始める。

 そして試合の方は、ランナーを三塁にまで進めたが一本が出ず無得点で二回以降の攻防へと移った。

 恋恋バッテリーは取ってもらえない外のストライクを捨て、新変化球マリンボールとシンカー、そしてストレートを巧みに使い。三振と凡打の山を築いて行く。負けじと太刀川(たちかわ)も、ノビのあるストレートを武器にホームを踏ませないピッチングを披露し。投手戦のまま五回裏ジャスミンの攻撃。

 既にツーアウトを取られ、バッターもツーストライクとテンポよく追い込まれて、三球目。

 

「ストライク、バッターアウト! チェンジ」

「また三振ッス!」

「今度はストレートだな」

「同じ軌道からのストレートと鋭く変化する速いシンカー、厄介にも程があるわ。ヒロ」

 

 小鷹(こだか)の呼び掛けに太刀川(たちかわ)は、ドリンクを口にしたままで反応しなかった。もう一度声をかけたところでようやく気がつく。

 

「えっ、なに?」

「結構投げさせられたけど、まだ行ける?」

「うん、ぜんぜん行けるよー」

「そう。じゃあみんな、この回もしっかり守りましょう!」

「おおー!」

 

 守りに着くジャスミンナインはベンチへを飛び出し、整備が終わったグラウンドへかけて行く。

 六回表恋恋高校の攻撃は、六番の片倉(かたくら)からの打順。

 

「(先ずは、外のストレートでストライクを取るわよ)」

「(オッケー)」

 

 これまでも広く取ってもらえる外ストライクを有効に使っているジャスミンバッテリー。この回も今までと同様の攻め方を選択したが......。

 

「ボール、ボールフォア。テイクワンベース」

 

 ツーストライクを取ったまでは良かったが、その後はストライクが入らず。結局、四球でノーアウトのランナーを出してしまった。

 続くバッター藤堂(とうどう)は、さっそくバントの構えを見せ、初球のカーブをキッチリ転がし、先制のチャンスを作った。

 

「ヒロ、大丈夫?」

 

 あおいが打席に入る前にマウンドへ行った小鷹(こだか)は、簡単にバントをやらせてしまったことが気になっていた。

 

「うん、大丈夫だって......」

 

 笑顔を作ったが疲労の顔は隠せない。それもその筈、太刀川(たちかわ)の球数は既に130球近くまで来ていたからだ。

 ジャスミン学園が恋恋高校以上に選手層が薄いことを事前の偵察で知っていたため、徹底的に粘り太刀川(たちかわ)をマウンドから引きずり下ろす作戦を取った。それにより広い外はヒットは難しいが、最初からファールにすることを意識するしたことで、ある程度対応出来たことが大きかった。

 

「プレイ!」

「(とにかく球数を減らさないと、多少甘くてもいいわ。ストライクで勝負しましょう)」

 

 頷いて二塁ランナーを目で牽制してから投げた。二球ストライクを見逃してからの三球目をファールで逃げる。

 

「(またファール!)」

 

 もう一球ファールを打った次の投球。

 そこで事件が起こった。

 

「あっ......」

「(――真ん中、失投!?)」

「(もらったよ!)」

 

 ど真ん中のストレート。それも今までとは比べ物にならないほど力の入っていない棒球。あおいは、そのボールを逃がさずキッチリと芯で捉えた。

 打球は、太刀川(たちかわ)の右側へ飛んで行く。

 

「ヒロ!」

「......っ!?」

 

 反応が一瞬遅れた。打球は伸ばしたミットよりも一瞬速く通り抜け、太刀川(たちかわ)の左肩に当たって、跳ね返ったボールがファーストへ転がる。

 直後、グラウンドに大きな悲鳴が響き渡った――。


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