チリひとつない清掃の行き届いた部屋。床に敷かれたカーペットは歩く度に足が沈むほど柔らかく、部屋の中央には豪華なソファーと透明のガラステーブル。部屋の奥の大きな一枚ガラスの窓の外は、高層ビルが立ち並ぶコンクリートで覆われた大都会が広がっている。
この部屋のソファーに
『では、こちらの書類にサインをお願いします』
ガラステーブルを挟んで
男性も、秘書もそのあり得ない行為に驚き、 呆気にとられた。通常、契約書などにサインする前は必ず目を通すもの、特に数字と数字の前後の文章には気を使うものだ。何故ならば、口頭の交渉など所詮は口約束、物証の書類では全然違うことを表記し、詐欺紛いの行為を行う輩もいるからだ。
『なにを驚いている』
『い、いや......』
『どうだっていいのさ。こんな
『と、申されますと......?』
たじろぐ男性を見て笑みを浮かべた
『
『(......恐ろしい。この男の目からは迷いなど微塵も感じない。私は、とんでもない男とビジネスをしているのだな......)』
『全て契約通りです、ご安心を。会長』
『うむ』
秘書に促された男性は席を立ち、
『Mr.トクチ。我々は、あなたを歓迎します』
『フッ......、堅苦しいのは苦手でね。書面の契約は果たしてやる』
そう言いながらも立ち上がった
東京湾を埋め立て作られた国際空港。
恋恋高校の養護教諭
到着時刻から遅れることなく長い滑走路に着陸した大型旅客機の乗客が、次々と、国際線の発着ロビーに出てくる。
その中に待ち人の姿を見つけた。
「こっちよ!」
彼女の前に現れた待ち人は、
タクシーを拾った二人は、いつものバーへと移動し、いつもの席でアルコールを頼んだ。
「で? わざわざ空港で待ち伏せした理由はなんだ」
「......あおいさんのことよ。あの子、野球を辞めてしまうかも知れないわ」
* * *
「じゃあスターティングメンバーを発表するわよ」
聖ジャスミン学園グラウンド三塁側ベンチ。事前に
「一番、ライト、
「うっす!」
「二番、サード、
今日の試合も覇堂高校戦と同じく、
「三番、センター、
「オ、オイラがクリーンアップでやんすかっ?」
「あら、不満なら他の子に......」
「やりますでやんす! 慎んで引き受けさせていただくでやんすー!」
必死の
「次行くわよ。四番、ファースト、
「はい」
「それで、あのボールのサインだけど」
「うんっ」
「
「あっ、はい! なんでしょうかっ?」
新変化球について話し合っていた
「バッテリー同士仲睦ましいのは素晴らしいことだけど、聞くときはしっかり聞きなさい」
「す、すみません......」
声を揃えて謝罪した二人に
「ちちくりあってんじゃねぇぞ~」
「そうでやんすッ、羨ましいでやんすッ、妬ましいでやんすッ、オイラも女の子とちちくりあいたいでやんスーッ!」
「
「はぁ、まったくこの子たちは......」
ひとつ大きなタメ息をついた
五番、キャッチャー、
六番、ショート、
七番、ライト、
八番、ピッチャー、
九番、セカンド、
覇堂高校戦とは、ガラリと替わった一年生を多く使ったメンバー。7月から始まる甲子園大会予選大会まであと一月半。その大会を見据えた控えメンバーの実戦経験を養うことを目的としたメンバー編成。特に二遊間、
「
「はいッ!」
「いい返事ね。
「はい。集まって円陣」
スタメン、ベンチメンバー全員で円陣を組んで、中心の
「相手は女の子だけだから楽勝楽勝、なんてこと考えるなよ?」
「当たり前でやんす! 手加減なんてしないでやんす!」
「
「当然ね。負ける気なんてさらさらないわ」
「
「イテェッ! ちょっとは手加減しろよ......」
背中を思いきり叩かれた
「飛んだとばっちりだッ!?」
「アハハ。さあ行こうか、監督に采配に初勝利を......! 恋恋行くぞーッ!」
「オオーッ!!」
「おお~っ、スゴい気合いッスね!」
「何を関心してるのだ、ほむほむ。アイツらは敵なんだぞ」
「いやー、恋恋高校と試合できると思ったらつい」
「あたしは、ほむほむと同じ気持ちだけどね。あおいと投げ合えるのが楽しみで、いつもより二時間も早く起きちゃったし」
「ちょっとヒロ。夜はちゃんと寝たんでしょうね?」
「うん、いつもより二時間も早く寝たよ」
「それただの早寝早起きじゃないっ」
「へっ?」
キョトンとしている
「さすがヒロぴーッスね」
「ほら、さっさと準備済ませて整列するわよ!」
ジャスミンも支度が整い両校グラウンドへ整列。主催のジャスミンがホームの後攻、恋恋高校は先攻と云う形だ。主審が手を上げて両校挨拶を交わし試合が始まった。
『先攻恋恋高校の攻撃は、一番レフト、
「おっ、スゲー。ウグイス付きだ」
「ほむらが放送部の子に頼んだのよ。『恋恋高校の皆さんを迎えるのに粗相は出来ないッス!』ってね」
セカンドのポジションでグッと親指を立てるほむらに、
「そりゃ無様なプレーは出来ねぇな......!」
「ええ、楽しみにしてるわ。覇堂を破ったあなたたちの力をね......! ヒロ!」
マウンドの
「ストライク!」
「チッ......」
「オッケー、ナイスボール! 完全に振り遅れてたわ、この調子でどんどん攻めて行くわよ!」
わざとらしく挑発染みた発言で、
「(いい感じに熱くなってる、これならボール球でも振るわ。次は、これで外のカーブを振らせてっと)」
しかし、
「(......振らなかった。今のは演技?)」
「(挑発したって無駄だぜ。なんてたってオレたちは、毎日グラウンド整備を賭けた真剣勝負でメンタルを鍛えてるんだからな......!)」
ここから
際どいコースはファールで逃げ、明らかなボール球を見極める。そしてフルカウントになってからの3球目、合計11球目のストレートを空振り三振に打ち取られた。
「どう?」
「変化球は偵察通りだな。だけど、ストレートは感じたより来る。ちょい高めに狙い定めないと空振っちまう」
「了解。じゃあ作戦通りに行ってくる」
「おう。頼んだぜ、
ハイタッチをして二人は、ベンチとバッターボックスへ、それぞれ向かう。
打席立った
「ファ、ファール!」
「ふぅ、危ない危ない」
二球で追い込まれたにも関わらず、フルカウントまで持っていき、次が15球目。端から見たら、捉えきれず何とか食らい付いているように見えるが、キャッチャーの
「(一・二番だけでもう30球近くも、マズイわ......。ヒロ、甘いコースのストレートを打たせましょう!)」
「うんっ」
サインに頷いてモーションを起こす。
「(......外れたっ!?)」
「(外だ)」
パーンッ! と、小気味良い音を
しかし――。
「......ストライク! バッターアウッ!」
「っ!?」
「......え?」
球審のジャッジはストライク、見逃しの三振。
この判定に、確実にボールと確信して歩いたバッター
「マズイな」
「はい......!」
恋恋高校ベンチでは、