7Game   作:ナナシの新人

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大変長らくお待たせ致しました。
これからの展開の大幅な見直しに時間がかかってしました......。


game29 ~決め球~

「あっ、エッチな本みっけ~っ!」

 

 休養日、先日の約束通り鳴海(なるみ)の家を訪ねてきたあおいは、鳴海(なるみ)が飲み物を用意して部屋へ戻ってくる時を見計らって声を上げた。

 

「えっ!?」

「ウソだよー」

「......ビックリさせないでよ」

 

 ほっと胸をなでおろした鳴海(なるみ)は、テーブルにガラスのコップとジュースの紙パックを乗せたおぼんを置いてから、腰を下ろした。

 

「そういう反応するってことは有るんだ?」

「......ノーコメント」

「ふーん」

「そ、そんなことよりDVD! 今日は、コーチの試合を観るために来たんだったよね!」

 

 あおいに冷めた視線を向けられた鳴海(なるみ)は、強引に今日の目的に話を移し。リモコンを使って、テレビとプレーヤーを立ち上げ、東亜(トーア)から渡されたDVDを再生させる。

 動画は、東亜(トーア)がマウンドに上がった直後から始まった。

 

「これって、オープン戦?」

「そう、去年のオープン戦。コーチがリカオンズに入団して、初登板のときの試合だよ」

 

 テレビ画面に写る東亜(トーア)は、ふてぶてしい態度で投球練習を拒否し、挑発するように指先でバッターに打席に入るよう促す。ナメられたと受け取ったバッターは、苛立ちを見せながらバッターボックスで構えた。呆れた様子で息を吐きマスクを被った球審の合図で試合再開。

 

「いきなり三球三振!」

「力んでいるのを見透かして、甘いコースからの低回転ボール。手元で沈むからバッターは消えたと錯覚しただろうね」

 

 東亜(トーア)の線の細い体よりも遥かに大きく屈強なバッターたちを次々と手玉に取り、凡打の山を築き上げていくさまは、まるで神業。あおいは、画面に写る東亜(トーア)のピッチングに釘付けになり息を飲んだ。

 

「これが......。瑠菜(るな)が取得しようとしているコーチの決め球――」

「正確には、ちょっと違うけどね」

「えっ?」

 

 ――どういうこと? とあおいは首をかしげた。

 

瑠菜(るな)ちゃんが、本当に取得しようとしているのは低回転ボールじゃないんだ。コーチの、渡久地(とくち)東亜(トーア)の投球術なんだよ」

 

 

           * * *

 

 芽衣香(めいか)瑠菜(るな)、それと二人の後輩と一緒にショッピングに出掛けた帰り。四人はカフェに立ち寄って話をしていた。

 

瑠菜(るな)は、どうしてソフトボール続けなかったの? 中学の時は全国大会も出たんでしょ」

「なによ、突然」

 

 明日の対戦相手、ジャスミン学園の話をしていた中芽衣香(めいか)が、唐突に話題を振った。香月(こうづき)藤村(ふじむら)も、興味津々と言った様子で瑠菜(るな)に注目している。

 

「コーチとの勝負に負けたから」

「勝負?」

「そう、一打席勝負にね。でも私、元から野球部に入りたかったのよ」

 

 口に運んでいたティーカップを置いてから瑠菜(るな)は、芽衣香(めいか)からの質問に答える。

 

「ウチの中学、男子しか練習に参加させてもらえなかったの。そこそこ強豪だったこともあってね。だから私は、仕方なくソフトボール部に入ったわ」

「ふーん。じゃあ高校でどっちも所属してしなかったのは?」

 

 頬杖を突いて窓の外に映る人波を憂いを帯びた表情(かお)で見つめながら、どこか気まずそうに当時の気持ちを話す。

 

「......女子じゃ甲子園を目指せなかったから、ルールも力でも......。でも野球を諦められなかった。だから、半端な気持ちのままソフトボールを続ける気にもなれなかったわ。本気で打ち込んでいる人たちに失礼でしょ?」

 

「じゃあどうしてですか?」と、後輩たちが訊ねる。

 

「去年の春。コーチの、渡久地(とくち)東亜(トーア)のピッチングに目を奪われたから。他の選手と比べて細い体なのに、120km/h前後のストレート一本で並み居る強打者を手玉に取る投球術。渡久地(とくち)東亜(トーア)のピッチングは、女の私でも闘えるって、希望を与えてくれたわ」

「それで、また野球を始めたんですね」

「ええ、近所にあるプロの選手も足を運ぶ施設でいちから体を作り始めた。でも最初は、高校で野球をするつもりはなかったわ」

「そこよ、なんでよ? 今年からは、堂々と甲子園を目指せるようになったんだからさぁ」

 

 なんの淀みもなく平然と言ってのける芽衣香(めいか)に対して、瑠菜(るな)はやや言い難そうにティーカップに目を落とした。

 

「......だからこそよ。芽衣香(あなた)たちが苦労して作った野球部、勝ち取った女性選手出場の権利......。『女子も甲子園を目指せるようになったから入部したい』なんて、今さらどの面下げて言えるのよ......?」

「はぁ~? あんた、そんなこと気にしてたの?」

 

 瑠菜(るな)の話を聞いた芽衣香(めいか)は「そんなの気する必要なんてないじゃん。もっと早く入ってくれればよかったのにー」と、若干呆れた様子でタメ息をつく。すると「あたしは、瑠菜(るな)先輩の気持ちわかります」と、瑠菜(るな)の隣に座っている香月(こうづき)

 

「あたしも高校では部活を止めようと思ってましたし」

「えっ? そうだったのっ」

 

 彼女の向かいの藤村(ふじむら)が、軽く身を乗り出した。

 

「うん。肩が弱くて遠投は出来ないし、ソフトボールでも中継に届くのがやっとだったから。高校じゃ絶対無理だって思ってた。でもパワ校戦の、どんなに打ち込まれてもめげないで男子に向かっていくあおい先輩を見てたら、がんばってみようって思えたんだ」

「ふ~ん、へぇ~、決めてはあおいなんだぁ~」

 

「もちろん芽衣香(めいか)先輩もですよっ」と、すかさずフォロー。お決まりのパターンに四人は笑い合った。

 

 

           * * *

 

 

「ジャスミンのエース太刀川(たちかわ)か」

「まっすぐがヤバかったね」

「だな、相当手元でキレてた。葛城(かつらぎ)はどう思う?」

「とにかく粘って引きずり降ろす。二番手以降は問題ないし」

「じゃあバッセンでも寄っていくか?」

「いいね。あれ、アイツたち」

 

 真田(さなだ)葛城(かつらぎ)は、ジャスミン学園を偵察に行った帰り河原を通り掛かった時、河川敷グラウンドでキャッチボールと素振りをする四人組を見つけた。

 

「カーブ行くよ」

「オッケー。でも球数制限10球だけだよ?」

「分かってるって......!」

 

 新海(しんかい)は腰を下ろし、片倉(かたくら)は足場を整えて振りかぶる。右腕から放たれたボールは途中でブレーキが掛かり、ぐっ、と沈みながら曲がった。

 

「オッケーナイスボーッ! どうした?」

 

 ボールを投げ返そうとした腕を止めて、新海(しんかい)が訊く。片倉(かたくら)は、初心者六条(ろくじょう)の素振りを見ていた藤堂(とうどう)に声をかけた。

 

「悪いけど、打席に立ってくれねぇ?」

「ん? ああ、いいよ」

「本気で打ってくれていいから......!」

 

 バッターを立たせて仕切り直しの一球。ストレートで見逃し、二球目はカーブを一塁線へのファール。そして三球目のカーブを、やや詰まった当たりでセンターへ弾き返された。

 

「やっぱりな......。ありがと」

「どうしたんだよ? さっきから」

 

 藤堂(とうどう)六条(ろくじょう)の元へ戻るのと同時に、新海(しんかい)片倉(かたくら)の元へ。

 

「オレのカーブじゃ左から空振りが奪えないんだよ」

「ああ~、確かに変化が横だもんね」

「当てられちゃうんだよな。なぁ瑠菜(るな)先輩のカーブって縦だったよな?」

「うん、スリークォーターだけど。結構落差もあるから右からも空振り取れるね」

「......投げ方分かるか?」

 

「アイツらも頑張ってるみたいだな」

「負けてられないね」

「だな。よっしゃー! バッセンまで走るぞーッ!」

「はいはい」

 

 一年生たちに刺激を受けた真田(さなだ)葛城(かつらぎ)は、バッティングセンターまで走って向かった。

 

 

           * * *

 

 

「やっぱりガンダーロボは熱いぜ......! なあ矢部(やべ)?」

 

 奥居(おくい)が同意を求めるも矢部(やべ)は、テレビ画面を見つめたまま真剣な表情(かお)をしている。

 

「......オイラもガンダーロボのような必殺技が欲しいでやんす」

「あん? なんだよ、唐突に」

「唐突じゃないでやんす。覇堂高校戦から、ずっと考えていたでやんす」

 

 覇堂高校との試合矢部(やべ)は、真田(さなだ)に一番バッターを譲り。真田(さなだ)は、自らの直談判に結果を出して答えた。それにより矢部(やべ)は、危機感を覚えていた。

 

真田(さなだ)くんには、オイラにはない盗塁に技術が。藤堂(とうどう)くんには、オイラ以上の足があるでやんす。このままじゃあ、オイラは......」

「スタメンも危ういな」

「はっきり言わないで欲しいでやんすーッ!?」

「あっはっは、わりぃわりぃ。でも矢部(やべ)には、二人以上の守備があんだろ?」

「もちろんセンターを譲る気はないでやんす! でも、オイラのだけの武器が欲しいんでやんすっ!」

「ふーん......武器ねぇ~」

 

 頭の後ろで腕を組んだ奥居(おくい)は、そのまま床に寝転んだ。天井の壁紙を眺めながら、今日までの矢部(やべ)のプレーを思い返していた。

 

「一塁到達タイムは藤堂(とうどう)が上。ベースランは真田(さなだ)とほぼ互角......。今から走力を上げるのは難しいとなれば、ベースランのタイムで差をつけるしかねぇかもな」

「ベースランでやんすか?」

「おう、オイラもベースランには力を入れてるんだぜ」

「言われてみれば奥居(おくい)くんは、走塁が上手いでやんすね」

「コンマ一秒で天国か地獄か(アウト・セーフ)が決まるからな。走塁は野球の基本で究極。正直、限られた機会の盗塁よりも全ランナーが行うベースランの方が重要だと、オイラは思ってるぜ」

「確かにそうかもしれないでやんすね」

「パワチューブでプロのベースラン調べて見るかぁ」

 

 二人は、矢部(やべ)の勉強机の上に設置されているパソコンでプロ野球選手のプレー集を調べ始めた。

 

 

           * * *

 

 

「何で、海?」

「気分転換したらって、鳴海(なるみ)くんが言ったんでしょ?」

「いや、そうだけど......」

 

 ――まさか、海に来るなんて思ってもなかったって......。二人の他に誰もいない砂浜。波打ち際に座って、日暮れ前のまだ青い海を眺めながら思った鳴海(なるみ)に、あおいは海風を肌に受けながら、ふと頭に浮かんだ疑問(こと)を訊いた。

 

「ここでもボールが自然に落ちたりするのかな?」

「え?」

「ほら、さっき見た試合だよ。対千葉マリナーズ戦の三回戦」

「ああ~、雨の日の反則合戦かー」

 

 リカオンズVSマリナーズの三連戦。

 リカオンズ元オーナー彩川(さいかわ)の策略により三連戦全てに先発登板せざるを得なかった東亜(トーア)は、二試合連続で完投勝利を納めるも。当然のことながら疲れはとうにピークを迎えており、三戦目に捕まり三回までに14失点と大炎上した。

 しかし、これも全て東亜(トーア)の策略。

 平均な試合の終了時間後に、スタジアム周辺に大雨警報が発令されることを事前に知っていた東亜(トーア)は、打たせるだけ打たせて時間を稼いだ。どんなに大差で試合が進んでいても五回裏スリーアウト目が完了していなければ、ノーゲームになると云うルールを突いて――。

 それにいち早く気がついたマリナーズの高見(たかみ)は、バッター陣にワザとアウトになれと進言。チーム全体で試合を完了させることに全力を注いだ。だが、もちろん東亜(トーア)が簡単に許すわけもなく。

 試合は両チームとも没収試合寸前まで反則プレーを繰り返した。

 

 しかし、この反則合戦すらも東亜(トーア)の撒き餌。

 

 試合を成立させようと焦り、躍起になっていたマリナーズベンチに突け込み。14点という点差を逆転、最終的には試合放棄を宣言させて記録上完封を達成させた。

 

「5回表に高見(たかみ)選手を三振に取ったボールは、低回転ボールじゃなかったんだよね?」

「うん、握力とか筋肉の疲労で投げれなかったみたいだからね。あのボールは雨の重みと湿気を利用した落ちるストレートだった。海もグラウンドより遥かに湿度が高いから普段よりも落ちるかもね」

「だよねっ」

「でも、それがどうしたの?」

 

 あおいは、腰を上げて砂を払う。

 

「ボク、ずっと考えてたんだ。コーチのアドバイス」

「えっと確か『何もボールを変化させるのは回転だけじゃない。別の角度から物事を見ろ』だったっけ?」

「うん、そうそうっ。もしかしたら、このことを指していたんじゃないかなって!」

「なるほど、ね......」

「ちょっと試してみてもいいかな?」

 

 そう言って持ってきた荷物からグラブとミット、ボールを取り出した。あおいは、試行錯誤しながら新変化球――高速シンカーを取得しようと鳴海(なるみ)のミットをめがけてボールを投げ込む。

 

「いつもより鋭く変化してる気がする」

「やっぱりっ? でも常に雨降らせられる訳じゃないし......」

「そうだね」

「何か良い方法はないかな?」

「雨じゃなくても、ボールが自然に落ちる方法か......。あっ!」

 

 考え事をしながら投げた鳴海(なるみ)の返球は、普段の返球はよりも短くあおいのグラブの手前で砂浜に落ちてしまった。

 

「もぅ~、ちゃんと投げてよっ」

「ごめんごめんっ。思った以上に届かなく、て?」

「どうしたの? あっ!」

 

 あおいと鳴海(なるみ)は、あおいの1メートルほど手前に落ちたボールを見た瞬間あることに気がついた。

 ――これだよ! と二人声を揃えて叫ぶ。

 

「あおいちゃん!」

「うんっ!」

 

 あおいは、鳴海(なるみ)が構えたミットをめがけてボールを投げた。スピードは普段のシンカーよりも遥かに速い。

 しかし、問題はここから。いつもは変化を求めるとスピードが、スピードを求めると変化が小さくなると云うジレンマを抱えていた。

 だが、今回は――。

 

「いっけーっ!!」

「くっ......!?」

 

 ボールは鋭く変化し、捕球しようと膝を落とした鳴海(なるみ)の左膝前に構えたミットの真下の砂浜に突き刺さった。グラウンドなら間違いなく後逸していただろう位置に......。

 

「す、スゴい変化だ......!」

「ほ、ほんとに?」

「ホントだって! 現に捕球出来なかったし!」

「や、やったーっ!」

「うわぁっ!?」

 

 新変化球の完成に喜びを爆発させて、走ってきたあおいに勢いよく抱きつかれた鳴海(なるみ)。体勢が悪かったためあおいを支えきれず二人は、そのまま砂浜に倒れ込み抱き合う形になってしまった。

 

「ご、ごめんね......。嬉しくてつい......」

「お、俺の方こそ。ちゃんと支えられなくて......」

 

 頬を紅く染めて慌てて立ち上がったあおいは、胸に手を当てて呼吸を整えてから鳴海(なるみ)に右手を差し出して微笑んだ。

 

「明日の試合。絶対勝とうね!」

「......当然!」

 

 日が落ち始め海と空がオレンジ色に染まる中、二人はガッチリと手を取り合い。明日のジャスミン学園戦へ向けた誓いを交わした。


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