7Game   作:ナナシの新人

28 / 111
game28 ~焦り~

 

 

 週末、恋恋高校グラウンド。

 ジャスミン学園との練習試合前々日、東亜(トーア)の居ない中の練習だが、ナインたちは誰一人として手を抜くことなく、練習メニューをこなしていた。

 そして、グラウンド中央では瑠菜(るな)奥居(おくい)の一打席勝負が行われようとしていた。キャッチャーを務める鳴海(なるみ)は、練習中のナインに注意を促し、避難したのを確認してから腰を落とした。

 

「一打席勝負。ルールは、三振及び内野でバウンドした場合投手の勝ち。外野へ飛ばせば打者の勝ち。ファールフライはストライクとして換算、四死球は打者の勝ちね」

「ええ」

「オッケー」

 

 ルールの確認をした後、バッテリーは十球の投球練習を行う。最後の一球を投げ込み、ボールを受け取った瑠菜(るな)は、ロジンバッグをぽんぽんっと軽く手のひらで遊ばせて構えた。

 

瑠菜(るな)ちゃんの持ち球ってなんだっけ?」

「ええーっと、まっすぐと......」

「まっすぐ一本よ」

「へ?」

 

 奥居(おくい)鳴海(なるみ)は、ほぼ同時に顔を上げてマウンドの瑠菜(るな)を見る。

 

「この勝負、まっすぐ一本でいくわ!」

「あの目、本気だ......」

「マジかよ......」

「いくわよ!」

「お、おう!」

 

 強気な宣言に呆気にとられている二人を尻目に、瑠菜(るな)はモーションを起こした。スムーズに上げられた右足に合わせて奥居(おくい)はタイミングを計り、鳴海(なるみ)は真ん中にミットを構える。

 

「ムッ!?」

 

 球持ちが良い瑠菜(るな)のピッチングフォームにタイミングが合わずハーフでスイングを止める。

 そして、瑠菜(るな)の左腕から投じられた宣言通りのストレートはアウトコース低めを通過し、乾いた音を響かせた。

 

「ストライク。ノーワン」

「なるほどな~。どうりで覇堂が手こずるワケだぜ」

「スゴいでしょ? 俺も捕球()り難いもん。それに、ここ数日は特に気合いが入ってる」

 

 覇堂高校との一戦。

 女の子である瑠菜(るな)相手と言う油断はあった。しかし、それでも一巡をパーフェクトに抑えた実力は本物だったと実際、バッターボックスで体感した瑠菜(るな)のピッチングに、納得と同時に凄さを感じていた。

 

「いいかしら?」

「おう、いつでもいいぜー」

 

 返事を聞いて二球目を投げる。今度もアウトコース低めのストレート。同じ球種をおなじコースの投球に、奥居(おくい)は完璧にタイミングを合わせた。しかし――。

 

「はい、ストライク。ノーツーね」

「あ、あれ? 振り遅れてた......?」

「うん。振り遅れてたよ」

「おっかしいなぁ~。捉えたと思ったのに」

 

 素振りでスイングを確かめる奥居(おくい)を、瑠菜(るな)はじっと見つめていた。

 

「(無駄の無いフォーム......まともに勝負すればやられるわ。奥居(おくい)くんの唯一の弱点といえるのはインハイだけど......)」

「よっしゃー! 来いッ!」

「(私の球威じゃ外野まで運ばれるわ。それなら今の、私に出来ることのは......!)」

 

 新しいボールを受け取り、足場をならす。

 

「いくわよ!」

「おうよ!」

 

 マウンド上でゆったりとモーションを起こす瑠菜(るな)を、眼光強く見つめる奥居(おくい)は思考を巡らせていた。

 

「(二球とも外のストライクゾーン。セオリーなら一球外す場面だけど......。鳴海(なるみ)はリードしてない、瑠菜(るな)ちゃんのボールを受け取るだけだ。となれば捕手のセオリーは崩れる。三球勝負も十分ありえるぜ......)」

「(当然、三球勝負よ......!)」

 

 瑠菜(るな)の選択は、三球勝負。

 一球外すことも十分ありえる作戦だったが。しかし、瑠菜(るな)としては奥居(おくい)に手の内をさらすことになるボール球は極力投げたくはなかった。無駄に見せれば奥居(おくい)は、必ず対応してくると予期していたからだ。

 

「(勝負球は、これよ......!)」

「(おおっ! ナイスコース!)」

 

 瑠菜(るな)の投じた勝負球は、インコース高め。それもストライクともボールとも取れる際どいコース。更に、打ってもファールや凡打になる確率の高い覇堂の木場(きば)と同様に左からクロスして入ってくる、右バッター殺しのコース。

 

「もらったぜッ!」

 

 しかし奥居(おくい)も、このボールは十分あり得ると踏んでいた。対木場(きば)との反省を生かし、早いタイミングで左足をオープンに開きながらも、バットヘッドは残し、ミートポイントを通常よりも後ろへ持っていく。差し込まれても腰の回転で打球を弾き返せるように準備を整える。

 

「(ヤバイッ、打たれる!?)」

 

 鳴海(なるみ)が、そう思った瞬間――。奥居(おくい)のバットは空を切り、ボールは鳴海(なるみ)の脇をすり抜け、転々とバックネットへ転がっていた。

 

「私の勝ちね」

瑠菜(るな)ちゃん、今のボールなに? 手元でブレーキが掛かって少し落ちたような......?」

「そうそう、ミートポイントで逃げたぜ」

「低回転ボールよ」

「今のが......? 完成したの!?」

「まだ二割程度よ。今回は狙い通り投げれたけど、制球もまだまだだわ」

 

 瑠菜(るな)奥居(おくい)の勝負をブルペンから見ていたあおいは、理香(りか)に断りを入れて、グラウンドを出てロードワークへ出掛けた。

 

「あおい......」

「大丈夫よ。そんな弱い子じゃないわ」

「はい......」

 

 恋恋高校グラウンドから離れたあおいは、堤防を走っていた。

 

「はあはあ......」

 

 普段のランニングコースを外れた川沿いの道、橋と橋の中間地点で膝に手をついて立ち止まる。額から流れる汗が、オレンジ色の太陽の光に反射して輝いていた。

 

「......っ!」

 

 息が乱れたまま前に顔を上げて、再び走り出す。

 あおいは焦っていた。

 たった二月(ふたつき)で急速に成長していくチームメイトたち。そして何よりも入部直後から着実に力をつけ、未完成でながら奥居(おくい)を三振に切って取った決め球を取得しつつある瑠菜(るな)に対しての焦り。

 あおいも試行錯誤を繰り返しているが、未だ、新変化球高速シンカーのきっかけを掴めないでいた。

 

「危ない!」

「えっ? わぁっ......!」

 

 顔を上げると、自転車があおいのすぐ横を通り過ぎっていった。驚いた拍子にバランスを崩して倒れそうになったところを、後ろから誰かに支えられた。

 

「大丈夫?」

「う、うん......。ありがとう」

「あ、キミは恋恋高校の!」

「へ? あーっ、試合を観にきてたジャスミンの!」

 

 お互いの顔を見た二人は、自己紹介をしてお互い投手と務めている事を知り意気投合。河川敷へと降りて、整備されている川沿いのベンチに座って話をする。

 

「あおいも、いつもこのコース走ってるの?」

「ううん、今日は気分を変えて来たんだ」

「へぇー、そうなんだ。ところで、その足に着いてるのは?」

「これ? パワーアンクルだよ。コーチの指示で、走るときはいつも着けてるんだ」

 

 東亜(トーア)の指示で付けている足の重りは、100g単位で徐々に増えていき現在、片方3kg両足合わせて6kgになっている。

 

「うっ、重いなぁ......」

「でしょ? でも、下半身を鍛えないと上体に頼った手投げになるから、肩とか肘の故障に繋がる恐れを考えると理に叶ってるって、保健の先生が教えてくれたんだ」

「......そっか」

 

 一瞬暗い表情(かお)になった太刀川(たちかわ)にあおいは不思議に思ったが、次見たときには見間違いだったかのように微笑んでいた。

 

「それでどうしたの、何か考え事してたみたいだけど。あたしで良かったら話してみなよ」

「............」

 

 あおいにとって自分の不安や愚痴を話せる相手は親友のはるかくらいなもの。はるかには多少の愚痴を溢すこともあったが、同い年投手は瑠菜(るな)近衛(このえ)の二人だけ。二人ともあおいとはタイプが違うこと、しっかりとした目標を持って練習しているため邪魔したくないという思いから相談出来ないでいた。

 

「新しい決め球かー」

「うん......。なかなか上手くいかなくって」

「あたしも悩んだよ」

「ヒロぴーも?」

「うん、男子に負けたくなくって必死だった......」

 

 どこか懐かしむような表情を見せる。

 

「一時期、野球から離れてソフトボール部に入ったこともあったんだ。まあ、女子も公式戦に出場出来るようになったからって、ほむほむに説得されてまた野球に戻ったんだけど。それでね、ソフトボールやってた時の経験が野球でも活きてるんだ」

「ソフトボールの経験?」

「そう。ストレートとか中学時代よりもキレが出てるって捕手(タカ)に言われたしね。だから、根詰め過ぎるの良くないかも。別の視点から考えるのもありだと思うな」

「別の視点からか......」

「急がば回れ、だね」

『おーい! あおいちゃーん!』

 

 堤防から、あおいを呼ぶ声。なかなか戻って来ないあおいを心配した鳴海(なるみ)が河川敷へ降りてくる。

 

「あ、鳴海(なるみ)くん」

「あの人恋恋のキャッチャー? あおい迎えに来たみたいだね」

「うん、学校出てから。結構時間経っちゃったから......」

「ふーん、じゃああたしも帰ろっかな」

 

 ベンチから立ち上がった太刀川(たちかわ)に少し遅れて、あおいも立ち上がる。

 

「じゃあ明後日の試合よろしく!」

「うんっ。ありがと、ヒロぴー」

 

 立ち去る太刀川(たちかわ)に手を振るあおいの下へ、鳴海(なるみ)がやって来た。

 

「今の誰?」

「ジャスミン学園のエースだよ」

「へぇ......って、あおいちゃん! みんな心配してたんだぞ!」

「えへへ、ごめんなさーいっ」

「はぁ......、まあ無事だったからいいけど。さあ帰ろう」

「うんっ」

 

 芽衣香(めいか)に連絡を入れ、二人は話をしながら恋恋高校へ向かって歩く。恋恋高校では、トランプゲームに負けた部員たちによるグラウンド整備が行われ、二人の到着を待っていた。

 

「まったくあおいったら心配させるんだから!」

「無事に見つかったんだから、よかったじゃない」

「そうだけどさ~。ところで瑠菜(るな)は、明日どうするの?」

「近所の施設で練習するわ」

「ええーっ、せっかくの休みなのに!?」

「だから練習するのよ。私なんて、あおいに比べたらまだまだだもの」

「オーバーワークはダメよ。渡久地(とくち)くんから、充分身体を休ませろって指示が出てるの」

「......わかりました」

 

 明日の部活動休日の話で盛り上がっているところへ鳴海(なるみ)とあおいが帰って来た。あおいは、心配と迷惑をかけた事をナインに頭を下げる。理香(りか)は監督としての立場上、軽く注意を促してから解散させた。

 

「あんたらはどうすんの?」

「決まってるぜ! なっ! 矢部(やべ)!」

「もちろんでやんす。オイラたちは四月から録り貯めたガンダーロボ大鑑賞会を執り行うでやんすー!」

「はぁ......、ガキね」

浪風(なみかぜ)は、男のロマンをわかってないな~」

「まったくでやんす」

 

 ――じゃあまた。といつもの分かれ道でそれぞれ帰路へ着く。

 

「ねぇ、鳴海(なるみ)くんはどうするの?」

「俺は、コーチに貰ったDVD(リカオンズの試合)を見て研究しようかなって思ってるけど」

「あっ! それ、見せてもらう約束してたよねっ?」

「へ? あ、ああ~、そう言えばそうだったね」

 

 鳴海(なるみ)は、東亜(トーア)がコーチに着任した頃に話した事を思い出した。

 

「一緒に見てもいい?」

「あ、うん、別にいいけど」

「やった、じゃあ明日ねっ」

 

 元気よく駆けていくあおいの表情(かお)は、悩んでいたことを感じさせないほど笑顔だった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。