7Game   作:ナナシの新人

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game27 ~支配~

「ファール!」

 

 奥居(おくい)木場(きば)の対戦は、木場(きば)が今日一のストレート二球で追い込んだが、その後奥居(おくい)は驚異的な粘りを見せる。連続ファールでフルカウントのまま、次が10球目。

 

「(おかしい......)」

 

 捕手水鳥(みずどり)は、奥居(おくい)のバッティングに疑問を持っていた。

 

「オラァーッ!」

「もらったぜーッ!」

 

 インコース低め152km/hの爆速ストレートを狙い済ましたかの様に奥居(おくい)は、ボールの外っ面を巻き込む様にフルスイングで掬い上げるように叩いた。完璧に捉えた打球はレフト上空へ舞い上がる。

 

「切れろ......、切れろーッ!」

 

 レフトは打球を追いながら叫ぶ。打球はポールの遥か上を通過して外野スタンドに着弾した。三塁塁審に判定が委ねられる。塁審は、両手を広げた。

 

「ファ、ファール!」

「ちっ、切れたか。ま、いいや」

「タイム」

「タイーム」

 

 水鳥(みずどり)は、すかさずタイムを要求しマウンドへ走った。肩で息をする木場(きば)の額からは、大量の汗が吹き出ている。無理もない。今までにない全力投球の連続。自身最高のストレートをいとも簡単に弾き返す奥居(おくい)のバッティング技術を目の当たりにしたことで、木場(きば)は精神的にも肉体的にも限界に近づいていた。

 

「なんだよ......?」

「どう考えてもおかしいんだ、彼らのバッティングは」

「は?」

「リードはキミに任せると言ったけど、次の一球だけは俺に任せてくれないか......?」

 

 自身のリードが通用せず打たれ続け自信を喪失しかけていた水鳥(みずどり)の目から怯えが消えたのを感じた木場(きば)は、彼の肩に手を置いた。

 

「へ、いいぜ、お前に任せる」

「......ああ!」

 

 水鳥(みずどり)は、球審に頭を下げて腰を落とし、今までの配球とスイング傾向を照らし合わせた。

 

「(ここまで奥居()は、低めのストライクゾーン以外はファールで逃げている。なら、勝負は高め。それも......)」

「(インハイのストレート......! 爆速のインハイはボールになる確率が高いぜ?)」

「(責任は全て俺が取る、来い)」

 

 三年間バッテリーを組んできた二人の間には、言葉以上の何かがある。サイン交換の中で二人は無言でコミュニケーションを取っていた。

 木場(きば)は、水鳥(みずどり)のサインに力強く頷きセットに入る。

 

「(動くんじゃねぇ!)」

「おっと......」

 

 キッ! とファーストランナーを睨み付けクイックモーションで勝負球を放った。

 

「行けや......オラァーッ!」

「(ここでインハイ!?)」

 

 左腕から放たれる爆速ストレート。ボールは砂塵を巻き上げるような勢いでホームベースの一角をクロスして舐める。

 

「(完璧だ。これは打てな――)」

 

 水鳥(みずどり)がそう確信した瞬間。金属音と塘に打球が、木場(きば)の右手頭上へ飛んでいた。木場(きば)は、反射的には右腕を打球に向かって伸ばす。

 

「ランナーハーフ!」

「オッケー!」

 

 ファーストランナー葛城(かつらぎ)は、万が一捕球された時のことを予期し、一・二塁間で止まり打球の行方を注視。

 

「取った!? バック!」

「ぐっ......」

 

 痛烈なハーフライナーを捕球したかと思われたが、無情にも木場(きば)のグラブから白球が溢れ落ちる。ファーストへ戻り掛けたファーストランナーはそれを見て、二塁へスタートを切った。

 

「行かせねぇ......よッ!」

 

 木場(きば)は、打球の勢いに押され崩れた身体を強引に反転させ飛び付いた。利き腕で落ち際を掬い上げる。身体はそのままマウンドへ叩きつけられたが、ボールを落とすことなく、すぐに立ち上がりファーストへ送球。スタートを切ったランナーは既にセカンドベースへ到達していたため、戻ることも出来なかった。

 

「アウトッ!」

 

 後輩のビッグプレーに、一塁塁審は興奮した様子で大きな声でジャッジ。OBが観戦しているスタンドからも声が上がる。

 彼らとは反対に水鳥(みずどり)は、マウンドへ駆け寄った。膝に手を突き立ち上がろうとしている木場(きば)に手を差しのべた。

 

「大丈夫か?」

「おう、サンキュー」

 

 手を借りて立ち上がった木場(きば)の右肘からは、マウンドへ身体が着いた時に擦りむいたのか、赤い血が滲んでいた。球審はタイムを掛け、木場(きば)をベンチへ戻らせて治療に当たらせる。

 

「すまない」

「なに謝ってんだよ、二つ取ったじゃねぇか。それよか、アイツらの何がおかしいんだ?」

 

 マネージャーで妹の静火(しずか)に治療してもらいながら水鳥(みずどり)に訊いた。

 

「ああ、キミのボールは重い。それは受けている俺が一番よく知っている。だが彼らは、キミの重いストレートを苦にすることなく平然と打ち返してくる。春の準決アンドロメダのクリーンアップでも、外野の頭を越す当たりは一本も無かったのに」

 

 点差があるとはいえ、ダブルプレーにも関わらず余裕のある恋恋高校ベンチに水鳥(みずどり)は、いぶかしげな視線を向けた。

 恋恋高校ベンチでは、ちょうどバットを持って戻ってきた奥居(おくい)を出迎えているところだった。

 

「わりぃ~、二重殺(ダブ)っちまった」

「あれは仕方ないわ。私だったら、きっと取れていなかったと思う。そのくらい凄い打球だったわ。だから今のは、取った木場(きば)くんを褒めましょう」

瑠菜(るな)ちゃんは、やっぱ天使だぜ......!」

 

 優しい言葉に感動している奥居(おくい)を呼び東亜(トーア)は、今の打席の総括を始める。

 

「インハイには、まだ課題が残ったな」

「はい、差し込まれた分ジャストミートしたせいで打球が上がらなかったっす」

「フッ......、奴のまっすぐはジャイロ回転だからな」

 

 通常投手がオーバーハンドでストレートを投げる場合、回転軸打者に平行のバックスピン回転になるが。対して木場(きば)の投げる爆速ストレートは、ジャイロ回転(螺旋回転)。回転軸がまっすぐキャッチャーへ向いているジャイロボールと言われるストレート。

 バックスピンのかかった普通のストレートは、初速(投げた直後の球速)と終速(ホームプレート到着時の球速)との差が10km/hはある。

 例として。スピードガンは初速を計測するため仮に140km/hと計測された場合バッターへ届く頃には、130km/h前後まで失速する。

 しかし、ジャイロ回転は空気抵抗がもっとも小さく、初速と終速の差がもっとも小さいとされておりフォーシームのジャイロ回転の場合、だいたい普通のストレートの約半分の5km/hほどにまで軽減されるため、バッターの予測を上回る体感速度でキャッチャーミットへ到達する。

 ただし、このジャイロボールはオーバーハンドからの投球は不可能とされてきた。その一番の理由は、ジャイロ回転には進行方向へ対しての揚力が発生しないということ。

 ストレート・変化球共にボールには回転が掛かり、ボールの後方に空気の流れが発生する。発生した空気の圧力は、小さい方へと引き寄せられる力(マグナス力)によって、ボールは変化する。

 通常のストレートにはバックスピンが掛かり、重力に反発しようとする力が加わるが、ジャイロボールにはそれがないため手元で大きく曲がる変化球となる。松坂投手の全盛期の高速スライダーが、ジャイロ回転の高速スライダーだったらしいと言う説もあります。

 唯一ジャイロボールを縦変化させずに、ストレートとして投げられる可能性があるのが軌道を下から上へと描くアンダースロー。しかし、木場(きば)は、その不可能とされてきたオーバースローでジャイロボールを投げる。

 

「あと、やっぱ重いっす」

「ジャイロ回転は回転軸が打者へ向いてる分、力が集約されているから仕方ないわ」

 

 ※game9のバッティング理論と同じで、回転軸が横の接地面の広いバックスピンよりも、回転軸が正面を向く接地面の狭いジャイロ回転の方が、ミートした場合バットに伝わる衝撃が大きく重く感じる(トンネル等を掘り進む掘削機が、回転式(ローラー)では無く螺旋回転式(ドリル)なのも、これが関係しているのかも)。物理的に一点に力が集約されている方が衝撃が強い。

 そこで芯を少し外して、自然と打球にスピンがかかるような打ち方を徹底した。ナインは、あえてボールの中心を外したミートを狙い。奥居(おくい)は更に、手首を返して打球にスピンを与えることでさらに通常よりもスピンを与えることで長打を狙う高等技術。金属バットは弾くため多少芯を外しても打球は飛ぶが、打球に回転を加えることで打球にノビが生まれる。

 

 木場(きば)の本気のストレートは、速いため空振る確率も高い。そこで高めを捨てて低めを狙うことにした。低めはミート自体は難しくなるが高めよりも数段芯を外しやすく、バットを縦に近い軌道で振るため打球にスピンが掛かり易くなり。打ち損じはファールになりやすく、更に低めは腕が伸びるため捉えた場合は強い当たりも打てる。

 

 もちろんこれには、優れた動体視力とバットコントロールが必要なため出来る選手は限られる。まだ全員が行える訳では無いが、東亜(トーア)がコーチに就任当初から続けてきた眼球運動と基礎体力トレーニングの成果が、こういった形で実を結び始めていた。

 

「一球前のファール、軸の中心を外したまでは良いが厚く当たりすぎたな」

「うっす。次の機会があれば、あと2ミリ外側を狙うっす」

「ミリ単位で修正って、改めて聞くととんでもないわね......」

 

 東亜(トーア)奥居(おくい)の会話を、一番近くで聞いていた芽衣香(めいか)が呟いた。

 

「ここんところ毎日、160km/hのスピードボールを見続けてたからな。木場(きば)のストレートだって目で追えるぞ。浪風(なみかぜ)だって、ちゃんと捉えてただろ?」

「あたしは作戦通りストレートは逃げて、変化球をコースなりに打ち分けてるだけよっ。ミリ単位なんて無理よ、悪かったわね!」

「や、芽衣香(めいか)も十分レベル高いから......」

 

 奥居(おくい)に噛みつく芽衣香(めいか)を、あおいとはるかが宥める騒がしい恋恋高校ベンチ。

 

「監督、木場(きば)を続投させてください」

「いやしかし、これ以上は......」

「仮にここで木場(きば)を降ろしたなら、甲子園で恋恋高校と当たったら確実に負けます。覇堂(ウチ)には木場(きば)以上の投手は居ません」

「むぅ......」

「この試合で必ず攻略法を見出だします。木場(きば)、行けるか?」

「ったりめぇだッ!」

 

 水鳥(みずどり)木場(きば)二人の直談判に監督は折れ。七失点の木場(きば)を続投させたまま試合は再開された。

 

「ありがとうございましたッ!」

 

 グラウンドの真ん中で両校は挨拶を交わす。試合は11ー3。七回コールドゲームで試合は終わった。

 

奥居(おくい)! 今日は負けちまったが、決着は甲子園だ!」

「へへっ! じゃあまずはお互い予選を勝ち上がらないとな、パワ高は強いぜ~?」

「知ってるさ。星井(ほしい)のヤツおもしれぇ決め球を覚えやがったからな。今から楽しみだぜ」

 

 試合後グラウンドの外で奥居(おくい)木場(きば)が話をする中、観戦していたジャスミン学園の選手たちを、ほむらが連れてやって来た。

 

「あら、ほむら、来てたの?」

「当然ッス。いやースゴい試合だったッスね。特にルナちーのピッチングは痺れたッス! ストレートだけで覇堂高校を抑えるなんて、まるで渡久地(とくち)選手みたいだったッスよ!」

「ありがとう。後ろの人たちは......?」

 

 帰り支度をしていた瑠菜(るな)は、ほむらから目を外し彼女の後ろにいる三人の女子に目を向けた。

 

「紹介がまだだったッスね、ほむらのチームメイトッス。ぺったんこがちーちゃん、ほたてみたいな髪がぶちょーで。エースのヒロぴーッス」

「ほむほむだってぺったんこだ!」

「誰が、ほたてよ!」

 

 ジャスミン勢の騒がしいやり取りが行われているところからやや離れた自販機のベンチでは、東亜(トーア)理香(りか)鳴海(なるみ)の三人は今日の試合の総括を行っていた。

 

「ゲームメイクですか?」

「ああ、そうだ。格上相手にはもちろんのこと格下相手の勝負においても、もっとも一番重要なことはゲームを支配すること」

「支配って、具体的にはどうすればいいの?」

 

 鳴海(なるみ)ではなく一緒に聞いていた理香(りか)が訊いた。来月いっぱいで契約終了の東亜(トーア)のあとは彼女が采配を振るうことになるのだから、当然知っておきたいことだった。

 

「たとえどんなに一方的な試合であってもどういうワケか、試合には流れと云われるモノが必ず存在する」

「確かに、そうね」

「はい」

 

 今日の試合も前半は一方的に進んだが、記録には残らないちょっとしたミスから失点する場面が三度訪れた。

 

「必ず生じるミスをミスと感じ取らせず、相手に流れを掴ませない。逆にチャンスを奪い取り、全てにおいて優位に勝負を進める。それが勝負(ゲーム)を支配するということ。そのために一番重要なことは――」

「......メンタルを潰す」

 

 鳴海(なるみ)の答えを聞いた東亜(トーア)は、小さく笑みを見せた。

 

「勝負世界には綺麗事じゃ済まされない時が必ず訪れる」

「ええ。ただの部活のまま終わるか、それとも......」

 

 ナインの元へ戻る鳴海(なるみ)の背中を見送りながら、東亜(トーア)理香(りか)の二人は......。

 

「ここから先はアイツら次第だ。理香(りか)、来週の試合お前に任せる」

「えっ?」

「行くところがあるんでね」

 

 来週の試合、聖ジャスミン学園との練習試合で恋恋高校は――。

 これから今後に置いて重要な選択を迫られることになる。

 




ちなみに究極ストレートは、150km/h超の球速で無回転のまま変化することなくキャッチャーミットへ到達する球らしいです。しかし硬球には縫い目が存在し向かい風を拾ってしまうため、物理的にはどうしても変化してしまいジャイロボール以上に不可能ですけど。

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