「ファール!」
「(おかしい......)」
捕手
「オラァーッ!」
「もらったぜーッ!」
インコース低め152km/hの爆速ストレートを狙い済ましたかの様に
「切れろ......、切れろーッ!」
レフトは打球を追いながら叫ぶ。打球はポールの遥か上を通過して外野スタンドに着弾した。三塁塁審に判定が委ねられる。塁審は、両手を広げた。
「ファ、ファール!」
「ちっ、切れたか。ま、いいや」
「タイム」
「タイーム」
「なんだよ......?」
「どう考えてもおかしいんだ、彼らのバッティングは」
「は?」
「リードはキミに任せると言ったけど、次の一球だけは俺に任せてくれないか......?」
自身のリードが通用せず打たれ続け自信を喪失しかけていた
「へ、いいぜ、お前に任せる」
「......ああ!」
「(ここまで
「(インハイのストレート......! 爆速のインハイはボールになる確率が高いぜ?)」
「(責任は全て俺が取る、来い)」
三年間バッテリーを組んできた二人の間には、言葉以上の何かがある。サイン交換の中で二人は無言でコミュニケーションを取っていた。
「(動くんじゃねぇ!)」
「おっと......」
キッ! とファーストランナーを睨み付けクイックモーションで勝負球を放った。
「行けや......オラァーッ!」
「(ここでインハイ!?)」
左腕から放たれる爆速ストレート。ボールは砂塵を巻き上げるような勢いでホームベースの一角をクロスして舐める。
「(完璧だ。これは打てな――)」
「ランナーハーフ!」
「オッケー!」
ファーストランナー
「取った!? バック!」
「ぐっ......」
痛烈なハーフライナーを捕球したかと思われたが、無情にも
「行かせねぇ......よッ!」
「アウトッ!」
後輩のビッグプレーに、一塁塁審は興奮した様子で大きな声でジャッジ。OBが観戦しているスタンドからも声が上がる。
彼らとは反対に
「大丈夫か?」
「おう、サンキュー」
手を借りて立ち上がった
「すまない」
「なに謝ってんだよ、二つ取ったじゃねぇか。それよか、アイツらの何がおかしいんだ?」
マネージャーで妹の
「ああ、キミのボールは重い。それは受けている俺が一番よく知っている。だが彼らは、キミの重いストレートを苦にすることなく平然と打ち返してくる。春の準決アンドロメダのクリーンアップでも、外野の頭を越す当たりは一本も無かったのに」
点差があるとはいえ、ダブルプレーにも関わらず余裕のある恋恋高校ベンチに
恋恋高校ベンチでは、ちょうどバットを持って戻ってきた
「わりぃ~、
「あれは仕方ないわ。私だったら、きっと取れていなかったと思う。そのくらい凄い打球だったわ。だから今のは、取った
「
優しい言葉に感動している
「インハイには、まだ課題が残ったな」
「はい、差し込まれた分ジャストミートしたせいで打球が上がらなかったっす」
「フッ......、奴のまっすぐはジャイロ回転だからな」
通常投手がオーバーハンドでストレートを投げる場合、回転軸打者に平行のバックスピン回転になるが。対して
バックスピンのかかった普通のストレートは、初速(投げた直後の球速)と終速(ホームプレート到着時の球速)との差が10km/hはある。
例として。スピードガンは初速を計測するため仮に140km/hと計測された場合バッターへ届く頃には、130km/h前後まで失速する。
しかし、ジャイロ回転は空気抵抗がもっとも小さく、初速と終速の差がもっとも小さいとされておりフォーシームのジャイロ回転の場合、だいたい普通のストレートの約半分の5km/hほどにまで軽減されるため、バッターの予測を上回る体感速度でキャッチャーミットへ到達する。
ただし、このジャイロボールはオーバーハンドからの投球は不可能とされてきた。その一番の理由は、ジャイロ回転には進行方向へ対しての揚力が発生しないということ。
ストレート・変化球共にボールには回転が掛かり、ボールの後方に空気の流れが発生する。発生した空気の圧力は、小さい方へと引き寄せられる力(マグナス力)によって、ボールは変化する。
通常のストレートにはバックスピンが掛かり、重力に反発しようとする力が加わるが、ジャイロボールにはそれがないため手元で大きく曲がる変化球となる。松坂投手の全盛期の高速スライダーが、ジャイロ回転の高速スライダーだったらしいと言う説もあります。
唯一ジャイロボールを縦変化させずに、ストレートとして投げられる可能性があるのが軌道を下から上へと描くアンダースロー。しかし、
「あと、やっぱ重いっす」
「ジャイロ回転は回転軸が打者へ向いてる分、力が集約されているから仕方ないわ」
※game9のバッティング理論と同じで、回転軸が横の接地面の広いバックスピンよりも、回転軸が正面を向く接地面の狭いジャイロ回転の方が、ミートした場合バットに伝わる衝撃が大きく重く感じる(トンネル等を掘り進む掘削機が、
そこで芯を少し外して、自然と打球にスピンがかかるような打ち方を徹底した。ナインは、あえてボールの中心を外したミートを狙い。
もちろんこれには、優れた動体視力とバットコントロールが必要なため出来る選手は限られる。まだ全員が行える訳では無いが、
「一球前のファール、軸の中心を外したまでは良いが厚く当たりすぎたな」
「うっす。次の機会があれば、あと2ミリ外側を狙うっす」
「ミリ単位で修正って、改めて聞くととんでもないわね......」
「ここんところ毎日、160km/hのスピードボールを見続けてたからな。
「あたしは作戦通りストレートは逃げて、変化球をコースなりに打ち分けてるだけよっ。ミリ単位なんて無理よ、悪かったわね!」
「や、
「監督、
「いやしかし、これ以上は......」
「仮にここで
「むぅ......」
「この試合で必ず攻略法を見出だします。
「ったりめぇだッ!」
「ありがとうございましたッ!」
グラウンドの真ん中で両校は挨拶を交わす。試合は11ー3。七回コールドゲームで試合は終わった。
「
「へへっ! じゃあまずはお互い予選を勝ち上がらないとな、パワ高は強いぜ~?」
「知ってるさ。
試合後グラウンドの外で
「あら、ほむら、来てたの?」
「当然ッス。いやースゴい試合だったッスね。特にルナちーのピッチングは痺れたッス! ストレートだけで覇堂高校を抑えるなんて、まるで
「ありがとう。後ろの人たちは......?」
帰り支度をしていた
「紹介がまだだったッスね、ほむらのチームメイトッス。ぺったんこがちーちゃん、ほたてみたいな髪がぶちょーで。エースのヒロぴーッス」
「ほむほむだってぺったんこだ!」
「誰が、ほたてよ!」
ジャスミン勢の騒がしいやり取りが行われているところからやや離れた自販機のベンチでは、
「ゲームメイクですか?」
「ああ、そうだ。格上相手にはもちろんのこと格下相手の勝負においても、もっとも一番重要なことはゲームを支配すること」
「支配って、具体的にはどうすればいいの?」
「たとえどんなに一方的な試合であってもどういうワケか、試合には流れと云われるモノが必ず存在する」
「確かに、そうね」
「はい」
今日の試合も前半は一方的に進んだが、記録には残らないちょっとしたミスから失点する場面が三度訪れた。
「必ず生じるミスをミスと感じ取らせず、相手に流れを掴ませない。逆にチャンスを奪い取り、全てにおいて優位に勝負を進める。それが
「......メンタルを潰す」
「勝負世界には綺麗事じゃ済まされない時が必ず訪れる」
「ええ。ただの部活のまま終わるか、それとも......」
ナインの元へ戻る
「ここから先はアイツら次第だ。
「えっ?」
「行くところがあるんでね」
来週の試合、聖ジャスミン学園との練習試合で恋恋高校は――。
これから今後に置いて重要な選択を迫られることになる。
ちなみに究極ストレートは、150km/h超の球速で無回転のまま変化することなくキャッチャーミットへ到達する球らしいです。しかし硬球には縫い目が存在し向かい風を拾ってしまうため、物理的にはどうしても変化してしまいジャイロボール以上に不可能ですけど。