7Game   作:ナナシの新人

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game26 ~主体性~

「す、スゴいでやんす!」

「ほんとっ。専用グラウンドに応援席(スタンド)まであるよっ」

「さすがは名門校って訳ね。無名校との練習試合なのに観客もいるわ」

 

 矢部(やべ)、あおい、瑠菜(るな)の言葉に他のナインも概ね同じ感想を抱いていた。

 スタンドの観客(野球部OB)は、試合前の練習をしている覇堂ナインに厳しい視線を送り。ミスが出る度にゲキを飛ばしている。それが気を抜けない引き締まった練習環境を作っているが、逆に彼らのプレッシャーになっている側面もある。

 

「本日は遠いところを、はるばるお越しいただきありがとうございます」

「いいえ。わたしたちの方こそ、お招きいただきありがとうございます」

 

 覇堂高校の監督とマネジャーに出迎えられた恋恋高校ナインは、案内されたベンチに荷物を置いて試合に向けた準備を始め。

「では、先発を発表する」練習を終えた覇堂高校ベンチでは、一足先にスターティングメンバーが発表されていた。

 

「まず、先発投手だが......」

「監督! この試合、オレに投げさせて下さい!」

「ちょっとお兄ちゃんっ。曲がりなりにもキャプテンなんだから、自分勝手なわがまま言うなー!」

 

 覇堂高校のマネージャーで木場(きば)の妹の静火(しずか)が、先発を直談判した兄を叱った。

 

「うっ......。だ、だけどよ......」

「まあまあマネージャー。その辺にしてあげなさい。ふむ。お前は次の会津附属の予定だったが、まあいいだろう。木場(きば)、この試合お前に任せる」

「ウッス!」

「えー! もうっ、監督も甘いんだからー」

 

 

           * * *

 

 

「じゃあ今日のスタメンを発表するわ。一番、レフト・真田(さなだ)くん」

「はい!」

 

 直談判が通った真田(さなだ)は、よしッ! と小さくガッツポーズを見せる。理香(りか)は、次々と名前を呼び上げ最後に先発投手の名前を告げた。

 

「今日の先発は、瑠菜(るな)さんで行くわ。スタメンから外れた子も皆使うから、準備を怠らないようにね。じゃあ渡久地(とくち)くん」

「ああ?」

「三試合ぶりにベンチに居るんだから、一言声かけてあげて」

「ハァ......」

 

 東亜(トーア)は、背もたれに寄りかかったまま面倒そうにタメ息を漏らす。

 

「相手は名門だ、胸を借りてこい。なんて、くだらないことは考えるな。コールドでぶっ潰せ」

 

「はい!」と、ナイン全員で声を揃えての返事をして。スタメンに選ばれたメンバーは、グラウンドへ駆け出した。

 

「また無茶な煽りを......」

「はなっから勝つ気が無ぇなら試合など組むべきではない、時間の無駄だ」

「はぁ......それは分かるけど。わたしが言ったのは『コールド』の部分についてよ」

「出来ないと思うのか?」

「......正直、難しいと思うわ」

 

 むしろ負ける確率の方が高いと、理香(りか)は踏んでいる。それは間違いではない。戦力・経験値共に覇堂高校の方が数段上なのだから。

「ようお前ら、格上相手に勝つために重要なことは何か分かるか?」東亜(トーア)は、挨拶を済ませてベンチへ戻ってきたナインたちに問い掛ける。

「ガッツ!」誰よりも早く、芽衣香(めいか)が答えた。

 

「まあ一理ある。だが根性だけで勝てる程、勝負の世界は甘くない」

「じゃあいったい......?」

 

「フッ......。この試合が終わった時に解るさ」ベンチを立った東亜(トーア)は、首をかしげる瑠菜(るな)の肩に軽く手を乗せて言い。先頭バッターの真田(さなだ)とネクストバッターの葛城(かつらぎ)の元へ。

 

「一点取ってこい」

「はい......!」

 

 東亜(トーア)の要求に力強く頷いた真田(さなだ)葛城(かつらぎ)は、落ち着いた様子でそれぞれ支度を整える。

 

「お願いします!」

「うむ。プレーボール!」

 

 球審を務める覇堂高校OBが右手を上げて試合開始を宣言。ゲームが始まった。

 

「先輩、贔屓はしないで下さい。試合になりませんから」

「当たり前だ。試合に水を指す無粋な真似はしない!」

 

 覇堂高校の捕手、水鳥(みずとり)の言葉に球審は公平にジャッジすると宣言。覇堂ナインはベンチ入りメンバーを含めて、全員が笑みを見せる。

「安心しました」と言ってサインを出した水鳥(みずとり)木場(きば)は、気合いに満ち溢れた表情(かお)でモーションを起こす。

 

「......そうこなくっちゃな! いくぜ、オラァ!」

 

 初球は、アウトコースへのストレート。水鳥(みずとり)のミットがズドンッ! と鈍い音を響かせた。

 

「ストライーク!」

 

 真田(さなだ)は、バットをピクリとも動かさず見送り。カウント0-1。

 バックスクリーンに表示された球速145km/hの数字に「はっや!」と、恋恋ベンチから驚きの声が上がる。しかし、ベンチとは真逆でバッターボックスの真田(さなだ)と、今日二番に入っているネクストバッターの葛城(かつらぎ)は変わらず冷静だった。

 

「ストライク!」

 

 二球目もストレート。今度はインコース。真田(さなだ)もバットを振ったが、カスることなく空を切った。

 

「(球威も、球速も、おおかた想像通り。問題は次だ......)」

「今日はストレートが走ってるな。次も真っ直ぐで行くか......」

「(......ささやきか。確かにウザイな)」

 

 ボールを受け取り水鳥(みずとり)のサインを見た木場(きば)は、首を振った。続けて出された次のサインにも首を振る。中々サインが合わず、木場(きば)はプレートを外してロジンバッグを手に取った。

 

「プレイ!」

 

 仕切り直しのサイン交換。今度は一度でサインが決まった。二球で追い込んでからの先頭バッター、真田(さなだ)に対する木場(きば)の三球目は――。

 

「ナイスバッティン!」

「いいぞー! 真田(さなだ)ー!」

 

 外のストレートを流し打ちレフト前ヒットで出塁。無死一塁。

「(......重い。これは想像以上だ。ジャストミートしたのに差し込まれた)」ファーストベース上で今の打席を振り返る真田(さなだ)は、木場(きば)のスゴさを改めて実感していた。だが、それも一瞬。今度はホームへ帰る為にリードを取る。

「お願いします!」葛城(かつらぎ)もしっかり挨拶をして打席に立つ。

 

「プレイ!」

 

 葛城(かつらぎ)は、初球・二球とストレートを見送り。1-1の平行カウント。

 

「(打者有利のカウントだ、走ってくるか? 一球様子を見るぞ)」

「(オゥ!)」

 

 素直にサインに頷き。大きく外へウエスト。ファーストランナーは動かず、1-2。

 そして四球目。覇堂バッテリーは初めて変化球を投じる。球種は外からのカーブ。

 

「ランナー、走った!」

 

 セカンドは声を張り上げ、バッテリーに知らせる。

 

「セーフ!」

「くっ......」

「よしっ!」

 

 二塁塁審は両手を水平に広げ、盗塁を許してしまった水鳥(みずとり)はマスクをかぶり直し、真田(さなだ)はセカンドベース上で小さくガッツポーズ。

 真田(さなだ)のスタートは決して良いとは言えなかったが、投球が緩いカーブだったことも有り盗塁は成功。無死二塁とチャンスが広がった。

 

「凄いわね、真田(さなだ)くん。あの木場(きば)水鳥(みずとり)バッテリーから簡単に盗塁を決めるなんて!」

「ほぅ......完璧に盗んだな。なるほど、どうりで自信があったワケだな」

「盗む? スタートは、あまりよく無かったみたいだったけど?」

「何も盗塁を成功させる要素はスタートだけって訳じゃないさ。まあここから先が見物だな」

 

 

           * * *

 

 

「早く早くッスー!」

 

 ジャスミン学園野球部の部員数名を引き連れてほむらは、覇堂高校までやって来た。はしゃぐ彼女を呆れた様子で二人の女子がなだめる。

 

「そんなに急がなくったって、まだ始まったばかりじゃない」

「ほむほむは、野球のこととなると見境が無くなるからな」

「ぶちょーも、ちーちゃんも、なに言ってるッスか。相手はあの覇堂高校ッスよ。ほむらたちとの練習試合を了承してくれた恋恋高校が、どれだけ戦えるか見届ける義務があるッス! ついでに偵察ッス」

「偵察が本題でしょ? まったく......」

 

 一足先に自由解放されている野球部専用球場の外野スタンドへの階段をかけ上がったほむらは、スコアボードの数字を見て固まった。

 

「ほむほむ、どうしたのだ? ......うそだろ?」

「どうしたのよ? あんたまで立ち止まっちゃって......。三回裏で5対0!?」

『ストライク! バッターアウト! チェンジ!』

 

 三回裏覇堂高校のスコアボードに『0』が刻まれた。これで一回から三回連続で『0』が並んでいた。対する恋恋高校は初回に三点。二回三回と共に一点ずつ追加し、5得点をあげている。

 

瑠菜(るな)ちゃん、ナイスピッチ!」

 

 賛辞の言葉で出迎えられた瑠菜(るな)は、「ありがとう」と一言だけ返して東亜(トーア)の隣に座った。

 

「洞察に関してはまずまずだな。緩急が効いている分打ち損じてくれてたが、今以上に制球の精度を高めなければ、例え裏を突いたとしても威力は半減する」

「はい、次は修正します」

 

 瑠菜(るな)は当初の予定通り、この回で降板。

 

「はい、瑠菜(るな)。おつかれさま」

「ありがと。はるか」

 

 はるかからスポーツドリンクを受け取った瑠菜(るな)は、左腕にアイシングを施し応援に回る。四回表の攻撃は、その瑠菜(るな)の代打、九番藤堂(とうどう)からの打順。

 

「ボール! ボールツー」

「オイ、木場(きば)! 何やってんだ!」

「無名校の代打相手に逃げんじゃねぇー! 勝負しろや!」

 

 三回終了時の予想外の劣勢に、スタンドの覇堂OBから汚いヤジが飛ぶようになった。

 

「なんだ、アレは?」

「運動部は縦社会だからね。後輩想いで熱意があると言えば聞こえはいいけど。強豪・名門ともなれば、ああいうOBも一定数居るのよ」

「くっくっく......、まるで動物園だな。さてと、そろそろ終わらせるか」

 

 東亜(トーア)は、右手で左肩をぽんぽんっと軽く二度叩き。四球で出塁した藤堂(とうどう)と、バッターの真田(さなだ)にサインを出した。

 

「(ワンストライクの後の)」

「(ストレートを叩け......か)」

 

 二人とも、東亜(トーア)のサインにヘルメットのツバを触り了解と合図を送る。ファーストランナーの藤堂(とうどう)は大胆なリードを取りグッと腰を落とし、真田(さなだ)はバントの構えをしてバッテリーに揺さぶりをかける。

 

「(くそっ......、コイツら!)」

 

 木場(きば)の頭の中に、一・二番の揺さぶりから3失点を喫した初回のイメージが思い浮かぶ。

 真田(さなだ)の盗塁から、二番葛城(かつらぎ)の送りバント警戒で突っ込んできたファーストの頭を越えるプッシュバントでタイムリー内野安打で先制点を奪われ。続く三番奥居(おくい)には、カーブをスタンドに叩き込まれた。

 

「ファール!」

 

 真田(さなだ)への二球目、外の速いスライダーで見逃しのストライク。カウント1-1。

 

「フェア!」

「くっ......! ライト中継三つだ!」

 

 インコース低め132km/hのストレートを弾き返した当たりは、一塁線を破るライナーでファールゾーン一番奥のフェンスに転がっていく。エンドランでスタートを切っていた部内一の俊足を誇る藤堂(ちうどう)は楽々ホームイン。打った真田(さなだ)も快足を飛ばし、三塁を落とし入れた。

「ハァハァ......」肩で息をする木場(きば)

 

「お兄ちゃん......」

「むぅ......。武田(たけだ)、準備を急げ」

「は、はい」

 

 覇堂高校の監督土門(どもん)は、ブルペンで肩を作っている控え投手に命じる。木場(きば)は、甲子園でもここまで打ち込まれた事は無かった。完全に想定外の状況に中々、有効な策を打てないでいた。

 

「スクイズ!? ホームは無理だ!」

「この......させるカァーッ!」

「セ、セーフッ!」

 

 水鳥(みずとり)の指示を無視し、ホームへ投げた木場(きば)のフィルダースチョイスで七対0。恋恋高校は更に得点点差を広げた。

 

「ナイスラン、真田(さなだ)!」

「おうよ!」

 

 ハイタッチで出迎えられた真田(さなだ)は、タオルで額の汗を拭う。

「これで七回コールドの条件はクリア。けど、ほんとよく見つけたわね。あのバッテリーの()()」はるかが付けるスコアブックを眺めながら、理香(りか)が言う。

 

「フッ、あちらさん慌ただしくなってきたな」

「ええ。まさか、キャッチャーのクセを盗まれてるなんて思いもよらないでしょうね」

 

 ボールを投げるピッチャーのフォームや腕の振りで球種を見抜くのが普通だが。木場(きば)は、ハイレベルな投手。クセと呼べるモノは見当たらない。そこで目をつけたのが捕手水鳥(みずとり)だった。

 

「捕手には大きく分けて三つのタイプが存在する。投手主体リード・打者主体リード・捕手主体リード。水鳥(みずとり)は、典型的な捕手主体リードタイプ」

「だから、絶対の自信があるストレートを主体に投げたがる木場(きば)くんとは、よく意見がぶつかるのね」

「ああ、この試合も何度も首を振っている。あれでは、木場(きば)のようなテンションが投球に影響するタイプの投手は中々勢いに乗れない」

「首を振ったあとのストレートと、そうでないストレートの10km/h前後ある球速差の原因はそれね」

「......さあて、ここから先どう出るかねぇ」

 

 

           * * *

 

 

「へへへ......」

木場(きば)?」

 

 二点を取られ無死一塁。内野はマウンド集まり話し合いをする最中。突然、木場(きば)が乾いた笑みを浮かべた。

 

「大丈夫か? お前......」

「これじゃあ......」

 

 ――アイツの言った通りじゃねぇか......。

 昨夜。木場(きば)は、覇堂高校付近の河川敷グラウンドへ呼び出された。呼び出したのは......。

 

「久しぶりだね。木場(きば)

「......星井(ほしい)。逃げ出した負け犬が今さら何の用だ!?」

「......そうだね。ボクはキミから逃げた。でも、もう逃げるのは止めた。ボクと勝負してくれ」

「......いいぜ。ぶっ倒してやる!」

 

 満月で明るいグラウンド。木場(きば)は、星井(ほしい)が用意したバットを握り打席に立った。

 

「......な、なんだ? 今のは......?」

「スタードライブ。パワ高で習得した決め球だよ」

「スタードライブ......」

「ボクは、キミを......。覇堂を倒して甲子園へ行く!」

「へへへっ......おもしれぇー! ぶっ倒してやるぜ!」

 

 お互いに笑い合った二人は、別れ際。

 

「そう言えば、恋恋高校と練習試合をするんだってね」

「おう。知ってんのか?」

「恋恋高校の野球部に友達が居るんだ。無名校だと思って油断しない方が良い。隙を見せれば一瞬で持っていかれる、取り返しがつかなくなるからね」

 

 星井(ほしい)の言った言葉の意味をこれでもかと言うほど痛感していた。

 

「......なぁ、水鳥(みずとり)

「なんだ?」

「わりぃーけどさ。ここからはオレの好きに投げさせてくれねぇか......?」

「なに言ってるんだ、木場(きば)

「待って」

 

 水鳥(みずとり)は、チームメートを制止。

 

「わかった。サインはキミが出してくれ」

水鳥(みずとり)まで......!?」

木場(きば)のピッチングは悪くない。悔しいけど、俺のリードは恋恋高校(彼ら)には通用しない」

 

「お前ら、もういいか?」主審を務めるOBがマウンドへ行き注意を促す。ポジションへ戻り試合再開。バッターは三番、奥居(おくい)

 

「プレイ!」

 

 仕切り直しの初球。

 

「ス、ストライク!」

 

 木場(きば)はランナーを完全に無視、151km/hの豪速球がミットに突き刺さる。二球目もストレート。また150km/h越えのストレート。

 

「ストライクッ!」

 

 奥居(おくい)は、高めに手を出し空振り、カウント。0-2。

 

 ――球数的にも、どうせこの回で交代だ。なら......全開で行ってやるぜ!

 

 

 


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