「す、スゴいでやんす!」
「ほんとっ。専用グラウンドに
「さすがは名門校って訳ね。無名校との練習試合なのに観客もいるわ」
スタンドの観客(野球部OB)は、試合前の練習をしている覇堂ナインに厳しい視線を送り。ミスが出る度にゲキを飛ばしている。それが気を抜けない引き締まった練習環境を作っているが、逆に彼らのプレッシャーになっている側面もある。
「本日は遠いところを、はるばるお越しいただきありがとうございます」
「いいえ。わたしたちの方こそ、お招きいただきありがとうございます」
覇堂高校の監督とマネジャーに出迎えられた恋恋高校ナインは、案内されたベンチに荷物を置いて試合に向けた準備を始め。
「では、先発を発表する」練習を終えた覇堂高校ベンチでは、一足先にスターティングメンバーが発表されていた。
「まず、先発投手だが......」
「監督! この試合、オレに投げさせて下さい!」
「ちょっとお兄ちゃんっ。曲がりなりにもキャプテンなんだから、自分勝手なわがまま言うなー!」
覇堂高校のマネージャーで
「うっ......。だ、だけどよ......」
「まあまあマネージャー。その辺にしてあげなさい。ふむ。お前は次の会津附属の予定だったが、まあいいだろう。
「ウッス!」
「えー! もうっ、監督も甘いんだからー」
* * *
「じゃあ今日のスタメンを発表するわ。一番、レフト・
「はい!」
直談判が通った
「今日の先発は、
「ああ?」
「三試合ぶりにベンチに居るんだから、一言声かけてあげて」
「ハァ......」
「相手は名門だ、胸を借りてこい。なんて、くだらないことは考えるな。コールドでぶっ潰せ」
「はい!」と、ナイン全員で声を揃えての返事をして。スタメンに選ばれたメンバーは、グラウンドへ駆け出した。
「また無茶な煽りを......」
「はなっから勝つ気が無ぇなら試合など組むべきではない、時間の無駄だ」
「はぁ......それは分かるけど。わたしが言ったのは『コールド』の部分についてよ」
「出来ないと思うのか?」
「......正直、難しいと思うわ」
むしろ負ける確率の方が高いと、
「ようお前ら、格上相手に勝つために重要なことは何か分かるか?」
「ガッツ!」誰よりも早く、
「まあ一理ある。だが根性だけで勝てる程、勝負の世界は甘くない」
「じゃあいったい......?」
「フッ......。この試合が終わった時に解るさ」ベンチを立った
「一点取ってこい」
「はい......!」
「お願いします!」
「うむ。プレーボール!」
球審を務める覇堂高校OBが右手を上げて試合開始を宣言。ゲームが始まった。
「先輩、贔屓はしないで下さい。試合になりませんから」
「当たり前だ。試合に水を指す無粋な真似はしない!」
覇堂高校の捕手、
「安心しました」と言ってサインを出した
「......そうこなくっちゃな! いくぜ、オラァ!」
初球は、アウトコースへのストレート。
「ストライーク!」
バックスクリーンに表示された球速145km/hの数字に「はっや!」と、恋恋ベンチから驚きの声が上がる。しかし、ベンチとは真逆でバッターボックスの
「ストライク!」
二球目もストレート。今度はインコース。
「(球威も、球速も、おおかた想像通り。問題は次だ......)」
「今日はストレートが走ってるな。次も真っ直ぐで行くか......」
「(......ささやきか。確かにウザイな)」
ボールを受け取り
「プレイ!」
仕切り直しのサイン交換。今度は一度でサインが決まった。二球で追い込んでからの先頭バッター、
「ナイスバッティン!」
「いいぞー!
外のストレートを流し打ちレフト前ヒットで出塁。無死一塁。
「(......重い。これは想像以上だ。ジャストミートしたのに差し込まれた)」ファーストベース上で今の打席を振り返る
「お願いします!」
「プレイ!」
「(打者有利のカウントだ、走ってくるか? 一球様子を見るぞ)」
「(オゥ!)」
素直にサインに頷き。大きく外へウエスト。ファーストランナーは動かず、1-2。
そして四球目。覇堂バッテリーは初めて変化球を投じる。球種は外からのカーブ。
「ランナー、走った!」
セカンドは声を張り上げ、バッテリーに知らせる。
「セーフ!」
「くっ......」
「よしっ!」
二塁塁審は両手を水平に広げ、盗塁を許してしまった
「凄いわね、
「ほぅ......完璧に盗んだな。なるほど、どうりで自信があったワケだな」
「盗む? スタートは、あまりよく無かったみたいだったけど?」
「何も盗塁を成功させる要素はスタートだけって訳じゃないさ。まあここから先が見物だな」
* * *
「早く早くッスー!」
ジャスミン学園野球部の部員数名を引き連れてほむらは、覇堂高校までやって来た。はしゃぐ彼女を呆れた様子で二人の女子がなだめる。
「そんなに急がなくったって、まだ始まったばかりじゃない」
「ほむほむは、野球のこととなると見境が無くなるからな」
「ぶちょーも、ちーちゃんも、なに言ってるッスか。相手はあの覇堂高校ッスよ。ほむらたちとの練習試合を了承してくれた恋恋高校が、どれだけ戦えるか見届ける義務があるッス! ついでに偵察ッス」
「偵察が本題でしょ? まったく......」
一足先に自由解放されている野球部専用球場の外野スタンドへの階段をかけ上がったほむらは、スコアボードの数字を見て固まった。
「ほむほむ、どうしたのだ? ......うそだろ?」
「どうしたのよ? あんたまで立ち止まっちゃって......。三回裏で5対0!?」
『ストライク! バッターアウト! チェンジ!』
三回裏覇堂高校のスコアボードに『0』が刻まれた。これで一回から三回連続で『0』が並んでいた。対する恋恋高校は初回に三点。二回三回と共に一点ずつ追加し、5得点をあげている。
「
賛辞の言葉で出迎えられた
「洞察に関してはまずまずだな。緩急が効いている分打ち損じてくれてたが、今以上に制球の精度を高めなければ、例え裏を突いたとしても威力は半減する」
「はい、次は修正します」
「はい、
「ありがと。はるか」
はるかからスポーツドリンクを受け取った
「ボール! ボールツー」
「オイ、
「無名校の代打相手に逃げんじゃねぇー! 勝負しろや!」
三回終了時の予想外の劣勢に、スタンドの覇堂OBから汚いヤジが飛ぶようになった。
「なんだ、アレは?」
「運動部は縦社会だからね。後輩想いで熱意があると言えば聞こえはいいけど。強豪・名門ともなれば、ああいうOBも一定数居るのよ」
「くっくっく......、まるで動物園だな。さてと、そろそろ終わらせるか」
「(ワンストライクの後の)」
「(ストレートを叩け......か)」
二人とも、
「(くそっ......、コイツら!)」
「ファール!」
「フェア!」
「くっ......! ライト中継三つだ!」
インコース低め132km/hのストレートを弾き返した当たりは、一塁線を破るライナーでファールゾーン一番奥のフェンスに転がっていく。エンドランでスタートを切っていた部内一の俊足を誇る
「ハァハァ......」肩で息をする
「お兄ちゃん......」
「むぅ......。
「は、はい」
覇堂高校の監督
「スクイズ!? ホームは無理だ!」
「この......させるカァーッ!」
「セ、セーフッ!」
「ナイスラン、
「おうよ!」
ハイタッチで出迎えられた
「これで七回コールドの条件はクリア。けど、ほんとよく見つけたわね。あのバッテリーの
「フッ、あちらさん慌ただしくなってきたな」
「ええ。まさか、キャッチャーのクセを盗まれてるなんて思いもよらないでしょうね」
ボールを投げるピッチャーのフォームや腕の振りで球種を見抜くのが普通だが。
「捕手には大きく分けて三つのタイプが存在する。投手主体リード・打者主体リード・捕手主体リード。
「だから、絶対の自信があるストレートを主体に投げたがる
「ああ、この試合も何度も首を振っている。あれでは、
「首を振ったあとのストレートと、そうでないストレートの10km/h前後ある球速差の原因はそれね」
「......さあて、ここから先どう出るかねぇ」
* * *
「へへへ......」
「
二点を取られ無死一塁。内野はマウンド集まり話し合いをする最中。突然、
「大丈夫か? お前......」
「これじゃあ......」
――アイツの言った通りじゃねぇか......。
昨夜。
「久しぶりだね。
「......
「......そうだね。ボクはキミから逃げた。でも、もう逃げるのは止めた。ボクと勝負してくれ」
「......いいぜ。ぶっ倒してやる!」
満月で明るいグラウンド。
「......な、なんだ? 今のは......?」
「スタードライブ。パワ高で習得した決め球だよ」
「スタードライブ......」
「ボクは、キミを......。覇堂を倒して甲子園へ行く!」
「へへへっ......おもしれぇー! ぶっ倒してやるぜ!」
お互いに笑い合った二人は、別れ際。
「そう言えば、恋恋高校と練習試合をするんだってね」
「おう。知ってんのか?」
「恋恋高校の野球部に友達が居るんだ。無名校だと思って油断しない方が良い。隙を見せれば一瞬で持っていかれる、取り返しがつかなくなるからね」
「......なぁ、
「なんだ?」
「わりぃーけどさ。ここからはオレの好きに投げさせてくれねぇか......?」
「なに言ってるんだ、
「待って」
「わかった。サインはキミが出してくれ」
「
「
「お前ら、もういいか?」主審を務めるOBがマウンドへ行き注意を促す。ポジションへ戻り試合再開。バッターは三番、
「プレイ!」
仕切り直しの初球。
「ス、ストライク!」
「ストライクッ!」
――球数的にも、どうせこの回で交代だ。なら......全開で行ってやるぜ!