7Game   作:ナナシの新人

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game25 ~直談判~

「どうかなっ?」

「うーん......確かにスピードは上がったけど。逆に変化量は普段のシンカーよりもずいぶんと小さいね」

「そっか~」

 

 ゴールデンウィークを利用した短期合宿最終日の午前中。あおいは、鳴海(なるみ)とブルペンで新変化球の取得に奮闘している。

 投げ込みを始める際東亜(トーア)にヒントを貰ったのだが。中々、手応えを掴めないでいた。

 

「肩はどう?」

「全然平気だよ。瑠菜(るな)に付き合ってもらってた時よりも、ずっと軽く投げてるから」

「そっか、じゃあもう少し続けてみよう。今度はツーシームで」

「うんっ。いっくよー!」

 

 あおいたちが試行錯誤を行いながら投げ込みを続ける一方。マウンドでは瑠菜(るな)が、合宿前から取り組んできた練習の成果を見せるべく、東亜(トーア)相手に十球勝負を挑んでいた。

 

「十球中一球でも俺から空振りを奪うことが出来たら、お前の勝ちだ」

「......お願いします!」

 

 ゆったりとモーションを起こした瑠菜(るな)は、東亜(トーア)の教え通り、リリースするその瞬間まで打者の挙動・仕草を観察して、ボールを投げる。

 

「まだまだな」

「......出直して来ます」

 

 十球中十球。その全てを弾き返された瑠菜(るな)は、マウンドを降りてベンチに戻り。グラブを自分の荷物の横に置いてからタオルを持って、グラウンドを出て行った。

 

真田(さなだ)、何してるんだ?」

「ん? ああ......葛城(かつらぎ)か」

 

 合宿所に三部屋ある男部屋の一室のテーブルで、一人ノートパソコンを険しい表情(かお)で観ていた真田(さなだ)は、画面から目を離して顔を上げた。

 

「試合見てたんだよ」

「試合? アンドメダ対覇堂......春の準決か」

「ああ、明後日覇堂と試合だろ。だから、研究しておこうと思ってさ」

 

 画面に映るのは今年の春の甲子園準決勝。マウンドには一年の秋からエースナンバーを背負う絶対的エース・木場(きば)嵐士(あらし)

 

「はっや! こいつが『爆速ストレート』ってヤツか......!」

 

 左のオーバーハンドから放たれる爆速ストレートと吟われるストレートは、まるで砂塵を巻き上げるかの如くノビ・球威共に高校生離れした高水準を誇る。

 

「ところが結構打たれてるんだな、これが」

「マジ?」

 

 真田(さなだ)は、キーボードを操作して動画を一時停止し、木場(きば)に関するデータを開いた。

 

「あ、ホントだ。決勝点も甘く入ったストレートを痛打されたんか」

「ああ、見てて気づいたんだけど。この爆速ストレートってのにはムラがあるんだ。同じストレートでも球速が10km/h以上違うこともある」

「へぇー、何か原因があるのか?」

「それを今、調べてるのさ」

 

 再びキーボードを操作して動画を再生。

 二人が木場(きば)攻略の糸口を探るべく、ノートパソコンの画面とにらめっこを開始した頃。ブルペンでは左右の一年生が投球練習を始めていた。

 

「ナイスボール! いいね。制球かなり安定してきてるよ!」

「サンキュ」

 

 一年生捕手新海(しんかい)相手に同じ一年、右の片倉(かたくら)が投げ込む。紅白戦では持ち味の制球を大きく乱し、早い回でノックアウトされたが。今日は新海(しんかい)が構えたコースへ、八割近い確率で投げ込んでいる。

 

「(ようやく慣れてきた。あとは変化球(カーブ)を......)」

 

 紅白戦では、仮入部の時から地道な体力強化トレーニングを積んだことで生じた身体(筋力)の変化に、思うようなピッチングを出来なかったが。最終日になりリリースポイントも安定し、ストレートに関してはある程度のコントロールを出来るようになってきた。

 片倉(かたくら)は、ボールを曲げることをジェスチャーで伝え。中学時代の勝負球だったカーブを投じる。回転のかかったボールはストライクゾーンを通過することなく、ホームプレートに当り大きく後ろへ跳ね上がった。

 

「......今のは取れないよ?」

「悪い。やっぱ思ったより振れるな......。もう一球!」

「オッケー!」

 

 彼らの隣では藤村(ふじむら)と、あおいとの投球練習を終えた鳴海(なるみ)

 

「行きます!」

「いつでもいいよ」

 

 紅白戦では、片倉(かたくら)と違い。制球を大きく乱すことは無かったが、ストレートとスライダーという単調な投球に狙い球を絞られ同じく早々にノックアウトされた。その反省から今は、新しい変化球取得に挑戦している。

 

「う~ん、やっぱり逆方向を覚えた方が良さそうだね。ピッチングの幅が広がるし」

「はい、あたしもそう思います」

「今までの試した中で、手応え感じたのはある?」

「え~っと......。チェンジアップかな?」

「ああ~、最初に投げた利き腕の方に逃げるサークルチェンジに近いヤツか。うん、真っ直ぐとスライダーと速いボールに対して緩急をつけるボールとしては最適だね。じゃあこれからは、それを重点的に磨いていこう」

「はい、お願いしますっ」

 

 

           * * *

 

 

「おーいッス~!」

「へ?」

「ん、なにかしら。あの子?」

 

 グラウンドを離れ、合宿所から目と鼻の先の海岸線の歩道を走っていたあおいと瑠菜(るな)は、砂浜へ続く階段があるためやや広くスペースが確保されている一画で跳び跳ねながら両手を振る。小柄でおさげの女子に呼び止められた。

 

「突然呼び止めて申し訳ないッス。お二人は、恋恋高校野球部の女子部員ッスよね?」

「うん、そうだけど......。キミは?」

「申し遅れたッス。ほむらは、ジャスミンの川星(かわほし)ほむらッス」

 

 突如あおいと瑠菜(るな)の前に現れた川星(かわほし)ほむらは、(セント)ジャスミン学園(高校)の野球部に所属する女子選手。彼女は、小学生の頃に野球規約を全て暗記してしまうほどで。ただの野球ファン以上の野球マニア。

 ジャスミン学園は女子高のため、今まで公式戦に出場することは叶わなかったが。恋恋高校の署名活動により彼女たちも、公式戦出場の機会を得ることが出来た。

 

「恋恋高校の野球部の方々には、ぜひ一度お会いしてお礼を言いたかったんッス」

「そんなお礼だなんて......」

「いえいえ、ちゃんと言わせて欲しいッス。ありがとうございましたッスー!」

 

 大きく頭を下げた。小柄な体が更に小さく見える。

 

「あの、えっと......。そろそろ顔上げて、ね?」

 

 中々頭を上げようとしないほむらに、あおいは困った表情(かお)で促す。

 

 あおいに促されてようやく顔を上げたほむらに、瑠菜(るな)は訊ねる。

 

「でもどうして、私たちがここに居るのを知ってるの?」

「フッフフー。それは乙女の秘密ッス!」

 

 得意気な表情(かお)で胸を張って誤魔化した。

 実は、ほむらの目的はお礼を言うこと以外にもあったそれは......。

 

鳴海(なるみ)くん」

「ん? ああ、あおいちゃんと瑠菜(るな)ちゃん。それと......誰?」

 

 ロードワークから戻ってきた二人と一緒にやって来た見知らぬ女子に、ベンチで理香(りか)が用意してくれた覇堂高校のデータに目を通していた鳴海(なるみ)は、首をかしげた。

 

「おじゃましますッス」

「この子は、川星(かわほし)ほむらちゃん。ジャスミン学園の野球部なんだって。それでね......」

「練習試合の申込みに来たッス。監督さんと話をしたんいんすけど」

「ああ~、そうなんだ。加藤(かとう)監督だったら合宿所に戻ってるハズだよ」

 

「どうもッス。行ってみるッス」鳴海(なるみ)から合宿所の旅館を教えてもらったほむらは、あおいと瑠菜(るな)にお礼言って、一人で旅館へ向かい歩いていった。

 

「練習試合?」

「はいッス。ぶしつけで申し訳ないですけど、お願いします......!」

「そうね。渡久地(とくち)くん」

「あん?」

 

 ロビーのベンチに寝転がって、理香(りか)の覇堂高校のデータを聞き流していた東亜(トーア)は身体を起こした。

「ジャスミン学園って学校から練習......」理香(りか)が、東亜(トーア)に用件を伝えようとしたところで。「と、とと、ととと、渡久地(とくち)選手ッス! 本物っすか? 本物っすか!?」ほむらは目を輝かした。

 

「さ、サインお願いしますッス~!」

 

 後ろ向きで被っている。ジャスミン野球部のロゴが入った帽子とサインペンを東亜(トーア)に差し出した。

 

 

           * * *

 

 

「見つけた......!」

 

 午前の練習に参加せず、四時間。トイレ以外のひとときもノートパソコンの画面から目を離さず覇堂高校の試合、木場(きば)攻略のためにピッチングの解析をしていた真田(さなだ)は部屋を出て東亜(トーア)の元へ走った。

 

「ありがとうございます! 川星(かわほし)家の家宝にするッス!」

「好きにしろ」

 

 あまりのしつこさに折れた東亜(トーア)のサイン入りキャップを大切そうに抱えるほむら。

 そこへ真田(さなだ)がやって来た。

 

渡久地(とくち)コーチ。明後日試合、オレを先頭バッターにしてください。お願いしますッ!」

 

 真田(さなだ)は大きく頭を下げて東亜(トーア)に直談判。

 采配を振るう東亜(トーア)は、真田(さなだ)のただならぬ様子にうっすらと笑みを浮かべた。


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