7Game   作:ナナシの新人

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game24 ~誤算~

 初登板のルーキーの好投にスタンドから大きな拍手が送られた。その芹沢(せりざわ)からリリーフした渡辺(わたべ)は、一時は満塁にピンチを広げたが、球界一低いリリースポイントと云われる独特なアンダースローからの特異なピッチングで後続を連続で凡打に抑え、無失点で六回表のピンチを切り抜けた。

 

「良くしのいだ。さあ、ここから反撃だ。トマス、頼むぞ」

「OK、ボス」

 

 六回裏マリナーズの攻撃は、五番トマスから下位打線へと続く打順。

 トマスは、ここまで2打数1安打1四球と全打席出塁している。そして、三打席目も――。

 

『トマス打ったー! 緩い縦のカーブを捉え左中間を破るスリーベースヒットッ! ノーアウト三塁、マリナーズ同点のチャンスです!』

「くっそ、上手く打ちやがったなぁ~」

 

 出口(いでぐち)はマスクを被り直し腰を下ろして、スタンドに居る東亜(トーア)を恨めしそうに見た。

 

「(渡久地(とくち)~ッ! トマスも最初の三連戦とは別人じゃねぇかよ......!)」

「クククッ......さあ面白くなってきたな。お手並み拝見といくか」

 

 当然出口(いでぐち)の視線に気づいている東亜(トーア)は、スタンドで愉快そうに笑いながら戦況を楽しんでいる。一方出口(いでぐち)は、既にこの状況を乗り切るためのシナリオを描いていた。

 出口(いでぐち)はタイムを掛けベンチにサインを送る。監督の三原(みはら)は慌てて立ち上がり、ベンチから出てきた。

 

『おや、どうやらリカオンズベンチが動きます。これはいったい......?』

 

 三原(みはら)雄三郎(ゆうざぶろう)――一応リカオンズの監督。東亜(トーア)がリカオンズを買収する以前の前オーナーからの命令を聞くだけの犬だったが、とある事情により続投。現在は、選手兼任コーチの児島(こじま)とキャプテン出口(いでぐち)の進言などを聞き入れながら采配を振るっているため、以前とあまり変わらない。

 

『リカオンズ選手の交代をお知らせします』

『おっと、ここで選手交代のようですね』

『ショート今井(いまい)に代わりまして、水谷(みずたに)背番号45』

『出ましたー! リカオンズが誇る守備職人――水谷(みずたに)ッ! そのイケてるグラブ捌きをで、今日も熱盛(あつもり)を魅了してくれるのかァー!?』

 

 水谷(みずたに)今井(いまい)とハイタッチを交わしてショートのポジションに着く。

 球審の合図で試合再開。出口(いでぐち)はサードランナー、トマスの動きを警戒しながらピッチャーにサインを出す。

 

『さあノーアウト三塁から仕切り直しの初球......!』

「ボール」

『ボール、大きく外に一球外した』

 

 初球は外角へ外した半速球のストレート「ほう......」東亜(トーア)は、出口(いでぐち)の意図を理解した。捕球と同時にランナーに目で牽制を入れて投手へ投げ返す。

 そして、サインを出し二球目も大きく外した。

 

『これでツーボールナッシング。バッテリースクイズを警戒しているのか、連続ボールで自らカウントを悪くしてしまったッ! 打者有利のバッティングカウント!』

 

 マリナーズ六番今栄(いまえ)も、次はストライクゾーンへ投げてくると予測している。しかし、リカオンズバッテリーは続く三球目、四球目もウエストし今栄(いまえ)を歩かせた。

 

『リカオンズバッテリー結局最後は敬遠でノーアウト一塁三塁と、自らピンチを広げてしまいました。内野陣はゲッツー体制』

 

 リカオンズベンチはセオリー通り前進守備から、ピッチャーゴロ以外セカンド経由のゲッツーシフトに切り替えた。

 しかし――。

 

「ボール、フォアボール!」

『満塁、満塁です! 七番福裏(ふくうら)も歩かせノーアウトフルベースにしてしまったーッ!』

 

 ノーアウトフルベースと一打逆転のピンチにも関わらず、リカオンズベンチは微動だにしない。むしろタダ同然でチャンスを貰ったマリナーズの方が、この状況に揺れていた。

 

「この満塁、やはりわざとか......!」

「ヘイ、どういうことだ? (いつき)

 

 マリナーズ主砲ブルックリンは高見(たかみ)に事の真意を訪ねた。

 

出口(いでぐち)は、このピンチを0点で切り抜けて試合を1-0で逃げ切るシナリオを描いたんだ。その証拠に、あのサード」 

 

 内野はゲッツーシフトを敷いているが、サードの藤田(ふじた)だけはサードベースに張り付いていた。

 満塁で無ければ足のあるトマスは正面以外の内野ゴロなら一点入る場面。しかし満塁ではタッチプレーではなくフォースプレーになるため、正面でもなくとも十分ホームでサードランナーを刺せる。

 更に藤田(ふじた)はサードベースに張り付いているため、牽制球を警戒し通常よりリード小さくホームで刺せる確率を上げている。

 

「守備範囲の広い水谷(みずたに)で広く開いた三遊間をケアし、トマスはサードに釘付け。スクイズも出来ない」

「ハッ、そんなもの外野へ飛ばせばいいだけだろ」

「今日八番に入ってる早阪(はやさか)さんは、持ち前の俊足を生かすため典型的なグラウンダーヒッター、ゴロの割合が八割以上なんだよ」

 

 出口(いでぐち)の満塁策は打順の巡りを計算に入れての作戦。

 マリナーズベンチとすれば、代打も考えられるが守備の要のセンターを六回で代えてしまうのには、やや勇気がいる。それにサードが釘付けにされているとしても深い当たりのゴロなら一点。

 更に足のある早阪(はやさか)ならダブルプレーは無いと忌野(いまわの)監督は判断し、強攻することに決めた。

 

『アーッと! 低めのボール球を叩き注文通りの内野ゴロ! ホームフォースアウト!』

 

 リカオンズバッテリーの思惑通り、トマスはホームを踏むことなくベンチに戻り一死満塁。続く九番は、高めのストレートを打つも浅い外野フライでタッチアップ出来ず二死満塁。スリーアウト目は、代わって入った水谷(みずたに)がテキサス性の当たりを後ろ向きでキャッチ。

 

水谷(みずたに)ファインプレー! ンンーン、胸を熱くさせてくれます! リカオンズ、ノーアウトフルベースのピンチを乗り切りましたーッ!』

 

 そして、ゲームは進み1-0のまま9回裏――マリナーズ最後の攻撃。マウンドには日本球界最速のMAX165km/hを誇るリカオンズの絶対的クローザー、倉井(くらい)

 

『マリナーズ先頭バッターは一番、東岡(ひがしおか)

 

 プロ野球選手としてはけっして大きくない体だが、全身のバネを利用し投げる独特なトルネード投法から繰り出される豪速球に、東岡(ひがしおか)はあえなく三振に切られワンナウト。

 

『さあワンナウト、リカオンズ勝利まであとアウト二つです。マリナーズ意地を見せられるかーッ! バッターボックスでは、二番角中(すみなか)の支度が整ったようですッ!』

「フェア!」

『ああーっと! 打球がベースに当たった内野安打です! 同点のランナーが出ました! そして一発が出ればサヨナラの場面、スターの宿命か? 打席には......高見(たかみ)(いつき)ー!』

 

 この展開を予想していたかのように高見(たかみ)は、バッターボックスで笑みを見せた。

 

「この試合貰いますよ」

「打てるもんなら打ってみろよ。言っとくけど今年の倉井(くらい)は、去年以上だぜ?」

「へぇ......楽しみしてます」

 

 最初の三連戦は大差でリカオンズが勝利したため倉井(くらい)とは今シーズン初対戦。高見(たかみ)は、初球163km/hのストレートを真後ろへのファール。

 

「(やっべー、ひと振り目で真後ろかよ。よし、コイツで......!)」

 

 出口(いでぐち)はこの試合までストレート一本だった倉井(くらい)に対して、初めてのサインを出す。セットポジションから放たれたボールは手元で小さく変化し、高見(たかみ)は空振りを奪われた。

 

『空振りー! 高見(たかみ)、追い込まれましたー!』

「......チェンジ・オブ・ファストか、面白い......!」

 

 スタンドで観戦していた東亜(トーア)は、高見(たかみ)の空振りを見て席を立つ。

 

「どこいくの?」

「先に戻る」

「こんな大詰めの場面で?」

「もう勝負は決まった、サヨナラゲームだ」

「えっ? ちょっとっ!」

 

 理香(りか)の制止を無視した東亜(トーア)がスタンドを出た直後、大歓声が沸き起こった。

 

 

           * * *

 

 

「久しぶりに会いに行かなくてよかったのか? 励ましついでに」

「こんなことで崩れるほどヤワな連中じゃねぇさ」

 

 マリナーズの選手たちがよく訪れるバーで、東亜(トーア)高見(たかみ)と久しぶりに酒を酌み交わしていた。

 試合は東亜(トーア)の予言通りマリナーズのサヨナラ勝ち。そしてその殊勲打――逆転サヨナラツーランホームランを打ったのが、高見(たかみ)

 

「あのホームラン凄かったわ。バスの中であの子たちずっと話してたんだから」

「ははは、良いところ見せられてよかったよ」

 

 ナインを宿舎に送り届けた後東亜(トーア)に着いてきた理香(りか)の話に、高見(たかみ)は笑顔で答える。

 

倉井(くらい)に関しては誤算としか言い様がなかったな」

「まあね。僕も実戦で使うとは思わなかった」

 

 倉井(くらい)の緩急に対応するために高見(たかみ)が実践したのは、以前東亜(トーア)のピッチングを再現するマシーンの調整を行った時に見つけた攻略法――クローズドスタンス。

 

「それでお前の方がどうなんだ、甲子園は?」

「さてね。ま、可能性はゼロじゃねぇよ。理香(りか)、次の相手は決まっているのか」

「ええ、聞いて驚きなさい!」

 

 理香(りか)は、焦らすようにタメてから言った。

 

「春の甲子園ベスト4――覇堂高校よ!」

 


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