7Game   作:ナナシの新人

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お待たせいたしました。
今回はやや短めとなっています。


game23 ~価値観~

 マリナーズVSリカオンズの四回戦、リカオンズは二回表に四番児島(こじま)のホームランで一点を先制した。しかしその後は、マリナーズルーキー芹沢(せりざわ)のストライク先行のピッチング、決め球のスライダーを振らされ1点止まりで攻撃を終えた。

 

「やっぱスライダーは厄介だなー」

「そうみたいだな、ベンチからでもキレの良さがわかる」

 

 七番に入っている出口(いでぐち)は二回表のラストバッターだったため準備をしながら、プロテクターを着けるのを手伝ってくれているチームメイトの水谷(みずたに)と話をしている。

 

「ま、持ってあと三回ってとこかな」

「じゃあ守備職人(オレ)の出番が来るの期待してるからな」

「オウ、任せとけって......!」

 

 コツンッ、と拳を合わせて出口(いでぐち)はグラウンドへ走って行く。出口(いでぐち)がポジションに着き、イニング間のピッチング練習を受けている合間に東亜(トーア)は、奥居(おくい)に訊いた。

 

高見(たかみ)児島(こじま)、二人のスラッガーをお前は、どう見た」

「どっちもスゲーっす。でもオイラ的には、児島(こじま)選手の方がまだ上だと思うっす」

「ほう......、理由(ワケ)は?」

児島(こじま)選手の方が、内角高め(インハイ)を苦にしてない感じがしました」

「なかなかの洞察力だな、その通りだ。スラッガー......ホームランバッターは、外角低め(アウトロー)よりも内角高め(インハイ)を苦手とする割合が高い」

 

 日本球界では『困った時のアウトロー』と言われているほど定説となっている。その理由はミートポイントが小さいためだが、反面腕が伸びきった状態で捉えられるためホームランバッターの場合長打になる事がままある。更に近年は、ウエイトトレーニングの導入が進み、外角をきっちりと弾き飛ばせる強打者が増えてきている。

 しかしインハイは、他のコースと違い唯一身体の前で捉え無ければならず、尚且つ、腕を畳む技術と腕を畳んだ状態で飛距離を伸ばすための腕力(パワー)を持ち合わせていなければならない。更に少しでもタイミングが早ければ、ファール、アッパースイングにもなりやすいためラインドライブやポップフライになる確率も高くなる。

 

「インハイ打ちの技術に関してはほぼ五分だが、児島(こじま)に有って高見(たかみ)に無いものがある、経験だ」

 

 児島(こじま)は過去に、二度も三冠王に輝いた事のある現役最高峰のプレーヤーの一人。常に一線で活躍し、二十年以上のキャリアを積み上げてきた実績があり、危険球寸前のビーンボールを投じられる事も少なくは無かった。必然的にインハイを打つ機会も多い。

 高見(たかみ)は、児島(こじま)を優るとも劣らないの飛び抜けた才能を有しているが、経験値ではまだまだ雲泥の差がある。

 

「加えてこのスタジアムは特殊でね。バックスクリーンの風速計はホームからセンターの風だが、上空では特殊なすり鉢状の壁に跳ね返った風が逆に吹いているんだ。逆風に押し戻された高見(たかみ)の打球を見た児島(こじま)は、あえてやや低いライナー性の打球を打った。状況に合わせて角度調整をミリ単位で微調整できる感覚は簡単に身に付くモノじゃない」

 

 コンマの世界で行われているハイレベルな攻防に、奥居(おくい)をはじめとした恋恋ナイン一同は息を呑んだ。

 そして、一つ一つの細かな動きを見逃さない様によりいっそう集中してグラウンドを注目する。

 

 ここから試合は膠着状態になった。

 マリナーズバッテリーは威力のあるストレートと、切れのあるスライダーを決め球に力投。一方リカオンズバッテリーは、マリナーズバッテリーとは対照的に緩急を巧みに使い的を絞らせないピッチングで、両チームとも五回終わりまで得点を上げられず、1-0。

 この膠着状態を先に破ったのは――リカオンズだった。

 

『うーん、得意のスライダーが高めに外れました。先頭バッターフルカウントからフォアボールを選びノーアウトランナー一塁です』

「(不味いな......)」

 

 サードから芹沢(せりざわ)のピッチングを見ていた高見(たかみ)は、すぐにマウンドの芹沢(せりざわ)の異変に気がついた。三塁塁審タイムをかけてマウンドへ向かい話しかけた。

 しかし、声を掛けただけにしては長い会話にマリナーズベンチはただならぬ異変を感じ取った。

 

「ボール、ボールフォア。テイクワンベース」

『ストレートのフォアボール、二者連続フォアボールです。個人的には逃げないで思い切り勝負していただきたいところですが。おっと、ピッチングコーチが出てきました』

 

 マリナーズベンチからピッチングコーチがマウンドへ向かい。内野陣もマウンドに集まる。

 

「コーチ、ブルペンは出来てますか?」

「あ、ああ、一応準備はしてはいるが......?」

「そうですか、芹沢(せりざわ)を代えてやってください。このまま投げ続ければ肘を故障(ヤリ)ます」

 

 高見(たかみ)の進言を聞いたピッチングコーチが直接確認をすると、ボールの抑えが効かなくなり始めている事を伝えた。コーチはベンチにジェスチャーで交代の意思を伝え、監督がベンチを出て球審に交代を告げた。

 

「やはり代えるか」

「引っ張ってくれれば、ありがたかったんですけどね」

 

 慌ただしいマリナーズベンチとは正反対に、リカオンズベンチでは交代を残念がっていた。

 

「ここで代わるみたいね」

「一点ゲームになりそうだからでしょうか?」

「違うな、故障だ。この回から無意識のウチに肘がやや下がりフォームが乱れた。ピッチャーってヤツは繊細でね、一センチでもフォーム乱れれば思った通りにボールが行かないのさ。まあ高見(たかみ)の洞察力で早期交代をさせたから、そこまで深刻にはなってはないだろうけどな」

 

 東亜(トーア)は、となり同士で話していた瑠菜(るな)藤村(ふじむら)だけではなく、投手陣全員に聞こえるように交代の真相を話した。

 そして、同じ状況になりかねないあおいに訊ねる。

 

「あおい、お前の決め球はなんだ」

「えっと、シンカーです」

「新しく覚えようとした変化球は、東條(とうじょう)へ投じた高速シンカー」

「は、はい。ダメですか......?」

 

 あおいは恐る恐る訊ねる。

 

「着眼点は悪くない。だが、海での投げ込みを見たが今の練習を続ければいずれ肘を壊す」

「......っ!?」

 

 目を大きく開き、あおいは自分の右肘を左手で抱いた。

 

「変化球が曲がる要素は大きく分けて二つ。物理と自然によるもだ」

 

 前者は、ボールの回転数や縫い目によりもたらされる変化。

 後者は、風や雨など天候によりもたらされる変化。

 

芹沢(せりざわ)は、六回途中で10奪三振と驚異的な数を奪った。しかし実際は違う。三振を奪ったんじゃない、三振を奪わされたのさ」

「どういうことなの?」

「簡単な事だ、奪った三振は全てスライダーだ」

 

 芹沢(せりざわ)は、高卒ルーキー。

 いくら甲子園優勝投手とはいえ、プロ相手となるとやはり勝手が違う。スライダー以外の変化はことごとくヒットやファールで逃げられ、高校時代であれば手を出してくれたボール球も平然と見送られる。

 

「だから、決め球は空振りを奪える縦のスライダーで勝負するしか無かった。しかし、そのスライダーもプロ相手には時おり良い当たりはされる。そこでより変化を大きくするため普段以上の回転を掛けキレを増すしかない。だが、それは肘や肩にかける負担は通常の比ではない」

「投げさせ続けられたから無意識にフォームを崩した訳ね。リカオンズ......ルーキー相手にも容赦しないなんて恐ろしいチームだわ」

「当たり前だ、それが勝負の世界だ。敵はもちろん、時には味方すら蹴落とさなければならない事もある。勝負の世界で勝ち残ることは綺麗事じゃない。それでも本気で深紅の旗を奪いたいのなら......鬼になれ」

 

 この時、東亜(トーア)を招聘した理香(りか)を含め恋恋高校ナインは、渡久地(とくち)東亜(トーア)の恐ろしさを改めて実感した。

 




次回は、マリナーズvsリカオンズ決着編となります。

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