7Game   作:ナナシの新人

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game22 ~勝負所~

 去年優勝決定戦で敗れ惜しくもリーグ二位のマリナーズ対四半世紀ぶりのリーグ優勝・日本シリーズ制覇を成し遂げたリカオンズの一戦。

 

『お待たせしましたーッ! 間もなくプレーボールですッ!』

 

 先攻リカオンズの一番バッター片岡田(かたおかだ)がボックスで構える。マリナーズの先発は、去年の夏の甲子園を最速152km/hのストレートと切れ味抜群の高速スライダーを武器に、春の覇者アンドロメダ学園に競り勝ち、夏の甲子園を制した優勝投手――芹沢(せりざわ)

 

『今日は去年の夏甲子園をわかせたルーキーが初登板で初先発ですッ! プロの選手相手、しかも去年の日本一のリカオンズ相手とタフな初登板ですが、一体どんなピッチングを見せるのか。う~んッ! わたくし興奮を押さえきれませンッ!』

「プレーボール!」

 

『さあプレーボール。注目の第一球......振りかぶって投げました!』

 

「ストライークッ!」

 

『145km/h! 指にかかったストレートがど真ん中に突き刺さります! 見逃してワンストライーク!』

 

 たった一球ストライクを取っただけで大歓声が沸き起こる。

 

「オッケー、ナイスボール! 走ってるよ、楽に行こう!」

「......うッス!」

 

 芹沢(せりざわ)は、高校時代と全く違う大歓声にやや戸惑っていたが、サード高見(たかみ)の声で冷静さを取り戻してピッチング集中。続けてストライクを取り、捕手のサインに頷いて、三球目。バッテリーが選んだ勝負球は、得意の高速スライダー。

 

「ストライーク! バッターアウッ!」

「よっシャーッ!」

『ストライクからボールになる縦のスライダーで空振り三振! マウンドでガッツポーズの芹沢(せりざわ)、プロ初奪三振を奪いました!』

 

 一番バッターを最高の形で打ち取ったことで自分のピッチングが日本一のチームに通用するんだと自信を持った芹沢(せりざわ)は、二番三番を続けて空振り三振に打ち取る完璧なピッチング見せた。

 

「プロ相手にいきなり三者連続三振......!」

「すげぇー......あの人、オイラたちと一個しか違わないんだよな?」

 

 衝撃的なピッチングに恋恋ナインは釘付けになっていたが、リカオンズは余裕のある表情で談笑しながらベンチを出て、各々ポジションへ着いた。

 

「オッシャー! 絞まってこーッ!」

「オオーッ!」

 

 先発岸本(きしもと)の投球練習が終わり、捕手出口(いでぐち)は気合いを入れる。

 

『マリナーズの一番バッターは、アメリカ帰りのリードオフマン東岡(ひがしおか)! 今日までの打率は三割飛んで六厘。対するピッチャーは三年目の岸本(きしもと)、オープン戦で結果を出し開幕ローテーションを勝ち取った期待の若手大きく縦に割れるカーブが魅力なピッチャー!』

 

「(東岡(コイツ)には足がある。ゴロよりもフライを打たせたいところだけどなぁ......)」

 

 出口(いでぐち)はキャッチャースボックスに腰を下ろして、マリナーズ一番バッター東岡(ひがしおか)をじっくりと観察。

 

鳴海(なるみ)出口(いでぐち)のリードをよく見ておけ」

「はい......!」

 

 ホームに一番近い席に座る鳴海(なるみ)東亜(トーア)の言葉に頷き、やや前のめりになって出口(いでぐち)を真剣な眼差しを見つめる。特別指示を受けた訳ではないが、投手陣も鳴海(なるみ)と同じく出口(いでぐち)に注目し、逆に矢部(やべ)は、同じリードオフマンの東岡(ひがしおか)を注視している。

 

『振りかぶって投げた! 先ずは高めのストレート! しかし球審の手は上がらない! 際どいコースにバットが出かかったが何とか堪えた! ボールです』

 

「(ふーん......ここに反応するのか。粘られても面倒だ、コイツで一個ストライクを貰って三振させるか)」

 

『リカオンズバッテリーサイン交換をして第二球を投げた。ああ~とッ! 高めに抜けたー!』

 

 痛恨の失投......と思われたがバットは空を切った。

 岸本(きしもと)の投球は失投ではなくチェンジアップ。タイミングを崩された東口(ひがしおか)は豪快に空振り、1-1平行カウント。続く三球目のスライダーを打たせてファール。

 そして追い込んでからの四球目、東岡(ひがしおか)はまったく手が出ず見逃し三振。

 

「真ん中高めのストレート! 今の下手したらホームランボールだよねっ」

「ええ、しかも得意のカーブに見せかけてスピードを殺した半速球。スゴいわ」

「シーズン200安打を打った事のある、あの東岡(ひがしおか)選手が完全に遊ばれたぜ」

「なんて......なんて大胆なリードだ」

 

 続く二番バッターは、初球のカーブを打たされファーストゴロであっという間に二死。

 アウトになったバッターと入れ替わりネクストバッターボックスから茶髪の男――高見(たかみ)がバッターボックスへ向かうと、平川(ひらかわ)の時よりも更に大きな歓声が球場内に響く。

 

「今日は三番なんだな」

「ああ、志願したんだ。初回に岸本()を打ち砕くためにね」

「おお~、怖っ」

 

 前回対戦では絶不調だった事もあり四打数無安打2三振と完全抑え込まれた。高見(たかみ)にとっては、優勝を持っていかれたリカオンズと岸本(きしもと)へのリベンジマッチ、嫌でも気合いが入る対戦だ。

 

「ふぅ......」

「(ヤバイってコレ......。渡久地(とくち)のヤツ、とんでもない事しやがって~)」

 

 バッターボックスでバットを構える高見(たかみ)を見た出口(いでぐち)は、力みもムダもまったく無いフォームに思わず息を呑んだ。

 その出口(いでぐち)の様子を見て東亜(トーア)は意地悪く笑う。

 

「クックック......さあ、どうするかね? 奥居(おくい)

「うっす、ちゃんと見るッス!」

 

 奥居(おくい)は席を離れガードフェンスの目の前で他の観客の視線を気にせず、なるたけ打席の高見(たかみ)と同じ目線で見ようと方膝をつく。

 

『一軍復帰後、打率七割を誇る天才高見(たかみ)に対し、チーム防御率断トツトップのリカオンズバッテリーはどう攻めるのか。いや~ッ、まったく目を離せませン!』

 

「ボール!」

 

『ボールです、初球は外へ大きく外れた』

 

 初球、出口(いでぐち)が出したサインは外のスライダー。高見(たかみ)は、ボールが投げられた瞬間にボールと判断し、バッターボックスを外した。

 

「(なんつー見逃し方しやがるんだ......。勝負するのがバカらしく感じるぜ)」

 

 バッテリーは細心の注意を払い、どうにかフルカウントまでこぎ着けたが高見(たかみ)は、ここまで一度もバットを振っていない。

 

「お前ならどうする」

「俺なら......」

 

 東亜(トーア)の問い掛けに鳴海(なるみ)は、ずっと頭の中でシミュレーションしていた答えを言った。

 

「歩かせます。次のブルックリン選手は一発がありますけど、高見(たかみ)選手よりは遥かに抑えられる確率が高いです」

「ふーん。さて答え合わせだ」

 

 リカオンズバッテリーの選択はインハイのややボール気味に見えるストレート。見逃せばストライクを取られかねない完璧なコースへ来た。

 

「(ナイスボール!)」

「フッ......!」

 

 高見(たかみ)は腕をたたみ、やや窮屈そうにしながらもバットを最短で出した。身体の前で捉えた打球は、大きな放物線を描いてレフト上空へと舞い上がる。

 

「レフト追えー! 捕れるぞーッ!」

「ムダだ」

 

 高見(たかみ)はフェンスを越える手応えを確信しゆっくりと走り出す。レフトの胡桃沢(くるみざわ)は、打球から一旦目を切り一直線にフェンス際まで走り、こちらを向いた。

 

『おや、レフトの胡桃沢(くるみざわ)の足がフェンスの手前で止まった。もうひとノビ足りないかー?』

 

 しかし、打球はなかなか落ちてこない。レフトはジリジリと後方へ下がっていき背中に当たった感触に驚いた。いつの間にかフェンスまで下がっていたのだ。

 フェンスをよじ登り思い切り腕を伸ばす。そこへようやく落ちてきた打球をフェンスの向こう側で捕球した。

 

『と......取ったァーッ! リカオンズ胡桃沢(くるみざわ)、ホームランボールをもぎ取ったスーパーファインプレーッ!』

 

 リカオンズ応援団の大声援を受けた胡桃沢(くるみざわ)は、照れ臭そうにベンチへ走って戻った。

 彼が捕球した時既に三塁を回っていた高見(たかみ)は、三塁コーチャーにヘルメットと肘あて、バッティンググローブ等を預け、ベンチから出てきたトマスから自身グラブを受けとる。

 

「惜しかったな、(いつき)

「向かい風で若干押し戻された。次はフェンスに登っても届かない場所へ叩き込む」

「頼もしいな。けど、その前にオレが点を取って先制するさ」

「期待してるよ」

 

 二人は、ポンっとグラブを合わせてお互いポジションに着いた。

 

「まあ多少の運が絡んだが勝負はバッテリーの勝ちだ」

「でも、完全にフェンスを越えてたわよ?」

 

 東亜(トーア)の隣に座っている理香(りか)は、触らなければホームランの打球だったのにも関わらず、バッテリーの勝ちと言った東亜(トーア)を不思議に想った。

 

「関係無いさ。勝負にいってアウトに取った、その結果がすべてだ。いくら当たっている打者が相手とはいえ、初回のあからさまに勝負を避けるのはチーム全体の士気を下げ、相手を勢いづかせ兼ねない」

 

 チームを引っ張るチームリーダーには大きく二種類のタイプが存在する。

 一つは『戦略』を用いるタイプ。

 具体的な根拠を示し戦略・戦術を駆使しチームを導く『戦略家』。

 もう一つは『鼓舞』を用いるタイプ。

 チームを鼓舞し、士気を高めて勢いづける『モチベーター』。

 東亜(トーア)は前者の完全な戦略家タイプ。出口(いでぐち)は、どちらかと言えば後者タイプに当てはまる。

 

出口(いでぐち)はあえて勝負に行った、勝ち目は薄いとわかっていながらな。結果として、高見(たかみ)を打ち取った」

「流れが変わる......?」

「さあな、お前の言った通りいったんフェンスを越えた。その事実をマリナーズの投手がどう捉えるかによる」

 

 リカオンズベンチは、出口(いでぐち)の思惑通り投手を含めて大いに盛り上がっていた。

 

児島(こじま)さん、お願いしまーす!」

「ああ、行ってくる」

 

 二回の表リカオンズの攻撃は四番DHの児島(こじま)からの打順。

 

『二回の表リカオンズの攻撃は四番児島(こじま)! 今シーズンの成績はここまでホームランと打点でトップに君臨しています、年齢は四十代半ばを迎えても衰え知らずの肉体は、まさに鉄人! ンーンン、この打席も期待せずには要られませンッ!』

 

 児島(こじま)は足場を丁寧に慣らし、グッと力を入れてどっしりと構える。

 

「ボール、ボールスリー!」

 

『ノースリー、ピッチャー萎縮してるのか? ストライクが入りません』

 

 三者連続三振と完璧な立ち上がりを見せた芹沢(せりざわ)だったが、かつて三冠王に二度輝いた事のある児島(こじま)から発せられる凄まじいオーラに制球は定まらず。

 更に先制点をやりたくないと言う想いから腕が縮こまってしまっていた。たまらずキャッチャーの崎里(さきざと)がマウンドへ駆け寄る。

 

「すみません......腕が振れてないは自分でも分かります......」

「いや、相手は児島(こじま)さんだ仕方ない。安易に取りに行くと持っていかれる、ここは外して五番のムルワカと勝負――」

「ダメです。ここが勝負所です」

 

 サードの高見(たかみ)が、バッテリーの話に横やり入れる。

 

「オレも、(いつき)の意見に賛成だ。去年からこういった心の弱さを見逃さずつけ込んで、アイツらは勝ち上がっていった。一瞬でも隙を見せれば、この試合(ゲーム)持っていかれるぞ」

「確かに、最初の三連戦もイージーエラーやツーアウトからの四球をキッカケにビッグイニングを作られた......」

「逆に言えば、ここで児島(こじま)さんにホームランを打たれても一点で済みます」

「逃げて弱味をさらけ出すよりマシだな」

「......そうだな。芹沢(せりざわ)、思い切り腕を振って来い。点を取られても今の俺たちが必ず逆転する!」

「はい!」

 

 ――必ず逆転する。崎里(さきざと)の力強い言葉に芹沢(せりざわ)の目から怯えが消えた。初回のピッチングを思い出し腕を振る、ボールに力が甦った。

 

「ムッ......」

「ファール!」

 

 3-1から外角低めボールから入ってくるスライダーをファール、フルカウント。

 

『さあ、マウンドの芹沢(せりざわ)児島(こじま)を追い込んだ! ラストボールバッテリーの選択は――!』

 

 マリナーズバッテリーは勝負に行く、勝負球は計らずもリカオンズバッテリーが選択した高見(たかみ)への配球と同じインハイのストレート。

 

児島(こじま)打った―ッ! 打球は一瞬でスタンドへ消え行くーッ!』

 

 マリナーズVSリカオンズの四回戦。

 二回表、リカオンズ児島(こじま)の特大の一発でリカオンズが一点を先制した。

 

 


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