7Game   作:ナナシの新人

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game21 ~招待~

 他のナインたちがグラウンドで練習をしている頃、二人の投手が近所の砂浜を走っていた。

 

「走りづらいわね」

「うん、そうだね......」

 

 一歩踏み出す度に柔らかい砂地に足を取られ、悪戦苦闘しながらも東亜(トーア)に課せられたノルマを、あおいと瑠菜(るな)は消化していく。

 

「終わった~」

「ふぅ」

 

 波の来ない場所に座り、乱れた息を整えながら話をする二人。

 

「新しい決め球は、順調?」

 

 あおいは黙ったまま小さく首を横に振り、体育座りをして、波が寄せては返す海を見つめる。

 

「練習している時にね、コーチに言われたんだ。ボクのフォームじゃ新しい変化球をいちから覚えるのは無理だって」

 

 アンダースローは沈みこんで下から投球する特殊なフォームゆえに、操れる球種に制限が付く。三振を狙うのに有効な縦の変化球に関しては、特に取得は難しい。

 例えば、フォークボール。オーバースローやスリークォーターは投げ下ろすフォームのため、変化する低めへ比較的に投げやすく。サイドスローの場合は、シンカーに近い軌道で曲がりながら落ちる。

 しかし、アンダースローは手の甲が地面へ向くため、抜いて投げるフォークボールのコントロールは非常に難しく失投となりやすい。

 

「自分でも調べてみたんだ。でも、やっぱりコーチの言った通り難しいみたい」

「そう、それでどうするの?」

「ひとつ試してみたい変化球があるんだ。受けてくれる?」

 

 ――ええ。と瑠菜(るな)は頷いた。二人はスポーツドリンクやタオルと一緒に持ってきていたグラブとボールを手に、海水でやや砂の固まった波打ち際で距離を開けて向かい合う。

 

「じゃあ行くよ......!」

 

 二十球ほどキャッチボールをして、瑠菜(るな)は腰を落とし。

 あおいは、ノーワインドアップのアンダースローからまずはシンカーを投じた。

 

「どう?」

「綺麗な変化球ね」

「ありがと。じゃあ次が新しい変化球だよ」

「球種は?」

()()()()!」

「え?」

「行くよー!」

「え、ええ......!」

 

 同じ球種を投げると言ったあおいに瑠菜(るな)は戸惑ったが、気を取り直してグラブを構える。

 

「(あの時、東條(とうじょう)くんに投げた時は絶対打たれたくなくて......いつもより力強く!)」

 

 あおいは、パワフル高校との一戦を思い浮かべ、東條(とうじょう)に投じた時と同じ様に力強く腕を振って投げる。ボールは真っ直ぐ、瑠菜(るな)の構えるグラブへ向かっていく。

 

「(速い――真っ直ぐ!?)」

 

 鋭い投球は糸を引く様に真っ直ぐ進み小さく沈んだ。しっかりと捕球した瑠菜(るな)は首をかしげる。

 

「シンカー? 沈みはしたけど」

「う~ん......やっぱり曲がらないかぁ~」

「どういうことなの?」

 

 あおいは、瑠菜(るな)にパワフル高校戦で東條(とうじょう)に対し一度だけ投げた変化球について話た。

 

「最初は、失投だと思ったんだけど」

「手元で大きく変化する、高速の変化球だったのね」

「うん」

「パワ校の、あの東條(とうじょう)小次郎(こじろう)が空振るなんて......。今の腕の振りが速かった様に感じたけど?」

「うん。あの時、打たれたくなくて思いっきり腕を振ったんだ」

 

 だが、今回は東條(とうじょう)へ投げた時のような高速シンカーではなく、やや沈むツーシームのような軌道。

 

「他に違いはなかったの?」

「他に? う~ん、シンカーの握りもいつもと同じだったし、特に何もなかったと思うけど」

「......そう。でも、今回は思った通りの変化をしなかったわけね」

 

 小さくうなづいたあおいに、瑠菜(るな)はボールを投げ返す。

 

「じゃあ続けましょ。投げているうちにきっかけを掴めるかも知れないわ」

「うんっ」

 

 新変化球取得のため二人はしばらく投げ込みを続けた。

 

           * * *

 

「おりゃーっ!」

 

 奥居(おくい)の叩いた打球は快音を残しフェンスの向こうへ消えていった。

 

「はい! 今日は、ここまでにしましょう。みんな、片付けとグラウンド整備を始めるわよ」

 

 アッパースイング修正のフォーム矯正練習を始めて、三時間強。

 高かった太陽は傾き、オレンジ色の日差しに変わり始めた頃、理香(りか)は、やや早めに練習を切り上げる指示を出した。

 

「え? もう終わりっすか?」

 

 徐々に良い当たりが増えてきた場面での終了宣言に、奥居(おくい)は思わず聞き返す。

 

「ええ、残念だけどタイムアップよ。奥居(おくい)くんも片付けをしてね」

「う~っす」

 

 くるんっ、と持っているバットを一回転させてケースにしまい、ベンチに荷物を置いて片付けを始めた。手分けして片付けをするナインたちを尻目に、ベンチに座っていた東亜(トーア)は席を立つ。

 

理香(りか)、支度が整ったら先に行ってろ。アイツらを呼んでくる」

「私が行こっか?」

「いや、一服ついでだ」

 

 グラウンドを出た東亜(トーア)は海へ行き、防波堤に座ってタバコに火を点け、波打ち際でキャッチボールをする二人の少女を見守っていた。

 

「やっぱり、ダメ」

「なかなか上手くいかないわね」

「う~ん......どうして、変化しないんだろう?」

 

 手のひらでボールを転がしながら指の掛け方を試行錯誤するが上手く感覚を掴めないでいた。

 

「よーし、もう一球――」

「そこまでだ」

「あ、コーチっ」

 

 あおいが更に腕を強く振ってみようと考え投球モーションに入ろうとした寸前で止めに入った東亜(トーア)は、彼女たちに荷物をまとめて駐車場へ来るように、と伝え一足先に移動した。

 あの場面で止めたのは時間の都合もあったが、それ以上にオーバーワークによる怪我のリスクと続けても無駄だと判断したため。あおいは高速シンカーを取得するため普段のシンカーよりも強く腕を振っていたが、それは同時に身体への負担も大きく、仮にあのまま間違った形でコツを掴み投げられるようになってしまえば、両刃の剣となり得る。

 

「アイツも予定より早く辿り着いたな。さて、どうなるかねぇ」

 

 東亜(トーア)の想定以上にナインたちの成長速度は著しい。これは彼の指示を誰一人疑うことなく、素直に聞き入れ、何より信頼しているからだった。

 

「どこへ行くんですかー?」

 

 宿舎の駐車場に用意された豪華なバスに乗り、目的地へ向かう車内で芽衣香(めいか)が手を上げて訊く。

 

「千葉マリナーズの本拠地よ。今日のナイトゲームに高見(たかみ)選手がみんなを招待してくれたのよ」

高見(たかみ)選手が!?」

 

 いち早く反応したのは奥居(おくい)だった。

 理想のフォームを身に付けるため繰り返したバッティング練習の最中、何度も試行錯誤を続けるにつれ思い描いた理想のフォームが、他でもない天才――高見(たかみ) (いつき)のそれだった。彼のバッティングを生で見られる事は、奥居(おくい)にとってはもちろんのこと他のナインにとっても良い経験であることは間違いない。

 しかし、ナイトゲームへの招待が今日だったのはまったくの偶然だった。

 合宿前日、遠征で東京へ来た高見(たかみ)は、東亜(トーア)との取引は果たしたが、練習場所を提供してくれた恋恋高校野球部への義理を果たすため再び恋恋高校を訪ねた。そこ理香(りか)と話をして、ナインたちを試合に招待する事と決まり。

 そして、偶然ホームゲームが開催される本拠地と合宿所が近いため中日(ちゅうじつ)にあたる今日に決まった。

 

「オイラ、生でプロ野球観戦なんて小学生の頃以来でやんす」

「ボクもだよ、中学に上がってからは毎日部活でテレビ中継も見る余裕なかったし。瑠菜(るな)は?」

「私は、去年のオールスターゲームで初めて生でプロ野球観戦をしたわ」

 

 去年のオールスターゲーム。圧倒的な得票数で一位で選出された選手が渡久地(とくち) 東亜(トーア)だった。東亜(トーア)は、普段交流戦以外では対戦しない他リーグの並みいる強打者たちを手玉に取り、連続奪三振、最多奪三振記録を塗り替える驚異的な活躍を見せつけた。

 そして、その試合を球場で観戦した瑠菜(るな)は、東亜(トーア)のピッチングに目を奪われた。

 

「生観戦いいなー。俺たち、その頃が忙しくて見る暇なかったんだよなぁ~」

「炎天下の中何時間も署名活動したっけ。ま、そのかいあって、あたしたち女子が出場出来るようになったんだけど」

「あ、動画あったよー。わっ! 再生回数とんでもない数字になってる!」

 

 マリナーズのホーム球場へ向かう間、オールスターゲームの感想を話し合った。

 

『さぁ、やって参りました! 千葉マリナーズの本拠地で行われる試合、実況はわたくし、熱盛(あつもり)宗厚(むねあつ)が担当させていただきます! そして、今日はアシスタントがグラウンドで逐一選手の情報を伝えてくれます。それでは呼んでみましょう、響乃(ひびきの)ちゃーん!』

『はーいっ。あなたの心に響け! パワフルテレビ新人アナウンサーの響乃(ひびきの)こころですっ。よろしくお願いしまーすっ』

『オーケー! では、さっそくインタビューをお願いいたします!』

『はーい。わたしは今、ビジターのリカオンズベンチ前に来ていまーす。それでは、リカオンズキャプテンの出口(いでぐち)選手に話をうかがってみます。出口(いでぐち)選手、去年最終戦までリーグ優勝を争ったマリナーズとの対戦となりますが?』

『そうですね。去年はボクたちが勝利しましたが、やはり強いチーム――』

 

 インタビューをしている間に、一塁側ホームのマリナーズベンチのすぐ近くの空席に恋恋高校野球部が到着。

 

「どうした、(いつき)?」

渡久地(とくち)が居ない」

 

 ベンチ前でトマスとキャッチボールをしていた高見(たかみ)は、客席に東亜(トーア)が居ないことに気がついた。

 

「本当だ。古巣が負ける所を見たくないんじゃないのか?」

「そんなガラじゃないだろ」

 

 笑いながら軽口を言ったトマスだったが、両チームの対戦成績はマリナーズ0勝リカオンズ3勝とまだ勝ちがない。それでも今のトマスの発言からは余裕を感じ取れる。その訳は、高見(たかみ)の一軍復帰からの戦績10戦8勝2敗と実に勝率8割を誇っているため。

 しかし、対するリカオンズも開幕から好調。

 正捕手の出口(いでぐち)を中心に鉄壁の守備を誇り、打線は去年の後半戦の勢いをそのままにいやらしい抜け目のない打撃陣、さらに今年は開幕から既にホームランを11本打点は37打点を上げ打撃三部門の本塁打打点の二冠王の児島(こじま)が四番に座る強力打線で首位を独走している。

 

「ああー! 渡久地(とくち)!」

 

 インタビューを終えた出口(いでぐち)はベンチへ戻る前にふと客席を見ると、東亜(トーア)が禁煙にも関わらずタバコを吹かしていた。

 出口(いでぐち)の言葉に、リカオンズベンチがざわつく。元チームメイトからさまざま声が投げ掛けられたが、東亜(トーア)は気に止める事もなく出口(いでぐち)に話かけた

 

「いつになく好調らしいな」

「まーな。今年は開幕ダッシュにも成功したし、このまま連覇を狙うぜ。そんなことより、お前こんなところで何してるんだ?」

「招待されたのさ。マリナーズの高見(たかみ)にな」

高見(たかみ)? なんでお前が、高見(たかみ)に招待されるんだよ?」

「そうか、やっぱりお前だったんだな」

 

 児島(こじま)が、ベンチから顔を出した。

 

児島(こじま)さん。やっぱりって......?」

高見(たかみ)がヒーローインタビューで対戦したいと言っていた投手は、渡久地(とくち)、お前なんだろ」

「え!? じゃあ練習に付き合ったって言うのは......」

「フッ......、さあな。まあ今日はただの客だ、楽しませもらうさ」

 

 通路の階段をゆっくり上っていく、東亜(トーア)の背中をただ黙ったまま見送る。

 そして、試合が始まった。


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