他のナインたちがグラウンドで練習をしている頃、二人の投手が近所の砂浜を走っていた。
「走りづらいわね」
「うん、そうだね......」
一歩踏み出す度に柔らかい砂地に足を取られ、悪戦苦闘しながらも
「終わった~」
「ふぅ」
波の来ない場所に座り、乱れた息を整えながら話をする二人。
「新しい決め球は、順調?」
あおいは黙ったまま小さく首を横に振り、体育座りをして、波が寄せては返す海を見つめる。
「練習している時にね、コーチに言われたんだ。ボクのフォームじゃ新しい変化球をいちから覚えるのは無理だって」
アンダースローは沈みこんで下から投球する特殊なフォームゆえに、操れる球種に制限が付く。三振を狙うのに有効な縦の変化球に関しては、特に取得は難しい。
例えば、フォークボール。オーバースローやスリークォーターは投げ下ろすフォームのため、変化する低めへ比較的に投げやすく。サイドスローの場合は、シンカーに近い軌道で曲がりながら落ちる。
しかし、アンダースローは手の甲が地面へ向くため、抜いて投げるフォークボールのコントロールは非常に難しく失投となりやすい。
「自分でも調べてみたんだ。でも、やっぱりコーチの言った通り難しいみたい」
「そう、それでどうするの?」
「ひとつ試してみたい変化球があるんだ。受けてくれる?」
――ええ。と
「じゃあ行くよ......!」
二十球ほどキャッチボールをして、
あおいは、ノーワインドアップのアンダースローからまずはシンカーを投じた。
「どう?」
「綺麗な変化球ね」
「ありがと。じゃあ次が新しい変化球だよ」
「球種は?」
「
「え?」
「行くよー!」
「え、ええ......!」
同じ球種を投げると言ったあおいに
「(あの時、
あおいは、パワフル高校との一戦を思い浮かべ、
「(速い――真っ直ぐ!?)」
鋭い投球は糸を引く様に真っ直ぐ進み小さく沈んだ。しっかりと捕球した
「シンカー? 沈みはしたけど」
「う~ん......やっぱり曲がらないかぁ~」
「どういうことなの?」
あおいは、
「最初は、失投だと思ったんだけど」
「手元で大きく変化する、高速の変化球だったのね」
「うん」
「パワ校の、あの
「うん。あの時、打たれたくなくて思いっきり腕を振ったんだ」
だが、今回は
「他に違いはなかったの?」
「他に? う~ん、シンカーの握りもいつもと同じだったし、特に何もなかったと思うけど」
「......そう。でも、今回は思った通りの変化をしなかったわけね」
小さくうなづいたあおいに、
「じゃあ続けましょ。投げているうちにきっかけを掴めるかも知れないわ」
「うんっ」
新変化球取得のため二人はしばらく投げ込みを続けた。
* * *
「おりゃーっ!」
「はい! 今日は、ここまでにしましょう。みんな、片付けとグラウンド整備を始めるわよ」
アッパースイング修正のフォーム矯正練習を始めて、三時間強。
高かった太陽は傾き、オレンジ色の日差しに変わり始めた頃、
「え? もう終わりっすか?」
徐々に良い当たりが増えてきた場面での終了宣言に、
「ええ、残念だけどタイムアップよ。
「う~っす」
くるんっ、と持っているバットを一回転させてケースにしまい、ベンチに荷物を置いて片付けを始めた。手分けして片付けをするナインたちを尻目に、ベンチに座っていた
「
「私が行こっか?」
「いや、一服ついでだ」
グラウンドを出た
「やっぱり、ダメ」
「なかなか上手くいかないわね」
「う~ん......どうして、変化しないんだろう?」
手のひらでボールを転がしながら指の掛け方を試行錯誤するが上手く感覚を掴めないでいた。
「よーし、もう一球――」
「そこまでだ」
「あ、コーチっ」
あおいが更に腕を強く振ってみようと考え投球モーションに入ろうとした寸前で止めに入った
あの場面で止めたのは時間の都合もあったが、それ以上にオーバーワークによる怪我のリスクと続けても無駄だと判断したため。あおいは高速シンカーを取得するため普段のシンカーよりも強く腕を振っていたが、それは同時に身体への負担も大きく、仮にあのまま間違った形でコツを掴み投げられるようになってしまえば、両刃の剣となり得る。
「アイツも予定より早く辿り着いたな。さて、どうなるかねぇ」
「どこへ行くんですかー?」
宿舎の駐車場に用意された豪華なバスに乗り、目的地へ向かう車内で
「千葉マリナーズの本拠地よ。今日のナイトゲームに
「
いち早く反応したのは
理想のフォームを身に付けるため繰り返したバッティング練習の最中、何度も試行錯誤を続けるにつれ思い描いた理想のフォームが、他でもない天才――
しかし、ナイトゲームへの招待が今日だったのはまったくの偶然だった。
合宿前日、遠征で東京へ来た
そして、偶然ホームゲームが開催される本拠地と合宿所が近いため
「オイラ、生でプロ野球観戦なんて小学生の頃以来でやんす」
「ボクもだよ、中学に上がってからは毎日部活でテレビ中継も見る余裕なかったし。
「私は、去年のオールスターゲームで初めて生でプロ野球観戦をしたわ」
去年のオールスターゲーム。圧倒的な得票数で一位で選出された選手が
そして、その試合を球場で観戦した
「生観戦いいなー。俺たち、その頃が忙しくて見る暇なかったんだよなぁ~」
「炎天下の中何時間も署名活動したっけ。ま、そのかいあって、あたしたち女子が出場出来るようになったんだけど」
「あ、動画あったよー。わっ! 再生回数とんでもない数字になってる!」
マリナーズのホーム球場へ向かう間、オールスターゲームの感想を話し合った。
『さぁ、やって参りました! 千葉マリナーズの本拠地で行われる試合、実況はわたくし、
『はーいっ。あなたの心に響け! パワフルテレビ新人アナウンサーの
『オーケー! では、さっそくインタビューをお願いいたします!』
『はーい。わたしは今、ビジターのリカオンズベンチ前に来ていまーす。それでは、リカオンズキャプテンの
『そうですね。去年はボクたちが勝利しましたが、やはり強いチーム――』
インタビューをしている間に、一塁側ホームのマリナーズベンチのすぐ近くの空席に恋恋高校野球部が到着。
「どうした、
「
ベンチ前でトマスとキャッチボールをしていた
「本当だ。古巣が負ける所を見たくないんじゃないのか?」
「そんなガラじゃないだろ」
笑いながら軽口を言ったトマスだったが、両チームの対戦成績はマリナーズ0勝リカオンズ3勝とまだ勝ちがない。それでも今のトマスの発言からは余裕を感じ取れる。その訳は、
しかし、対するリカオンズも開幕から好調。
正捕手の
「ああー!
インタビューを終えた
「いつになく好調らしいな」
「まーな。今年は開幕ダッシュにも成功したし、このまま連覇を狙うぜ。そんなことより、お前こんなところで何してるんだ?」
「招待されたのさ。マリナーズの
「
「そうか、やっぱりお前だったんだな」
「
「
「え!? じゃあ練習に付き合ったって言うのは......」
「フッ......、さあな。まあ今日はただの客だ、楽しませもらうさ」
通路の階段をゆっくり上っていく、
そして、試合が始まった。