7Game   作:ナナシの新人

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game20 ~シンプル~

 合宿三日目。

 昨日の試合で浮き彫りになった各々のウィークポイントを改善するため、今日の午後は各ポジション毎に分かれての練習を行っていた。

 

「速いでやんすー!?」

「これが160km/hかよ......」

「当たる気がしないわ......」

 

 ピッチングマシーンから放たれた豪速球に野手陣は苦労していた。その中で唯一打ち分けていたる選手が居る、奥居(おくい)だった。

 

「スゲーな、あいつ」

「くっそ~......負けてらんないわっ! 次よ次! はるか、お願い!」

「行きますよ~」

 

 対抗意識を燃やす芽衣香(めいか)を尻目に打ち終えた奥居(おくい)は、バットを投げ出し両手を地面に突いて項垂れた。

 不思議に思った矢部(やべ)が、近づき声をかけた。

 

「どうしたでやんすか?」

「......オイラ、もうダメだ......」

 

 隣のゲージで打っていた芽衣香(めいか)も手を止めて防止ネット越しに訊く。

 

「どうしたのよ?」

「オイラ、オイラ......、スランプになっちまったぜ......」

 

 一方、投手陣は全員が全員異なる練習をしている。その中でも一番特殊な練習をしているのが近衛(このえ)だった。

 

「......オレは何をしているんだ?」

 

 近衛(このえ)は一人、日も当たらないグラウンド脇の物置小屋の壁を背に、タオルを右手に持ちセットポジションからのシャドーピッチングをしていた。

 グラウンドから聞こえるナインの声に寂しさを感じながらも、黙々と繰返し繰返し足元を確認しながら右腕を振っている。

 

「どう?」

「あ、監督! ちょうど百回終わりました」

「そう、じゃあブルペンへ行くわよ」

「はい!」

 

 近衛(このえ)理香(りか)と共にベンチ横のブルペンへ向かう。ブルペンでは捕手の鳴海(なるみ)東亜(トーア)が待っていた。

 

「じゃあやろうか。ボールはストレートだけで」

「おう」

 

 鳴海(なるみ)は座り、近衛(このえ)は先ほどと同様にセットポジションで構え、踏み出す左足を意識しながらボールを投げた。

 右腕から放られたボールはまっすぐ鳴海(なるみ)のミットへ向かって飛んでいく。そしてパァーン! と渇いた音を立てミットへ突き刺さった。

 

「ナイスボール!」

 

 投げ返されたボールを受け取り再び投球。計20球の投げ込みを行い、東亜(トーア)鳴海(なるみ)に感触を確かめた。

 

「どうだ?」

「身体の開きも無くなって制球は安定しています。でも、やっぱり力を入れた時はシュート回転しますね」

近衛(このえ)

「うっす」

 

 東亜(トーア)は、近衛(このえ)を呼びつけた。

 

「お前ら手を合わせてみろ」

「え?」

「あ、はい」

 

 近衛(このえ)は右手、鳴海(なるみ)はミットを外して左手を身体の前に出し二人は手を合わせる。

 

「手デカイな!」

「そうか?」

 

 一回りほど大きな手に驚きながらも鳴海(なるみ)は、とあることに気がついた。

 

「あれ? 中指長くない?」

「へ?」

「やはりな」

 

 二人は手を離し東亜(トーア)の話に耳を傾ける。

 

「お前のシュート回転は直らない」

「......マジっすか」

 

 近衛(このえ)のシュート回転の原因はフォームでは無く、人差し指に比べ中指が長い事が原因だった。

 投球時身体の開きによりストレートがシュート回転してしまう投手はプロ野球選手の中にも一定数居る。微調整で弱点を克服し大成する投手も多いが、一方シュート回転を修正しようとフォーム改造を行い本来のピッチングを見失い消えていく選手も居るのも現状だ。

 しかし、近衛(このえ)の場合はフォームではなく、中指が長いため縫い目に中指が掛かりやすい身体的特徴からくるモノだった。特に全力投球時は更に球離れ時に無意識にボールにシュート回転がかかってしまう。こういったタイプの場合はどんなに優秀な指導者でも手のつけようがなく直しようがない。むしろ無理に矯正すれば別の歪み、故障を生んでしまうこともあるからだ。

 

「だが、シュート回転自体は別に悪いことじゃない。問題なのは使い方だ」

「使い方......ですか?」

「シュート回転という特徴を、短所と捉えるか。それとも長所と捉えるかによって大きく変わる」

「長所っすか?」

「つまりだ。シュート回転を意識的にシュートさせればいい」

「意識的にシュートさせる?」

 

 シュート回転が好ましくないとされる理由は、右投手なら右打者への外角を狙ったボールが真ん中へ寄ってしまい勝負どころで痛打を浴び易いためだ。

 

「なら、外へ投げなければいい。全力のストレートはインコースのみに使う」

「そうか、インコースなら食い込むボールになる!」

 

 そう、ナチュラルにシュート回転するなら真ん中への投球が厳しいインコースへの投球へ変わる。

 

「幸いな事に全力投球で無ければシュートはしないから外のストレートも使える。更に言えばシュート回転するということはムービングボールを投げやすいとも言える。次はツーシームで投げてみろ」

「うっす。鳴海(なるみ)

「ああ」

 

 二人ともポジションへ戻る。近衛(このえ)東亜(トーア)に言われた通り、普段ストレートを投げる時に握る日本で主流のフォーシームではなく、ツーシームでボールを握り投球モーションを起こした。

 ※シームとはボールの縫い目の事。フォーシームはボールが一回転する間に四本の縫い目を通る握り。ツーシームは二本。

 

「いくぜ~、おりゃーッ!」

「おおっ!」

「どうだ!?」

「スゲー曲がった!」

「だよな! って『ボスッ』ってなんだよ?」

 

 ボスッ! と今までとは全く違うミットの音に二人して笑う。

 

「芯で捕球出来なかったからだ。いい音ってのは逆にいえば取りやすいボールってことだ」

「あ......そう言えば、あおいちゃんが言ってた。取りにくいってことは打ち難いってことだよね、て......。これ武器になるよ!」

「お、おお~っ! もう一球だ鳴海(なるみ)!」

「うん、どんとこい!」

 

 縫い目のかけ方を試行錯誤しながら投球練習を続けた。

 その頃、グラウンドの奥居(おくい)は再びピッチングマシーンの豪速球を打っていた。

 他のナイスが苦戦するなか快音を連発させているが本人は納得いかないらしく、何度も首を捻って素振りを繰り返している。

 

「それで、何が不満なのよ?」

「――だよ......」

「はあ? 聞こえないんですけどっ!」

「だから! ホームランにならねぇんだよッ!」

「あ・ん・た・ねぇ~......。アタシらへの当て付けのつもり!」

 

 奥居(おくい)の言葉に、芽衣香(めいか)は地面に顔を向けて握った拳をプルプル震わせ顔を上げて怒鳴り付けた。

 

「ちげぇっての! 前から思ったより打球が伸びなくなった気がするんだよ......」

「はぁ? 何言ってんのよあんた」

「確かにそうみたいですね」

「はるか?」

 

 二人の間にマネージャーのはるかが割って入って、今までの試合全ての打球データをグラフにしたパソコンの画面を見せた。

 

「これがアンドロメダ高校戦での打球グラフです。そしてこちらが昨日の紅白戦です」

 

 画面上に放物線のグラフが重なる。紅白戦の打球はアンドロメダ戦と比べると初動の打球角度は上がっているが、最終的な飛距離はアンドロメダ戦よりも数メートル短くなっていることが分かった。

 

「やっぱり伸びなくなってるぜ......」

「ホントねぇ。でも打率は上がってるんでしょ?」

「はい、現在七割近い数字です」

「七割!? アンタ、そんなに打ってんの?」

「へへっ、まあな~。っつても四番(うしろ)甲斐(かい)が良いところ打ってくれるからな」

「チャンスで回したくないから勝負してくれる訳ね」

 

 データを見ても原因が分からなかった奥居(おくい)は、ブルペンに居る東亜(トーア)に助言を求めにいく。

 

「お前のスイングの軌道が変わったからだ」

「軌道?」

「まあ、お前はいつかはぶつかると思っていた。理香(りか)

「ん? なーに?」

 

 ブルペン横のベンチで、スマホの画面を確認しながら次の試合相手の選別作業を行っていた理香(りか)は手を止めてブルペンへ向かう。

 

奥居(おくい)が例のヤツに嵌まった。マシーンの準備をしろ」

「もう? 予定よりも早かったわね。わかったわ、すぐに準備するわね」

「さて、グラウンドへ行くぞ」

 

 東亜(トーア)は、奥居(おくい)と共にグラウンドへ戻り。二ヶ所あるバッティングゲージの横にもう一つバッティングゲージを作って、そこへ理香(りか)が持ってきたバッティングマシーンをセットした。

 

奥居(おくい)、今のお前は高見(たかみ)と同じ状態に陥りかけている」

高見(たかみ)選手と同じ?」

「マネージャー、例の動画を見せてやれ」

「はい」

 

 グラフを閉じ、以前高見(たかみ)が恋恋高校のグラウンドで行っていた打撃練習の映像を再生させる。

 

「これはフォーム矯正初日、お前らが対外試合に出掛けていた日の午後の映像だ。いい当たりは増えてきたが思うように打球が上がらず。アイツも悩んでいた」

高見(たかみ)選手が......。でもオイラの打球は上がってるっすよ?」

「そのうち上がらなくなる。焦れば焦るほどな」

 

 首をかしげる奥居(おくい)

 

「お前の不調の原因は――アッパースイングだ」

「アッパースイング?」

 

 アッパースイングとは。

 インパクト時、ボールの下から上へ向かってバットを出す打ち方。

 アッパースイングの打球は、一見高々と上がり飛距離が伸びるように思えるが。実際は下からバットが入るため擦り上げる様な打ち方のためポップフライになりやすく、更に高く上がり過ぎた打球はバックスピンがかかり過ぎてしまい打球が『戻り』フェンス手前で失速してしまう事が多い。

 更にミートすればするほど、今度はラインドライブ(トップスピン)が掛かりやすくなりゴロやライナーの確率が高くなるという欠点が多い打法。

 

「ボールを弾く金属だからまだ飛んではいるが、プロを目指すのなら致命的な欠点になりかねない」

「どうすればいいんですか?」

高見(たかみ)の練習を見てただろ? 理想のスイングはトップの位置からダウンスイング→レベルスイング→アッパースイングへ自然なフォロースルーへの移行を最短で行うスイングだ」

「なんかスゲー難しくそうなんっすけど......」

「難しく考える必要はない。シンプルに最短でボールを叩けって事だ。さて始めるか。理想のスイングを身に付けた高見(あいつ)と同じ、超山なりのスローボールでのバッティング練習をな」

 

 プロ。それも超一流が苦労した練習をやれと言われた奥居(おくい)は、臆しながらバットを握り打席に立った。

 

 




今回の最後のスイングは柳田選手を参考に書かせていただいています。
柳田選手のバッティングはtv中継で見るとアッパースイングに見えますが、連続写真で見ると、顔に近いトップから最短でバットを出し、レベルスイング(ボールの軌道に対して平行に近いスイング)でボールを捉え、腰の回転で力を与え飛距離を伸ばす様な撃ち方をしているため自然とアッパースイングの様なフォロースルーになって要ることが分かります。
『フルスイングでコンパクトに打つ』と言う様な、そんな矛盾な説明なりますが、個人的にそんな感想を持つスイングに感じました。


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