7Game   作:ナナシの新人

18 / 111
game18 ~合宿~

「投手経験者は、藤村(ふじむら)片倉(かたくら)の二人か」

「ええ、藤村(ふじむら)さんは中学の軟式。片倉(かたくら)くんは、地元のシニアで二番手投手を務めていたみたいね」

 

 理香(りか)は、入部届けに書かれた新入部員の履歴を確認して言い。ベンチに座る東亜(トーア)は、普段よりも気合いの入った様子でグラウンドを駆けるナインたちに目を向けた。

 

「ショート! 二つ!」

「よっしゃー! ほいっ」

「ナイストス! ファースト」

 

 五月初旬。恋恋高校野球部一行は、海の近くにのれんを構える旅館で短期合宿を張ることとなった。

 合宿所近くのグラウンドでは、鳴海(なるみ)を中心とした内野の連携。ブルペンでは投手経験のある四人が順番に投げ込み。新年度以降初めてのボールを使った練習を行っている。

 

「しかし、よくもまあ全員生き残ったもんだ」

「それこそ渡久地(とくち)くんの存在でしょ?」

 

 この一月、仮入部を経て正式に野球部の一員となった新入部員6人は試合前や試合中に、三年生のキャッチボールの相手をする以外ボールに触れる機会はほとんどなかったが、誰一人として腐ることなく練習(基礎体力トレーニング)に参加していた。

 

「いい意味での誤算はコイツだ」

新海(しんかい)くんね。控えだけど中学時代は捕手。近衛(このえ)くんをリリーフに回すから、正捕手(なるみ)くんの控えが必須って言ってたもんね」

「まあな。一応ひととおり見てみて適性を見極めるさ」

 

 そうは言ったが、夏の予選開始まであと二ヶ月。

 鳴海(なるみ)の場合は、もともと捕手としての才能がある程度あったためマシーンを使った無茶なショートバウンドの捕球練習。マリナーズの高見(たかみ)から譲り受けた東亜(トーア)仕様のピッチングマシーンで捕球力を重点的に鍛え上げたが、さすがに今から未経験者をキャッチャーに育てることは時間的に厳しい。

 

「ナイスボール! いいぞ早川(はやかわ)!」

「まだまだだよっ。次行くよー!」

新海(しんかい)くん、行くわよ......!」

「はいッ!」

 

 あおいは元正捕手の近衛(このえ)と、瑠菜(るな)新海(しんかい)と組み。新入部員の二人はキャッチボールをしながら順番に備えている。

 グラウンドでは内野守備から外野守備練習に変更、センターの矢部(やべ)を中心に高いフライボールの捕球練習。鳴海(なるみ)近衛(このえ)と入れ替わり、ブルペンへ向かう。

 

「あいつ、中々の打球勘だ」

香月(こうづき)さん。彼女はソフトボール部出身で、ポジションは主にセンターを守っていたみたいね」

 

 真正面のセンターフライの落下点へいち早く入り、捕球体制を取った。外野で一番難しいポジションはセンターと言われている。特に真正面の打球は、左右に飛んだ場合と比べて角度がつかないため距離感を掴むことが難しい。

 

「ふーん。それにしても、いい勘をしている割りには試合経験が少ないな。原因は()か」

「ええ、元々左利きだったらしいんだけど。子どもの頃に、鉛筆とかお箸とかを右に矯正してから、左右どちらとも投げにくくなってみたい。だから中学でも、最終回の守備固めが中心だったそうよ」

「生活面を取った訳だ。まあ今後の長い人生を考えれば無難な選択だわな。でだ」

「オーライ、オーライ......あっ!」

 

 簡単なフライをバンザイし後ろに逸らしたボールを慌てて追いかける、新入部員の中で唯一高校から野球を始めた六条(ろくじょう)

 

「あの子は、完全にあなたのファンね。根性だけで、ここまで残ったわ」

「別に動機は何でもいいさ」

「ふふっ、テレてる?」

「......あとはアイツか」

 

 合宿でも午前は変わらず基礎体力トレーニング。午後から始まったボールを使った練習で新入部員の中で一番目立っていたのが、内外野共に無難にこなし、走塁技術では劣るが部内で1位2位の俊足を誇る矢部(やべ)真田(さなだ)の二人をしのぐ足の持ち主――藤堂(とうどう)

 

藤堂(アイツ)がモノになれば、近衛(このえ)を投手に専念させられるが......」

「心配ごと? いいセンスしてると思うけど」

「まだ一年だからな。さてと、じゃあそろそろ今日の仕上げと行くか。マネージャー、アイツらを集めろ」

「はい、わかりました。みなさーんっ、集合でーすっ」

 

 はるかの呼び掛けを聞いてナインはベンチ前へ集まり、東亜(トーア)は立ち上がった。

 

「さて、海へ行くか」

 

 

           * * *

 

 

「海でやんすね......」

「ああ、海だぜ......」

「............」

「............」

 

 青い海に白い砂浜、吹き抜ける潮風に一時の沈黙のあと矢部(やべ)奥居(おくい)は感情を爆発させた。

 

「水着のお姉さんが居ないでやんすー!」

「こんなの海じゃないぞーッ!」

「そうでやんすー! 神様は無慈悲でやんすーッ!」

「ったく、アンタたちは! ほら、さっさと行くわよ!」

 

 芽衣香(めいか)に引っ張られ既に波打ち際に集まる東亜(トーア)たちの元へ。持ってきたボールのカゴを波の来ない場所に置き、マネージャーのはるかがカゴの中からボールをバットを持った東亜(トーア)に軽く投げて渡す。

 

「じゃあ始めるか。奥居(おくい)、グラブをつけて波打ち際に立て」

「うっす!」

 

 奥居(おくい)は、指示どおり波打ち際に立って腰を落とす。

 

「あの~、コーチ。これは何の練習ですか?」

「夜はナイターで練習をするグラウンドを濡らすワケにはいかないからな。お前ら知ってるか? 甲子園大会は100年の歴史があるが雨の降らなかった大会は無いそうだ」

「つまり......雨を想定した練習!」

 

 代表して質問をした鳴海(なるみ)に、東亜(トーア)は笑みを見せて答えた。

 

「行くぞ」

「おっす!」

 

 東亜(トーア)の放った打球はごく平凡のゴロ。ショートの奥居(おくい)は、素早い送球を求められるため一歩前へ出てグラブを落とした。更にその下をボールは抜けていく。

 

「ゲッ!?」

「いきなりトンネルって。アンタねぇ~」

「う、うるさいなぁ。打球が想像より弾まなかったんだよ!」

「それが違いだ」

 

 東亜(トーア)に注目が集まる。

 

「どしゃ降りならボールは止まるが。逆に降り始めは、雨がグラウンドの土を固め、弾まず強い当たりになる。さあ次だ」

 

 奥居(おくい)への二打目。先程より波に近い方へ打球が飛んだ。打球を追いかける奥居(おくい)は、今度は海水を多く含みぬかんだ砂場に足をとられ右手をつく。

 

「今度は滑った......。たった数十センチでこんなに変わるのかよ......」

「本番だったらエラー二つで失点だな。さて、続けるぞ」

「お、おいっす!」

 

 通常の守備との違いに悪戦苦闘しながらも、一人づつノックを受けて宿舎に戻った。夕食を摂りしばしの休息のあとナイターでのフライ処理の練習をして合宿初日は終了した。

 

『オイラ、最近腹筋がバキバキになったでやんすー』

『オイラもだ。それにこの上腕二等筋を見て欲しいぜ!』

『ほほーう、なかなかでやんすねっ。でもオイラの臀部はもっと――』

『二人とも頼むから目の前で立たないでよ......』

 

 ブブーッ! 鳴海(なるみ)のやる気が下がった。

 大浴場でお互い体の変化を見せ成長を確認し合う男湯。一方女湯は――。

 

『やっぱ男ってアホね』

『あはは......』

 

 湯船に浸かりながら壁一枚向こうから聞こえる男湯の会話に、飽きて果てる彼女たちだったが......。

 

『ふぅ......。髪洗おっと』

『あれ?』

『どうしたの芽衣香(めいか)?』

『うーん? あおいさぁ~』

『んー? ひゃっ!?』

 

 芽衣香(めいか)は、湯船の中を泳ぐようにあおいの元へ行って腰回りを両手で掴んだ。

 

『な、なにっ?』

『やっぱり、ちょっと痩せたんじゃない? それにちょっと胸も大きくなってるような』

『へ......? そうかな?』

『きっと、渡久地(とくち)コーチ考案のトレーニングとドリンクの効果ですよ。加藤(かとう)先生のお話によると――』

 

 二人の会話に体を洗っていたはるかが加わる。

 無酸素運動(筋トレ)と有酸素運動(ジョギング等)の組合せは身体の代謝を上げて脂肪燃焼に効果があり。そこに東亜(トーア)考案の高タンパク低脂肪アミノ酸たっぷりの特製ドリンクが効率よく発育を促している。

 

『美容にも良いそうなので。私もお家で作ってこっそり飲んでます。低カロリーですし』

『だから最近、はるかのお肌ツヤツヤなんだ!』

『ちょっと、作り方教えなさいよ!』

瑠菜(るな)先輩、プロポーションを保つ秘訣は?』

『適度な運動と適切な栄養管理、質の良い睡眠よ』

『さすがです!』

 

 三人娘がキャピキャピ騒ぐ中、瑠菜(るな)たち新入部員はゆっくりとお湯に浸かって疲れを癒していた。

 旅館付近の小料理屋で地場産の一品料理を肴にアルコールをたしなむ東亜(トーア)と、引率のためノンアルコールドリンクで我慢している理香(りか)は、今後の日程について話をしている。

 

「先ずは初日を無事消化。明日はどうするの?」

「今日と変わらない。ただ、海辺ノックの替わりに紅白戦を組む」

「紅白戦? でも人数足りないわよ」

 

 既存メンバーはマネージャーのはるかを除いて9人。新入部員は瑠菜(るな)を入れて7人の計16人で紅白戦を組むには2人足りない。

 

「いくらでもやりようはあるさ。くじを作っておいてくれ」

「くじ?」

 

 東亜(トーア)からくじの意図を聞いた理香(りか)は、納得した様子で頷き部屋に帰ってさっそく、くじの準備に取り掛かった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。