「ノーアウト二塁で四番!」
「くっくっく、さーて、この場面どう凌ぐか見物だな」
恋恋高校は四回表、大筒高校先頭バッター三番
「(
「(スタンスは第一打席よりもややオープン。インコース狙いかな? でも、外は届く。左打者だし、膝元のカーブで反応を見よう)」
「......んっ」
サインに頷いて
「(攻め方は正しいが、甘い。このチャンスは確実にいただく!)」
「走ったわよ!」
「えっ!?」
「初球、三盗! やられた......」
無死三塁にピンチが広がる。
「(まさか、初球で走られるなんて。でも狙い通り、ストライクをひとつ取れた。切り替えよう。この場面一点は仕方がないから、ランナーを残さないように――)」
オープンぎみのスタンスのヤールゼンに対し外中心の配球で追い込み、スタンスが元に戻ったところで勝負球。
「(よし、ナイスボール!)」
「(お、マジ言った通りじゃん!)」
バッテリーとしては意識が外に向いた打者の裏を突く、内角低めの絶妙なコースへ狙い通りのストレート。見逃し三振......と思われたが、引っ張った打球はライナーでライトのフェンス直撃のタイムリーツーベースヒット、サードランナーの
「
「うん。よーし、やるぞー!」
続く五番
「クリーンナップ相手に三連打、それも全部長打だなんて。県下屈指の重量打線は伊達じゃないわね。でも、どうして急に」
「気付いたのさ。二巡目、まあ、こんなところか」
「何に?」
「おーい、
同級生の
「行け」
「はい! 伝令です、お願いしますっ!」
「うむ。タイム」
内野はマウンドへ集まり、伝令の
「
「原因は、俺なんだね。周りをよく見る?」
「それから、
「......そう。わかったわ」
「それで、どうすんのよ?」
「簡単だぜ。全部おいらんとこに打たせればいいんだからな」
「何言ってのよ。そこはあたしっしょっ! 華麗な守備を見せてやるわっ!」
「あはは......ええっと。ここからは下位打線だし、とりあえず定位置で」
各々ポジションに戻り、六番バッターに備える。
「(周りを見ろ、か......見てるんだけどなあ)」
確かに
「(とにかく、1球1球注意して見るしかない。まずは、これで様子を見よう)」
出されたサインに頷いた
「(――踏み込んだ!?)」
踏み込んで打った打球は痛烈な当たりで一塁線を襲った。
ファースト
命拾いしたが、初球の変化球を。それもボール球を躊躇なく踏み込んで打たれたことに、
「
「えっ、あっ、タイムお願いします!」
「タイム」
「今の、どう見た? 完全に狙い打ちされた気がしたけど」
「俺もそう思う。そうじゃなきゃ、初球からボール球に踏み込んで打つなんて出来ないよ」
「そうね。他に気がついたことある?」
「それが......」
「コーチの指示通り全体をよく見てたけど。ベンチからも、ランナーからも、何かしらのサインが出た様子はなかった」
「そう......」
話し込むバッテリーに、
「さっきから何を話してんだー?」
「そうよ、早くしないと怒られるわよー」
「ああ、うん。分かってるよ」
「そっ? なら、いいけど~。それより、そんな慎重にならないであたしたちに任せなさいっての、読みは合ってるからさ」
「そうだぜー」
「あの二人、凄い自信ね」
「今日は、いいプレーを連発してるし。多少調子に乗って......る?」
この時「周りをよく見ろ」という
「どうしたの?」
「そうか、もしかして。ねえ
「なに?」
「じゃあ、当たってたらサインを出すからお願い!」
「ええ、わかったわっ」
「もういいかね?」
「はい! すぐ戻ります!」
ポジションに戻り、座ってサインを出す。
「(俺の考えが正しければ......!)」
二球目は、インコースへのストレート。
「ボール!」
普通ならデッドボールを恐れて退けぞるようなコースのストレートをバッターは平然と見送り、
「(もう一度だ。今度はこっちで......!)」
次は真ん中高めのボール球を要求。続けてアウトコース、更にもう一度インコースへ外した。
「(そうか、やっぱり......コーチの言っていたのはこれだったんだ!)」
「ボール! ボールフォア! テイクワンベース」
六番バッターはファーストへ歩く。
「ようやく気づいたらしいな」
「さっき教えてあげればよかったのに。意地悪ね」
「伝令は回数制限がある。結局のところ何か問題が起きた時、グラウンドで戦うアイツらが自力で解決法を確立できなければならない場面が必ず訪れる。まあ、今回は練習試合だからヒントをくれてやったけどな」
気合いを入れて、座り直し、サインを出す。
「(外だ!)」
バッターは踏み込んだ。しかし投げられたボールは、インコースのシュート。
「えっ......うっそ、何で!?」
「(よし、かかった!)」
外狙いから修正したバットの軌道が芯のやや内側に当たり、ライン際を締めていたサードの正面に飛んだ。
「5-5-4-3!」
「オーライ!」
サード
「あの場面、あえてミートさせてトリプルを狙うに行くとは。いい性格してるな、お前」
「それ、喜んでいいんですか......?」
「くっくっく、さあな。それより、アイツらに教えなくていいのか?」
「......二人には悪いですけど、この試合は利用しようと思っています。ダメですか?」
「いや、俺も同じことをする。騙している自覚が無いヤツが騙す。それこそが最強の
大筒高校のクリーンナップ三連打の秘密は、二遊間の守備の綻びを突いた攻撃。
相手バッターにしてみれば、コースを教えてもらっているようなもの。コースが分かれば、球種もだいたいの予測がつく。
「さて、そろそろ打ちに行くか。
「オッケー。相手投手ヤールゼンくんは見ての通り、サウスポー。常時140キロ超のストレートが武器の速球派。春大は実に投球割合の九割近くがストレート、この試合も殆ど変化球を使っていないわね」
「だそうだ。実際対戦してみた印象はどうだ?」
一番打席の多い
「角度があるストレートが厄介でやんす」
「だな。左だからってのもあるけど、つい手が出ちまう」
「でやんすね」
対戦経験の少ない長身のサウスポー相手に右バッターの
「カウントが悪くなると、甘いコース来るぞ」
「そもそも俺たちは、相手のストレートを捉えきれていない。コースが甘くても差し込まれる。相当手元で来る感じです」
「あたしには変化球も使ってきたわよ」
「私にもです。ただ、変化球は手も足も出ないようなボールじゃないです」
全員の意見を統括すると、ストレート中心ながらもカウント悪くなると甘く来る傾向があり、下位打線の
「そこまで来たんだ、もうやることは判るだろ」
「えっと......」
「ふぅ、追い込まれるまで手を出すな。ベンチから見ても、ヤツの制球はアバウト。特にストレートは顕著だ。球威がある分、コースを突くコントロールはない。やたら無闇に手を出して相手を助けるな。狙い球は?」
「......カウントが悪くなった時に来る、甘いコースのストレートと変化球?」
「ストレートは捉えられないんだろ。なら、変化球に絞ればいいだけだ。どれも決め球にあるような大した球じゃない。引き出せるか否かはお前次第だけどな。まあ、所詮ベスト16止まりのチーム、必ず綻びはある」
「は、はい!」
四回裏、恋恋高校の攻撃。塁に出たのは初回の
「行くぞ」
「いいよ!」
ヤールゼンは、捕手
「(よく見れば、投球練習でも荒れてるじゃん。これなら行けるぞ......!)」
「バッターラップ」
「お願いします!」
「(マズい、あからさまに待球策を講じてきた。声をかける......いや、今、声をかけても逆効果になりかねない。何より、ヤールゼンにだけ声をかけても仕方がない)」
「
「いや、なんでもない。
「はい!
実際ストレートのサインを出し続けているのは、捕手
「ボール! ボールスリー」
「やべぇ。ま、いいか。どうにかなるっしょ」
「おーい、しっかり頼むよー」
投げ返し、出したサインはやはりストレート。
甘いコースを見逃し、ひとつカウントを戻した大筒バッテリー。
「(マジで置きに来た。サードは定位置、これなら行ける――)」
五球目――セーフティバントを試みるも、転がせずにバックネットに当たってファウル、フルカウント。
「(くそ、転がせなかった。やっぱり、甘いコースでも真っ直ぐには力があるんだ)」
「うーん」
決まらなかったもののセーフティバントをされたことで、
「ストライク、バッターアウト!」
最後はチェンジアップにタイミングが合わず、空振り三振に倒れた。
「すみません......」
「あん? 何を謝る必要がある。引き出したじゃないか、狙いの変化球を」
「あっ!」
今の1球は、大きな意味を持つ1球。
「さてと、あとは任せた」
「えっ?」
「言っただろ。これは、
* * *
「試合は6-6の引き分け。
「まずまずだな」
いつものバーで大筒高校との試合結果を聞きながら、アルコールを静にたしなむ。
「
「どうせ、明日先発するんだから問題ねえよ。すぐに機嫌を直すさ」
「ふぅ、それより何処に行ってたのよ?」
――千葉マリナーズ、と。