7Game   作:ナナシの新人

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game15 ~迷彩~

「ノーアウト二塁で四番!」

「くっくっく、さーて、この場面どう凌ぐか見物だな」

 

 恋恋高校は四回表、大筒高校先頭バッター三番冴木(さえき)に三塁線へのツーベースヒットを打たれ無死二塁。先制点のピンチを迎えた。続くバッターは四番、一発のあるヤールゼン。第一打席はライトのファウルフライに打ち取ったが、打球はフェンスの手前まで運ばれた。一歩間違えれば、多少のボール球でも長打に出来る力のある打者。

 

「(冴木(さえき)さんは仕方がない。ここからしっかり抑えればいいんだ)」

 

 鳴海(なるみ)はバッターに目をやり、じっくりと観察してからサインを決める。

 

「(スタンスは第一打席よりもややオープン。インコース狙いかな? でも、外は届く。左打者だし、膝元のカーブで反応を見よう)」

「......んっ」

 

 サインに頷いて瑠菜(るな)はセットポジションで構え、鳴海(なるみ)は内側へミットを構えた。これを、冴木(さえき)は見逃さない。

 

「(攻め方は正しいが、甘い。このチャンスは確実にいただく!)」

「走ったわよ!」

「えっ!?」

 

 瑠菜(るな)がモーションを起こすと、冴木(さえき)は躊躇なくスタートを切った。ヤールゼンは膝元の変化球を空振り。緩い変化球だった上に大きなスイングの影響もあり、送球することすら出来ずに三塁を奪われてしまった。

 

「初球、三盗! やられた......」

 

 無死三塁にピンチが広がる。

 鳴海(なるみ)瑠菜(るな)にボールを投げ返し、キャッチャースボックスで腰を落とし、深く思考を巡らせる。

 

「(まさか、初球で走られるなんて。でも狙い通り、ストライクをひとつ取れた。切り替えよう。この場面一点は仕方がないから、ランナーを残さないように――)」

 

 オープンぎみのスタンスのヤールゼンに対し外中心の配球で追い込み、スタンスが元に戻ったところで勝負球。

 

「(よし、ナイスボール!)」

「(お、マジ言った通りじゃん!)」

 

 バッテリーとしては意識が外に向いた打者の裏を突く、内角低めの絶妙なコースへ狙い通りのストレート。見逃し三振......と思われたが、引っ張った打球はライナーでライトのフェンス直撃のタイムリーツーベースヒット、サードランナーの冴木(さえき)は楽々ホームに還って、先制点を献上。

 

鹿莫(ろくば)、続けよ」

「うん。よーし、やるぞー!」

 

 続く五番鹿莫(ろくば)翔太(しょうた)にも長打を打たれ、連続タイムリーで二失点目。なおも無死二塁とピンチが続く。

 

「クリーンナップ相手に三連打、それも全部長打だなんて。県下屈指の重量打線は伊達じゃないわね。でも、どうして急に」

「気付いたのさ。二巡目、まあ、こんなところか」

「何に?」

「おーい、香月(こうづき)

 

 同級生の藤村(ふじむら)と一緒に声を張り上げて応援している香月(こうづき)を呼び、東亜(トーア)は指示を与えた。

 

「行け」

「はい! 伝令です、お願いしますっ!」

「うむ。タイム」

 

 内野はマウンドへ集まり、伝令の香月(こうづき)東亜(トーア)からの指示を伝える。

 

鳴海(なるみ)先輩、周りをよく見ろ。だそうです」

「原因は、俺なんだね。周りをよく見る?」

「それから、瑠菜(るな)先輩にも。マネは結構だが読まれているぞ」

「......そう。わかったわ」

 

 香月(きうづき)は一礼して、ベンチへ戻る。

 

「それで、どうすんのよ?」

「簡単だぜ。全部おいらんとこに打たせればいいんだからな」

「何言ってのよ。そこはあたしっしょっ! 華麗な守備を見せてやるわっ!」

「あはは......ええっと。ここからは下位打線だし、とりあえず定位置で」

 

 各々ポジションに戻り、六番バッターに備える。

 

「(周りを見ろ、か......見てるんだけどなあ)」

 

 確かに鳴海(なるみ)はバッターだけではなく、ランナーの仕草も注意深く目を配っている。しかし、彼にはひとつだけ盲点があった。「敵は味方にいる」ということ、まだそれに気づけないでいた。

 

「(とにかく、1球1球注意して見るしかない。まずは、これで様子を見よう)」

 

 出されたサインに頷いた瑠菜(るな)の、六番バッターへの初球はストライクからボールゾーンへ流れる外のシュート。

 

「(――踏み込んだ!?)」

 

 踏み込んで打った打球は痛烈な当たりで一塁線を襲った。

 ファースト甲斐(かい)のダイビングは届かなかったが、打球はラインをギリギリ逸れて、判定はファウル。

 命拾いしたが、初球の変化球を。それもボール球を躊躇なく踏み込んで打たれたことに、鳴海(なるみ)は混乱していた。

 

鳴海(なるみ)くん!」

「えっ、あっ、タイムお願いします!」

「タイム」

 

 瑠菜(るな)が、鳴海(なるみ)を呼びつけた。

 

「今の、どう見た? 完全に狙い打ちされた気がしたけど」

「俺もそう思う。そうじゃなきゃ、初球からボール球に踏み込んで打つなんて出来ないよ」

「そうね。他に気がついたことある?」

「それが......」

 

 鳴海(なるみ)は首を振って、否定。

 

「コーチの指示通り全体をよく見てたけど。ベンチからも、ランナーからも、何かしらのサインが出た様子はなかった」

「そう......」

 

 話し込むバッテリーに、奥居(おくい)芽衣香(めいか)が大きな声をかける。

 

「さっきから何を話してんだー?」

「そうよ、早くしないと怒られるわよー」

「ああ、うん。分かってるよ」

「そっ? なら、いいけど~。それより、そんな慎重にならないであたしたちに任せなさいっての、読みは合ってるからさ」

「そうだぜー」

 

 芽衣香(めいか)奥居(おくい)は自信満々と言った様子で、自分のポジションでグラブを構えている。

 

「あの二人、凄い自信ね」

「今日は、いいプレーを連発してるし。多少調子に乗って......る?」

 

 この時「周りをよく見ろ」という東亜(トーア)のこの言葉が、鳴海(なるみ)の頭をよぎった。

 

「どうしたの?」

「そうか、もしかして。ねえ瑠菜(るな)ちゃん、お願いがあるんだ」

「なに?」

 

 鳴海(なるみ)瑠菜(るな)に意図を伝えていると、球審は練習試合とはいえ時間がかかっていることをやんわり注意をするため、マウンドへ歩いてくる。

 

「じゃあ、当たってたらサインを出すからお願い!」

「ええ、わかったわっ」

「もういいかね?」

「はい! すぐ戻ります!」

 

 ポジションに戻り、座ってサインを出す。

 瑠菜(るな)は頷いて、セットポジションで構え目でセカンドランナーを牽制したから投球モーションに入った。

 

「(俺の考えが正しければ......!)」

 

 二球目は、インコースへのストレート。

 

「ボール!」

 

 普通ならデッドボールを恐れて退けぞるようなコースのストレートをバッターは平然と見送り、鳴海(なるみ)は捕球と同時にすぐに顔を上げて周囲を確認。

 

「(もう一度だ。今度はこっちで......!)」

 

 次は真ん中高めのボール球を要求。続けてアウトコース、更にもう一度インコースへ外した。

 

「(そうか、やっぱり......コーチの言っていたのはこれだったんだ!)」

「ボール! ボールフォア! テイクワンベース」

 

 六番バッターはファーストへ歩く。鳴海(なるみ)はボールを瑠菜(るな)へ投げ返し、ミットをバンバンッと二回叩いてサインを送った。それを見た瑠菜(るな)はニコッと笑顔を見せ。同じく、東亜(トーア)も軽く笑みを浮かべた。

 

「ようやく気づいたらしいな」

「さっき教えてあげればよかったのに。意地悪ね」

「伝令は回数制限がある。結局のところ何か問題が起きた時、グラウンドで戦うアイツらが自力で解決法を確立できなければならない場面が必ず訪れる。まあ、今回は練習試合だからヒントをくれてやったけどな」

 

 気合いを入れて、座り直し、サインを出す。

 瑠菜(るな)がモーションを起こすと同時に、ランナーはバッターが確実に右へ打つと確信したように、二人とも大きく離塁した。

 

「(外だ!)」

 

 バッターは踏み込んだ。しかし投げられたボールは、インコースのシュート。

 

「えっ......うっそ、何で!?」

「(よし、かかった!)」

 

 外狙いから修正したバットの軌道が芯のやや内側に当たり、ライン際を締めていたサードの正面に飛んだ。

 

「5-5-4-3!」

「オーライ!」

 

 サード葛城(かつらぎ)はワンバウンドで捌き、自らサードベースを踏んで二塁へ送球フォースアウト、しかしファーストは間一髪でセーフの判定。三重殺とはいかなかったが、ダブルプレーでたちまち二死一塁。バッテリーは次の打者の裏を突き三振に切って取り、二失点でこの回を切り抜けた。

 

「あの場面、あえてミートさせてトリプルを狙うに行くとは。いい性格してるな、お前」

「それ、喜んでいいんですか......?」

「くっくっく、さあな。それより、アイツらに教えなくていいのか?」

 

 奥居(おくい)芽衣香(めいか)をアゴで指した。

 

「......二人には悪いですけど、この試合は利用しようと思っています。ダメですか?」

「いや、俺も同じことをする。騙している自覚が無いヤツが騙す。それこそが最強の迷彩(ステルス)

 

 東亜(トーア)は、追加点をやらずピンチを切り抜けてベンチに戻ってきた鳴海(なるみ)を珍しく褒めた。

 大筒高校のクリーンナップ三連打の秘密は、二遊間の守備の綻びを突いた攻撃。奥居(おくい)芽衣香(めいか)の二遊間は、実戦経験が圧倒的に少ない。球速がない分制球力のある瑠菜(るな)のピッチングは、コースなり打球が飛んでくる確率が高く。鳴海(なるみ)が構えるキャッチャーミットを見て、投球モーションに入る前にシフト変更を行うミスを犯してしまっていた。

 相手バッターにしてみれば、コースを教えてもらっているようなもの。コースが分かれば、球種もだいたいの予測がつく。 東亜(トーア)の助言もあり、それに気づいた鳴海(なるみ)は二人の欠点を逆に利用し、瑠菜(るな)に意図して逆球を投げるサインを織り交ぜ、ピンチを切り抜けることに成功した。

 

「さて、そろそろ打ちに行くか。理香(りか)

「オッケー。相手投手ヤールゼンくんは見ての通り、サウスポー。常時140キロ超のストレートが武器の速球派。春大は実に投球割合の九割近くがストレート、この試合も殆ど変化球を使っていないわね」

「だそうだ。実際対戦してみた印象はどうだ?」

 

 一番打席の多い矢部(やべ)が手を上げる。

 

「角度があるストレートが厄介でやんす」

「だな。左だからってのもあるけど、つい手が出ちまう」

「でやんすね」

 

 対戦経験の少ない長身のサウスポー相手に右バッターの矢部(やべ)だけではなく、後ろを打つ左の真田(さなだ)も同じ感想。しかし、奥居(おくい)は違った感想を口にする。

 

「カウントが悪くなると、甘いコース来るぞ」

「そもそも俺たちは、相手のストレートを捉えきれていない。コースが甘くても差し込まれる。相当手元で来る感じです」

「あたしには変化球も使ってきたわよ」

「私にもです。ただ、変化球は手も足も出ないようなボールじゃないです」

 

 全員の意見を統括すると、ストレート中心ながらもカウント悪くなると甘く来る傾向があり、下位打線の芽衣香(めいか)瑠菜(るな)を相手にする時は変化球を使う割合が増える。

 

「そこまで来たんだ、もうやることは判るだろ」

「えっと......」

「ふぅ、追い込まれるまで手を出すな。ベンチから見ても、ヤツの制球はアバウト。特にストレートは顕著だ。球威がある分、コースを突くコントロールはない。やたら無闇に手を出して相手を助けるな。狙い球は?」

「......カウントが悪くなった時に来る、甘いコースのストレートと変化球?」

「ストレートは捉えられないんだろ。なら、変化球に絞ればいいだけだ。どれも決め球にあるような大した球じゃない。引き出せるか否かはお前次第だけどな。まあ、所詮ベスト16止まりのチーム、必ず綻びはある」

「は、はい!」

 

 四回裏、恋恋高校の攻撃。塁に出たのは初回の奥居(おくい)以降ゼロ、二番真田(さなだ)からの好打順。

 

「行くぞ」

「いいよ!」

 

 ヤールゼンは、捕手鹿莫(ろくば)を相手にイニング間の投球練習中。

 

「(よく見れば、投球練習でも荒れてるじゃん。これなら行けるぞ......!)」

「バッターラップ」

「お願いします!」

 

 真田(さなだ)は初球、二球目共に出そうになったバットを堪え、初めて自分に有利なカウントを作った。二塁の守備につく冴木(さえき)は、瞬時に勘づいた。

 

「(マズい、あからさまに待球策を講じてきた。声をかける......いや、今、声をかけても逆効果になりかねない。何より、ヤールゼンにだけ声をかけても仕方がない)」

冴木(さえき)さん? どうかされました?」

「いや、なんでもない。宇佐崎(うささき)、集中どころだ。気を引き締めて守るぞ」

「はい! 冴木(さえき)さんと一緒ならどんな打球も止めてみせます!」

 

 実際ストレートのサインを出し続けているのは、捕手鹿莫(ろくば)。実は、大筒高校は九九を覚えることすら苦手な部員が多い。ストレート中心なのも単純にバッテリー間で投げるのも、捕るも楽だからという側面もある。

 

「ボール! ボールスリー」

「やべぇ。ま、いいか。どうにかなるっしょ」

「おーい、しっかり頼むよー」

 

 投げ返し、出したサインはやはりストレート。

 甘いコースを見逃し、ひとつカウントを戻した大筒バッテリー。

 

「(マジで置きに来た。サードは定位置、これなら行ける――)」

 

 五球目――セーフティバントを試みるも、転がせずにバックネットに当たってファウル、フルカウント。

 

「(くそ、転がせなかった。やっぱり、甘いコースでも真っ直ぐには力があるんだ)」

「うーん」

 

 決まらなかったもののセーフティバントをされたことで、鹿莫(ろくば)の中に若干の迷いが生じた。そして、選ばれた勝負球は――。

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 最後はチェンジアップにタイミングが合わず、空振り三振に倒れた。

 

「すみません......」

「あん? 何を謝る必要がある。引き出したじゃないか、狙いの変化球を」

「あっ!」

 

 今の1球は、大きな意味を持つ1球。

 

「さてと、あとは任せた」

「えっ?」

「言っただろ。これは、理香(おまえ)の実戦練習でもある。じゃあな」

 

 理香(りか)に采配を預けた東亜(トーア)は、とある場所へ向かうため恋恋高校グラウンドを後にした。

 

           * * *

 

「試合は6-6の引き分け。十六夜(いざよい)さんは6回まで投げて3失点。9回に近衛(このえ)くんが、井伊野(いいの)くんに甘く入ったストレートを打たれて失点。その裏に奥居(おくい)くんが同点タイムリーを打って終わったわ」

「まずまずだな」

 

 いつものバーで大筒高校との試合結果を聞きながら、アルコールを静にたしなむ。

 

早川(はやかわ)さんが、ずっと面白くなさそうな表情(かお)をしていたわ」

「どうせ、明日先発するんだから問題ねえよ。すぐに機嫌を直すさ」

「ふぅ、それより何処に行ってたのよ?」

 

 理香(りか)に行き先を訊かれた東亜(トーア)は、薄暗い照明の光をグラスの中で反射し輝く氷を見ながら答えた。

 ――千葉マリナーズ、と。


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