7Game   作:ナナシの新人

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アプリに登場したキャラを追加して書き直しました。
今話と次話、二話続けて修正してあります。


game14 ~高等技術~

 週末の土曜日、大筒高校をグラウンドに迎えての練習試合。

 恋恋高校の先発は予定通り新戦力の、瑠菜(るな)。アンドロメダ戦に続いてマスクを被る鳴海(なるみ)と、ベンチ横に二ヶ所あるブルペンのひとつでサインの確認をして、本格的に肩を作る。

 左スリークォーターのしなやかな腕の振りから放たれた綺麗なスピンがかかったストレートは、乾いたいい音をキャッチャーミットに響かせる。

 

「ナイスボール! 走ってるよ」

「ありがと」

近衛(このえ)くん、こっちも行くよー!」

「おおよ!」

 

 隣では今日、控えに回ったあおいが「いつでも行ける」とアピール。瑠菜(るな)に負けじと気合いを込めて、近衛(このえ)のミットに向かって投げ込む。

 そして、大筒高校のウォーミングアップが終わり、両校ナインは各ベンチ前に集合、直前のミーティングを行う。

 

「スタメンは、さっき発表した通りよ。キャプテン」

「はい。みんな、今日も全力で勝ちに行くぞ! 恋恋ファイ――」

「オオーッ!!」

 

 円陣を組み、気合いを入れてグラウンドへ駆け出した。

 両校のナインが、グラウンド中央に整列。

 

「恋恋高校野球部諸君、今日は試合を引き受けてくれてありがとう。お互い良いプレーをしよう」

「ああ、よろしく!」

 

 大筒高校主将冴木(さえき)と恋恋高校主将鳴海(なるみ)はお互いの健闘を祈り、ガッチリ握手を交わした。

 二人の行為を見届け頷いた球審は手を上げて、試合開始を宣言。

 

「先攻、大筒。礼!」

 

 恋恋高校は自身のポジションに散り、大筒高校は先頭打者を残してベンチへと戻った。先発の瑠菜(るな)はマウンドの感触を確かめながら、球審と会話する鳴海(なるみ)を待って行った投球練習が終わり、大筒の先頭バッター井伊野(いいの)嘉元(よしもと)が左打席に入った。

 

「プレイボール!」

「よっしゃ! 来いや!」

「(構えが大きいなあ。とりあえず、これで)」

 

 前回の試合の最終回の反省を活かして注意深く打者を観察し、初球のサインを出す。うなづいた瑠菜(るな)はモーションを起こして、初球を投じる。

 

「ストライク!」

 

 恋恋バッテリーの選択は、アンドロメダ戦では投げなかった瑠菜(るな)のボールを見定めるようなことはせず、膝元に沈む内角のカーブを豪快に空振り。悔しそうに軽く舌打ちをした井伊野(いいの)は構え直して、二投目に備える。

 その様子を大筒ベンチでバッティンググローブを着け、自分の打席に備える冴木(さえき)は、どこか嬉しそうに小さく笑った。

 

「(大事な初球を変化球から入ってきた。井伊野(いいの)の打ち気を誘われたか? だとすれば、アンドロメダ戦は素人に見えたあの捕手もなかなかやる)」

 

 二球目、外角のきわどいコースのストレート。振り抜かれた打球は、サード葛城(かつらぎ)の正面。やや強い当たりのゴロを上手く捌き、今日、ファーストに入っている甲斐(かい)のグラブに余裕を持って収まった。打ち取られた井伊野(いいの)はベンチへ戻る途中、次の打者に具体的な指示を出した冴木(さえき)に問いかけられる。

 

「どうだ? 彼女のボールは」

「アネさん、どうもこうも遅すぎですよ」

「差し込まれていたように見えたけど」

「前がもっと遅い変化球だったんで、ちょっとタイミングがズレただけです。次はきっちり、リベンジ決めてやりますよ!」

 

 気楽な感じの井伊野(いいの)の態度にひとつ息を吐いた冴木(さえき)は、ネクストバッターズサークルに入るとヘルメットを被り、片膝を付いたまま、瑠菜(るな)のピッチングを注視。彼女の指示を受けた二番打者の小柄な女子、宇佐崎(うささき)詠子(えいこ)は打席で粘っている。

 

「(あ! 甘いボール来た――あれ?)」

「今度は引っかけた?」

 

 金属バットのヘッドの先っぽに当たったボテボテのゴロがファーストへ転がる。ファーストの甲斐(かい)が捕球、ベースカバーに入った瑠菜(るな)にトス。幸先よくツーアウト目を取った。

 

「どうだった?」

 

 先頭バッターの時と同じように討ち取られて戻って来た宇佐崎(うささき)にも、打席での印象を訊ねた。

 

「スピードはバッティングセンターくらいですけど、なんだかすっごく打ちづらかったです」

「そうか。わかった」

 

 主審へ礼儀良く頭を下げてから左バッターボックスに立ち、マウンドの瑠菜(るな)を見据える。

 力自慢の部員が軒を連ねる中もっとも非力な宇佐崎(うささき)が粘りを見せたことで、大筒ベンチにやや余裕のムードが広まる中、彼女だけは冷静に戦況を見ていた。

 

「(遅いのに差し込まれる、そして、打ちづらさ。そのカラクリ、私が見極めさせてもらうぞ)」

「(冴木(さえき)(はじめ)さん。確か加藤(かとう)監督の話だと、女子だけど大筒高校で一番センスがあるって言ってた。先ずはこれで、様子を見よう)」

「――ん」

 

 サイン頷き、冴木(さえき)へ初球を投じる。ストライクから外のボールゾーンへ逃げる縦のカーブ。冴木(さえき)はやや反応を示すも余裕を持って見逃し、ワンボール。二球目は一転、速いストレートとは言っても、冴木(さえき)にとってもやはり遅く、待ちきれずにライト方向へファウルを打ち、カウント1-1の平行カウント。

 

「(想像以上に来ない、これが打ちづらさか? 次は、カウント的にクサイところを突いてくる可能性が高い。おそらく、内ならストレート。外は、変化球――)」

 

 バットを握る手に力が入ったのを見て、鳴海(なるみ)はサインを出した。

 

「ふーん」

「なに?」

「いや、別に。さて、どう出るかね」

 

 ベンチに寄りかかり退屈そうにしていた東亜(トーア)が、戦況に興味を示した。平行カウントからの瑠菜(るな)の三球目は、インコース。

 

「(内――真っ直ぐ......スライスした、シュートか!)」

「よし!」

 

 バッテリーの選択は、待ちきれなかった速球に対応するため手元に呼び込んでコンパクトに叩こうとしていた冴木(さえき)の裏をかく、内角にやや食い込むシュート。このまま振り抜けば、高確率でファースト方向のゴロに打ち取れる、だが――。

 

「ショート! サード!」

 

 冴木(さえき)が捌いた打球は、痛烈なゴロで三遊間へ飛んた。

 

「おいらたちかよっ!?」

「クソーッ!」

 

 横っ跳びしたサード葛城(かつらぎ)のグラブの先に当たって二塁方向へ流れた打球を、ショートの奥居(おくい)がすぐにカバーするも、冴木(さえき)は既に一塁ベースを駆け抜けていた。

 

「やられた、打ち取ったと思ったのに」

 

 鳴海(なるみ)の視線に気がついた冴木(さえき)はベース上で、してやったりとやや笑顔を覗かせる。

 

「なかなかやるじゃないか、あいつ。理香(りか)、データ」

「あら、要らないんじゃなかったのかしら」

「マネージャー」

「はい、どうぞ」

「あっ、ちょっと!」

 

 優位に立ち調子に乗った理香(りか)を無視して東亜(トーア)は、はるかから冴木(さえき)のデータを受け取り目を通す。

 

「練習試合のデータのみだが、打率は三割後半。出塁率に至っては四割超え」

「敬遠も多いスラッガータイプの東條(とうじょう)くんとは違うアベレージタイプだけど、どっちも驚異的な数字ね」

「道理で今のを流せた訳だな」

 

 打率、出塁率の高さから、先ほどの冴木(さえき)のバッティングに納得した様子の東亜(トーア)。その間にも試合は進み、四番テキート・ヤールゼンと対峙。先頭バッターの井伊野(いいの)と同様、きわどいコースであろうとお構いなしに手を出してくる。

 

「ライト!」

「任せろ」

 

 ライトでスタメンの近衛(このえ)がフェンス際、ファウルゾーンでギリギリキャッチ。ランナーをひとり出したものの四番を討ち取り、上々の立ち上がりでベンチへ戻って行く。

 

瑠菜(るな)ちゃん、ナイスピッチだぜ!」

「ドリンクをどうぞ!」

「タオルをどうぞ!」

「ありがと」

奥居(おくい)~、あたしもドリンクほしいな~」

「あん? 給水機(ピッチャー)があんだろ?」

「ムキーッ! 納得いかないわっ!」

 

 瑠菜(るな)は言い合う奥居(おくい)芽衣香(めいか)の前を通って、東亜(トーア)の横に座る。

 

「どうでしたか?」

「まずまずだ。冴木(さえき)の打席は気にしなくていい」

「あれ、なんで打たれたんですか? 俺、絶対打ち取ったって思ったんですけど」

 

 先頭バッター矢部(やべ)の打席を見ようともせず、鳴海(なるみ)も近くに来て座る。インコースを流し打たれたことが同じ投手として気になったあおいもやって来た。

 

「インパクトの直前、軸足を流したんだ」

「軸足を流す......?」

「聞くより見た方が早いな。鳴海(なるみ)、バットを持って構えてみろ」

 

 言われた通りに構え、インコースにボールが来たことを想定してゆっくりスイングを開始。

 

「そこだ」

 

 バットのヘッドが身体と平行になったところで、東亜(トーア)が止める。

 

「そのまま振ればヘッドが返り、凡打もしくはファウルになる確率が非常に高い。そこで軸足の踏み込みを捨て、外へ流す」

 

 バッティングは腕の力だけではなく、下半身の力も重要な要素。特に軸足は体重を乗せ、インパクト時に前へ踏み込み、獣心を前方へ移動させることにより強い力を産み出し、飛距離を伸ばす。

 冴木(さえき)は逆に軸足を途中まで踏み込んでいた軸足を浮かせ、外へ流す(右打者なら三塁側。左打者なら一塁手側)ことにより、ヘッドと腰の回転を抑えて瞬時にミート重視の打法に切り替えて、インコースのシュートを流し打った。

 

「プロ野球でも滅多にお目にかかれない高等技術だ」

「俺、流し打ちはアウトコースを打つためのものだと思ってた」

「ボクも。そんな打ち方があるなんて」

「さて――」

 

 解説を切り上げ、試合の方に目を戻す。

 先頭の矢部(やべ)、二番の真田(さなだ)と共に、先発ヤールゼンの角度のある速球に苦戦して、三振、ショートゴロに討ち取れて、三番奥居(おくい)の打順。追い込まれてからやや甘く入ったストレートを逆らわず弾き返し、ライト前ヒットで出塁するも。続く四番近衛(このえ)は、力のあるストレートに差し込まれ、ライトフライでスリーアウトチェンジ。

 

「わりぃ、打ち上げちまった」

「惜しかったよ。角度もよかったし。さあ、守ろう」

「よっしゃ、行くか!」

「頼むぞ、強肩!」

 

 前捕手近衛(このえ)と現捕手鳴海(なるみ)は軽くグラブタッチをして、グラウンドへ走っていった。

 

「ふふっ、うまくいってるみたいね」

「単純だからな」

 

 試合前日のこと。

 東亜(トーア)近衛(このえ)鳴海(なるみ)を呼び出し、今後の方針について伝えた。

 

「お前には、ライトにコンバートしてもらう」

「......ライトですか?」

 

 アンドロメダ戦の件もあり、ある程度の覚悟をしていた近衛(このえ)だったが、小学生の頃から捕手一筋でやってきたためショックを隠せないでいた。

 

「それともう一つ、お前には重要なポジションを務めて貰いたい。リリーフだ」

「リリーフ?」

「考えてみろよ。あおいと瑠菜(るな)、投手が二枚揃ったといっても長いトーナメント戦だ。疲れは溜まり、ピンチは必ず訪れる」

 

 鳴海(なるみ)近衛(このえ)東亜(トーア)の話から、頭の中でシミュレーション。

 

「一点差、一打逆転の場面。ライトからマウンドへ颯爽と駆けつけ、ピンチの芽を刈り取り、何事もなかったかのように平然とベンチへ戻っていく。沸き上がる歓声、逆に相手はチャンスを逃し意気消沈。さらに外野の守備においてお前の肩はエンドランなどで、ランナーのサード進塁の抑止力になる。つまり守備の要でもあり、守護神でもあるということだ」

「――守護神。コーチ、俺......やります! 絶対優勝しようぜ!」

「おう! キャッチャーのこと教えてくれ!」

「任せろ! 覚悟しろよ、俺の全部叩き込んでやるからな!」

 

 こんな感じで、東亜(トーア)の口車にまんまと乗せられた近衛(このえ)だった。

 試合はその後、両校共に得点は上げられず二巡目に突入。四回表大筒高校の攻撃は冴木(さえき)からの打順、カウント2-2からの五球目。

 

「(来た、思った通りだ!)」

「あっ!」

「フェア!」

 

 塁審はフェアグランドを差して、コール。

 前の回井伊野(いいの)にコースヒットを許したものの、ここまで自慢の打撃陣が内あぐねていたストレートを完璧に弾き返した。俊足のレフト真田(さなだ)は最短距離で打球に追い付くも、冴木(さえき)は既にセカンドへ到達。

 両チーム通じて初の長打は、ツーベースヒット。

 無死二塁の先制点のピンチで前の打席、ボール球をライトのフェンス際まで運んだ四番ヤールゼンを迎えた。


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