朝の教室。昨日のアンドロメダ戦の話題をSNSで知ったクラスメイトたちでパワフル高校戦後よりも大騒ぎになっていた。この騒ぎは朝だけのことではなく休み時間になる度、教室には学年問わず訪問者が訪れ中にはプレゼントを持ってくる生徒も数人居た。
「名門と言えど一年生投手なんて既にオイラの敵ではないでやんす」
「きゃーっ、
「野球部、マジでスゲーなぁ」
「ムフフッ、でやんす。このまま深紅の旗まで一直線でやんすー!」
昼休みには調子に乗り
「はぁ~......えらいことになったわね......」
「あはは、ほんとだね~」
タメ息をつく
その訳は彼女たちの机にあるプレゼント(お守りが多め)。その大半が後輩の女子ということもあり好意を無下には出来ないでいた。
「......た、ただいま」
「わぁっ!
「ちょっと大丈夫なのあんた?」
ボロボロになった
なぜ、こんなことになっているかと言うと三十分前に遡る。
『3-Aの
「今の声......、
「うん、ちょっと行って来るよ。先に食べてて」
昼休みに入ってすぐ
「お待たせしました」
「来たわね。ごめんね、お昼前に呼び出しちゃって」
「いえ。あの、それで?」
ベンチの前で
「ほらよ」
「えっ? これって......」
「金属バットよ」
「それは分かりますけど」
「そいつがお前の実力を知りたいと言うんでな。勝負してやれ」
「
「あ、はい、
簡単な自己紹介を済ませるとマウンドに向かった
「ワンナウト勝負。四死球及び打球をノーバンで外野へ飛ばせば、バッターの勝ち。三振や内野ゴロならピッチャーの勝ちだ。ストライク判定は俺がする」
「いくわよ?」
「どうぞ」
右手にグラブを付けた
「ストライク」
左のスリークォーターから放たれた綺麗な回転のストレートはアウトコースのストライクゾーンを通過し、フェンスに直撃した。
「スピード」
「106キロよ」
初球のストライクを見逃した
「フゥ――よし!」
「いくわっ」
二球目もストレート、コースも同じ。しかし、差し込まれて三塁ベンチ前へのファウルフライ。
「ファウル、ツーストライク。さあ、追い込まれたな」
「わ、わかってます!」
「(くそっ、思った以上に差し込まれてるし。ボールの下、ノビがあるんだ)」
「スピード」
「108km/h。
「間接が柔らかく、可動域が広い」
女性特有とも言えるしなやかな腕の振り、球持ちの投球でリリースポイントが見にくい。その効果で
そして、決着の時を迎える。
「あっ! くっそ~......」
「勝負あり。バッターの勝ち」
「でも、今のポップフライですけど?」
「関係ねえよ。内野を越えた時点でお前の勝ちだ。異論は?」
「私はありません」
バックネット裏からグラウンドへ戻った
「これ、俺のミット?」
「教室移動の間に、お前のバッグから抜いておいた」
「ええー!?」
「
「はい」
マウンドとホームの間にピッチングマシーンをセットして、
「準備できたわ」
「こちらも用意できました」
「じゃあ始めるとするか。
「は、はい......」
おそるおそるミットを構える。
「そう怯えるなよ、球速は80キロだ」
「でもマウンドの半分だから、体感だと160キロですよね!?」
「安心しろ。全部ワンバウンドだ」
「まっすぐ来ない分タチ悪いですって!」
「知らねえよ。ほら、行くぞ」
無慈悲にスイッチが押され、ピッチングマシーンから放たれたボールはホームプレートに当たり大きく跳ね上がりキャッチャーミットの上をすり抜けて、バックネットへ直撃して跳ね返る。
「あーあ、サードにランナーが居たらワイルドピッチで楽に一失点だな」
「うっ......」
「
「オッケー。いくわよ、
「は、はい! お願いします!」
放課後の練習(基礎体力トレーニング)後では時間が足りない為の個人練習。
「感想は?」
「空振りを取れなかったことが悔しいです」
「あいつらは動体視力を鍛えるトレーニングを積んでいる」
「もう一球お願いしますー!」
始めてまだ一週間とはいえ、眼球運動を鍛えるトレーニングの成果なのか、砂まみれになりながらも必死にショートバウンドを捕る練習を繰り返し、徐々にではあるが確実にミットに当たる回数が増えてきた。
「お前ならすぐに追いつけるさ」
「――はい!」
頷いた
「と、言うことがあったんだよ......」
「だから、汚ない訳なのね」
「そうなんだ、大変だったね」
「
「ありがとう、はるかちゃん」
グラウンドから教室に戻ってきた途端に机へ突っ伏した
「けど、
「そ、男子にスッゴい人気があるって話だけど。確か
「なんだー?」
「
「
「そうそう、あんた同じクラスっしょ?」
「おおよ。
「へぇーそうなんだー。あたしとどっちがかわいい~?」
「......へっ」
猫なで声で訊く
「むっ。何よ、そのバカにした笑いは!」
「なあ
「さすが
「無視すんなー! もぅ失礼しちゃうわねっ」
「あははっ。それより早く食べちゃわないとお昼休み終わっちゃうよ?」
あおいの忠告を聞いて急いで昼食を済ませて午後の授業。そして部活動の時間、放課後がやって来た。ナインがベンチの前に集まると、
「今日から新しく入部する、
「
「うっひょー! 春の予感でやんすー!」
「
「ええ、よろしくね。
「おうっ、気合い入るぜー」
テンションだだ上がりの男子部員たちとちやほやされている
「悔しいけどホントかわいいわ、スタイルも良いし......」
「うん、だね......」
「あおいも
はるかはフォローするも二人には、むなしく聞こえるだけだった。
気を取り直し練習開始。初参加の
「今日から新しいトレーニングを追加する」
「これは振り子ですね」
新しく導入するトレーニングは振り子を利用したフォーカス強化トレーニング。
今までは止まっている物にピントを合わせるだっただが今回は、動いている物体に貼られたシールにピントを合わせるためより素早く正確に捕らえる力を身につけさせることを目的としたトレーニング。
「最初は目で追うが最終的に、目を動かさず死角から入ってきた振り子を正面で捉える」
「......まったく見えませんわ」
「また無茶なことを求めるわね」
「別に出来るなんて思っちゃいないさ。だが、それくらい気持ちがなけりゃ届かねえよ」
――深紅の旗にはな。
「
「
「じゃあ一年弱か、もっと早く入れば良かったのに」
「野球は好きだけど、女子は公式戦に出られないってわかってから。それに、自信もなかったのよ」
一連のトレーニングを追えたナインたちは、
「対戦相手が決まったわ。相手は、大筒高校。県下屈指の打撃陣で春の地区大会はベスト16。甲子園出場経験もある伝統校よ。先方が出向いてくれるわ」
「県下屈指の打撃陣でベスト16ねぇ」
「主力選手が出られなかったのよ。
「要らねえよ。お前が目を通しておけ、監督さん」
「ハア、相変わらずね」
「せっかく調べて来たのに」と選手データが入ったファイルをテーブルに置いて、代わりにグラスを持つ。
「土曜の試合。先発は、
「いきなり先発させるの?」
「少々気になる事がある。三回まで持てばいい、その間に見極める」
「そう。まあ、いいけどね」
一週間新しいトレーニングを積み。
そして、週末を迎えた。