7Game   作:ナナシの新人

13 / 111
game13 ~深紅の旗~

 朝の教室。昨日のアンドロメダ戦の話題をSNSで知ったクラスメイトたちでパワフル高校戦後よりも大騒ぎになっていた。この騒ぎは朝だけのことではなく休み時間になる度、教室には学年問わず訪問者が訪れ中にはプレゼントを持ってくる生徒も数人居た。

 

「名門と言えど一年生投手なんて既にオイラの敵ではないでやんす」

「きゃーっ、矢部(やべ)くんカッコいい~!」

「野球部、マジでスゲーなぁ」

「ムフフッ、でやんす。このまま深紅の旗まで一直線でやんすー!」

 

 昼休みには調子に乗り舌好調(ぜっこうちょう)矢部(やべ)が教壇で演説。

 

「はぁ~......えらいことになったわね......」

「あはは、ほんとだね~」

 

 タメ息をつく芽衣香(めいか)と困った表情(かお)を見せるあおい。

 その訳は彼女たちの机にあるプレゼント(お守りが多め)。その大半が後輩の女子ということもあり好意を無下には出来ないでいた。

 

「......た、ただいま」

「わぁっ! 鳴海(なるみ)くんっ」

「ちょっと大丈夫なのあんた?」

 

 ボロボロになった鳴海(なるみ)が昼食を摂りに教室へ戻ってきた。

 なぜ、こんなことになっているかと言うと三十分前に遡る。

 

『3-Aの鳴海(なるみ)くん、至急グラウンドへ来てください』

「今の声......、加藤(かとう)先生だよね?」

「うん、ちょっと行って来るよ。先に食べてて」

 

 昼休みに入ってすぐ鳴海(なるみ)は、校内放送で理香(りか)に呼び出された。あおいたちとの昼食を諦めグラウンドへ急ぐ。

 

「お待たせしました」

「来たわね。ごめんね、お昼前に呼び出しちゃって」

「いえ。あの、それで?」

 

 ベンチの前で鳴海(なるみ)を待っていたのは、東亜(トーア)理香(りか)。そして、制服姿(スパッツ着用済み)の瑠菜(るな)の三名。

 

「ほらよ」

「えっ? これって......」

「金属バットよ」

「それは分かりますけど」

 

 東亜(トーア)に渡されたバットを持ち、鳴海(なるみ)は呆然としたまま。

 

「そいつがお前の実力を知りたいと言うんでな。勝負してやれ」

十六夜(いざよい)瑠菜(るな)よ」

「あ、はい、鳴海(なるみ)です」

 

 簡単な自己紹介を済ませるとマウンドに向かった瑠菜(るな)は足でならし、鳴海(なるみ)は左バッターボックスで構える。

 

「ワンナウト勝負。四死球及び打球をノーバンで外野へ飛ばせば、バッターの勝ち。三振や内野ゴロならピッチャーの勝ちだ。ストライク判定は俺がする」

 

 東亜(トーア)理香(りか)はバックネット裏へ回り、二人の勝負を見守る。

 

「いくわよ?」

「どうぞ」

 

 右手にグラブを付けた瑠菜(るな)は、ノーワインドモーションから右足を上げた。東亜(トーア)の隣で理香(りか)は、スピードガンを構える。

 

「ストライク」

 

 左のスリークォーターから放たれた綺麗な回転のストレートはアウトコースのストライクゾーンを通過し、フェンスに直撃した。

 

「スピード」

「106キロよ」

 

 初球のストライクを見逃した鳴海(なるみ)は打席を外し、タイミングと軌道を思い返しながら素振り、イメージを固めて構え直す。

 

「フゥ――よし!」

「いくわっ」

 

 二球目もストレート、コースも同じ。しかし、差し込まれて三塁ベンチ前へのファウルフライ。

 

「ファウル、ツーストライク。さあ、追い込まれたな」

「わ、わかってます!」

 

 鳴海(なるみ)は、実際ならファウルフライでバッターアウトになる当たりに焦りを感じていた。

 

「(くそっ、思った以上に差し込まれてるし。ボールの下、ノビがあるんだ)」

「スピード」

「108km/h。早川(はやかわ)さんより若干劣るけど数字以上に速く感じるわね」

「間接が柔らかく、可動域が広い」

 

 女性特有とも言えるしなやかな腕の振り、球持ちの投球でリリースポイントが見にくい。その効果で瑠菜(るな)のストレートは数字よりも速く感じ、バッターからはタイミングを取りづらい癖のある投球。三球目は、カーブ。曲がりは小さく、やや高めに外したボール球でカウントを整えた。

 そして、決着の時を迎える。

 

「あっ! くっそ~......」

 

 鳴海(なるみ)はカウント1-2からの四球目のストレートを打ち上げた。高く緩く上がった打球は、サードの後方レフト定位置よりもやや手前で弾んだ。

 

「勝負あり。バッターの勝ち」

「でも、今のポップフライですけど?」

「関係ねえよ。内野を越えた時点でお前の勝ちだ。異論は?」

「私はありません」

 

 鳴海(なるみ)は打ち取られた当たりをヒット判定されて戸惑ったが、ワンナウトと特有のルールにより勝負は鳴海(なるみ)の勝利で終わった。

 バックネット裏からグラウンドへ戻った東亜(トーア)は、鳴海(なるみ)にキャッチャーミットを放り投げる。

 

「これ、俺のミット?」

「教室移動の間に、お前のバッグから抜いておいた」

「ええー!?」

 

 鳴海(なるみ)が驚いている間にピッチングマシーンとプロテクターを倉庫から持ってきた理香(りか)は、プロテクターを鳴海(なるみ)に渡し瑠菜(るな)に手伝いを頼む。

 

十六夜(いざよい)さん、手伝ってくれるかしら?」

「はい」

 

 マウンドとホームの間にピッチングマシーンをセットして、瑠菜(るな)は運んできたボールのかごをマシーンの隣に置く。

 

「準備できたわ」

「こちらも用意できました」

「じゃあ始めるとするか。鳴海(なるみ)、キャッチャースボックスで構えろ」

「は、はい......」

 

 おそるおそるミットを構える。

 

「そう怯えるなよ、球速は80キロだ」

「でもマウンドの半分だから、体感だと160キロですよね!?」

「安心しろ。全部ワンバウンドだ」

「まっすぐ来ない分タチ悪いですって!」

「知らねえよ。ほら、行くぞ」

 

 無慈悲にスイッチが押され、ピッチングマシーンから放たれたボールはホームプレートに当たり大きく跳ね上がりキャッチャーミットの上をすり抜けて、バックネットへ直撃して跳ね返る。

 

「あーあ、サードにランナーが居たらワイルドピッチで楽に一失点だな」

「うっ......」

理香(りか)、続けろ」

「オッケー。いくわよ、鳴海(なるみ)くん」

「は、はい! お願いします!」

 

 放課後の練習(基礎体力トレーニング)後では時間が足りない為の個人練習。東亜(トーア)は、瑠菜(るな)を呼ぶ。

 

「感想は?」

「空振りを取れなかったことが悔しいです」

「あいつらは動体視力を鍛えるトレーニングを積んでいる」

 

 東亜(トーア)は、鳴海(なるみ)に目を向ける。

 

「もう一球お願いしますー!」

 

 始めてまだ一週間とはいえ、眼球運動を鍛えるトレーニングの成果なのか、砂まみれになりながらも必死にショートバウンドを捕る練習を繰り返し、徐々にではあるが確実にミットに当たる回数が増えてきた。

 

「お前ならすぐに追いつけるさ」

「――はい!」

 

 頷いた瑠菜(るな)の瞳は、とても力強かった。

 

「と、言うことがあったんだよ......」

「だから、汚ない訳なのね」

「そうなんだ、大変だったね」

鳴海(なるみ)さん、どうぞー」

「ありがとう、はるかちゃん」

 

 グラウンドから教室に戻ってきた途端に机へ突っ伏した鳴海(なるみ)に、はるかはスポーツドリンクをコップに注ぐ。

 

「けど、十六夜(いざよい)さんかあー。確か3-Dだったよね?」

「そ、男子にスッゴい人気があるって話だけど。確か奥居(おくい)が同じクラスだったハズね。ねぇ奥居(おくい)ー」

「なんだー?」

 

 芽衣香(めいか)は、背もたれに寄りかかりながら矢部(やべ)と弁当を食べていた奥居(おくい)に訊く。

 

十六夜(いざよい)さんって、どんな子?」

十六夜(いざよい)? 十六夜(いざよい)瑠菜(るな)のことか?」

「そうそう、あんた同じクラスっしょ?」

「おおよ。瑠菜(るな)ちゃんはクラスで一番の超美少女だぜ!」

「へぇーそうなんだー。あたしとどっちがかわいい~?」

「......へっ」

 

 猫なで声で訊く芽衣香(めいか)は、蔑む様に鼻で笑った奥居(おくい)に対して眉毛をキリッと吊り上げる。

 

「むっ。何よ、そのバカにした笑いは!」

「なあ矢部(やべ)、今週のガンダーロボだけどさー」

「さすが奥居(おくい)くん、分かってるでやんすね! オイラとしては――」

 

 矢部(やべ)が好きなロボットアニメの話題を振って芽衣香(めいか)の追及をやり過ごす。

 

「無視すんなー! もぅ失礼しちゃうわねっ」

「あははっ。それより早く食べちゃわないとお昼休み終わっちゃうよ?」

 

 あおいの忠告を聞いて急いで昼食を済ませて午後の授業。そして部活動の時間、放課後がやって来た。ナインがベンチの前に集まると、理香(りか)は新入部員の瑠菜(るな)を紹介。

 

「今日から新しく入部する、十六夜(いざよい)瑠菜(るな)さんよ」

十六夜(いざよい)瑠菜(るな)よ。みんなよろしくね」

 

 瑠菜(るな)は、ニコッと天使のような笑顔でナイン(男子)を一瞬で魅了。

 

「うっひょー! 春の予感でやんすー!」

瑠菜(るな)ちゃん、マジで野球部に入るのか?」

「ええ、よろしくね。奥居(おくい)くん」

「おうっ、気合い入るぜー」

 

 テンションだだ上がりの男子部員たちとちやほやされている瑠菜(るな)を見て、芽衣香(めいか)は面白くなさそうに口を尖らせる。

 

「悔しいけどホントかわいいわ、スタイルも良いし......」

「うん、だね......」

「あおいも芽衣香(めいか)も負けてませんよっ」

 

 はるかはフォローするも二人には、むなしく聞こえるだけだった。

 気を取り直し練習開始。初参加の瑠菜(るな)もあおいと同様にパワーアンクルをつけてのランニング。基礎体力強化が行われている間に東亜(トーア)は、はるかと理香(りか)を連れて眼球運動強化とカードゲームを行う空き教室へやって来た。

 

「今日から新しいトレーニングを追加する」

「これは振り子ですね」

 

 新しく導入するトレーニングは振り子を利用したフォーカス強化トレーニング。

 今までは止まっている物にピントを合わせるだっただが今回は、動いている物体に貼られたシールにピントを合わせるためより素早く正確に捕らえる力を身につけさせることを目的としたトレーニング。

 

「最初は目で追うが最終的に、目を動かさず死角から入ってきた振り子を正面で捉える」

「......まったく見えませんわ」

「また無茶なことを求めるわね」

「別に出来るなんて思っちゃいないさ。だが、それくらい気持ちがなけりゃ届かねえよ」

 

 ――深紅の旗にはな。

 

十六夜(いざよい)さんは、いつから野球を始めたの?」

瑠菜(るな)でいいわ。本格的始めたのは、去年の5月頃からね」

「じゃあ一年弱か、もっと早く入れば良かったのに」

「野球は好きだけど、女子は公式戦に出られないってわかってから。それに、自信もなかったのよ」

 

 一連のトレーニングを追えたナインたちは、瑠菜(るな)に質問をしながら帰宅の途へ就いた。

 

「対戦相手が決まったわ。相手は、大筒高校。県下屈指の打撃陣で春の地区大会はベスト16。甲子園出場経験もある伝統校よ。先方が出向いてくれるわ」

「県下屈指の打撃陣でベスト16ねぇ」

「主力選手が出られなかったのよ。冴木(さえき)さん、女の子だけど実力は男子以上。洞察力にも優れていて秋、春大会ではマネージャー兼作戦参謀を務めたそうよ。はいこれ、彼女のデータ」

「要らねえよ。お前が目を通しておけ、監督さん」

「ハア、相変わらずね」

 

「せっかく調べて来たのに」と選手データが入ったファイルをテーブルに置いて、代わりにグラスを持つ。

 

「土曜の試合。先発は、瑠菜(るな)で行く」

「いきなり先発させるの?」

「少々気になる事がある。三回まで持てばいい、その間に見極める」

「そう。まあ、いいけどね」

 

 一週間新しいトレーニングを積み。

 そして、週末を迎えた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。