7Game   作:ナナシの新人

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Another Game
Another Game 聖タチバナ学園の挑戦


『ああっと! いい当たりが左中間を破った! セカンドランナーが帰ってくる! 中継を挟んでバックホーム! ですが、間に合いません! この回一挙4失点、7回コールドゲーム成立です。夏の王者が、秋の県大会二回戦で姿を消しましたー!』

 

            * * *

 

 聖タチバナ学園野球部、女子部員専用ロッカールーム。

 

「ま、覚悟してたけどさー」

「先輩たちが抜けた穴は想像以上に厳しいぞ」

 

 制服を着替えながら先日の試合を振り返る二人の女子、(たちばな)みずきと、六道(ろくどう)(ひじり)

 新チームの課題は、火を見るより明らか。

 みずき、夢城(ゆめしろ)優花(ゆうか)佐奈(さな)あゆみの変則サウスポー三人のうち三年生の二人が抜けた投手陣。特に、作戦指揮も担っていた優花の抜けた穴は想像以上に大きく、新チーム最初の大会は散々な結果に終わった。

 その彼女の妹、夢城(ゆめしろ)和花(のどか)が、二人よりも少し遅れて、ロッカールームにやってきた。

 

「早いですね、お二人とも」

「おーっす」

「和花、今日もブルペンに入るか?」

「ええ、そのつもりです。新チーム最大の課題は投手力ですから」

 

 聖の質問に答えた和花は、脱いだブレザーの上着をハンガーに掛け、赤色のネクタイを手早く解く。

 

「まあね~。男子が頼りにならないってワケじゃないんだけどぉー」

「うちは元々三年生中心のチームだったからな、こればかりは仕方ないぞ。中途半端に速いボールは絶好球、優花先輩はそれを懸念してた」

「前の試合で実際打ちこまれたしねー。ねぇ、和花。優花先輩、部活に出てこれないのー?」

「放課後は、ほぼ毎日塾があります。ワンランク上の志望校に変えると話していました」

「さっすがー」

「うむ。しかし、困ったぞ」

 

 聖タチバナ学園の監督は、野球未経験者の教師。練習メニューは個別練習も含めて今まで優花、新島(にいじま)早紀(さき)など三年生が中心に作って行ってきた。引退後は受験モードに切り替わり、顔を出してくれる上級生もいないのが現状。

 

「今日からの練習メニューですが、私なりに考えてきました」

 

 着替えの手をいったん止めた和花は、スクールバッグの中からタブレット端末を取り出す。それを受け取った聖は、みずきにも見えるようにして持ち、一緒に画面を見る。

 

「これは......」

「ちょっとハードなんじゃない?」

「それは、私の個人練習です。チーム練習は次のページです」

「個人メニューならなおのことハードだって言ってるんだけど。普段の倍くらいあるじゃん」

「本格的に二刀流を目指すわけですから。計算上オーバーワークではありません」

「みずき、メニュー確認が先だ」

「はいはーいっと」

 

 画面をスワイプさせ、次のページへ。姉の優花にアドバイスを貰って考えられた練習メニューは、個々のレベルアップを目的としたものが大半を占めていた。

 

「うちの課題は投手力ですが、勝ち上がるには劣勢の戦況を打開できる個々の力が必要になります。特に、メンタル面。恋恋高校との試合で痛感しました」

「確かに。恋恋高校の集中力は見習うべきだと思う。みずきは、打ちこまれると動揺が顔に出るからな」

「あんたは、小心者だけどね。外、外、外の逃げ一辺倒になるしー」

「むっ!」

「ふんっ!」

 

 頬を膨らませて互いに弱みを言い合う二人を横目に、練習着に着替え終えた和花は「そういうところです」と冷静にひと言添えて、静かにロッカーを閉じた。

 

「あんたはもっと口と顔を出しなさいよ」

「そうだぞ、和花はもっとコミュニケーションを取るべきだ」

「必要がある際は取っています」

「それじゃ足んないって言ってんの」

「うむ。言葉足らず過ぎだ」

「と言われましても。特段話すようなこともありませんし」

「それこそ、彼氏でも作ったらどう? 恋バナなら少しは話すようになるんじゃないの?」

「それで野球が上手くなれるのでしたら作ります」

 

 二人は呆れ顔、当の本人は不思議そうに首をかしげたままだった。

 準備を整えた三人は、ロッカールームを出た。9月の下旬にも関わらず、晴れ渡った青空から照りつける日差しは熱く、生温い風が駆け抜けるグラウンド。先に着替え終えた男子部員たちが軽めのキャッチボールで身体を動かしている横を通り、ベンチの前に立ったみずきは、号令をかける。

 

「はい、しゅーごー!」

 

 なかなか集まりが悪い。やや不満気に眉をひそめる、みずき。

 

「ダッシュ! 5秒以内に来ないやつは、グラウンド整備! ごー、よん――」

 

 突如始まったカウントダウンを受け、駆け足で整列。やや乱れた息が収まるのを待ち、新キャプテンに任命されたみずきは、来年の夏に向けて目標を打ち出す。

 

「来年の目標はもちろん、甲子園優勝よ!」

 

「いや、無理だろ」や「この前ボロ負けしたばっかじゃん」などなど......弱気な言葉がチラホラ耳に入るが、そんなことはお構いなしと言わんばかりに強気に言い放つ。

 

「なに、あんたたち文句あるわけ? 恋恋が優勝したんだからうちだって不可能じゃないでしょ!」

「あそこ、U18代表に3人も選ばれてたし。それに比べてうちは......」

「代表選出0人」

 

 あちらこちらで自虐的な笑いが溢れる。

 

「あんたたちねぇ......悔しくないわけ!?」

「落ち着け、みずき。和花も、言ってやってくれ」

「そうですね。橘さん、複雑に考える必要はありません。やる気のない方には辞めていただいて、やる気のある人だけで目指しましょう」

「いや、そこまで想ってないわよ?」

 

 みずきの言葉にまたも首をかしげる和花と、小さくため息をつく聖だった。

 とりあえずこの場は治まり、練習メニューへ移行。あんな様子だった部員たちも、誰もが真剣に取り組んでいる。野手としてのメニューを終えた和花は、内野手用のグラブを投手用のグラブに持ち替えて、ブルペンに入る。みずきのボールを受けていた聖は練習を切り上げて、彼女に声をかけに行く。

 

「よし、軽めに立ちで20球」

「既に肩は出来ていますよ?」

「内野送球と投球は違うぞ。本気で投手を目指すなら、まずはフォームをしっかり固めるところからだ」

「わかりました」

 

 聖の助言を素直に聞き、セットポジションで構え、ひとつひとつの動作を確認しながらボールを投げる。

 

「(やはり、制球力は抜群だ。その気になれば球速もみずきよりも出る。だが――)」

「これでは、抑えられませんね」

 

 自分の欠点は、和花自身がよく理解していた。

 緊急事態に備えて多少練習していたとはいえ、抜群の制球力はあくまでコースを狙った場合のもの。制球を度外視して本気で投げた場合120キロ出るかでないかの球速、実戦で使えるような変化球はなく、クイック、牽制、ベースカバー、バント処理など、クリアしなければならない課題は山のようにある。

 

「和花、手本を決めよう」

「そうですね。お手本はやはり、あの人になりますね」

 

 和花が上げたのは、サブマリン投法の早川(はやかわ)あおいと共に夏の甲子園を制した恋恋高校二枚看板のひとり、十六夜(いざよい)瑠菜(るな)

 利き腕の左右の違いはあれども、球速よりも高低前後左右を自在に投げ分けられるピッチングスタイル、スリークォーターの教科書のようなしなやかなフォームは、手本としてはこれ以上ない。休憩から戻って来たみずきも加わり、瑠菜が投げた試合映像を改めて見直す。

 

「打ちづらそうにしてるわよね~」

「ええ、特に右打者は相当意識しています。フォームでしょうか?」

「おそらくはな。同じサウスポーのあかつきの猪狩(いかり)、アンドロメダの大西(おおにし)と比べても球持ちがいいし、右肩の開きが遅い」

「けど、それだけじゃないわ。あの人の一番の武器は、これ」

 

 甲子園初戦対帝王高校の1球。ミートポイントの手前でスッと沈んだストレート。

 

「ストレートに近いスピードで沈む変化球。チェンジアップに近い球種なんだろうけど、握りは完全にストレートなのよね」

「リリースの瞬間、スナップを殺して意図的に回転数を押さえる。キャッチャーの捕球体勢からして、十六夜さんが意識的に投げていると仮定していいと思います」

「ふふーん。ま、ストレートと変化球の投げ分けは私も得意だけどねー!」

「得とく出来れば強力な武器だが、まずはフォームだ」

「ええ、それでは始めましょう」

「ビシバシ指摘してあげるから覚悟しなさいよ」

 

 ことある度にみずきに指摘をされたことを見直しながら、フォーム作りに取り組んだ。

 

            * * *

 

 部活帰りのみずきと聖は、甘味処に寄り道していた。

 

「和花、ここのところ悩んでる」

「そりゃそうよ。まだ練習始めてひと月ちょっとだし、簡単に上手く行くわけないじゃん」

「それはそうなのだが。何してるんだ?」

「んー? 新曲チェック」

 

 操作し終えたスマホをスカートのポケットにしまって、スプーンで掬ったプリンを口に運び、頬をほころばせるみずき。

 

「のん気だな」

「私たちが心配してもしょうがないって、こういう時の適任がいるしね。食べないなら貰うわよ? きんつば。たまには和菓子もいいわよね」

「誰も食べないなんて言ってない。そもそもプリン二つ目だ、太るぞ」

「な、なんですってー! あんただって、お昼に大福食べてたじゃん。お腹にお肉が乗っかってんじゃないの!」

「なーっ!」

 

 騒がしい女子会が続く夜。一足先に自宅に戻った和花は、姉優花の部屋ドアを叩いた。

 

「姉さん、少しいいですか?」

『ええ、構わないわ』

 

 返事を聞いて、優花の自室に入る。机に向かっていた優花が着いたテーブルの向かいに腰を下ろし、タブレットを置く。

 

「これを。姉さんの感想を聞かせてください」

「あなたのピッチングね。あら、ずいぶん様になったじゃない」

「いかがですか?」

「ダメね。これじゃ運が良くても打者一巡が限界よ。和花、フォームをマネるだけじゃ意味はないわ。マネたフォームを自分のものにしなさい。どれ程の努力しても、あなたは十六夜瑠菜にはなれないわ」

「十六夜さんのフォームを自分のものに......」

「和花、外に出るわよ」

「姉さん」

「気にする必要はないわ。適度な運動は、脳を活性化させるの。さあ、行くわよ。投手をやるからには、みずきを追い越して、エースを目指しなさい」

「はい」

 

 自宅の庭に出た二人は、今のフォームをベースに細かなチェックを時間が許す限り続けた。

 そして、ひと月が経ち。

 対外試合禁止期間になる最後の練習試合、和花の本格的な投手デビュー戦。相手は、他県の中堅校。

 

「和花、後ろには私が居るから気楽にね」

「ええ、頼りにさせていただきます。六道さん」

「ああ、サインの確認だ。ランナーが二塁に居るときはひとつスライドさせよう」

「わかりました」

「円陣! それじゃあ行くわよ? 聖タチバナ、ファイ――」

 

「オオー!」と気合いが入った声出し、先発メンバーがグラウンドに駆け出す。ホームベース前で礼をし、各々ポジションに散り、投球練習を終えた聖タチバナバッテリーの準備が整った。

 

「プレイボール!」

 

 球審のコール。

 聖のサインに頷いたマウンドの和花は、投球モーションに入る。その様子を生徒も疎らな教室の窓際から見守る、優花。

 

「ミスを恐れず思い切りいきなさい。和花」

 

 彼女の言葉が通じたかのように、アウトコース低めいっぱいにストレートが決まった。

 

「よし! ナイスボールだぞ!」

「いいわよ、その調子その調子!」

「バッチ来ーい!」

「打たせろ打たせろ!」

 

 バックの声援を背中に受け、力強く頷いた和花に迷いはなかった。ゆったりと力みなく投球モーションに入る。

 肌寒さを感じるようになった晩秋の空の下、聖タチバナ学園の新たな挑戦が今、幕を開けた。




現時点で続編は未定です。

仮に続編があった場合どれを中心した話が見たいか、意見をいただけると助かります。

  • 恋恋高校(一年生)
  • 聖タチバナ学園等パワプロに登場する学校
  • オリジナル高校

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