7Game   作:ナナシの新人

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game11 ~重圧~

 四回裏の攻撃に入る前に東亜(トーア)は、ナインを自身の前に集めた。

 

「五回コールドゲーム覚えてるか?」

「はい!」

 

 力強く頷いた。

 前の回をダブルプレーという良い形で守備を終えた事で、ナインの士気は高い。

 

「攻撃は後二回だ、そろそろ追加点を取りに行く。近衛(このえ)、初球の高めに抜ける球を振り抜け」

「は、はい!」

「あとは、そのつど指示を出す」

 

 六番バッターの甲斐(かい)鳴海(なるみ)を横に残して、試合再開。

 

「プレイ!」

 

 球審が右手を上げてコール。

 アンドロメダバッテリーはサインを交換を行い、ピッチャー嵐丸(あらしまる)は投球モーションに入る。ワインドアップから放たれた近衛(このえ)への初球は、東亜(トーア)の読み通り、高めに浮いたカーブ。

 狙い通りの甘いボールをミスショットせず叩き、レフトフェンス直撃の二塁打を放ち、ベース上でガッツポーズ。

 

「いいぞ、近衛(このえ)!」

「ナイバッチ!」

 

 いきなり無死二塁のチャンスを作った。

 

「セーフティバント。確実にピッチャーに取らせろ」

「わかりました」

 

 甲斐(かい)に指示を出した東亜(トーア)は、鳴海(なるみ)に尋ねる。

 

「さて、質問は?」

「初球の変化球は分かります」

 

 鳴海(なるみ)は、嵐丸(あらしまる)に顔を向け――変化球が多いですからと言い、東亜(トーア)に向き直す。

 

「でも、どうして高めに浮くまで......」

「わたしも気になるわ。近衛(このえ)くんの登板は、ダブルプレー狙いだけじゃないのよね?」

「答えは、甲斐(あいつ)の打席で分かる」

 

 六番バッターの甲斐(かい)も、高めに浮いたボールをセーフティバントでキッチリピッチャーの前へ転がした。素早くマウンドを降りた嵐丸(あらしまる)は、捕球と同時にサードを見る。間に合わないと判断し、ファーストへ送球。

 

「うっ......!」

「うわっ!」

 

 送球は大きく逸れて一塁側フェンスに直撃。ライトが暴投に追いついた時には既に、セカンドランナーはホームに生還、バッターランナーもセカンドへ進塁していた。嵐丸(あらしまる)のエラーで3-0とリードが広げ、なおも無死二塁のチャンスが続く。

 

「暴投!? あんな余裕のある場合で......」

「そう言うことか......あの子、右手をケガしたのね」

「ケガっつうより痺れだな。近衛(このえ)の全力投球は、盗塁阻止の時と同様にシュート回転するクセがある。その上球速もそこそこあるから内角をたたみ切れなかった。なおかつ、自らのダブルプレーでチェンジ。痺れた右腕を癒す時間もなく投球練習」

 

 内野がマウンドへ集まる中、嵐丸(あらしまる)は手を振ってどうにか痺れを取ろうと試みているが、東亜(トーア)はそのしぐさを見て笑みを浮かべる。

 

「そう簡単には終わらせねえよ。最低13点取るまではな」

「13点? コールドならあと7点でいいんじゃない?」

「必要なんだよ。五回コールドで終わらせるため」

 

 芽衣香(めいか)と一緒に応援するあおいを見ながら東亜(トーア)は言った。

 その後も七番葛城(かつらぎ)、八番鳴海(なるみ)が連続ヒットで繋いで4-0無死一二塁で九番あおいの打席。

 

「おい。次の回頭から投げる気あるか?」

「......はい、投げます!」

「なら、バッターボックスの一番外に立って初球をバントでファーストへ転がせ」

 

 あおいは頷いて、バッターボックスへ。更に東亜(トーア)は、理香(りか)にダブルスチールのサインを出させた。

 

「だけどファーストって、ちょっと無謀じゃないの?」

「100%決まるさ。初球は、真ん中付近のストレートだからな」

 

 理香(りか)の言うようにサードがタッチプレーではなく、フォースプレーになるこの場面では、ファーストへ転がすことはサードでのアウトの確率を上げてしまう。

 しかし、東亜(トーア)には絶対の確信があった。

 外に立ち打ち、まったく気を見せないあおいに対して、嵐丸(あらしまる)は初球を真ん中へ投げた。ランナーは投球と同時に、二人ともスタートを切る。あおいは踏み込んで、バントをファーストへ転がした。

 ダッシュして来たファーストは、捕球後サードを見る。

 

「ダメだ! 投げるな、間に合わない!」

「なら!」

「こっちもダメだ!」

 

 重盗が功を奏し、サードセカンド共に間に合わないと手でバツマークを作る。

 

「ファースト......?」

 

 捕球したファーストは一塁を見て固まった。何故なら誰も居なかったからだ。

 セーフティバントで「投・一・三」は打球へ向かいチャージ。ダブルスチールで遊撃手はサードへ、二塁手はセカンドベースのカバーリング。気づいた投手の嵐丸(あらしまる)がベースへ向かうも、一度打球へ行っていた事で生まれた僅かなタイムロスでベースカバーは間に合わず、あおいが駆け抜けた時にはファーストベースはがら空きになっていた。セーフティバントが成功し、オールセーフ。無死満塁のチャンス。

 

「完全に連携ミスね」

「所詮は一年だからな。名門と言っても新年度が始まって一週間そこそこ、一年の連携にまで手は回っていなかった。まあ仮に回っていたとしてもタイミングはセーフだ」

 

 打ち気の無いあおいを見て置きに行ったストレートは、通常と比べると球速・球威ともに出ていなかったためバントは容易い。しかも、右打席のあおいは左足を踏み込んでのセーフティーバントになったことで当たった瞬間には走り出せているという二重の策を仕掛けていた。

 この回二回目の伝令を使い、アンドロメダベンチは慌ただしくなり、ようやく控え投手がブルペンで肩を作り出した。

 

「追加点を許したら代えるって雰囲気ね」

「代えねえよ。まあ代えてくれた方が楽だけどな」

 

 嵐丸(あらしまる)は間違いなく一軍ベンチ入り出来るレベルの投手。今回も一軍の遠征へ帯同予定だったが、実戦を経験させるため急遽恋恋高校との試合へ参加。今は手が痺れ思うような投球が出来ないでいるとは言え、他の控えの一年生投手たちとは数段格が違う。

 その嵐丸(あらしまる)に対する想定外の連打に、正規の監督ではない野球部部長には、代える決断が出来ないでいた。

 そして、その迷いが傷口をさらに広げていく。

 犠牲フライで一死は取ったが、四死球と暴投が重なる。手の痺れは取れるも今度は味方のエラーや連携ミス等でさらに3失点を献上。ここでようやく交代を告げるも余りにも遅すぎた。

 嵐丸(あらしまる)以下の投手には勢いに乗った恋恋打線を止める事は出来るハズも無く。この回13点得点15-0とリードをして、5回表のアンドロメダ高校の攻撃。

 ここで6点以上取らなければ、東亜(トーア)の予告通り5回コールドゲームが成立する。

 

「この回抑えて終わらせるぞー!」

「おおーっ!」

 

 気合いを入れてベンチを出て行く恋恋ナイン。

 東亜(トーア)はその中の一人、鳴海(なるみ)を呼び止めた。

 

「五点余裕があることを忘れるな」

「え? あ、はい」

 

 少し首をかしげながらキャッチャースボックスへ向かう。

 

「もう遅いよっ」

「ごめんごめん。いいよ」

 

 気合いを削がれ形の鳴海(なるみ)だったがマスクを被り気合いを入れ直した。

 

「ナイスボール!」

 

 あおいの球威はまだ衰えていない。ミットの手応えを感じながら頷いてボールを投げ返す。

 

「調子は変わってないみたいだけど、点取られるの?」

「今のままならな」

 

 四回表のアンドロメダの攻撃。

 ダブルプレーで切り抜けたとは言え、二巡目に入りアンダースローの球筋に対応してきた。

 

「まあ問題があるのは鳴海(あいつ)の方だな」

「急造キャッチャーの鳴海(なるみ)くん、か......。近衛(このえ)くんに代えないの?」

「無駄だ。あいつは、いくら普段と球速が違うとは言え東條(とうじょう)から空振りを奪った高速シンカーに触れることすら出来なかった。自らシンカーを要求してたのにも関わらずだ」

鳴海(なるみ)くんなら、あのシンカーに反応できる......?」

「キャッチャーであることを意識しなければ」

 

 アンドロメダの攻撃。

 ここまで打ち崩すことが出来ないでいたあおいのピッチングに、ツーストライクと追い込まれてからストレートを流し打ちで一二塁間を破り、ノーアウトからランナーを出した。

 次の打者も追い込まれてからヒットで出塁。無死一二塁。

 

「連打っ。それもどっちも追い込んでから......!」

「さすがは名門校。気づいたようだな」

 

 ――さて、ここからどう対処するか見物だ。

 今までとは明らかに違う攻撃にたまらずタイムを取り内野をマウンドに集める鳴海(なるみ)を見て、東亜(トーア)は笑みを見せる。

 

鳴海(なるみ)、追い込んでからのストライクを狙われてるぞ!」

「しゃんとしなさいよ!」

「ああ、わかってるよ」

 

 一塁に入り鳴海(なるみ)にアドバイスを続けていた近衛(このえ)の指摘。

 追い込んでから振り逃げやワイルドピッチを怖れての配球。球筋に慣れていない一巡目は、それでも打ち損じてくれたが二巡目はそう簡単には行かない。

 

「あおいちゃん、低めの変化球を使おう。絶対捕るから」

「うんっ」

 

 ポジションに戻り試合再開。

 あおいは、目で牽制しての投球。

 見逃し四つでカウント2-2と追い込み、勝負球は狙われているストレートでは無く膝元へ落ちるシンカー。

 

「スイングアウト!」

 

 バッターはワンバウンドした投球に、空振り三振。一塁が埋まっているため振り逃げは無効だが、鳴海(なるみ)は投球を捕球することは出来ずミットに当て大きく弾いてしまい、一死二三塁とピンチを広げてしまった。

 

「ゴメン......」

「ううん。それよりワンナウトだよっ、あと二人抑えようっ」

 

 一死二三塁から四番の打席、追い込む前の変化球を後逸し1点を返され15-1なおも一死三塁のピンチ。

 カウント1-1からファウルで追い込み四球目。

 

「――あっ!」

「フンッ!」

 

 甘く入ったカーブを捉えられ、ツーランホームランを打たれた。15-3と追い上げられ、さらにヒットと連続フォアボールで塁が埋まり一死満塁のピンチを迎えた。

 

「タイム!」

 

 頭が真っ白になりタイムを要求しない鳴海(なるみ)に代わって、近衛(このえ)がタイムを要求してマウンドに内野を集めた。

 

「満塁......指示してあげないのっ?」

 

 心配そうな表情(かお)理香(りか)に、東亜(トーア)は一つ息を吐いた。

 

「長引かすのも面倒だし仕方ねぇな。おい、お前伝令だ。鳴海(あいつ)に伝えろ『ビデオを思い出せ』」

「はいっ」

 

 伝令はマウンドで東亜(トーア)の指示を伝えてベンチに戻る。

 

「ビデオ?」

「あれじゃない。コーチに渡されたやつ」

「あ、ああ~......」

「きっとビデオの中にヒントが有るんだよ」

「ヒント、か......」

 

 ――もう、いいかね? 

 球審がマウンドに行き急かす。

 

「あ、すみません! すぐに戻ります!」

鳴海(なるみ)早川(はやかわ)、とにかく点差は気にせず一個づつ取っていこう」

「俺ら絶対守るからさ!」

 

 内野陣は、バッテリーを励ましポジションへ戻った。鳴海(なるみ)とあおいも一言言葉を交わしてポジションへ戻る。

 

「(ビデオを思い出せ、か......。確か満塁の場面も何回か。そうだ、コーチや出口(いでぐち)選手はランナーが居ない場面でも必ず......)」

「ふぅ......」

 

 目をつむっていた鳴海(なるみ)は、顔を上げて打者に目を向ける。バッターは短い呼吸を繰り返し、緊張で強ばった表情(かお)をしていた。

 

「(......そうだ。この場面一番緊張するのは、相手(バッター)なんだ!)」

 

 鳴海(なるみ)の考え通り、この場面で一番緊張していたのはバッター。内野ゴロを打てば前の回と同じくダブルプレーのリスク、それも今度はゲームセット、コールドゲームがかかる場面。

 名門校が弱小校相手にコールドゲーム回避は当然のこと、絶対に勝たなくてはならないという重圧(プレッシャー)が、入学間もない一年生の肩に重くのしかかっていた。

 

「(ランナーも同じだ)」

 

 それぞれの塁上ランナーたちも一歩でホームに近づきたいがためリードが大きい。

 

「(よし。なら先ずは、これで!)」

「(えっ!?)」

 

 鳴海(なるみ)のサインに驚いたあおいは目を見開いた。

 それでも、さっきまでとは違う鳴海(なるみ)の迷いの無い目に頷いてセットポジションで構える。

 

「ふぅ~......、んっ!」

 

 息を整えて、モーションを起こして投げた。

 初球は、真ん中への緩いボール。

 

「(――遅い! カーブだ!)」

 

 遅く山なりのボールをカーブと読み外角狙いで振った。

 ――ブンッ! と高い金属音は響かず、その代わりに風を切るスイングの音がホームベース上で鳴る。

 

「えっ......?」

「ストライク!」

「サード!」

 

 ど真ん中のスローボールを捕球した鳴海(なるみ)は、すぐさまリードの大きいサードへ送球。きわどいタイミングのタッチプレーになった。三塁塁審が判定をコール。

 

「セ、セーフッ!」

「ふぅ~、さすがに無理か」

「ナイス牽制! おしいおしい!」

 

 葛城(かつらぎ)は、あおいにボールを投げかえしてサイン交換。相手の顔面蒼白の表情(かお)を見て冷静さを取り戻した鳴海(なるみ)は、シーズン後半戦の出口(いでぐち)のリードを参考にして配球を考え始めた。

 

「(スローボールじゃあさすがに無理か......。空振りを取りつつサードを刺すことは今の俺には出来ない。それなら一点は捨ててゴロで一つアウトをもらおう)」

 

 初球と同じコースからのカーブでファウルを打たせ、カウント0-2。内野に左に動け、とブロックサインを出し、あおいには内角のシンカーを要求。やや甘いコースから内角へシンカーにバッターは食い付き、狙い通りショートゴロを打たせた。

 

「ホームは無視でいいよ! サード!」

「あいよッ!」

「アウト!」

 

 あと二点余裕があることを頭に置いての冷静な判断で、サードで確実にひとつアウトを取った。15-4と1点を返されるも、これでツーアウト。

 

「今の判断は、冷静だったわね!」

「まあこんなもんか」

 

 あとアウト一つで勝利となる場面ではしゃぐ理香(りか)とは対照的に、東亜(トーア)はやや不満気に大きなタメ息をついた。

 打席では、ラストバッターになるかも知れない選手が額から油汗を流している。ボール球二つを振らせてツーストライク。

 

「(これで決めよう)」

「(うん!)」

 

 こくっ、とサインに頷いてラストボールを投げた。

 あおいの投げたラストボールは――ど真ん中のストレート。

 バッターのバットは快音を響かせるどころか重圧(プレッシャー)と想定外のど真ん中にバットを振ることも出来ず。

 あおい渾身のストレートは鳴海(なるみ)のミットへ収まり試合を締めくくった。

 

 


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