7Game   作:ナナシの新人

107 / 111
お待たせしました。


Final game18 ~行方~

 壬生の監督松平(まつだいら)は、七回表の攻撃の最中、裏の守備の準備を済ませた土方(ひじかた)に、山南(やまなみ)の調子を尋ねる。

 

「投げる予定がなかったため若干調整不足の影響はありましたが、投げているボール自体は悪くはありません。ただ、アイツは――」

 

 近藤(こんどう)と話し合っている、山南(やまなみ)へ視線を向けて答える。

 

「優しすぎます。間違いなく長所ですが、こと勝負においては致命的な短所です」

 

 面倒見が良く人望が厚い反面、非情に徹しなれない面がある。デッドボールを受けた近藤(こんどう)のアクシデントを目の当たりにしたことで、内角をえぐるストレートを要求された際、顕在的に制球を乱した。そしてそれは、下位打線へ向かうほど際立って現れた。

 七回裏は、一番真田(さなだ)からの打席。申告敬遠を避けた最大理由は、精神面の見極め。直々の後輩に当たる藤堂(とうどう)を相手に、敬遠球を投げきれるか否かを試した。投げきれはしたが、代わりに芽衣香(めいか)には見せ球が甘く入り、あおいが行った揺さぶりに対するには動揺から若干の脆さが露呈してしまった。それでも最後は、膝下へ構えたコースへベストピッチが決まった。

 

「持ち直しは充分可能と思われます。ですが。ここからは、一点を争う勝負になります。相手は、一番からの好打順。沖田(おきた)には、火消しの経験がありません。使うのなら、回の頭からです」

「最大の懸念は、同一試合再登板の経験不足とスタミナか」

 

 中軸・下位を相手に失点こそ許しはしたが、打ち込まれた訳ではなく、ある程度の目処が立つ山南(やまなみ)の続投か。経験の乏しさに目をつむり、本調子とまではいかないまでも高い実力を持つ沖田(おきた)を再登板させるか。この悩ましい選択の後押しをしたのは、やはり、土方(ひじかた)

 

「本来のパフォーマンスの七割程度でしょう。足りない三割は、自分が補います」

「分かった。しかし、山南(やまなみ)は下げられん。連投になる相馬(そうま)は、肩の張りの影響でボールがあまり来ていない。今は、市村(いちむら)に肩を作らせてはいるが......」

「甘い相手ではありません。経験不足につけ込まれ終いです。胸元をえぐられようとも、躊躇なく踏み込み、自身のバッティングをして来る相手です」

「うむ、八番の女子選手も、腰を引くような素振りは見せなかった。経験があるのかも知れんな、ブラッシュボールを多投する相手との対戦の。山南(やまなみ)沖田(おきた)

 

 攻撃が終わり、選手交代を告げる間に二人を交え、四人で今後の起用についての話し合いを行い、七回裏の守備に付く。山南(やまなみ)はセンターに回り、リリーフでの再登板に備え。マウンドには再び、沖田(おきた)が上がった。

 

「やっぱり、沖田(おきた)くんを上げて来たわ」

「威嚇は効果がないと悟ったんだろう。単純に能力が高い方を上げてきたに過ぎない」

「まさか、予選での経験が活きるなんて思いもよらなかったわね。幸か不幸かは分からないけど......」

「少なくとも、例のストレートが来ることはほぼ皆無に等しい。ブルペンでも、投球練習でも、変化球を多めに試しているからな」

 

 東亜(トーア)は、沖田(おきた)の投球練習を観察している真田(さなだ)葛城(かつらぎ)を呼び寄せた。

 

「ストレート一辺倒の組み立てはない。もはや平凡な投手に成り下がった、超高校のな」

「それ、表現としてどうなの? 超高校級なのに平凡って」

 

 理香(りか)の突っ込みに、二人も苦笑い。

 

「何言ってんだ。実際打ち崩して来たじゃねーか。超高校級どころか、プロ入り即戦力を期待される猪狩(いかり)山口(やまぐち)木場(きば)と言った連中をな」

 

 二人を含め、ナイン全員の顔付きが変わる。

 

「例え、どんなモデルチェンジをして来ようが、降板前のベストピッチを越えることはない。やるべきことを、すべきことをやって来い。結果は、後から付いてくる」

 

 ナインたちは声を揃えて、力強く返事をした。

 

『センターからマウンドへ戻った沖田(おきた)の、投球練習が終わりました。打席には今日、沖田(おきた)から一本ヒットを放っている恋恋高校のリードオフマン、真田(さなだ)!』

 

 再登板の初球は、外角へ外れた。二球目も外れ、ボール先行の立ち上がり。

 

「ふぅ......」

「(球威は衰えてはいないが、リリースが微妙に定まらない感じか。相手は上位打線、同点までは仕方がない)」

 

 結局3-1から、フォアボールを選んで出塁。

 

「今、最初からボールゾーンに構えていたわ」

「制球力を掴むことを優先させて来たな」

「だけどやっぱり、再登板って難しいのね。降板前は、あれだけ圧倒的なピッチングをしていたのに」

「よーく走り回ったからな。下半身にキテいるハズだ」

 

 もし仮にリードが四点以上あれば、あおい、真田(さなだ)の連打の後も続投して様子を見ていた。グラウンド整備間の休憩を挟み、立ち直るきっかけを掴んでいた可能性は否定出来ない。

 

「五番のホームランもなかったのかも知れねーけどな」

「ハァ、相変わらず人事みたいな言い方ね」

「事実、勝負しているのはアイツたちだろ」

 

 大声で声援を送るナインたちへ目を向ける。

 

「代わりに投げてやることも、打ってやることも出来やしない。どこまで行こうとも脇役なのさ、指導者ってのは」

 

 そう言うと、グラウンドへ視線を戻した。

 

「俺は、長年低迷していたリカオンズを優勝させるにあたって、チームワークの意味を問いかけたことがある。連中は、こう答えた。チームのために一人一人が力を合わせる全員野球だとな」

「それが? 別に、間違ってはいないでしょ? 一人一人が勝利のために全身全霊を尽くす、当たり前のことでしょ」

「正しくその通り。だが、実際は違った。あの頃のリカオンズの連中は、負けの原因を他の誰かの責任にしていた。勝負というモノと本当の意味で向き合っていなかった。今の、アイツらと違って」

 

 一塁走者の真田(さなだ)は、大胆なリードを取って、いつでも走ってやるという雰囲気を滲ませ。バッターの葛城(かつらぎ)は、最初からバントの構えで揺さぶりをかけている。

 

「プロには、次がある。極端な話し、チーム順位など関係なく、年間トータルで数字を残せばいい。個人タイトルを獲れば、年俸は上がる。仮に、最下位であろうともだ」

 

 プロである以上、個人成績は最重要。チームが優勝しても数字が悪ければ、容赦なく切り捨てられる無情の世界。

 

「しかし皮肉なことに、前オーナーは金の亡者だったためチーム順位を理由に挙げ、年俸アップを渋った。結果を残しても年俸は上がらない、当然、選手のモチベーションは下がる。更に補強に金を使わないし、FAの引き止めもしない、チームは低迷の一途を辿った。負の連鎖、悪循環。内部から腐り切っていた。リカオンズを買収したあと、先ず手始めにメスを入れたのは――選手の意識改革。お前が言った、勝利のために全身全霊を尽くすってことさ。当たり前のこと過ぎて笑えるだろ?」

「......笑えないわよ、話しのスケールが大きすぎて理解が追いつかないわ......」

 

 眉をひそめる理香(りか)に、東亜(トーア)は愉快気に笑う。

 

「くくく、問題は山積みだったって話しさ。勝負を決める“英雄”になることよりも、敗北の責任を責め立てられる“戦犯”にならないことに意識が向いていた。成功よりも失敗の方が遥かに多い世界で。にもかかわらず、分かったように饒舌にチームワークを語りながらも実際は、勝利のために本気で行動している選手は居なかった。まけにまけて、児島(こじま)出口(いでぐち)くらいか」

 

 葛城(かつらぎ)への初球、盗塁を警戒してウエスト。バットを引き、左から右へと内野の動きを観察し、真田(さなだ)へサインを送って、バットを寝かせて構える。

 

「ん? 今のサイン、ランエンドヒットよね?」

「ああ。仕掛けるつもりだ」

 

 二球目、若干甘いコースながらも大きな緩いカーブで見逃しのストライクを奪い、平行カウントへ戻した。そして三球目、ここで真田(さなだ)はスタートを切った。

 

『走った! しかし、珍しくスタートがあまりよろしくありません! 投球は、内角高めのストレート。バッター葛城(かつらぎ)、バットを引いて振りに行った! これは、バスターエンドランだ!』

 

 叩きつけた打球は、三遊間へ転がる。スタートも遅れ、最悪のダブルプレーコースと思われたが、セカンドベースカバーにショートが向かっていたことで上手いこと守備の逆をついた。

 

『三遊間のど真ん中! ショート尾形(おがた)、逆シングルで捕球! 足場を整え、素早くファーストへ送球! おっと、真田(さなだ)、送球の間にサードへ向かった!』

 

 ファーストからサードへ送られるもタッチは間に合わず、アウトはファーストでのひとつだけ。一死三塁とチャンスは広がった。

 

「ウエストの直後、ショートがベースカバーへ動いていたのを見逃さなかった。カウント的にも、エンドランを警戒してくる場面だが」

土方(ひじかた)くんなら、セカンドへ打たせて併殺を狙いそうだけど。あえてインハイを突いたのは、空振りでも盗塁を刺す自信があったからかしら?」

「おそらく。加えてインハイのボール球は、バント失敗を誘い易い。上手いこといけば、ふたつ殺せる」

 

 真田(さなだ)のスタートが遅れたのは、ショートにサードへは行かないと思わせるためのフェイク。ミットを構えた位置を見て、最初から、サードを奪うことを前提としたランエンドヒット。

 ベンチへ帰ってきた葛城(かつらぎ)は、この試合最後のなるかも知れない打席で出塁することが出来なかったことを悔やみながらも、奥居(おくい)へ声援を送る。

 

「チャンスを広げて死んだ。勝負において不可欠な心構え。アウトになろうとも、ただでは死なない。同じことを本格的に実践出来るようになったのは、シーズン中盤戦くらいからだったか。それも、目の前に大金(ニンジン)をぶら下げてようやく、な」

「さっきから、どうしたの?」

「フッ、さあな。単なる気まぐれだ」

 

 このピンチに土方(ひじかた)は、マウンドへ向かった。

 

「上体が立って、体重が乗り切っていない。下半身にキテるだろ? 無理に踏ん張らなくていい。踏み出しの歩幅を、半歩から一歩縮めて投げてみろ。リリースが安定するハズだ。それと、ベストピッチには拘らなくていい。気にすれば、心身共に削る」

「はい、分かりました。了解です」

 

 土方(ひじかた)は戻り、沖田(おきた)は足場を軽く掘り直し、セットポジションに戻った。バッターボックスで構える奥居(おくい)への初球は、外角のストレート。若干外れてボールの判定も、奥居(おくい)の目つきが変わる。二球目もストレート、三塁線へのファウル。

 

「(くそ、ちょい詰まった。球威も、制球も、少し戻って来たか? だとしたら早めにケリをつけないとヤバいぞ......)」

 

 三球目、緩いカーブを見せ、目先を変えて。

 打者有利のバッティングカウントからの四球目。

 

「(――甘い!?)」

「貰った! って――」

 

 構えよりも内側に入ったと思われたボールは、手元で若干スライドし、外角へ逃げて行った。咄嗟に右手を離し、バットに乗せた。

 

奥居(おくい)、外へ逃げる変化球を拾った! 打球はセカンド、センター、ライトの......間に落ちました! テキサスヒット! 三本間で打球の行方を見守っていた真田(さなだ)、ホームイン! 五対四! 一時は四点まで開いていた点差が、遂に一点差まで迫ってきました! なおもワンナウトランナー一塁、一発が出れば逆転の場面で四番を迎えます!』

 

 再びタイムを取った土方(ひじかた)は、急いで確認へ向かう。グラブで口を隠しながら会話。

 

「引っかかったか?」

「いえ、特にコレといって何も」

「(......意識して投げた訳じゃないのか。回転軸を意識している序盤は動くことも少なくないが、ここまで球威のある球じゃない。意識を捨てたことで生まれた偶然の産物......上手く拾われはしたが、有効な武器になり得るか?)」

 

 黙ったまま険しい表情(かお)をしている土方(ひじかた)に、沖田(おきた)は確認を取る。

 

「もしかして、何か気になることでも?」

「いや、想像以上に良いボールが来た。今の勝負も、完全に球威で勝っていた。ヒットになったのは偶然に過ぎない。まっすぐで押していくぞ」

「はい」

 

土方(ひじかた)、戻りました。打席には、四番の甲斐(かい)がクールな佇まいで構えています! 一発逆転の場面とは思えない冷静さを感じます!』

 

 外角のストレートが、若干変化して逃げていった。見逃して、ボール。甲斐(かい)は、打席を外す。

 

「(......外へ逃げた。シュート回転にしては、キレがあった。考えられるのは、ツーシームだけど、データにない。ここに来て、新しい球種を......?)」

 

 大きく息を吐き、雑念を振り払う。

 

「(例えそうだったとしても、やるべきことは変わらない。オレの役目は、奥居(おくい)をホームへ還すことだ)」

 

 決意を新にして、打席に臨む。仕切り直しの二球目は、カットボール。内側へ切れ込んでくる変化球に空振り。

 

「(今度は、内側へ食い込んできた。今のは、カットボールか。次は――)」

 

 カットボールよりも曲がりの小さな変化で、やや甘く入ったボールを狙うも、芯を外してファウル。

 

「(くっ、捉え損ねた。それ以前に差し込まれた。一球前のカットボールに近い軌道から更に小さく速い変化、矢部(やべ)鳴海(なるみ)が序盤で見た、ファストボールか......? なら――)」

 

 甲斐(かい)が、指一本分バットを短く持ち直したのを見てから、土方(ひじかた)はサインを出す。緩いカーブを外角へ外した。

 

「スイング!」

 

 土方(ひじかた)のアピールを受けた球審は、ジャッジを塁審へ委ねる。判定は、ノースイング。2-2平行カウント。ここで東亜(トーア)は、ネクストの矢部(やべ)を呼び戻し、直々に指示を与える。

 

「追い込まれるまで、徹底的に揺さぶれ。追い込まれても当てには行くな。猪狩(いかり)のストレートを叩き込んだ時のバッティングを想い出せ」

「了解でやんす......!」

 

 キリッと凛々しく眉を上げて、ネクストへ戻り。理香(りか)はさっそく、真意を尋ねた。

 

「おそらく、想定外のことが起こっている。鳴海(なるみ)、しっかり情報を聞いてからネクストに入れ。一時的に他のヤツを立たせておく」

「はい、分かりました」

 

 攻撃と守備、両方に備えて準備を進める。

 試合は、甲斐(かい)への五球目が投じられた。

 

「(内角――ボールか......いや、巻いて来た!)」

 

 ボールゾーンから巻いて入って来たボールに肘をたたんで、前で捉えた。

 

『ライトへ上がったー! 良い角度で上がっているぞ! 入れば逆転――』

 

 しかし、打球を追っていたライトはフェンスの手前で止まり、上空を見上げてグラブを差し出した。奥居(おくい)は、タッチアップに切り替え、セカンドへ進塁。結果は、ライトフライ。

 矢部(やべ)に情報を伝えた甲斐(かい)が、ベンチへ戻って来た。鳴海(なるみ)は、さっそく話しを聞く。

 

「ファストボール?」

「ああ。カットボールに近いのと、ツーシームに近い変化の二種類がある」

「序盤で俺に投げて来た、例のストレートの投げ損ないかな?」

「それはない」

 

 東亜(トーア)が断言。

 

「失投なら球威は落ちる。どうだ?」

「球威はありました。それに、キレも衰えていません」

「投げ損ないじゃない、ムービングファストボール......」

「そこは大した問題じゃねーよ。厄介なのは、似た軌道のカッターと組み合わせることで何倍にも効果が増すということ」

「カットボールとの組み合わせで......? そうか、あおいちゃんと瑠菜(るな)ちゃんのピッチングと同じに!」

「そう。“ピッチトンネル”ってヤツだ」

 

 ピッチトンネルとは、複数の球種を一定のエリアまで近い軌道を描き、エリアを越えた先で微妙に違う変化をさせることで打者を惑わす投球術。

 あおいの、途中までストレートと同じ軌道から変化するマリンボールや、東亜(トーア)を模している瑠菜(るな)の、ストレートの投げ分けなどが同様の効果を持つ。

 

「キャッチャーが二度、マウンドへ向かった。おそらくまだ、完全には掌握出来ていない」

 

 矢部(やべ)に出した揺さぶりの指示は、気付かせないための工作。指示を受けた矢部(やべ)は、セーフティやバスターで、相手に揺さぶりをかけている。鳴海(なるみ)は、ネクストへ向かい。そして、追い込まれた矢部(やべ)はしっかり、バットを振り抜いた。

 

『高めに来たストレートを引っ張った! 強い当たりですが。これは、サードの守備範囲――おっと、ファンブル! 握り直して、送球が遅れた! 一塁セーフ! Eのランプが灯りました、記録はエラー! ツーアウト三塁一塁!』

 

「繋いだわ!」

「お膳立ては、ここまで。あとは――」

 

 勝負の行方を左右する打席へと向かう、鳴海(なるみ)の背中を見送る。

 

 ――お前たち、次第だ。

 




次回、壬生戦完結になる予定です。
今しばらくお待ちくださいませ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。