7Game   作:ナナシの新人

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Final game16 ~原点~

「敵ながら、途轍もない飛距離だったわね。140メートルくらい飛んだんじゃないかしら?」

「追い風に乗った飛距離はともかく、バレルに近い角度の打球だったことは確かだろう。まあ、この一発は仕方がない。後への投資だ」

「マリンボールを使わせなかったのは、心を折らせないためよね?」

「三つある理由の中のひとつではある、と言っても、そもそも投げるカウントを作る前に打たれたけどな」

 

 追加点を許し劣勢であるにも関わらず、とても愉快気に笑う東亜(トーア)に、理香(りか)は呆れ顔でタメ息をついた。

 

「ハァ......。二つ目は、切り札のマリンボールを見せたくなかったとして。残りのひとつは?」

「半分足りねーよ。足りない部分は、鳴海(なるみ)がよく分かっている。事実、露呈しかけたからな。最後のひとつは、相手の出方を探るため。そんなことより、見ろよ」

「なに? あっ......」

 

 東亜(トーア)がアゴで差した先には、三年の山南(やまなみ)が、控え捕手とキャッチボールをして肩を作っていた。加えて、ライトのレギュラー島田(しまだ)と、控えの尾形(おがた)も、出場へ向けて準備を進めている。

 

沖田(おきた)くんは、キャッチボールをしていないわね。ここで、リリーフの山南(やまなみ)くんを起用......相手にとって四点差は、安全圏ではないという認識なのかしら?」

「おそらく。こちらは、四番から始まる打順。一度降りた沖田(おきた)は、再調整に時間が掛かる。ここは、しっかり締めておきたいんだろう。そしてこれで、ハッキリした。捨てた、決勝を」

「決勝を捨てた......つまり、この試合をものにするために全勢力を注いで来る」

「ああ。控えの内野も準備している、ショートも無理だな。主砲と守備の要の失い、腹を決めた。準優勝なら、とりあえず箔は付くし、今の戦力でも大敗はないと踏んだ。そして、そいつを進言したのが、土方(アイツ)

「それで、土方(ひじかた)くんのチーム......」

「そう言うこった。おーい、新海(しんかい)

 

 ちょうどブルペンから戻って来た、新海(しんかい)を呼ぶ。

 

「次の回、どちらかを使う。近衛(このえ)か、藤村(ふじむら)か、実際に受けた、お前の見立てはどうだ? 率直に言ってみろ」

近衛(このえ)先輩です。あのホームランを見た直後、球威が増しました。たぶん、本人も投げるつもりでいると思います」

「なるほど。調整は任せる」

「はい!」

 

 返事をした新海(しんかい)は、ベンチに座って水分補給をしている近衛(このえ)の元へ向かい、登板に向けて話し合う。

 

「下手に正捕手が来なかったのは、幸運だったな」

「ホント。あの子には助けられているわね」

「ブルペン捕手ってのは、ただ控えの球を受けるだけの存在じゃない」

 

 中学時代二番手捕手だった新海(しんかい)は練習時、主にエース以外の投球を受け続けて来た。当然それは、試合本番でも同様。実戦経験は少ない反面、正捕手以上に様々タイプの投手のボールを受けるため、その日の調子の良し悪しを判断する能力に長けている。特に、恋恋高校の投手陣とコンバートされた鳴海(なるみ)は試合経験が乏しいため、調整能力を持つ新海(しんかい)は、貴重で頼もしい存在だった。

 

「さて、ブルペンは専門家に任せるとして。問題は、あっち」

 

 東亜(トーア)たちが視線を戻した先では、鳴海(なるみ)と話しをしていたあおいが胸に手を添えて、大きく深呼吸し、まっすぐ前を向いた。

 ホームランを打たれた直後の、六番斎藤(さいとう)への初球、外角低めのストレートでファウル。ひとつストライクを奪う。二球目以降は、アウトコースのシンカーを見せ、インハイで体を起こし、大外から巻いて入ってくるカーブと、高低と外角の出し入れで攻めるも、最終的に四球で歩かせる結果に。しかし、続く七番松原(まつばら)には、三球勝負のマリンボールで空振りの三振に仕留めた。

 

『この回ホームランで二点を失ったものの、七番松原(まつばら)を打ち取り、三つ目のアウトを重ねました。六回裏恋恋高校の攻撃は、中軸四番からの打順。いよいよ試合も終盤戦、早いうちに一点でも返しておきたいところでしょう』

 

 落胆する様子もなく、走って戻って来るナインたちに理香(りか)は、安堵の表情(かお)を見せた。

 

「大丈夫そうね。斎藤(さいとう)くんには少し慎重だったけど、コントロールは乱れていなかったし、落ち着いている。みんなも、気落ちしていないわ」

「拠り所を失った訳ではないからな。それに、鳴海(なるみ)は気付いた。図らずも、詰めていたことに」

「詰む?」

「難しい話しじゃない、勝負の原点に立ち戻っただけのことさ。動いたぞ」

 

『おーっと、ここで、壬生ベンチが動きます。どうやら、選手の交代を告げたようです』

 

 壬生ベンチから出てきた尾形(おがた)が選手交代を告げ、ショートへ走る。島田(しまだ)は、ライトへ向かい。そしてマウンドでは、土方(ひじかた)山南(やまなみ)が話しをしている。

 

『主将近藤(こんどう)、やはり交代のようです。これは大きな痛手でしょう。更にショートの井上(いのうえ)に代わり、尾形(おがた)が四番ショート。ライトの(たに)に代わって、島田(しまだ)がライト八番に入ります。そして、九番ピッチャーには、山南(やまなみ)が告げられました!』

 

「結局、ショートもダメだったのね。だけど、打順の組み方が変じゃない? 長打力のある島田(しまだ)くんが、八番だなんて」

「後ろの穴を埋めたかったんだろうさ」

 

 本来であれば、近藤(こんどう)の後釜として四番へ据えたいところだが。守備型の尾形(おがた)には、バッティングは期待できない。山南(やまなみ)は、ピッチングに集中させたいため九番。それでは、下位打線が大きな穴になってしまう。そのため、上位陣と同等クラスの打力を持つ本職の島田(しまだ)を敢えて下位に置き、分散させる方を選んだ。

 

「見た目からして守備型、小技が得意そうなタイプだな。はるか」

「はい。春の甲子園大会では、代打で起用されて、アンドロメダ学園の大西(おおにし)さんから一球で送りバントを決めています」

「荒れ球の大西(おおにし)くんから一球で......。沖田(おきた)くんが出れば、確実に送ると決めての起用ね。はるかさん、山南(やまなみ)くんのデータをお願い」

「右のスリークォーターです。最速147キロのストレートと、多彩な変化球を操ります。平均球速は、140キロ前後。バッティングは長打は少ないですが、状況に応じたケースバッティングが得意なお方のようですね」

 

 はるかの話しを聞いた理香(りか)は、東亜(トーア)に意見を求めた。

 

近藤(こんどう)沖田(おきた)に劣るから、先発を外れたことは間違いない。多彩と言う割にも、三振の数は多くはないな。コレといった決め球がある訳ではなく、低めの制球力が生命線の典型的な打たせて取るタイプだな」

「確かに、どれも飛び抜けた数字はいないけど、全体的に平均値以上でまとまっている。良く言えば、万能型。悪く言えば、器用貧乏かしら?」

「そんなところだろう。しかしながら、この手のタイプは、捕手によって化けることがままある」

「元々器用で実力はあるから、多少無茶な要求にも応えてくれる訳ね」

「その通り。だが、ノーヒットに抑えられることない。少なくとも、残り二打席ずつは回る。充分ひっくり返せるさ」

 

 そう言うと、グラウンドから戻ってきたナインたちを自分の前に集めた。誰一人として下を向いている者はいない。

 

「さて、実際どんなピッチングをしてくるかは解らないが。おそらく、多少無茶なことをしてくる。しかし、過剰に反応することはない。今まで、お前たちが相手にしてきた個性的(けったい)な連中と比べれば、格は一段劣る。手も足も出ない相手ではない。この手の相手に一番重要なことは、次の打席へ繋がるモノを残して終わること」

「次の打席......内を狙うなら、敢えて外に手を出したり。ストレート狙いなら、変化球にも合わせる」

「そうだ。自分の得意とする土俵へ相手を引きずり込む、駆け引きの原点。出来るか? 出来なきゃ負ける」

 

 ――出来ます! と、声を揃え力強く返事。

 

「フッ、上等だ。甲斐(かい)、行けると踏んだら迷わず振り抜いて行け。まずそれが、反撃の第一手となる。ただし、五番の打球は追うな。届かないモノを追えば、築き上げて来たモノを崩すことになりかねない」

「......はい!」

 

 速やかに支度を整えた甲斐(かい)は、打席へ向かい。東亜(トーア)は、鳴海(なるみ)を隣に座らせる。

 

「なぜ、マリンボールを使わせなかったか分かっているな?」

「はい。五番は明らかに、マリンボールを待っていました。たぶん、確かめたかったんだと思います。念のため、六番にも使わなかったんですけど。狙っている感じは見受けられなかったので、七番には惜しみなく使いました」

「ふむ、独自の判断だな。仕方なく、ぶっ叩いたか」

 

 あの場面、土方(ひじかた)はマリンボールを誘っていたが、負傷退場した近藤(こんどう)が作ったチャンスを潰してしまうよりも、確実に追加点を上げるメリットの方が上と判断し、打てるストレートをスタンドへ叩き込んだ。表情を変えなかった理由は、結果的に追加点を奪ったが前打席に続き、マリンボールを見ることも打つことも出来ず、心をへし折り勝負を決める決定打とまでは行かなかったため。

 

「相手の攻撃は、残り三回。必ず対峙することになるが、マリンボールを見せず終いで済んだ分勝算はある。あおい」

 

 タオルで額の汗を拭っていた、あおいを呼んだ。

 

「はい、何ですか?」

「次の回、近衛(このえ)を使う。ライトへ回れ」

「え......ええーっ!? むむむ~っ」

「そうむくれるなよ、いったん充電だ。下手に粘られると面倒だからな」

「......分かりました、着替えてきますっ!」

 

 ふくれっ面でベンチ裏へ下がって行く、あおい。瑠菜(るな)が、フォローのために席を立った。

 

「行ってきます」

「任せる」

「じゃあ、俺は――」

「お前は、打席に集中しておけ。この回、最低一点は返しておきたい」

 

 ブルペンに居る近衛(このえ)のところへ向かおうとしたところを制され、座り直して試合を観る。話している間に試合は進み、追い込んでから四球目が投じられようとしていた。

 

「(――低い。この球速はストレートじゃない。ここからの変化球は、ボールだ......!)」

 

『ボールです! 外角へスッと逃げるチェンジアップを見極めました。これで、ツーエンドワン!』

 

「(チッ、眼が良いのもあるが。沖田(おきた)近藤(こんどう)の速球を見てきたせいか、ストライクは確実に振り抜き、際どいコースには手をださない。ならば、出させる)」

 

 五球目。ストレートが、仰け反るほど身体の近くを通過した。土方(ひじかた)は、何食わぬ顔でボールを投げ返す。

 

「(......失投じゃないな、明らかに狙ってきた。これか、コーチが言っていた無茶なことは――)」

 

 しかし、これだけでは終わらなかった。

 

『おっと、続けざまに厳しいところ! またしても身体の近くを、それも頭部付近を通過して行きました! 土方(ひじかた)は低めにミットを構えていましたが、コントロールミスでしょうか? 危険な投球が続いています。フルカウントになりました』

 

 そのまま打席を外した甲斐(かい)は、上がった心拍数と心を落ち着かせ、バッターボックスに戻って構え直した。

 

「(......相手のペースに乗せられてはいけない。自分の土俵へ持っていく)」

「(表面上は平静を保っているが、内面は簡単には切り替えられないだろう)」

 

 またしてもインハイのストレート。狙っていたとばかりに思い切り振り抜くも、一塁線を大きく切れてファウル。

 

「(あれだけ近いところを突かれてなお、躊躇なく振り抜いてきたか。やはり、心は折れていない。悔やまれるな、心を折るどころか、アレの性質を見極められなかった)」

 

 小さなタメ息をつき、改めて前を向いてサインを出し、外角へミットを構える。そして、フルカウントからの六球目。寸分の狂いもなく、構えたコースへ勝負球が来た。

 

「(――外から入ってくる変化球。また際どいコース、ヒットにするのは難しい)」

 

 手を出さずに、四球を狙う。弱気な考えが頭を過りかけたが、東亜(トーア)の言葉で思い止まった。

 

「(見逃して三振では、何も残らない。次へ繋げるために、ここは打ちに行く。例え、この打席を凡打で終えようも......!)」

 

『外角から入ってくるスライダーを、強引に引っ張った! 一・二塁間をゴロで破り、ライト前ヒット! 四番甲斐(かい)、ノーアウトからヒットで出塁! 反撃の狼煙となるか!?』

 

「ナイバッチ」

「ただの結果オーライだ。それより、行けるか?」

「クイックを見てみないと何とも言えねぇな」

「そうか。行けると判断したら、ゴーサインをくれ」

「オーライ」

 

 出塁した甲斐(かい)は防具を預け、ベースコーチに入っている真田(さなだ)と話し合い。土方(ひじかた)は、ネクストからバッターボックスへ歩いて来る矢部(やべ)に、鋭い視線を送る。

 

「(甲斐(かい)くんが粘ってくれたおかげで、いろいろ見せて貰えたでやんす。低めは、ぐにゃぐにゃ曲げて来るでやんす。オイラの役目は――)」

「(この打者は足はあるが、基本フリースインガー......)」

 

 早打ちの矢部(やべ)の傾向を基に初球は、ストライクからボールになる変化球から入った。バットの先に当て、ファウル。狙い通り手を出させることに成功し、二球目は高めのストレートで空振りを誘ったが、バットが止まりノースイング、ボールの判定。

 

「(ここまで小細工の動きはなし、強行の構え。点差を考えば、当然の選択か......)」

 

 ファーストランナーの甲斐(かい)を見てからサインを出し、内角高めにミットを構えた。頷いた山南(やまなみ)も、目で牽制し、クイックモーションで足を上げる。同時に、真田(さなだ)が声を上げた。

 

「ゴー!」

 

『仕掛けたーッ! 投球は、内角高め――』

 

「キターでやんすー!」

 

 カウント的に一度内角高めを見せて来る、と読んだ矢部(やべ)は、バットを寝かせた。しかし投じられたのは、そこからストライクゾーンへ小さく曲がるスライダー。

 

矢部(やべ)、バントで転がした! が――』

 

 狙いよりバットの下に入り、勢いのない打球が、土方(ひじかた)の目の前へ。

 

「セカンッ!」

「アウト!」

 

 素早い処理でセカンドへ送球、フォースアウト。

 

『セカンド封殺! ベースカバーに入った松原(まつばら)、スライディングを横っ跳びでかわし、ジャンピングスロー! 矢部(やべ)、ヘッドスライディング! 判断は――セーフッ! 間一髪、併殺は免れましたー!』

 

 上手く裏をかいたと思われた送りバントだったが、失敗に終わるもランナーが入れ替わった形で塁に残る。

 

「ブラッシュボールと見せかけて、肩口からのスライダー」

「フッ、引き出すまではいったが読まれたな。だが、本来であれば、二つ取りたかったハズ。ひとつ取り損ねた、まだ五分だ」

 

 はるかを通じ、ネクストバッターの鳴海(なるみ)矢部(やべ)へサインを送る。二人は「了解」とヘルメットに軽く触れた。

 

『さあ、ファーストランナーが入れ替わってプレイ再開。バッターは、六番鳴海(なるみ)。その初球――あーっと走った! 盗塁!』

 

「セーフ!」

「チッ......」

 

 送りバント失敗からの初球スチール。球種ストレートだったが、インサイドを要求したことと左打者だったため送球がワンテンポ遅れた。タイミングは際どかったが、上手くタッチを掻い潜り、矢部(やべ)はセカンドを陥れる。一死二塁と結果的に送った形になった。

 

「(ふむ、初球スチールとは。バント失敗で慎重になるどころか、むしろ半ば強引に流れを奪い返しに来た。やはり、気を抜けぬ相手だ。土方(ひじかた))」

 

 カウント次第で敬遠も視野に入れろ、と松平(まつだいら)は指示を送る。頷いた土方(ひじかた)は腰を降ろし、改めて鳴海(なるみ)を観察。

 

「さーて、問題はここから」

「得点を、最悪でも塁に出ないと、藤堂(とうどう)くんは歩かされるわよね」

「だろうな」

「どうするの? 芽衣香(めいか)さんに、代打を送る?」

「送ったところで満塁策で、あおいだ」

「......決めるしかないわね」

「クックック、そう眉間にしわを寄せるなよ。一・三塁なら迷うだろ?」

 

 意味あり気に笑う東亜(トーア)に、理香(りか)はますます眉をひそめた。

 

「(済んでしまった盗塁(こと)は仕方ない。問題は、このバッターが、際どい膝下のインコースにも関わらず、避ける動作もせずに、全く動じなかったこと。見切られたのか......?)」

「(もし、そう考えているのなら、確かめに来るハズ......問題は、いつ、どこで確かめに来るか。もし俺なら、迂闊に同じコースを要求はしない。最悪を考え、目先を変える目的も踏まえて、一球外角低めへ変化球を外してから。だとしたら――)」

 

 鳴海(なるみ)土方(ひじかた)、二人の考えは、完全に一致した。選択したのは、内角高めボール球のストレート。ミスショットしない様に、長打を狙わずミートに徹した。

 

『センター返し! ピッチャーの頭上を抜けたーッ! セカンドランナー矢部(やべ)、三塁を回って――』

 

「ストップ!」

 

『いや、サードコーチの奥居(おくい)が止めた! そして、センター沖田(おきた)から、ノーバウンドでストライク送球が返って来たー! ここは、奥居(おくい)のナイスな判断でした。しかし、一死三塁一塁とチャンスは広がり、バッターボックスには今日、タイムリーヒットを打っている藤堂(とうどう)を迎えます!』

 

 狙い通りの展開なり、東亜(トーア)は、まるで問いかけるような視線を土方(ひじかた)へ送った。

 

 ――さあ、どうするよ。割り切れるか? 今の、お前は。 


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