「敵ながら、途轍もない飛距離だったわね。140メートルくらい飛んだんじゃないかしら?」
「追い風に乗った飛距離はともかく、バレルに近い角度の打球だったことは確かだろう。まあ、この一発は仕方がない。後への投資だ」
「マリンボールを使わせなかったのは、心を折らせないためよね?」
「三つある理由の中のひとつではある、と言っても、そもそも投げるカウントを作る前に打たれたけどな」
追加点を許し劣勢であるにも関わらず、とても愉快気に笑う
「ハァ......。二つ目は、切り札のマリンボールを見せたくなかったとして。残りのひとつは?」
「半分足りねーよ。足りない部分は、
「なに? あっ......」
「
「おそらく。こちらは、四番から始まる打順。一度降りた
「決勝を捨てた......つまり、この試合をものにするために全勢力を注いで来る」
「ああ。控えの内野も準備している、ショートも無理だな。主砲と守備の要の失い、腹を決めた。準優勝なら、とりあえず箔は付くし、今の戦力でも大敗はないと踏んだ。そして、そいつを進言したのが、
「それで、
「そう言うこった。おーい、
ちょうどブルペンから戻って来た、
「次の回、どちらかを使う。
「
「なるほど。調整は任せる」
「はい!」
返事をした
「下手に正捕手が来なかったのは、幸運だったな」
「ホント。あの子には助けられているわね」
「ブルペン捕手ってのは、ただ控えの球を受けるだけの存在じゃない」
中学時代二番手捕手だった
「さて、ブルペンは専門家に任せるとして。問題は、あっち」
ホームランを打たれた直後の、六番
『この回ホームランで二点を失ったものの、七番
落胆する様子もなく、走って戻って来るナインたちに
「大丈夫そうね。
「拠り所を失った訳ではないからな。それに、
「詰む?」
「難しい話しじゃない、勝負の原点に立ち戻っただけのことさ。動いたぞ」
『おーっと、ここで、壬生ベンチが動きます。どうやら、選手の交代を告げたようです』
壬生ベンチから出てきた
『主将
「結局、ショートもダメだったのね。だけど、打順の組み方が変じゃない? 長打力のある
「後ろの穴を埋めたかったんだろうさ」
本来であれば、
「見た目からして守備型、小技が得意そうなタイプだな。はるか」
「はい。春の甲子園大会では、代打で起用されて、アンドロメダ学園の
「荒れ球の
「右のスリークォーターです。最速147キロのストレートと、多彩な変化球を操ります。平均球速は、140キロ前後。バッティングは長打は少ないですが、状況に応じたケースバッティングが得意なお方のようですね」
はるかの話しを聞いた
「
「確かに、どれも飛び抜けた数字はいないけど、全体的に平均値以上でまとまっている。良く言えば、万能型。悪く言えば、器用貧乏かしら?」
「そんなところだろう。しかしながら、この手のタイプは、捕手によって化けることがままある」
「元々器用で実力はあるから、多少無茶な要求にも応えてくれる訳ね」
「その通り。だが、ノーヒットに抑えられることない。少なくとも、残り二打席ずつは回る。充分ひっくり返せるさ」
そう言うと、グラウンドから戻ってきたナインたちを自分の前に集めた。誰一人として下を向いている者はいない。
「さて、実際どんなピッチングをしてくるかは解らないが。おそらく、多少無茶なことをしてくる。しかし、過剰に反応することはない。今まで、お前たちが相手にしてきた
「次の打席......内を狙うなら、敢えて外に手を出したり。ストレート狙いなら、変化球にも合わせる」
「そうだ。自分の得意とする土俵へ相手を引きずり込む、駆け引きの原点。出来るか? 出来なきゃ負ける」
――出来ます! と、声を揃え力強く返事。
「フッ、上等だ。
「......はい!」
速やかに支度を整えた
「なぜ、マリンボールを使わせなかったか分かっているな?」
「はい。五番は明らかに、マリンボールを待っていました。たぶん、確かめたかったんだと思います。念のため、六番にも使わなかったんですけど。狙っている感じは見受けられなかったので、七番には惜しみなく使いました」
「ふむ、独自の判断だな。仕方なく、ぶっ叩いたか」
あの場面、
「相手の攻撃は、残り三回。必ず対峙することになるが、マリンボールを見せず終いで済んだ分勝算はある。あおい」
タオルで額の汗を拭っていた、あおいを呼んだ。
「はい、何ですか?」
「次の回、
「え......ええーっ!? むむむ~っ」
「そうむくれるなよ、いったん充電だ。下手に粘られると面倒だからな」
「......分かりました、着替えてきますっ!」
ふくれっ面でベンチ裏へ下がって行く、あおい。
「行ってきます」
「任せる」
「じゃあ、俺は――」
「お前は、打席に集中しておけ。この回、最低一点は返しておきたい」
ブルペンに居る
「(――低い。この球速はストレートじゃない。ここからの変化球は、ボールだ......!)」
『ボールです! 外角へスッと逃げるチェンジアップを見極めました。これで、ツーエンドワン!』
「(チッ、眼が良いのもあるが。
五球目。ストレートが、仰け反るほど身体の近くを通過した。
「(......失投じゃないな、明らかに狙ってきた。これか、コーチが言っていた無茶なことは――)」
しかし、これだけでは終わらなかった。
『おっと、続けざまに厳しいところ! またしても身体の近くを、それも頭部付近を通過して行きました!
そのまま打席を外した
「(......相手のペースに乗せられてはいけない。自分の土俵へ持っていく)」
「(表面上は平静を保っているが、内面は簡単には切り替えられないだろう)」
またしてもインハイのストレート。狙っていたとばかりに思い切り振り抜くも、一塁線を大きく切れてファウル。
「(あれだけ近いところを突かれてなお、躊躇なく振り抜いてきたか。やはり、心は折れていない。悔やまれるな、心を折るどころか、アレの性質を見極められなかった)」
小さなタメ息をつき、改めて前を向いてサインを出し、外角へミットを構える。そして、フルカウントからの六球目。寸分の狂いもなく、構えたコースへ勝負球が来た。
「(――外から入ってくる変化球。また際どいコース、ヒットにするのは難しい)」
手を出さずに、四球を狙う。弱気な考えが頭を過りかけたが、
「(見逃して三振では、何も残らない。次へ繋げるために、ここは打ちに行く。例え、この打席を凡打で終えようも......!)」
『外角から入ってくるスライダーを、強引に引っ張った! 一・二塁間をゴロで破り、ライト前ヒット! 四番
「ナイバッチ」
「ただの結果オーライだ。それより、行けるか?」
「クイックを見てみないと何とも言えねぇな」
「そうか。行けると判断したら、ゴーサインをくれ」
「オーライ」
出塁した
「(
「(この打者は足はあるが、基本フリースインガー......)」
早打ちの
「(ここまで小細工の動きはなし、強行の構え。点差を考えば、当然の選択か......)」
ファーストランナーの
「ゴー!」
『仕掛けたーッ! 投球は、内角高め――』
「キターでやんすー!」
カウント的に一度内角高めを見せて来る、と読んだ
『
狙いよりバットの下に入り、勢いのない打球が、
「セカンッ!」
「アウト!」
素早い処理でセカンドへ送球、フォースアウト。
『セカンド封殺! ベースカバーに入った
上手く裏をかいたと思われた送りバントだったが、失敗に終わるもランナーが入れ替わった形で塁に残る。
「ブラッシュボールと見せかけて、肩口からのスライダー」
「フッ、引き出すまではいったが読まれたな。だが、本来であれば、二つ取りたかったハズ。ひとつ取り損ねた、まだ五分だ」
はるかを通じ、ネクストバッターの
『さあ、ファーストランナーが入れ替わってプレイ再開。バッターは、六番
「セーフ!」
「チッ......」
送りバント失敗からの初球スチール。球種ストレートだったが、インサイドを要求したことと左打者だったため送球がワンテンポ遅れた。タイミングは際どかったが、上手くタッチを掻い潜り、
「(ふむ、初球スチールとは。バント失敗で慎重になるどころか、むしろ半ば強引に流れを奪い返しに来た。やはり、気を抜けぬ相手だ。
カウント次第で敬遠も視野に入れろ、と
「さーて、問題はここから」
「得点を、最悪でも塁に出ないと、
「だろうな」
「どうするの?
「送ったところで満塁策で、あおいだ」
「......決めるしかないわね」
「クックック、そう眉間にしわを寄せるなよ。一・三塁なら迷うだろ?」
意味あり気に笑う
「(済んでしまった
「(もし、そう考えているのなら、確かめに来るハズ......問題は、いつ、どこで確かめに来るか。もし俺なら、迂闊に同じコースを要求はしない。最悪を考え、目先を変える目的も踏まえて、一球外角低めへ変化球を外してから。だとしたら――)」
『センター返し! ピッチャーの頭上を抜けたーッ! セカンドランナー
「ストップ!」
『いや、サードコーチの
狙い通りの展開なり、
――さあ、どうするよ。割り切れるか? 今の、お前は。