恋恋高校の敷いた外野陣の超前進守備に鳴り止まない響めきの中、バッターボックスの四番
「(外野は、インフィールドライン後方の超前進守備。しかし、センターから左側のレフト、ショート、サードは若干深めに守備位置を取っている。これは、見抜かれているな。左腕の状態が芳しくないことを――)」
外角は、左腕を伸ばす必要があるが。内角に関しては、体を軸に回転運動で右腕だけで捌くことも可能。一打席目は、内角はボール球に強引に手を出し、犠牲フライを決め貴重な追加点をあげたが。代償は高かった。バッティング、ピッチング、
「(三番の打球に弾かれてから、まったく使い物にならん。防具に頼りすぎたツケだな)」
御陵戦で受けた、左腕上腕部肩付近のデッドボール。回避を怠ってしまったことを自虐的な
「(おそらく、外野へ運べないと決めつけた上でのシフト。内角ならボール球を、外角は威力のあるストレートで仕留めに来るだろう)」
出されたサインに頷いたあおい、バッテリー有利のカウントからの四球目。
『外角のカーブ。ここは、ボール球で誘って来ましたが。
タイムを要求し、打席を外す。
「(......勝負を急がず、カウントを整えてきた。圧倒的に優位な立場であろうとも微塵の油断もしていない。ならば――ん?)」
戻ろうとした
「何だ?」
受け取った滑り止めをグリップに吹きかけながら、用件を尋ねる。
「挑発に乗るな、大人しく見送れ。どうせ、ツーアウトだ。出たところで、大したチャンスにはならない」
「フッ、そうだな」
「本当に分かっているのか? あのシフト、腕の状態を見透かされているぞ」
「ああ、もちろんだとも。お前が、決めてくれるんだろう?」
打席へ戻っていく背中を、
「お待たせしました」
「うむ。プレイ!」
『さあ、
「(勝負は、次の一球。今、
痛みでバットを握ることすら困難な状態を打開すべく、左手の人差し指、中指、薬指の間に右手の小指と人差し指を繋ぐ形でバットを握り変え、次の一振りに全てを懸ける。
「(......握りを変えた、利かない左手を右手で強引に包んで
頷いたあおいの五球目、内角高めのストレート。
「(インコース、ボール気味か? また際どいところを......!)」
振り抜いた打球は、三塁側アルプス席中段へ飛び込むファウル。カウント変わらず、ツーエンドツー。
「(......故障の影響を感じさせないバッティング。要求通りに来たから良かったけど、もう少し甘く入っていたら持っていかれていたかも。これが去年、全国の頂点に立ったチームの四番の底力、精神力――)」
想定外の打球に思わず息を呑んだ
「(だけど、今ので、もうインコースは無いと考えているハズだから、コレで......!)」
六球目――。
『おっと、緩い変化球が高めに抜けました。見極めて、フルカウント! ンーンン、やや力んだか? 制球力の高い
今の一球で、
「(――違う。今のは、失投ではない。外したんだ。オレたちが、三番相手に実戦した
「(故障を見抜かれた上で、細心の注意を払っている。やはり、手強い相手だ。これはなおのこと、簡単には終われん......)」
『
「(――アウトロー......やはり、最後は振りきれないと見て外角勝負に来た!)」
「(よし、振りに来た!)」
ストレートと思わせ、外角低めいっぱいから、鋭く変化するマリンボール。しかし、上手く裏をかいたと思われたが、マリンボールはあり得ると想定していた
「(――付いてきた。でも、ワンバウンドになるマリンボールだ。三盗を刺した時みたいに、当てることすら難しいぞ!)」
マリンボールの軌道に合わせて、ミットを上に向ける。だが、ボールの感触はなく、代わりに金属音が鳴り響いた。
『
「打たれた!? ファースト!」
「くっ......!」
ファースト
「フェア、フェア!」
『グラブの僅かに上、頭上を越えた! ラインの内側へ落ちた打球は、超前進守備で無人のファウルゾーンを転々と転がるーぅ!』
全力疾走で打球を追いかけ、スライディングして止めた
「セカンッ! 間に合う!」
「
『セカンドクロスプレー! 判定は――』
土煙が収まり、塁審が両手を拡げた。
『せ、セーフですッ! 気迫の走塁を見せた
両校のベンチ、両応援団共に、まったく正反対の反応を見せる。
「まさか、あんなワンバウンドになる寸前のボールを打ち返すなんて......」
「狙ったワケじゃねーよ。ミートポイントで、ヘッドが下がったんだ」
通常のスイングであれば空振り、もしくは、バットの先で引っかけて前身守備の網に掛かっていた。しかし、腕の痛みで下がったバットの軌道が偶然、マリンボールの軌道の下へ入ってしまった結果による一打。
「なんて、不運な......」
「内角で同じことが起きていたら、スタンドまで持っていかれていた可能性は否定出来ない。外角勝負の選択自体は、間違っちゃいなかったさ。ただ、様々要因が重なって裏目に出ただけのこと。
「はい!」
指示を受けた
「監督。
「......そうだな。
「承知しました」
頭を下げた
「バカが。大人しく見送れと言っただろうに」
「フッ、それでいいさ」
「まったく、融通の利かないヤツだな。ケリは、オレたちが付ける。大将らしく、どっしり腰を据えて睨みを利かせておけ」
「ああ、そうさせて貰おう」
『
「臨時代走......もしかして、今ので、悪化しちゃったのかな?」
「ヘッスラしたからね。仕方ないよ」
「何があったとしても自己責任よ。あおい、相手のことは気にしない」
「あ、うん」
「ランナーは、絶対に走ってこない。素直に代走を使わなかったのは、プレッシャーをかけるためよ」
「刺されれば、四番が作ったチャンスが台無しになるからだね」
「ええ、そう。同じ理由で、空いている塁を埋めるのもダメ。引けば、引いた分攻め込まれるわ。必ず五番と勝負すること」
「了解。みんな、守備位置は定位置で」
「あいよ」
「おっけー」
「ああ」
「おうよ」
頷いた内野陣は一言ずつあおいに声をかけ、ポジションへ散っていった。
「いい? あなたが動揺してはダメよ、支えてあげて」
「......打たれること前提なんだね」
「抑えるに越したことはないけど。相手ベンチは今、悲愴感が漂うどころか。まるで弔い合戦のような雰囲気になっているわ」
「役目を果たして、華々しく散ったからか。むしろ、躍起になってる感じかな?」
「ええ。素直に終わるような相手じゃないわ。コーチから伝言、『五番には、マリンボールを使わないこと。例え、長打を打たれてようとも』だそうよ。それじゃ」
「お待たせしました」
「(マリンボールは使うな、か......。相手の力量を測るためにカーブを縛った六番相手の時とは違う。今ので、見抜かれたかも知れないってことか。それに――)」
打席で構える
眉をつり上げ、真っ直ぐ、あおいを睨みつけている。
「(......目つきが、纏ってる雰囲気がまるで違う。前の二打席は結果的に抑えたけど、一筋縄には行きそうにないぞ。様子見を込めて、これで)」
「(う、うん)」
あおいもマウンドで、
『ファールッ! ポール際、僅かに切れて行きました。ワンストライク』
「(......構わずに振り抜いて来た、ストレートを狙っていたのか?)」
じっくり観察してからサインを送る。二球目は、外角低めストライクからボールになるカーブ。今度は、ライト線を切れて行った。仕留め損ね、小さく舌打ちをし、バッターボックスへ戻った
「そうかい。お前だったのか」
「え? 何の話し?」
首をかしげる、
「このチームは、
三球目、初球と同じコースよりも外したストレート。
「そして、手負いの狼を仕留めた結果、本性を現したのは――」
迷わずに振り抜かれた打球は、高々と舞い上がり、レフトスタンドの中段で弾んだ。
『入りましたーッ! 五番
スタンドから浴びせられる歓声に
――鬼だった。それも、とびきりのな。