7Game   作:ナナシの新人

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Final game14 ~勝負~

 五回終了後のグラウンド整備が行われている最中、東亜(トーア)はナインたちを集めた。

 

「さて、千載一遇の満塁のチャンスを逃した訳だが――」

 

 若干気落ちしていたところへ追い打ちをかける言葉に、ナインたちは目の色を変えた。

 

「ほぅ、闘争心は失っていないようだな。フッ、それでいい。何せまだ、(ツキ)はこちらにある」

「俺たちに、ですか?」

「考えてみろ。あの流れのまま守備に付いていたら、それこそ取り返しのつかないことになっていた。休憩と準備不足のあおいでは正直、危なかった。な? ツイているだろ」

 

 そのあおいが、アンダーシャツを着替えてベンチ裏から戻ってきた。一斉に向けられた視線に首を傾げる。

 

「ん? なに?」

「気にするな、大した話しじゃない。話しを戻すが、結果的に向こうが、グラウンド整備で水が差されるカタチになったのは、こちらにとって好都合。そこで今度は、こちらから仕掛け、強引に流れを奪いに行く」

「守備から流れを奪いに......三者凡退に切れ、ですか?」

「クリーンナップ相手に、確実に打ち取れると断言出来るか?」

 

「出来る」と断言しない鳴海(なるみ)に、あおいは不機嫌そうに口を尖らせる。鳴海(なるみ)は、苦笑いで目を逸らした。

 

「そもそも、ただの三者凡退ではダメージを与えられないだろう」

「ダメージ?」

「精神的に来る強烈な一撃。しかし、その前にやらなければならないことがある。先頭バッターを、必ず打ち取ること。それが出来なければ、この試合勝ちの目は限りなく薄くなる。出し惜しみはするな、全部使って確実に()れ」

 

 鳴海(なるみ)とあおいは、真剣な顔で頷いた。

 そして、先頭バッター永倉(ながくら)を打ち取ったことを前提とした戦術をナインたちに伝える。内容を聞いたナインたちは、戸惑いの声を上げた。

 

「ま、マジですか......?」

「当たり前だろ。マトモに行くより勝算は遥かに高い」

「確かに、無謀な策に思えるけど、理論上九割近い確率で単打止まりに出来るわね。打順の巡りを考えれば、むしろ、ゼロで切り抜けられる可能性の方が高いかも......」

「ただし、この策にもひとつ欠点がある。すんなり打ち取れれば儲けものだが、仮に沖田(おきた)が出塁した場合、必ず二盗・三盗を仕掛けてくる」

 

 アンダースローのあおいよりもモーションの速い瑠菜(るな)が外しても、アウトを取れなかった。仮に大きくウエストしたとしても、三盗を刺すことは厳しい。

 

「インコースに外すにしても......」

「間違いなく振ってくる。四番は、障害物(ブラインド)になる右打者。手負いと言えど、バットを振るくらいはしてくる」

「ですよね。外角だと間に合わないし、内角の厳しいコースで空振りを奪いながら、三盗を刺すしかないか......」

「バッターの背中通すとかは? マンガであるじゃん」

 

 芽衣香(めいか)の提案に、鳴海(なるみ)は腕を組んでうなる。

 

「う~ん、一度バッターの後ろに回るから身体が死角になってボールを見失うかも。ガタイいいし」

「捕れなかったら、ワイルドピッチで即失点かぁ」

「本末転倒ね。そもそも外すことが見え見えだと、簡単に走って来ないことも考えられるわ。そうなれば、カウントを悪くして相手を助けるだけよ」

「まあ、出来ることを考えてみろ。常識に囚われるな、答えは、必ず見つかる。出口(いでぐち)にも、二宮(にのみや)にも出来ない、お前にしか出来ない方法を導き出せ」

「俺にしか出来ない方法......」

 

 整備員が下がり、審判団がグラウンドに出てきた。

 

「時間切れだ。とりあえず行ってこい」

「はい! みんな、行こう!」

 

 鳴海(なるみ)を先頭に勢いよく、グラウンドへ駆け出して行った。

 

新海(しんかい)。お前に、やってもらうことがある。重要な役割だ」

「はい!」

 

 指示を聞いた新海(しんかい)は、近衛(このえ)藤村(ふじむら)香月(こうづき)と一緒にブルペンへ向かった。

 

「今回の策が嵌まれば、七回表は下位打線。そこで一度、あおいさんを休ませる?」

「理想通り行けば、な。しかし、物事と言うものはそうそう思い描いた通りには進まない。保険を兼ねてだ」

「そう。何を置いても先ずは、先頭ね......!」

 

 イニング間の投球練習を終え、後半戦開始。

 恋恋バッテリーは、東亜(トーア)の指示通り出し惜しみすることなく、多少球数を使いながら、コースをつき、この回先頭の永倉(ながくら)を低めのマリンボールを引っかけさせ、ゴロアウトに打ち取った。

 

「今のが、例の変化球ですか?」

「ああ。ストレートと同じ軌道、同じ球速から手元で鋭く落ちた。相当厄介な球種だぞ」

「分かりました。頭に入れておきます」

 

 永倉(ながくら)と入れ替わりで、沖田(おきた)がバッターボックスへ向かう。足場を入念に整え、顔を上げる。すると――。

 

「あれ?」

 

『な、なんと! 恋恋高校の守備シフトが、大変貌を遂げましたーッ!』

 

 打席の沖田(おきた)、壬生ナイン、審判団、観客は驚きを隠せない。

 

『内野守備陣が奥居(おくい)を一人を残して全員外野へとポジショニングを変更! そして一人残った奥居(おくい)は黒土と天然芝の境目、本来セカンドの持ち場である一番深い位置に居ます! 一・三・遊は完全にガラ空きの状態。未だかつて、このような不可解なシフトは――いえ、ありました! 恋恋高校を指揮する渡久地(とくち)東亜(トーア)監督が、現役時代バガブーズ戦で披露した内野を締め出した超変則シフトのアレンジ!』

 

 恋恋高校が、沖田(おきた)に対して敷いたシフト。

 それは、奥居(おくい)一人を内野に残し、他の内野陣を全員外野へ回す超変則シフト。戸惑う球審は、鳴海(なるみ)に確認を取る。

 

「キミ、いいのかね?」

「はい。ルール上問題はありませんよね?」

「確かに、問題ないが......プレイ!」

 

 戸惑いながらも、コール。超変則シフトのまま試合再開。

 

「響めきが止まないわね」

「そりゃあそうだろう。前代未聞だろうからな」

 

 このシフトの利点は、通常三人で守る外野の穴を内野手が入ることでカバーが出切るという点。その反面、内野が一人しか存在しないため、前さえ飛ばすことが出来れば八割を越える確率でヒットになる。

 しかし、打球が前に飛んだ瞬間、打球の行方によって内野に残った奥居(おくい)は、セカンドもしくはファーストへ入る。守備範囲に飛べば、あおいがファーストのベースカバーに入り、沖田(おきた)を一塁でアウトにする。打球が外野へ上がった場合も柵越えをしない限り、すばやく奥居(おくい)へ返球が返り、セカンドへの進塁を阻止を狙う。

 更に、フライボールを狙う壬生の上位打線の特徴として打球が高く上がれば上がるほどフライアウトの確率が高い。通常のシフトであれば外野手の間を抜くような打球も、隙間を埋める形で内野手が守っているため間を抜くことは困難。ホームラン以外、九割に近い確率でシングルヒット止まりに出来る。

 ガラ空き状態の左へセーフティバントを狙った場合、処理は基本的にあおいと鳴海(なるみ)が担う。プッシュ気味のバントの場合はライン寄りの比較的浅い位置に居る葛城(かつらぎ)から中継に入った奥居(おくい)へ送られ、あおいがセカンドのベースカバーに入る。こちらも、二塁への進塁を十割に近い確率で阻止し、単打止まりにすることが可能。

 

「へぇ、面白いこと考えますね。でも、外野の頭を越せばいいんでしょ?」

「出来るものならやってみなよ。あおいちゃんを打てれば、だけどね......!」

 

『超変則シフトのまま試合再開です! いったい、どのような結末になるのかっ?』

 

 サインに頷いたあおいの初球――アウトコースのシンカー。

 

『ストライク! ガラ空き状態の左へおあつらえ向きのアウトコースでしたが、ここは一球見てきました。二球目は、カーブ! これまたアウトコース。しかし沖田(おきた)、ここも手を出しません! バッテリー、追い込みました!』

 

 ふぅ、と小さく息を吐く沖田(おきた)

 

「(やっぱりだ。予想通り、初対戦の投手相手には早打ちはしてこない。待ってるんだ。なら――一気に勝負に出る!)」

 

 サインを出し、内角高めにミットを構える。

 

「そう。それが正解。沖田(ヤツ)のバッティングの本質は、超反応型」

 

 相手投手最速のストレートに照準を合わせ、そこから変化球にも対応する。ズバ抜けたコンタクト能力を要求されるが、それを可能としているのが、ツイストと軸固定回転(ローテイショナル)の複合打法。

 

「大抵のバッテリーは、ストレートと変化球のコンビネーションで攻める。速いストレートを先に見せてしまうため、決め球の変化球を打ち砕かれる。受けるダメージは計り知れない」

「序盤から頼みの綱を失ったバッテリーは、後手後手になってしまう。慎重に攻めて、カウントを悪くした挙げ句の果ては――」

「自滅。歩かせれば後続が掃除し、中途半端に置きに行けば柵越えを喰らう。攻略法は、いかに恐れずして、緩い変化球をストライクゾーンへ放れるか」

 

 ポンっと軽く、近くに座る瑠菜(るな)の頭に手を乗せて讃える。

 

「お前が、逃げずに勝負へ行った結果得られた成果だ」

「はいっ!」

「さて、次で決まるぞ」

 

 東亜(トーア)たちは、グラウンドへ勝負の行方を見守る。

 

早川(はやかわ)、ノーワインドアップからの三球目――インハイのストレート!』

 

「(――真っ直ぐ)」

 

 初めて見るアンダースローの特殊なストレートにきっちりタイミングを合わせるも、目測よりも落ちて来ない軌道にやや捉え損ねた。

 

早川(はやかわ)の頭上を越えた打球は、センター寄りの右中間へ! センター矢部(やべ)が、果敢に飛び込むーッ!』

 

「やんすー!」

 

 猛ダッシュで突っこんで来た矢部(やべ)が、打球に向かってダイビングキャッチを試みるが、しかし――。

 

『――届かなーい! 矢部(やべ)のグラブの僅かに先で弾んだ! 後逸! これは長打に......いや、浪風(なみかぜ)が回り込んで、バックアップ! そして、素早く中継へ転送!』

 

奥居(おくい)!」

「あいよ!」

 

 一塁ベースを蹴った沖田(おきた)だったが、二塁へは行けず止まり。

 

『逸らした瞬間、完全に長打と思えましたが記録は、セカンドへの内野安打! しかし、三打数三安打猛打賞! ホームランが出れば、サイクルヒットになります!』

 

「くくく、ねぇーよ、明らかに仕留め損ねた。こちらにはまだ、切り札(マリンボール)が残っている」

「飛距離も落ちていたわね。矢部(やべ)くんのダイビングキャッチも、あと一歩だったし」

「とりあえず、底が見えたのは確かさ。順序を間違えなければ、ホームランはあり得ない。上手いこと布石も打った。さて、ここまでは想定内。本命は、次だ」

 

 バッターボックスへ向かおうした近藤(こんどう)を、土方(ひじかた)が呼び止める。

 

「無理はするな、とどめはオレが刺す。あんたを失えば、壬生(ウチ)の士気は落ちる」

「フッ、そうも言っていられんだろう」

 

 そう言って、打席へ向かった。恋恋高校の守備シフトは通常のゲッツーシフトに戻る。近藤(こんどう)が右打席に立ち、ファーストランナーの沖田(おきた)は、大胆にリードを取った。

 

「(当然、仕掛けてくるよな。先ずは、牽制)」

「(うん)」

 

 無駄なく牽制球を投げるも足から戻られ、セーフ。

 

「(リードは、小さくならないか。なら、セカンドはくれてやる。その代わり、ひとつストライクを貰う......!)」

 

 あおいは目で牽制しながら、グッと沈み込む。沖田(おきた)は、スタートを切った。ピッチングは、外角低めのストレート。際どいコースにバットを出さず、見逃しのストライク。鳴海(なるみ)はセカンドへ送球するも、沖田(おきた)の足が勝った。

 

『盗塁成功! 今日、二つ目の盗塁を決めました。そして、バッテリーを挑発するかのように、再び大きくリードを取ります! これは、サードも狙っているでしょう!』

 

「(今のタイミングなら、サードはギリギリ間に合わない。だけど、さすがに振ってくる。いくら手負いと言っても、内野ゴロで追加点が入る。試合も後半、ここでの失点は致命傷になる。ランナーを刺すしかない、だけど、どうすれば刺せる......?)」

 

 頭を悩ませながら、一球ウエストして様子を探る。

 

『警戒して大きく外しました、ワンエンドワン』

 

「(やっぱり、見え見えじゃ走ってこない。かと言って、逃げ続けてピンチを拡げたら意味がない。インコースで空振りを奪い、かつランナーを刺す方法。コーチが言っていた、俺にしか出来ない方法――)」

 

 プロの世界で正捕手を務める、出口(いでぐち)

 名門あかつき大附属の正捕手、二宮(にのみや)

 この二人と、鳴海(なるみ)との決定的な違い。

 

「(俺だけの武器......そうか、コレだ。だけど、リスクが高い。本当に出来るのか? 一歩間違えたら、取り返しがつかない――)」

「タイム! 鳴海(なるみ)くんっ」

 

 タイムを取ったあおいが、マウンドから手招き。急いでマウンドへ走った。

 

「どうしたの?」

「それは、ボクのセリフだよ。何を迷ってるの?」

「えっと......」

「あ、思いついたんだ。ランナーをサードで刺す方法」

「......うん、でも、リスクが高い」

「そっか。だけど、その方法しかないんでしょ? だったら、勝負しよっ! やらないで負けたら絶対後悔するよ!」

 

 迷いのない真っ直ぐな瞳に、鳴海(なるみ)は腹を括った。

 

「......だね、分かった」

「うんっ。それで、どんな方法なの?」

「それは――」

 

 話しを聞いたあおいは、真剣な顔で頷き。二人は、グラブを合わせた。そのやり取りに東亜(トーア)は、目を閉じて笑みを見せる。

 

「どうやら、辿り着いたようだな」

「例の、鳴海(なるみ)くんにしか出来ない方法?」

「ああ。コンバートを決めた理由で話したことがあっただろ」

「え? ああ......ええ、高速シンカーの話しね」

「そうだ。あの時の答え、次の一球で出る」

 

 セットポジションに付いたあおいは、ひとつ大きく息を吐いて、沖田(おきた)を目で牽制し、可能な限りクイックモーションで足を上げる。鳴海(なるみ)のミットが内角に構えていたのを見て、沖田(おきた)はスタートを切った。

 

『行ったーッ! スタートは完璧! 投球は、内角低めのストレート......いや、落ちた、マリンボールだーッ!』

 

「ストレートが、消えた......!?」

 

 近藤(こんどう)は空振り、そして、ボールはワンバウンド。

 

「くっ、サード!」

沖田(おきた)、滑ろ!」

「えっ?」

 

 滑り込んだところへ、送球を受けた葛城(かつらぎ)がタッチ。

 

『これは、際どいタイミングなったぞ! 塁審のジャッジは――』

 

「あ、アウトーッ!」

 

『アウト、アウトです! 三盗を見事に刺して見せましたーッ!』

 

 判定は聞いた沖田(おきた)は、小さくタメ息をついてベンチへ戻る。

 

「あの。土方(ひじかた)さん、なんで刺されたんですか?」

「......逆シングルだ」

「逆シングル? ワンバウンドした変化球を、逆シングルで捕球したんですか?」

「ああ、アレは捕手の動きじゃない。内野手の動きだ。オレに、同じことが出来るかどうか......」

「へぇ、凄い人ですね。あ、怒られるや。戻ります」

 

 沖田(おきた)はベンチへ戻り、土方(ひじかた)はツーアウトになったことで、足にレガースを付けて守備へ向けた準備も同時に進める。

 

「(普通なら上から被せるか、ミットを上を向けて捕球に専念する場面。一塁側から三塁側へ体重移動しながら逆シングルで捕球し、勢いを殺さずサードへ放った。いや、逆シングルの捕球にも驚かされたが、本当に驚くべきは、空振りを奪いながら三盗を刺すために、ここしかないというインコース膝下へワンバウンドになる変化球を躊躇なく投げ切った、あの投手の心臓――)」

 

 支度を終えた土方(ひじかた)は、顔を上げた。

 

「――なっ!?」

 

 そこには、信じられない光景が広がっていた。

 恋恋高校の外野手が全員、芝の切れ目付近まで前進した極端なシフトを敷いていた。

 

『なんと! 今度は、超前進守備! バガブーズ戦で、リカオンズが披露した“9人内野”ほどではないとはいえ、強打者近藤(こんどう)に対し極端な前進守備を敷きました! このシフトの意図は、いったい......』

 

「(まさか、見抜かれている?)」

「(近藤(こんどう)の故障を――!)」

 

 ほぼ同時に恋恋高校のベンチを見た、土方(ひじかた)松平(まつだいら)監督の視線の先には、東亜(トーア)が不敵に笑みを浮かべていた。

 

 ――さあ、見せて貰おうか。手負いの狼の皮の下、鬼が出るか、蛇が出るか。


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