7Game   作:ナナシの新人

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Final game13 ~責任感~

 五回裏ツーアウトから、ピッチャーのあおいがヒットで出塁。驚きと歓声がベンチ内で木霊する。

 

「驚いたわ。今までの苦労が嘘だったみたいに、キレイに打ち返したわね」

 

 そう言って理香(りか)は、バックスクリーンの球速表示を確認した。表示されている球速は、138Km/h。

 

「特別遅い訳じゃないけど、チェンジアップかしら?」

「いや、違うな。あれだけストレートに振り遅れていたんだ、わざわざ変化球を使う理由はない。指に掛からなかったんだ、真っ直ぐが」

「キレイな真っ直ぐの......失投?」

 

 まったく癖のない理想的なバッティングピッチャーのようなストレートが、見やすい目の高さ、腕の延びる、やや外角高めの甘いコースに来て、本来のストレートであれば振り遅れていたハズだったあおいのスイングと偶然合ってしまった結果の一打。

 

「ようやく、揺さぶりの成果が“カタチ”として現れたってことだ」

「こうなることを予期していたってこと?」

「予期も何も最初からそう出ていたじゃないか。お前とはるかが集めたデータにな」

 

 失点傾向は、序盤が多く、中盤は殆どヒットも打たれず、終盤になると若干増える。

 

「そして、失点には?」

「変化球が絡むことが多い、だったわね」

「序盤の変化球は、指先の感覚を掴むまでのもの。試合後半の変化球は、ストレートが利かなくなってきた証拠。どうやら、変化球の中でも特に割合の少ないチェンジアップは、意図して投げたボールではなく、今のストレートの様な投げ損ないの失投のことだったようだな。そりゃあそうだろう。人間の集中力ってのは、そう長く持続させることは出来ない。必ず限界がある」

 

 沖田(おきた)のストレートは、繊細な指先の力加減を必要とする。当然、心身の疲労も通常の投手の比ではない。初回の三盗、五回表の三塁打。徹底的な揺さぶり、鳴海(なるみ)藤堂(とうどう)が投げさせた全力のストレート。普段の試合以上に、疲労蓄積の経過は早い。

 

「疲れが溜まれば、どこかしらに歪みが生じる。俺は、操れる球速・緩急の幅と制球力に影響が出た」

沖田(おきた)くんの場合、ストレートが甘く入る割合が上がると仮定したら。データ通り、変化球の割合も増えかも知れないわね」

「さて、どうだろうな。本当に集中力が切れかかっているのならあり得るが、ツーアウトでバッターが投手のあおいだったから、一時的に気が抜けて失投が来たとも考えられる。まあ、まだ、スタートラインに立つ権利さえ得ていないことは確かだ」

「スタートライン?」

「成果の先、“結果”の話しさ」

 

 そう言うと東亜(トーア)は、すぐさまタイムを取ってマウンドで言葉を交わしている土方(ひじかた)沖田(おきた)へ目を向けた。

 

「どこか違和感を覚えたか......?」

「いえ、ちょっと浮きました。少し簡単に行きすぎました。いいスイングでしたし、気をつけないとですね」

 

 念のため土方(ひじかた)は、沖田(おきた)の右手の様子を確認。マメ、爪、握力にも特に異常は見当たらなかった。監督を見て頷き、異常は確認出来なかったことを伝える。

 

「(異常は無し、山場を越え一時的に気が抜けたか。しかし、楽観視する訳にはいかない。連続するようであれば、早急に手を打つ必要がある。市村(いちむら)......では、上位を相手にするのは荷が重い。連投になるが、相馬(そうま)か......)」

 

 頭を悩ませる松平(まつだいら)、この迷いの隙をつき東亜(トーア)は、次なる一手を打つ。はるかを通じ、あおいと真田(さなだ)へサインを伝達。受け取った二人は、ヘルメットを触って受諾したことを伝える。

 

『ツーアウトですが、打順は先頭に返って、一番真田(さなだ)。今日、三度目の打席となります! マウンド上の沖田(おきた)、サインに頷いて足を上げ――あーっとッ!』

 

 ファーストランナーのあおいは、沖田(おきた)がモーションに入るとスタートを切った。

 

「(あの投手が、走っただと!? まさか、初球スチール......いや、あり得ない。となると――)」

「(よし、指示通り外角低め! 球種は、真っ直ぐ一本、コースは分かってるんだ、当てることぐらいは出来る!)」

 

 思い切り踏み込んで、狙い球の外角のボール球を上から叩きつけて強引に引っ張った。

 

「(やはり、エンドランか......!)」

 

 当てただけの打球は、セカンド松原(まつばら)がベースカバーに動いたことでガラ空きになった一・二塁間を破るコースヒット。

 

早川(はやかわ)、ストップ! 戻れッ!」

 

 あおいは、セカンドベースを蹴ったところでサードコーチャーに入っている甲斐(かい)の指示で急ブレーキ。急いでセカンドベースへ戻った直後、重く乾いた大きな音が鳴り響いた。

 

『も、もの凄い送球が、ライトの近藤(こんどう)からノーバウンドで返ってきましたッ! イヤー、これは驚きました。正にレーザービーム、早川(はやかわ)の進塁を阻止して見せましたーッ!』

 

 突然の轟音にあおいは「えっ!?」と声を上げて、音の出所の三塁を反射的に見る。それは、恋恋高校のベンチも同じだった。

 

「な、なんて肩してんのよ? あのライト......てか、ケガしてたんじゃないのっ?」

 

 驚きと戸惑いの声を上げる芽衣香(めいか)たち恋恋ベンチ。そんな中でも東亜(トーア)は、冷静に戦況を分析していた。

 

「投げるには問題ないって、監督(ベンチ)へのアピールと言ったところか。さーて、ようやく、スタートラインに立つ権利を得られたぞ」

「権利? あっ......!」

 

 理香(りか)の視線の先、壬生ベンチから出てきた選手が球審に、選手の交代とポジションの変更を告げ、場内にアナウンスが流れた。センターの(たに)がライトへ回り、沖田(おきた)はセンターへポジション変更。

 そして、ライトの近藤(こんどう)がマウンドへ向かった。

 

「これが、成果の先の“結果”」

「そう。沖田(アイツ)を、マウンド上から引きずり降ろすこと。不確定要素が多すぎたため、確実に打ち崩せる確証はなかった。ならば、いっそのこと降ろしてしまえばいいと思った。唯一欠点として浮かんだものが、経験の浅さから来るペース配分だった」

 

 本来、沖田(おきた)が崩れ始めるのは試合終盤に差し掛かる七回辺りから。しかし今日は、五回途中の降板。結果だけを見れば、当初思い描いていた東亜(トーア)の思惑通り進んだのだが......。

 

「ただ、予期せぬことが起きていた」

近藤(こんどう)くんのケガね」

「ああ」

 

 順当に行けば、沖田(おきた)を降ろした後は、二番手として三年の山南(やまなみ)が登板する。だが、沖田(おきた)以上のストレートを投げることは決して無い。多少のリードを許していても十分攻略出来ると計算していた。しかし、それは崩れた。

 

「すみません、近藤(こんどう)さん。こんな中途半端な形で渡すことになって」

「いや、ナイスピッチングだ。あとは任せろ」

「はい、お願いします」

 

 小さく会釈をして沖田(おきた)は、センターへ走って行った。土方(ひじかた)は、近藤(こんどう)に確認を取る。

 

「本当に問題ないんだな?」

「ああ。そもそもが、俺の責任だ。後始末は自分でつける」

「そうか。じゃあ、次のバッターはいいんだな?」

「そうだ」

 

 軽く拳を合わせ、土方(ひじかた)は戻り、近藤(こんどう)は、踏み込みの足場を作る。そして、投球練習を開始。故障の影響を感じさせない130キロ台のストレートを中心に投げ込み、試合再開。

 二番バッターの葛城(かつらぎ)が、右打席に入る。

 

「(オレのところで、エース登板か。確かストレートは、常時150キロ近く出るんだっけ。ケガの影響は、どうなんだろう? 俺の役目は、それを調べて一球でも多く投げさせて引き出すこと......)」

「(今のエンドランは間違いなく、オレのミスだ。走者が投手だったことで、足を絡めた攻撃はないと決めつけてしまった。今の策は、おそらく――)」

「(――ストレートの調子を大怪我をしない外角で確かめることが多い、土方(ひじかた)のクセを読まれた。今、流れは拮抗している状態。後手に回ってしまったが、ここで切ればまだ巻き返せる)」

 

 葛城(かつらぎ)土方(ひじかた)、監督松平(まつだいら)の思いは三者三様。そしてマウンドに上がった近藤(こんどう)は、サインを受け取り、セカンドランナーのあおいを牽制し、足を上げた。

 

『ライトから緊急登板の壬生不動のエース近藤(こんどう)の初球――アウトコースのストレート! なんと、さっそく150キロが出ました! しかしこれは外れて、ワンボール。葛城(かつらぎ)、見えています!』

 

「(......速い。沖田(おきた)とは、また別種のストレートだ。だけど、目で追えないほどのボールじゃない......!)」

 

 しかし、グッと握り返して臨んだ二球目も、ボール。三球目も、ボール。これで、スリーボール。ボールなら満塁、バッターが圧倒的に有利なカウント。ここで一球、緩いチェンジアップでストライクを取りに来た。葛城(かつらぎ)も手を出さずに見逃し、スリーエンドワンからの五球目――。

 

『おおっと。これは、ハッキリそれと分かるボール球。葛城(かつらぎ)、しっかりフォアボールを選びました。ツーアウトながら満塁のチャンス。そして、バッターボックスには、恋恋高校のポイントゲッター、奥居(おくい)ですッ!』

 

 バッターボックスで構えた奥居(おくい)と、マウンド上の近藤(こんどう)。この勝負の重要性を十分理解している二人が、視線をぶつけ睨む合う。

 

葛城(かつらぎ)くんへの初球は、もの凄いストレートが来たけど。やっぱり、ケガと緊急登板の影響かしら? 制球が定まっていないわ」

「いや、わざとだ」

「わざと? 一打同点、逆転もあり得る状況にしてまで満塁策を取ったと言うの......?」

「責任を背負ったのさ。自らの故障の影響で、ピッチャーであるにも関わらず無茶な走塁を余儀なくさせてしまった沖田(おきた)へ対する贖罪、罪滅ぼし。アウトカウントは、ツーアウト。あおいと言えど、よほど外野手の正面を突く打球でなければ、二塁からでもワンヒットで点が入る。失点を喫すれば、ランナーを残した沖田(おきた)の自責点。だから、あえて満塁にした」

 

 例え、四球で満塁にしても失点すれば記録上は沖田(おきた)の自責点になることに変わりは無いが、ピンチを拡げた自身にも少なくからず責任を所在を分散させることが出来る。加えて緊急登板の肩慣らしにもなり、ポイントゲッターの奥居(おくい)を封じ込むことが出来れば、恋恋高校に傾きかけている流れ寸断し、逆に流れを呼び込むきっかけになる。

 

「次の一点が重要になる場面で、そんな大胆なことを......」

「そいつを躊躇無く出来る。だから、付いてくるのさ。そして、袂を分かった理由もこれだ」

 

 合理的な采配を振るう御陵の監督伊藤(いとう)であれば、故障を抱えた近藤(こんどう)は最初から使わない。沖田(おきた)と控え投手でやり繰りし、回復の可能性を少しでも高めるため温存させる。

 

「指導者と同等......いえ、同等以上に強力で絶対的な信頼感。壬生は、近藤(こんどう)くんのチーム?」

「少し違うな。近藤(こんどう)は、壬生の勝利のために首を差し出せる。だから、より強固な繋がり。御陵の監督は、これを恐れて身を引いたんだろう」

 

 前の席に座って、守備に向けた準備をしながら勝負の行方を注視している鳴海(なるみ)に、東亜(トーア)は問いかける。

 

「この場面、どうリードしてくるか、解るな?」

「はい。決め球は、ストレートです。間違いありません」

 

 ハッキリした答えに、小さく笑みを見せた。

 

「フッ、そうだ。わざわざ満塁にしたのに変化球でかわすような無粋なマネはしない。ここは必ず、チカラでねじ伏せに来る。そうでなければ、意味がない。それを踏まえて、まず何から入る?」

「......奥居(おくい)くんの反応を見極めるために、外角へストレートを。ボールでもいいんで際どいところを突きます」

 

 奥居(おくい)への初球は、外角低め147キロのストレート。積極的に振りに行くも、やや差し込まれ、一塁線を切れるファウル。

 

「キャッチャーの構えより、やや中へ入って来たが高さが良かったな。しかし、若干差し込まれながらも芯で捉えた鋭い打球だった。奥居(おくい)も、力負けはしていない。はるか、ヤツの持ち球は?」

「ストレート、スライダー、フォーク、チェンジアップです」

 

 はるかから情報を聞いて、鳴海(なるみ)は答える。

 

「もう一度外、スライダーを見せます」

 

『ボール! 手が出かかりましたが、ストライクからボールになる140キロ近いスライダーを見極めました。ワンエンドワンの平行カウント!』

 

「次」

「スライダーを続けます。今度は、もっとしっかり外します」

 

 三球目、一球前よりもボール球のスライダー。今度は、眼だけで見送った。

 

「これで奥居(おくい)の眼は、近藤(こんどう)のストレートにも、変化球にも付いて行けると判明した。で?」

「手を出しやすい高めのストレートでファウルを打たせて、カウントを稼ぎたいですけど。決め球に持っていきたいので、フォークかチェンジアップを振らせます」

「要求は?」

「プレート上の低めにさえ来てくれれば、どこでも構いません。欲を言えば、両サイドに散るよりも真ん中寄りの方が選択肢は拡がりますけど――」

 

 四球目、内角低めへ落ちるフォークボール。

 

『上手く拾いましたが、三塁側のスタンドへ飛び込みました! ファウルボール。ツーエンドツー、さあ次が勝負の一球となるでしょう! バッテリー、ピンチを切り抜けられるか? それとも奥居(おくい)の一打で一点、同点、逆転へと持って行けるかっ? ンンーン、片時も目を放せませンッ!』

 

「フォークというよりは、スプリットに近い感じか」

「はい。山口(やまぐち)猪狩(いかり)の落ちるフォークとは少し違う、利き手側へ少し曲がりながら沈む感じのボールでした。これで最後は、外角低めのストレートです」

「ちょっとちょっと何で断言出来るのよっ? てゆーか、今までの配球も全部当たってるし!」

 

 近くでやり取りを聞いていた芽衣香(めいか)が、会話に割って入ってきた。

 

「別に驚くようなことじゃねーよ。決め球に何が来るか解っているんだ、そこへ向かって理想を逆算すればいいだけのこと」

「ストレートとスライダーに付いて来られたから、一番遅い球種のチェンジアップは、相当度胸がいる。決め球に出来るほどの精度があるなら話しは別だけど。それは今、投げなかったから本人が信用していないんだと思う」

「ねじ伏せたいから変化球でかわせないし、フルカウントにもしたくないから、勝負に来ると読んだのね。外角の理由は、スプリットが内角へ来たから?」

 

 瑠菜(るな)の質問に、鳴海(なるみ)は頷いて答える。

 

「ファウルだったけど、厳しいコースを上手く拾われた。同じコースを狙って、少しでも甘く入ると怖い。初球の振りまけていないスイングを見ると、高めは要求出来ない。もし、外野の間を抜けたら走者一掃で逆転だよ」

「だから、スプリットは真ん中寄りが良かった。少なくとも内外を選択出来る自由を得られたから」

「そう。半々(ニブイチ)なら、打者も迷う」

「フッ、答え合わせだ」

 

 意味深に笑みを見せた東亜(トーア)の呼びかけに、全員の視線が一斉にグラウンドへ向いた。ちょうどサイン交換が済み、セットポジションに付いた場面。

 

「(この一球は、勝負に重要な一球になる。頼むぞ)」

「(おう、分かっているさ......!)」

 

 頷いた近藤(こんどう)は、ひとつ息を吐き、土方(ひじかた)が構えるミットへ向かって投げ込んだ。

 

『チェンジアップ! ワンバウンドに近いボール。奥居(おくい)、しっかり見極めて、フルカウント!』

 

「ここで、チェンジアップを外した!?」

 

 読みが外れ、鳴海(なるみ)は身を乗り出し。東亜(トーア)は、後ろで軽く笑う。

 

「くくく、相手の方が一枚上手だったな。ニブイチどころか、どこでも行ける。ストレート一本とは言え、コースにヤマを張れるか?」

 

 問いかけに、誰も頷けなかった。

 

「勝負球は、ストレートであることは間違いない。だったら、緩急を最大に活用して当然、一番遅いチェンジアップを投げない理由はない。事実、葛城(かつらぎ)を相手に試し投げしていた。しかし、落ちる系ではなく、来ない系のチェンジアップだから、しっかり外したといったところか。まあ、ハナっからフルカウントからの一球勝負を挑むしかなかったのさ、初球で仕留め損ねた時点でな」

 

 選球眼とミート力を兼ね備える奥居(おくい)に対し、一番勝算が高いのが初球だった。だが、狙いよりも若干甘く入り、アウトを取れず、ファウルにされたことでフルカウントからの勝負へ切り替えざるを得ない状況に追い込まれた。そしてそこから、一球勝負にすべてを賭けるため、可能な限りの手を打ち“勝負出来るフルカウント”を作り出した。

 

「(一点もやれない状況で、フルベース・フルカウントからの勝負。俺に、同じ配球(リード)が出来たか......)」

「まあ、そう辛気臭い表情(かお)をするな、途中まで合っていたじゃないか。大きく間違ってはいない。縛りがなければ、お前の読み通りだっただろう」

「縛り、ですか?」

「チカラ勝負。しかし、左腕の故障の影響でバランスが崩れているのか、ストレートが若干シュート回転して甘く入っている。初球も、低かったからファウルになった。なら、どこを要求する?」

「......インサイドです。仮にシュート回転しなければ、球威で押せる」

「ほら、読めたじゃないか。勝負球は、インコースのストレート」

 

 バッターボックスの奥居(おくい)も、初球のストレートがシュート回転して来たことは鮮明に覚えている。

 

「(今の、チェンジアップの見逃し方。おそらく、インコースの真っ直ぐ一本に絞って待っている。ならば外角――と行きたいところだが、真ん中に入ってくると持っていかれる。それだけの能力がある打者だ)」

 

 土方(ひじかた)はサインを出し、脇を締めろと左肩に触れる。憮然とした表情(かお)を頷いた近藤(こんどう)は、左腕が離れないように身体に密着させ、セットポジションで構え、一瞬一塁を睨みつけ、クイックモーションで足を上げた。

 

『ツーアウト、フルベース・フルカウント! ランナーは、一斉にスタートを切った! 近藤(こんどう)奥居(おくい)へ対する勝負球は――渾身のストレート!』

 

 150キロ中盤のストレートが、ミットを構えたインコースへ来た。

 

「(よし、シュート回転していない。その分コースは甘いが、球威で押し切れる――!)」

「(速い! けどよ、猪狩(いかり)木場(きば)沖田(おきた)と比べたら......全然素直なんだよ! って、重っ!)」

 

『捉えた! ピッチャー返し! 痛烈な打球が、ピッチャーの右を襲う!』

 

「くそっ、上がらなかった! 抜けろーッ!」

 

 肘を畳んで弾き返した打球は、近藤(こんどう)が伸ばしたグラブの先を弾いて、マウンドの後ろで弾んだが、打球の勢いは死んでいない。

 

「――松原(まつばら)!」

「フッ!」

 

『セカンドベースの後方、松原(まつばら)が追いついたーッ! しかし、体勢が悪い――』

 

 懸命に走る奥居(おくい)。元々ベース寄りに守っていた松原(まつばら)は打球に追いつくも、咄嗟に一塁は間に合わないと判断し、セカンドベースカバーに入った井上(いのうえ)へのグラブトスに切り替えた。

 

「しまっ――」

「くっ......!」

 

『あーっと、トスが一塁側へ逸れたー! 井上(いのうえ)、身体をめいっぱい伸ばして素手でキャッチ! ほぼ同時に、ファーストランナー葛城(かつらぎ)が滑り込む! どちらとも取れる際どいタイミング、足が先か? それとも、キャッチが先か? 判定は――』

 

 二塁塁審は、拳を力強く掲げて判定を下した。

 

『アウト、アウトですッ! 鉄壁の二遊間が、チームのピンチを救います! エース近藤(こんどう)、後輩の招いたピンチを、自ら拡げたピンチをバックの好守に助けられ、結果ゼロで切り抜けましたッ! 五回の攻防が終わり三対一、壬生のリードまま試合は後半戦へ入ります!』

 

 抜けていれば同点。しかし、もらった満塁のチャンスを活かせず無得点。

 

「な、なんて守備なの。それ以前に、セカンドで封殺されるなんて......」

「偶然ではない、しっかり気を配っていた」

 

 二死満塁のフルカウントでは、必要ないハズの一塁への牽制からのクイックモーションが、葛城(かつらぎ)のスタートを若干遅らせた。 加えて、奥居(おくい)が振りまけないことを想定し、二遊間を締めたポジショニング。

 

「そこまで計算尽くのプレー......」

「さすがは前大会の覇者、経験の差を見せつけてくれる。だが、支払った代償も大きい」

「代償?」

「いくつかあるが、一番は――アイツ」

 

 東亜(トーア)の視線の先には、身体を捻りながら素手でキャッチした井上(いのうえ)が、若干顔を歪めていた。

 

「まさか、どこか痛めたのかしら?」

「無理に伸びたからな。足は引きずっていない、脇か、指だろう。さて、ようやく――」

 

 ――風が吹いて来たぞ。


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