7Game   作:ナナシの新人

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お待たせしました


Final game12 ~想定外~

 五回裏の守備に向かう直前土方(ひじかた)は、監督松平(まつだいら)に呼び止められた。

 

土方(ひじかた)、どうだ?」

「キャッチボールでは、異変は感じられません。しかし、実戦で受けてみないことには断定しかねます」

「そうか」

 

 報告を受けた松平(まつだいら)は、静に目を閉じて、腕を組んだ。今、頭の中は「継投」のタイミングと起用法のことで埋め尽くされていた。

 現在のリードは、僅か二点。壬生の投手陣は、近藤(こんどう)を筆頭に計五人。内一人は、現在登板している沖田(おきた)。残りの三人は、三年の山南(やまなみ)、二年の相馬(そうま)、一年の市村(いちむら)

 

「(沖田(おきた)は、尻上がりに調子を上げていく。だが今日は、明らかに早いペースでトップギアに入った。集中力を維持できている間はいいが、下り坂に入った後は一瞬......)」

 

 沖田(おきた)は、打線に置いても中軸を担う打者。バッティングに悪影響が残るようなカタチでの降板は避けたい。通常であれば、先発経験も豊富で安定感のある山南(やまなみ)をノンストップで切るところだが。御陵戦で先発した近藤(こんどう)が左腕にデッドボールを受けた後を継ぎ、緊急登板の形で、二年生の相馬(そうま)が四イニングを投げている。失点こそ許さなかったが最後まで粘られ、球数も100球近くまでかさんでいた。休養日が一日あるとは言え、近藤(こんどう)の故障の回復具合によっては、決勝の先発に山南(やまなみ)をぶつけることも想定しており、極力温存しておきたいという胸の内。

 しかし、全国トップレベルの実力者の三人と比べると、下級生の力量は一段劣っていることも、また事実。試合中盤、競った場面での登板は荷が重い。

 

「(せめて、あと二点あれば......いや、言い訳でしかない。例え、主力を引き抜かれようとも、今の、山南(やまなみ)の役割を担える投手をこしらえることが出来なかった、私の責任だ)」

 

 本来であれば、主力を担うはずだった選手たちを、御陵に引き抜かれてしまった。守備の負担を考え、センターラインの二遊間を除き、レギュラー陣を中心に急ごしらえで仕上げた、相手の戦意を喪失させるほどの超強力打線。半ば苦肉の策だったが思わぬ副産物として、打撃練習で打ち返される強烈な打球を受けつづけ、自然と鍛えられた鉄壁の守備。しかしここに来て、打撃重偏のあまり、コーチに任せっきりで直接手をかけられなかった投手陣の薄さが浮き彫りとなってしまった。

 

「監督。自分は、いつでも行けます」

「......近藤(こんどう)。だが――」

「利き腕ではありません。イニング間での遠投でも投球に影響はありませんでした。何より――今日勝たねば、決勝もありません!」

 

 近藤(こんどう)の決死の覚悟に、心が揺れ動く。

 そこへ、ベンチ裏で着替えと軽くストレッチをしながら休息を取っていた沖田(おきた)が戻ってきた。

 

「あれ? お二人とも、まだ居たんですか? てっきり先に行ってるものだとばかり」

「ああ、水分補給をしていた。お前も、しっかり摂っておけ。夏のマウンドは、特に暑いからな」

 

 近藤(こんどう)の忠告を素直に受け入れ、水分補給を行う沖田(おきた)。この間を救われた松平(まつだいら)は、結論を保留し、土方(ひじかた)へ守備の指示を与えて、三人をグラウンドへ送り出す。

 

「(この回をリードした状況で乗り切ることが出来れば、六回表は二番から中軸へ向かう攻撃。そこで、中押し点を奪えれば――)」

 

 大きく息を吐き、吐いた息と一緒に都合のいい期待を吐き捨てた松平(まつだいら)は、山南(やまなみ)市村(いちむら)の二人に肩を温めておくよう指示を出し、青空から降り注ぐ日差しの照り返しで陽炎が揺れるグラウンドで今、始まろうとしている攻防を見守る。

 

『二点リードされて迎える五回裏恋恋高校の攻撃は、七番藤堂(とうどう)からの下位打線。何とか出塁して、トップへ繋ぎたいところ。一方、守る壬生としては、三人で抑えて良い流れで六回の攻撃へ繋げたいでしょう! さあ、試合を左右する中盤戦の攻防が今、始まりますッ!』

 

 一礼して打席に入った藤堂(とうどう)は、さっそくバスターの構えを取った。沖田(おきた)の初球は、まるで糸を引いたような外角のストレート。判定は、ボール。

 

「対応してきた」

「ええ。今、内野がバントシフトに動かなかったわ。セーフティバントの警戒を解いた、単打なら構わないということかしら?」

「おそらく」

 

 セーフティバントの警戒を解除し、通常のシフトへ戻した主な理由は、二つ。疲労の軽減と打順の巡り合わせ。

 恋恋高校の打線は一番真田(さなだ)、三番奥居(おくい)、五番に矢部(やべ)、七番藤堂(とうどう)と足にある打者が一人置きに続いている。そのため先の二回は、足を絡めた攻撃を警戒せざるを得なかった。しかしこの回は、九番に投手のあおいが居ることで、仮に、先頭の藤堂(とうどう)を塁に出しても、バッター勝負に専念出来る。

 

「ハーフスイングを取られ、判定は下されなかったが、完璧にモーションを盗んでギリギリのタイミングだった捕手の肩からして、単独の三盗は、まず不可能に近い。二盗成功から、芽衣香(めいか)が送り、上手いことあおいで返したとしても、ツーアウトランナー無しからの追加点は難しい」

「一点を失っても、リードを保ったまま上位からの攻撃へ移れると計算した上での通常のシフト。守備での負担を軽減させて、攻撃へ専念させる狙いもあるわね」

「理由はどうあれ、大した問題ではない。こちらのテーマは、変化球を投げさせること。目的にだけ集中すればいい、得点の有無は関係ない」

「まともに当てられないストレートよりも、チャンスのある変化球。ウチの攻撃は下位打線、投げてくるかしら?」

「投げさせるんだ。そのために結果が出ずとも、ブレずに継続して来た。変化球を投げさせることが出来た時が、本当の意味での揺さぶりを成し遂げた時、必ず成果を獲られる」

 

 ――まあ、その結果、どちらへ転ぶかは分からないけどな。

 

 

           * * *

 

 

 沖田(おきた)のストレートを受けた土方(ひじかた)は、安堵の表情(かお)を見せ。藤堂(とうどう)は、タイムを取った。

 

「(念のためボールから入ったが、ひとまず、フォームや球質に影響はなさそうだ。六番を相手に力を入れて投げた時は、バランスに狂いが生じるのではないかと気になったが、下手にネクストや打席に立たず休憩を挟めたことが幸いしたか)」

 

 打席外した藤堂(とうどう)は、見逃したストレートの軌道を思い返す。

 

「(......一打席目とは比べ物にならないノビだ。相手の守備は定位置に戻ったみたいだけど、アンダースローみたいに浮き上がって来る感じの軌道のボールは、バントで転がすことも難しい。矢部(やべ)先輩も、失敗して上げていたし。だけど、俺が生きるには、打球を転がすしかない。どうすれば――)」

 

 ――高めには極力、手を出さないこと。

 不意に東亜(トーア)の言葉が、脳裏に浮かんだ。

 

「(......高めは、捨てる。鳴海(なるみ)先輩は高めを捨てて食らい付いたから、全力のストレートを引き出せた。きっと、そこまでは合っているんだ。問題はその先――どうやって、変化球を引き出すか......)」

 

 球審と土方(ひじかた)に一礼して、バッターボックスに戻った藤堂(とうどう)は、バスターの構えから一度引いて、セーフティバントを試みる。

 

「ファールッ!」

 

 バットの上っ面をかすめた打球は、両手を広げた球審の脇を抜けていった。悔しさに、コンっと軽くヘルメットを叩いて打席に戻り、時間をかけて足場を慣らす。

 

「(ダメだ、転がせなかった。そもそも、警戒していない相手にセーフティしたって......)」

 

 ――怖くないんだよ。

 今度は、聖タチバナ学園戦で鳴海(なるみ)が話していたことを思い出した。

 

「(そうだ、怖くないんだ、狙いが分かってるバッティングは。だから、シフトを戻した。だとしたら今、やるべきことは――)」

 

 藤堂(とうどう)はバスターを止めて、本来のフォームに戻した。

 

「(バスターではない、揺さぶりを止めたか? しかし、ここは力で押し切る場面であることに変わりはない)」

 

 頷いた沖田(おきた)の三球目、外角のストレートに対し、フルスイングで対抗。結果は、若干振り遅れた空振り。追い込まれてからの四球目――。

 

『ファウル! セーフティから一転、真っ向勝負の強振、フルスイング! 何の因果か、同じシニア出身で親友である二人が、甲子園決勝進出を賭けた大舞台で、胸を熱くさせる勝負を繰り広げています! スタンドの歓声と共に、わたくし、熱盛(あつもり)のボルテージも上がって参りましたーッ!』

 

「また、強振!」

「良いんだ、これで。相手の想定外のことをする。正に揺さぶりではないか」

「それは、そうだけど......」

 

 バッテリー有利のカウントからの五球目、空振りを誘う高めのストレート。出かかったバットを止め、ツーエンドツー平行カウント。

 

『あっと、良い当たりでしたが、三塁線を切れていきました。打ち直し、次が六球目!』

 

「(他の選手たちより見慣れているとは言え、徐々にアジャストしてきている。このまま流れで勝負に行くのは危険だ。間を――)」

 

 間を取れ、と合図を出す前に沖田(おきた)、自らの判断でプレートを外していた。藤堂(とうどう)も、合わせて息を吐いて、肩に入った力を抜くことを試みる。うつむき加減で弾ませていたロジンバッグを元の場所に戻した沖田(おきた)は、ゆっくりと前を向いた。

 

「(――空気が変わった。来る......!)」

 

『さあ、サインに頷きました。ゆったりと足を上げ、第七球を――投げました!』

 

 アウトコース。今までとは、明らかに違う球威のストレート。

 

「(――は、速い! カット......いや、当てに行ったら当たらない、一発を狙うつもりで振り抜く!)」

 

 長打を狙うつもりで、バットを思い切り振り抜いた。

 しかし、快音は響かず――。

 

『空振り三振! 最後は、外角高め148キロのストレート! 全球ストレートの真っ向勝負は、沖田(おきた)に軍配が上がりましたーッ!』

 

 沖田(おきた)は普段の表情(かお)に戻り、藤堂(とうどう)は悔しそうに唇を噛みしめ、ベンチへ帰っていく。

 

「ボール球だったな」

「はい。高めは手を出さないように気をつけていたんですけど......」

「気にするな。タイミングは、合っていた。カット出来れば満点だったが、当てに行かず狙いに行った姿勢は決して間違っちゃいない。さて、もう一押しってところか。芽衣香(めいか)

 

 打席に向かおうとしていた、芽衣香(めいか)を呼び戻す。それに合わせて、土方(ひじかた)も声をかけにマウンドへ向かった。

 

「何ですかー?」

「高めを狙っていけ」

「へっ?」

 

 キョトンとした表情(かお)で聞き返す。

 

「えっと、高めですか? 低めじゃなくて?」

「ああ。それと、消極的にならないこと。行けると思ったら、初球からでも迷わず振り抜け」

「は、はい、分かりましたっ!」

 

 返事をした芽衣香(めいか)は改めて、打席へ向かい。

 マウンドへ行っていた土方(ひじかた)もポジションへ戻り、腰を降ろす。

 

「お待たせしました、お願いしますっ」

「うむ。プレイ!」

 

『ワンナウトから試合再開です。バッターボックスには、前の打席見逃し三振に倒れた、浪風(なみかぜ)芽衣香(めいか)。ここは、リベンジと行きたい場面でしょう!』

 

 芽衣香(めいか)は、オープンスタンスで腰を落とし、バスターで構え。土方(ひじかた)は、外角へミットを構えた。沖田(おきた)の足が上がる。

 

『外角低めにストレートが決まりました! ワンストライク!』

 

 構えたところへピシャリと来たストレートを、芽衣香(めいか)はバットを引いて見逃し、捕球した土方(ひじかた)は立ち上がってボールを返す。

 

「(よし、ストレートに狂いはない。バッターは、手を出して来なかった。それとも、手が出なかったのか。どちらにしても、当てに来ている間は問題ない。このままストレートで押し切る)」

 

 二球目も、ほぼ同じコースのストレート。芽衣香(めいか)は、これもバットを引いて見逃す。追い込まれてからの三球目は、どうにかカットしてファウルで逃げた。

 

「はぁ~......」

「(さすがに三球同じコースなら振ってくるか。しかし、当てるだけで精一杯な様子。低めに意識を向けた、ここを振らせる)」

 

 土方(ひじかた)は高めにミットを構えて、釣り球を要求。

 

「高めに構えたわ......!」

「ここまでは狙い通り。さて、どのような目が出るか」

 

 芽衣香(めいか)へ対する四球目、内角高めのストレート。

 

「(――高い! 高めのストレートは、ノビて来てボール球になる。でも、“高めを狙っていけ”って......。もう、どうなったって知らないから!)」

 

 一度引いたバットを、高めのストレートを狙って振り抜いた。

 

『おおっと! これは、打ち上げてしまった。キャッチャーへのファウルフライ! 土方(ひじかた)、ファウルグラウンドでしっかり掴んで......ツーアウト!』

 

 指示通り高めを狙うも結局、ファウルフライに終わった芽衣香(めいか)は、がっくりと肩を落として帰って来る。

 

「ナイスバッティング」

「むっ、どこがですかっ」

 

 ほっぺたを膨らませて抗議するも、東亜(トーア)は悪びれる様子は微塵も見せず、逆に笑って見せた。

 

「はっはっは、当たったじゃねーか」

「えっ? あっ......」

「確かに、脅威的な空振り率を誇るストレートを二回振って、二回とも当てたわね」

「まあ、下位打線相手ということもあって、多少力を抑えたところもあるだろうが。少なくとも、三振はしなかった。これは、大きな成果だ」

「あおいさんに、何か伝えていたみたいだけど?」

「別に、特別なことは言っていない。三振しても構わないから、ストレート一本に的を絞って振ってこいと言っただけさ」

 

 東亜(トーア)の言葉通り、ツーアウトランナー無しの状況で今日、初めて打席に立ったあおいは、バットを短く持ち、気負う様子もなくリラックスして構えている。

 初球、ほぼ真ん中のストレートを見逃した。

 

「(うっ、殆ど真ん中だったのに振れなかった。みんな、こんな凄いストレートを粘ってたの......?)」

 

 二球目は、初球よりも外寄りのストレート。今度はバットを振るも、完全に振り遅れて空振りのストライク。三球目は、ツーアウトということもあって、焦って三球勝負へは行かず、慎重に外角へ外し、カウントを整えた。

 そして、バッテリー有利のカウントからの四球目――。

 

「あ!」

「なっ!」

「えっ?」

 

 やや甘く入ってきた高めを、キレイに弾き返した。

 

『打ったーッ! やや弱い打球が、沖田(おきた)の頭上を越えるぅ! セカンド寄りのセカンドベースの後方、セカンド松原(まつばら)が懸命のダイビング――も、僅かにグラブの先を抜けていったーッ! センター前ヒット! 二回以降、完璧に抑えられていた恋恋高校、久しぶりにランナーが出ました。そしてこの試合、初めて外野へヒットを放ったのは、なんとなんと! 途中出場の投手、早川(はやかわ)あおいでしたーッ!』

 

 このまさかの結果に一番驚いていたのは、ヒットを打った張本人である――あおいだった。


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