7Game   作:ナナシの新人

100 / 111
Final game11 ~成果と結果~

 三回裏の攻撃に向け、東亜(トーア)の前にナインが集まっている。

 

「さて、どこを狙えばいいか、分かっているな?」

「手負いのライトです」

 

 鳴海(なるみ)の答えに、この回先頭の真田(さなだ)を除いた先発メンバーと、手の空いているナインが頷く。

 

「その通り、“ドブに落ちた犬は沈めろ”――勝負の鉄則だ。しかしながら、手負いのライトを狙うにしても、あの投手を攻略しなければならない。何せまだ、一度しか外野へ打球を飛ばせていないのだからな」

 

 タイムリー内野安打以降、ストレート一本のピッチングにも関わらずバットにかすりもしない現状に、やや表情(かお)が曇る。

 

「まあ、そう深刻に受け止めるなよ。で、今のところ手も足も出ない相手に、どのような方法で対応するかが問題になるわけだが。何か、アイデアはあるか?」

「はい! 揺さぶるっ」

 

 実際に対戦した芽衣香(めいか)が挙手し、いの一番に答えた。

 

「あたしは、腰が引けて出来なかったけど......。バスターとか、セーフティとかっ」

「小技や足を使い、徹底的に揺さぶり、相手にプレッシャーを与えると。ありきたりな策ではあるが、試す価値は大いにある。と言うより、既に実行に移しているようだな」

 

 東亜(トーア)の視線の先には、先頭打者の真田(さなだ)が、セーフティバントを試みて失敗したところ。はるかに、続けるようサインを送らせ、ナインたちへ視線を戻す。

 

「揺さぶりってのは、続けることに最大の価値がある。一度や二度のミスでブレてはならない、失敗しようと成果が出ずとも攻めの姿勢を貫き通して臨むこと。そして何より、威力のある高めには極力手を出さないこと」

 

 ――はい! と声を揃えて返事をし、各自個人の役割に戻っていく。

 

「揺さぶり、常套手段だけど通じるかしら?」

「それは、大した問題じゃない。揺さぶりの先にある、成果が本命だ」

「成果?」

「攻略の解釈、捉え方の話し。今回の攻略の意味は、成果であり、結果ではないのさ。まあ、そう遠くないうちに解る時が来る。しかし、その時までにやらなければならないことがある。むしろ、そっちの方が重要」

 

 東亜(トーア)は、瑠菜(るな)、あおい、鳴海(なるみ)を呼び、まず最初に、瑠菜(るな)へ労いの言葉を伝える。

 

「三回三失点、上出来だ。何より、三番相手に逃げなかった。結果的に打たれはしたが、フェンスオーバーを許さずゼロで切り抜けた、お前の勝ちだ」

「――はい!」

「お疲れさま。アンダーシャツ替えてらっしゃい。アイシングとドリンクの用意しておくわね」

「ありがとうございます、失礼します」

 

 瑠菜(るな)は、ベンチ裏へ下がっていく。続けてあおいに、本格的に肩を作るように伝え。鳴海(なるみ)には、次回以降の組立について話す。

 

「四回五回が、この試合の行方を左右する重要なイニングになる。理想は、現状の点差を保つこと。四点差が付いた時点でアウトだ」

「四点......」

「まだ余裕がある、なんて都合のいい考えは持つなよ。気を抜けば、一瞬で突き放される。なぜ、手負いの主砲を四番に据えているのか、ヤツが、チームの大黒柱だからだ。例え枷であろうとも、存在しているだけで、チーム全体の士気が上がる」

「......逆に、気を遣わせないように死に物狂いで勝ちに来る」

「そう。稀に現れるんだ、何年かに一人。作られた虚像の紛い物ではなく、自然と惹き付ける本物が。あの四番には、その資質がある。重い枷であることに間違いないが、手負いの獣は時に恐ろしくもある。頭に入れておけ」

 

 東亜(トーア)の忠告に、とても真剣な表情(かお)で頷いた鳴海(なるみ)は、先にブルペンに入っているあおいの元へ向かった。

 試合の方は、真田(さなだ)が見逃し三振に倒れ、葛城(かつらぎ)は終始バスターで粘って見せるも、高めをカットし損ねて空振りの三振に終わった。そして、三番奥居(おくい)も――。

 

『ファウル! ストレートを捉え損ね、一塁側の客席へ飛び込みました。ややボール球だったでしょうか? カウント・ツーエンドワン。仕切り直し、次が四球目、そして、バスターの構えです!』

 

「選球眼のいい奥居(おくい)くんが、高めのボール球に手を出てしまうなんて......」

「最初は、ストライクに見えるんです。だけど、実際にバットを振ってみると、予測よりもボールの下を振ってるんです」

 

 着替えを済ませ、ベンチ裏から戻って来た瑠菜(るな)は、実際に対戦して感じた感想を話し。同調して、芽衣香(めいか)も頷く。

 

「そうそう、手元でグイって来る感じで。来た! って思って振ったら、もうミットに入ってるんですっ」

「よう。そもそも、“ノビ”と“キレ”の違いって知ってるか? 解説者が、よく言うだろ。ストレートのキレがいい、ストレートがノビてるってな」

「言われてみれば......何だろう?」

「どっちもスピードガンの数字よりも、速く感じるって時に使われる印象が多いわね」

 

 首を傾げる芽衣香(めいか)と、口元に手を添える瑠菜(るな)東亜(トーア)は、試合を見ながら話す。

 

「ノビとキレには、決定的に違うことがある。キレは、ストレートと変化球の両方に使われるが。ノビという表現は、ストレートにしか使われない。スライダーが手元でキレるとは言うが、スライダーが手元でノビるとは言わないだろ」

「確かに、聞かないわね」

「キレは、ボールの回転数を示し。ノビは、ボールの回転軸を示す」

 

 一般的にオーバースローで投げる選手のストレートの回転軸は、平均20~30度前後利き手側が下がる形で傾いているとされている。

 

「軸の傾きが大きいほど、傾いた横への影響も大きく作用する。シュート回転と表現されるストレートが分かりやすいだろう。逆に傾きが小さいほど、横への影響は小さくなり、縦へ向かう揚力が効率よく作用し、落下度の低い軌道のストレートになる」

 

 ※今年、現役引退を表明された藤川選手の全盛期の「火の玉ストレート」と評されたストレートは、約5度ほどしか傾いていなかったというデータもあり、実に三割強の奪空振り率を誇っていたそうです。

 

「加えて、初回外野の深くまで運んだ奥居(おくい)が、相当に差し込まれる程の高回転がかかっている。だが、単純な回転数でいえば猪狩(いかり)の方が上、球威では木場(きば)に劣る。しかし、回転軸に焦点を移すと。予測よりも落下せず、予測よりも速くホームベースへ到達するから、振り遅れて空振ってしまう。(ベンチ)から見ていても、高めは特に落下が小さい。アイツのストレートも一桁......いや、もっと僅かな限りなくゼロに近い軸の傾きのストレートなのかも知れない」

「横へ作用する縦軸が小さな、限りなく真っ直ぐに近いストレート......」

 

 ツーアウトのため、奥居(おくい)のグラブも一緒に準備していた芽衣香(めいか)が、横で呟いた瑠菜(るな)に尋ねる。

 

瑠菜(るな)は、出来ないの?」

「......無理よ。出来れば、理想だけど。私は、スリークウォーター。そもそも基本的なオーバースローでも、実際は、斜めから腕が出ているのよ。本当に真上から振り下ろす訳じゃないわ。野手の送球も同じだけど、サイドに近いスリークウォーターで投げた方が安定するでしょ。けど、回転軸の傾きを小さくしようと思ったら、身体の軸を逆手側へ傾けるか、可能な限り手首を内側へ立てるようにリリースするしかないわ」

「しかし、沖田(おきた)は、それらを行っていない。むしろ、力感のない理想的な投げ方をしている。おそらく、人差し指と中指にかける力加減で微調整しているんだろう。何対何の割合で力を振り分けるか、誤差1パーセント以下の高い精度が要求されているハズ。神がかり的な指先の感覚の持ち主」

鳴海(なるみ)くんが言っていた動くストレートの正体は、試行錯誤の中で回転軸が安定していなかったから。だからランナーを出しても、クイックをしなかったのね。可能な限り、投球動作を一定に保つために......!」

「まあ、そんなところだろう。リラックスして投げられるキャッチボールとは、訳が違うからな。序盤に変化球が多いのも同じ理由だ」

 

 天候、グラウンドコンディション、体調などで指の掛かり具合が変わる。そこで、リリースの感覚を掴めるまでの間、変化球を使いながら、腕の振りや指先の感覚の微調整を行っていた。

 

『おっと、ファウルチップ! 土方(ひじかた)、捕球しています! 空振り三振! 一番から始まる好打順でしたが、三者三振に終わりました。これで前の回から合わせて、五者連続三振! 正に、快刀乱麻のピッチングですッ! そして、恋恋高校のベンチが動きます。先発の十六夜(いざよい)に代わって、早川(はやかわ)あおいの名が告げられましたーッ!』

 

「本当に当たらなくなってきたわね......」

「フッ、チャンスは来るさ。必ずな」

 

 ベンチ戻った壬生と入れ代わりで、恋恋ナインが守備位置に着き。投手の交代を告げらたあおいが、四回表のマウンドに立ち、投球練習を開始した。

 

 

           * * *

 

 

 あおいの投手練習を観察しつつ打席の準備を急ぐ、土方(ひじかた)

 

「(たった一球の失投で、投手を代えてきた。しかも、違うタイプとは言え、同じ軟投派を持ってきた。並の指導者なら緩急を利用しようと、速球派を持ってくるだろうに。これが、伝説の勝負師の判断力と決断力――)」

 

 アナウンスが流れ、土方(ひじかた)は打席へ向かう。

 

「(彼女には、決め球がある。ストレートと見分けのつかない縦の変化球。初見で長打を狙うことは至極困難。ここは、(けん)に徹する)」

 

 打席で構えた姿を入念に観察し、サインを出す。

 

「(先頭バッターの入り方、大事だからね)」

「(うん、分かってるよっ)」

 

 初球は、真ん中のストレートでストライク。二球目も、ストレートを続けて、見逃しのストライクを奪った。

 

「(考えを見透かしたように、甘いストレートでストライクを。これでは、見るも何も無いな。仕方ない)」

「(構えに力が入った。見るのは止めたみたいだ。なら――)」

 

 第三球、外角のボールになる緩いカーブ。タイミングを外し、ライトへの浅いフライに打ち取った。

 

「あおいちゃん、ナイスピッチ!」

「ありがと! ワンナウトーっ!」

 

 打ち損じた土方(ひじかた)は、ひとつ大きく息を吐き、斎藤(さいとう)に情報を伝えてからベンチへ戻り、守備へ向けての準備を進める。近藤(こんどう)が、声をかける。

 

「今のは、カーブか?」

「ああ。ストレートに近い同じ軌道から、緩やかに大きく逃げていった。球速差があるとは言えど、決め球以外の見極めも難しいな。厄介な投手だ、苦戦するぞ」

 

 彼の予想は、的中した。当たり自体は良くなかったが、野手の間を抜けるヒットで斎藤(さいとう)が出塁をするも、七番松原(まつばら)は、内角のシンカーを引っかけて併殺打。結局、三人で攻撃終了。

 そして、四回裏。恋恋高校の攻撃は、四番甲斐(かい)からの打順。前の三人と同じく、バスターの構えで食らいつくも、インローのストレートに手が出ず見逃しの三振に倒れ、矢部(やべ)の打席。そして、例の如く――。

 

「(またバスターですか、懲りないですねー)」

「(気を抜くな。この揺さぶりには、意味がある。事実、こちらは常に構えざるを得ない)」

 

 土方(ひじかた)の指示で沖田(おきた)は、ピッチングに専念しているが。それを補うために、バスターの構えをとられる度に内野陣は、セーフティバントとヒッティングの両方に気を配らなくてはならない。更に、粘り強く食らいついてくるため気力と体力の両方を削られている。

 

矢部(やべ)、スリーバントセーフティ! しかしこれは、打ち上げてしまいました。ファウルグラウンド、ファースト斎藤(さいとう)がしっかり掴んで――ツーアウト!』

 

 追い込まれてからのバント失敗で、ファウルアウトに倒れた矢部(やべ)だったが。なぜか不敵な笑みを浮かべながら、ベンチへ戻ってきた。

 

「フッフッフ......連続三振、止めてやったでやんす!」

「何得意気に言ってんのよっ」

「はっはっは、いいじゃねーか。とりあえず、止めたと言う事実は残る。当然、あちらさんも意識するさ」

 

 タイムをかけた土方(ひじかた)は、沖田(おきた)の元へ向かっていた。

 

「あれ? どうしたんですか?」

「少し間を取りに来た。一応、途切れたからな」

「ああ~、別に気にしてませんよ。狙ってた訳でもないですし」

「なら、構わないが。次の六番は、山口(やまぐち)のフォークをスタンドまで運んでいる。甘いコースは厳禁だぞ」

「了解です」

 

 沖田(おきた)はロジンバッグを手に取り、土方(ひじかた)はポジションへ戻った。鳴海(なるみ)が、打席に入ってツーアウトランナー無しから試合再開。

 

鳴海(なるみ)も、最初からバスターの構えです。沖田(おきた)、第一球を投げました! バットを引いて、ストライク! アウトコースいっぱいへスバラシイストレートが決まりました!』

 

「(確かに、もの凄いノビとキレだ、球速もある。だけど、オープンスタンスで構えるバスターだからか、ボールの出所自体は結構見える。芽衣香(めいか)ちゃんの打席以降、一球も変化球を使ってない。きっと、掴んだ指先の感覚を逃したくないんだ。それなら、高めにさえ釣られなければ、チャンスはある......!)」

 

 二球目は、その高めのストレート。思わず手が出かかるもギリギリで止め、ボールの判定。

 

「(ダメだって、これに反応したら。ボールに手を出したら、相手を助けるだけ。甘いボールも少なくない、粘ってミスショットしないように叩く......!)」

「(今の反応を見る限り、高めは捨てる意識を持っている。カウントを稼ぐ......いや、高めはあくまでも低めを意識させた上で空振りを誘うボール。甘く入れば、長打もある危険なコースであることに変わりはない。基本は、低めだ)」

 

 壬生バッテリーは、低めでファウルを打たせ、狙い通り追い込んだ。しかし鳴海(なるみ)も、簡単にはやられない。ストレート一本勝負ということもあり左右のズレは見極め、際どいボールは辛うじてカットして逃げる。

 

鳴海(なるみ)、粘ります! 次が、八球目――これも、ファウル!』

 

「ふぅ~......」

 

 球審から受け取った新しいボールを沖田(おきた)へ投げ渡し、険しい表情で鳴海(なるみ)を見る。

 

「(くっ、しぶとい。球速は違えど、アンダースローの軌道に慣れているからなのか? これ以上は......変化球を使うか。だが――)」

土方(ひじかた)さん」

 

 沖田(おきた)から声かけを受けて顔を上げると「難しいこと考えなくていいですよ」と、頷いて見せた。そして、プレートに軸足を付け、ゆったりと左足を上げる。

 

「(しつこく食らい付いてくるなら......振らせなければいいんだから!)」

「(は、速い......!)」

 

 真ん中の外寄りのストレート。手が出ずに見逃し、球審の手が上がった。

 

『――見逃し三振ッ! 最後は、手が出ませんでした。そして今の一球、なんとなんと150キロを計測! 場内騒然! 甲子園にまた一人、新星が現れましたーッ!』

 

 どよめきが収まらないスタンドの空気は、恋恋高校のベンチにも連鎖反応を起こす。

 

「一年生が、150キロって......」

「動揺するな。今、焦らなければならないのは相手の方だ。見てみろよ」

 

 東亜(トーア)がアゴで差した先には、険しい表情(かお)土方(ひじかた)と涼しい表情(かお)沖田(おきた)が言葉を交わしていた。

 

「四回か。思ったより早く済みそうだな」

「何のこと?」

「くくく、さーてね」

 

 小さく笑ってはぐらかし、戻ってきた鳴海(なるみ)に声をかける。

 

「おい、引きずるなよ。せっかく手繰り寄せたモノを手放すことになるぞ」

「あ、はい! あおいちゃん、すぐに行くから」

「うん! 新海(しんかい)くん、お願い!」

「はい!」

 

 鳴海(なるみ)は、瑠菜(るな)の手を借りて準備を済ませ、急いでグラウンドへ駆け出して行く。受けてくれていた新海(しんかい)と代わり、最後の投球練習のボールを受けて、五回表が始まった。

 この回先頭の八番(たに)を変化球で内野ゴロに打ち取り、ラストバッターの井上(いのうえ)を両サイドの出し入れで揺さぶり、低めいっぱいのストレートで空振りの三振を奪う。下位打線をテンポよく仕留め、打順は先頭に返り、原田(はらだ)の三度目の打席。二打席目の時と同様、ストレートとカーブの緩急を巧みに使い、決め球は――。

 

『伝家の宝刀、マリンボール! 膝下へ鋭く落ちるユニークな変化球に、バットが回りました! この回、三人で退けましたー!』

 

 小さくガッツポーズを見せたあおいは、鳴海(なるみ)とグラブでタッチを交わし、意気揚々と軽い足取りでベンチへ戻る。

 

「ナイスピッチ。下位打線からとは言え、トップバッターを含めよく三人で片付けた。さて、次の回だが......また揺さぶって来い。徹底的な。そして――」

 

 東亜(トーア)は、自分を囲むように立つナインたちに笑みを見せながら言った。

 

 ――変化球を投げさせることが出来れば、沖田(アイツ)は崩せる。




追伸――何だかんだで100話到達。
ここまで付き合ってくださり感謝感謝です!
ラストも近づいて来ましたが、あと少しお付き合いいただけると幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。