恋恋高校先発あおいの初球は、アウトローへのストレート。
この試合で初めてマスクを被った
「つぅ......」
「ストライークッ!」
球審のコールを聞いて
「(あおいちゃん、気合い入ってるな。よし、俺も!)」
利き手に持ち替えて、元気よく投手にボールを投げ返す。
「ナイスボール!」
「うん!」
返球を受け取ったあおいはサインにうなづき、再びモーションに入る。二球目も同じコース。外のストレートで空振りを奪い、カウント0-2。二球で追い込んだバッテリー、
三球目――釣り球、真ん中高めのストレート。
「ストライク、バッターアウトッ!」
オーバースローとは違うアンダースロー独特の浮き上がる様な軌道のストレートで、先頭バッターを空振り三振に切った。
このワンアウトは
「オッケー、ナイスピーッ!」
「ナイスリード!」
グラウンドのナインだけではなく、ベンチの新入部員たちも大きな声を出して盛り立てる。
「ふふっ、うまく焚き付けられたみたいね」
「単純なもんさ」
昨夜バーで二人は、アンドロメダ学園に勝利するための作戦を話し合っていた。
「勝つためには絶対条件がある」
「絶対条件?」
「5回10点差コールドゲームで終わらせることだ」
「5回コールド?」
相手がいくら一年生だけだとしても、さすがに無茶。だが、
本番では勝ち上がる度に日程が詰まっていき、疲労が蓄積され体が思うように動かなくなっていく。女子の参加が認められるのは夏の予選からのため、春大会は辞退。そのため、本大会に近い条件下での経験を一度させることが試合の本来の目的だったが、状況が変わった。相手が春の覇者アンドロメダ学園と決まったことで付加価値が生まれた。
「でも、あの子たちは『勝ち』を知らないわ。アンドロメダ学園が相手だと知れたら......」
「だから臆せず戦わせる必要があるのさ。お前にも協力してもらう」
その奮起方法は、
そして、昨晩の会話数日前から
現役時代は、事前に対戦データを集めることはほとんどなかったが、今は自らマウンドに立つことが出来ないための苦肉の策。
「スリーアウトチェンジ」
恋恋高校初回の守りは大きなミスもなくきっちりと三人で抑えてベンチへ戻ってきた。
「自信無さげだったわりには、無難にこなすじゃないか」
「いえ、必死ですよ」
苦笑いの
そこへ、パワフル高校戦で正捕手を務めた
「相手の先発は、
「
「ブルペンだけど最速140km/hのストレートにスライダー、カーブ、フォーク、シンカー......。とても一年生とは思えないわね」
「その辺の学校なら一年でも十分エースを張れるレベルだ。だが――」
マウンドで投球練習をしている
「所詮は一年だ」
後攻の恋恋高校の攻撃は、
「よっしゃー! こーい!」
「
「
名門アンドロメダと言う名に臆することなく構える。
キャッチャーのサインにうなづき右のオーバーハンドから
「ボール」
初球は外のカーブがボール一個分外れてカウント1-0。二球目は同じコースからのスライダーを引っ張って、ファウル。三球目は、インコースやや甘めのストレートを一塁線へのファウル。
四球目カウント1-2からの外のシンカーを走り打ち、平凡なショートゴロを打たされるも際どいタイミングでのアウト。
「ちっ。間一髪か」
「惜しい惜しい!」
「ドンマイでやんすー!」
「おう。
「オッケー」
ベンチに戻ってきた
「......手首を使って打つ。よしっ」
「まずまずだな。さて......」
『はい』
「どうだ?」
『はい、順調に増えています』
「そうか。そのまま続けてくれ」
電話を切るとちょうど
「いくぜ!」
「ストライク!」
「よし」
外へ逃げるカーブで一つ空振りを奪う。
二球目、真ん中から落ちるフォークを見逃して0-2と追い込まれた。
「(カーブにフォークか。
配球を思い返しながら足場を整えて構え直す。
「プレイ」
球審のコールで試合再開。
「(――真っ直ぐ、ヤバい、差し込まれたッ!)」
「よし、ライト!」
「オーライ、オーライ!」
やや振り遅れた打球は、ライト上空へと上がった。ライトはグラブを掲げながら余裕を持って徐々に後ろへ下がって行く。そして、その足が止まる。フェンスに当たって――。
「えっ......?」
「うっそ!」
「あれ?」
つまったと思われた打球は予想外に伸び、ライトフェンスをギリギリで越えた。今日四番に座る
「キミ、ホームランだよ」
「あっ! はい!」
自らが放った打球に戸惑っていた
「ナイスホームラン! 凄かったよ
「ほんとやるじゃない、見直したわ!」
「へへへっ」
あおいと
「今の打球、すごい伸びたな」
「おおっ、オイラも驚いたぜ。差し込まれたと思ったんだけどなぁ~」
二人の話しを聞いて
「これが、
「まあな。自分じゃまだ気づいていないが、
「
投手の投げるボールの回転を見極められるほどの驚異的な動体視力と巧みなバットコントロールを持ち。常に打撃三部門の上位に位置し打率に関しては4割に迫る成績を残し、さらには頭脳戦にも丈、
「
「うまく育てばな」
連続ホームラン以上に広角へ打ち分けることが出来る打撃センス。そして何より、
「だが、
「
「さてな」
惚けて濁す
『先ほどの
「そうか。SNSにも動画を上げておけ」
『わかりました。では失礼します』
スマホを置く。
「
「ああ、明日から忙しくなる覚悟しておくんだな」
「ふふっ。望むところよ」
「どうかね?」
「あ、理事長先生。
「そうか」
机ははるかが使っているため理事長は、来客者用のソファに座りグラウンドを眺める。
「さすがは伝説の勝負師。期待通りの働きをしてくれているようだね」
「理事長先生は
はるかの質問を聞いて、理事長は目を閉じて微笑んだ。
「私が
「理事長先生が?」
「私は、埼玉の片田舎出身でね」
「埼玉県? あ、コーチの......」
「うむ。息子がまだ小さな子どものころに、リカオンズの試合に連れて行ったことがあった。あの年は強くてね、連勝連勝で勝ち続けリーグ制覇を成し遂げた。しかし、徐々にチームは低迷して行き万年Bクラス。近年では三年連続の最下位に沈んでしまった。だが、そこへ救世主が現れた。それが彼だ」
ベンチに足を組んで座る
「あの風貌と態度。最初はとんでもない選手が加入したと思ったものだが、彼のプレーでリカオンズは変わった。強かったあの頃のリカオンズが戻ってきた。優勝を決めた試合は球場で昔馴染みと共に年甲斐もなくは騒いでしまったよ」
はっはっはっ、と声を出して豪快に笑い。ふぅ......、と一つ息を吐いて仕切り直してから続きを話す。
「ちょうどその頃だった。野球部と関わりの無い孫娘が女子選手の公式戦出場を認めさせるための協力を頼んできたんだ。そして、それが公式に認められた時私と同じ事を考えていた
「理事長先生......」
「ははは......。さて、じゃあ私はそろそろ行くよ」
――これから本社で会議があってね、と理事長は席を立ち部屋を出ていった。
「ありがとうございます。よーしっ」
はるかは、閉じられた扉に頭を下げてお礼を言ってからパソコンに目を戻して
グラウンドでは三回の攻防が終了。
あおいは、捕手
そして、2-0のまま五回表ワンナウトからヒットでランナーを一人出した場面で
「
「
「ああ。あおいはライト。
「......わかったわ」
捕手の
「
「は、はい。わかりました!」
女子新入部員の
「
「マジかよ......」
「ファイトです、せんぱいっ!」
頭を下げてベンチへ戻る。
「俺、ピッチャーなんてやったこと無いんだぜ...…?」
「まあコーチが言うんだし、何か確証があるんだろうさ」
「そうだよな?」
「ああ、だから俺のミットめがけて思い切り投げ込んで来い! 絶対捕る!」
「おう! 頼むぜ」
ポジションに戻って試合再開。
四回表一死一塁バッターは
初マウンドの
「っ!?」
手元で内角へ食い込んだ。バットの根元に当たった
サード
「ナイスだぜ
「スゲーな!」
「いてっ、いてっ。俺が一番驚いてるっての!」
「
「それで、真ん中に投げさせて右打席の
「それだけじゃねえよ」
「えっ?」
――来たか。さて、そろそろ潰すとするか、と。