7Game   作:ナナシの新人

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game10 ~夢~

 恋恋高校先発あおいの初球は、アウトローへのストレート。

 この試合で初めてマスクを被った鳴海(なるみ)のミットへ吸い込まれた。練習後のキャッチボールの延長で受けていたボールとは比べ物にならない球威。

 

「つぅ......」

「ストライークッ!」

 

 球審のコールを聞いて鳴海(なるみ)は、ようやく一つ落ち着くことができた。

 

「(あおいちゃん、気合い入ってるな。よし、俺も!)」

 

 利き手に持ち替えて、元気よく投手にボールを投げ返す。

 

「ナイスボール!」

「うん!」

 

 返球を受け取ったあおいはサインにうなづき、再びモーションに入る。二球目も同じコース。外のストレートで空振りを奪い、カウント0-2。二球で追い込んだバッテリー、鳴海(なるみ)のサインに頷いたあおいはモーションを起こす。

 三球目――釣り球、真ん中高めのストレート。

 

「ストライク、バッターアウトッ!」

 

 オーバースローとは違うアンダースロー独特の浮き上がる様な軌道のストレートで、先頭バッターを空振り三振に切った。

 このワンアウトは鳴海(なるみ)はもちろん、ナイン全員を落ち着かせるアウト。

 

「オッケー、ナイスピーッ!」

「ナイスリード!」

 

 グラウンドのナインだけではなく、ベンチの新入部員たちも大きな声を出して盛り立てる。

 

「ふふっ、うまく焚き付けられたみたいね」

「単純なもんさ」

 

 昨夜バーで二人は、アンドロメダ学園に勝利するための作戦を話し合っていた。

 

「勝つためには絶対条件がある」

「絶対条件?」

「5回10点差コールドゲームで終わらせることだ」

「5回コールド?」

 

 相手がいくら一年生だけだとしても、さすがに無茶。だが、東亜(トーア)は5回で終わらせられなければ勝てないと確信を持っていた。基礎体力強化を初めて一週間、今が一番疲労のピークに達する時期。これが、対戦校がアンドロメダ学園に決まる前に『どうせ勝てない』と言った理由。

 本番では勝ち上がる度に日程が詰まっていき、疲労が蓄積され体が思うように動かなくなっていく。女子の参加が認められるのは夏の予選からのため、春大会は辞退。そのため、本大会に近い条件下での経験を一度させることが試合の本来の目的だったが、状況が変わった。相手が春の覇者アンドロメダ学園と決まったことで付加価値が生まれた。

 

「でも、あの子たちは『勝ち』を知らないわ。アンドロメダ学園が相手だと知れたら......」

「だから臆せず戦わせる必要があるのさ。お前にも協力してもらう」

 

 その奮起方法は、東亜(トーア)理香(りか)の芝居。

 東亜(トーア)が挑発的な解釈を言い、慌てて理香(りか)が止めに入る。これにより東亜(トーア)の言葉の信頼性が増し、そして狙い通りナインの奮起を促した。しかしこれは、パワフル高校と互角に戦えたという自信があってのこと。

 そして、昨晩の会話数日前から東亜(トーア)は、理香(りか)にアンドロメダ学園の日程を調べてもらい足を運び続けていた。仮に負けても、ある程度善戦するために。

 現役時代は、事前に対戦データを集めることはほとんどなかったが、今は自らマウンドに立つことが出来ないための苦肉の策。

 

「スリーアウトチェンジ」

 

 恋恋高校初回の守りは大きなミスもなくきっちりと三人で抑えてベンチへ戻ってきた。

 

「自信無さげだったわりには、無難にこなすじゃないか」

「いえ、必死ですよ」

 

 苦笑いの鳴海(なるみ)は、ベンチに座って額の汗を拭う。

 そこへ、パワフル高校戦で正捕手を務めた近衛(このえ)が隣に座り、守備位置のサインの確認などを話し合う。

 

「相手の先発は、渡久地(とくち)くんの読み通り嵐丸(あらしまる)くん」

嵐丸(あいつ)しか居ないだろうからな」

「ブルペンだけど最速140km/hのストレートにスライダー、カーブ、フォーク、シンカー......。とても一年生とは思えないわね」

「その辺の学校なら一年でも十分エースを張れるレベルだ。だが――」

 

 マウンドで投球練習をしている嵐丸(あらしまる)見て、東亜(トーア)は意味深な笑みを浮かべた。

 

「所詮は一年だ」

 

 後攻の恋恋高校の攻撃は、矢部(やべ)に代わりに一番へ入る真田(さなだ)がバッターボックスで足場をならす。

 

「よっしゃー! こーい!」

真田(さなだ)ー、打てー!」

真田(さなだ)くーん!」

 

 名門アンドロメダと言う名に臆することなく構える。

 キャッチャーのサインにうなづき右のオーバーハンドから嵐丸(あらしまる)の第一球。

 

「ボール」

 

 初球は外のカーブがボール一個分外れてカウント1-0。二球目は同じコースからのスライダーを引っ張って、ファウル。三球目は、インコースやや甘めのストレートを一塁線へのファウル。

 四球目カウント1-2からの外のシンカーを走り打ち、平凡なショートゴロを打たされるも際どいタイミングでのアウト。

 

「ちっ。間一髪か」

「惜しい惜しい!」

「ドンマイでやんすー!」

「おう。浪風(なみかぜ)、球種は多いけどコーチの言った通りだ。変化球もストレートも、星井(ほしい)ほどじゃない」

「オッケー」

 

 ベンチに戻ってきた真田(さなだ)は二番に入る芽衣香(めいか)に、嵐丸(あらしまる)の情報を伝達。

 芽衣香(めいか)は、ベンチの声援に手を振って答え、東亜(トーア)に指摘されたことを小さく声に出して二度素振り。

 

「......手首を使って打つ。よしっ」

 

 芽衣香(めいか)は、初球の甘く入ったストレートをライト前へキレイに打ち返し、ファーストベース上で笑顔を見せて、ベンチに向けて拳を上げた。

 

「まずまずだな。さて......」

 

 東亜(トーア)は、矢部(やべ)の打席の最中にスマホで電話をかける。

 

『はい』

「どうだ?」

『はい、順調に増えています』

「そうか。そのまま続けてくれ」

 

 電話を切るとちょうど矢部(やべ)がベンチへ戻ってきた。打席結果はライトフェンス付近への大きなファウルフライ。一塁走者の芽衣香(めいか)はタッチアップでセカンドへ進塁し、二死二塁先制のチャンスで今日四番の奥居(おくい)

 

「いくぜ!」

 

 嵐丸(あらしまる)はピンチになると脆さを見せた星井(ほしい)とは異なり、落ち着いた様子で二塁走者芽衣香(めいか)を目で牽制してモーションに入る。

 

「ストライク!」

「よし」

 

 外へ逃げるカーブで一つ空振りを奪う。

 二球目、真ん中から落ちるフォークを見逃して0-2と追い込まれた。奥居(おくい)がタイムを要求して、一度打席を外した。

 

「(カーブにフォークか。真田(さなだ)にも、矢部(やべ)も勝負は変化球だったな......)」

 

 配球を思い返しながら足場を整えて構え直す。

 

「プレイ」

 

 球審のコールで試合再開。

 嵐丸(あらしまる)は、一度サインに首を振ってからセットポジションに入る。バッテリーの選択は、変化球が来ると予想していた奥居(おくい)の裏を突く真っ直ぐ(ストレート)

 

「(――真っ直ぐ、ヤバい、差し込まれたッ!)」

「よし、ライト!」

「オーライ、オーライ!」

 

 やや振り遅れた打球は、ライト上空へと上がった。ライトはグラブを掲げながら余裕を持って徐々に後ろへ下がって行く。そして、その足が止まる。フェンスに当たって――。

 

「えっ......?」

「うっそ!」

「あれ?」

 

 つまったと思われた打球は予想外に伸び、ライトフェンスをギリギリで越えた。今日四番に座る奥居(おくい)のツーランホームランで、恋恋高校が幸先良く先制点を奪った。

 

「キミ、ホームランだよ」

「あっ! はい!」

 

 自らが放った打球に戸惑っていた奥居(おくい)は、球審に指摘されるとバットをファウルゾーンへ放り投げ、駆け足でダイヤモンドを一周。五番打者の近衛(このえ)とハイタッチを交わしてベンチへ戻った。もちろんベンチでも手荒い歓迎を受ける。

 

「ナイスホームラン! 凄かったよ奥居(おくい)くんっ」

「ほんとやるじゃない、見直したわ!」

「へへへっ」

 

 あおいと芽衣香(めいか)に褒められて奥居(おくい)は、照れくさそうに鼻の下を指で擦りながら鳴海(なるみ)の隣に座った。

 

「今の打球、すごい伸びたな」

「おおっ、オイラも驚いたぜ。差し込まれたと思ったんだけどなぁ~」

 

 二人の話しを聞いて理香(りか)は、東亜(トーア)に訊く。

 

「これが、奥居(おくい)くんを四番に置いた理由なの?」

「まあな。自分じゃまだ気づいていないが、高見(たかみ)に匹敵――いや、それ以上の潜在能力を秘めてる」

高見(たかみ)って......。去年のリーディングヒッターの、あの高見(たかみ) (いつき)っ?」

 

 高見(たかみ)(いつき)

 投手の投げるボールの回転を見極められるほどの驚異的な動体視力と巧みなバットコントロールを持ち。常に打撃三部門の上位に位置し打率に関しては4割に迫る成績を残し、さらには頭脳戦にも丈、東亜(トーア)を唯一苦しめた天才バッター。

 

奥居(おくい)くんが......」

「うまく育てばな」

 

 東亜(トーア)が、奥居(おくい)の才能に気が付いたのはバッティングセンターで打撃を見たとき。

 連続ホームラン以上に広角へ打ち分けることが出来る打撃センス。そして何より、高見(たかみ)と同じく目で打てる才能を持っていた。

 

「だが、奥居(おくい)の適正は三番だ」

鳴海(なるみ)くんの守備負担を考えてってことなのね」

「さてな」

 

 惚けて濁す東亜(トーア)のスマホに着信。

 

『先ほどの奥居(おくい)さんのホームランで一気に観覧数が増えましたわ』

「そうか。SNSにも動画を上げておけ」

『わかりました。では失礼します』

 

 スマホを置く。

 

七瀬(ななせ)さん?」

「ああ、明日から忙しくなる覚悟しておくんだな」

「ふふっ。望むところよ」

 

 理香(りか)の視線の先は、理事長室。野球部のマネージャーはるかはそこで、カメラとパソコンを使い、この試合の様子を生配信していた。

 

「どうかね?」

「あ、理事長先生。渡久地(とくち)コーチのおっしゃった通りの展開です」

「そうか」

 

 机ははるかが使っているため理事長は、来客者用のソファに座りグラウンドを眺める。

 

「さすがは伝説の勝負師。期待通りの働きをしてくれているようだね」

「理事長先生は渡久地(とくち)コーチのこと詳しいんですか?」

 

 はるかの質問を聞いて、理事長は目を閉じて微笑んだ。

 

「私が加藤(かとう)くんに、渡久地(とくち)くんを野球部へ迎え入れようと提案したのだから」

「理事長先生が?」

「私は、埼玉の片田舎出身でね」

「埼玉県? あ、コーチの......」

「うむ。息子がまだ小さな子どものころに、リカオンズの試合に連れて行ったことがあった。あの年は強くてね、連勝連勝で勝ち続けリーグ制覇を成し遂げた。しかし、徐々にチームは低迷して行き万年Bクラス。近年では三年連続の最下位に沈んでしまった。だが、そこへ救世主が現れた。それが彼だ」

 

 ベンチに足を組んで座る東亜(トーア)へ目を向ける。

 

「あの風貌と態度。最初はとんでもない選手が加入したと思ったものだが、彼のプレーでリカオンズは変わった。強かったあの頃のリカオンズが戻ってきた。優勝を決めた試合は球場で昔馴染みと共に年甲斐もなくは騒いでしまったよ」

 

 はっはっはっ、と声を出して豪快に笑い。ふぅ......、と一つ息を吐いて仕切り直してから続きを話す。

 

「ちょうどその頃だった。野球部と関わりの無い孫娘が女子選手の公式戦出場を認めさせるための協力を頼んできたんだ。そして、それが公式に認められた時私と同じ事を考えていた加藤(かとう)くんに、プロ野球会から突如姿を消した渡久地(とくち)くんを招聘しようと提案した。彼ならきっと、あの子たちに『夢』を見せてやる事が出来る、と想ってね......」

「理事長先生......」

「ははは......。さて、じゃあ私はそろそろ行くよ」

 

 ――これから本社で会議があってね、と理事長は席を立ち部屋を出ていった。

 

「ありがとうございます。よーしっ」

 

 はるかは、閉じられた扉に頭を下げてお礼を言ってからパソコンに目を戻して奥居(おくい)の先制ホームランを恋恋高校公式のSNSにアップする作業を始める。

 グラウンドでは三回の攻防が終了。

 あおいは、捕手鳴海(なるみ)のミスやアンラッキーな当たりでランナーを出しながらも無失点でしのぎ。対するアンドロメダの嵐丸(あらしまる)は、奥居(おくい)以降のランナーを被安打2本四死球1と抑え徐々に尻上がりに調子を上げ行った。

 そして、2-0のまま五回表ワンナウトからヒットでランナーを一人出した場面で東亜(トーア)が動いた。

 

理香(りか)ピッチャー交代だ。近衛(このえ)をマウンドへ上げろ」

近衛(このえ)くんを!?」

「ああ。あおいはライト。甲斐(かい)はファーストへ」

「......わかったわ」

 

 理香(りか)は、新入部員の一人に伝えて伝令を出し選手交代を球審に告げた。

 捕手の近衛(このえ)が投手として交代を告げられ混乱しているマウンド上を見て東亜(トーア)は伝令を走らせる。

 

藤村(ふじむら)伝令だ。マウンドに行って近衛(このえ)に伝えろ。ド真ん中でねじ伏せろ」

「は、はい。わかりました!」

 

 女子新入部員の藤村(ふじむら)が伝令へ向かう。

 

渡久地(とくち)コーチからの伝令です。真ん中のストレートでねじ伏せろだそうです」

「マジかよ......」

「ファイトです、せんぱいっ!」

 

 頭を下げてベンチへ戻る。

 

「俺、ピッチャーなんてやったこと無いんだぜ...…?」

「まあコーチが言うんだし、何か確証があるんだろうさ」

「そうだよな?」

「ああ、だから俺のミットめがけて思い切り投げ込んで来い! 絶対捕る!」

「おう! 頼むぜ」

 

 ポジションに戻って試合再開。

 四回表一死一塁バッターは嵐丸(あらしまる)

 初マウンドの近衛(このえ)のセットポジションからの初球は東亜(トーア)の要求通り、ど真ん中の全力ストレート。

 

「っ!?」

 

 手元で内角へ食い込んだ。バットの根元に当たった嵐丸(あらしまる)の打球はサードへのゴロ。

 サード葛城(かつらぎ)からセカンドの芽衣香(めいか)へ渡りファーストの甲斐(かい)へ送球。バッターランナーもきっちり仕留め5-4-3のダブルプレーで乗り切った。

 

「ナイスだぜ近衛(このえ)!」

「スゲーな!」

「いてっ、いてっ。俺が一番驚いてるっての!」

 

 近衛(このえ)がベンチで手荒い歓迎を受ける。

 

近衛(あいつ)な、全力で投げるとシュート回転するクセがあるんだ。しかもそいつがなかなか厄介で、途中まではストレートの軌道で結構手元で食い込んでくる」

「それで、真ん中に投げさせて右打席の嵐丸(あらしまる)くんにわざと打たせた訳ね」

「それだけじゃねえよ」

「えっ?」

 

 東亜(トーア)は、うつむきながらベンチへ戻る嵐丸(あらしまる)を見てあとライトフェンスの方を見てな笑みを浮かべて言った。

 

 ――来たか。さて、そろそろ潰すとするか、と。

 


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