※現在、誤字脱字、地文字の「ファール」表示を「ファウル」への統一作業を行っています。
『同率で並んだ優勝決定戦。さあ、ついに、ついにこの時がやって参りました! 9回ツーアウト! バッターボックスには千葉マリナーズが誇る天才バッター、
超満員のスタンド、沸き上がる歓声。
『さあ、ピッチャー追い込んだ! 次の一球で、リカオンズが悲願のリーグ優勝を決めるか!? それとも、
リカオンズベンチから大柄な選手が、グラウンドの戦況を祈るように見守っている。
「あと一つだ、頼むぞ......!」
マウンドのピッチャーは、キャッチャーのサインにうなづき、ワインドアップから目一杯体を捻る。
『ピッチャー、豪快なトルネード投法からラストボールを投げた!』
「(ややインコースの寄りのストレート。ボールは見えてる、いくら速くても打てないボールはないんだ......!)」
ピッチャーの右腕から放たれたボールは唸りを上げ、真っ直ぐキャッチャーミットへ向かって飛んでくる軌道に合わせて、バットを振った。しかし、バッターのスイングはボールを捉えること無く、虚しく空を切り、キャッチャーミットが乾いた音を響かせた。
「ス、ストライークッ! バッターアウット、ゲームセーットッ!」
『た、
「や、やった......やったぞ! 優勝だー!」
ベンチを飛び出し、全員で喜びを分かち合う。その時、ふと輪の中心に居た大柄な選手は、無人になったベンチを見つめた。
本来なら、そこに居るハズの、もう一人の選手の姿を思い浮かべながら――。
* * *
リカオンズが、リーグ制覇を成し遂げてから数ヵ月。
沖縄県内とある野球場。大勢の観客がバックネット裏から見守る中、体格の良い米兵がバッターボックスで木製のバットをまるでおもちゃのプラバットの如く軽々と振り回し、マウンドの投手に向けて挑発を繰り返している。
「Hey! Come on Boy!」
対してマウンドに立つ男は、逆立った金髪で白い肌に痩せた体格。屈強な肉体のバッターとは対照的な線の細い身体つきをしている。
だが、その圧倒的な体格の違いに臆する様相は微塵も見せることなく、不敵な笑みを浮かべながら身体の前で右手でボールに回転をかけて放り、鋭い眼光で米兵の素振りをじっくりと観察、放るのを止めてボールを握り直す。プレートに足を乗せ、大きく振りかぶった。
「お疲れさん」
「ああ、あんたか」
マウンドにいた男が、野球場を少し外れた場所にある自販機のベンチでタバコを吹かしていると、かっぷくの良い黒人の女性が彼に話しかけた。
「らしくないねぇ。自慢の制球力はボロボロ、なんとか緩急で誤魔化してはいたけど。このままじゃいずれ敗けるよ、あんた」
女性は、先の勝負の感想を述べた。歯に衣着せぬ厳しい指摘だが、男もそれは感じていた。実際、先の勝負には勝ったものの実戦の当たりでいえば、ゴロでレフト前に抜けていた打球。
しかし、それでも勝負は投手の勝ち。何故なら――。
「『ワンナウト』だから勝てたようなもんだね、あれは」
女性が言葉にしたワンナウトは、投手と打者による一騎討ちの賭け野球。
ルールは、単純。
打者はどんな打球でもノーバウンドで外野のフェアグラウンドへ飛ばすことが出来れば勝ち。逆に、三振か内野ゴロに打ち取れば投手の勝利となる勝負。
「どんな
男の言うように実戦ではヒットであっても、インフィールドに転がった時点でワンナウトルールでは投手の勝利。女性はひとつ息を吐き、タバコに火を点けた。煙りと一緒に、どうしようもないやるせない気持ちを夜空に吐き出す。
「店に来な。今日は、奢ってあげるよ」
二人は、彼女が経営するバーに場所を移動した。薄暗い店内には50年代を中心としたジャズが流れ、ヴィンテージ物の装飾など一昔前のアメリカを思わせる雰囲気を漂わせている。
二人は、客とオーナーとしてカウンターを挟む。
米軍基地の近くに店舗を構えていることもあり、客層は主に軍関係者が多く、バーのオーナーである女性は、ビックママと呼ばれて親しまれている。
「それで、実際のところどうなんだい?」
グラスに注がれるウイスキーで動いたロックアイスが、カランッと小気味良い音を奏でた。
「あの魔法の様なトーアの投球術は、もう見れないのかね?」
「さあな」
トーアと呼ばれた男は静に、グラスを口に運んだ。
彼の名は――
針に糸を通す如くの抜群の制球力と、相手の心理を完璧読みきる観察眼を持ち。賭け野球『ワンナウト』で連勝を積み上げた稀代の勝負師。
しかし、499連勝で迎えた500戦目。現役プロ野球選手――
二人は互いに現金以外のモノを賭けて戦った。
結果は――デッドボール。
追い詰められた
勝負師・
あれから数ヵ月、数十年ぶり悲願のリーグ優勝と同時に姿を消した
医者にはメスを入れる必要があると診断されたが、たとえ手術をしたところで元のピッチングが出来る保証はなく、その場しのぎの保存治療で誤魔化していた。
「またいつでも来な」
「ごちそうさん」
閉まったドアを見つめ、タメ息をつくビックママ。
「ごちそうさま。お勘定ここに置いておくわね」
「あ、はいよ。ありがとね」
「おや......」
ビックママは、彼女のグラスを片付けようとしたとき違和感を感じた。女性のグラスには口をつけた形跡は無く、アルコールも減っていなかったから。
――潮時だな。
回復具合を確かめるために再び行ったワンナウト。故障した肩の回復は見込めない。ビックママの言うように、次はもう勝てない。それを悟った
ライターを差し出したのは、先ほどバーに居た白衣姿の女性。
「はい、どうぞ」
「で、あんたは?」
「わたしは、
「だったら」
「キミの右腕を完全に元の状態に完治出来る医師を、手術費も通院費もすべて無償で紹介してあげる。どう?」
「上手い話には裏がある。条件は?」
「さすが噂に聞く勝負師、話が早いわ」
彼女はの隣に座り、医者を紹介する条件を提示した。
その条件とは、