オラリオで槍の兄貴(偽)が頑張る話 作:ジャガボーイ
飲み会が終わってしばらく時間が過ぎた頃。
ゼウスとヘラの両ファミリアは三大クエストに挑むらしい。
アーサーとその家族はファミリア連中と共に大忙しだ。
それに対して俺は、ほかのファミリアの人間と共にダンジョンに潜って死なないようにルーン魔術による身体強化などのサポートをしながら鍛えている。
椿とフィンの早いアビリティ上昇とランクアップ以降、どうも中堅ファミリアからの『うちの子供たちを鍛えてくれ』という依頼が絶えない。
「おお!やった!!レベル1の俺達がミノタウロスを倒したぞ!!」
「おう!クー・フーリンさんの魔術は世界一だぜ!!」
「ヒャッハー!!」
サポートがあるとはいえ、レベル1の冒険者である彼らが、怪物の宴でミノタウロスを全滅させたのは感動ものらしくテンションがおかしな事になっていた。
無事に怪物の宴を乗り切ったんだ、依頼のノルマは完全にクリアしただろう。
後は酒を飲んで寝るに限る。
「ほら、依頼通りに中層で大型モンスターを倒させたんだ。さっさと地上に戻るぞ」
「え?もうちょっと居ませんか?ルーン魔術のお陰で今の俺達はレベル3ぐらいのステイタスになってるんですよね?
しばらくは余裕じゃないですか?」
「馬鹿野郎。お前らの手足と貧弱装備にどれだけのルーンを組み込んだと思ってるんだ?
効力が切れそうになる度に魔力をルーンに流す俺が疲れるんだよ」
「疲れるって…レベル8なんですよね?強化の魔法だけでそれほど消耗するとは思えないんですが……」
「お前らな……耐久に衝撃防御。さらには筋力上昇に異常耐性と、最低でも四種類のルーンを途切れないように操作するのは精神的に大変なんだぞ。
どうしても残りたいのならお前らだけで残れや」
「すんませんでした!!」
「自分!調子くれてました!!」
「マジでごめんなさい!!」
謝る三人を引きつれに上層へと上がっていく。
しばらくはこの手の依頼は辞めて、到達階層を更新するか?
そんな事を考えながら俺は無事に依頼を達成したのであった。
☆
三人と別れた俺は、報酬を受け取って豊穣の女主人でクエストの準備を整えたアーサーと共にテーブル席で酒を煽っていた。
「で?今日も貴方は新米達のサポートですか?」
「ああ、まぁな。
でも、しばらくはやるつもりはねぇーよ。
今後はダンジョンの到達階層更新が目標しようと思っているんだが……」
「つまらない……ですか?」
「おう。どんな相手も簡単に倒せちまってなぁ……。
魔法を使わず打倒する縛りプレイもやってみたが、全力を出せている気分になれなくてな」
つまみを口に入れながら気心の知れたアーサーに吐露する自分の本心。
本来の俺は戦いが好きな戦闘狂ではなかった。
しかし、強い力を持って敵を倒す爽快感を知った俺はゆっくりと…確実に戦いに魅了された。
故に、商売を片手間に今でもダンジョンに潜り続け、レベル8というイカれたレベルまでランクアップしたのだろう。
「確かに……10代の頃はとても苦労していた上層のモンスターが今では戦いになりませんからね。
どちらかと言うと作業の様で…退屈です」
レベル6のアーサーも思う所があるようで酒をチビチビ飲みながら同意した。
「はっ、明日にでも怪物退治に行こうとするヤツが何言ってやがんだ。
正直俺も行きたかったよ」
怪物退治…思い描いただけで心が躍る。
まさに英雄の所業って奴だ。
「ははは、英雄である貴方らしい言葉ですね。
僕は不安ですよ?妻も居て、可愛い娘も居る。
自分に何かあったらどうやって二人を守ればいいのか不安になります」
「おいおい。ゼウスのエロジジイにそそのかされて俺と互角以上に戦った化け物が何を言ってやがる」
数年前にこの男は、嫁であるアリアが俺にちょっかい出されていると主神のエロジジイに騙されて俺に切りかかって来たのだ。
事情を知らない俺は、何とか話し合おうとしたのだが嫁バカのこの男は聞く耳を持たず、鬼神の如く剣を振り続けた。
オラリオの街の一部が半壊した所で覚悟を決めた俺は、この嫁バカ男と戦う事になったのだ。
まあ、決着がついた後は騒ぎを聞きつけたコイツの嫁が誤解を解いてくれたが、俺達二人は仲良くギルドのペナルティと誰も手に付けない貯まった依頼を消化する日々が続いた。
今では良い思い出であるが、当時は地獄であった。
「あの時は本当にすみませんでした」
「もう気にしてねぇよ。エロジジイはアリアの風で強化された拳でボコボコされたんだろ?」
「ええ…まあ」
ギルド職員のアイナの話ではギルドに謝罪にきたゼウスのジジイはミイラの様な状態でやって来たらしい。
そして、上位ファミリアの主神であるジジイの惨状に職員が問いただした所。
子供の嫁にボコボコにされたと証言し、慰めてくれと女性職員の尻を撫でたのだとか……。
種族もエルフだった為に過剰なほどブチ切れた女性は受付嬢の仮面を引きはがし、マウントポジションでジジイの顔面を殴打したようだ。
恐ろしい。
「あの人は…女好きで他の神以上に好奇心旺盛ですから……」
「まあ、中々いないよな。
少女から人妻、はては熟女までも口説こうとする神なんて……」
「あの人単体ならまだましですよ……ヘルメス様が加わったら地獄です」
アーサーの口からこぼれたヘルメスという名前…確かゼウスと仲のいい神の一人でゼウスと似たような性格の厄介な神だったか?
ヘルメスという神がスイッチとなったのだろう。
その後は、アーサーによる愚痴の言葉が湯水の事く口から流れ出した。
俺のところの主神はまともだから、理解できないが相当な量のストレスが溜まっているようだったので、俺は豊穣の女主人の二階に宿泊し、アーサーの愚痴を朝まで聞き続けるのであった。
………。
朝日が昇り、ストレスを愚痴と共に吐き出してスッキリしたアーサー。
対する俺はゲッソリしており、気が滅入っている。
「有難うございましたクーさん。
お陰で心が軽くなりました」
「…おう」
対照的に晴れやかな表情を浮かべるアーサーに返事をする俺の心と体は鉛のように重かった。
何が悲しくて男と二人っきりの部屋の中ででネチネチグチグチと話を聞かなくてはならないのか?
もう、コイツの愚痴は絶対に聞いてやらない。
そう、心に固く誓っているとアーサーは真剣な表情で俺に厄介な頼みごとをして来た。
「もし、俺に何かあったら……俺の家族をお願いします」