「相談に乗って欲しい?」
間宮特製パスタを頬張りながら、鬼怒は珍しそうに正面の大井を見た。
「なによ、おかしい?」
「おかしいってわけじゃないけど、大井にしては珍しいかなーとは思った」
どちらかというと大井は人の相談に乗るタイプだ。
大抵のことはそつなくこなしてしまうので、人に助けを求めるということがほとんどない。
「別に私、そんなにできる女じゃないわよ」
「えっ」
「なによその『こいつ全然自覚ないのか嫌味か嫌味なのか』みたいなリアクション」
「そこまで具体的なこと考えてないよっ!?」
思わず鬼怒は身を乗り出してツッコミを入れた。
もっとも、大井は特に気にした風でもない。
「で、どしたの。北上絡み?」
「まあ、半分当たりね」
大井はよく姉妹艦であり重雷装巡洋艦仲間でもある北上とコンビを組んでいる。
休日も二人はよく一緒に過ごしており、しっかり者の大井がペースを乱される姿を目にすることも多かった。
「半分だけ?」
「もう半分は木曾なのよ」
「木曾? なに、姉妹喧嘩でもした?」
木曾は大井や北上の妹にあたる。また、二人と同様重雷装巡洋艦の艦娘だった。
ただし、木曾はあまり姉妹艦と行動を共にすることがない。
彼女は泊地の司令部務めで忙しいし、休みの日も静かに一人で過ごすことを好んでいる節があった。
ただ、誘われれば滅多に断らない程度の付き合いの良さはあるし、特別誰かと険悪という噂も聞いたことはない。
「喧嘩じゃないけど……最近北上さん、木曾の真似をするようになってきたのよね」
「真似?」
「眼帯つけてみたり、マントつけてみたり、演習でやたら接近戦試みるようになったり」
「うわあ」
似合わない。
そう言いかけた鬼怒だったが、大井の視線が怖いので喉元まで出かかった言葉をかろうじて呑み込んだ。
「で、気になって木曾に心当たりがないか聞いてみたんだけど、知らないって言うのよね」
「北上には聞かなかったの?」
「聞けるわけないでしょ。触れられたくない話だったらって思うと怖いじゃない」
「えぇ……そういうもん? 私だったら聞いちゃうけど」
「そこよ。鬼怒なら遠慮なく聞くでしょう」
だから、と大井は指を立てて言った。
「聞いて欲しいのよ、北上さんに」
北上は泊地の寮の裏手にいた。
なぜか、天龍と一緒に剣の素振りをしている。
「いや、何してんの?」
「あっはっはー」
鬼怒の問いかけに対し、北上はわざとらしい笑いで応えた。
大井に聞いていた通り眼帯を着けている。マントは素振りの邪魔になるからか、側に置いていた。
「いきなりやって来て『あたしもやってみるわー』って言い出してな。もしかしてオレの真似か?」
「いやー、木曾の真似」
「知ってた」
ははっ、と天龍は肩を竦めてみせた。
「……でも、なんで木曾の真似してんの?」
「そうだな。そんな恰好から入るような真似して、何かあったのかよ?」
「んー?」
北上は手を止めて、考え込むような仕草をした。
どれくらいそうしていただろうか。
やがて彼女は、ポンと手を打った。
「特に理由は――ない!」
「ないの!?」
「ないのかよ!」
鬼怒と天龍のツッコミが北上に直撃する。
「ここはもっとこう、木曾の気持ちを理解してあげたくなったから真似してみたとか」
「あるいは木曾と連携上手く取りたいからあいつの行動を研究してたとか、そういうオチがあるところだろ!」
「え、ないよ。そんないちいち行動に理由がないと駄目?」
あっけらかんと言う北上に、鬼怒と天龍は一気に脱力した。
確かに北上の言うことも一理あるのだが、気にしていた側としては何か理不尽なものを感じる。
「木曾の気持ちを理解するって、そんなんしなくても別に良いし。連携だって別段問題なく取れてるしねー」
「……まあ、そうだけど。何かキッカケとかはあったんじゃないの?」
「キッカケか。んー、この前時代劇観てから、近接戦闘に興味出てきたってのはあるけど」
北上や大井はどちらかというと中距離から敵の隙を突いて雷撃を叩きこむ戦法を得意としていた。
一方、木曾や天龍は敵の懐に飛び込み、至近距離から回避不能の一撃を繰り出す戦い方をする。
その際、敵の隙を作るために手にした獲物で格闘戦をすることもあった。
「お前、それ柳生十兵衛モノじゃないのか?」
「そうそう。木曾の部屋にあったんだよね。何が面白いんだろって試しに観てみたら意外と凄くてさー。格好良いよねえ、ああいう渋い感じの」
北上はそう言って、劇中で十兵衛がやっていたであろう動きを再現してみせた。
とは言え、やっているのは北上なので、どうにも渋い感じにはならないのだった――。
「ということで、特に深い理由はないみたいだったよ」
鬼怒が北上とのやり取りの顛末を報告すると、大井は思い切り溜息をついた。
「そういえばこの前観てたわね。ついでに言うと、木曾が柳生シリーズがないってぼやいてたわ……」
「借りパクしてたのか……。悪い姉だ」
「まあ、そこは後で言っておくわ」
悩みが杞憂に終わったことで、大井も肩の力が抜けたらしい。
お茶を飲んで表情を柔らかくした。
「妙なことにならなくて良かったわ。姉妹同士でいざこざが起きても困るしね」
「大井も大変だねえ」
「うちは姉さんたちも北上さんも木曾も、割と我が道を行くタイプだもの。私が気にしないとどうしようもないのよ」
「ああ……」
鬼怒は曖昧に頷いた。
実のところ、鬼怒は他の球磨型の姉妹が似たようなことを言っている場面には何度も遭遇したことがある。
似た者同士、ということなのかもしれなかった。
「まあ、何はともあれ一件落――」
着、と言おうとしたところで、鬼怒は正面の大井の向こう側にいる人影に気づいた。
そこにいたのはプリンツ・オイゲンやポーラ、ジャーヴィスやタシュケントと言った海外艦たちである。
彼女たちは皆、眼帯を着けて刀を持っていた。
「これが日本のクールなスタイルなんだって!」
「サムラーイってやつですねえ。ポーラ知ってますよぉ~」
「またつまらぬものを斬ってしまった……!」
「本当にこれ流行ってるのか?」
四人がやいのやいのと賑やかに通り過ぎていく様を見て、大井の表情が硬直した。
「……あれって」
「もしかすると、北上のやってるの見て流行りだしてるのかもねえ」
鬼怒の推測に、大井は頭を抱える。
「止めるべきかしら」
「別に害はなさそうだし良いんじゃない?」
「確かに害はなさそうだけど……」
どうやら――大井の悩みは、まだ終わりではなさそうである。
以下、今回の後日談。
その後、眼帯+刀スタイルは海外艦を中心に想像以上の賑わいを見せた。
ただ、流行るキッカケとなった北上自身は程なく飽きて普段のスタイルに戻ったという。
また、司令部として忙しい木曾はその流行りを「なんだあれ……」と不思議そうに眺めていた。
一方、同じようなスタイルの天龍は「元祖だ」と妙な人気を得て、なぜか何人かの弟子を取ることになったそうである。