S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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よみずいランド行ってきたのでその衝動で一筆。
初日午後のステージ観てきましたがホント楽しかったです。
瑞雲太鼓良かったし和楽器アレンジCDとか出ないかな。

そして、五周年おめでとうございます!


よみずいランドに行こう!(鬼怒・山城・北上・藤波・酒匂・アークロイヤル)

 レイテ沖での大海戦が終結してしばらく経った頃、羽田空港に六人の艦娘が到着した。

 鬼怒・山城・北上・藤波・酒匂・アークロイヤル――いずれも遥々S泊地からやって来た面々である。

 

「いやー、東京も随分久しぶりだねえ! 前来たのはいつだったかな」

「鬼怒、それはバスの中で考えれば良いのではないか。あまり悠長にしているほど時間はないぞ」

 

 アークロイヤルに促されて、一行は案内を確認しながら新宿行きのバスへと乗り込んだ。

 今回、彼女たちは横須賀鎮守府からイベントに招待されていた。そのイベントの開始時刻まで、あまり余裕がない。

 

「よみずいランド……どんなとこなんだろ」

 

 コンビニで買ったおにぎりを頬張りながら、藤波が酒匂へと問いを投げかけた。

 よみずいランドというのは、今回イベントが開かれるテーマパークである。

 どういう縁があったのかは分からないが、横須賀鎮守府は今回とあるテーマパークとコラボし、期間限定でそのテーマパークをよみずいランドなるものに改装してしまったのだという。

 

「テーマパークって言うくらいだし、いっぱい遊ぶところあるんじゃない?」

「時間があまりないのが惜しい、かな。とんぼ返りなんて残念」

「来れただけでもラッキーなんじゃないのー?」

 

 不服そうな藤波の頬を突っついたのは北上だった。

 今回、横須賀鎮守府が用意してくれた招待枠は六人分だけだった。

 滅多に行けない東京への遠征である。S泊地の中でも希望者は殺到した。

 ここにいる六名は、クジで選ばれたラッキーガール揃いなのである。

 

「ラッキー……日向や最上に凄く恨めしそうな目で睨まれたのだけど、私はラッキーと言えるのかしら……」

 

 北上の言葉に反応し、物憂げな表情を浮かべたのは山城だ。

 レイテの海戦を経て以前よりは前向きな面を見せるようになったが、運というワードに反応してしまうところは変わっていない。

 今回のよみずいランドはテーマが「瑞雲」になっているため、瑞雲愛好家である日向や最上は特に行きたがっていた。落ちたときの落胆っぷりは、三隈曰く「映画の山場でショックな事実を知らされた主人公みたい」とのこと。

 

「まあまあ。皆にはこれをお土産にすれば良いんだよ!」

 

 鬼怒が首から下げているカメラを持ち上げて言った。磯波から預かったものらしい。

 他にはアークロイヤルが青葉から預かったカメラを持っていた。

 

「私はあまりこういうのをやったことがないのだが、上手くできるだろうか」

「大丈夫大丈夫、てきとーにやれば良いんだよ」

 

 あっはっは、と気の抜ける調子で北上がアークロイヤルの肩を叩く。

 

 バスは、新宿に到着しようとしていた。

 

 

 

「思っていたよりも静かなところだねぇ~」

 

 新宿経由でよみずいランドの最寄り駅に到着した途端、酒匂が周囲を見渡してそんなことを言った。

 確かに、東京というイメージに反して、この辺りは割とのどかな感じがした。

 羽田・新宿を経由してきただけに余計そういうイメージを持ってしまうのだろう。

 

「電車があるだけうちより都会でしょ」

「それを言ったら私ら何も言えなくなるよ山城っち」

 

 S泊地近辺はそもそも交通機関が存在しない。

 店もほとんどない。泊地の外にある一番近い民家は、しばらく歩いた先にある集落まで行かないとない。

 言ってしまえば田舎の極致みたいなところである。

 

「ほら、そんなこと言ってないで早く行こうよ。ここからだとゴンドラがあるんだってさ」

「ゴンドラ……存在は知っているが、乗るのは初めてだな」

 

 アークロイヤルが少しばかりワクワクした様子で言った。

 あまり感情を表に出すタイプではないのだが、ある程度親しくなると、表情が細かいところでコロコロ変わるのが分かってくる。

 

 ゴンドラは前方・後方にそれぞれ二人程乗れる構造になっていた。

 アークロイヤルと相席になったのは藤波だったが、乗るや否や、アークロイヤルはカメラをあちこちに向けて「むぅ」と悩まし気な声を出していた。

 

「藤波。ここの写真もやはり撮るべきだろうか」

「デジカメだし電池あるならいくら撮っても良いんじゃない?」

「そうか。……まあ、そうだな!」

 

 藤波の同意を得て勇気づけられたのか、若干日向のような口ぶりで頷いて、アークロイヤルはゴンドラから見える風景を収めながらシャッターを何度も切り始めた。

 

 ……あー、これ、ずっと撮りたかったんだなー。

 

 と、アークロイヤルの様子を微笑ましく見守っているうちに、よみずいランドが近づいてきた。

 近づくにつれて盛り上がっている様子が音で伝わってくる。周囲の風景はのどかそうなところも多いが、各所に視線を向けると人が集まっているポイントがいくつもあるのが分かった。

 

 ゴンドラから降りると、すぐ近くによみずいランドへの出入り口があった。

 

「いらっしゃいなのです……あ!」

 

 入園券を買おうと鬼怒が販売所に顔を出すと、そこにいたのは暁型駆逐艦の電だった。

 S泊地の電ではない。おそらく横須賀鎮守府の電だろう。

 

「艦娘さんですね。お話は司令官から伺ってるのです」

「おお。一目でよく分かったね」

「そこは、艦娘ですから!」

 

 どことなく得意げに電が胸を張る。

 鬼怒たち一行は全員が普段とまるで違う装いをしていた。衣装だけでなく髪型も変えており、ぱっと見誰か分からないような変装っぷりである。

 艦娘の存在は大分広く浸透しているので、騒ぎにならないようにと変装したのだが、それも同じ艦娘相手だと通用しないらしい。

 

「皆さんが招待されているイベント会場は奥のホールです。開園時間までにホール前の広場に集まってください、なのです」

「了解。ありがと!」

 

 電から全員分のチケットを受け取ってゲートをくぐる。

 初めて足を踏み入れるテーマパークという空間に、一同は思わず足を止めた。

 

 観覧車。ジェットコースター。それ以外にも、見たことのないアトラクションがあちこちに展開している。

 

「……イベント参加するのやめて、遊んで回らない?」

「後でバレたら問題になるわよ」

「ぴゅー……山城さん、真面目なんだー」

 

 酒匂が口を尖らせた。

 残念ながら、スケジュールの関係上アトラクションをのんびり楽しむだけの時間的余裕はない。

 

「あ、物販やってるらしいから寄ってっていい? 泊地の皆からも買えたら買ってきてって頼まれてて」

「いいよ、藤波ちゃん。物販やってる建物、すぐそこにあるみたいだし」

 

 園の入り口付近にある建物。

 入園券と一緒に電から渡されたガイドマップによると、そこで横須賀鎮守府特性の艦娘グッズが販売されているらしい。

 

「……艦娘が艦娘グッズ買う絵面ってすごいシュールだよね」

「ある意味これまで以上に艦娘だとバレたくない場所だな」

 

 北上の意見にアークロイヤルが頷く。

 しかし、それは杞憂に終わった。

 

 建物に入った一行が見たのは、S泊地のメンバーを総動員してもできないような長蛇の列だったのである。

 幾度も折り返しながら伸びるその行列は、すべて物販の待ち行列だった。

 

「……これは無理だね」

「うん。確実にイベントに遅れるね」

 

 揃って引きつった笑みを浮かべる一行。

 そのとき、物販のスタッフと鬼怒の目が合った。

 スタッフは由良だった。おそらく電同様横須賀鎮守府の由良なのだろう。

 

 俊敏な動きで、助けを求めるかのようなサインを送ってくる。

 それに対し鬼怒は、すまねえ俺には行かなきゃならないところがあるんだ、というサインを送り、踵を返した。

 

「鬼怒、今何してたの?」

「S泊地長良型秘伝のサインを送ったのさ、山城さん」

「……それ伝わってたのかしら」

 

 後方から由良の恨めしそうな視線を感じながら、鬼怒は逃げるようにその場を後にした。

 

 

 

 魔の物販エリアを抜けると、今度はプールエリアが広がっていた。

 この日は春にしては陽射しが強めだったので、涼しいこのエリアで休憩している人の影がちらほらと見える。

 

「なんか流れるプール、めっちゃ人集まってるね」

 

 藤波が左手のエリアに視線を向けながら言った。

 

「なんでも艦娘のイラストがプリントされたバルーンが設置されてるみたいだよ」

 

 酒匂がスマホを片手に情報を調べていた。

 バルーンの周辺には、スマホで写真を撮ろうとする人々が何人かいる。

 

「ほう、あれは……撮るべきなのか?」

「止めはしないけど、なんか自分のグラビアを自分で撮るみたいなことにならない?」

「あ、沖ちんがあらぶってる」

 

 藤波の言葉通り、沖波バルーンが強風によって激しく揺れ動いていた。

 しかし、バランス調整機能が働いているのか、どれだけ強い風が吹いても元の姿勢に戻ろうとする。

 

「うちの沖ちんよりバランス感覚良いのでは……」

「それ本人に言ったら多分膨れるからやめときなよ?」

 

 北上が藤波にそんなことを言っている一方、反対側のエリアでは山城が静かに興奮していた。

 

「これが、横須賀の用意した1/1瑞雲……そのオリジナル!」

 

 以前、横須賀鎮守府はPR用と称して1/1瑞雲を12機制作した。

 そのうちの1機は紆余曲折を経てS泊地とお隣の基地で共同購入したのだが、ここに設置されているのは12機の中の大元になった1機らしい。他の11機はこれをベースに作られたレプリカだという説もあった。

 

「やっぱり出来違うの?」

「全然、全然違うわ。酒匂も瑞雲の扱いに慣れてくればその違いが分かるようになるはずよ」

「ぴ、ぴゃー……?」

 

 静かに鬼気迫る様子を見せる山城に、酒匂は若干後ずさりした。

 日向や最上ほどではないが、なんだかんだ山城も瑞雲好きの一人なのである。

 

「あっちには1/20日向もいるね」

「なんで1/20姉様じゃないのかしら……」

「バランスの問題だと思うよ」

「そんなのどうとでもなるでしょう。海外から人気なのよ、姉様!」

「お、おう……」

 

 熱い扶桑推しに、鬼怒までもが後ずさった。

 どうもこのエリアに足を踏み入れてから、山城は静かにヒートアップしているようだった。

 

「と、とりあえず写真撮っておこうか。横須賀鎮守府の力作だし!」

「そうね。あ、私が撮ってあげても良いわよ鬼怒。瑞雲と……一応、日向のことなら、私が一番詳しいでしょうし」

 

 撮りたいんだなこやつめ――そう口に仕掛けた鬼怒だったが、それを言うとまた面倒なことになりそうだったので、大人しくカメラを渡す。

 カメラを手にした山城は、いつになく真剣な面持ちで瑞雲と日向の撮影を始めるのだった。

 

 

 

 そうこうしている間にイベント開始の時間が迫って来た。

 一行は慌てて会場前の広場に向かう。

 

 途中、スタンプラリーに興じる人々の行列やカフェで休む人々の姿が目に入った。

 家族連れの人もいれば、友人同士で来ている人、カップルで来ている人もいた。

 緑色の瑞雲とプリントされた法被を着こんでいる人もいる。まるでイベントのスタッフのようだった。

 

「皆楽しそうだね」

「まだ平和になったってわけじゃないのにねえ」

 

 酒匂の言葉に、北上が苦笑いを浮かべた。

 先のレイテ海戦で深海棲艦の勢いを削いだのは事実だ。しかし、それで深海棲艦に関する問題が解消されたわけではない。

 

 艦娘の戦いは、今も続いている。

 

「良いじゃない。平和なんてそもそも束の間のものなんだし。その束の間を楽しめるなら、十分な贅沢よ」

「素晴らしい。山城は前向きなのだな」

「素直な前向きさとは言い難い気もするけど……」

 

 感心するアークロイヤルにツッコミを入れる藤波。

 そんなやり取りをする一行を見て、なんだかんだ皆も楽しんでるじゃんかねえ、と一人ほっこりする。

 

 広場に到着すると、既に大勢の人が待機していた。

 横須賀鎮守府の艦娘が開催するスペシャルステージ。

 それを見に来た人々である。

 

「……昔は艦娘否定派も大勢いたって言うけど」

「今もいるらしいよ、藤波っち。けど、横須賀の広報活動のおかげで、中立派から肯定派に流れる人が増えてきてるんだって」

「そういう点で我々は横須賀に足向けて寝られないな。うちの泊地からでは広報などやりようもない。横須賀に任せきりだ」

 

 近くにあったバンジージャンプから落ちる人を見ながら、アークロイヤルが静かに言った。

 ――と、そんなアークロイヤルの肩を、後ろから叩く者がいた。

 

「こんにちは、S泊地の皆さん」

 

 横須賀鎮守府の赤城だった。

 最強と名高い横須賀鎮守府の面々、その中でも空母組の指揮官として辣腕を振るう最優の空母の一人だ。

 

 そんな赤城が、にっこりと――少々見る者を不安にさせるような笑顔を浮かべて、酒匂の肩をがっちりと掴んでいる。

 

「あ、あの。赤城さん……?」

「すみません。本日のスペシャルステージで出る予定だったうちのガンビア・ベイがちょっと迷子になっているようで」

「……えーと」

「アークさん、お借りして良いでしょうか。いえ、そんなに難しいことはしないので大丈夫ですよ」

 

 尋ねるような口調だったが、どことなく有無を言わせない雰囲気を漂わせている。

 どうも横須賀のガンビア・ベイ不在は、それなりの緊急事態らしかった。

 

「ま、待て。なぜガンビア・ベイの代理が私なのだ! 他の者でも……」

 

 他の五人を見るアークロイヤルだったが、全員、視線を逸らした。

 アークの悲痛な声に応える者はいない。

 

「ちょっと英語を使った挨拶をする段取りがありまして。イギリスとアメリカという違いはありますが……良い発音、できるでしょう?」

「そ、それはできるが……」

「ではよろしくお願いしますね!」

「の、Noooooッ!」

 

 ネイティブっぽい発音で悲鳴を上げながら引きずられていくアークロイヤル。

 五人は、それを敬礼しながら見送るのだった――。

 

 

 

 以下、今回の後日談。

 

 急遽イベントに駆り出されたアークロイヤルは、イベントステージで横須賀の面々からの無茶振りにあたふたしながら一生懸命対応した。

 ときどき個性的な対応を取ることもあったが、その懸命な様が観客の心を掴んだのか、一躍大人気になったという。

 

 また、イベント後に行われた音頭大会では山城が異様にキレの良い動きを見せ、周囲の人間に「あの子艦娘じゃね?」とバレかけて一騒動起こりかけたそうである。


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