国ごとの花見事情というのも、調べてみると面白そうです。
春。この時期、S泊地では花見をする習慣があった。
見るのはもちろん桜の木である。
何年か前、花見をしたいという要望が上がった。それに応えるため、わざわざ買い取った桜である。
少し前まで行われていた大海戦で泊地の資源は著しく消耗した。
そのため、例年のように泊地全体で大掛かりな催しをする余力はない。
それでも有志は集まり、いくつかのグループに分かれて花見を決行する運びとなった。
「どうしたものかな」
そんな桜の木の下で、腕を組んでなにやら考え込んでいる艦娘が一人。
先の大海戦で着任したばかりのタシュケントである。
「そんなに深く考えなくても、ピーンと来たので良いんじゃない?」
タシュケントの隣にいた金髪の愛らしい少女――ジャーヴィスが人差し指を立てながら言った。
彼女もタシュケントと同じく、先の大海戦で着任した艦娘である。
「そうは言うけどね、ジャーヴィス。祖国の威信がかかっているんだ。手は抜けない」
「うーん。でも結局好みの問題もあるし、出してみないと何とも言えないと思うけどなー」
「――何か困りごと?」
二人の会話が聞こえたのか、通りかかった軽空母の千代田が声をかけてきた。
へべれけになった姉の千歳を背負っている。夜通し飲んでいた姉の回収をしているところらしい。
「あっ、千代田! グッモーニン!」
「やあ千代田。大変そうだね」
「まあね……。で、どうかしたの? タシュケントは随分と悩んでるみたいだったけど」
「まあね。ちょっとした課題を抱えていて、それにどう臨もうか迷ってるんだ」
「ふうん。良かったら聞くけど」
背負うのに疲れたのか、千代田は千歳を桜の木の下で寝かせた。
千歳は起きているのかいないのか、楽しそうな笑みを浮かべながらぶつぶつと何かを呟いている。
「実はあたしらは同じ花見グループなんだけど、海外出身のメンバーが多くてね。せっかくだから各国の料理を持ち寄ってみようという話になったんだ」
「へえ、華やかで良いじゃない」
「華やか……まあそうかもしれないけど。作る側としては何を作れば良いのか迷うんだよね。特にあたしたちは艦娘になって日が浅いから、料理なんて経験が全然足りてない。選択を間違えると残念な結果になりかねないんだ」
タシュケントは深刻そうに拳を握り締める。
真面目な子だなあ、と千代田は感心した。
この泊地は日常生活に関しては緩い考えの持ち主の方が多い。花見に持ち寄るものなんて適当で良いという者が大半だろう。
「不安があるならガングートに頼めば良いんじゃないの?」
「頼もうとはしたんだが、良い機会だからお前の実力を見せてやれ、と放り出される形になってしまってね。ヴェールヌイにも協力を要請しようとしたんだが、面白そうだから今回は第三者に徹しよう、と」
千代田には、ガングートの意図はなんとなく分かった。タシュケントが泊地に馴染めるよう、自分で頑張ってみてほしいのだろう。
ヴェールヌイこと響については、深く考えても仕方がない。言葉通り『面白そうだから』と捉えておけば良い。
「あ、占守は? あの子もそっちの国に縁があったでしょ、確か」
「料理がサッパリらしい。メインディッシュは他の人が持ってくるだろうから自分は団子を持参する、と」
タシュケントは頭を抱えてため息をついた。
同郷に縁がある艦娘たちの誰一人として頼れないのだ。無理もない。
「そもそもロシアの方ではお花見の文化ってあるんだっけ?」
「あたしも直接行ったことあるわけじゃないから知識だけになるけど、最近じゃ日本から運ばれた桜を見る人たちがいるみたいだよ。日本みたいに花を見ながら食事をするというのは、そこまで一般的ではないみたいだけどね」
「となると、こういうときの定番みたいなのはないわけか」
「定番がないならタシュケントの好きなの持っていけばいいって言ってるんだけどネ」
ジャーヴィスの言葉にタシュケントが唸った。
答えがいつまで経っても出ないし、そろそろ妥協点を探すべきか、と考えているのだろう。
「ジャーヴィスは何持っていくの?」
「あたしはローストビーフ……にしたかったんだけど、肉がないから、フィッシュパイにするわ!」
「フィッシュパイ……」
その言葉を聞いて、千代田とタシュケントの脳裏に浮かんだのは、魚の頭が突き出た奇怪なパイだった。
それはフィッシュパイの一種であり、イギリスにおいては伝統的な由緒あるパイなのだが――二人はそういう知識を持ち合わせてはいない。
「……無難にスコーンとかにしない?」
「スコーン? いいけど、他の人と被っちゃうんじゃない? ウォースパイトもアークも金剛もいるし」
「なるほど。今回のグループ分けは散らすんじゃなくて国ごとにまとめる方針なのね……」
そのとき、意識があるのかないのかはっきりしない千歳が、
「ウォッカ……エール……」
と口にした。
「まあ、宴会だしアルコールという手もあるか……」
「いやいやいや、やめときなさい。多分あんたたちのグループポーラいるでしょ。そんなもの出したら収拾つかなくなるわよ!?」
「彼女か。そんなに酷いのかい?」
「今の千歳お姉なんか目じゃないわ」
えへへ、と幸せそうに涎を垂らしながら、千歳は寝返りを打った。
さっきのは寝言だったのかもしれない。少なくとも、まともな意識があるようには見えなかった。
「ビールで思い出したけど、マーマイトなんか良いかもしれないわ!」
と、ジャーヴィスが明るい声を上げた。
「マーマイト? 聞いたことないわね」
「ビールの副産物で作られるものよ。ここってビール自作してるんでしょ? もしかしたら作れるかもしれない!」
「マーマイト……どこかで聞いた気がするんだよな」
明るいジャーヴィスとは対照的に、タシュケントは若干不吉そうな顔つきを浮かべていた。
「ちょっと癖はあるけど、好きな人は好きになれると思うわ。イギリスではメジャーなのよ」
「ふうん。日本でいうところの納豆みたいなものかしら」
「そうそう、そんな感じ!」
ジャーヴィスは屈託のない笑みを浮かべて頷いた。
「あたしはどうするかな。どうせ吞み助がいるならおつまみ系という手もありそうだし、オイルサーディンにでもするか」
「オイルサーディン……それも聞いたことないわね」
「いわしを塩水に漬けた後、オイルで煮込んだものだよ。ウォッカのつまみに良いんだ。この辺でいわしが獲れるかどうかは分からないけど、なければ他の魚でもまあ問題ないだろう」
つまみに良い、という言葉を聞いて千歳がピクピクと反応する。
意識は不確かながら、酒に関する話題だということは分かっているらしかった。
「……もし良ければレシピ教えてくれない? 二人の準備、手伝ってあげるからさ」
「良いのかい?」
「ええ。なんか千歳お姉がちょっと興味持ってるみたいだし、作り方覚えておいた方が良さそう」
肩を竦めながら言う千代田に、タシュケントとジャーヴィスは苦労人の影を見た気がした。
以下、今回の後日談。
タシュケントやジャーヴィスたちのグループは国際色豊かな料理が振る舞われ、他のグループにはない独特な宴会の様相を呈した。
ポーラやリットリオ、ガングートら呑み助勢にはタシュケントのオイルサーディンが好評だった。
一方、ジャーヴィスの振る舞ったマーマイト料理は凄まじい惨状を引き起こしたが、その過程で呑み助勢の酔いを醒ましたところから、一部の艦娘からは「呑み助に対する気つけ薬」として重宝されるようになったという。